衛宮異聞 倫敦の少女   作:シオヒサ

4 / 7
いつか、抑止力として名も無い英雄モドキになる、かもしれない士郎をイメージして物語を作ってみました。

今回、少し性的な表現があります。
苦手なかたはご注意願います。

FAKEの聖杯戦争が起こってない世界なので、このフラットは、ノリで第四次の召喚術式を真似してたら、なんとなくジャックを召喚しちゃって、共生しちゃってる感じです。

Fate関連の作品の設定を色々お借りしてます。
よろしくお願いします。


倫敦の少女4話 敵を知る為に

4話 敵を知る為に。

 

 

 トントン。トントントン。

 軽快な包丁のリズム。

 夕餉の香りが街を満たしていた。

 夕焼けの射す家路を急ぐ人々は皆、この香りで1日の終わりを知り、そして家族の安心を知る。

 間桐桜もまた、そうした安心感を与える一人だ。

 衛宮邸の台所に立つ可憐な少女。

 派手では無いが、品のいい顔立。ふくよかな体つきは凹凸のはっきりしたグラマラスな魅力を持つ。やや色が抜けた真っ直ぐな黒髪が夕焼けを受けて紅く艶めく。

 穂村原高校三年で、昨年はインターハイにも出場した弓道部部長。文武両道揃った才女だ。

 周囲には将来を有望視されている彼女だが、彼女自身は進学も就職も望んでいない。

 何故なら、彼女は将来を模索する必要がないのだ。既に、自らの幸せの形を知っているのである。

 トン、トントントン。

 帰ってくる想い人に、こうして真心を込めて料理を作る。彼が美味しい、と言ってくれる。

 これ以上の幸せがあるのなら、教えて欲しいと間桐桜は思う。

 こうして押し掛け女房の様に、好きな人の家に通い続けて約四年。今は、彼からの決定的な一言を待っている状態だ。

 そろそろ、大学にkaよっている彼から連絡のある時間だ。

「先輩、今日のメニューはびっくりするだろうな」

 間桐桜はほくそ笑む。今日の夕食はハンバーグ。先輩と、先輩のお父さんがsuきな、想い出のメニュー。

 かなり、彼の味に近付いて来た。びっくりして目を丸くする彼の顔が目にukaぶ。

「あa、はやku帰って、konikaな。せんぱi」

 呟いた刹那、奥から自分を呼ぶ声が聞こえた。ある事件を境に、一緒に暮らしているライダーだ。

 先輩だ。せんpaida?

 先輩からのdenwaに違いnai。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・せん・・・・・・ぱ・・・・。

 

 

 世界はずるりと泥を被り、暗転。

***

 

 

 ギシ、ギシ。

 押し手に手を掛けられた車椅子が軋む。

 そこに、間桐桜は座っていた。

 薄桃色の長衣を着せられ、胡乱げな瞳をモニターに向けて口をパクパクさせているが声は出ていない。

「さあ、桜。そろそろ夕飯の準備に戻らないと」

 紫色の髪が美しい、長身の麗人が促すと、間桐桜は虚ろな目を伏せた。

「ええ、ええ、そうね。さいごの、しあげにとりかからなくちゃ」

 その目は、何処も「見ていない」。そもそも瞳が機能しているのかも疑わしい。形ばかりのもの。文字通り、形骸化している。

「それじゃあ、せんぱい。はやくかえってきてくださいね。きょうのめにゅーはびっくりしますよ」

 辛うじて、機能を保ち音を発する口が別れを告げる。その枯れた唇が毎日繰り返す音を発する。

「ああ。なるべく早く帰るよ。「あと数日」待っててくれ、桜」

 モニターの向こうの衛宮士郎が答えると、少しだけ、瞳に光が灯った様に見えた。

「はい。「おやすみなさい、せんぱい」」

 それを合図に、背後の女は車椅子をモニターから離し、反転させると間桐桜の上体が傾ぐ。同時に下着を着けていない大きな乳房が揺れるが、そこに艶やかさも恥じらいもない。年頃の少女が持つ当たり前の情操が致命的に欠けていた。

