音を愛す君へ   作:tanuu

105 / 193
第九十八音 展望

 関西大会突破。この事実は、内外に大きな衝撃を与えた。学校内では二年連続の全国出場に期待が高まっている。どの部活であれ、全国大会と言うのは目指しはしても現実では行ける事などほぼない。そんな中で二年間もそれを成し遂げている北宇治吹奏楽部は、かなり期待を込めた目で見られていた。そして外部には、いよいよもって強豪校であることを証明している。イコールで言えば、去年の戦果はまぐれではない事を示したと言えるだろう。

 

 8月28日の大会を終えて、北宇治吹奏楽部には数日だけ休みが与えられていた。9月1日の木曜日から学校が始まるのだが、それまでの三日間はお休みになっていた。とは言え、自主練用に音楽室は解放されているし先生も登校しているので、学校に来ている人は多かった。それでも半分くらいの人は休んだり、午後だけ来たりすることで各々の休養に活かしていた。

 

 そんな中、私は30日の午前に映画館にいた。本当は自主練だけの期間であっても学校にフルでいようとしていたのだが、いい加減休めと他の幹部陣に促されて強制休暇を取ることになってしまった。とは言え、午後からはまた学校に行くので半日だけのお休みである。

 

「これ、面白いのかなぁ。CMでは結構綺麗だったけど」

「涼音は激推ししてた」

 

 映画館の巨大なポスターを前にして、私と希美はぼんやりそれを眺めている。幹部は全員今日の午前に休むことになっていたので、こうして連れ立って映画館に来ていた。それっぽく言うなら、映画館デートというやつだろう。

 

 白いズボンに白いシャツ。そこに浅葱色のパーカーを羽織っている彼女は、夏真っ盛りの中爽やかさを前面に押し出しているコーデになっている。まぁ多分どんな服を着ても大抵はある程度似合うのだとは思う。着ている人が最上級素材なのだから、どんな服でもそれに引っ張られて強制的に似合うようになるのだろう。私服で会うことはたまにあるけれど、それでも関係性が変わってからは初めてだ。より一層綺麗に見えるのは、恋人マジックでは無いと思う。

 

「私あんまりこの監督知らないなぁ」

「涼音は好きだった人らしい。前から推してたんだって」

 

 妹は昨日、数日前に公開されたばかりの映画を観に行って、興奮しながら帰って来た。今回は絶対ヒットすると熱弁していたので、その熱量に押されて観に来たのだ。去年、涼音と滝野が行ったと聞いたときにいつか行きたいなぁとぼんやり思ってはいたが、三年生になって来れるとは思わなかった。全国出場も果たし、割と晴れやかな気分で来ることが出来ている。

 

「これ、昔同じ名前のドラマがあったと思う」

「そうなの?」

「ラジオドラマだったかな、確か」

「ラジオでドラマやってるの?」

「やってるよ? 今でもたまに。まぁその作品は1950年代のだけど」

「うわ、現代史」

 

 希美はちょっと嫌そうな顔をする。彼女は日本史がそんなに好きじゃなかった。確かに近現代はあんまり面白くないと言われている。私は割と好きではあるのだけれど、たまに家の名前が出てきたらうへっと思ってしまう。財閥解体とかでは特に。日本史の先生もちょっと困っていた。遠慮がちな解説を聞きながら申し訳ないと思ったのは夏休み前の話だった。

 

 ポスターには都会を背景にした男子高校生と田舎道を背景にした女子高校生。空には彗星が降っている。妹は曲が神だと言っていたけれど、実際ストーリーはどんな感じなのか。前情報を一切無しに来ていたので、期待半分不安半分だった。とは言え、ゴジラよりはデート向けかもしれない。アナウンスが流れる。

 

「じゃ、行こうか」

「うん」

 

 連れ立ってスクリーンに行く。この後長いこと日本映画史に燦然と輝くことになる大作を今から見ようとしているとは、今の私には想像すら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 夏も暦の上では終わりを迎え晩夏となる9月。大会後少しだけ与えられた休みを終え、新学期が始まり、私はその冒頭で壇上にいた。私も半日の休日を経て、随分とリフレッシュできたように思う。妹が激推ししていた「君の名は。」だったわけだが、数年ぶりに衝撃を受ける名作だった。あれは伸びる。間違いなく伸びる。音楽が神という言葉も真実だった。OPの入り方、劇中歌の使い方、全部素晴らしいと思う。無いお金を絞り出してパンフレットとCDも買ってしまった。

