音を愛す君へ   作:tanuu

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希美√第12楽章 万里一空
第百四十五音 結実


 三年間を費やした夢の結実は、終わってしまえばあっという間にすら感じられた。涙を流し終えた我々は、会場の外に出る。既に結果は多くの人に知れ渡っており、北宇治の生徒の周りには人だかりが出来ていた。会場内では爆発できなかった喜びを、ここで全部出し切る勢いで話す彼らは、喧騒の中でも全く衰えない声量で話している。興奮に満ちる姿も、今はすべてが微笑ましく、感動的なものに思えた。

 

「桜地先生」

「あぁ、高坂さん」

 

 高坂さん、とは言ったけれど、娘の方ではない。高坂母の方である。娘の指導を担当する、という事になった際に一応挨拶は済ませていた。本人には何も伝えていないけれど、在学中に面倒を見るという事になったからには、しっかり筋は通すべきだと考えていたのだ。先生があまり得意ではない都合上、私と松本先生が保護者関連の諸々を担当していたという過去も関係している。

 

 吹奏楽部が急に全国に向けて凄まじい練習量になったことに対し、納得してくれる保護者ばかりではない。田中先輩の家ほどではないにしても、苦情とまではいかない相談事は幾つか来ていた。そういう時に「桜地」の名前は意外と効果的に働いてくれる。

 

「三年間、ありがとうございました。主人は今日は来ていないのですが、お礼を言うようにと、言伝を貰っています」

「こちらこそ、ありがとうございました。麗奈さんの指導により、私も多くの物を学ぶことが出来ました。普通に演奏家としての道を歩んでいるだけでは、絶対に手に入ることのない学びです。随分とご迷惑をおかけしてしまいましたし、麗奈さんが毎日帰りが遅いので心配をおかけしましたが、その甲斐あってではありませんけれど、立派な奏者に育ってくれました」

「大学も先生のいらっしゃるドイツに行くと言っていまして……まだまだお世話になるかと思います。生意気な娘かもしれませんが、引き続きよろしくお願い致します」

「生意気なのは大いに結構です。私もそんな感じでしたし、唯々諾々と従っている弟子よりはよほど面白いですから」

 

 高坂家は音楽系に全振りした父親と、割と常識人な母親によって構成されているというのが三年間の末に私が出した結論だった。とはいえ、母親の方も滝先生の赴任先を娘に教えているので、あんまり手放しにまともとは言えないのだけれど。それでも私にとっては商売敵である父親よりは付き合いやすかった。

 

「演奏面でもそうですが、麗奈さんは人間面でも大きく成長したと思います。私も別にまともな人間だと言うつもりはありませんけれど、大事な事を多く学んでくれたのではないかなと。そういう学びが、きっと良い奏者を育てていくのだと思っています。演奏だけしていても良い奏者にはなれない。それが私の持論ですので。彼女が最終的にどんな道を歩むのかは分かりません。私も、いつかはこの地位を誰かに譲り渡すことになるのでしょうし」

 

 私は目を細めて、視界の先にいる高坂さんを見つめる。優子と香織先輩に話しかけられ、目が潤んでいた。あの二人のおかげで成長できた部分も大きい。決して楽しい記憶だけだったわけではないけれど、それでもきっと、高坂さんの中で二人のことは大きな存在としてこれからも記憶されていくのだろう。

 

「そして、私はその相手が彼女だったらいいなと思っています」

「それって、つまり」

「まぁ、そういう事です。期待しているんですよ、これでも。最初はそこまで考えてはいませんでしたが、三年間の末にそう思うようになりました。私のこの地位が持っている栄光も苦難も、彼女が受け継いでくれるなら理想的だと、そう思っています。まぁ言うと調子に乗りそうなので絶対に言いませんけど」

 

 この道は決して楽ではない。一番上になっても、まだまだ目指すべき頂きは遠い。それに、今度は下からやってくる多くの奏者たちと向き合い続けていかねばならないのだ。その道は、楽からは程遠いだろう。むしろ、想像しているよりはずっと厳しいと思う。それでも彼女なら。今ではそう思っている。

