練習指導を開始してから数日が経過した。元々基礎力がある程度ある集団なので、最初期の北宇治よりはずっと指導はやりやすい。部員たちも反発と呼べるほど大きな反発は存在しておらず、こちらのいう事をしっかり聞いてくれている。サボっている部員もいないし、その辺りはしっかりとしていた。反対に空気は決して明るくない。まだまだ改善が必要な事を上級生はよくよく理解していた。加えて、全国経験者がいない現在の三年生はどの程度やれば全国に行けるのかよく分かっていないので、取り敢えず出来る限りまで必死に高めようとしている。その結果、全体の緊張感は続いていた。
演奏は良くなっている。私の狙いは概ね成功していた。やはり身近なものについての方が感情移入をしやすく、それは演奏にも反映される。それぞれの想いを込めつつ、五十五人がメロディーを奏でていた。やはり、全然知らない街の歴史である第一から第四楽章は削って正解だった。我ながら思い切った判断ではあったが、取り敢えず小さな賭けには勝ったと認識している。
残った期間は決して長くない。その間にどこまで行けるのかが私の腕の見せ所だった。一応いなくなった後、八月の練習プランを作成はしているが、完成にはもう少し時間がかかるだろう。何とか最終日までは終わらせるつもりで日夜作業をしていた。
指導を一任されているとは言え、あくまでも私は部外者なので、先生との情報共有も欠かしてはいない。どういう状況で、どういう練習をしているのかを毎日報告するようにしていた。ここの連携が崩れると指導が成り立たない。一応向こうが依頼してきたとは言え、こちらが雇われている側である以上、責任は果たさなくてはいけないし結果は出さないといけないと考えている。そのため、午後練の始まる前と終わった後に顧問の先生と会議をしているのだ。
「桜地先生にはお越しになって頂いているのにも拘らず、どうも失礼な態度をとっている生徒がいるようで……大変申し訳ございません」
顧問の北条先生は申し訳なさそうに頭を下げている。そこまで恐縮になる事も無いのにと思いながら、その姿を見ていた。この先生は五十代なので、私より一回りも二回りも上の人だ。自分の子供と同じくらいの年の人間に畏まらないといけない先生の気持ちは、私にはまだ分からない。
「いえ、そのような事はありませんが」
「何かありましたらすぐに仰ってください。改善するように厳しく指導しますので」
「本当に気にしないでください。何を言われようとも慣れていますし、この程度さしたる問題では無いですから。それに皆いい生徒ですよ。私なんて、大学時代は自分の指導教員と怒鳴り合ってましたし、マッピ投げ合ってましたから」
罵声が飛んでいるトランペットの授業、普通に治安が悪かった。幾人か金管指導の先生がいたのに、最終的に私とリリーだけしかあの先生の下に残らなかったのは先生の口と態度が悪すぎるのと、私たちが大喧嘩してるからだと思う。リリーは基本仲裁役だったけれど、時々先生にも私にもグサグサと刺してきた。最終的に大成できたのはあの爺さんのおかげなので、あまり文句も大っぴらには言えないが。
「は、はぁ」
「それに比べたら、口で苦情を言ってくれるだけ素晴らしいですとも。文句があるなら来いと言ったのは私ですし、感情的になっている時に多少口が悪くなるのは仕方ないというモノです」
「そう言っていただけると助かりますが……。しかし私たちがお呼びしたのにという想いはあります」
「確かにそれは事実ですが、最終的に引き受けたのは私です。私にとって生徒の皆さんはクライアントですので。学校教育において生徒をクライアントとみなすことは多分無いでしょうけれど、私は学校の先生ではありませんからね。クライアントの要望に沿うように努めるのは義務ですし、疑問や質問があれば答えるのは当然です。信用できないというのであれば、信用してもらえるように努めるのも、仕事の内ですので」