 女はそのまま、間桐桜を奥の部屋に連れて行き、独りで戻って来た。

 

「変わりないか?」

 モニターの中の衛宮士郎が聞いてくる。

「ええ。特には」

 女ー紫の髪の麗女は、椅子に腰掛けながら答える。ただそれだけの所作が演劇の様に魅力を持ち、浮世離れした美しさだった。

 美しいが、淡白な答えに衛宮士郎は苦笑う。

「そうか、何よりだ」

「ですが、変わらない事に、現状益はありません。桜を、救わなければ」

「ああ、わかってる」

 数年前から、繰り返されているやり取り。

 数奇な運命と、ひと口に語るには、間桐桜の人生は凄惨に過ぎた。

 陰鬱な魔術師の政略に巻き込まれた彼女は、幼い頃養女に出される。

 その引受先。間桐と呼ばれる、古くはヨーロッパに由来を持つ家に引き取られた桜を待っていたのは常軌を遥かに逸した世界だった。

 1日と休まずに体内を蝕む蟲に身体を陵辱されるうえに義兄の陰湿な暴力。

 身体は人間以外の何かに成り果て、精神は崩壊し、もはや、ヒトと呼ぶのも烏滸がましい彼女を、衛宮士郎の手が救った。

 いや、救ったと言うのは語弊がある。彼女を真っ当な人間にするまでには至らなかったのだ。

 聖杯戦争が終わった後、衛宮士郎は間桐桜を救出に向かい、救い出した。元凶である間桐の翁が、聖杯の崩壊と同時期に自滅したのだ。

 その間隙を突いて救い出したは良いが、間桐の翁は呪いを施していた。

 心が壊れ、永遠に死なない呪い。

 呪いがそのまま履行されれば、本来間桐桜は緑色の蟲に似た化け物に変貌する筈だったが、居合わせた遠坂凛の施術によって辛うじて人の形を保っている。

 以来、間桐桜は召喚した騎兵のサーヴァントであるこの麗人と共に衛宮士郎を待ち続ける生活をしている。

 あり得ない夢に心を躍らせながら。

 