 

「高坂さん!」

「あ、吉沢さん」

「桜地先生も……ご無沙汰しております」

「えぇ、お久しぶりです」

 

 手を振りながらやってきたのは吉沢さんの両親だった。こちらも、指導を担当するにあたってきちんと挨拶はしてある。高坂家は音楽系に造詣の深い家だけれど、吉沢家は別にそういうわけではない。なので、指導で家に帰るのが遅い上によく分からん奴に指導されているというのでは不安だろうと思っての行動だった。

 

 吹奏楽部は保護者の理解や協力も欠かせない部活になっている。部費も別に安いわけではない。その点、高坂家も吉沢家もよく理解を示してくれた。初動で挨拶をしたのが存外効果的だったのかもしれない。その過程で、親同士も交流しているようだった。定期演奏会などでよく顔を合わせるので、機会は多い。

 

「秋子さんの演奏は大変素晴らしいものでした。三年間、よく指導についてきてくれたと思います」

「私たちも、あんなに立派な演奏が出来るのかと、驚きました。ずっとソロになるんだと意気込んでいて……。こんな大舞台の演奏を聴けるとは思ってもいませんでした。素人耳ですが、心に響く演奏をしていたと思います。桜地先生にはなんと感謝を申し上げていいか」

「秋子さん自身の頑張りの結果です」

「そうですよ、絶唱だったじゃないですか」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 

 高坂さんのお母さんも、吉沢さんを褒めている。娘がソロになれなかった事に関しては、思うところはそこまで無いようだった。或いは、すべての経緯を聞いているのかもしれない。吉沢家にとっては娘の最初にして最後の晴れ舞台ということで、その感動もひとしおなのだと思う。最後の最後に日の当たる場所に来ることが出来たのも、彼女自身が諦めなかったからに他ならないだろう。

 

「あ、兄さんいた! 皆呼んでるから早く来て!」

「分かった、すぐ行く! すみません、呼ばれてしまいましたので。改めて、これまでの指導にご理解とご協力をいただきまして、ありがとうございました」

「こちらこそ、こんな舞台に立たせていただいて、ありがとうございました」

「今後とも娘をよろしくお願いします」

 

 両家と挨拶を交わして、妹に引きずられながら北宇治の生徒たちの輪の中に入る。涙を流している生徒もいれば、肩を組んで笑っている生徒もいる。あちらこちらでカメラのシャッター音とピースの姿が確認できた。中にはタキシード姿の先生もいる。

 

「先生」

「桜地君」

「まずは、おめでとうございます」

「はい、本当に素晴らしい結果を得ることが出来ました。あなたにも、多くの力を貸してもらいました。本当に、ありがとうございます」

「全くです。この、この! 私の力を借りれるなんて幸運はそうそうあるもんじゃないですからね。五体投地で拝んでくださっても構わないんですよ」

「はい、その通りだと思います」

「冗談のつもりだったんですけどね、本気にされると困っちゃいますよ……。それはともかく、本当に良かったと思います。三年前、全国大会を本気で目指すと言った先生に、私は半信半疑でした。そのためのプランとして、この代で全国大会に出ることのできるプランBを計画していましたし」

 

 今となっては懐かしい思い出だ。あの頃は、もちろん全力投球で指導はしていた。けれど、心のどこかでそんなに上手くいくはずもないだろうという思いや不安は存在していた。今となってはそれは間違いだったことになるけれど、決してあの時のプランニングそれ自体が間違いだったとは思わない。なにせ、こんな形になると想像できる方がどうかしているのだから。

 

「それでも、色々なものを積み重ね、いくつもの幸運に支えられてここまで三年間歩んできました。その結末がこれならば、あの時に先生の提案を受け入れたのも間違いではなかったと思えます」

「それは……本当に良かった」

 

 先生は胸の中にある重たいものを吐き出せたような顔で、そう言った。これまでずっと抱えてきたモノが、当然先生にだって存在している。

 