学校現場を仕事として捉えているのは、先生にはない視点だろう。というか、あったら困るのだが。とは言え私は教師ではない。どうしても生徒に対する考え方は違う。
「桜地先生もお忙しい中ですのに、お心遣いいただき申し訳ないです」
「いえ、私から言わせれば先生方の方が忙しいと思いますよ」
職員室の一角にある応接室からは、カタカタと鳴る職員室のキーボード音が聞こえる。ブラインドが降りた窓の隙間からは真夏の校庭が太陽に照らされて熱せられているのが見えた。
「学校の先生には生徒指導も進路指導も授業もあります。しかも授業だけではなくその事前・事後の準備や課題の用意、指導案の作製、保護者対応、行事企画、学年や学校の運営……。私はその全てをやらずともよいのですから随分と楽ですよ。前で偉そうに音楽的な事だけを喋っていればいいのですからね。正直、部活の運営なんてやってられるかという先生がいることも理解できます。昨今はどこも人手不足ですが、教職は今後一層人が来なくなるでしょうし」
「ご慧眼です。教職の需要は今後高まるでしょうが、逆に供給は増えないどころか減っていくと私も思っています。音楽科はそもそも絶対数が少ないですが、それでも人手は足りていません。顧問は到底私一人では務まらないので、音楽科ではない里見先生にも副顧問をお願いすることになってしまいました。彼女はまだ三年目でして、吹部出身でもないので、吹部の空気感に戸惑っていたようでした。一応高校大学と軽音部だったので、音楽について理解していてくれたのは幸いでしたが……」
疲れた顔で北条先生はため息を吐く。秀塔大はそれでも私立なのでまだ人が来ている方なのだろう。多分、今後危ないのは公立の先生だ。どんどんと人がいなくなっていく。新規採用に応じる先生がどのくらいいるのだろうか。少子高齢化は止まらない。人材は求める数より圧倒的に少ない。そうなれば一般企業とパイの奪い合いになる。先生という仕事は、福利厚生や労働環境で一般企業には勝てない部分が多いのだろう。余程使命感や目的意識が無いと先生になろうという大学生は減る一方だと思う。桜地家の経営会議でも各社新規採用をどう確保していくかが話題に上り始めていた。
「しかし、こういう言い方が正しいのかは分かりませんが、桜地先生は随分と教職についてご理解いただいているようで」
「驚きましたか?」
「正直に言えば」
「だと思いました。まぁ、私も元からこんなに詳しかったわけでは無いですが……否応なしにこうなってしまいました」
「それは、大学の教鞭ででしょうか?」
「いえ、高校時代ですよ。滝先生の下でよく行動していましたので、自然とその仕事内容は見ていましたから。そもそも滝先生が私に指導を依頼したのだって、その辺りも理由に入っていると思いますのでね。大分非常識な話だとは思いますが」
「それは……正直に言えば、首肯するしかありませんね。北宇治が全国大会に行った初年度は私ども大阪の教員も色々調べたものです。ライバル校であっても横のつながりはありますから、明静や東照の先生とも北宇治がどういう工夫をしたのか調べました。その結果、これは無理だという結論に至ったのですがね。たまたま没落した元強豪に、たまたま音大出の高校生が何故かいて、指導を無償で引き受けてくれるなど、意味が分かりませんでした。東照の先生なんて半分キレていましたし」
「ははは……」
私は乾いた笑いを浮かべて缶コーヒーを口に含む。まぁ確かにこうして冷静に言葉にされると意味が分からない話だった。私が北宇治に行かなかった世界で、北宇治がどういう結末を辿っていたのかは私には分からない。ただ、今の北宇治があるのは私の影響が多少なりともあると思うのは、決して驕りではないだろう。
そのきっかけは北宇治に進学したことと、高坂さんが私のところへ押しかけてきたこと。前者は希美の影響が大きいし、後者は当然高坂さんの力だ。とは言え、前者が無ければ後者も無かった事を考えると、希美が北宇治の運命を変えたのかもしれない。
