文化祭も無事に何とか終了することが出来た。吹部の演奏時間も、エンディングセレモニーでの演奏でも、どちらも盛り上がっていたと思う。知名度の高い曲を使うと非常にウケが良い。一般向けと言うことを考えれば、分かりやすくカッコいい曲を演奏していくのが正解だろう。特に、部員獲得が結構シビアな公立の吹奏楽部では。
「吹奏楽部の指導に正解は無い。ただし、目指すべき方向性はあるわけで。それは何かというと、とどのつまり結果を出せるかと言うことになっていく。特に、北宇治のように全国大会を目指していく学校になると」
「はい」
「努力の方向性を間違えると、演奏は上手くならない。その方向性を見極めていくことが必要な事だ。その上で、演奏を作っていく。努力に正しいも間違いも無いけれど、その方向性にはあるからそれをしっかり意識しよう」
暦の上では秋を迎えても、季節はまだまだ夏の中にある。文化祭も終わったというのに、風は一向に涼しくならないし、湿度も高いままだ。私は少し薄暗くなった外に少しだけ目をやったあと、目の前で私の話を聞いている高坂さんに向き直った。
「その方向性を考える時にも、普段の指導においてでも大事なのは、焦らないことだと思ってる。正確には、焦っていてもそれを分かるような形で外に出したり、それで指導が変に厳しくなったりしないように。冷静に、淡々とこなす。自分で言っておいてアレだけど、自分が出来ているかは正直自信が無い。ただ、そうあるべきだとは思っているし、そうあろうと努めているつもりだ」
「先生は、いつも基本冷静に見えました。少なくとも、練習中は」
「そう? ならそう見えるようにしていた私の試みは大成功と言うことになるね。焦っても良いことは無いから。思ったより上手く行っていなくても、思い描いていた状態でなくても、それはしょうがない。人間を束ねて動かそうって言うんだから、当然差が出るし理想通りというわけにはいかないから。練習はトライアンドエラーの作業。それを無心で繰り返せるかどうかが鍵になって来る。威圧はなるべく避けたい。威圧したり怒ったりするとその場では改善しても、怒られないようにというマイナスな努力動機になる。そしてそれは、多分長続きしない」
怒られたくないから、という理由で頑張り始めると折れてしまう事がある。怒られないようにしようと思って練習するのはよくある事だが、出来れば上手くなりたいというポジティブ寄りな練習動機で部活に参加していて欲しい。その方が空気も良くなるし、個人のためにもなるんじゃないかと考えていた。
とは言え、言うのは容易くとも実践するのは難しい。ただ、怒鳴ったりヒステリックに言うよりも、静かに淡々と注意した方が心情的には受け入れやすいし、他の子への余計な負担も減るはずだ。誰だって、横で他人がガミガミと怒られているのを聞くのは好きじゃないだろう。
「後は初心者も同じかな。初心者が一年目から使い物になることはほとんどないから」
「……随分な言い方ですね」
「まぁね。でも今は私たちしかいないし。実際、一年目から大会に出れる子なんてほとんどいない。そういうのは一部の才能ある子だけだ」
「先輩の、妹さんみたいに」
「あの子は昔から音楽自体はやってたし。バイオリンとピアノとお琴と篠笛も出来るのかな? 確か。そういう下地があるから出来てるだけで、何の下地も無いのにいきなり出来る子なんてほとんどいないし、いない前提で話を進めた方が良い」
「彼女、バイオリン弾けるんですか?」
「長いことやってたから、多分今でも出来ると思うけど。そう言えば、ウチの妹を口説いてたみたいだけどどうなった?」
「保留中です。多分、フラれます」
「そうか……」
高坂さんは残念そうな顔で言っている。好きなようにしなさいと妹に告げていたけれど、まだ迷っている部分があるようだ。高坂さんには大会が終わるまでは取り敢えずちょっと待っていてあげて欲しいとは告げているけれど、半ば袖にされるのだろうと予想しているようだった。私もなんとなくそんな風に思う。彼女は高坂さんの事は嫌いじゃないと思うけれど、ただ責任ある地位に自分がいるべきでは無いと思っているのだろう。
私は出来る事を最大限やっていたとは思っているけれど、妹の人生は彼女自身が自分で決めることだ。それに口を出すことはあまりしたくない。特に、こういう自分で決めるべき事柄については。