「あなたをこの世界に引きずり込んでしまったのではないか、そういう後悔はずっとありました。去年、あなたが現役部員でいる最後の年にこそ、と思っていたのですが果たせず。今年こそ、あなたが全てを注ぎ込んで育てたこの世代でこそと、そうずっと考えていましたので」

「見事に期待に応えてくれましたね。私たちの想像するよりも、彼らはずっと大きく育ってくれた。私は、あの演奏を聴いてそう思いました。あんなにも素晴らしい演奏を奏でられる集団はそうはいません」

 

 これは私のまごうことなき本音だった。彼らの演奏は確かに会場に響いた。まだ見ぬ未来の北宇治生の心にも、きっと届いているのだろう。この演奏を聴いて、自分もその一員になろうと新しく門を叩く生徒がいる。そういう連鎖を積み重ねて、音楽は続いていくのだろう。何年経とうとも、かつての奏者たちが舞台を去ろうとも、その演奏だけは永遠に続いていく。誰かが覚えている限り、永遠に。

 

「見ていましたか、次の学校が舞台袖で手を叩いていました。自分たちの番を控えて緊張も最上級の時間に、それでも聞き入ってしまう演奏を彼らは奏でていた。それで、十分でしょう。私もあの演奏に、亡き友の姿を見たような気がします。きっと、彼女はああいう演奏を求めていた。先生」 

「はい」

「あなたの届けたい人に、届けられましたか」

「えぇ、間違いなく。届けられたと、そう、思います」

 

 目頭を押さえて、先生は言う。眼鏡の向こうから、細い銀の筋が彼の頬を伝った。先生が泣いている姿なんて、もしかしたら初めて見たかもしれない。彼の中にずっと存在していた夢。かつて、愛した人の見た夢。それを実現した。もしかしたら、それはエゴなのかもしれない。だとしても確かに意味はあった。あの演奏を聞けば、誰もがきっとそう思うだろう。

 

「これまで、ありがとうございました」 

「こちらこそ、本当にありがとうございました。あなたがいてくれたことが、北宇治高校にとって大きな幸運だったことでしょう」

「そっくりそのままお返ししますよ」

 

 私たちは手を取った。がっちりと握られた手からは、先生の確かな熱を感じる。三年間、この部活を導こうとし続けた同士。我々の間にも色々とあった。決して穏やかなだけの関係性ではなかったと思っている。それでも、我々はここまで部員たちを引っ張ってこれた。多くの間違いがあったけれど、この結果は間違いではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笑って笑って、はいチーズ!」

 

 写真業者の人が私たちに呼びかける。トランペットの部員たちに囲まれて、私は写真を撮っていた。前の大会でも、その前の大会でもこうやって集合写真を撮った記憶があった。あの時よりも随分とみんな大きくなったような気がするのは気のせいだろうか。身長ではなく、存在が大きくなったのかもしれない。

 

「先輩」 

「吉沢さん」

「聞いていて、くれましたか」

「もちろん。聞き逃すわけもなく、バッチリと。間違いなくこの大会で一番上手いトランペット奏者だった。ほかならぬ、この私が保証する。君より上手い高校生は、この場にはいなかった。龍聖も清良も秀塔大も、他のどの学校にも君より上手い奏者はいない。おめでとう。君が、てっぺんだ」

「……なれたんですね、一番に。転んでばっかりだった私が、一番に」

「そうだよ。他の誰にも否定なんかできない。君が、一等賞だ」

「良かった。本当に、良かったです。ここまでずっと、諦めなくて。見上げるだけだった星に、私はなれたんですね!」

「誰よりも眩しく、輝いていた」

「ありがとう、ございます……!」

 

 彼女は噛み締めるようにして言い、そして涙を溢れさせている。星に憧れて手を伸ばすだけだった少女は、今や自分がその星になった。きっと彼女のようになりたいと手を伸ばす後輩たちがいることだろう。走り続け、挑み続けた末に、マイペースな少女はついに天下を掴んだ。彼女の歩んだ過程は確かに彼女の財産になっただろう。夜の教室で、私が彼女に告げたように。

 