「あの時は飲みの席で随分と色々言ったモノです。今こうして桜地先生をお迎えしているのは何の因果か分かりませんが……。星野が先生の名前を出した時に、自分の時代が終わったのを知りました。きっと驕りや油断があったのでしょうね。この学校を全国に押し上げて、何年もそれを維持してきた。三強などと言われて、いつの間にかそれが当たり前だと思っていました。生徒も、私も。その傲慢を突かれたと思っています。東照も去年その油断にやられ、今年は明静の番かもしれませんな」
「終わりなどと、そんなことは……」
「老兵は死なず、ただ消え去るのみです。もう、私のやり方は古いのでしょう」
自嘲気味に先生は笑う。これまで三強の一角として関西吹奏楽界に君臨し続けた秀塔大附属。その歴史を作り上げてきた人物の、悟ったような表情だった。いつか強者は新しい時代の強者に抜かされていく。滝先生も決して若くはないけれど、北条先生よりは若い。そしていつか滝先生も、新しい世代の指導者に抜かされていくのだろう。きっと私もそうなるのだ。いつの日か、高坂さんの後ろで彼女の栄光に拍手を送るのだ。その時あの子はどんな顔をするのだろう。それを知りたいような、知りたくないような、そんな気分になった。
「北条先生、お電話です」
「分かりました。桜地先生すみません、ちょっと失礼します」
「えぇ、どうぞ」
北条先生は首を回しながら電話に向かっていく。呼びに来た里見先生は私に軽く会釈をした。まだ三年目、ということはストレートに大学を出て先生になったとするならば二十五歳になる年だ。二十五で私立の正規教員に採用されているのだとすれば、かなり優秀だろう。
「里見先生もB編成の方の指導、北条先生共々ありがとうございます」
「あ、いえ……お役に立てているかは分かりませんので……。音楽科では無いですから、昔取った杵柄で多少なりとも良し悪しは分かりますけれど、オーディションで審査できるほどではないですし。吹奏楽部には、学生時代もあまり関係が無かったので、疎い事ばかり、勉強する事ばかりです」
三年目、という事はまだまだ勉強する事ばかりなのだろう。北条先生曰く、今年やっと担任になったと言っていた。担任を任せられるというのは、それなりに先生としての能力を積んだと学校側が判断したという事だとは思うけれど、負担も当然増えていく。若い先生ということで保護者から不安視されることもあるだろう。なにせ、保護者よりも生徒の方が先生と年齢が近いのだ。娘みたいな年の先生に指導されると言われて不安になる気持ちは理解は出来た。
「北条先生の手前、あまり言いませんけど……部活の指導に関してもこれで良いのかと思う事ばかりです」
「……私の指導にも、何かご意見が?」
「いえ、そういう訳では……ないと言えばウソになるのかもしれませんけど……」
歯切れの悪い声で里見先生は言った。
「私は軽音部にずっといました。ゆるーい部活でしたので、部室に行ってもずっと喋っているだけだったり、文化祭でライブして盛り上がったり……そういう思い出ばかりなんです。私にとって音楽って、そういうモノでした。なので、吹部のあの空気感には面食らってしまいました」
「確かに、外部から来るとギョッとする時もありますからね。思っているよりも閉鎖的で、思っているよりも体育会系ですし」
私の言葉に、彼女は小さく頷いた。
「ブラック部活問題等々、色々言われています。私も勉強会とか、教師の会合とかでそういう話になっています。他校の同期の部活は大分改革を迫られているとか、そういう話も聞きます。翻って自分の担当している吹部を見て、これでいいのかなと思うこともありました。正直に言って、あそこまでする必要があるのか、ずっと疑問に思っています」
きっと、この先生は正しい。吹部がおかしいというのはずっと前から言われている。大半がプロにもならないのに、あんなに凄く練習して何になるのか、大会至上主義に陥っていないのか。そういう批判を受けているのは知っている。