 

 そんなこんなで周りに布教しまくった結果、高坂さんは黄前さんや吉沢さんたちと連れ立って観に行ったらしい。妹は滝野兄妹を連行して二周目を敢行していた。一回目は剣崎さんと久石さんを連行して観に行ったらしい。順調に仲良くなっているようで何よりだ。

 

 そんな風に想い想いに数日間を過ごした彼らを見渡せば、やる気に満ちた顔が多く目に入る。この快挙に自信を深める者、未来にある大会に期待を寄せる者、これからのスケジュールに苦悩する者などなど様々だ。それをぐるりと見て、口を開く。

 

「まずは、関西大会突破おめでとうございます」

 

 そう言って手を叩く。自然と空気がそれに合わせる雰囲気になり、出場者は自分とメンバーに、そうでない人たちは出場者に対して拍手を送っている。それが静まるのを待ってから、もう一度話を始める。

 

「この前部長からも話がありましたが、今回の結果は出場者も、そうで無い人も一丸となって勝ち取ったものであると、私は思っています。そして、こうして我が部の悲願でもある全国金。これへ手を伸ばす最低ラインの資格を手に入れた訳ですが……」 

 

 ここで敢えて溜めて注目を引くようにする。

 

「ここで油断してはいけないのです。はっきり申し上げましょう。全国は甘くない!」

 

 空気を切り替え、誇張的に話すことで意識を切り替えてもらう。関西大会突破だイエーイから、それをあくまで通過点として見てもらう方向に。特に、一年生の大会メンバーはこれが初出場の者もいる。そうでない人もであるが、多くいる一年生が今回の結果で「全国大会って、案外余裕……?」などと思われては困るからだ。

 

「一年生の皆さんにはお話ししましたが、去年のメンバーは非常に良いメンバーが集まっていたと思います。それこそ、今年に負けず劣らないメンバーが。しかしそれでも、結果はご存じのように銅賞。それだけこの壁は分厚い。関西大会突破は嬉しい事実です。しかし、ここで気を抜いては行けません。大会では誰も予想できない事が起きます。下馬評は、簡単に覆るのです。私の大学の先輩にも、普段はとても上手いのに大きな大会で実力を発揮できず悔しい思いをした人もいました」

 

 手に持った紙には、今年の各地方大会の結果が書かれている。関西大会の結果も当然書かれていた。そこに、かつて三強と謳われた全国大会常連校の名前は、一つしかない。

 

「敢えて言いましょう! 最早三強は過去の呼び名となりました。龍聖が新たに全国へ進み、北宇治も二年目。大阪東照が関西落ちなど私が知る限り、私の産まれる前の大会以来、実に十九年ぶりです。誰も思っていなかった事でしょう。彼らがここで終わりだなどと。現龍聖の指導者、月永先生は確かに私のその名を知る名指導者です。お会いしたこともありますが、確かに人となりも優れている。それでも私は龍聖が育つのに後二年はかかると読んでいました。そしてその予想は外れました」

 

 月永君の前ではあるが、話の都合上名前を出した。とは言え、彼は特段嫌そうな顔は見せていない。指導の上では仕方ないと割り切ってくれているのだろう。少なくとも、私の話を受けて理解はしてくれているようで、少し安心した。

 

 龍聖が全国と言う事実は、これまた衝撃を与えている。明静工科と言い、月永先生の鍛えた学校が二校とも全国と言うのは偉業と言わざるを得ない。この予想外の展開は、部員たちも知るところであり、その名を出した瞬間に空気はキュッと引き締まる。明らかに意識せざるを得なかった。去年の北宇治と同じ展開を辿っている彼らを。

 

「私たちが努力している時、同じように相手も努力している。それを忘れず、励みましょう。そうは言っても普段は他校の事など意識する必要はありません。演奏当日のその瞬間まで、いえその瞬間でさえも戦うべき相手は昨日の自分です。敵を見誤ってはいけません。これからは一層厳しい練習となるでしょう。協力し合って、貪欲に、勝利を求めていきましょう!」

「「「はい!」」」

 

 音楽には本当は勝ち負けはない。それでも、鼓舞するにはこれが一番分かりやすい。空気はしっかり戻った。夏の、関西大会前に。勝って兜の緒を締めよではないが、こういう話も必要であると思っている。これから学校が始まる。一日中音楽三昧というわけにはいかない。その時間の中でどこまで実力を伸ばせるかが課題だった。

