トランペット、トロンボーン、サックス、ホルン、パーカッション、クラリネット、低音、ダブルリード、フルートの順で掲載しています。
【挿絵表示】
Xにも挙げましたが、映画の特典にちなんで凛音卒業時の色紙です。左上の方がびっちり書いているので何人か書けず、結果二枚目を用意する必要があったため、その下の方はちょっとお怒りでした。
桜地凛音の卒業祝いメッセージ、吉川優子宛
拝啓
桜の開花が楽しみな今日この頃となりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
ここまで書いてなんだか凄く微妙な気分になりました。同期に敬語でメッセージを書くのには慣れそうにありません。ただ、言うべきことをきちんと伝えておきたいので、こうして文章を書きました。後輩や先輩相手ならもう少し楽に出来るのですが、どうにもあなた相手だと気恥ずかしさが出てしまいますね。思ったことを思った順に書いているので、支離滅裂かもしれませんがお許しください。許せんと言われたら、好きな物を進呈する所存です。
改めて、これまで三年間ありがとうございました。一年生の頃から当時の先輩たちに粗略にされている私に対し、香織先輩共々声をかけてくれたことはとても嬉しい事でした。部を去ろうとしたあの時引き留めようとしてくれたことも、感謝しています。結果的にあなたの忠告を無視して部を去り、その癖復帰したいと願い出るなど実に厚顔無恥だったかもしれません。ただ、あの時あなたを頼ったのは打算的なものだけではなく、あなたならきっと……という思いがあったからでした。それに、私はあなたの弾むような音色が好きでしたので、それを取り戻して欲しくもありました。そんな感情も烏滸がましかったのかもしれませんが。
それでも、あなたは最終的に受け入れてくれました。決して順風満帆な関係性でもありませんでしたし、三年間何度も言い争い、文句を言い合ったように思います。それでも、不安定な立場だった私を一度たりともパートから追い出そうとはしませんでした。聞こえるところでも、そうでない場所でも、私の悪口を一言も言わないでいてくれました。それを言えば当たり前と言うでしょうけれど、当たり前じゃないから書いています。あなたのその優しさは、名前通りだと思っています。香織先輩のために涙を流し、一度は対立した高坂さんにも慕われている。あなたの進む先には力強い優しさが満ちていた。私はそう思います。
放課後に飲んだ不味いトマトジュースの味は、私の舌の上にまだ残っています。あなたがアレをくれたから、私は孤独感に満ちていた四月の空の下で、一人ではないと思えました。三年生の時の合宿で私も仲間と言ってくれたことも、よく覚えています。多くの生徒が私を先生として、指導者として扱う中であなただけは一貫して最初から最後まで対等な部員同士、仲間同士として見てくれました。あなたには取るに足らないことかもしれませんが、私はそれに深く感謝しています。今でも変わらずに。
あなたの人情に厚く、涙もろく、他人を放っておくことのできない性格に何度も助けられてきました。最初にあなたを頼ったことは正しかったと、今になっても思っています。場の流れを変えてくれたり、皆をポジティブな場所に連れて行こうとしてくれたり、あなたの存在感はいつでも部の中で大事な役割を果たしていました。あなたがいないと進まない場面、上手く行かなかったことも沢山あるでしょう。あなたではないとダメなことが沢山ありました。小笠原先輩も、あなたの声に助けられたと言っていました。
ですので、あなたが部長と聞いた時には驚きではなく当然だとすら思ったのを記憶しています。そこから一年間、部員の事を考え続け、あなたは理想的な部長として振舞い続けていました。普段の様子から考えると、随分疲れたと思います。それでもあなたの事を慕う部員は星の数ほどいて、あなたの悪口を言う部員はどこを探そうともいません。これが、あなたの一年間への何よりの評価だったと思います。暁の空に昇る旭のように皆を照らし、苦しい時には北極星のように道を示す。理想という言葉を辞書で引けば、あなたの名前が書かれていることでしょう。ここに書くことを少し躊躇しましたが……だからこそあなたに金賞を獲らせたかった。指導者としての心残りがあるとすれば、あなたに金賞のトロフィーを持たせることが出来なかった事です。あなたの理想は正しいと示したかった。ですがそれはきっと、あなたの背中を見た後輩たちが成し遂げるでしょう。
同じパートとして、同じ楽器の奏者として過ごせたことは、私にとっても非常に幸運な事でした。あなたのような友人を得る事が出来たことも、またとても幸運な事でした。あなたならば大学でも充実した生活を送る事が出来ると思います。桜地屋敷はいつでも開けておきますので、好きな時に防音室でもなんでも使ってください。むしろ、あの家にはあなたのような勢いある風が吹き込んでくれた方がいいでしょうし。
書きたい事、言いたい思い出はまだまだ尽きずありますが、紙面がとんでもない量になってしまいそうなので、取り留めがないと思いつつ泣く泣くこの辺で終わりにしたいと思います。最後に何か言う事があるとすれば、ともに同じ目標を目指して走れた日々はとても輝いていた、と言うことでしょうか。
あなたという存在に、一個人として、そして世界一の奏者として、最大限の敬意と親愛を送ります。
敬具
三月十三日
桜地凛音
吉川 優子 様
追
希美と同見解でしたが、結婚式の共通の友人スピーチはあなたにしか任せられません。頼んだぜ、マイディアフレンド!
