ナイチンゲールってあれですね、よくよく考えたら何が強いのかよくわからん強さですよね。いや、大好きですがこの設定だと使いにくい!
ちょい役でシシGOさんに知識をお借りしました。
この世界の獅子劫は娘が死ぬことに耐えられずこういう方法をとったようです。触媒は一緒なので円卓の誰かが来てくれたら良い、くらいでガチャ回したらモーさんが来てくれたようです。何か、縁でもあったんでしょうか(棒
いやもう、そんなことよりHF3章最高でしたね!
Fate関連の作品の設定を色々お借りしてます。
よろしくお願いします。
5話 それを、天使と呼んだらしい。
わくわく。
あの人は今日も来てくれる。
朝、正面入口がよく見える中庭のベンチに座って、私は待っていた。
また来るとは言っても時間の約束があるわけじゃない。
でも、今来るという確信があった。
息を弾ませてベンチに座ってから数十分。
開院し、疎らに訪れ始めた通院患者を目で追って彼を探す。
いない。
三十分も探す頃、確信はだだの思い込みだと思い知る。
落胆した私の視線にふと、親子連れが目に留まった。
小さな男の子と、そのお母さんだろうか。男の子は、近くのイベントで貰ったと思われる風船を手にしていた。あの、空気よりも軽い気体を封入して常に浮いているアレだ。
ああ、もしかして。
ありがちな未来が思い浮かぶ。
果たして、風船は油断した男の子の手を離れ蒼い空へと舞い上がろうとした。男の子は、それが取り返しのつかない失敗だとその一瞬で悟り、顔を悲哀に歪める。
あ、でも。
もう一つの、ありがちな未来が浮かぶ。その瞬間だけ、私は預言者になった。
きっと彼は。
だってそうじゃなきゃ「彼じゃない」。
タタン、と助走を踏む足音が聞こえ、影がフワリと舞い上がる。
ほらね。
もう、地上から2メートル以上は離れてしまった風船の糸を、軽々と掴み取り、ストンと柔らかく着地した。
「ちゃんと持ってないとな。風船は空が好きだから、すぐ行っちゃうよ」
彼は微笑みながらそんな事を言って、男の子に風船を手渡す。
男の子は、口をポカンと開けてかぶりを振るばかり。お母さんの方もビックリはしていたが突然の親切に、サンキューサンキューと深くお礼を言った。
彼は、そうなのだ。
きっと彼は。そう、こういうの、なんて言ったかな。日本を離れてそれなりに日が経つから、言葉を忘れちゃう。最近はアニメでもなかなか使われない言葉だ。
思い出した。
彼は、セイギノミカタ、なのだ。
幕間:巻狩裳名子という女
巻狩裳名子(まきがりもなこ)は、有能な看護婦である。
日系イギリス人として生まれた彼女は、日本人の母の元、とある偉人の教えを胸に勉学に励み優秀な成績を修めて看護婦になり、戦場の兵士を救いたい、という高い志と共に若くしてPKO団体で働き様々な国を巡った。
最初は希望に満ち満ちていた。
最初は全てを救えると思っていた。
どうかすれば、死者が居なくなればいずれ戦争が終わらせられるとすら。
ある種の類まれな妄想に取り憑かれた彼女は、無論現実を突きつけられる。
場所は中東。モスク型の屋根が吹き飛ばされた石造りのホールに並んでいる死の破片。
ぐちゃり、ぐちゃり。
人間とは、これ程までに形を変えるものなのか。
米軍の誤爆で、其処に居た人々は全て灰燼と帰した。いや。灰になれるならまだマシだ。
其処に拡がる、無限の破片。生物であった名残が残るそれらはそのまま、どうしようもない現実を巻狩裳名子に突きつけていた。
腐った人間は変色して黒と緑色になる。ぐずぐずと崩れ、悪臭で反吐を催すそれらは、絶望するには充分だった。
高い志を捨て、見限るには充分だった。
「ニンゲンって。意外と綺麗じゃあ、ないんだなぁ」
そう呟いたのはいつだったか。
人間は、正しいものではない。
人間は、尊いものではない。
人間は、薄汚いモノだ。
それから。
巻狩裳名子は、ソレを、救う気が無くなった。ただ、金を稼ぐ手段と見るようになった。
見方を変えれば、自分の宗旨替えが正解だったと思い知る。
悲しむフリをしながら、肉親の死を望むもの。世の中の不条理に身を震わせる反面、恋人の保険金を欲しがるもの。
そんな人間の、何と多いことか。だが、其れを問いただす正常な倫理観は、巻狩裳名子には、もう無かった。
逆に彼らこそが、正しい人間だと認識した。
だから、彼らを救う。ほんのちょっぴり、薬の量を間違えるだけで、要らないモノを処分出来る。人々が笑ってくれるのだ。
誰かが言っていた。人々が笑っている平和な世の中は尊いと。
ならば、巻狩裳名子がやっている事は正義だ。
「なぁんだ。勘違いしちゃった」
最初にやろうとした事は、間違いだった。
そもそも、人間は、救えない。
人間は、生きているのが、異常で稀有なのだ。そして、生者にしか平和が有り得ないなら、要らないモノが生者を笑顔にしないのなら。
全部、殺してしまえば、良い。
そうして。
3桁に届く程、人を殺して回っていたある日、彼と出会った。
自分を手伝ってくれるという。沢山の死体が必要で、相手は全て要らないモノばかり。
彼は想像も付かない殺し方を沢山教えてくれた。どうすれば人間は生き続けるのか、どうすれば、簡単に死ぬのか。
彼を敬愛し、師事して更に数年が経つころ、ある実験に参加した。
それは、歴史上の偉人を、自分の身体に降ろし、その能力を使うと言うもの。
巻狩裳名子は、幼少より憧れ続けた、人物の名を挙げる。
〈それは、君にピッタリだ。〉
そう言った彼は、翌日には巻狩裳名子の身体にその人物を降ろしてくれた。
天使と呼ばれ、戦火の中で人々を救い続けた英雄。
その名は。
***
音も無く。
ただ硝煙だけが、その銃口から立ち昇っていた。
やや遅れて、排出された薬莢がカラカラと転がる音が響く。
「んん?躱しましたね。運が良いじゃ無いですか、木偶人形」
何も無い空間が「捲れた」内側から現れた看護婦は、二マリと嗤う。その潤った唇に乗る紅いルージュが薄暗い館内で艶めいた。
真っ白な看護服には真っ赤な斑点模様が彩られ、先程の凶行が誰の仕業か考えるまでもない。
(まずい・・・!)