「先輩」

「うん」

「私は、麗奈ちゃんと違ってプロにはなれません」

「残念だ。掛け値なしに、私はそう思う。高坂さんと二人で来てくれれば、きっと欧州音楽界も重たい腰を上げるだろう。私に蹂躙されて、そのうえで私の弟子二人にも同じ目に遭わされたとなれば、ね。そうなって欲しいと、本気で思っている」

「ありがとうございます。でも、私はきっとプロになれるような存在ではないと思います。私は、この舞台で、麗奈ちゃんと競い合った舞台で輝きたかった。先輩と、先輩後輩でいられる場所で輝きたかったんです。でもプロの世界に入ったらそうじゃなくなっちゃいますから」

「そうかもしれない。君がそういう選択をしたのなら、私はそれを尊重する。トランペットを愛し続けてくれれば、とは願うけれど」

「もちろんです。あの子とは卒部したらお別れですけど、先輩の相棒みたいな子を私も探そうと思ってますので」

「それはよかった」

 

 吹奏楽部を卒業したら、楽器からは遠ざかってしまう部員もいる。それはそれで人生の選択だけれど、やはり少しだけ寂しくはある。出来れば彼らの人生の中に、音楽があり続けてくれたらと願わずにはいられないのだ。

 

「先輩。私は先輩の後輩で、そして……先輩を好きになって、良かったです」

「そうか……それは、ありがとう」

 

 彼女は大きな笑顔で笑った。彼女の青春の中にいた私が、彼女にとって後悔の対象ではなかったことは、素直に嬉しいと思える。

 

「私も、君が後輩でよかったと思う」

「ありがとうございます。さ、先輩。あそこでもじもじしてる麗奈ちゃんともお話しして下さい」

「もじもじしてない!」

 

 いきなり揶揄われた高坂さんは顔を赤くしながらそう言った。ここの力関係は何年経っても変わらないのだろう。たとえ今回の決着がどうであろうと、きっと吉沢さんにとって高坂さんは憧れの対象であり続けるし、高坂さんにとって吉沢さんは自分の理解者であり続けるのだと思う。そういう関係性が存在していることはとても大事な事だ。

 

「高坂さんも、よく頑張った。北宇治にトランペットありと全国に知れ渡ったと思う」

「桜地先生の名前を汚すわけにはいきませんから。ですが、期待に応えられたのなら、良かったと思います。悔しさはありますが、それでも私はそれをバネにしてまた次のステップに進んでいきたいと思っています」

「そうだね。それがいい。思うに君の原点は、その悔しさだろう。それに負けたくなくて、ここまで走ってきた。その思いに突き動かされて、私の門戸を叩いた。それでいい。その力は間違いなく君の大きな財産だ」

 

 私はそこで言葉を区切る。真っ直ぐすぎた少女は、敗北したままでいることを良しとせず、そしてここへとやって来た。初対面の音楽家にいきなり弟子入りを志願する無茶をやってでも、彼女は自分の夢を叶えたかった。その熱意、情熱、行動力。いずれも彼女の財産であり、無くしてはいけない大事なモノだと思う。過去の自分と重なったから、私は彼女の指導を引き受けた。それが間違いではなかったと、今ハッキリと過去の自分に告げられる。

 

「そうだね、あと数年は待ってあげられる。私もそこを早くどけっていう突き上げをそれなりに受けているからそう長くは待てない。この年で老害扱いはされたくないし。だから、待ててあと数年。それまでに私のいる場所にまで這い上がってきなさい」

「はい、必ず!」

 

 この先、きっとまだまだ時間はかかるだろうし、大きな壁や挫折が待っているのだろう。世界は彼女の思っているよりもずっと広く、大きい。それでも折れないだろうと思えるのは、これまでの三年間の姿を見ているからだろうか。そして何より彼女は知っている。もう超えられない存在というモノの存在を。私にとっての、あの天使(リリー)のような存在を。

 

「そうだ、桜地先生にこれを」

 