 

「では、次に連絡事項を話します」

 

 

 

 

 

 私は朝の出来事を思い出す。職員室を訪れた私の顔を見ると、先生はにこやかな顔になった。

 

「桜地君、丁度良いところに」

「おはようございます」

「おはようございます。非常に良いタイミングでした」

「何かありましたか?」

「先ほど清良女子の大友先生からご連絡を頂きまして……」

 

 先生は私に一枚の紙を渡す。そこには清良女子高等学校演奏会大阪公演と書かれていた。日付では10月の初頭。全国大会の一月ほど前だった。

 

「おぉ、公演するんですね。これは楽しそうで。招待ですか? 是非行きましょう。良い演奏を聞くことはいい経験になります」

「招待ではあるのですが、少し変わった形の招待となっています」

「と、言うと?」

「ゲスト出演してみないか、というお誘いでした」

 

 中々ぶっ飛んだ誘い文句が来たと思った。これは非常にありがたい申し出ではある。去年合同練習をしてはくれたが、それでも出演枠は別だった。今回のこの措置は、同格であるとみなしてくれたと考えても良いかもしれない。

 

「それは、中々……」

「はい。滅多にない機会ではあると思います」

「しかし、なんでまた」

「昨年交流して以来、北宇治の動向は注目してくれていたようで。今回の関西大会での自由曲を聞き、感銘を受けたという話でした。もし出演してくれるならば、是非リズと青い鳥をフルでやって欲しいという話もされています」

 

 私とも縁浅からぬ学校であるため、交流は続けていた。とは言え、格や歴史で言えば向こうが上。1990年、私の母の時代から覇権を得ている名門が北宇治の動向を気にしていてくれたのは、光栄な話であると言えよう。関西にある名だたる名門、それこそ関西三強や龍聖、立華ではなく北宇治を選んでくれたのは去年の交流が大きく寄与していると思う。これはチャンスだ。名前を売る機会ではあるし、技術を盗む機会でもある。優秀な奏者に教えを乞うことは、B編成組にも大きな機会になるはずだ。

 

「受けましょう。逃す機会はありません」

「では、そのように返事を行います。自由曲ですので、コンクールにも差し障りませんから、私としても受けたいと思っていました」

 

 先生としても、この機会は逃したくないのだろう。先生も音楽が好きであることに変わりはない。良い演奏を聞ける機会があり、その一端に携われる機会も得られたというのは無上の喜びであると思う。その証拠に、眼鏡の奥の瞳は爛々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 そんな一幕を経つつ、私たち指導者陣は受けようということでまとめたのだった。その連絡を行うのである。

 

「この後秋にかけて、文化祭・体育祭における練習を行います。コンクール以外の曲を演奏することになりますが、複数の曲を同時並行で演奏するのも強豪校に求められている能力です。B編成の部員には演奏の貴重な機会ですので、A編成組に引けを取らない演奏が行えるよう、先んじて楽譜を配りますから練習を始めてください」

「「「はい!」」」

「ここまでで何か質問は? はい、どうぞ」

「文化祭での演奏は目玉だと思うのですが、曲目はどうやって決定するのでしょうか」

「昨年は私の独断と偏見で決定しました。とは言え、恐らく今年は三年生の中で決定することになるでしょう。下級生は来年、再来年までお待ちください。どうしてもと言うのがあれば懇意の先輩にコッソリ伝えて、その先輩の意見として言ってもらうようにしてください」

 

 自分の疑問は皆の疑問と言うけれど、それを理解していても実際に行動に移してくれる人は少ない。こういう時に切り込んでくれる存在は、前に立っている方からすればありがたいと思うこともあるし、時には面倒に思うこともあるだろう。静かに頷きながら席に着いた妹の顔を見ながら思った。

 

 来年の幹部はこういう質問をどう思うのだろう。煩わしいと思うのか、それとも好ましいと思うのか。下手な誤魔化しや理想論はそうと看破されてしまう。来年の話をすれば鬼が笑うのだそうだ。だとしても、来年恐らく私は日本にいない。その中で、自分の肉親が無事に部活動を行えるのか心配するのはおかしな話では無いと思う。

 

「他に何か質問がある人は?」

 