セラは体勢を立て直し、その場から、飛び退く。
「おっと。待ってください。ドントムーブってやつです」
次弾を装填した銃口は、違い無くセラへ向けられていた。
「あたしさ、運も力の一つだと思ってるの」
なんのことか、と問う前に看護婦はガンペルトから注射器のようなモノを取り出した。
(やはり、召喚霊薬)
「お? やっぱりって顔したね? そう、アンタの読みは的中したわけですよ。そして」
「私を、消すと?」
漸く声を出したセラに、満足そうに笑う。
「ん。話の途中でした。運が良いのも力のうちな訳です。それはつまり、アタシの初弾を躱したアンタは、なかなか強くていらっしゃる。そう言うわけです」
「だからなんだと?」
「アタシは、獲物を前に舌舐めずりなんて馬鹿な真似はしませんよ。全力を出す、そういうことです!」
看護婦は、注射器を自らの首筋にあてがい、一気に薬液を押し込んだ。
「来なさい! ナイチンゲール!」
瞬間、看護婦を中心にして爆風の様な魔力が吹き荒ぶ。
抵抗力の無いものは正気を失いかねない奔流の只中でセラは見た。
先程の哀れな死体が、ごろりと布の様なものから転がり出た。その身体は「綺麗に折り畳まれて」いる。
その不自然が見て取れた。人間が必ず持つ、関節を全く無視して軟体動物の様に折り畳まれているのだ。
そして、哀れな死体は魔力の奔流になんの抵抗も出来ずに溶解していった。
(なるほど、シロウの言った通りですね。と、すると)
見上げると、そいつがそこにいた。
数秒前と同じ人物でありながら全く違う気配の人物がそこにいた。
先程までは黒だった筈の髪が桃色がかった銀髪となり、瞳が煌々と紅く光る。
(全く、彼等はちょっと馬鹿な人種なんでしょうか)
この看護婦も、早々に真名を公開してくれた。ナイチンゲールならば、従軍経験が有、銃を使う事からアーチャーか、いやこの気配は、
(バーサーカー?)
正常な思考を失うが、全ての戦闘能力を大幅に上げる狂兵のクラス。
それがそのままデミサーバントに適用されるかは分からないが、用心するに越した事はない。
銀髪の看護婦が、囁く。
「さあ、お注射のお時間です」
言いながら、捲れた布を再び纏う。
「あん?」
何故か、不思議そうに首を捻る。どうやら、セラがナイフで一部を裂いたことによって機能しなくなっているようだ。
それを、セラはチャンスとみた。
「いきなさい!」
号令とともに、看護婦の背後から黒い小さな影が飛び出した。影はそのまま看護婦に体当たりし、体勢を崩して本棚から落とす。
同時に、セラはもう一度身体強化の魔術で飛び出し、敵の死角へと逃げ延びた。
あられもない姿で床に倒れ伏した看護婦は、ヨロヨロと立ち上がる。
「んだぁ? 烏? 」
そう、セラは見張り用の小鳥とは別に、攻撃用のカラスも呼び寄せていたのだ。初めから、彼等を館内に待機させてなかったのがセラの失策だった。
(どうやら、アレは姿を消せる宝具のようですね・・・とはいえナイチンゲールに、そんな逸話があったでしょうか?)
あの、医療の祖にそんな由来はなかった筈。
(ならば、何らかの魔術装具という事ですね)
根拠は、召喚霊薬の使用前から姿を消していた事。
(いよいよ持って、推測が確信に変わりつつありますね)
セラがこの図書館に来たのは、あの、病院で子供に囲まれていた医師が何らかのデミサーバントであると推測を立てたからだ。
判断材料は幾つかある。
彼が医師である事。宝石で魂の操作を行なっている節がある事から、宝石系のアイテムクラフトを行える事。
何より、魂の操作を行うこと。それは人の業にあるまじき行為。
魔兵科の英霊でもない限り不可能な術だ。
それらの条件に、ピタリと合致する英霊がいる。
ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。
約五百年前に実在した、錬金術師だ。
一番有名な彼の逸話は、人間の魂を物質化した賢者の石と呼ばれる魔法石。
未だ多くの魔術師が到達し得ない最奥に、辿り着いていたかも知れないパラケルススは、時計塔でも語り草となる魔術師である。
倫敦医学会のサイトからあの病院の名簿を違法に落としたセラは、目的の男がパラケルススと同じファーストネームだと知る。そして、ファミリーネームが母方の物で父方の名は不詳であることも。
ならば、と。この図書館にパラケルススの系譜を調べに来たのである。
そして、今、セラが目撃している気配を消せる魔術装具。
パラケルススがアイテムクラフターとしても超一流であったことを考えれば、眼前の不可思議な現象は彼が作った物の効果であると考えるに十分だ。
推測は、確信に変わる。
(先ずは、あの女をどうにかしましょう)
推測が的中したが故、こうして刺客に狙われる羽目になってしまった。
相手はデミサーバント。戦闘用には設計されていないセラには勝てるはずのない相手である。セラの身体的な能力は、普通の女性以下なのだ。
だが、セラには卓越した魔術の素養がある。
「call 銀色の御頭。祖は其処に在りて現世を見通す眼。いまひとたび、その御名を示せ」
呟いた、瞬き程度の時間差の後、突如として周囲の照明が落ちる。
いや、そうではない。窓から光が差さなくなったのだ。黒く染まった窓硝子に踊る、無数の紅い目。
周囲の窓に、数百のカラスが群がっていた。
「ん、だぁ?!」
無論、看護婦もその異常に気付く。が時すでに遅し。
破裂音と共に窓硝子を割ってカラスの群れが一斉に侵入してきたのである。