「連絡したのは他でもない。ライダーに調べて欲しい事があるんだ」

 衛宮士郎がビデオ通話のチャットにファイルを送信してくる。

「ふむ。それは構いませんが、私の知っている事が現代の貴方に役立つとは思えませんが」

 紫の髪の麗人、ライダーは送られてきたファイルを開きながら答える。

「いや、それがそうでもない。冬木に関係あるんだ」

 冬木とは、衛宮士郎が住んでいるこの街の名称。

「聞きましょう」

 ライダーのモニターに、奇怪な蟲の写真が映し出された。それは、衛宮士郎の胸元からあの少女サーヴァントが取り出したモノだ。

「似ていると思わないか? 間桐の蟲に」

「確かに。私が知っている物とは少し形状が違うようですが、由来が同じと怪しむには十分でしょう」

 それは嘗て間桐の翁が得意とし、今も間桐桜の身体を蝕む魔蟲。

「それは、ある病院から出た俺に、いつのまにか取り憑いていたんだ」

 衛宮士郎はこれまでの経緯を話す。

「…間桐の翁が生きていると?」

「いや、彼奴は確かに消滅した。それは間違いないと思う。ライダーに調べて欲しいのは、同じ系統の蟲使いが 間桐の系譜、もしくは違う家に伝わってないかだ」

「成る程。魔術の世界では星の数ほどいる蟲使いを絞り、正体を知りたいと」

 蟲を使う、という括りでいえば、そこに属する魔術師は無数にいる。其々に特性は異なり、一括りに対応するのは難しいのだ。

「ああ。可能性は低いと思うが、間桐邸に翁が蟲の魔術を供与、又は教唆していた記録がないか見て来て欲しい。それと・・・」

「まだなにか?」

「翁が関与した錬金術師の名前があれば、併せて頼む」

 そこで、ライダーは察し首肯する。

「その、病院の人間が錬金術師かも知れない、という事ですね」

「確証は無い。無いが、可能性は限りなく高い。セラの証言によれば、何らかの宝石を使って魂の移動を図った形跡があると」

「錬金術師、という面でいえば、可能性は高いですが、その行為自体の可能性はほぼゼロに近い。それは第三魔法の範疇です」

 魂を物質化する。言葉にすれば簡単だが、それは凡そ人の手が及ぶ行為ではない。

 その行為は第三魔法と呼ばれる最終到達点。魔術師が目指す神秘の最奥の一つ。其処へ辿り着くには幾星霜の、気が遠くなるような時間と、国を亡ぼす犠牲が必要な大魔術だ。

「ああ。セラともそう話した。ならば、何らかの仮想第三魔法、類似した劣化コピーという事になる。それはそれで危険な代物だ。何かしらの手は打ちたいんだ」

「承知しました。桜の様子が安定しているようなら、直ぐに取り掛かりましょう。・・・ああ、そういえばシロウ」

「な、なんだ?」

 突然話題を変えてきたライダーに、言い知れぬ不安を感じる衛宮士郎。

「私の「四号」は息災ですか?」

「あ、ああ。・・・モチロン」

「まさか、傷など付けていないでしょうね? あの子に何かあったら、腕の一本や二本は覚悟しておいて下さい」

 口調は優しげだが、一切の反論を許さない語気。

 衛宮士郎がイギリスでの脚として使っている、ヤマハVマックスは彼女からの借り物なのだ。

 聖杯戦争で騎兵として召喚された彼女は、本来天馬を操る事に長けている英霊だが、現代では自動二輪車にその鞍を架け替えた。

 元々の適正もあってバイクに嵌ったライダーは、バイトで稼いだ金を全て注ぎ込みあのモンスターマシンを完成させたのである。

「だ、大事に乗ってるから安心してくれ」

 愛しの愛車が、遠くイギリスのホテルの地下車庫でボロボロになっているとは思うまい。

「ならば、構いません。そろそろ通話を切ります」

「ああ、特に危険は無いと思うが、そっちも気をつけてくれ」

「わかりました。それでは」

「・・・、どうしよう」

 モニターの麗人が消え去り、大きな溜息をつく衛宮士郎だった。

 

「ライダーは、なんと?」

 シャワーを終え、バスルームから出てきたセラは、通話を終えた衛宮士郎に尋ねる。

「桜の様子が安定したら、調べ始めると」

「そうですか。蟲使いはタチの悪い相手です。用心するに越した事は無いでしょうから」

「ああ。親父…切嗣の記録にあったんだが、体内に蟲を飼い慣らす奴もいるらしい。らしい、というか桜がまさにそうだけど」

 衛宮士郎が衛宮切嗣の話を出すと、セラは露骨に顔を歪める。

 過去の因縁から、セラは彼を嫌っているのだ。

「ですが、現在の間桐の娘と違い、蟲使いはそれを操れます。隠し持たれた蟲に、知らない間に殺されるなど、愚の骨頂です」

「そうだな。ライダーの報告を待って、充分に対策しよう」

 

 話が一区切り着いたところで、セラはベッドに腰掛ける。

 そして、バスローブを羽織っただけの膝をポンポンと叩いて促した。

「すまない」

 短く言って、衛宮士郎は隣に腰掛け、裂傷だらけで赤黒く腫れ上がった腕を差し出す。

「…仕事です、本来は貴方がどうなろうと知った事ではありませんから」

「…そうだな」

 そう答えるや、セラはバスローブを肩から落とす。

 真っ白な、一糸纏わぬきめ細かい肌が露わになり、湿ったプラチナプロンドが流れ落ちた。

 やや華奢に過ぎるきらいはあるが、誰もが目を奪われる、魔術を使わずとも魅了のカースが掛けられる現世離れした美しい身体だった。

 一級品の陶磁器のように整った指が、差し出された薄汚い腕を取り、胸元に抱く。薄いが、白桃の果実を思わせる整った乳房に挟んで上から腕で包み込むと、裂傷から流れた薄汚い膿で果実が汚されていく。