「音を楽しむのが音楽。その考えから言えば、日本の吹部、特に強豪校の在り方はおかしいというのは前々から聞く話です。海外にいれば否応なしにそういう意見も貰います。異様さに対する奇異の目と非難と共に。音大でも日本の音楽状況に対する授業をして、吹部の会になると学生から鋭い質問が飛んできますよ。多分、変革の時期が来ているのは事実だと思います」
吹部がやり玉に挙げられやすいのは単純に人数が多いのと、音楽という芸術性が強い分野である事が大きいだろう。野球やサッカーもそのうち批判されるとは思うが、まだ時間がかかりそうに思う。
「ただね、私は思うのです。批判意見は確かに分かる。けれどそこに当事者の声があるのかと。大学でも学生に聞いています。一方的に非難するのは簡単ですが、そこに部活に参加している当事者である生徒の意見は反映されているのかとね」
「当事者、ですか」
「えぇ。部活動は、学校教育活動の一環として、スポーツや文化、学問等に興味と関心をもつ同好の生徒が、教職員の指導の下に、主に放課後などにおいて自発的・自主的に活動するもの。それが文科省のガイドラインです。つまり、部活は生徒のために存在している。教師や外部の人のためではありません。生徒が望んでいて、それが社会通念的・法的に問題が無いならば、それをやらせるのが大人の仕事だと思っています」
「大会を目指して頑張ろう!」と言うのが意見の押し付けだというのなら、「音を楽しむのが音楽なのだから吹部のやり方は間違っている!」というのだって意見の押し付けだろう。音を楽しむのが音楽というのを否定する気はない。けれど、それを錦の御旗のようにして何かを批判する道具にしているのが気に入らないだけだ。
私は去年まで指導者でありながら部員でもあった。だからこそ思うのだ。知らねぇよ、そんな事、と。御大層なお題目なんて、部員からしてみればどうでもいい。少なくとも去年の北宇治の三年生は、そう思っていただろう。
「もちろん、改善しないといけない指導があるのも事実ですし、部活の中で諸々問題が起こっているのも事実です。それは、生徒が自己解決できないなら教師が何とかしないといけない。けれど、大会に向けて頑張りたいと思いながら努力するその姿を、指導者のエゴの押し付けだとか間違いだとか、そんな風に言われるのは心外極まる。去年まで生徒でもあった人としてはそう思います」
コーヒーの缶が音を立てて軋んだ。私は気付かないうちに強く握りしめていたらしい。
「目標に向かって必死に努力する姿、走り続ける姿、汗を流しながらそれでもと前に向かう姿……悔しくて死にそうだと涙を流す姿。それを間違っているなんて言葉で片付けないで欲しい」
悔しくて死にそうだと、高坂さんは叫んだ。私だって負けたくないと、吉沢さんは前を向き続けていた。ソロになれない悔しさを呑み込んで、部長であった優子は去年高坂さんを立てた。香織先輩は願いを諦めて、それでも部が上に行ける道を選んだ。悔しくて死にそうだったと気付いたと、黄前さんは高らかに言った。先輩の夢を叶えると、妹は挑み続けた。多くの部員の、輝くような姿を見続けてきた二年間だった。あの日々に、あそこにいた人たちの、あの情熱を、意思を否定してほしくなどないのだ。
「彼らはまだ未熟なのかもしれない。けれど、決して馬鹿ではない。その夢は、願いは、きっかけは誰かに与えられたものであったのだとしても、挑み続け願い続けたなら本物になるはずなんです」
「ただ……責任感に潰されてしまう子もいるかもしれません。星野さんも、いつか……」
「そうなる前に助けるのは私たち大人サイドの務めでしょう。子供が責任を取る必要も、責任を感じすぎる必要も、その結果無茶をしてしまう必要もありませんが、子供が責任感を持って挑もうとするモノから遠ざけるのが正しい教育とは思えません」