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、加部友恵宛
拝啓
日差しが春のおとずれを告げる頃となりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます
あなたが音楽家桜地凛音の最初の教え子と言うべき存在でした。それまでの人生の中で誰かに演奏を教える、という経験をしたことの無かった私にとって、あなたに教えるという行為はとても新鮮で、同時にとても楽しいものでした。少しずつ吹けるようになっていく姿に喜びを覚えるとともに、何よりあなた自身が喜んでくれていることに大きな喜びを覚えたことを、昨日のことのように感じています。
私は、あなたが教わっていたことを誇りと思えるような存在だったでしょうか。そうであることを切に願っています。トランペットが楽しいと、カッコ良い楽器だと、そう思ってくれたなら、他に望むことはもう何もありません。最初の教え子に、私の愛した楽器を愛してもらえたなら、大変光栄な事です。ろくに師匠らしいことは出来ませんでしたが、それでもあなたが胸を張ってくれたことは私にとって救いでした。
そして、今年一年本当にありがとうございました。あなたがいなければ、優子を筆頭に上手く部を回すことは出来なかったでしょう。あなたが葵先輩の後任として立派に務めを果たしてくれたからこそ、多くの一年生が希望を抱きながら演奏を続けることが出来ています。それは技術を教える事しか出来ない私には、到底作り上げることのできない景色でした。特に小日向さんは、あなたでなければ背中を押すことが出来なかったことでしょう。細やかな心配りと、決してSOSを見逃さない確かな観察眼が多くの後輩を救い上げていました。
来年は加藤さんがあなたの後を継いで立派に務めを果たしてくれるでしょう。そのモデルケースが誰なのかは、誰の背中を追いかけているのかは、言うまでもないと思います。部を引っ張り上げる存在が優子なのだとしたら、部を支えて押し上げてくれる存在は間違いなくあなたであったことでしょう。この二つの大輪がこの北宇治高校吹奏楽部をこの一年、前に進ませ続けたと思います。黄前さんもそれを念頭にしつつ、来年の運営を行っていくことでしょう。あなたと優子の二人を参考にしているのは間違いありません。時間が経つにつれ、あなたの色は北宇治から少しずつ薄れていくのかもしれません。ですが、透明になっても、透明だからこそ無くならないものもあるはずです。
私が唐突に復帰することになった時でも、私を拒絶せずに受け入れてくれたことを感謝しています。あなたに貰った多くのものを返すことは確実に出来ていないと思いますが、少しでも何かを返すことが出来たのならば幸いです。私の唯一無二の一番弟子の門出に、最大限の祝福を!
敬具
三月三日
桜地凛音
加部 友恵 様
追
私は教え子に恵まれました。あなたが最初であったことは、私の音楽家人生の中でも他とは比べられない特別な出来事でした。だから、シンプルな言葉だけを贈ります。心の底から、ありがとう!
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、滝野純一宛
拝啓
寒緋桜が目に鮮やかなこの頃、健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
……お前よくもウチの妹を誑かしてくれたな!!!