「話を戻すと、初心者の子の一年目は研修期間、修行期間だね。何なら二年目もそうであることが多いかもしれない。ただ、それは無駄になるわけじゃない。二年間をフルで使って、三年になった時にコンクールメンバーになるように育てるんだ」
「長いスパンですね……」
「そう。だから例えば来年入って来た初心者の子が完成する頃高坂さんは大学二回生だね。そういうスパンで見て考えていく必要がある。もし君が、北宇治を未来永劫恒久的な強豪校にしたいのなら。そういうこと考えないと、また昔の北宇治に逆戻りになってしまう。どこかのタイミングで、必ず。だから、いきなり吹かせたりするのも一つの方法だけれど、私はゆっくりと着実に成長させていくべきだと思ってる。人数自体は既存部員でもしっかり存在してるわけだし」
「コースを分けるってことですか?」
「そういう風に言うことも出来るかもしれない」
高坂さんは静かに考え込む。私のやり方が正しいと主張するつもりはない。ただ、こういうやり方の方が良いと思っているのだ。初心者でもガツガツやりたいという子は少し物足りないという不満を覚えるかもしれないけれど、足並みをそろえるにはある程度の平均値を基準に進める必要がある。音楽経験が無い、或いは乏しい存在を基準にした方が幅広い層を対象にした指導が出来るだろう。
「でも、それだと頑張りたい子にとっては不満じゃないですか?」
「そうだろうね」
「そういう時はどうしたら……」
「それは君がどうしたいかだと思う。私はそういう子に相談を受けたら課題を増やしたりしていた。もちろん、合わせるように言うこともできる。逆に、その子に皆を合わせるように発破をかけるとかも。ただ、それは指導する側がどうしたいか、後は現実問題としてマンパワーが存在しているかとかの問題もある」
私は別に暇では無いけれど、自分が演奏しない存在だったので、その時間を練習を見ることに充てられた。ただし、高坂さんはそういう訳にもいかない。なるべく自分の練習だってしたいだろう。パートを回っての練習指導や、個人練習中の見回りもやりにくいと思う。自分も部のエース奏者としての期待に応えられるような演奏をしないといけないという自負があるだろう。来年度は今年以上にパートリーダーの役目が大きくなると予想できた。
「マンパワーで自分の出来る事に限界があれば、ドンドン周りを巻き込もう。パートリーダーを積極的に使って、しっかりホウレンソウしつつ練習を見させる。当然、パート内のトップ奏者か比較的教えるのに向いている人選をしないといけないけど、それは二年生だけの会議で話し合って欲しい。自分一人で出来る事に限界があるのは当たり前だから、周りを頼る事は決して恥ずかしいことでも何でもない。全員で課題を乗り越えていく。そういう風にすれば、上手く回るんじゃないかな」
「私に、出来るでしょうか。お世辞にもそんなに……私は人と接するのが上手くないので」
「何のために君には同じパートの友達がいるの?」
「……あ」
「吉沢さんはしっかり周りと交流してる。君がドラムメジャーな以上、彼女がパートリーダーになる。だからあの子を窓口にすれば他のパートリーダーとでも上手く話せるでしょ。マズそうなら止めてくれるだろうし。仲間なら助け合っていこう」
吉沢さんは高坂さんとも他の部員ともしっかり話が出来る。高坂さんの理解者は黄前さんがいるかもしれないけど、同じ楽器のライバルでストッパーという存在は黄前さんには担えない。高坂さんの特別な友人は黄前さんでも、その次くらいには吉沢さんが存在していると私は思っていた。私の言葉に、高坂さんは少し目を丸くする。
「先生は、いつからこうなる事を……?」
「最初から」
私の言葉に、高坂さんはいよいよその目を大きく見開いた。それは嘘ではない。去年の初期の頃、当時一年生だった高坂さん達を見た時にこうなる事を想定していた。二人しかいないということを知った時、お互いに支え合いながらも上を目指するように、二人が仲良くなれるように手を尽くしてきたつもりだ。それが二年の月日を超えて実を結ぼうとしている。
何年も前から準備していた。私がいなくなった後、未来の北宇治の事も考えながら。高坂さんにはそれは意外な事だったかもしれない。とは言え、全てが想定通りではない。私の予想よりも現在の状態は圧倒的に良い。私の未来予想が少々悲観的過ぎたということもあるかもしれないが。