私は教員免許を持っていないし、教師になる教育を受けてきたわけでも無い。それでも二年間指導をしたし、今でも大学で教鞭をとっている。何も経験してない人よりは、多少なりとも言う資格はあると思っている。釈迦に説法かもしれないけれど。
「星野さんも背負うモノに潰されそうになる日もあったことでしょうし、これからもあるかもしれません。それでも彼女は私のところへ来た。他の学校の先生や生徒が私の存在を恨みながら羨む中で、なら私を雇えば良いと彼女は来た。何かを変えようと、組織の長として出来ることを探したその末に。そういう責任感のある行動が後続に力を与えることもあるはずです。責任感は持ってもらえばいい。責任は、我々が腹切ってでも取る。そういうモノだと私は思っていますし、そういう覚悟で今まで指導してきました」
思えば滝先生も私も、いつでも首を差し出す覚悟はしていた。生徒に覚悟を求めるなら、まずは教師側が覚悟を示さないといけない。特に田中先輩の件の時は、我々両方とも首になる可能性を理解していたし、そうなっても構わないと思いながら行動していた。それが多少なりとも生徒に伝わっていたら、それで十分だ。
「覚悟……私はそこまで、覚悟できていないかもしれません。教師としてどうかとは思いますが……」
「それを私は批判したりはしませんし、どうこう言ったりも出来ません。私が正しいという気も無いですし、私の意見が絶対とも思っていません。ただ、いつの日か、生徒に寄り添える先生でいてくださればと願うだけです」
「なれるでしょうか」
「なろうとして努力していれば、おのずと結果は付いて来るものです。走り出さなければ何も変わらないですが、走り出したならば何かが変わるかもしれません」
「なんだか、桜地先生の方が年上みたいですね」
「老けてるとは心外ですねぇ。まだガラスの十代ですよ」
「?」
「あぁ……伝わらないか……」
「光GENJIは無理ですよ、桜地先生」
笑いながら北条先生がやって来た。二十五歳にこのネタは古すぎたようだ。もうちょっと何かしら良いフレーズを仕入れてこないといけないだろう。まぁ希美に聞けば何かしら出てくると思う。
「お電話は大丈夫ですか?」
「はい、終わりました。そろそろ時間ですので行きましょうか」
「了解しました」
北条先生に促されて、私はソファから立ち上がる。時計は間もなく部活開始の時間を指していた。先生方は先にホームルームで指導をしてから音楽室へ来る。私はそれまで先に音楽室に行って待機しているのが最近の常だった。里見先生は職員室近くの一年生の教室へ向かっていく。音楽室は最上階、北条先生の担当する三年生はその途中の階にあるので、途中まで道は同じだ。
「彼女へのアドバイスありがとうございました」
「聞かれていましたか、お恥ずかしい限りです。教職でもない門外漢が偉そうにペラペラと」
「いえ、彼女にも良い刺激にもなったと思います。色々と悩んでいたのは知っていましたが、中々アプローチも難しかったもので」
「お役に立てたならば幸いです」
「いけませんな、滝先生の気持ちが分かってきました。これは色々お任せしたくなってしまう」
「おっと、それは困りますねぇ。これ以上仕事を増やされたら、彼女に怒られてしまう」
「おや、お付き合いされている方が?」
「えぇまぁ。彼女が誘ったので、私は北宇治に行ったんです。私も、その辺普通の若者ですよ。当時は付き合っていませんでしたが」
「なるほど、その彼女さんを弊校にスカウトするべきでしたな」
ハハハと先生は笑っている。秀塔大附属の制服を着た希美か。それも悪くないかもしれないと一瞬思った。けれど、やっぱり北宇治のセーラー服の方が似合っているように思う。見慣れているのがそちらだからかもしれないけれど。
「それでは私は学級へ行きます」
「えぇ、それではまた後で」
間もなく始まる練習について考えながら、生徒でごった返す放課後少し前の廊下を上階に向かって歩いていく。頭を下げてくれたり、大きな声で挨拶してくれる生徒に挨拶を返していくと、自分はもう生徒側ではないと否応なしに思わされた。
