今更ですが、このお話はひとりも幸せになりません。
どんなに戦っても、人の身では結局誰かを犠牲にしないといけないと考えた士郎が、アラヤに死後を売り渡すまでの、悲劇の一つとして書きました。
すみません、もっと楽しい話がいいですね。
Fate関連の作品の設定を色々お借りしてます。
よろしくお願いします。
7話 少女は、夢を見ていた。
きっと、こんな気分なのだろう、恋人を待つというのは。
ワクワクして、胸が一杯で。頬が紅潮しているのが自分でも分かる。ああ、ちょっと恥ずかしいかも。
どうしたの? 寒い?
なんて聞かれて、私の首にマフラーを巻いてくれたりなんかして。
そんな、他愛もない妄想ですら幸せと感じでしまう。
うん。きっとコレが幸せだ。
「反応は?」
地上への階段を上りながら、セラに聞く。
「あります。直上、中庭です」
「間違いないな?」
「はい。倫敦の殺人現場に残されていた魔力の残滓と一致しました 」
「・・・わかった」
「その身体でどうにかなると思っているのですか?」
「・・・なるさ。固有結界を使う」
「やめなさい! そんな状態で使ったら何が起こるかわかりません!」
「そうだな。でも、アイツに勝つにはそれしかない。勝ちの目を拾うには、これしかない」
「あなたはっ! 貴方はどれだけ馬鹿なのですかっ!」
「しょうがないさ。そういう風になっちまったんだ。ブーストを頼む」
「・・・はい」
大時計のある、東屋のベンチに彼女は座っていた。
息が白くなる寒さの中、見る限り素足で、黒いボロ切れと見紛う外套だけを羽織っている。
衛宮士郎は半死半生の状態で、東屋に歩を進めていく。そのうち、彼女が此方に気付いた。いや、最初から待っていたのだろう。
「あ、お兄ちゃん。良かった、無事に終わったんだね」
衛宮士郎の何処を見ればそう思えるのか。彼女のさっきまで置かれていた状況の、何が無事なのか。
「ねえ、おにいちゃん。わたしとお話ししよ? 沢山話したい事あるんだ!」
ぽんぽん、と自分の隣を叩く。隣に座れと言っている。
衛宮士郎は、口を開くのも億劫とばかりに首を振る。実際、喋るのが苦痛になるレベルの重傷だ。
「そっかー。じゃあさ、何しにここまできたの? もう、目的は果たしちゃったんじゃないの?」
だが、それにも首を振る。
「ふぅん。じゃあ、何しにきたの?」
その問いには口を開いた。
「・・・君を、殺しにきた」
「・・・そう。そっかー、しょうがないなー」
すぅ、と立ち上がる。そして、外套の前を開いた。
一糸纏わぬ少女の幼い身体が露わになる。
美しい、と。衛宮士郎は不覚にも思う。
透き通る艶やかな肌。あれほど残忍に傷つけられた後は微塵も残っていなかった。
「わたしね、おにいちゃん」
ゆっくりと、自らの腰、腹部に指を這わしていく。
「昨日、会ってからね。初めての気持ちに気付いたの。なんかね、あったかいの。心が、キュってなるの。寂しいのに寂しくないの。それでね・・・」
腰から腹、そして幼い秘裂に指が埋まる。
「ココがね、疼くの。これ、なんだろうって」
秘裂から、「掬い取った」指を舐め、恍惚に目を細める。
「わたし、 わかっちゃった。コレが恋なんだね。今迄は何も知らなかったのに、一気に大人になっちゃった感じ」
「違う」
「何が違うの?こんなにおにいちゃんが好きなのに」
「違うんだよ、水渚ちゃん。君のソレは、普通の感情じゃない」
「どうして? わかんないよ。何が違うの?」
「それは・・・」
衛宮士郎は言い淀む。その先にあるのは、幼い少女の否定だからだ。
「じゃあ、どうしたいの? おにいちゃんは、わたしにどうして欲しいの?」
「無益な殺しを止めるんだ。そうすれば、俺はこれ以上何もしないで済む」
「それは、無理だよ」
「何故だ」
「だって。だって、「私達」が私達であるのはとってもお腹が減るの。お腹が減ったら立ってられないよ。そうなったら、嫌でしょう? おにいちゃんだって」
「・・・じゃあ、話は終わりだ。俺は、君を、殺す」
向かい合う、その距離二十メートル。万全の衛宮士郎であれば一瞬で詰められる距離だ。無論相手にとっても。
「本当に、しょうがないおにいちゃん。わかったよ。でも、その体で何が出来るの?」
「出来るさ。君を殺すくらいは」
衛宮士郎は、自分の左腕を持ったまま、右手を前方にかざした。
それは、魂に刻まれた言葉。衛宮士郎という人間が生まれ持ってしまった呪い。世界を映す、言の葉。
それを、詠唱する。
彼女。瀬名水渚は、衛宮士郎の本気を感じ取ると、東屋から一歩を踏み出す。そして、外套を脱ぎ去った。直後、その腰と胸に申し訳程度のビスチェとショーツが纏われる。
その顔に浮かぶのは、挑戦的な笑顔。
衛宮士郎が、何をしたところで、ねじ伏せられる絶対の自信。
衛宮士郎は紡ぐ。世界の変換を行う言葉を。
瀬名水渚は謡う。愚かな男を哀れむ詩を。
I am the bone of my sword.