すると、そこにボンヤリとした光が灯った。

 そのまま、数分もすると、初めから無かったとばかりに衛宮士郎の傷口は塞がっていった。

 セラが、治癒の術を施したのである。

「昨日の重傷から、1日と置かずに、この体たらく。たわけですか?」

 だがそれは、非難ではない。

 セラの顔に浮かぶのは、連日命を削る、愛しい者への憐憫だった。

「すまない」

 衛宮士郎はこの言葉を繰り返す他ない。

「…魔力、は?」

 セラは衛宮士郎の身体に寄り添うと、胸元に手を当てる。

「…著しく消耗していますね…。固有結界を使ったのですか?」

「ああ。自分の魔力だけでは、何本か「抜き取る」のが精々だった。…情けないな」

 自らの不甲斐なさを悔やむ衛宮士郎に、セラは静かに首を振る。

「そんな事はありません。そもそも、貴方のアレは、魔術ですら無いのです。サーヴァント相手に戦えるだけでも本来はあり得ないのです。誇りこそしても、恥じる必要はありません」

 セラは、慰めるように、愛おしむように、衛宮士郎の頭を引き寄せ、唇を重ねた。魔力の枯渇と、度重なる戦闘で乾いた裂傷だらけの唇が、セラの潤った唇と舌で優しく撫でられる。

 そのまま、厚い胸板を押し倒し、馬乗りになる。ボタンを外しワイシャツの前をはだけさせた。

「・・・魔力なら。魔力なら幾らでも差し上げます。だから、どうか無茶しないで…お願い・・・」

 ベッドでしか絶対に出さない、セラの偽らざる気持ち。

 何処の世界に、愛する人が命を天秤にかける事を良しとする者が居ようか。

 何処の世界に、愛する人が死ぬ様を見たがる者が居ようか。

 セラの、魔力を帯びた紅い瞳が潤み、頰が紅潮するのに合わせて、全身が薄紅色に色付く。

 首筋から胸、腹、指先に至るまで舌を這わせ愛した。そして、慣れない手つきでベルトを外し衛宮士郎のソレを取り出す。

 屹立した士郎自身の先端を摘み、先ほどと同じ様に口付けをした。そのまま、扱くような動きでソレを両手で優しく撫ぜ、先端から溢れたモノを舐めとる。

「ん・・・」

 身体を起こし、衛宮士郎の脚の付け根に自らの身体の中心をを合わせた。

 先端を再び摘み、自らの秘裂にあてがった。

「痛っ・・・くぅっ・・・」

 まるで少女のようなその場所に、士郎自身を挿しいれるのは、いつも痛みが伴った。アインツベルンが粋を尽くした「人の鋳型」で生まれたセラは、魔力がある限り同じ状態を維持し続ける。魔力ある限り、生まれた時のままに戻る身体は、常にその痛みをセラに強いた。

 そして、身体を落とし、ゆっくりと繋がる。衛宮士郎の全てを体に収めた。セラの、機能しない筈だった命を育む場所が衛宮士郎を受け入れる。

 刹那。人を模したホムンクルスの頬を涙が伝う。

 こんなことで、幸福感を得る自分が情けない。

 だけれど。

 その行為は、ただの魔力供給。それ以上の価値は無く、性交ですら無い。無論愛など、無い

 しかし、セラにはそれしか無かった。

 こんなやり方でしか、この「壊れた男」を繋ぎ止める術を知らなかった。愛する人の傍にいる方法を知らなかった。

 その行為が、男を更に破壊する、死地に向かわせると知っていても。

 

 

 翌朝。

 セラはタクシーで大英図書館に赴いていた。

 今朝方、衛宮士郎と今日の行動について話し合った結果、セラはこの世界屈指の図書館で調べ物をする事になったのである。

 

「心当たり?」

「はい。もしも、私の予想が間違っていなければ、あのアンプルでの召喚霊薬の作製、そして第三魔法じみた大魔術の行使に説明がつくかも知れません」

「それは凄いな。俺は良い相棒を持ったよ。朗報を待ってる」

 衛宮士郎が微笑む。無邪気なアルカイックスマイル。それに、セラは又も頰を赤らめてしまう。

(そーいうところですよ! エミヤシロウ!)