白衣の天使が、瞬く間に黒翼に蹂躙される。
厚さ1センチの窓硝子をものともしないカラス達には、人間の身体など砂糖菓子より脆い。数十の嘴が、看護婦を啄ばみ始めた。
人間の身体を、ペンチで端から千切っていく。表現としてそれが一番に思える残酷な光景。
「とはいえ、此方も手加減をしている余裕などありません。さっさと終わらせていただきます」
セラは物陰から出る。
こうまで上手くいくとは思わなかったが、この状態に持ち込めれば何とかなるだろう。
デミサーヴァントとサーヴァントの決定的な違いは、人間に憑依しているかどうかだ。サーヴァントなら、或いは脱出の手段もあったかも知れないが、デミサーヴァントは人間の身体を破壊されれば維持できなくなる筈だ。
看護婦が戦闘不能に、つまりは死亡したのを見計らって、手掛かりを探そう。
そう考えた矢先の事。
ぶちゅん。
と何かが千切れる音がした。
視界が眩み、頭に何かが打ち付けてきた。その何かが、床だと気付き、頭から床に倒れ伏したと認識する迄、たっぷり三秒の時を必要とした。
「・・・え?」
其処で漸く、足首を激痛が走り、床が自らの血に塗れていることを知る。
足首の、アキレス腱を撃ち抜かれたのだ。
「なんっ・・・? で?」
視線を上げると、其処に。
身体中を食い破られ全身を朱に染めながら、狂気の看護婦が銃を構えていた。
「それでですね! 電撃を使える女の子が、色んな敵と戦っていくんです! 負けそうになることはなんどもあるんですけど、最後には友達に協力してもらいながら勝つんです! それが、強くて、かっこよくて、燃えるんです!」
一気に捲し立てる瀬名水渚に、衛宮士郎は微笑みながら答える。
「それはすごいな。なるほど、見たくなってきたよ」
「そうでしょー? お兄ちゃんも是非みてください!」
病院の構造調査を終えた衛宮士郎は、昨日知り合った少女、瀬名水渚と中庭で休憩していた。
いや、休憩など必要ないのだが、瀬名水渚に半ば強引に連れて来られたのである。
「あ、そうそう。水渚ちゃんにプレゼントがあるんだ」
「え?!」
瀬名水渚の顔が、パッと明るくなる。
「や、物じゃないんだけどね。ちょっとスマホ借りても良いかい?」
スマートフォンを受け取った衛宮士郎は、慣れた操作であるサイトを表示させ、そこにログインした。
そして、スマートフォンを返す。
「これ。良かったら使ってね」
その画面を見た瀬名水渚の顔が、今度は泣きそうになる。
「あ、ありがとうご、ごじゃます」
言い終わって、ぐすん、ぐすんと泣き出してしまった。
「あああ、いや、余計なコトしちゃった?」
慌てながら聞く。しかし、瀬名水渚はブンブンと首を振った。
「ううん、嬉しいんでぅ。本当にありがとござます!」
繰り返し、礼を言ってくる。
衛宮士郎は、日本で一番人気の有料動画サイトの、プレミアム会員のアカウントをプレゼントしたのだ。一部の最新作を除き、映画やアニメが見放題のスグレモノである。
「一年は、お金なくても見られるから。今言ってた、れーるがん?も見られるよ」
「な、なんで、昨日会ったわたしにそこまで?」
そう思うのは当然の事だ。
「実は、打算もあってね。ちょっと協力して欲しいんだ」
「きょうりょく?」
「ああ。昨日も言ったけど実は俺、ある調査会社の人間でね。この病院の、特に小児病棟の事が知りたいんだ」
「どんな事ですか?」
瀬名水渚は、少し身構えた。
「はは。構えなくても良いよ。そうだな。例えば、看護婦さんが何人くらいいて、どんなお仕事をしてるか、とか。患者のみんなの間でどんな事が流行ってるか、とか。そんな、毎日の楽しい事を教えて欲しいんだ」
「そんな事しって、どうするんですか?」
「記事にするんだ。こんなに良い病院がありますよーって。そしたら、世界中の困ってる子供達が此処の事を知る事が出来るだろ?」
口から出まかせにしては、もっともらしい嘘だと、衛宮士郎は苦笑する。
「そーゆーことなら! きょうりょくします!」
「あ、病院の皆さんにはサプライズでやってるから、くれぐれもほかの皆や、看護婦さん、先生にはナイショだぞ?」
念を押すと、瀬名水渚は大きくかぶりを振る。
こんな風に。
数日をかけて、情報を引き出そうという計画だった。入院患者の子供から内部の情報を仕入れ、セラの調査結果を元にあの医師を追い詰める算段をするつもりだったのだ。
だが、事はそう簡単にいかない。
「おや、お客様かい? 水渚」
現れた、長身の白衣。
瀬名水渚は、そちらに向かってぱたぱたと駆けていく。
「うん! あのね、こちらはエミヤシロウさん! 昨日トモダチになったんだ!」
思わず、眉根を寄せてしまう。今の時間は外来患者の診察時間であるから、直接出会す事は無いと踏んでいたのだ。瀬名水渚が、ニコニコしながら此方を向いてくる。
「おにいちゃん、この人はボクのお医者さんで、ヴァン・スミス先生! なんでも知ってるスゴイ先生なんだよ!」
「ああ、俺は衛宮士郎。今、倫敦を旅行中でして。よろしく」
「えっと、ミスターエミヤ。日本の方ですか?」
「ええ」
「そうですか。水渚と仲良くしてやって下さい。この子は日本を離れて長いので、同じ日本人と話す事が中々無いんですよ」
「それはもう。今も丁度、アニメの事なんかを聞いていたところです」
「そうですか、有難う。いやー、僕もそれなりに日本の事は知っているつもりなんですが、アニメの話はなかなか付いて行けなくて」
「あ、日本人ですけど俺もわかんないっす」
二人で、苦笑い。