――― 体は剣で出来ている
(あなたはそう、信じている)
Steel is my body, and fire is my blood.
血潮は鉄で、心は硝子
(血潮は枯れ、ココロが割れる)
I have created over a thousand blades.
幾たびの戦場を越えて不敗
(どんなに戦っても結局は消耗品扱い)
Unknown to Death.
ただの一度も敗走はなく
(だってあなたは認めないもの)
Nor known to Life.
ただの一度も理解されない
(だってあなたは理解してもらう気がないでしょう?)
Have withstood pain to create many weapons.
彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う
(あなたは、ありもしない勝利に哭く)
Yet, those hands will never hold anything.
故に、その生涯に意味はなく
(だから、あなたの生涯に感慨を抱く者もない)
So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.
その体は、きっと剣で出来ていた
(その体は。人々に剣で貫かれた)
瞬間。
衛宮士郎を中心にして、地面が青い炎で焼かれていく。
それは地面に留まらず、空をも焦がす。
写真が焼かれていくように周囲の風景が焦げ落ち、代わりの世界が現れる。
それこそ、瞬きほどの時間で世界が一変した。
固有結界。
魔術の総本山、時計塔ですらその存在を異端視する大魔術。
周囲の世界を、自分の心象風景で書き換える、奇蹟と言っていいレベルのものだ。
そこに広がっていたのは、果てしない荒野。赤土が露出した草一本生えない地面。厚い雲が垂れ込めた陽射しのない空。
そして、地面に穿たれた数えきれない無数の刀剣。
衛宮士郎は、この世界でのみ錬鉄の英雄となる。無限の剣を打ち続ける。
ここに、衛宮士郎の世界が顕現した。
この変化に、流石の瀬名水渚も歩を止めた。
「ふぅん。すごいね、おにいちゃん。でも、そのボロボロの身体はどうしようもないでしょ?」
「そうでもないさ」
衛宮士郎は、千切れた左腕の切断面を肩の切断面に当てがう。
「投影、開始」
この、固有結界では、他人以外の凡ゆる事が衛宮士郎の思い通りになる。いや、正確には凡ゆる刀剣を投影できる。
ならば。
自らの身体を剣に見立てて投影する。自らの構造を理解し、「同じもの」を投影し、繋げれば良いだけだ。
左腕の魔術回路に魔力を通すと、途中を摘んだホースの様に魔力が堰止まる。
だが、そこから先をイメージし、投影し、魔力を通す。
「あああああッ!」
激痛と共に噴き出した魔力が、千切れた左腕を「掴み」とった。
既に死んでいた衛宮士郎の左腕は、魔術回路が暴走する事で無理やりに繋ぎとめられた。
だが、其処に代償が刻まれる。左腕全体が焼け爛れた様に真っ黒に焦げ付いた。
(剣を握るくらいは出来るか)
繋がっても、元通りにはならない。
だが、戦える。
「待たせたね。さあ、やろうか」
眼前の少女に言うと、
「ホントだよ。いくよ?おにいちゃん」
「ああ」
答えた刹那、二十メートルの間合いが一気にゼロになる。
飛びかかってきた少女のナイフを、地面から引き抜いた剣で斬りはらった。
その衝撃に、剣はチリとなって消え去る。
だが、ここは衛宮士郎の世界。
次の瞬間にはその両手に短刀が現れる。
「だからって、ボクとおにいちゃんの差が埋まるわけじゃないよね」
瀬名水渚の手には異形のナイフ。
そう。昨日の戦いではっきりした実力の差。普通の人間では、どうしようもない隔りが、両者にはある。そもそも、勝負にすらならないのだ。
(そう。普通なら、な)
瀬名水渚が斬りかかってくる。一撃で数トンはあるだろう衝撃が連続で襲う。
「なら、其れを投影するッ!」
この世界なら、「衛宮士郎に関する事」は何でも出来る。凡ゆる武器を模倣し模造する。
