音を愛す君へ   作:tanuu

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第百二十一音 光

 ガタンガタンと身体に規則的な振動が走る。外の景色は青くなり始めた山々がずっと続いている。時々街に出るけれど、それもすぐ山になる。京都駅から城崎温泉駅までは約二時間半。その間ずっと電車だ。

 

 とは言え、そこまで窮屈な旅じゃない。ちゃんと特急を予約しているので、椅子とかは柔らかい快適さを保っている。何より、独りぼっちだと長く感じるこの時間も二人だと話すことも多いので苦痛になどならない。

 

「免許取るの?」

「そうそう。大学生になったら必要かなぁって。四人で旅行とか行きたいじゃん? そういう時に免許あると便利だからさ。北海道とか電車ないし」

「確かに。北海道は電車あっても本数がね……」

「そうなんだよ。だから取ろうって話になってるんだけど、タダじゃないからさ。お父さんと交渉中」

「ま、運転は危険もあるし。あぁ、免許取った後練習したかったらウチの車は幾らでも使って良いから。でも希美がハンドル握ってるの、結構様になってそう」

 

 ウチの二台ある車のどっちでも似合いそうだ。サングラスとかかけてるとカッコいいかもしれない。どっちかというと女の子にモテそうなカッコよさではある。男子にモテて欲しくなどないので別に構わないけれど。でもモテないというのは、それはそれで彼女の魅力に世間が気付いてないという事なので、節穴アイな世間にムカつく。どっちにしても私は不機嫌。矛盾した命題だ。

 

 アンコンの全国大会は無事に金賞で幕を閉じた。ソロコンの全国大会はつい先日終わらせてきたばかり。結果は高坂さんが文部科学大臣賞、妹が審査員賞だった。上出来以外の何物でもない。特に前者は実質の優勝なので、文字通り日本一を名乗っても遜色はないだろう。私に二年間師事したのだから当然ではあるのだが。

 

 そんな中、彼女はもう半分くらい引っ越しの準備を終えている。この旅行が終わったら数日後に私は旅立つ。それと入れ替わりで彼女は私の家にやって来る事になっていた。

 

「運転してる姿が想像できないのはみぞれ」

「あー! 分かる。メッチャ分かる」

「ペーパードライバーな感じかな?」

「逆にハンドル持つと人格変わりそう」

「それもあり得る……。優子は軽自動車は似合う気がする。なんでだろう?」

「分かんない。でもパステルカラーの軽に乗ってそう。夏紀はスポーツカーとか?」

「黒いセダンタイプのベンツにスーツを着せて乗せる」

「カッコいい……けどそれマフィアじゃん!」

「確かに」

 

 ついついあの三人の話になるのは、私たちの中に彼女たちの存在が大きな影響を持って占めていることの証拠だろう。人によっては六年間も共に切磋琢磨したのだから、当然と言えば当然ではあるのだけれど。

 

 アハハハと彼女は軽快に笑っている。特急の中にはあんまり人がいない。お昼の太陽が天高く昇っている中、私たちは山陰を目指して進んでいる。今日の彼女の装いは動きやすい服装になっていた。靴もスニーカー。普段通りに近い感じと言えるかもしれない。結構ラフな格好をしていることの多かった彼女だけれど、付き合うようになってから、というよりは三年生になる少し前くらいからはかなり気を遣った格好をしてくれていた。全く私が気付いてなかったのは恥ずかしい話なのだが。

 

 快活な笑顔にその服装は良く似合っている。髪はポニーテールでまとめられていた。彼女が顔を動かすたびに揺れ、見え隠れする首筋は真珠のような白い色をしている。最近やっと直視できるようになった。彼女は眩しい。時々私諸共焼かれてしまいそうになる。その明るさはいつでも私の希望で、私の救いで、私の憧れで、私の愛している姿だった。

 