これで、この後他愛ない挨拶でもして、立ち去れれば良かったのだが。
「もー! 二人でわたしのことバカにしてるなー?」
言いながら、瀬名水渚がこちらを見て、ヴァン・スミスから背を向けた瞬間。
「そんなこ、と、ないよ・・・?!」
答える衛宮士郎の目の前に、一瞬前と、全く違う物が現れた。
人の形を持ち、されど人とは根本的に異なる存在。
その、圧倒的な存在感が衛宮士郎の根源に警鐘を鳴らす。間隙の油断も容赦しないと警告する。
全身が総毛立ち、身体が一気に戦闘態勢に入った。
が、まだだ。
「水渚ちゃん。俺、先生とちょっとだけナイショ話したいんだ。ロビーで待っててくれないか?」
そう、促す。こんな公衆の面前で戦いを始める訳にはいかない。
「え?・・・うん。あ、そっか。そうだよね!」
何か、勝手に納得してくれたようだ。先刻の嘘が、上手く作用したのかも知れない。
瀬名水渚は、バイバイ、と手を振って去っていった。
去っていく少女を見送りながら、ヴァン・スミスは、くつくつと笑う。
「別に、人払いなんていらなかったのに」
その、細面に浮かぶ美しい微笑み。
「よく言う。そんな気配で、何か隠し通せるとでも?」
「別に隠すつもりなんか、さらさらないさ。だってもうバレてるんだろう? 何処かの傭兵君?」
ヴァン・スミスは挑戦的に口端を上げる。
「まあね。で、どうするんだ? 俺を殺すか?」
その問いには、首を振る、
「殺されるつもりなんか無いくせに。うん、君をどうするかは、君の用件次第かな」
「なるほど、そう言うことか。じゃあ、単刀直入に聞こう」
「ああ。聞くとも」
衛宮士郎はすう、と深く息を吸う。
「今、世界中で俄かに出回っている召喚霊薬、作っているのはアンタか?」
「ああ。そうだよ」
即答だ。
「売人に売らせているのも?」
「勿論」
「どういうつもりだ? 何故こんな事をしている?」
「「どういうつもり」とは?何故」とは?」
ヴァン・スミスは、心底分からない、と嘆息する。そして、
「じゃあ逆に聞こう、ミスターエミヤ。此処に辿り着いた以上、君も魔術の末席に身を置いているのだろう? そんな君から、どうして「何故?」なんて言葉が出てくるんだい?」
聞いてくる。衛宮士郎は、然もありなんと薄く笑った。
「なるほど、アンタは骨の髄から魔術師だって訳だ」
魔術師という人種は、自らか世界の真理、魔術の最奥に向かう為ならば、如何なる犠牲も厭わない。いや、厭わないのではなく、関知しない。
最奥に辿り着くのに、他の誰かがどうなろうが、知った事ではないと言う者が殆どだ。それは、忌むべき事ではなく、そう言うものなのだ。
つまり。このヴァン・スミスという男は、召喚霊薬という、自らの製作物そのものには興味があるが、それを使って誰かが死んでも関知しないという事なのだ。
「ボクの成果物で商売をしたいという、日本人がいたのでね。協力してあげたんだ」
「それで、沢山の人が苦しんでいてもか!」
衛宮士郎は吐き捨て、睨み付ける。
それに、ヴァン・スミスはまたしても不思議そうに首を捻った。
「理解は出来ても、同意は出来ない。君は魔術師では無いようだ。それに、ちょっと面白い精神構造をしているようだね」
「なんだと?」
「ボクは日本人が好きでね。和を重んじ、連帯感を大切にする御題目を掲げて置きながら、その実、徹底的な個人主義だ。知らない誰かの不幸を悲しむのに、自分がそこに居ると考えられない。絆を叫びながら、不幸は身の回りから徹底的に排除する。不幸を、エンターテイメントにする歪な民族だ」
「何が言いたい?」
「つまりだ。君は、日本人らしく無い。君は、「他者の不幸を自分の事として考えている」その為には自分がどうなっても構わない、という気迫がある。こういうの、なんていったかな? 君たち日本人が好きな言葉だ」
ヴァン・スミスは、芝居掛かった所作でうーん、と考え込んでから、
「そう。正義の味方、だ。君は正義の味方の様だ」
「そうだな。そう言って貰えるとありがたいよ」
言う衛宮士郎の口が嗤う。
「じゃあこういう時、正義の味方がする事はわかってるよな?」
レッグバッグに偽装したホルスターに手を掛ける。
「ああ、わかってるさ。わかってるから、ワザワザ話しかけたんだ」
すっと、ロビーを指差す。
「こんなに目立つ場所で研究を続けている魔術師が、何の備えもしてないと?」
夕時。ガラス張りで外からでも中の様子が分かる広いロビーには、子供達の笑顔が溢れていた。その中には勿論、瀬名水渚の姿も。
アレが、人質だと言いたいのだ。
「今日のところは出直してくれないか、ミスターエミヤ。ボクは少しばかり自信家でね。正直、君の様な「唯の人間」を一人この世から消すなんて、簡単なんだ。直ぐにも殺すつもりでいたんだが、君がアレと話していたからね。君という人間に興味をもった」
「で? どうだったんだ?」
「実に面白い。殺すには惜しい、というのが解答だよ。まあ、そこまでだけどね。君が何もしないなら、此方も何もしない。だけど」
ヴァン・スミスは、パチンと指を鳴らした。
瞬間、ロビーに騒ぎが起こる。患者の子供が突然倒れたのだ。
「こういうことに、なる。それがわかっているなら、いつでもきたまえ。ミスター、エミヤ」
別れの言葉もなく、ヴァン・スミスは踵を返し、ロビーへと向かう。
後には、苦渋に顔を歪める衛宮士郎だけが残された。
「ああああぁっ!」
千切れたアキレス腱がもたらす激痛が、何事にも動じない冬の麗女の顔を歪める。
(そうか、アレはっ!)