「先生彼女いるんですか?」
練習の五分休憩の間に飛んできた唐突な質問に、私は飲んでいたペットボトルを呑みかけのまま固まってしまった。中学生男子みたいな問いを投げかけてきたのはダブルリードのパートリーダーをしているオーボエ奏者の男子だった。厳しい練習の間の休憩なので、疲弊していたであろう女子部員の視線が一気にこちらへ集中したのが分かった。大なり小なり女子高生は恋バナが好きなのかもしれない。しかも私と彼らはあまり年が変わらない。
「ちょ、ちょっと芝浦君。失礼だよ」
「そう言いながらぶちょーも気になってんじゃん」
部長は止めながらも気になっている様子が伺えた。確かに、私の経歴的な自己紹介はしたけれど、パーソナリティの部分はほとんど触れていない。その辺を開示するかどうかちょっと迷ったが、これを言う事で多少なりとも親しみを持ってくれた方が指導もしやすいだろうと考える。それならばまぁ、教えてもいいかもしれない。
「まぁ、いますよ。高三から付き合ってます」
黄色い声が囁かれている。どんなに厳しく練習していても、高校生らしい部分は普通に残っているらしい。確かに北宇治でも恋バナはそれなりに盛り上がっていた。というか、私の世代の男子は全員彼女持ちだった。後藤は長瀬と、滝野はウチの妹と、私は希美と付き合っている。しかも一個下の代も瀧川君が高久さんと、塚本君が黄前さんと付き合っていた。後者は別れたらしいけれど、それは喧嘩別れとかではないので、多分今年が終わればまたくっ付くだろう。
「はい、この辺で終わりにしますよ。と言うより、この話興味あります?」
「「「ありまーす」」」
「えぇ……。まぁ先生の恋バナとか知りたいか。私も修学旅行で部屋に見回りに来た担任に聞いてましたからね」
一年くらい前なのに大分懐かしい。人生最初で最後の修学旅行は良い思い出だった。
「中三の時にドイツから帰国して、編入した中学校で同じクラスかつ隣の席でした。そこからまぁ、相当色々ありまして紆余曲折諸々経た末に高三の夏に、付き合い始めました」
「どっちから告ったんですか~!」
「……私からです。はい、ホントに終わりますよ。練習再開です」
もっと聞きたいのに、という渋々感を出しながら、部員たちは練習の準備を始める。この後職員室にまで押し掛けてきた男子部員数名に、彼女さんの写真を見せてくれと頼まれることになるとは、まだこの時は知らなかった。一番美人だと思ってる高校時代の写真を見せたら泣いて悔しがっていたので、ちょっと嬉しかったが。恋人フィルターを外して見ても美人だと思うので、よく私が付き合えたものだとつくづく思う。クラスどころか学年の中心にいるような子と私に接点があるのもある種奇跡のようなモノだった。
私の第二の故郷は確かにドイツだけれど、やはり故郷と言えば宇治になるのだろう。そしてこれからも住み続けていく場所になるはずだ。
「トランペット、全体的に薄い。もっとここは勢いを出してください」
「「「はい!」」」
「最後のソロ、内藤さんあなたにかかっています。朝日を浴びて、今日も新しい一日が始まったという爽やかさと温かさを込めて。今日はどんな一日になるのだろうか、というようなポジティブな気持ちを出してください」
「はい!」
「パーカッション、ここは海の音や風の音などを示しています。聴覚だけではなく嗅覚の要素も強い部分になります。イメージは音楽を作る上では欠かせません。しっかり意識するように」
「「「はい!」」」
「ホルン、ここでトロンボーンからの引継ぎをもっと綺麗に。受け継ぐタイミングを意識するには、トロンボーンの楽譜もしっかり追いかける必要があります」
「「「はい!」」」