「ウチの妹がさ」

「うんうん」

「姉さんって呼びたいらしいけど、どう?」

「早くない!? 全然歓迎だけど、早いね」

「囲い込む! って息巻いてた。いや、本当に嫌だったら……」

「むしろどんとこい! って感じだけど。そっかぁ、私もお姉さんかぁ」

「兄弟姉妹に憧れとかあった?」

「う~ん昔はちょっとあったなぁ。妹とか弟が欲しかったかも」

「向いてるよ、長女」

「でも今思えば妹は……どうだろ」

「その心は?」

「多分好きな人が被るから」

「そうなんだ……私か」

「そうだよ? 自覚持て~。何となくだけど、そんな感じがするんだよね。いや本当はどうなるか分からないけど、万が一でもそうなると嫌だから。どっちかと言えば弟、かな?」

「その場合、私はお父さんだけじゃなくて弟君とも戦わないといけない事態になりそうだ」

 

 希美が姉とか絶対シスコンと化す自信がある。いつも元気な姉・希美。大いにあると思う。何となく姉属性はある気がする。しっかりしているからだろうか。ウチにも姉のような存在がいるけれど、アレはそんなにしっかりしてないというか、むしろ真逆だ。それで助かる事もあるけれど。

 

「ウチは妹がいるからなぁ。そんなに憧れとかはないかも。涼音が弟だったら……う~んなんか嫌かも。絶対好きな人被るし」

「面白そうだけどなぁ。まぁでも妹だからこそ築けた関係とかもあるよね」

「そういう事。話は戻るけど、お姉さんでホントに良いのか?」

「さっきも言ったけど、全然OK」

「それは良かった。あの子も喜ぶだろう。……ちょっと真面目な話だけどさ」

「うん」

「滝野にも頼んだんだけど、ウチの妹をお願いしたい。彼女とは言え、他人に頼むのは心苦しいし、迷惑かもしれないとは思うけど……。同性だからこそ分かる事とか、同じパートだからアドバイス出来ることとかあると思うんだよね。滝野じゃ踏み入れない領域って言うか。助けになってあげて欲しいんだ」

「勿論。好きな人の家族っていうのもそうだけど、私にとってだって大事な後輩なんだし。と言うか、同じ家に住むんだから助け合っていかないとね。涼音ちゃんは私が出来なかったことをしてくれた。私が悔しかったことを、全部晴らしてくれた。自慢の後輩だよ」

「本人に言ってあげて」

「もう言ったよ、卒業式の時」

「それであんなに泣いてたのか……。あの子もきっと、希美には感謝してる。辛いときに励ましてくれた存在がいないと、多分あの子は前を向けなかった」

 

 涼音が中一の時。彼女の日常は崩れ去った。私というある意味での異分子の帰還。同時に起きた両親の死。全てが崩れてしまったときの感覚を、彼女は味わっている。塞ぎ込み、部屋から出ず、泣き暮らしていた彼女。どこにも行けない日々が続いていた。

 

 あの日。事故の日。彼女は部活に行っていた。だから彼女は部活が一時期トラウマだった時がある。行けばまた、誰か大切な人が死んでしまうのではないか。演奏も辞退したほどだった。そんな不安定な時期に部活で支えてくれたのが希美であった。私が頼んだからだけれど、それ以上の事を彼女はしてくれていた。感謝しても、しきれるような量じゃない。

 

 もう吹奏楽部は敗退し、彼女が部活に行く意味は薄れていた。それでも後輩が立ち直れるようになるまで絶対に見捨てない、と彼女は毎日色々手を尽くしてくれたのだ。その結果、妹は少なくともある程度は元に戻った。少し陰りが見えるときはあったけれど、多少は笑顔を見せるようになった。完全に戻るまでにはまたそこから一年以上かかったけれど、少なくとも私や雫さんだけではできなかったことだ。だから私は希美に感謝していたし、私自身も救われていたことも感謝している。

 