 スッと手が挙がったのは、全体の割と前の方からだった。その手の主の意外性に私は少し目を大きくする。ピンと手を伸ばしているのは、普段こういうところで質問をしないみぞれだった。

 

「はい、どうぞ」

「寸劇は、出来ますか。定期演奏会みたいに」

「なるほど。教頭先生との交渉の結果、今年は45分ほど演奏時間を頂けましたので、恐らく不可能では無いと思います。やりたい場合は、どの曲でどういう風にするのかも希望に書いて出してください」

 

 そんなにやりたいのかと思わないでもないけれど、確かに昨年度末に行った定演では張り切っていた。日本昔ばなしラプソディーを提案したのも、そこで寸劇をする提案をしたのも彼女だったのを覚えている。あの時楽しかったのでもう一回やりたいという気持ちなのだろう。私たちは、今年度の定演には参加できない。それを考えれば、最後の機会なのかもしれない。終わりは迫っている。確実に、ゆっくりと。

 

「他にありますか? では次の連絡です。来たる10月初頭の日曜日、大阪で清良女子高等学校による演奏会が行われます。つきましては、その演奏会にゲスト出演しないかというお誘いを受けました。曲目はリズと青い鳥のフルバージョンです。指導陣はこれを非常に名誉ある、同時に非常に貴重な機会と捉えており、参加承諾の旨を先方に伝えました。自由曲であるため、そこまで負担にはならないと考えています。この機会を逃さずに、我々の演奏を届けましょう。こちらも、編成に関係なく全員での参加となります。何か質問は? 無いようでしたら以上です」

「ありがとうございました。次に……」

 

 私が場所を交代し、部長が伝達事項を話していく。これからの二ヵ月弱はただひたすらに大会だけ見据えていれば良いという訳ではない。当然大会は重要だ。しかしながら、大会が終わった後のことも考えないといけない。次の幹部はどうするか、来年の部活はどう運営してほしいか。それを見据えて動かないといけない。昨年のこの時期もある程度それを意識していた。

 

 尤も、田中先輩の一件でそこまで具体的に大きく動くということが出来なかったけれど、今年は取り敢えず目立った問題の予兆はない。この時間を有効に使って、来年以降も継続的に全国大会に出場できるような部活動を作り上げていく必要があるのだ。丁度、今年も全国大会に出場している南中と同じように。今年も向こうと交流をする予定でいる。恐らく日程は10月の中旬となるだろう。

 

 そして私が一番考えないといけないのは、私の後事を誰に託すかという問題。これを解消しないといけない。部長と副部長の指名は現在の二人が相談して行うことになっている。だが私の後任の任命権は私が持っていた。当然、春に話したように権限は大幅に縮小し、同時に大会出場権も復活させる。それでも仕事は多いしプレッシャーも相当だろう。その激務に耐えられる人間を探さないといけない。

 

 今のところ、暫定候補は高坂さんだった。そのために六月の修学旅行では不在時の練習を取りまとめるように指示していた。吉沢さんからの報告を聞く限り、無難にやれていたようではある。少々固かったらしいが。後は細かい指示や方法論などの伝達を本格的にしないといけない。彼女に関しては、もし後任を本当に託すなら、そろそろ動き出さないといけないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだまだ夏の終わらない吹奏楽とは裏腹にと言うべきか、学校内は九月中に行われる文化祭に意識が向いている。定期テストなんかも存在しているが、学生というのは往々にして悪い予定からはなるべく目を逸らすモノである。

 

「おーっす」

「お久」

 

 運動部だった友人二人と久々の再会である。なんだかんだお互いに忙しく、一回だけしか夏休み中に会っていない。サッカー部だった生駒はすっかり黒焦げだった。バスケ部の方はそこまででもないけれど、それでも割と焼けている気がする。少なくとも室内から出ていない吹部よりは焼けていた。

 

「二人とも、引退式はもう終わり?」

「まぁな。普通はそうだろ、吹部が変なだけで」

「それはそうかもしれない」

「あー、もう受験かぁ」

「言うなよ、考えないようにしてたんだから」

 

 生駒はぼやき、柏原はあさっての方向を見ながらため息を吐いている。受験生。それは三年生の多くに重たくのしかかっている事だった。その点、私は受験系の一切とは無縁でいる。これは他の三年からすれば妬ましいと思われても仕方ないだろう。だからあんまり言わないようにしている。慰めても励ましても、お前は受験ないじゃんと言われてしまえば反論できないからだ。