そして、その剣術すらも。
思い出せ。あの、剣の英霊はどう戦っていたかを。神話の英雄にどう対していたかを。
思い出せ。彼女は、あの小さな身体で神霊の斧剣をどう受けていたかを。
受け入れろ。あの、弓の英霊は「人の身」で、なぜあの高みに上ったかを。
そして、見極めろ。眼前の少女は如何にして戦っているかを。
浮かべるイメージは、弓。
引き絞り、その力を矢に乗せる事で可能となる何倍もの力。恐らく、あの弓の英霊はそういった構造を理解している。
自分に足りないものは、他でもない筋力。語り継がれる英雄たちの力に及ぶ程のそれは、どうしたら生まれるのか。
イメージしろ。
腕の筋繊維一本一本を弓と見立てるのだ。其々を引き絞る。其れを束にし、放つ。
だが、イメージの中で引き絞った繊維はその力に耐え切れずブチブチと剪断されていく。
イメージしろ、ならばどうするかを。
筋繊維の全てに投影を掛ける。構造を理解し、其処に足りない強さを加算させる。だが、その素材は?
衛宮士郎は錬鉄の打ち手だ。
ならば、自ずと決まってくる。材料は鐵。研ぎ澄まされた錬鉄だ。
筋繊維に、神経に、血管に、鉄を流し込む。柔軟な玉鋼と化した腕は、数倍の力で引き絞っても、切れる事はない。
一気に、引き絞り、放つ。
ギイ、と。
初めて衛宮士郎の短刀が、瀬名渚の刀身を捉えた。そのまま振り抜く。
堪らず、瀬名水渚は、後ろに飛び退いた。
「へえ」
その顔に浮かぶのは、驚きではなく、好奇。自分の力に匹敵するモノをみた歓喜にも見えた。
「まだ、そんな事が出来たんだ」
瀬名水渚の瞳には、数瞬前とは異なる異形が映し出されていた。
身体中を銀色に染める、鐵のバケモノ。
肌が露出した部分からは、常に刀の先端が生まれては消えていく奇怪な現象。顔の至る所が焼けつき、黒く焦げる。そして、鐵が侵食した髪が白く毛羽立った。
その手にした黒と白の短刀は、熱を加えたかのように刀身が焼け爛れる。
それは、違いなく。
錬鉄の魔人。
「あはは。これ、本気出しても良さそうだね」
瀬名水渚の顔に浮かぶのは、あくまでも遊戯の笑み。
両手のナイフを、順手に構え、突く。その速さは神速。その強さは暴力。
至近距離で放つ、対戦車ライフルの如き一撃。
「投影、ローアイアス!」
其れを、衛宮士郎は真っ向から掌で受け止める。彼が持つ数少ない防御兵器、ローアイアスの盾だ。
五枚の花びら状の盾は、瀬名水渚の本気の一撃にボロボロと崩れ去る。だが、十分な効果は果たした。ナイフの威力を、殺してみせたのだ。
「投影、壊れた幻想(プロークンファンタズム)」
衛宮士郎の両手に、光の粒子が集まっていく。それは、剣の形を成し、その瞬間に一気に振り抜く。
刃が瀬名水渚に当たった瞬間に炸裂させる。
そして、振り抜いた手に、再び剣を投影して握り装填する。
速さを極限まで高める。この少女は、英霊と遜色ない速さと力を振るっていた。
それはもう、デミサーヴァントを超え始めている。
ならば、其処に勝つためにはそれすらも超えなければ。
鐵の繊維と化した全身の筋肉を総動員して、増幅を掛ける。
速さを確保し、膂力をを実現する。
「おおおおおおッッ!!」
その体でもって、今度はこの少女の戦闘技術を投影する。
弧を描き、少女が描く剣戟。
それは、一撃で死に至る連撃。それに、衛宮士郎は悉く対応する。
剣戟の円弧が、相対する。100分の1秒単位で展開される剣の撃ち合いに空気が震え、風を起こす。
一撃一撃が、ジェット気流に似た衝撃を起こし、あまりの強さに衛宮士郎の固有結界が歪んだ。
衛宮士郎が、英霊の領域に踏み込む。
✴︎✴︎✴︎
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・。
夢を見ていた。
起きた瞬間に忘れてしまう、儚い情景。きっと、忘れても問題ないような些細な出来事だ。
窓から、涼しい風がそよぐ。
清々しい朝。
今日から新しい生活の始まりです!