「頑固なところのある子だから……。高坂さんとかと上手くやれるよう、それとな~く見守ってくれるだけでいいんだ。多分、ホントに困ったら助けを求めてくると思う」

「分かってるよ。これでも、後輩のことはしっかり理解してるつもりだから」

「ありがとう」

 

 私は希美に頭を下げる。彼女は気にしなくて良いと言うようにニコニコと笑っている。この笑顔に、私たちは救われたのだ。そしてそれは私だけではなく、みぞれや夏紀もきっと。

 

 ガタンゴトンと列車は山間を抜ける。旅路はまだまだ長い。彼女は次の話題に移っている。話のタネが尽きる気配も、この席での会話が途切れることもなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おお~」

 

 感嘆の声が希美の口から漏れる。襖を開けたところにあったのは実に綺麗な部屋だった。畳のイ草の香りが心地よい。自分の家も昔は畳敷きだったのだけれど、数年前にほぼ全部フローリングに変えてしまい、和室一部屋以外に畳は無い。管理が大変なので仕方ないのだけれどこうして久しぶりに嗅ぐと気持ちいい。

 

 部屋は数寄屋造りの和室。外には森の景色が一面に広がっている。宿に来る前に水族館とかに行っていたので時間は夕方になっていた。丁度チェックインには良い時間帯だと思うので、デートプラン設計としては大成功だったんじゃないかと心中で自画自賛している。

 

 一通り説明を受けてごゆっくりどうぞと二人だけが取り残された。お茶を飲んで一息つきながらのんびりと過ごす。これまでの日々は常に何かに追われるように忙しくしていた。私の場合は最後の方まで部活があり、希美はずっと受験だの何だのがありバタバタしていた。その上卒業旅行で伊勢志摩に行ったりライブを見たりと毎日何らかの予定が入っていたと思う。まぁ彼女がそれを望んでそうしているのだから別に構わないのだけれど。

 

「この後、どうする?」

「取り敢えずお風呂に行った方が良いと思う。さっき濡れたしさ」

「あ~確かに。大分乾いたけど、さっぱりしたいかなぁ」

 

 水族館と言えばイルカだ。そして大体濡れる。これはもう様式美みたいなものだし分かっているのだが、それでも普段内陸に住んでいる人からすれば塩水に濡れるというのはあまりないことな訳で。そんなにずぶ濡れという訳ではないけれど、ちょっと濡れたのも事実。ご飯まで時間はあるから、それまで行くのも悪くないと思うのだ。

 

 ペンギンを眺めていたり、ブリが大量に泳いでいるのを見て美味しいかなと言っていたのが何とも彼女らしい気がする。スマホのアルバムの中には水族館と彼女の写真が入っている。希美はスマホのカメラ派なのでカシャカシャ撮っていた。撮ってもらったツーショットもある。卒業祝いでもらったあのフォトフレームに空いている場所が無くなるのは案外すぐなのかもしれない。

 

 ゴソゴソと収納の中からサイズに合う浴衣を引っ張り出し、レッツゴーと意気揚々部屋を出たのであった。

 

 

 

 

 

 

「あ゛~~」

 

 そんな声が思わず出てしまう。凝り固まった筋肉がほぐれていく感覚がある。まだ人がいないからこそこんな変な声を出せるのだった。ボーっと空の上を見上げる。段々と夕刻の茜色から薄紫に変化していく空。こういう風に何もせずにのんびりしている時間というのも悪くないかもしれない。女湯の方はどんな感じなのかとか考えて、慌てて煩悩を振り払う。

 

 妹はUSJに行っていて今日は家にいない。無事に楽しくやっていると良いけれど……とやっぱり心配になってしまう。子離れならぬ妹離れ出来ていないとまた希美に怒られてしまいそうだ。それはそれとして、もうすぐこの国を発たないといけない身としてはこういうザ・日本な温泉に来れるのは嬉しい。それが一人ではないのだからなおのこと。

 