「未来を意識しながら、今を駆け抜けること。結果はその後に必ずついて来る。今のように」
「はい……!」
「じゃあ、具体的にどうやって初心者を鍛えていくか、私が今年の春に君と日本橋に行った道中で練っていた基本骨子になる案を伝えていく。まず――」
彼女がどこまでやれるかは分からない。しかし、伝えられることは伝えておきたい。少しでも来年度の北宇治が良い環境になるように。そして、後悔が少しでも少ないように。それが今出来ることのはずだ。当然、コンクールの練習も欠かさない。この二重構造は手間も多いし、負担も大きい。それでも意味があると、私は信じていた。
彼女ならば成し遂げてくれるに違いない。あの日見た情熱と同じモノがまだその瞳に灯っているのなら、きっと上手く行くだろう。私はそう信じたいのだ。
10月に入ってコンクールの曲の練習も一層過熱してきた。演奏会の日程も近づいていることも、同時に意識しないといけない。幸運なのは、大会の自由曲を演奏できるということ。演奏会の練習をしながら、大会の練習にもなる。一石二鳥の状態だった。
「クラリネット、神秘性を持った含みをイメージしてください」
「「「はい」」」
「ユーフォ、音が終わる時の処理がやや甘い。まだ改善できます」
「「「はい」」」
演奏とはトライアンドエラーの繰り返し。何回も思ってきたことだが、こうして指揮をしているとやはりそれを実感させられる。何度も何度も繰り返して、少しずつ前進していく。一気に進むことは無いと言っていいだろう。だからこそ、緻密で繊細な表現も出来るのかもしれない。半年以上、同じ曲と向き合うなんて日本の吹奏楽部くらいでしかそうそうやるモノではないと思っている。
今日は先生が会議で遅くなる。それまでの一分一秒を無駄にしないようにとこうして合奏練習を行っていた。本来はB編成組はいないのだが、演奏会は全員での演奏をしたいのでこうして参加して、共に自由曲を練習している。普段の55人に更に人数が足されると、違う表現が出来るので面白い。オーボエも二人になるし、パーカッションやクラリネット、ホルンも厚みが出る。チューバも五人揃うと中々壮観だ。
B編成組の育成は加部が私と共同して普段行っている。第二の斎藤先輩枠と言うことだろう。この枠が来年消滅することが不安しかない。実はB編成をしっかり育成できるかが来年に繋がるカギと思っている。来年、優秀な奏者がどのパートにどれくらい入るかは分からない。そうなった時に、表現の幅を広げるためには既存部員が最低一人はいないとマズい。
B編成を強化することは、来年度の演奏で表現の幅を広げるために欠かしてはいけないことだ。そして、三年生が全員メンバーになれるように修行を積む場所とも言える。三年生がメンバー落ち、はやはりインパクトがある。出来れば集大成を良い結末で飾って欲しいと私も願っている。釜屋さんや加藤さんは、その修行期間と言うことになるだろう。今の実力から鑑みるに、来年は出れるはずだ。
ともあれ、未来への布石を打っておくことは重要である。故に、清良との演奏会は普段は別々の練習をしている両編成をくっつける良い機会でもあるのだ。つくづく、十数年前にあそこで頑張ってくれた母親には感謝しないといけない。それに友情を感じてくれている、現在の顧問の先生にも。
「第四楽章が要と言っていますが、そこに至るまでの第一から第三を疎かにしていてはメッセージになりません。物語は積み重ねがあるからこそ、結末に説得力を持たせることが出来るのです。何回も言っていますが、曲のイメージをしっかりと自分の――」
私の言葉は最後まで紡がれることは無かった。ガラガラガラ、と大きな音を立てて音楽室の扉が開けられたからだ。滝先生はもっと静かに開ける。松本先生も同様だ。部員は全員ここにいるし、こんな乱雑な開け方をしない。一体何事かと、視線を指揮台から見て左にある教室の入り口に向ければ、そこには荒い息でスーツ姿に身を包んだ初老の男性が立っていた。その姿を視認して、嫌な予感が走る。彼の事を、私はよく知っていた。
「あぁ、良かった! こちらにおられましたか。涼音お嬢様も」
「何用ですか。見てわかる通り、仕事中です。随分と乱雑な……由良さんともあろう者が、戸を叩くくらいしなさい」