 不意に心を打ちのめされたセラは、平静を装いながら独り毒付く。

 なんとか心を立て直し、数枚の書類を見せた。

「正直なところ、あの図書館の情報量などたかが知れていますが、先程倫敦医学会から落としたあの病院の医師リストと合わせて見れば、というところです」

「わかった。俺は引き続き、直接病院を調べてみるよ。・・・あ、そのアームレット使うのか?」

 セラの左腕に昨日は着けていなかった、腕輪と一体になったスリーブが巻かれていた。

「ええ。昨日の少女サーヴァントや蟲の事を考えると、必要になるかと」

「そうか。くれぐれも気をつけてくれ」

「はい、貴方も精々お気を付けなさいませ」

 

 大英図書館。世界でも屈指の蔵書を誇り、古今東西、ありとあらゆる書物や歴史史料を収めた人類の智慧の宮だ。

 目的の場所は図書館本館の裏手にある。一般の人間は訪れる事の無い裏庭にあった。

(管理が行き届いて無いにも程がありますね。もっとも、管理する気もないのでしょうけど)

 整備された図書館の敷地内でその一角だけ、雑草が生え放題、端々が朽ち始めた年代物の建物があった。

 大英図書館、魔術館。

 嘗ては魔術の基本術式を広く共有する為に建てられた物だったが。

「そもそもの思想が間違っていますもの」

 セラは独り呆れる。

 そう、そもそも。魔術師という人種は外界との交流を極端に嫌う。

 世界の真理に近付く、という基本目的は同じなのに協力する気が全くない。殆どが世捨て人の様に隠遁し、世界の魔術師を統べるとされる時計塔ですら、十二ある学科同士で腹の探り合いをする始末だ。

 つまるところ。

 そんな連中が体裁上でも「魔術の基礎を広く共有する」なんて目的の施設に自らの秘儀を基礎でも出す訳がないのだ。

 完全に形骸化した図書館は、こうして朽ちる事を待つばかりと相成ったのである。

 やれやれ、とセラは土地に掛けられた意識阻害の魔術をデスペルしながら歩いていく。一般の人間には、この建物は視界に入っても意識が向かないのだ。

 建ったばかりの頃はそれなりに豪奢であったろう正面玄関を両手で全体重をかけながら引き開ける。

「もうっ。リズが居れば、こんな扉破壊してやるものを!」

 はあはあと肩で息をしながら、ごちる。

 造られたもの、ホムンクルスであるセラだったが、設計思想が主人の家庭教師と世話係を想定して造られているので、腕力は普通の女性と同じかそれ以下にしかない。

 セラと同時に造られた「リズ」は主人の護衛として造られたので、腕力だけならばちょっとした英霊並みなのだが。

(あら)