 何も考えずに身を任せているとのぼせそうだったのでボチボチと上がることにした。髪を乾かしてのんびりラウンジのような場所で待っている。温泉にはよくある、男湯と女湯の外に人を待つためにあるスペースだ。テレビではどこかの局のニュースが流れていて、水やお茶のサーバーが置いてある。新聞が幾つか読めるようになっていて、扇風機が回っていた。

 

 籐椅子に腰を下ろしてのんびりと待っている。時間は特に決めていないけれど、大体女性の方が長いというのは昔から知っている。女兄弟がいるとこういう時便利だ。ウチの妹と希美は違うタイプなので参考にならないことの方が多いけれど、なんとなく一般論で当てはまるところは参考になることが多かった。

 

 そう言えば、と思う。浴衣を持って行っていた。つまり彼女はそれを着てここにやって来るという事になる。晴れ着姿は見た事があるけれど、温泉での浴衣姿は知らない姿だった。ふつうは知らないのが通常なのだが。そもそも高校生……今は高校生と言っていいのか微妙だけれど、ともかく高校生のカップルは温泉に来たりしない。来るとしてももっと有名な観光地だろう。あんまり若者向けって感じではないけれど良く一緒に来てくれたと頭が下がる思いになる。

 

 のんびりテレビを眺めていると、不意にフッと息が耳に吹きかけられた。

 

「うわッ」

「びっくりした?」

「急にどうし、た……」

 

 思わず言葉に詰まる。まとめられずに降ろされた髪。薄い布地の浴衣からは白い腕が伸びている。青っぽい浴衣は赤い帯で締められている。その上からは茶羽織。お風呂上がりだからだろう、頬は赤く色っぽい。肌はいつも以上に艶めいて見える。お化粧はほとんどしていないナチュラルメイクなのにこの美人っぷり。元の素材が素晴らしく良い事が分かる。この顔で街を歩けばスカウトすら飛んでくるだろう。

 

「どう?」

「可愛い」

「語彙力消えちゃった?」

「そうかもしれない」

「それは罪な女ですなぁ~」

 

 ニッと笑って彼女は私に手を伸ばす。

 

「お待たせ、お土産とか見ない?」

 

 その瞳は、その笑顔は私をいつでも引っ張ってくれる。そんなところが大好きだった。それ以外も、勿論。私はその手を取り、椅子から立ち上がる。シャンプーのいい匂いが彼女の髪からふわりと漂う。

 

「ポニテも良いけど、降ろしてるのも可愛い」

「そう? じゃ、今度からたまにはそうしてみようかな」

 

 まんざらでもない顔で彼女は言った。どんな姿でも綺麗なのだから私は何でもいい。でも、それでもやっぱりポニーテールに戻ってくるのはきっと、あの時の姿がそうだったから。あの時というのは色々ある。出会ったとき、青春を過ごした時、告白した時、そんな色々。それを示す姿がそれだったから、私は彼女のその姿が好きなんだと思う。

 

 けれどこれからもいろんな姿を見せてくれるんだろうし、それを見たいと思っている。そういう日々を過ごしていけば、いつしかポニーテールではない姿が彼女の象徴になるのかもしれない。それならそれで大歓迎だ。どんな彼女でもきっと私は恋しているし、愛していくはずなのだから。絶対本人には言えないこっ恥ずかしいことを内心で呟きながら私は彼女の隣を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 お風呂に入り、ご飯も食べて、のんびりした。旅の疲れもあるからといつもよりも早く床に就くことにする。横に並べられた布団が二つ。まだ夜になると少し肌寒い三月。布団の温かい感じが気持ちいい。電気を消す。部屋の灯りはスッと消えて、僅かに窓と部屋を隔てる障子の向こうから入ってくる月明かりくらい。ぼんやりとした暗闇が空間を満たしていた。

 

「修学旅行みたい」

「修学旅行で男女同室はマズいですよ、希美さん」

「それはそう。女子同士でも結構楽しいんだけどね。男子部屋は何してたの?」

「恋バナ」

「古典的だねぇ」

「そういう女子部屋だってしてたんだろうに。希美と同室の子が廊下を歩いてるときに言ってた」

「うわっ、バレてたのかぁ……」

「バレバレです」

 