 彼女は慌てたように銀のチェーンを取り出した。今年の三月に、私が渡したロザリオ。亡き友の遺品にして、私と彼女の演奏を見守り続けた品だ。名古屋で返せと言って渡したのを、彼女は律義に覚えていてくれた。

 

「それは、君が持っていると良い」

「でも、これは……」

「それは、世界で一番トランペットが上手かったヤツの遺したモノだ。世界一を目指す君には、きっと相応しい品物だろう。何年かかっても構わない。君が私を超えたら、その時に返してくれればいい。それまでは、持っていなさい」

「はいっ!」

 

 高坂さんは大きな声で返事をする。天の上にまで、あの演奏は届いたのだろうか。私の両親もあの演奏を聴いていてくれただろうか。私の教え子は、そして妹は、立派な演奏をして結果を残した。歴史に残る、金賞という偉業を成し遂げてくれた。きっと空の上にまで響いていただろう。彼らの奏でる、至上の演奏は。

 

 私がいつかあちらに向かった時、話したいことはたくさんある。けれど、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。この世界にはまだ多くの音楽があふれていて、未来を担ってくれる新しい息吹も多く芽吹いている。それを見届けるまではまだ時間がかかりそうだ。

 

 その後も高坂さんだけではなく多くの生徒と話をした。植田さんたちのクラリネット組、高橋さんたちのフルート組、井上さんたちのパーカス組に瀧川君たちのサックス組。黄前さん率いる低音は言わずもがなだろう。これまで三年生と積み上げてきた思い出がよみがえる。みんな、見違えるほど立派になった。一年生だった頃の幼い面影は無く、すっかり大人びた顔になっている。

 

「まず、今日はお疲れ様でした!」

 

 そして、一通り終わった後、少し盛り上がりが落ち着いてきた中、部長である黄前さんが前に立って話し始めた。凛と伸ばしたその背筋に、彼女が歩んできた道筋の一端を垣間見ることが出来る。遠慮しながら私と向き合っていた縮こまった背中は真っ直ぐに伸びて、ダメだこりゃと言い放ったその口はみなを鼓舞する言葉を語っている。一番成長したのが誰かと聞かれると難しいが、黄前さんは候補として一番上に来るだろう。

 

「みんなの協力があって、この結果を得ることが出来たと思っています。私は、部長として不甲斐ない部長だったかもしれません。多くの迷いがあって、多くの悩みがあって、そんな中で上手く部長として振舞えない自分がいたことも事実です。それでも、皆が支えてくれたおかげで、ここまで来ることが出来ました。本当に、ありがとうございました!」

 

 大きく彼女は頭を下げる。それに、大きな大きな拍手が鳴り響いた。完璧な部長なんて存在しない。それぞれ欠点がありつつも、自分の信じた最善を貫こうと走り抜いている。黄前さんも、そうやって一年間やって来た。たとえその末に自分が栄光の席に座れずとも、彼女は自分の理想を貫く未来を選んだ。それは誰にでも出来る事ではない。その選択が出来る生徒になってくれたことを、私は嬉しく思っている。

 

「この部には、色んな部員がいます。それぞれみんな良いところがあって、時にはぶつかることもあるけれど、それでも最後にはこうして同じ場所を目指して頑張ることのできる子たちだと思っています。金賞を取ることが出来たけれど、それで終わりじゃありません。これから、一二年生はまた来年に向けての新しい日々が始まると思います。色んなことがあって、きっとすぐには解決できないことも沢山あると思います。でも、どうかそこで逃げ出さないで。苦しくても、辛くても、向き合うことにはきっと意味がある。私はそう、信じています。最後に、一年間、私に付いてきてくれてありがとうございました!」

 

 痛いくらいに手を叩く。向き合い続けるのは苦しいことだ。それでもそうすることに、きっと意味はある。自分と向き合い続けてきた彼女だからこそ、言えるセリフだろう。そして、今の言葉の中には一二年生への確かなエールと忠告が入っている。妹が危惧している通り、今の二年生は人数が多い。多すぎると言ってもいい。必ずその中で不和が生じるだろう。それを見越したうえで、それでも何か楔になればと思って口にしたのだと予測できた。彼女は、そういう部分に長けている。誰に学んだのかは、なんとなく想像がついた。