「そして全体に。何より冒頭です。冒頭数秒が全てを決定します。これは課題曲の方でも言いましたね。課題曲は愉快に楽しく演奏することを求められている一方で、自由曲は全体的に明るくも穏やかさを抱いた曲調に仕上げていきます。このギャップこそが観客の意識を惹きつける役目を果たしてくれます。その差を出すためには、一発目から違うぞと思わせないといけません。スケルツァンドは多くの学校が演奏しますので、その分個性が出にくいですから、自由曲との差異で特色を出しにいきます。意識するように」
「「「はい!」」」
いい返事が返って来る。やる気があるだけでも大分演奏のクオリティーは変わって来る。指示がすぐに通るのは、基礎が出来ている証だろう。しっかり楽譜を読み込んでいるし、楽曲理解も出来ている。そこら辺は学生指揮の三鷹さんが頑張ってくれていたのだと思う。
「これBのところ、オーボエソロになっていますがファゴットのソリ、追加でいけますか」
「楽譜に無いですけど……」
「追加します。私が作曲ですので」
吹奏楽連盟の規定では『著作権の存在する楽曲を編曲して演奏する場合は、事前に著作権者から編曲の許諾を受けなければならない。編曲の許諾は、日本音楽著作権協会ではなく、著作権者(作曲者またはその楽譜の出版社など)が行っている』とある。今回の自由曲は出版社ではなく私が権利を全部握っているので、好きに改変できるのだ。
「芝浦君、行けますね?」
「はい!」
「よろしい。ではこれから追加でお願いします。今行ったことを意識してもう一度」
「「「はい!」」」
私の指導期間はあと一週間と少し。その間にどこまで強化できるかはまだ分からないが、展望は決して暗くない。楽器を構える部員たちを前に、内心で口角を上げた。
北条聡:秀塔大附属高校吹奏楽部顧問。音楽科担当。57歳。これまで何十年と同校の吹奏楽部の指導を務めてきた。私立なので移動が無いまま今に至る。最初は副顧問からスタートして、秀塔大附属の全盛期を作り上げた立役者。大阪三強と呼ばれるまでに成長させたが、北宇治の隆盛と共にその黄金時代も終わりを迎える。その事実を認識しながらもなんとか立て直しのために奮闘していたが、昨年も敗北したことによりついに自分の時代の終了を悟った。時代に合わせて厳しい指導を見直そうとしていたこともあったが、さらなる没落を恐れて踏み切れずにいた。部長の凛音招聘案には賛成し、主に保護者や学校側の説得に当たった。
基本的に腰は低いが、昔は厳しい顧問として知られていた。時代に合わせようとする柔軟な考えを持っているが、同時にそれに完全に踏み切れない臆病な部分も持ち合わせている。学生時代はサックス奏者。名字は私の研究対象である関東小田原北条氏から。誕生日は10月21日。A型。175㎝。好きな物はラーメン。苦手な物は素麺。趣味は温泉巡り。最近の悩みは娘が思春期に突入した。髪は白髪交じりの黒髪。
里見碧:秀塔大附属高校吹奏楽部副顧問。数学科担当。25歳。元々教師になるつもりはあまりなかったが、秀塔大学の方の教育学部にたまたま合格してしまい、得意だった数学で教免を取った。その際、教育実習で良い経験を積めたことで教師を志す。付属高校ということで秀塔大附属高校の就職試験を受けたところ通過したので、そのまま就職することとなる。今年で三年目で、初めての担任を任された。学生時代は高大と軽音部でゆるく活動していたため、吹部の空気や在り方には戸惑っている。凛音招聘案には最初懐疑的であったが、部長と顧問に説得され最終的に頷いた。
明るく温和な性格であるが、最近は激務と悩みからその明るさが少し後ろに引っこんでいる。優しい性格であるので、生徒には慕われているが、生徒側から距離が近くなりがちのため、上の先生には睨まれることもある。学生時代はキーボードを担当していた。元々は大阪の人ではなく、山形県の出身。名字は私の研究対象である関東戦国史の里見氏から。誕生日は6月19日。O型。158㎝。好きな物はビートルズと阪神タイガース。苦手な物は読売巨人軍。趣味は野球観戦と休日に昔の仲間とセッションすること。最近の悩みは学年主任の先生が面倒。髪型は茶色めの髪のセミショート。