 自分の部屋の話が漏れていないという事は、恋バナのお約束である口が軽い奴はいなかったという事。それはそれで何だか凄い話だと思う。守秘義務は守られているようだった。

 

「誰好きって言った?」

「え、それを聞く?」

「それもそうか」

 

 天井を見ながら話している。目が慣れてきたのか、段々と木目が見えるようになってきた。

 

「……ちょっと弱音言っていい?」

「どうぞ」

「寂しい」

「……」

「行って欲しくない。多分、見送りの日は泣いちゃう。先の予言しておくね。100%泣くと思う。行かないで欲しいなぁ、一緒にいたいなぁって思ってる。でも、活躍して欲しいし、世界でもっともっと輝いて欲しいって思ってるのも本当。それは信じて欲しいな」

「疑ったりはしない」

「ありがと。……でも不安なの。寂しいし、心が苦しくなる。私はさ、平凡なんだよね」

「そんな事は」

「無いって言ってくれるのは嬉しい。でもそう言ってくれるって分かってる自分はそんなに好きじゃなくて。多分私は平凡とか言ったら否定してくれるだろうなぁって分かってる。だからそれも平凡な女の子みたいで嫌だって思う時がある。高坂さんみたいに自信満々でいられたらきっと違ったんだろうけど。だから怖いの。手が届かないところに行っちゃうんじゃないかって」

「青い鳥みたいに?」

「そう。そんな感じ」

「そんな事言ったら私だって不安だ」

「え?」

 

 彼女は顔をこちらに向けてくる。夜闇の中、その顔は綺麗だけれど愁いを帯びた顔だった。不安そうな、悲しそうな、どこか寂しそうな。彼女の言った彼女自身の内心とリンクするような顔つき。綺麗な瞳に中が揺らいでいた。

 

「私は結構強欲というか、独占欲が強いと自分で思ってる。夢は諦めたくないし、好きな人とは一緒にいたい。だから本音を言えば向こうに攫ってしまいたい。でもそれは出来ないから。私からすれば、希美の方が輝いて見えた。それは音楽的な所じゃなくて、もっと深くて大事な人間的な所で」

 

 そうだ。最初から、彼女は私の光だった。いつでも私を引っ張ってくれる。情けないことに、私は周りが思っているよりずっと弱い人間だと思う。だからこそそういう存在が欲しかった。そして一回得かけて、失った。だからこそ、希美が大事だった。彼女が私を助けてくれたから。それは代わりとかじゃない。彼女だからこそ、私は好きになったのだ。

 

「私が恋したのは高二になってから。でも、多分もっと前から好きだった。その瞳が、その笑顔が、その全てが。だから私は絶対に離れない。けれど、希美がその優しさや明るさを誰かに向けて欲しくないと思ってる自分がいる。自分だけに全ての視線を向けて欲しい。だから離れたくない。こんなこと思ってるのは普通に重いし、正直ヤバイ奴な自覚はあるけど。……幻滅した?」

 

 彼女は真っすぐ私を見ていた。私も真っすぐ彼女を見た。暗い部屋の中、私と彼女は横になったまま、お互いを見ていた。

 

「似てるかもね。私たち」

「似てる?」

「そう。周りからは明るいと思われてるけど、結構じめじめしてるし、重いし、独占欲が強い。お互いがそれぞれ追いかけたかったり敵わない相手を持っている。そして、たった一人に全てを捧げたくなる。全部知りたいとか思ってる。違う?」

「そうかもな」

 

 似た者同士、か。考えたことも無かった。似た者同士だから上手く行くこともあるのかもしれない。似た者夫婦という言葉もあるのだから。布団の中をもぞもぞと何かが動いている。そして、私の手に彼女の柔らかい手が触れた。

 