 

 もちろん私だって過去に頑張ったから今があるわけだが、そんな正論は聞きたくない人が多いだろう。

 

「そう言えば、言わないといけないことがある」

「おう、どうした?」

「なんかやらかしたのか? 罪は償おうな」

「違うわ! まったく……そんなんじゃない。一応言っとこうと思って。彼女出来ました」

「あぁそう」

「でさぁ、この前の夏期講習で……」

「おい、スルーかよ」

「だって、なぁ」

「今更感あるし。どうせ傘木さんだろ? はい、その顔は図星。閉廷、解散!」

 

 割と何を言われるか分からないと思いながら言ったのに、返って来たのは適当な反応でちょっと拍子抜けしてしまった。

 

「他にいねぇだろ、なぁ」

「その通り。いつになったらくっ付くのかって感じだったし。他の男子ならいざ知らず、俺らが気付かないと思ったか? え?」

「一瞬自慢しに来たのかと思ったぜ。いや、自慢か」

「まぁまぁそう言うなって。ここは素直に祝福してやろうじゃないの。これで吹部三年男子で唯一取り残された滝野の悲哀を眺めながらな」

「あぁ、アイツも可哀想に……。後藤に裏切られて、今度はコイツに。哀れだ」

 

 勝手に話が進んでいる。確かに、滝野だけ取り残されていた。可哀想と言えば可哀想だが、一応好意を向けている人はいるので、そう考えればまだまだチャンスはあるのかもしれない。受験生が恋愛を気にしている場合ではないかもしれないけれど、それでも恋する気持ちは止められないものだ。我ながら浮ついた感想が出てくるのは、自分が置かれた状況のせいかもしれない。

 

「君らは何かないの、浮ついた話」

「無いわけじゃないぜ、一応な。花火大会の時にちょっと回ったり、時々会ったりしてる」

「誰と」

「何だっけ、あのパッションフルーツみたいな……」

「パーカスのこと?」

「そうそう。その吹部の子と俺たち塾同じで――」

 

 青春時代を彩るモノが恋や部活なのだとよく言われる。けれど決して青春がそれだけとは思わない。クラスの友人がいれば、恋愛や部活が無くても青春時代を謳歌することは出来る。窓の外の空はまだまだ夏の空。それを横目で見ながら、彼らと話を続けていく。内容は中身がある時も無い時も様々。きっと、大半は一ヶ月もすれば忘れているのだろう。それでも、こうして話していた事実だけは忘れないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べながら、目の前の彼女の話に耳を傾ける。話題は文化祭の話になっていた。去年の文化祭と言えば……まぁ色々あった。本当に色々あった。今思えば大分ヤバい事もあったけれど、まぁそれはそれとして、今年である。優子&夏紀はちょっとそれぞれのクラスで用事があるそうでいない。

 

 みぞれは後輩に拉致された。ダブルリードの会だとか何とか言っていたが、しっかり後輩と交流できているようで何よりだと思っている。剣崎さんはもうすぐ否が応でも卒部してしまうみぞれと触れ合いたいと強く思っているようだ。来年のパートリーダーは彼女。二年生で唯一のパーリーであるため、大変なことも多いだろうけれど頑張って欲しい。

 

「聞いてる?」

「もちろん。ウチのクラスの出し物はどうするかって話でしょ」

「そうそう。他のクラスと被せたくないって言うけど、正直無理そうだし~ってなってて大変そうだなぁっと思ってさ」

「部活に支障が出ない程度なら、全然なんでも構わないんだけどね。他のクラスにも言えるけど、後輩含めてあんまり拘束して欲しくないなぁなんて思ったり」 

「まぁ、そうだよね~」

 

 私と希美の関係は速攻でクラスにバレている。私の友人二人が広めたわけでは無いだろうし変だと思っていたら、まさかの情報源は希美だった。女子のクラスメイトからの質問攻めで陥落したらしい。元々隠し事が上手なタイプじゃないので、いつかこうなるだろうとは思っていたけれど、まさかこんなに早いとは思ってなかった。

 

 周知の事実となったとしても特に関係性が変化するわけでは無い。こうして二人でお昼を食べていても特に違和感なく受け入れられている。逆に言えばそれ以前の距離感がおかしかったという訳だが、今更なので何も言わない。

 