指揮棒を下ろし、私は強い口調で彼に告げる。我々の前に立っているのは本邸にいる祖母に仕える人間だった。由良道利、年齢は60歳。古い言い方をすれば、使用人ということになるだろう。昨年の全国大会にも、祖母と共に訪れていた。
彼がこの場に来たということはあまり良くない報せであるのは明白だった。それはその表情を見れば分かる。突然の闖入者に混乱している部員を取り敢えず手で落ち着かせた。騒ぎ出したりしないのは、去年と比べて大分進歩したのかもしれない。それを横目に、私は事態を収拾するべく口を開いた。
「申し訳ございません、ですがそれどころではないのです。琴音様がお倒れになりました。現在、病院で静養中でございます。至急、お越し頂きたく」
「帰りなさい。見ての通り、私は仕事中です。私情で迷惑をかけるわけにはいきません。この大事な時期に……。とにかく練習の邪魔です、帰りなさい」
私はこれ以上の会話は無駄だという意思を込めて、強い口調で告げた。視界の端では、私のこんな姿を見たこと無かったであろう一年生が困惑と僅かに怯えの入った目線を向けてくる。私からすれば、祖母は味方でも何でもない。血が繋がっているだけの他人だ。私に味方してくれたことなどほとんどない。そもそも、両親に先立たれた私たち兄妹を放置していたような人間だ。それに、母親とも折り合いが悪かった。そんな人間を信用なんかできないし、倒れていても優先順位が上がることは無い。
私の頭の中に去年の光景がフラッシュバックする。家庭問題に部活を巻き込んだ田中先輩の姿が脳内をよぎった。私は混乱している部内を理由に、田中先輩に迷惑だと告げた。その言葉が、一年の時を経てもう一度私に戻ってきている。ぐさりと刺さるように、ブーメランが私の身体を貫いていた。
去年の事があるから、私情でこんな風にはしたくなかったのに。携帯にでもかけてくれれば良いのにと思ったが、同時に練習中は電源を切っているのも思い出す。致し方なくこちらにやって来たのだろう。恐らく車で。少しでも練習の妨げになって、皆の上達の邪魔になっていることが腹立たしかった。
涼音は迷うように視線を揺らしている。彼女にとっては、憎もうにも憎み切れない祖母なのかもしれない。信じてはいないけど、憎むほど嫌いでもない。そういう相手。去年、私はそういう存在と相対する先輩に何を言ったのだったか。あの時あんなに明朗快活に口から飛び出た数々の言葉が、記憶の中では靄がかかったようになっていた。
「私情で申し訳ありません。練習に戻ります」
指揮棒を持ち直し、視線を全員の方に向ける。トランペットの席に座る優子と目が合った。それで良いのか、と彼女は問いかけている。その力強い視線で。良いのだ、と心の中で返答して、彼女から目線を逸らした。もし見続けていると、私が間違った行いをしていると直視させられそうだったから。しょうがないじゃないか、と私は言い訳する。私たち血族の間に存在している関係は、一般論や倫理とは少し離れた場所にあるのだから。
けれど、あぁけれど。真っ直ぐな存在は優子だけじゃない。その瞳は、どこまでも直線的に私を見ていた。そうだ、彼女は許さないだろう。私のこの、逃亡するような態度を。何より、向き合うことを勧め、その背中を押した私が自身の向き合わなくてはいけないモノから逃げようとしているというのは、彼女への不義理かもしれない。ピン、とその手が天に向けて伸び、そして希美がスッと席から立ち上がる。
別に公言しているわけでは無いけれど、私たちの関係性はいつの間にか知れ渡っていた。吹奏楽部は女所帯。噂話が広まるのはあっという間だ。多分瞳さんあたりが嗅ぎつけたのだろう。相変わらず鋭い嗅覚をしていると思ったのも、もう一ヶ月くらい前の話だった。現実逃避をさせぬようにか、希美は口を開く。
「ダメだよ」
「……」
「それは、ダメだと思う」
語られた言葉は決して多くはない。けれど、その短い言葉だけでも十分に彼女の意思は伝わった。その顔にあるのは明るい笑顔ではなく、音楽と向き合っている時に浮かべる真剣な表情。少しだけ息を呑む。その視線から目を逸らしてはいけないのだろう。何より、自分の愛している人からの視線に、目を逸らせるわけも無かった。私は小さくため息を吐く。何も言わず放り出すわけにはいかない。取り敢えず、ある程度処理をしなくてはいけないだろう。