「あの時、私を助けてくれてありがとう」

「あの時、私のために怒ってくれてありがとう」

 

 私の言葉に続くように彼女は言った。

 

「ねぇ。そっち、行っていい?」

「良いけど?」

 

 彼女は布団の中をもぞもぞ移動して、私が開けた枕のスペースに頭を乗っける。かなり大きめの枕でよかった。彼女の髪の香りが至近距離で漂ってくる。薄い浴衣越しに伝わる温かい体温を感じていた。彼女の後ろに回した手でその頭を撫でてみた。ちょっとくすぐったそうな顔をしたまま、彼女は目を閉じる。長旅であったしはしゃいでいたから疲れてしまったのだろう。すぐにスースーと寝息が聞こえてきた。

 

 彼女はぎゅっと抱き付くようにして寝ている。薄い布地のせいでその温かさと共にいろんなものの感触がほぼダイレクトに伝わって来て非常によろしくない。私にこのまま朝まで過ごせという何とも厳しい苦行だ。その綺麗でかわいい寝顔に触れている肌の感触に良くない気持ちが出てくるが鋼の意思で耐える。お父さんに「よろしく」と言われているのだからその信頼を一時の感情で裏切る訳にはいかない。

 

 前髪を少しだけ触れてみる。私は幸せだ。何よりも幸せだ。心の底からそう言う事が出来る。その寝顔を見ていると、遠い日の記憶が蘇ってくる。「へ~君、凛音っていうんだ。女の子みたいだね! あ、ごめん気にしてた?」と最初に彼女は言った。今と変わらない屈託のない笑顔で。優しそうな瞳をしていた。あれが全ての始まり。私の青春の、最初。あの時彼女に会わなければ、彼女が話しかけてくれなければ。私はどんな人生を送ったのだろう。想像も出来なかった。

 

 何度人生をやり直しても、何回生まれ変わっても、きっと私は彼女に恋をするだろう。それは何となく分かった。あの日から、君は私の光。何よりも眩しくて、輝いていて、暖かい。「おやすみ」と小さく呟いて目を閉じる。幸せな夢が見れる気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アナウンスが響いている。人の波がせわしなくあちらこちらへと動いていた。関西国際空港の第一ターミナル。国際線のターミナルだ。ここに私はいた。あの旅行から数日後。今日、私はこの国から旅立つ。前この国から出るとき、もうだいぶ前の記憶になるけれど、その時は家族だけだった。それに比べれば随分と多くの人が来てくれるようになったと思う。

 

「ま、元気にやりなさいよ」

「帰ってくるときはお土産よろしく」

「頑張って」

 

 優子や夏紀、みぞれはいつも通り。大したことではないかのような顔で言ってくれる。ある意味で、当たり前に帰ってくると思っているからの言葉なのだろう。餞別も貰った。いい友人を持ったと思う。加部は家族で外せない用事があったらしく、さっきビデオで見送ってくれた。生駒と柏原は先日送別会をしてくれている。

 

「サイン自慢したいから、それくらいの人材になってくれや」

「お前なぁ……」

「冗談冗談。しっかりやって来いよ」

「勿論」

 

 滝野は妹と一緒に来ている。コイツにも大分世話になった。その上で妹を託しているのだから、希美と共に世話になり続ける。

 

「また帰ってきてくださいね」

「今生の別れとか嫌だからね!?」

「そうよ、滅多なこと言わないの。ご活躍を願っています」

「ありがとう」

 

 吉沢さんは冗談めかして言う。それを窘めるように高坂さんは頭を下げた。別に暇ではないと思うだが、見送りに来てくれたのはありがたい。一年生は今日も今日とて練習だそうで、スパルタ高坂さんの片鱗が見えている。無理させないようにとは言っているのだけれど……まぁストッパーもいることだし、何とかなるだろう。トランペットパートに所属していながら他とは違う立ち位置だったけれどこうして見送ってくれたりする同窓生、後輩がいるのは嬉しいことだと思う。