自らが窮地に在りながら、セラは敵の能力を知る。
倒れながらも見上げ、敵を見やった。
セラのカラス達は確かに、看護婦の身体を端から食い千切っていた。
だが、それを上回る速度で、身体が再生している。ハリウッド映画のCGの様に、内側から細胞が滲み出て復元していくのだ。
人体理解。
元々、ホムンクルスを始めとした生体錬金術の世界で使われる言葉であり技術だ。人間の身体を解析し、理解し、作り出す。
脳漿、骨、臓器、神経、筋肉、血管の全てに渡って把握し、錬金の祖は一瞬で見た人間を部品別に分けた姿をイメージ出来るという。
この看護婦の言うナイチンゲールが本当ならば。戦火の中人々を救い続けた彼の英雄なら、そうしたスキルを持っていても自然と言える。
(とすると、まずいですね)
先ほどの、変死体の謎が見えてくる。
セラは、なんとか物陰に隠れようと身を引きずりながら動かす。が、
プシュ、と空気が抜ける様な音がした瞬間、今度はセラの右肩が撃ち抜かれた。
「あぁぐあぁぁっ!」
肩の筋肉が釣り糸の切れた人形の腕を思わせる痙攣を見せて、在らぬ方向を向く。
人体理解を、自分に向けて使う事が、あの再生であるなら、敵に向けて使う事がこれなのだ。相手の身体を解析し、理解し、相手から最も効率よい方法で戦力を奪う。
体の可動部分を破壊し、動けなくするのだ。
先程の哀れな死体は、そうやって全ての関節を破壊され、あの状態にされたのである。
「ぐっ、うぅっ!」
それでもなんとか左腕だけで這いずる。大量の出血により、意識が散逸し始めた。それは、魔術の四散も意味している。
操っていたカラスの群れが、セラの束縛を離れて飛び去って行ってしまう。
残されたのは邪悪に笑う看護婦。
「あっぶないあぶない。終わるかと思っちゃいましたよ。でも、無ー理ー。逆転するわけです」
身体中を朱に染め、看護婦は銃を構え、セラの脚に狙いを定めた。
このままでは不味い。ものの数分で、セラもあの死体と同じ状態にされてしまう。
なんということか。自分は好きな男に寄り添う事すら出来ずに、ここで終わってしまうのか。
そんなのは嫌だ。そんな事にはさせない。あの男には、誰かが付いて居ないといけないのだ。
「左手」を、必死に動かし、探る。
「?!」
その時。セラの指先に確かな手応えがあった。
(どうやら、反撃の糸口が掴めたようですね)
失血で薄れる意識を、しっかりと繫ぎ止める。
確信した。
巻狩裳名子は、勝利を確信した。
烏の群れに襲われた時には、どうなるかと思ったが、この身に降ろしたナイチンゲールのスキルでなんとか踏み止まれた。
そして、既に相手の関節を二箇所破壊している。
白いブラウスの木偶人形は、芋虫の様に床を這いずっていた。
このまま、一つずつ関節を破壊して折り畳みながら、この女の悲鳴を聞くのも乙なものではあるが、相手は魔術師である。
何らかの反撃があるかも知れないと用心すべきだ。
「さっきも言いましたー。私は獲物を前に舌なめずりなんてしませんからー」
次に狙うのは、人体の動力源とも言うべき心臓。それを、狙い撃つ。ナイチンゲールのスキル、人体理解によって相手の身体は毛細血管の一本一本に至るまでハッキリと視えている。
何処に弾丸を撃ち込めば、心臓を即停止に追い込めるかが、解析され、理解できる。
直後、サイレンサー付きハンドガンのトリガーを引く指に力を込めた。
魔術師を相手に、ほんの一瞬も躊躇してはならない。
プシュッと、空気の抜ける音がして弾丸が発射される。
だが。
悪い方の予想が当たった様だ。敵の女が、ニヤリと笑ったのである。
瞬間、女の体が何かに引っ張られる様に奥へとスライドしたのだ。
弾丸は、誰も居ない床を焦がすに留まる。
「んだぁッ?」
移動した女の方向へ、銃を構え直す。その視線の先で、更に意外な事が起こった。
女が、立ち上がったのである。
乱れたスカートの裾を直し、血だらけのブラウスの襟元を糺した。
スッと背筋を伸ばし、腰骨を引いたその姿。この血みどろの戦闘中に於いてさえ、気品を感じるその佇まいは、正しく貴族のそれであった。
「ふざけてますねー」
女の眉間に狙いを定めたまま、言うと、
「まさか、ふざけてなど。貴方を侮った私の方が失礼を詫びて良いほどです」
絶対に嘘だ。
「侮ったぁ? 勝てる可能性あると思ってる? そういうこと? やっぱふざけてる」
対し、女はふん、と鼻で笑う。
「ああ、申し訳ありません。そのように聞こえましたか? 誤解を与えてしまった様ですね。ならばはっきり申しましょう。貴方は、私に勝つことなど100%あり得ません」
「あぁ? それ、完全にふざけてますよねー!」
会話を叩っ斬るように、トリガーを引く。立て続けに放たれた弾丸は、違いなく女の心臓と首の頸動脈へ。
しかし、またしても。
弾丸が、滑るように軌道を変えた。一つは女の袖を焼くに留まり、一つは首の皮を掠るに留まった。
「ナンカ・・・、仕込みやがったな?!」
「失礼な。私が何かしたとでも?ご自分の射撃がお上手でないだけでしょう」
煽ってくる。だが、絶対にこの女は何か、こちらの知らない何かを使っているのだ。そうでなければ、床を滑るように移動し、破壊した肩と足首が治り弾丸が逸れるなど、起こる筈がない。
それならそれで、此方も手段はある。
巻狩裳名子は、素早く後方に飛びすさり、先程殺した知らない男の白骨死体に歩み寄る。そして、死体を隠す為に使っていた布を手に取った。
名前のない王。
それは、そう呼ばれる魔術装具。
嘗て、ロビンフットがその身を隠す為に使っていたマントの、廉価版だ。
ヴァン・ホーエンハイム医師のアイテムクラフトによって作られた擬装宝具である。
巻狩裳名子は、そのマントをフワリと羽織る。すると、その姿が消え去った。
視えず、聞こえず、匂わない。
質量以外の全てが消えた状態で銃を構える。
(てめーが、どんなコトしていても、姿が見えなきゃ、かわしよーがないでしょ?)