 

「そして、これまで私たちを支え、導いてくださった滝先生、桜地先生、ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」

「先にどうぞ」

「では、失礼して。今回の結果は大変素晴らしいものでした。皆さん、どうぞ誇ってください。ですが、この結果を次に活かせるかどうかは皆さん次第です。決して驕ることなく、今日の演奏を聴いて北宇治に来たいと思ってくれた存在の期待を裏切らないようにしていきましょう」

「「「はい!」」」

「では、桜地君。お願いします」

「分かりました」

 

 先生から話を振られ、私は前に出る。きっと、こうして前に出るのも今年が最後だろう。来年も指導をするつもりはあるが、それでも今年の世代よりは関係性も薄くなる。この世代の三年生が、一番私と接点が深い世代だ。その信頼関係も相まって、私はこうして前で話すことが出来ている。

 

「まずは皆さん、おめでとうございます。素晴らしい演奏でした。もはや、私に何か言う言葉もありません。この結果が全てであると、そう思っています。今年の幹部もよく頑張ってくれました。大きな重圧があったと思いますが、それでもそれに押しつぶされることなく、ここまで歩んできてくれました。特に部長は、大きな決断を幾つもしてきたと思います。長というのは因果な職で、出来ないことを責められますが出来ても褒められることは少ない。だからこそ、私は声を大にして部長たちを称えたいと思います。きっと、過去の部長たちも肯定してくれることでしょう。先代はgoodというサインを出してくれていますね。先々代は……あぁ、泣いててダメですね、これは」

 

 小笠原先輩を知っている三年生たちから笑いが起きる。彼女が涙もろいのは有名な話だ。優子はしっかり親指を立てて突き出している。黄前さんが困ったように涙を浮かべつつ笑っていた。小笠原先輩や優子のような存在に。それは彼女の中にあった想いの一つだと思う。その目標とした人たちからの肯定は、彼女にとっても大きな救いだったはずだ。だからこそ、私はこうして黄前さん個人にフォーカスした時間を作った。それくらいの報酬はあっても良いだろうと思ったから。

 

「部長だけではなく、多くの三年生が力を尽くしてくれました。副部長、ドラムメジャー、パートリーダー、新入生指導係、そのほかにも大勢。当然一年生や二年生もそうです。そういう支え合いの末に、この結果は手に入れることが出来たのでしょう。どうか、その心を忘れないようにしてください。苦しいことも、辛いこともあって、それでもそれを乗り越えてここに来ることが出来た。だからこそ、あの喜怒哀楽の全てを包括した、まさに青春というべき演奏が出来たのでしょう。さて、毎年恒例ではありますが、最後に」

 

 私は息を吸い込んだ。

 

「楽しかったですか?」

「「「はい!」」」

 

 三年生を筆頭に、大きな声と笑みで返事が返ってくる。その笑顔で、私は十分だった。きっと未来に繋がっていく。多くの想いや願いを乗せて、託されて、また未来の音楽が奏でられていくのだ。一年の詩、その最後のフルートはそうやって未来に進んでいく音なのだと、私はそう考えていた。彼らもまた、進んでいくのだ。次の音楽を奏でるために。

 

 

 

 

 

 

 

「随分増えたねぇ」

 

 カメラマンが撮影した集合写真には、私も指導者として写っている。これで三年連続だ。今年は希美がカメラマンの隣に立って、自分の携帯でも撮影していた。その写真を見ながら、助手席の彼女は感慨深そうに言う。見比べているのは、私たちがまだ二年生だった頃の写真だろう。あの頃と比べて部員も増えた。そして、演奏は年を経るごとに洗練されていき、そして今年はあの時届かなかった金賞を獲得できた。

 

「ホントに大きくなった。部活も、皆も」

「確かに」

 

 希美は目を細めて写真を見ている。

 

「随分モテモテだったね」

「そういうんじゃないんだけどなぁ」

「分かってるって」

 