 

「たまには帰って来てね、兄さん」

「身体は何よりの資本です。家のことはお任せください」

 

 妹と雫さんも笑顔で見送ってくれている。妹はちょっと泣いたと今朝言っていたけれど、本当かは分からない。もし冗談だったとしてもそう言ってくれるだけで嬉しく思うのが兄心というもの。

 

「まぁ、私たちは良いんだけどさ。こっちをどうにかしなさいよね」

 

 皆微妙に触れなかったところに優子が切り込む。彼女はこういう役目をやらせると凄く板についている。

 

「うぅぅ……」

 

 さっきからずっと泣きっぱなしの希美。後輩二人は何と言ったらいいのか分からずスルー。滝野もこれは慰めるのは俺じゃないとスルー。優子や夏紀、みぞれは親友だからこそのスルー。旅館で言っていたように、確かに号泣している。行かないで欲しい。あの時に言われた事は心の中に勿論残っている。それでも行くのだから、私は大概クズ野郎かもと思ってしまう。

 

 昨日の昼に傘木家に呼ばれてお父さんとお母さんからも激励してもらった。彼女のお父さんは何回か出張で海外に行ったことがあるそうで、その経験もあってから海外で頑張ろうとしている私に感銘を受けていると自分で言っていた。私の両親の代わりに激励してくれる気がして、不覚にも泣きそうになってしまったのを覚えている。昨日は私が泣かされそうになって、今日は希美を私が泣かせている。

 

「絶対帰ってくるし、連絡も今以上にするから」

「うぅぅ……頑張って」

 

 ぎゅっと私に抱き付いてくる。涙を流し、その目をウサギのように赤く腫らしながら彼女は私の顔を見上げて頑張ってと言った。

 

「凛音の夢はきっと叶わないといけないと思う。だから頑張って。私も頑張るから。隣にいられるように。頑張って夢を叶えるから!」

「ああ。ありがとう。そうだ、君に渡したいものがある。……はい」

 

 彼女の手を取って、その掌の中にソレを置いた。

 

「これって」

「見ての通り、私の家の鍵。明日から使って」

「返さないからね」

「返して貰う気もない。大学卒業したら貰いたいので左手の薬指、空けておいてね」

「貴方のための専用なので、ずっと空いてます。というより、ずっと予約済みだから」

「それは嬉しい。希美も夢を掴めるよう、ずっと願ってる」

「……うん!」

 

 涙を拭って、彼女はその口角を上げる。涙の後が頬を伝うけれど、その顔は綺麗な笑顔だった。優子と夏紀が呆れたような優しい目をしている。大学でも元気にやっていてくれ。君らはきっと二人で一つだ。みぞれも微笑している気がした。同じ大学だし、希美に悪い虫が寄らないように見ていて欲しい。高坂さんは参考になる、という顔。彼女はいつでもこんな感じだ。吉沢さんは寂しそうな顔。高坂さんのストッパー兼パートリーダーを任せた。妹と雫さんは笑顔。滝野は良い笑顔。涼音を泣かせたらボコボコにしに行くつもりだ。それぞれの顔で見送ってくれる。ここを去ることで私の高校生活は本当の意味で終わるのかもしれない。

 

 この場にいる人たちと出会えたこと、関係を作れたことは私の誇りだ。こういう関係があったことを私は一生忘れないだろう。だから、最後に言うべき言葉を言うのだ。最大限の感謝と気持ちを込めて。

 

「ありがとう。……行ってきます!」




まずはここまでお読み頂きありがとうございました。今回を持ちまして、二年生編は完結となります。ですが、アニメ放送もしており原作も存在しているのにここで終わらせるのは勿体ないと思いました。故に、この後は三年生編をお送ります。ただ、原作最新刊となるであろう短編集が六月末に発売とのことであるため、それを読んでから執筆開にしようと思います。ですので、七月以降に投稿してまいります。登録はそのままでお待ちください!

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