この、腹立たしい女をさっさと葬り去る。巻狩裳名子は、慎重に狙いを定め、トリガーを引く。
次は心臓と眉間の二箇所へ。
だが、それでも。
今度は最初から狙ってなかったかのように全く見当はずれの方向へ弾丸が逸れた。
「なんだ? なンだぁっ!」
巻狩裳名子は、意地になって撃ちまくる。
思った以上にうまくいった。
セラは心の中で安堵する。
撃たれた傷を無かった事にし、弾丸を逸らして自らを救った現象は勿論セラの魔術である。
魔糸、メイガスストリングス。
それは、そう呼ばれた《玩具》だ。
アトラス院という場所がある。魔術による様々な兵器を作る組織であり場所。その兵器は悉く秘匿され、関わった人間も又、世に出る事は無い。唯の一つでも流出すれば世界を滅ぼしかねないからである。
そんなアトラス院で、玩具と認識され、兵器ではなく手慰みの品としてアインツベルンの翁に譲渡されていた。
永らくアインツベルンの蔵で死蔵されていた物を、セラは脱走のドサクサに紛れて奪って来たのだ。
敵看護婦に冷静な判断力があれば、気づいていただろう。セラの左腕に装着されたアームレットから伸びる袖が、なくなっている事に。普段は、魔力によって編み込まれ、袖の体裁を取っており、非常時となれば全てが解けて使用される。
本来は指先で糸を操る玩具であるのだが、そこに魔力を込めればあらゆる用法が可能になる。
柱に括りつけ、倒れたセラの身体を引き摺り出すことも、弾丸の軌道を逸らすことも。
看護婦の銃口には、既に1ミクロンの魔糸が絡み付いている。発射された弾丸を、糸でレールの様に導いてやれば、弾道を操る事は容易い。
更に。
既に周囲十数メートルの範囲には魔糸を張り巡らせてある。あの魔装具がどれだけ気配を消そうとも、糸の感触でセラには位置が把握出来た。
看護婦は、立て続けに撃ちまくっているが、もうその攻撃がセラに届く事はない。
「テメエ! 何しやがった!」
苛立ったのか、遂には、マントを脱いでこちらに忿怒の形相をみせる。
「申しているでしょう。私は何もしていないと、もしや、召喚霊薬で幻覚でも見ていらっしゃるのでは?」
こちらが主導権を握った以上、種明かしをしてやる必要はない。
そして、魔糸の真骨頂はここからにある。
「んだぁッ!・・・この、あばず・・・?!」
看護婦の動きが鈍くなっていく。
セラは既に、看護婦の身体にも魔糸を絡ませていた。
「貴方に自由はもうありませんよ。死にたく無ければ、これから私が質問する事に答えなさい」
ここまでくれば流石に、看護婦も自分が何をされているかに気付いた様だ。
「なん、か、絡ませ・・・やがったな! ふざけ、やがって!」
「答えなさい。あの医師は、あの病院で何をしているのです? 何の、英霊の力を使っているのですか?」
衛宮士郎があの病院で事を構えるに当たって、もっとも重要な事を聞く。
だが、
「あ、あ、あ?! ふざけんな! 私は人を救うんだよ! もう一回、クスリを使えば、テメーな、んかに!」
発言が支離滅裂になってきた。交渉の余地は無いらしい。
「ふん。もう一度、召喚霊薬を使えばこの状況を打破出来ると?」
セラはしばしの逡巡の後、左手の人差し指を僅かに動かした。
「あ?」
同時に、看護婦の右腕がフラリと垂れ下がる。拘束を解いたのだ。
「どういうつもりだ?」
「もう一度使えば、どうにか出来るのでしょう? やってごらんなさい」
挑戦的なセラの言葉に、看護婦は醜く笑う。
「後悔すんな?! ブチ殺してやる!」
看護婦は、チュニックのポケットから注射器を取り出すと、一息に首筋にあてがう。
「あひゃひゃひゃ! 死ねぇッ!」
瞬間、看護婦を拘束していた魔糸が、一気に引き千切れる感触をセラの指先が感じ取る。
踊り出す様に、看護婦はセラに襲いかかった。
「あー」
看護婦の口から、空気の抜けるような声が漏れる。
セラは微動だにしていない。全く動く必要がなかったからだ。
魔糸を引き千切り、セラの正面に躍り出た看護婦は、セラの鼻先に銃を突きつけた。しかし、引き金を引くことも無く、静止している。
「・・・ふん」
鬼の形相で銃を構えたままの看護婦を見、セラはその銃口を指先で軽く押した。
ポロリ、と紅い何かが落ちた。看護婦の装飾された指先だ。
それをキッカケに、パラパラと看護婦の身体が細切れになって崩れ落ちる。
「一瞬で終わらせれば、人体理解を使う暇などないでしょう?」
数瞬間前まで、人間であった細切れの肉片に言い放つ。
数秒前。
看護婦がセラの前に躍り出た段階で、勝負は決していた。
セラは、自らの前方に格子状の魔糸を張り巡らせていたのだ。
今度は、拘束ではなく、鋭利な刃物としての魔力を帯びさせて。
それを通過した看護婦は、一瞬にして剪断されたのである。
「予想していたとはいえ、思いの外苦戦しましたね」
独り、悔いるようにごちる。
周囲を充分に警戒し、気配がなくなったところで、魔糸の警戒を解いた。
「ぐ、うぅ」
同時に、肩と足首から血が噴き出す。切られた神経と筋肉を、魔糸で無理矢理に接続していたのだ。
元の状態に戻ったセラは、その場に崩れ落ちてしまう。無理もない、本来ならば失血死してもおかしくない重傷だ。
何とかこの場を離れなければ、と見上げた視線の先に。
窓の外で、ぶん、と羽音を上げて飛び去る魔虫の影が見えた。
(連絡されてしまう・・・!)