「うーん」
私は大きく伸びをする。
快眠で体調は万全。何しろ今日は特別な日。
私の、退院の日だ!
もうダメかと思ったけれど、突然ドナーが見つかり、緊急手術。
12時間にも及ぶ大変な心臓移植手術は、ヴァン先生の頑張りで無事に成功!
術後の経過も良好で、もうすっかり元気!
私は飛び起きて入院患者用のチュニックを脱いで、今日の為に用意してもらった可愛いスカートとシャツを着込む。
昨日の内に、身支度は万全。午前9時ぴったり、私は病室を飛び出した。
看護婦さんに走っちゃダメよ、っていつも言われてる。でも、今日ばかりは許して欲しい。
3階から、2階へ。2階から1階へ。見慣れた景色が、一気に流れ過ぎ去っていく。もう、白い壁に囲まれた陰鬱な日々は終わりだ。私はここから飛び立つの!
ロビーに降りると、正面玄関をくぐったばかりのあの人を見つける。
「シロウお兄ちゃん!」
私は全力で走り寄って、抱きつく。
そう、そうなのだ。
両親を事故で失った私を、シロウお兄ちゃんが引き取ってくれたのだ。
一緒に日本へ帰って、これからは兄妹として暮らしていく。
ああ、ああ、なんて素晴らしいんだろう!こんなに幸せな事は他に無い。
シロウお兄ちゃんと一緒に正面玄関を出ると、看護婦さん達とヴァン先生が待っててくれていた。
大きな花束をくれる。
「退院おめでとう!みぎわ!」
祝福の声が響く。
わたしは、しろうおにいちゃんとてをつなぐ
「あっ」
うかれてあるきだしたから、つまずいちゃった。
「あれれ?」
たいへん、おにゅうのシャツが、あかくよごれちゃった。
でも、ころんだだけなのに、どうして?
ゴボボ。
どんどん、どんどん、あかいしみは、ひろがっていきます。
ゴボボ。
だって、わたしのくちから、たくさん、ちがででるからね。
ゴボボ。
なんで?どうして、わたしはこんなにちをはいているの?
・・・ああ、わかっちゃった。
こっちが、夢、なんだね。
✴︎✴︎✴︎
運命が、嗤う。
「ごぼっ」
瀬名水渚は、その口から大量の血を吐き出す。
数瞬前、遂に衛宮士郎の短刀が瀬名水渚を捉え、その細い身体を一気に貫いたのだ。
だが、瀬名水渚の顔には未だ余裕の笑み。
「ひひ。このくらい、カンケーないよね! 」
密着した状態の衛宮士郎に、ナイフを振りかざす。
「さあ、終わりだよ、お兄ちゃん!」
運命が、嗤う。
振り上げた腕が、腐っていた。
「え? なに、コレ?」
片腕だけではない。両腕、両脚、身体の全てが、まるで「当たり前」のように腐り始めていた。カビが生えたように緑色になり、血流が濁って紫色になり、皮膚がぐずぐずと崩れていく。
「なんで? なに? わたし、どうなっちゃったの?」
叫ぶが、瀬名水渚にわかろう筈も無い。その内に、衛宮士郎は、短刀を抜き去り一歩下がった。
その口が、真実を告げる。
「水渚ちゃん、君はね・・・」
運命が、嗤う。
「もう、とっくに死んでるんだ」
✴︎✴︎✴︎
花が咲いて。
星が綺麗で。
紅葉は鮮やかで。
雪は、何処までも白くて。
また、花が咲いて。
季節が移ろうのを何度か見届けて、幾度目かの、雪。
とうとう、瀬名水渚に、その時が来た。限界の時だ。
結局のところ。瀬名水渚に心臓を提供できるドナーは見つからなかった。
冷静に考えれば、当たり前だ。
イギリス国内で、瀬名水渚と同じ世代の子が、脳死し、然もその子が臓器提供を承諾していて、その家族が承諾していて、拒否反応もなく手術が無事成功する。
そんな可能性は限りなくゼロに近い。其れこそ、奇跡を求めるしかない事だ。
だから、瀬名水渚は、次の花を見る事が出来なかった。
ただ漠然と。
ただ呆然と。