 外は朽ちかけだが、踏み入ったロビーは思いの外綺麗に掃除されていた。

 赤絨毯が敷かれた広いロビー。拭き上げられたカウンターは、艶があり清潔感もあった。

 そこに、モップを持った人影が一つ。金髪の少年が見えた。

「あ、お客様ですね? やった!待ってました!」

「え」

 癖のある金髪が跳ねる。人懐こい笑顔を浮かべ、軽い足取りでカウンターに歩み寄り、手を突くとヒョイと飛び越えてセラを迎えた。

「こんにちは! いらっしゃいませ!」

 まるで、喫茶店の様な挨拶。静寂を重んじる図書館の人間とは思えない。

「…こんにちは。見たところ、こちらの職員の方ですか?」

「ええ!そうです!そうなんです! オレはフラット・エスカルドス。ここで司書のバイトをしています!」

 見たところ、大学生くらいの年頃のようだが行動や言動は小学生のようだ。

「時計塔の学生さん、ですか?」

 形ばかりとはいえ、魔術師御用達の図書館である。何か関係があるのかと思うのは当然だった。

「ええ。いやあ、恥ずかしながらオレ、余り成績が良く無くて。教室の先生にこちらで静かに課題をこなせ、なんて言われちゃいまして。いえ、先生がほかの学科の先生方に此処の管理を押し付けられたんだろうなーってのもわかるから、気の毒で無下に断れなくて…」

 聞いてもいない事をペラペラと捲し立ててくる。お喋りで明朗な性格なのだろうが、この場所にはこれ以上ない程不適格である。

「…わかりました。私は自分の調べ物を致しますので、失礼しますわ」

 これ以上、喋られてはかなわない、とセラは立ち去ろうとするが、

「あ、何を調べるんですか? 此処の蔵書は一通り目を通してますからお手伝いしますよ?」

「はぁ…それでは、錬金術の…」

 ふと、気付く。今面白い事をこの青年は言わなかったか。

 この図書館の、蔵書を一通り目を通していると。

 確かに、魔術全体に対する情報量としては高が知れている。かと言って、世界中から集められた数十万冊の魔術書だ。それに目を通したなどと、おいそれと言えるだろうか。

(考えるのはやめましょう。今は、すべき事を先にやらなければ)

 目の前の少年の言葉は気になったが、ならば、と問う。

「錬金術師の、ここ数百年の家系図、それから賢者の石に関する資料が欲しいのですが、わかりますか?」

 金髪の少年、フラットはそれを聞いて顔を輝かせる。

「あ! アレでしょ? オレも好きですよバガレン! いやー、面白いですよねー。いやもう、あの兄弟の運命には何度も泣かされました。僕、日本に行って…」

「それは結構ですから。知っているんですか? どうなんですか?」

 訳の分からない話を始めたフラットの言葉をピシャリと遮る。

「あはは、すみません。えっとですね、二階の西から11列目、上から三段目が有名な錬金術師の家禄、12列目上から二段目に賢者の石に関する資料がありますよ」

(ふむ)