必死に魔糸を伸ばすが、逃してしまう。
衛宮士郎に連絡しなければ、と立ち上がろうとするが、この重傷でうまくいかない。と、
「よいしょ」
後ろからセラを抱える呑気な声。
先程の図書館司書、フラットだった。
「どういうつもりですか? これだけの大騒ぎの中一度も顔を出さなかったのに今頃」
セラの悪態に、にへら、と頼りない笑顔を浮かべる。
「そう言わないで下さい。時計塔って難しい所なんです。時計塔以外の勢力に加担した、なんて知られたら法政科になんて言われるかわからないんですよ。いや、正確にはウチの先生が困るんです」
フラットの言い分ももっともだった。今までの、セラと看護婦の戦闘は幾らフラットが呑気でも気付いていただろう。
だが、それに加担する事は出来なかった。その、正体不明の勢力にフラットが加担していると疑われる事になりかねないからだ。
もしも時計塔の神秘が破られるような恐れがある場合、時計塔の治安維持部隊といえる法政科が動き出すのである。そうなっては、フラットのいるゼミと教授である恩師が疑われるのだ。
「とはいえ、終わって仕舞えばお姉さんは唯の怪我人です。助けない訳にはいきませんよ」
フラットは、セラの背中を壁に預けると、未だ出血する足首に手を添えた。
「call」
短く呟くと、治癒を施す。完全に、とはいかない迄も、傷口を塞ぎ、出血を止めるところまでは治癒していく。
右肩も同じように治癒の術を施す。
「どうです? 俺、治癒は得意じゃないんですけど、多少はマシになりました?」
施術が終わって、何とか立ち上がったセラに聞く。
「ええ、何とかなりそうです。助かりました」
礼を言いながら苦笑する。
得意じゃない、など全くの嘘だ。これほどの重傷を、この短時間で治癒できる者は時計塔でも数える程しかいまい。しかも、この少年は何の触媒も無しにやってのけたのだ。
「ありがとうございます。ですが、これは、貴方の立場を悪くするんじゃないですか?」
視線を、看護婦の肉片に落とす。
「いえ、大丈夫ですよ。こんなの、今の時計塔じゃ日常ちゃめしゴトですから。起こった事に対して誤魔化す方法はいくつかあるので心配しないで下さい」
心配などしていないし、日常茶飯事でしょ、と心の中で皮肉を言う。
「まあ、貴方には迷惑をかけましたが、わたしには火急の要件が有りますので失礼させて頂きます」
セラはさっさと踵を返す。
「あ、待ってください。これ、持ってって下さい」
一冊の本を差し出してきた。
「多分、お姉さんが見たかったのはコレだと思います。良かったらどうぞ」
受け取った本は余程の古書なのかタイトルが掠れている。だが、ホーエンハイム、賢者の石などの単語が見て取れた。
「重ねて、ありがとございます。正直、貴方が信用に足るのか疑問ですが、感謝します。それでは、失礼」
その本を小脇に抱え、セラは図書館を後にした。
(行かせて良かったのかね?)
腕時計が聞いてくる。
「いいよ」
フラットの顔に浮かぶのは、いつもの情けない笑顔。
(彼女が敵かも知れんだろうに)
「さっきも言ったけど、その可能性は低いよ。少なくとも、俺やエルメロイ先生の敵じゃない。それに」
(なんだ?)
「綺麗なお姉さんには味方したいじゃないですか」
(まったく、君には付き合いきれんな)
腕時計は、嘆息する。
病院を出た正門前で、衛宮士郎のスマートフォンが鳴った。セラだ。
「どうした?」
「・・・申し訳ありません。敵にこちらの存在を悟られました。注意を」
セラからの報告を聞いた衛宮士郎はふう、と苦笑した。
「いや謝らなくていいよ。こちらもちょうどやらかしたところだ。彼は既にこちらを敵とみなしてるよ」
「・・・そうですか。それで、どうしますか?」
衛宮士郎は何かを決意したように、きっ、と口を固く結び、
「今夜だ。それでカタをつける」
そう、言った。
幕間:死霊使いへの相談
冬木市、新都。
地方都市冬木の中で区画整理され幾つかの高層ビルが立ち並ぶ新興開発都市だ。
その一角。
とあるテナントビルの一階にある喫茶店で、ライダーは人を待っていた。
衛宮士郎に依頼された仕事を間桐邸にて終え、そして最後の仕事を終わらせるために、ある人物をこの喫茶店に呼び出したのだ。本当は、メールでコンタクトを図るつもりだったのだが、幸運なことに相手がこの国に来ていたのである。
間接照明でややトーンの落ちた店内で読書する麗人。その姿は、絵画のように美しい。店員は勿論、他の客も遠巻きにその美しい光景を楽しんでいた。
が、
「お!いたいた! 親父ぃ!あそこにいるぜ!」
けたたましい声と共に、大柄な男と小柄な少女が店に入ってきた。ウェイターが追い出そうとばかりに歩み寄るが、麗人の待ち人だと分かるや、素知らぬ顔で通り過ぎていく。
男は、少女が指さした方を見てライダーを見つけると、その対面にどっかりと腰を下ろした。少女も、足を投げ出して横柄に座る。
「あんたかい? 俺を呼び出したのは」
低く、重い声。
「ええ、そうです。突然の要請に御足労頂いて、本当にありがとうございます」
ライダーは、丁寧に頭を下げた。
「・・・かまわんさ。こっちに来る用事があったんでな。・・・おいあんた、ここは吸ってもいいのか?」
男が煙草を摘まみ挙げ、ウェイターに見せるとウェイターは至極いやそうにどうぞ、といった。すると、少女がすかさずライターを出して、男の咥えた煙草に火を着ける。
男は話を続ける。
「アンタの送信アドレスが、古い知り合いの物だったんでな。もし、生きてるならツラでも拝んでやろうと思ったが…当てが外れたみたいだな」
「はい。衛宮切嗣はもう故人です。騙すような真似をして、申し訳ありません「獅子劫界離」」
「まあ、別に期待してなかったんでな。野郎が生きてるなんて「ありえない」」
大柄な男、獅子劫界離は、苦笑して紫煙を吐き出す。屈強な身体に革のライダースを着こみ、傷だらけの厳つい顔にサングラス、ざんばらの茶色い髪を後ろに撫でつけた、一目で堅気の商売で生きてないと分かる風体だ。