自分が終わる瞬間を悟り、次の春も花が咲く事を知らぬまま、白い壁に囲まれた部屋で終わりを迎えたのだ。
見送る者もなく。ベッドの上で、ただ、問いただす。自らの意味を。
可能性を打ち砕かれた生を。
✴︎✴︎✴︎
「なんで?」
当然の疑問。
「君はね、自分が死んだ事を知らないでこの病院を彷徨ってるだけなんだ」
「どうして?」
必然の疑問。
「元々、この倫敦には、生まれる事も出来ずに地縛霊となった子供の怨霊が沢山いる。それらが寄り添ってある英霊の概念と結びついた」
「なんでなの?」
願うように。
「君は死の直前、ヴァン・スミスから召喚霊薬を打たれたが、何も召喚出来ずに失敗し、死ぬはずだった。だけど、その状態が子供達の怨霊を呼び寄せ、君の魂を維持し、ある英霊の姿になった」
「わたしは、なんなの?!」
自らへの疑問。自らの、否定。
「君は概念英霊、ジャック・ザ・リッパー。・・・唯の、殺人鬼だ」
「どうしてだよぅ・・・」
ぐちゃり、と瀬名水渚は崩れ落ちる。そう、文字通りに崩れ落ちた。もう、脚が自重を支えきれなかったのだ。
「君は、自分を生かすために、人を殺して、その血を吸わないといけないアンデッドだ。君を解放するには、君という本体を壊して、子供達の霊を解放しないといけない。そうしないと、君は人を殺し続けてしまうんだ」
「なんで? なんでよぉ! ぼくが何したっていうの?」
「すまない。君を放って置くわけにはいかないんだ」
悲痛な衛宮士郎の表情は、苦渋を噛み殺していた。
「ちがうでしょ! ちがうでしょ! ぼくは何もしてない! 生まれてから、何も! なんにも出来ないでなんで、こんなことになるの! おかしいでしょ! おかしいよ!」
「ああ、わかってる。そんな事、俺だって、わかってる」
「あーっ! あーっ!助けて! だれかぼくを助けてよ!」
終には、声を張り上げて泣き出す。
けれど。
いつしか、瀬名水渚の身体は、くしゃりくしゃりと崩れていき、全身が崩れると。
もう、動かなくなった。
少女の口が、最後に「たすけてお兄ちゃん」と動いたような気がしたが、衛宮士郎は振り返ると歩き出した。
運命の連鎖は、時として歯車に例えられる。途切れた運命は歯車が外れ、動力が伝わらなくなり潰える。
ならば、外れた歯車は、何処へ行くのか。
衛宮士郎の固有結界に深く垂れ込めた雲を突き破り、巨大な歯車が落ちて来た。直径数十メートルはあるその歯車は、ある程度の中空で落下を止めると、その場で回転を始める。
伝える動力もなく、その先に運命もなく。
ギシ、ギシ。
軋む音は、何者かの怨嗟にも聞こえた。或いは、少女の慟哭の様な、音。
運命を絶った張本人に、その呪いの声は響き続ける。
衛宮士郎は、これから先、固有結界を使う度に思い知るのだ。
帰ってきた男を、セラは優しく迎えた。
戦闘を終えた男の身体は、見るも無残な有様だった。
固有結界を使い、体中を錬鉄に汚染された全身は黒く焼け爛れ、千切れかけた左腕は、未だ赤黒い液体が染み出し、痙攣を繰り返していた。
魔力の暴走で色素が抜け始めていた髪は白い部分が多くなり、瞳孔が赤黒く濁る。
もはや、死んでいない方が不思議なくらいにボロボロの男は、戻るやセラの細い体を抱き寄せる。美しく白い胸元に顔をうずめた。
そして、セラごと崩れ落ちる。
「・・・シロウ、大丈夫ですか?」
大丈夫なわけはない。今すぐに治癒の施術をしなければ命が危ないだろう。だが、男には自分の体の痛みなど関係なかった。
セラの胸元から声が漏れる。
「・・・えると、思ったんだ」
「え?」
「・・・救えると思ったんだ。救うつもりでいたんだ。それなのに!」
それは、正義の味方であるはずの男の慚愧。セラは、全てを察した。