 まるで此方の目的を知っていたかの様に諳んじて見せたフラットに、セラは心の中で感嘆する。

 これで本当に、そこに目的の物があれば、この少年は此処の蔵書を把握しているという証左になる。

「ありがとう。探して見ます」

 礼を言って立ち去ろうととしたが、ふと思い出した事を聞いて見ることにする。

「…、ところで、この倫敦の街で英雄といえば誰を思い浮かべますか?」

 具体性のない質問だ。勿論、帰ってきたのは、

「倫敦、ですか。うーん、イギリスという範囲でいえば勿論「ロンゴミニアドのアーサー王」、「ベオウルフ」がまずでてきますけどねー」

 そんな、一般的なモノが出てくる。

「そうですね。ならば、得物がナイフ、もしくはダガー。そして少女の英雄、と限定すればどうでしょう」

 あの、衛宮士郎が出会ったデミサーヴァントの特徴だ。

「…流石に、それは思いつかないですねぇ…」

 フラットは首を振る。セラも、答えは期待していなかった問いだ。

 だが、フラットの言葉には続きがあった。

「でも、一つ該当しそうなのがいますよ。いや、ありますよ、かな?」

「…というと?」

 フラットは、何故か「自分の腕時計」に視線を落とし、そして微苦笑しながら言う。

「・・・ジャック・ザ・リッパー」

「ああ、あの切り裂き魔の未解決事件ですか」

 そう、恐らく世界で一番有名な未解決事件だ。18世紀倫敦で、霧に紛れながら沢山の女性を猟奇的な方法で惨殺した切り裂き魔である。

「ええ。英雄というにはあまりにも俗な存在ですが、反英雄という点では当てはまるかなって」

「しかし、アレは犯人は男なのでは?」

「それは被害者がみんな女性であることによる唯の憶測ですよ。捕まってみなければ、男か女かなんて分かりません。猫箱みたいなモンです」

 ひひ、とフラットは意地悪に笑う。

「ふむ」

 たしかに一理ある、とセラは得心する。召喚霊薬の召喚に応じる者が、清廉な英雄ばかりとは限らない。むしろ、召喚霊薬などという正規の手順を踏まない召喚に応えるのはそういった魑魅魍魎の類いである可能性が高いのではないか。

 暫し考え込んだ後、セラは浅く頭を下げた。

「ありがとうございます。少し既成概念にとらわれ過ぎていた様です。貴方のお陰で霧が晴れた気分です」

「いやぁ、なんとなく思い付きで言ったんですが、お役に立てたなら何よりです」

「はい。それでは失礼します」

「ごゆっくり〜。何かあったらいつでも言ってくださいね〜。今日はお客さん一人しかいないから暇なんですよ〜。あ、左手の階段からどうぞー」

 そんな声が聞こえたが、セラは特に答える事なく奥へと進むのだった。

 

(全く君は。どういうつもりだ? 彼女は高位の術者の様だったぞ。万が一気付かれたら…)

 フラットの脳裏に声が響く。それは、「腕時計」からの声。

「いやぁ。ちょっと面白そうじゃないですか」

(面白い事などあるものか。いずれかの敵対勢力だったらどうする?)

「大丈夫。彼女はたぶん、例のアインツベルンの逸れホムンクルスだよ。そんな暇はないんじゃないかな」

(それにしたって、態々あんなことを言う必要はあるまい。ヒヤヒヤしたぞ)

 終始、心配事を口にする腕時計を他所に、フラットはニコニコ微笑む。

「びっくりするだろうね。まさか、件の切り裂き魔が、こんな腕時計だなんて」

(知らんよ、私が何者かなど。全く、君というやつは。だがもしも、彼女が意図した者が、今「世間を騒がせている切り裂き魔」なら興味があるな)

 そう。ここ一年程の間に、切り裂きジャックを彷彿とさせる通り魔殺人が散発しているのだ。

「「本家」としては気になるでしょ? そういう意味で、探りを入れたって事で」

(苦しい言い訳だ。君のは無邪気というにはタチが悪い)

「まあ、静観しよう。彼らが、俺達の敵なのか、どうなのか」

(少なくとも、味方ではあるまいよ)

 腕時計から、溜息の気配。

 セラは夢にも思うまい。

 この、呑気な少年が、時計塔随一と噂される天才若手魔術師であり、この腕時計が、ジャック・ザ・リッパーだと思しき英霊だとは。

 

(なるほど。アレはヒントだったようですね)

 コツ、コツと足音が木霊する。

 セラの歩く音以外に響く音はない。磨かれ、ワックスの利いた床にセラの現世離れした麗姿が映えた。

 ひやりとした重い空気が沈殿し、静謐な空間を作り出している。照明が暗く、部屋の端々に落ちている闇は陰鬱な色を見せていた。

 指示された本棚はすぐに見つかった。確かに、セラの欲しい情報が記されていると思われる蔵書が並んでいる。

 だが、セラは書棚に手を伸ばす事は無かった。

 本に視線を走らせる振りをしながら、周囲に気を配る。

 先程、あの少年は何と言ったか。自分以外にもう一人、客がいるような事を言わなかったか。

 それにしては。

 あの少年以外の気配が、「全く」ない。木造モルタル二階建て、横に広いこんな建物なら人影の一つも見えて良いのではないか。無論、書棚が隣接する故死角が多い。

 だが、セラはこの建物に入る前に数羽の小鳥を使い魔にして、様々な角度から見張らせている。

 それでも、自分と少年以外の気配がないのだ。

(まあ、それはそれで。私の推測が当たっていたという事でしょうか。敵の勘所を引き当てたかしら)