と、言いたいところですがここは呑み込みます。正直な事を言えば、他の誰かよりもあなたが相手であるのなら、私としては安心して旅立つことが出来ます。それはこれまでの三年間あなたと過ごしたからこそ言えることです。どうにもこうにもお堅いと言うか、まだまだ未熟なところの多い妹ではありますが、それでも他所に出しても恥ずかしくない存在ではあると思っています。自分の正しさを曲げられない子ですので、あなたが彼女の帰る場所になってくれたのであれば、とても嬉しく思います。私には出来ない事でしたので。
さて、未来の義兄候補として言いたいことは言いました。ですので、ここからはあなたの友達としてのメッセージになります。
これまで、三年間本当にありがとうございました。数少ない男子部員の仲間が同じパートにいてくれたことは私の心の支えになっていました。私が一度部を去った後も変わらず仲良くしてくれていたこともまた、私の高校生活で一番暗黒だった時代の大きな支えであり、数少ない良い思い出です。
あなたと過ごした思い出の全てが悲しいものではなく、楽しいモノしかないことに今このメッセージを書きながら気づきました。何とも今更過ぎる話ではありますが、そういう関係性になれたことを誇りに思うと共に、楽しい時間を貰い続けていたのだと思っています。酒飲めるようになったら一緒に飲み明かそう。妹との惚気話以外ならなんでも大歓迎なので、大学生生活を楽しんで酒の肴を集めておいてください。
また遊び行こうな!
敬具
三月三日
桜地凛音
滝野 純一 様
追
私に出来なかったことをしてくれてありがとう。桜地家の人間は伴侶選びを間違えないというジンクスがあります。これまで破られたことはありません。なので、どうか一緒に幸せになってください。私のたった一人の妹を、よろしく!
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、岩田慧奈宛
拝啓
蕾が花開くまであと少しとなりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
今年一年、勉学との両立という意味では一番苦労したのはあなただと思います。この場を借りて、改めて医学部への合格を祝させて頂きたいと思います。本当におめでとうございます。私は日本の大学受験の経験はありませんが、医学部が簡単に入れる場所ではない事は理解しているつもりです。ですので、喝采を以て祝したいと思います。
パートに一人しかいない三年生として、立派にパートメンバーを統率しつつ、それでいて自分の将来への道も両立する姿は、文武両道の模範であり成績不振に苦しむ多くの部員が爪の垢を煎じて飲みつつ見習うべき姿でした。後輩への手本として幾度もあなたの名前を使わせていただいたこと、ここで御礼申し上げます。
去年の野口先輩の頃よりパート内で上手く先輩を補佐しつつ後輩の面倒を見て、溌溂と部活動に取り組んでいた姿が印象的でした。あなたの下にいたからこそ、塚本君は彼自身の良さを貫きながら新しい副部長としての道を進み始めることが出来たのではないでしょうか。ご自身がどう思うのかは分かりませんが、少なくとも私はそう思います。
日本の大学生活はモラトリアムなどと呼ばれることもありますが、あなたの場合は入った後も決して止まることなく勉学を続けないといけないのだと思います。ですが指導をするたびに見せてくれたあの粘り強さがあれば、必ず良い将来を掴み取れると思います。あなたが医療の世界で音楽を用いて誰かを救おうとしている姿を尊敬しながら、私は私の演奏で誰かの光になれるよう精進したいと思います。将来がどうなるかは誰にもわかりませんが、あなたが音楽を用いて誰かに手を差し伸べたいと思ってくれたこと、それほどまでに音楽を愛してくれたことは、一人の音楽家として指導者として心より嬉しく思っています。これまで、ありがとうございました。
敬具
三月三日
桜地凛音
岩田 慧奈様
追
中々定期検診や風邪の時の受診に行かずに申し訳ありませんでした。あなたが口を酸っぱくして私の健康を気遣ってくれたことに感謝しています。お父様にもよろしくお伝えください。
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、平尾澄子宛
拝啓
新緑が窓を染める季節が近づく今日この頃となりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
今年一年、本当にお疲れ様でした。サックスパートは一二年生だけで十一人の超大所帯になっていましたので、その中でパートリーダーを務めつつ二人だけの三年生で全員を統括するという難易度の高い任務を見事にこなしきっていた姿には感服以外の感情を抱けません。