「ところで、そちらは?」
ライダーが少女を見て聞くと、少女は元気に勢いよく立ち上がる。獅子劫界離と同じ茶色い髪を乱暴に後ろで纏め、可愛らしいが凛とした眼光を持つ顔。細く白い筋肉質な体にデニムの短パンと赤いライダースジャケットを着こんでいる。
「おう! オレはモー…獅子劫紗南! よろしくな!」
元気が良すぎて、ウェイターが最高に嫌な顔をしている。が、
「おい、おとなしくしてろ。ここは静かに楽しむ場所だ。大声をだすんじゃない」
獅子劫界離が、獅子劫紗南と名乗った少女の頭をごちんと小突く。
「すまないな。まだ、ちょいと常識がない。一応、俺の娘だ。助手みたいなことをやらせてる」
「いいえ、かまいませんよ」
ライダーは、二人の為にコーヒーとチョコレートパフェを注文し、改めて二人と向き合った。用意していた資料が入ったファイルを取り出し、獅子劫界離に差し出す。
「御呼びだてしたのは、ネクロマンサーである貴方の所見を伺いたいと考えたからです。こちらの・・・この「現象」、有り得ると思われますか?」
聞きながら、獅子劫界離は資料に目を通していく。
「・・・成る程な。確かに「死んだ身体」に擬似的な魂や悪霊がとり憑いた例は少なくない。だが、「これ」は正直訊いた事が無いな。かなりイレギュラーな例だろう」
「・・・ですが、なくはないと」
「ああ。この「案件」の特異なところは、元の魂も維持されているところだ。判りやすい言葉でいうなら、いわゆるウォーキングデッドの状態なんだが、あれは元々の魂は離れ、悪霊がとり憑いている。つまりは、ただのバケモンだ」
獅子劫界離は、資料を煙草で差す。
「だが、これは「魂が生きたまま」死んでいる。本来、身体の死と共に魂は離れるわけだが、それをこの召喚霊薬とやらで呼ばれた悪霊が元の魂を離れないように「助けている」これはレアなケースだ。稀少だが、無くは無い」
そこで、獅子劫沙南が口を挟んできた。
「つまり、コイツをこの病院ごとぶっ潰せばいいのか?」
突飛な言葉に、今度は、ライダーが苦笑する。どうやら、獅子劫紗南はライダーが荒仕事の依頼をしていると思ったらしい。
「「貴方」なら、可能でしょうね。ですが、今日はお話しだけで充分です」
含みを持たせて「少女」に言ったライダーに、獅子劫界離はため息を吐いた。
「やはり、判るか?」
「ええ。私もサーヴァントですので。・・・なかなか込み入った術式を使われたようですね。時計塔であれば、かなりの功績を残せる術式かと」
「よしてくれ。コレは、俺の意地でしかない。どうしようもなく愚かな、な」
獅子劫界離が優しく愛娘の頭を撫ぜると、獅子劫紗南は気持ちよさそうに微笑んだ。
「状況的には「このケース」に似ているかもな。死んだはずの人間を、召喚されたサーヴァントが生かしている」
「それを踏まえた上で、お聞きします。この資料の現象、救いがあると思いますか?」
聞くライダーに、獅子劫界離はゆっくりと煙草をふかした。
「・・・残念だが、この子供を元に戻す事は出来ない。これは、すでに体が死んでしまっている。生きたまま、悪霊に憑りつかれてるんならまだ望みはあったが、これは無理だ。体を破壊して悪霊を払い、成仏させてやる他ない」
「彼女と違い、ですか?」
ライダーは獅子劫紗南をみやる。視線を向けられ、獅子劫紗南は困惑した表情を浮かべた。
「コイツの場合は、特殊な事例だ。十分な魔力リソース、正式な召喚陣、そして召喚触媒、それらを揃えた上で召喚した英霊に「気に入られた」。英霊「モードレッド」が受肉した状態に近い。体の運営をモードレッドがやってくれてるんだよ。端的に言えば、俺の娘はまだ生きている」
それでも、獅子劫界離は哀しそうに眼を伏せた。
ライダーは、ふむと頷く。
「わかりました。貴重なご意見を有難うございました」
す、と茶封筒を取り出し、差し出した。分厚い札束が入っていることが見て取れる。情報料だ。
獅子劫界離は、躊躇なく受け取ると、獅子劫紗南の腰に付けていた革の鞄に放り込んだ。それを確認して、獅子劫紗南は恐ろしく面積の小さいデニムパンツのポケットからUSBメモリを取り出してライダーに差し出した。
「サービスだ、受け取ってくれ」
言葉が足らず、首を傾げるライダーに、獅子劫界離が言葉を継ぐ。
「あんたが、メールで聞いてきた魔虫を駆除できる武器のデータだ。ま、平たくいえば殺虫剤の成分表だ。良かったら使ってくれ」
「有難うございます。ですがこれ以上払えませんよ?」
素直に返すライダーに、獅子劫界離は苦笑する。
「だからサービスだ。一度、顕現し続ける本物のサーヴァントを見てみたかったんでな。俺にとっては、アンタを見ることが出来ただけで、大きな収穫なんだよ」
「そう言ってもらえると助かります」
ライダーは、十分にお礼を言って、死霊使いと別れた。
「俺の娘は、まだ生きている。か」
麗人が去った後、娘がパフェを食べ終わるのを待つために、死霊使いは3本目の煙草に火を着けた。
(どのツラ下げて言うんだか、な)
麗人が見せた事例は、あくまでもイレギュラーなウォーキングデッドだ。倫理に問題があったとしても偶然の産物だと言い逃れ出来るかもしれない。
だが、死霊使いが娘に行ったのは、終わるはずの命を、自分の意地だけで弄び永らえている。それが正しいなどと言えないのは十二分に分かっている。
それでも。
「俺は、死を弄ぶ、ネクロマンサーだ」
隣には、チョコレートクリームを頬張って微笑む、仮初の娘。
「オマエの為ならなんだってやるさ」
死霊使いは、紫煙を吐いた。
いらない補足
フラットの行動がちぐはぐですが、看護婦が殺人を犯した段階で、看護婦と戦うつもりでした。ですが、セラが来たので様子を見ていました。セラが負けそうだったら助けに入るつもりでしたが、上手くいったので最後に助けに現れたようです。