「…………皆さん、申し訳ありません。前言を撤回させて頂き、私情ではありますが、私はここで失礼したく思います。後事は部長、託しても良いですか」
「任せなさい。アンタが抜けたらガタガタになるほど、私たちは柔じゃないから」
「お願いします」
私は優子に、そして全員に頭を下げる。自分勝手な、と思われるかもしれないが、希美の短くも確かな説得を拒否することは出来なかった。彼女の前で、逃げ回っている情けない自分でありたくは無かった。そんな小さな見栄っ張りが、私にこの行動をさせている。もし希美がいなければこんな行動は絶対にしなかっただろう。
「そういう事です。表に車を回しなさい」
「はっ、ありがとうございます」
「涼音は残します。良いですね?」
「ははっ」
そう言うと、彼は全体に頭を下げて駆け足で元来た道を戻っていく。面倒な事になったと思いながらも、私も譜面を畳んで指揮棒をしまう。優子に再度後事をお願いしつつ、全体練習をしたければ高坂さんに指揮をやらせるようにとも指示をしておいた。鞄を肩にかけ、廊下を早歩きで進みつつ、鳴り響く頭痛に頭を抑えるしか出来ない。好事魔多し。去年の夏真っ盛りに思ったことを、今思い出した。
私は病院が好きではない。去年の秋に風邪を引いた際も、市販薬でどうにかしようとしていた。実際あの時はあれでよかったのだけれど、妹には随分と怒られた。そうは言っても、嫌いなものは嫌いなのだからしょうがないと言い訳している。嫌いな理由は一つしかない。私が病院に、良い思い出が無いから。それに尽きるだろう。
友も両親も、その変わり果てた姿を最後に見たのは病院の中だった。鳴り響く救急車のサイレン音と、病院に充満する死が近い気配。それが私の中で、大きな存在となっていたのはいつ頃からだろうか。だから、街中でも救急車の音が聞こえると無意識に聞こえないようにしてしまう。別に病院の先生や救急車のスタッフの人が嫌いなわけでも、彼らに恨みがあるわけでもない。ただ、好きになれないだけなのだ。だから言ってしまえば、これは私の子供じみたワガママなのだろう。早く治さないといけないと思いながら、今日まで逃げてきた。
それでも、逃げることは出来ずにこんなところに来てしまった。大きな病院だ。昔から家と馴染みのある医院で、創立は維新の少し後くらいに遡るらしい。私が産まれたのも、涼音が産まれたのも、父が産まれたのもこの病院だった。私が生を受けた地。そして、私を生んだ人が最期を迎えた場所。その入り口の自動扉を潜る時、一瞬だけ足が止まったのは、仕方のないことなのかもしれない。結局私は臆病だった。今も、変わることなく。
案内されるままにエレベーターを昇り、入院棟に着く。
「こちらでございます」
「……どうも」
「私はここで待機しておりますので」
「そうですか」
私は少し掠れた声で、ここまで案内した由良さんにそう告げた。彼以外にも何人も本邸には人がいたはずなのだが、今は何をしているのだろうか。産まれた頃から今の家に住んでいた私は、洛中の本邸に足を踏み入れたことがほとんどなかった。それこそ、盆や正月などの限られた機会だけ。別に行きたくも無いのでそれで構わないのだが。
気が進まないながらに戸を叩く。中から返事が聞こえてすぐに病室の戸を開いた。ベッドには私の祖母が横たわっている。その血色は思ったよりは悪くない。1941年生まれにしてはそれなりに元気な方だと思う。人生100年時代に75歳など、まだまだ残り四分の一が残っている状態なのかもしれない。しかし、私の祖父が死んだのも同じ歳だ。そう考えれば、もう残された時間もそんなに多くは無いのだろうか。
傍らには白衣を着た老齢の医者が立っている。この病院の院長だった。彼は私に視線を送ると、小さく会釈をして退室していく。病室には、私と祖母だけが残された。
「思ったよりは元気そうで」
「まだ死ぬわけにはいきません」
「そうですか」
「今回のは軽い眩暈で倒れただけです。あの院長が入院だの何だとの騒ぎ立てているにすぎません。昔から過保護と言いますか、何と言いますか……。それにしても凛音さん、あなたは何をしに来たのですか」
「何をって、見舞いですよ、見舞い」
「部活動との時間では?」
「あなたの使用人が無理くり連れてきたんです」