「いいえ、貴方は救ったのです。「彼女」を放っておけば、これからも人を殺しつづけたでしょう。貴方は、これから失われる命を救ったのです」
「だけどっ!」
気休めでしかない事は、セラも分かっている。結果として衛宮士郎は、
「俺は何の罪もない子供を殺したんだ!」
縋るように叫ぶ衛宮士郎。だが、セラは毅然として言い放つ。
「甘えるのはやめなさい、衛宮士郎。貴方が選んだのは、そういう道です。とうの昔に覚悟した筈でしょう? 今更、泣き言をいうのは許しません」
突き放すようなセラの叱咤。だが、彼女の表情は優しく、胸元の男の頭を撫ぜた。
今更。
この男は、子供たち諸共病院を爆破しようとしたのだ。今更、それを悔いたところで説得力などあろうはずもない。
だが、実際に少女を手にかけたことで、その胸に剣を突き立てた事で、抑え込んでいた男の感情が揺さぶられたのだ。
すべてを救えたのではないか、そんなふうに頭を過ってしまったのだ。
「・・・ですが、今は。今だけは・・・許します」
セラは、肩を震わせて泣く、愛する男を抱きしめた。
末 その殺人者は、正義の味方になりたかった。
倫敦は変わることなく次の朝を迎えた。
遠坂凜は、寝ぼけ眼を擦りながら起きる。今日は天気も良さそうだ。
ちょっとした朝食を作り、トーストをかじる。
付けっぱなしにしたテレビから、今日もニュースが流れてくる。
『・・・次のニュースです。本日未明、ジャパンブルーメディカルにて、原因不明の爆発事故がありました。警報が鳴ったため、医師と入院患者のほとんどが無事を確認できていますが、何人かの死亡が確認されております・・・』
それを聴いて、遠坂凜は「ああ」と納得した。さらにニュースは続き、
『・・・今回の事故との関連性は不明ですが、病院中庭にて、「死後一年以上が経過した子供の白骨死体」が発見されています。警察は事故との関連性を調べて・・・』
そんな事実を告げた。
「・・・そう」
遠坂凜は、息を吐きながらそう呟き、そして、
「貴方は、また辛い別れをしたのね・・・シロウ」
と、深いため息を吐いた。
なんの根拠もない。けれど、あの青年が、正義を執行しその犠牲になったのだと思った。
「でも、貴方はそれでも戦い続けるんでしょう?」
言う遠坂凜の頬を、涙が伝う。
***
もしかしたら。
暖かい春の日差しが射す通学路。桜並木の、花びら舞う小路。
病気が治った瀬名水渚と通学する、朝。
大変な事はあるのだけど、それは病気に比べれば些細なこと。
衛宮士郎と瀬名水渚は、兄妹として通学路を登校する。そして、それぞれの学校へ手を振りながら別れるのだ。そんな、他愛ない幸せ。
そんな世界もあったのかも知れない。
でもそれは叶わない夢。
其処は硝煙舞う殺し合いの中で生きると決めた、正義の味方という殺戮機械になった男が見る刹那の夢。
彼に幸せな事は一度たりとも訪れない。
人々は彼に、一度たりとも感謝しない。それでも、彼は人々を救うのだ。大勢を救うために少数を殺すのだ。
其れが、たとえ、無辜の民であったとしても。たとえ、一切の罪もない子供であったとしても。
挙句、最期には救った人々の手で殺される。
「・・・落ち着きましたか?」
セラは、自らが体を預ける男に聞いた。
「ああ。・・・すまなかった」
「いいえ」
衛宮士郎は立ち上がった。
「俺は、この生き方を止めない。人々を救う・・・正義の味方だからな」
それは、男にかけられた呪いにも見えた。
救った人々に殺される。
その日まで、正義の味方は、人を救い、人を殺し続ける。
倫敦の少女。
おわり。
読んでくださった方には本当に感謝感謝です。
ありがとうございました!