あなたの長所を一言で言うのならば、その受容力だと思います。言い換えれば包容力でしょうか。良くも悪くも個性的で、その実力も性格も様々な多くの後輩を相手にしながらも、あなたは誰かを否定したりすることはなく、その全員のことをまずは一回自分の中でしっかりと受け止めてから日々を過ごし、指導に臨んでいました。それは誰で二も簡単にできることではないと思います。不寛容が広がる世界の中で、あなたの心持は大きな美徳として、より一層輝くのではないでしょうか。
時にはユーモラスに、時には真剣に、時には燦然と後輩を導いていくことが出来たのも、あなたの良いところをパートの後輩が余すところなく知っていたからでしょう。そうでなければ、あんなにも良い空気の空間を形成することは出来なかったと思います。あなたがいなくなった後の空間を知っているからこそ、余計にそう思います。今が悪いとは思いませんが、それでもあなたの大きさを皆が噛み締めていることでしょう。その人の価値というのは、その人がいなくなった時に一番実感させられるものとも言います。そう考えた時にあなたの存在の価値は言い表せないモノであったと、そう評する以外ないと考えています。
誰かを受けいれてることのできるあなたの美点を私にも向けてくれたこと、本当にありがとうございました。多くの協力があったからこそ、私は今こうしてあなたにメッセージをしたためることが出来ています。深く、御礼申し上げます。大学生活でも、あなたの周りにはたくさんの人がいることでしょう。その中で良き出会いに恵まれることを切に願っています。
敬具
三月三日
桜地凛音
平尾 澄子 様
追
あなたが推しているというアイドルグループのコンサートですが、作曲者なのでお願いしたら関係者席のチケットを貰えました。滅茶苦茶いい席を確保してもらっているので、是非どうぞ。
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、森田しのぶ宛
拝啓
桃の香の漂う季節になりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
あなたの今年の一年を私が勝手ながら一言で表すとするのならば、「使命感に燃えた一年」という言葉が最も相応しいでしょうか。パートリーダーを支える事、マネージャーに転職した加部を支える事、そして奮起するパートのメンバーを支える事。あなたの一年は多くを力強く支える一年だったことだと思います。そして、それを見事に勤め上げてくれた一年だったとも思います。
どっしりと構えた姿や背中を常に見せてくれることは、パートリーダーや他のメンバーにとって大変頼もしいものだったと思います。特にサックスパートはメンバーが多いからですから、その分余計に頼もしく感じたことが多かったのではないかと思います。
とは言え、実はあなたが内心結構テンパっていたのではないかと、私は勝手に思っています。もし違うとなったら大変恥ずかしいので、忘れてください。ただ、私にはどうも余裕綽々なのではなく、内心に抱えている不安を上手くポジティブなものに変換して過ごしていたように見えていました。もしそうだとしたら、その気持ちは痛いほどによく分かります。後輩と接するという事、数の少ない三年生として振舞い続ける事、そして斎藤先輩より託されたサックスパートにおけるバトンを受け継ぐことはとても大きな重圧であり、それは私も感じていたものだからです。
ですが、最後の最後まであなたはそれに屈することはありませんでした。自らの膝を折らんと欲する重しにも抗い、最後までその役目を全うしてくれました。それは誰にでも出来る事ではありませんし、同時に後輩の支えになるよう強い背中を見せるべく努力してくれたということも、また生半可には出来ない事であると思います。あなたがいてくれたことで、助かった人はきっと多くいるはずです。少なくとも、ここに一人いるのですから。改めて、一年間お疲れ様でした。良い未来に歩き出してください!
敬具
三月三日
桜地凛音
森田 しのぶ 様
追
斎藤先輩があなたに対してメッセージを送りたいと言うので同封しました。同じ「チームもなか」のメンバーとして活動したからこそ、他ではないあなたに伝えたい事があるそうです。彼女にとってもあなたは大事な存在だったことでしょう。
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、岸部海松宛
拝啓
春光天地に満ちる春陽のみぎり、健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
お前、瞳さんの事問題児みたいに見てた時あったけど、初期の自分も大概だっただろ! と最後だから今まで黙っていた本音を書いてみました。苦笑してくれていることを願います。いや、でも実際そんな感じだったじゃないですか。確かにつまんないですとは言わなかったけれども。あがた祭りで後輩に奢ったら、私の分はないのかと聞いてきたことは一生忘れないと思います。同期にたからないでください。