「それはそれとしてさ」

 

 いつになく真剣な口調なので、クラスの様子をチラリと見ていたのを戻す。彼女の手元にある飲みかけの紅茶が入ったペットボトルの縁には、桜貝色の口紅が付いていた。

 

「優子たちとも話してたけど、次の部長とかは概ね決定で良いんだよね」

「ああ、うん。前話した通り。今後何らかの大きな問題が発生しない以上、部長副部長は確定。ドラムメジャー新設案を通す。二年生の代表を設けて、部長候補にしておきつつ下学年の統率をさせる案も出てきてるし、まぁこれに関しては保留ってところ」 

「そのドラムメジャーに適任者はいた? いないなら無しって話になってたけど」

「一応は。身内人事みたいで嫌だけど、私の直属の後輩からになるかな」

「やっぱりそうなるかぁ。う~ん」

「彼女に何か不満でも?」

「いやぁそういう訳じゃないんだけどね」

 

 高坂さんに何か不満でもあるのだろうか、と思うがそもそもとして関係性が薄いので不満を抱きようもあまりないような気がする。

 

「もしかして……私が彼女に構ってばっかりだから嫉妬してる? それなら大丈夫だよ。キラキラ輝ている太陽を目の前にしてそれ以外に目を向ける奴なんかいないから」

「ゲホッ!ゲホッ!」

 

 物凄い勢いで咳き込んだ彼女は、一気に紅茶を飲むもののまだ足りないようなので私のペットボトルを渡す。それをまた勢いよく飲んでいる。

 

「そう言う事、公衆の面前で、言わない!」

「あれ、嫌だった?」

「そうじゃないけど……とにかくダメだから!」

「はいはい。仰せのままに」

「はぁ~。話戻すけど、不満って訳じゃないんだけどね。なんかキツい感じするし、来年の一年生とか大丈夫かなぁって。何だろう、言い方悪いけど努力して当然って思ってるっぽいと思っちゃうんだよね。上手い言い方が見つからないんだけど極端に言うと『私が努力してるんだからあなたもすべき』みたいな? なんかあんまり好かれてない感じするしさ……」

 

 しょんぼりした感じで言っている。普段は人の悪口やマイナス面の話をしない希美から飛び出た言葉に少し驚いている自分がいたけれど、それ以上にパートも違い関係性も希薄な希美が意外にも高坂さんの一面を捉えていることに驚いた。希美を高坂さんがどう思っているのかに関してはまったく知らないが。

 

「ああ……うん、まぁね……。そういう一面があるのはそうだねぇ」

「後は奏者として上手いと指導者として上手いは別物じゃん? 良くも悪くも前例がいるしそれに近い水準を目指しつつ、奏者もやりつつって言うのが負担になっちゃうんじゃないかなって。むしろそっちの方が心配」

 

 それは私も危惧することだった。私は一応奏者ではない。だが、自分も演奏して指導もしてとなるとかなりの負担になるだろう。悩ましい問題だった。ここまで会話で一度も具体名を口にしていないのは敢えてなのだけれど、それに合わせてくれているのはありがたい。誰が聞いているのか分からない空間で不用意な話は出来ないのだ。こういう気配りは上手い子だった。出会った頃からずっと。そしてあんまり好かれてないと言いながらも高坂さんのことを気遣っている。その優しさも美徳だと思っていた。

 

「そこは本人と相談かな。これから多分、ドラムメジャー向きの人材に育てるフェーズになっていくと思うから。性格面は一朝一夕ではどうにもできないけど、出来る限りはどうにかするつもり。部活も今まで以上ギリギリまでになるかも。そうなったら先に帰っててくれて全然良いからね」

「ううん、待ってるよ。私も練習したいし、後輩の事も見ないとだし」

 

 自分の受験勉強もあるだろうに、先輩としての役目を果たそうという思いが見て取れた。まぁ、それは私も同じかもしれない。怠る訳にはいかない練習もある。三年生と言うのはそういう面でも多くのことを求められているのだと実感させられた。去年の先輩たちを尊敬するしかないだろう。しかも急激な環境の変化があった中でこれをこなしたのだから。

 

「頑張らないとねー」

 

 希美は腕を伸ばしてコキコキ鳴らしている。シャツの隙間から鎖骨が覗いて見えてスッと目線を逸らした。秋来たれりと言うのには、まだまだ暑い空模様が窓の外にあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。