 横目でちらりと見た携帯の写真フォルダには、沢山の写真があった。私が引っ張りだこだったせいで、彼女が撮ってくれている。黄前さんとのツーショットや幹部陣と写った写真もある。黒江さん&涼音のコンビと撮ったものや、各パートと写ったもの、男子組と写ったモノなど様々だった。

 

「瞳さん結構盛大に泣いてるねぇ」

「あの子も立派になって。森本さんと二人でどうにかこうにかやる気を出してくれるように頭を悩ませてた時代が懐かしい」

「こっちは……井上さんたちか」

「なんだかんだでパーカス組はずっと私を支持してくれたからね。嬉しい限りだよ」

「トランペット組も楽しそう」

「あそこは私と一番関係性が深いからね」

「でも、そのせいで焼肉奢りでしょ?」

「そうだよ、まったく……。吉沢さんに乗せられて三年生全員分出す羽目になった」

 

 一二年生は来るなら半額は出してくれとお願いしている。その代わり、三年生の分は全額私の奢りだ。ホントに大丈夫か? という顔をしている黄前さん、恐縮しつつマジかよという目を吉沢さんに向けている高坂さん、なんも気にしていない吉沢さんの三人が印象的だった。まぁ、それで彼らのこれまでの日々に報いることが出来るのならば、それでいいのだけれど。

 

 バックミラーを覗けば、後部座席でみぞれ・優子・夏紀の愉快な三人組は爆睡している。泣き疲れたのだろう。私はこの三人と希美を乗せたまま京都に帰還するというミッションがあり、その真っ最中だった。高速道路は存外空いていて、車の赤いライトが流れるように通り過ぎていく。

 

「涼音ちゃんも珍しい顔」

「黒江さんには随分懐いていたからね。波長が合ったのかもしれないけど」

「あ、こっちは秀塔大の子たちかぁ。部長さん、すんごい泣いてたね。凛音の袖にしがみついて大号泣してたし」

「まぁ、あっちはあっちで色々あったからね」

 

 秀塔大附属の全国大会での結果は、ゴールド金賞。大阪三強としての意地を見せた形になった。これにて、今年の関西枠は全校が金賞。関西大会から全国大会への枠を四校にするべきではないかという声も大きくなっているらしい。ともあれ、私の曲を使ったうえでの金賞は、作曲者としても指導者としても大いに喜ばしい結果だった。部長の星野さんだけではなく、副部長の武田さんや学生指揮の三鷹さんまで大号泣していたことから、彼らの全国大会に懸ける想いの強さを垣間見た。

 

「凛音も、お疲れ様でした」

「ありがとう」

「ここからは、高坂さんの指導?」

「そうなるかな。また親御さんと相談しないといけないけど、受験が来年の六月だから、それまで暇させておくのも勿体ないし。とっとと向こうに来させて顔だけ繋いでおかないと。しばらく忙しくなりそう」

「期待の教え子、だもんね」

「まだまだその期待が成就するには遠そうだけど。でも、希望はある」

「そっか」

 

 希美は優しい微笑みを浮かべながら、私にその眼差しを向けている。

 

「涼音にとっては来年が本番だと思う。まだまだ苦労も絶えないだろうし、あの性格だからドラムメジャーになったら絶対疲れ果ててると思うから、適度に助けてあげてくれると嬉しい」

「それは任せて。私にとっても、妹みたいなものだから」

「助かる」

「本当の意味で妹になってくれる日は、いつかなぁ?」

「……もう少しお待ちを」

「はーい」

 

 彼女はふんふんと鼻歌を奏でている。きっと、希美も同じ気持ちなのだろう。私たちは今、これまでのどの全国大会よりも浮かれていた。車は京都に向かって進んでいる。私たちの家が、そして私たちの青春のある、あの街へ向かって。




メリークリスマス!

ということで、今日からまた随時投稿を行っていきます。ペースはのんびりかもしれませんが、原作で言うところのアクアラーク編とその先、原作にはない新世代編を連載していきたいと思います。今後とも、よろしくお願い致します!
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