こんなくだらない話はともかく、高校から始めたあなたがホルンのことを好きになってくれたなら嬉しいと思っています。最初に練習を始めた時はどうなる事かとは思いましたが、練習して上達して、あなたのホルンがあなたの息に応えてくれるようになるたび、あなたの目に高揚感と向上心が宿っていったのを私は知っています。そういう姿勢を見ていたことは、同じ初心者だった瞳さんにも良い影響があったのでしょう。
今年一年、あなたが掲げた「やるときはやる! 遊ぶときは全力で遊ぶ!」という目標を私はとても素敵なものだと思っています。指導しておいて、厳しい練習に駆り立てておいて何を言うかと思うかもしれませんが、部活は練習や厳しさだけではないはずです。同じ楽器のメンバーと出かけたり遊んだり、時には楽しい話に花を咲かせたり、好きな曲を演奏して楽しんだり。そういう些細でも大事な思い出の数々が苦しい時の支えになるのだと思っています。それは高校生の間も、そこから未来に進みだした後も。
あなたが作り出したホルン隊の絆は、来年以降も後輩たちが前に進んでいく原動力になったことでしょう。居心地が良いと思える空間を作ることはそう簡単ではありません。そこで同時に実力アップも図らないといけないのですから、より一層難しくなりますし。あなたは森本さんの力を借りだたけど謙遜するかもしれませんが、余計なプライドや面子に拘らず後輩であろうとも頭を下げられる姿勢はとても大事な事だと思います。そして森本さんがそれに応えたいと思ったのは、他ならぬあなた自身の人間性に由来するのではないでしょうか。どうか、大いに自分を褒めてあげてください。
敬具
三月三日
桜地凛音
岸部 海松 様
追
コンサートの時に妹さんがいつも楽しそうに聞いてくれるため、演奏している側や計画している側としてはとても嬉しいものでした。反応が無いと寂しいので。肩肘張らずにホルンパートの指導を出来たのはあなたのおかげです。本当にありがとうございました。
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、大野美代子宛
拝啓
日ごとに春を感じる暖かな日差しに、桜の開花を待ち遠しく思わされる今日この頃、健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
パーカッションも大分大人数の中でしたが、それでもパートリーダーとして、唯一の三年生として立派に勤め上げた一年間だったと思います。まずは本当にお疲れ様でした。気配り上手であり、朗らかに接し、誰かを一人にしないその姿が、パーカッションパートの和気藹々として居心地の良い空気感を作り上げていたのだろうと思います。パートメンバーが守りたいと思うような空間を作れたのは、あなたの大きな成果ではないでしょうか。当然、そこにはあなた自身の精神性や行動が基盤にあるのは言うまでもありません。
今年の『リズと青い鳥』ではハープを担ってもらいましたが、今になって言いますとあの担当は私が推薦したものでした。かねてよりハープに憧れがあると言っていましたので、何かしらお返しになればと思って。もちろん、あなたがハープを弾くのに相応しい実力があると判断してのことではありますが。
私が部に復帰することになった際、知っての通り決して好意的な意見ばかりではありませんでした。ですが、あなたは特段反対意見を述べることなく、自然体に接してくれました。私に興味が無かっただけかもしれませんが、いずれにしてもその対応にとても心が落ち着いたのは事実です。
ですので、私はこの事に大きな恩義を感じていました。トランペットパートを除けば、一番受け入れてくれたのも一番親しみを以て接してくれたのもパーカッションパートだったかもしれないと思っています。それはとても心強い事であり、私にとっては大きな支えでした。そういう風に振舞ってくださったことに、改めて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
敬具
三月三日
桜地凛音
大野 美代子 様
追
二年生の時に沢山の場面で、あなたが助け船を出してくれたことは一生忘れないと思います。中々無茶ぶりをしてしまったこともある気がしますが、他に任せることのできる相手があまりおらず、パーカッションパートへの信頼の証と思ってどうか許してくださると嬉しいです。せめてものお礼に全国特産カレーセットを贈ります。
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、島りえ宛
拝啓
寒い中にも春が近づいているのを肌で実感いたします。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
北宇治高校吹奏楽部で一番最強のパートはどこか。そういう問いを投げかけられた時に、私はトランペットパートと答えたい心を抑えてクラリネットパートと答えるでしょう。一糸乱れぬ演奏、揃った息、多くの人数を抱えておきながらもそれを微塵も感じさせない演奏力。ソロであろうとも集団であろうとも魅力を発揮し続ける姿は最強と言っても過言ではないでしょう。……やっぱりトランペットパートと双璧にさせてください。悔しいので。