「私情で役目を放棄してはなりません。すぐに戻りなさい」
その言われ方に少々カチンとくる。確かに私に真摯に見舞おうという気持ちが感じられないと言われればその通りだ。しかし、それでも部活を任せてこうして足を運んでいるのは事実。お礼を言えとは言わないけれど、もう少しまともな応対は出来ないものなのか。そういう感情が湧き上がって来た。
「わざわざ来たというのに、何ですかその言い方は」
「当然のことを言ったまでです。務めを果たしなさい。それが――」
「その先は結構。もう聞き飽きました。その理念に従って、両親が死んだばかりの中学生にその葬儀を取り仕切らせたのでしょう? おかげさまで、最近まで妹と不仲でした。あなたの教えを実践すると人との関係ばかり壊れていきますね。そのせいか、人に期待しなくなる癖が付きましたし失敗経験だけは積むことが出来ました。どうもありがとうございます」
ありったけの嫌味を込めた口調で言う。私の中に存在しているわだかまりをこの病人にぶつけるほど酷ではないつもりだけれど、それでもこれくらいは言わせて欲しかった。確かに、自分の家が経済的に恵まれていることは自覚している。そのおかげで、多くの恩恵を受けてきた。けれどだからと言って、こんな仕打ちを受けないといけないような謂れは無いと思う。
「何を甘えたことを。私が死ねば、桜地家を継ぐのはあなたですよ」
「私は家を継ぎません。当主なら叔父殿にやらせればいいじゃないですか」
「何を言っているのです。当主の子が継ぐのが基本です。透也が死んだ後、あなたが未成年だから今は私が当主を代行しているに過ぎないのですよ」
「今の時代、もう一族経営は流行りません。どうせあと数十年で桜地家の権勢も終わりです。少子高齢化は家の中にまで押し寄せている。今残っている十代二十代が遠縁も含めて何人いますか? 本家筋は私を含めてもう三人しかいない。あなたが人生をかけて守って来たモノの結末はこれです。私たち兄妹を追い詰めてまで守ろうとしたものが崩れていくのを、そのベッドの上で眺めていればいい。私は、私の周囲だけを守れればそれで結構です。家がどうなろうと、伝統やら家宝やらがどうなろうと知ったことではありません。では失礼します」
「逃げるのですか、また」
「……それの、何が悪いと言うのですか。取り敢えずお大事に。そうでないと、また火の粉が降りかかって来そうなので」
私はそう言うと、くるりと踵を返して病室から出た。外では院長が私を待っている。それに少し驚いたが、促されるままにその後に続いた。案内されたのは応接室。綺麗なソファを勧められ、言われるがままに席に着いた。
「凛音さんですね」
「はい」
「お久しぶりです」
「こちらこそ、ご無沙汰しております。それで、単刀直入にお聞きしますが、どういったご用件でしょうか」
「お祖母様、琴音様の事です」
「……」
「本日はさしたることではありませんでした。色々検査をしましたが、軽い眩暈に運悪く躓いたのが重なっただけのようです。今日明日にもどうこうという訳ではありませんし、あくまでも検査入院です。ただ、身体は確実に老いてダメージを受けています。従来と同じような生活環境、労働環境では明らかに負担が大きい。今すぐどうなるということはありませんが、そう遠くない未来に……というのは覚悟をしておいてください」
その言わんとしていることは、オブラートに包みながらもしっかり理解できた。要するに、死が近付いているという。私にとっては重しであり、目の上のたん瘤だ。今までの関係だって決して良くないどころか、悪いまである。ただし、それは死んでほしいわけじゃない。あんなのでも身内だ。残された数ことなのだろう。それが何年先なのかはさっぱり分からない。だが、二十年もしない間に、確実にその時は訪れる。実際にそれを意識すると、難しいものがある少ない近しい血縁関係にある存在とも言える。
その時が来たら、私はどうすればいいのか。その日が少しずつ現実味を帯びていく中で私はこのままでいいのか。その答えは、この応接室の中では出そうにない。救急車の音が聞こえる。病院独特の香りが鼻の中に入り込んでくる。生と死が交じり合う、独特の匂い。それに胸が苦しくなるのを感じながら、私は無言で考え続けるしかなかった。答えが出ないと知っていながら。