 十分に注意を払いながら、ゆっくりと歩を進める。

 恐らくは、敵に関する自分の予想が的中したのだ。だからこそ「こういう状態にいる」。

 数メートルを歩いた所で、視界の隅に奇妙な影を見かける。

 床に、赤い水溜りがあった。そこから視線を上げると、何もない宙空から赤い液体が滴り落ちている。

「?!」

 いや、ある。何も無いと見えた宙空に、滲み出るように何かの塊が現れた。

 大きな布で包まれた、50センチほどの何かの塊が、吊るされていたのだ。

(アレが何か、など。考えるまでも有りませんね)

 布の端から、中身の一部がのぞいている。人間の、足だ。

 どういうわけか、小さく折り畳まれた人間が布に包まれて吊るされている。

 しかし。セラにはその異常な殺人そのものよりも、気になる事がある。

(これ程の殺人が、つい数分前に行われたにも関わらず「何故、私は気付かなかった」のか)

 先程からの気配の違和感が、ここに来て顕著になった。

 十数メートルの範囲内で、残酷な人殺しが行われれば、悲鳴の一つ、血の匂いのひとつもしそうなものだ。だが、死体を目の前にした此の期に及んで尚、匂いすら感じない。

 まるで、モニタ越しに映像を観ているかのような非現実感。

 何かが、おかしい。

 セラは素早く後方へ下り、本棚に三方向を囲まれた位置へ移動する。ここならば、襲われるとしても前方か、上方のみである。対策もしやすいだろう。

(やられましたね)

 下策では無かったが、失策ではあった。

 恐らくは、かなり早い段階で敵に捉えられている。仮定するならば、暗殺兵のデミサーヴァント。何故なら、あれ程の殺人を無音でこなせるのは、高レベルの気配遮断スキルの持ち主だからだ。

(いえ。それでは、あの死体の説明が着きませんね)

 気配遮断スキルは、暗殺者本人の気配を消せるが、他の物体の気配まで消せるわけではない。

 つまりは、死体が消えていた理由がないのだ。

(その正体が掴めない事には…?!)

 と、使い魔の小鳥が天窓から降りて来た。自分の周辺を見張らせるために外から移動させたのだ。

 セラの運命が分かたれたのは、正にその慎重な判断の賜物だった。

 降りて来た小鳥が、宙空の何かにぶつかって体勢を崩したのだ。

 瞬間。

「adapt!」

 短く叫ぶと、セラの脚に魔力の光が走る。直後、弾け飛ぶ様に前方へ飛び出し、勢いを殺しきれずにみっともなく転がって止まる。

 直後、数瞬前にセラがいた場所の絨毯が音もなく焼けた。無音の銃弾が炸裂したのだ。

「そういうことですか!」

 先程、使い魔が体勢を崩した空間へ、投擲用ナイフを投じる。

 見えない何かに掠ったナイフは、勢いを殺しながらも奥の本棚に突き刺さった。

 掠っただけだが、目的は果たしてくれた様だ。

 ちょうど、三文芝居で壁が捲れて忍者が現れるイメージ。

 ナイフが掠った何も無い空間が、ペラリと捲れ、中から人影が現れた。

 見た目だけで言えば。間違いなく看護婦。白い衣に身を包んだ、誰もが憧れる天使。

 だが、そこに現れたのは、それとは凡そ程遠い存在だった。

 タイトスカートであるにも関わらず、下着が見えるのも御構い無しで大きく脚を拡げて左右の本棚に器用に脚をかけ、宙空に居座っている。

 その腰には、大きなガンベルトが巻かれ、ホルスターの銃は抜き放たれていた。

 その銃口が狙うのは勿論、作り物の麗人。

 病を患う人々が安堵する筈の、その顔に浮かぶ白い狂気。

 セラの前に、天使の名を持つ狂人が現れた。

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