演奏の息を合わせるというのは、私も再三指導をしている部分ではありました。しかしながら、言うのは簡単でも実行するのは簡単ではありません。それは釈迦に説法かもしれませんが。そんな状況でありながらも、クラリネットパートはそれが出来ている。これは個々人の努力の結果も勿論としてありますが、あなたの功績も多く含まれていることでしょう。たった一人の三年生でありながらも大所帯をまとめあげ、あの演奏を築き上げたことには驚嘆を禁じ得ません。他の学校のパートリーダーに同じことが出来るでしょうか、いや出来るはずがありません。私はそう思っています。
あなたからは厳しい視線を投げかけられたこともありますが、それは悪意によるものではなく、部に入って来たばかりの後輩をいらぬ混乱から守ろうとする意図によるものであったと理解しています。この前にそのあたりの謝罪を頂きましたが、むしろ私は悪意によるものではなく、善意から行動してくれていることに安堵を覚えました。あぁ、この人が一年生のまとめ役なら安心だ、と。
後輩は先輩の姿勢を見ているものです。今のクラリネットパートは一人一人が輝く綺羅星として、前に進み続けています。来年はもっと素晴らしい演奏を届けて、全国の人を魅了してくれることでしょう。ですが、彼らはしっかりと分かっているはずです。自分たちの煌きの前には、その光を導き続けた一番星の輝きがあったことを。
敬具
三月三日
桜地凛音
島 りえ 様
追
コンサートミストレスとして各種練習の際などに大変お世話になりました。前に欲しいと仰っていた天体望遠鏡をお送りします。星空があなたの未来を輝かしいものとして照らしますように。
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、後藤卓也宛
拝啓
春に向かい風が温かくなり始める時期となりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
お前、チューバ夫妻とか低音夫婦って呼ばれてるのを知って、私と希美を桜地夫妻と呼び始めたらしいな。そのせいで広まっちゃったじゃないか、その呼び方。まだ早いんだけど、どうしてくれるんだい。いやまぁ確かに私が低音夫婦って呼んだのは申し訳なかったけれど、優子とかも使ってるんだし、ね?
と、ふざけた内容を書くのはこの辺にしておいて。ここからは真面目な事を書きます。男子部員の仲間がいるという心強さは大変大きいものがありました。私が部内で複雑な立場でいる時も、男子部員組は受け入れてくれたことは大きい支えでした。特にあなたはあまり口数こそ多くないものの、それでも瞳にも演奏にもいつもちゃんと情熱が籠っていました。語らずとも演奏で魅せる。音楽家とはまさにかくあるべきという態度だったと思います。
田中先輩のように凄まじく器用ではなくとも、自分なりのやり方でパートをまとめようと心がけている姿をよく見かけました。あなたがどっしりと構えてくれているので、夏紀や黄前さんも安心して動き回れたことでしょう。同時に加藤さんにとっても見守り続けてくれる先輩として大事な存在だったと思います。その肺活量から繰り出される演奏は、北宇治のサウンドを大きく支えてくれました。あなたの存在と同じく、欠かせないモノでした。その心意気や想いは加藤さんがしっかり受け継いでくれることでしょう。
楽器のリペア師になるべく上京すると聞いています。私のような奏者にとって、相方となる楽器はそれこそ魂を分け合った分身のように思う時もあります。しかし人間のように医者にかかるわけにもいきませんので、修理をしてくれる存在はとてもありがたい存在です。一人前のリペア師になったら、私の
敬具
三月三日
桜地凛音
後藤 卓也 様
追
遠距離恋愛仲間になってしまったなぁ……図らずも。私は絶対に希美を手放すつもりはないので、そちらも長瀬さんを手放すことが無いように気を引き締めましょう。これはお互いに。はじめての恋人と結婚する確率は15%というふざけた数字がありますが、我々はこの15%に入ろうじゃないか! お前の式に呼ぶこと。私のも呼ぶから。これは約束です。
――――――――――――――――――――――――
桜地凛音の卒業祝いメッセージ、長瀬梨子宛
拝啓
躍動的な季節に向けて、準備を進めている頃と思います。また、健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。あわせて、高校のご卒業おめでとうございます。
低音パートの希望でした。これは結構真面目にそう思っていて、田中先輩しかり、去年の新入生組しかり、今年の一年生しかり、低音パートは癖のある人間が集まる場所みたいになっている時があります。その中でもあなたが存在しているだけで場の空気はよくなりますし、低音パートがちゃんと機能していたのはあなたの存在と後藤の頑張りが大きいと思います。同期組の中でも随一の常識人ですし、穏やかに話を進め、会議が煮詰まった時にも雰囲気を変えてくれたこともしばしばでした。
初心者として入部した加藤さんや、南中とは全く様子の違う周りとのかかわり方に戸惑いを感じていた鈴木美玲さんにとって、あなたの声掛けや存在は温かみを感じつつ前向きな気分になれるものだったことでしょう。優子のような眩しすぎる光では満たせない、あなたにしか持ち得ないものが確かに存在して、それに救われた人がいることは忘れないでください。もちろん、後藤もその一人であると思います。当然夏紀も。
優子と夏紀が普段どういう風に伝えているのかは分かりませんが、私から見た視点で言うと、二人ともあなたの存在に大きく感謝をしていました。部長の仕事も副部長の仕事も、目に見えるモノより見えないモノの方が圧倒的に多いものです。それは頑張りを評価されにくいに仕事です。だからこそ、ちゃんと見てくれている人がいるという事実、そしてそれを伝えてくれるという事実は大きな救いであったように思います。二人が潰れることなく歩んでこれたのは、あなたのような支えに恵まれたからに他ならないでしょう。
私も職業柄お礼を言われることは決して多くなかったものですから、特に同期であるあなたに言われたときは不覚にも少し泣きそうになりました。女子受けする料理というものにとんと縁がない人生でしたので、教えてくれたことも感謝しています。おかげさまで、妹から好評を貰うことが出来ました。私にとってはかなりの大成果です。元料理部の面目躍如でしょう。本当に助かりました。改めて、御礼申し上げます。
敬具
三月三日
桜地凛音
長瀬 梨子 様
追
お二人の後に付き合い始めた身としては、参考にさせて頂いた部分も沢山あります。距離が離れていても変わらないモノもあると思いますので、どうか後藤と仲良く。結婚行進曲の練習は欠かしていません。メンデルスゾーンでもワーグナーでもドンとこいですから、待っていますね!
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、中川夏紀宛
拝啓
春の光が窓より降り注ぐようになりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
副部長としての一年間、本当にお疲れ様でした。自分自身では向いていないと思っていたみたいですが、私に言わせれば優子を含めてベストなコンビだったと思います。知っての通り、我らが部長は暴走機関車みたいな馬力を持っていますので、それが良い方向に向いているにしても止まれなくなってしまう時があります。ですので、ブレーキ役であるあなたの存在は、本人にとっても周囲にとってもありがたいモノでした。
自分には才能がない、と言っていたのを覚えています。才能というのはとても曖昧なもので、判断が難しいものです。努力の末に身に付けたものなのか、天性のものなのか、或いは何か別のものなのか。それは本人にすら、時にはわからないものでしょう。ただ、どんなものであれ使わず磨きもしなければ、腐って消えていくという事です。もしくは気付くことも出来ないままに消えてしまうでしょう。そう考えた時に、あなたはどうでしょうね。私はあると思います。それが具体的に何か、というと言語化が難しいところではありますが、それでもあなたにしか出来なかったこと、あなただから出来たことが私の知る限りでも幾つも存在していました。それはある意味ではあなた自身の持っている才能の発露、という風に見ることもできるでしょう。
あなたはこういう風に言われるのを恐らく好まないのであろうと知ったうえで、それでも敢えてこうして書かせてもらいました。これが私なりの誠意だと思うからです。私にとっては大事な友人でありますし、他に替えることのできない存在であると思っています。久石さんや黄前さんにとっても、無論優子や希美にとっても、あなたはあなたでなければいけない存在であることでしょう。他の誰でもなく、名前も顔も性格も知らない他人ではなく、ともに時間を過ごし、あなたという人格と性格を宿した存在でなければいけないのです。たとえあなたが自分を凡人と卑下しようとも、我々にとっては特別な存在であるということを、どうか忘れないでください。
そう思ってるならもっと早く言えと思うかもしれませんが、言ってもあなたは逃げるでしょうから、こうして逃げ場のない文面にて伝えています。それと、もう一つ。二年生の夏、私の出来なかったことをしてくれて、ありがとうございました。本当なら味方になるべきだったのに、私は目を逸らして、逃げて、部のためと言い訳をしながら誤魔化してきました。それでもあなたは彼女の傍に居続けた。罪滅ぼし、と言うかもしれませんが、理由はなんであれ希美にとっては希望だったことでしょう。そういう風に誰かに寄り添える優しさを、他者への寛容さを、内に秘めた情熱は私にとっても眩しく、また素晴らしいものであると思っています。
大学生になると世界が広がり、多くのものを見ることが出来るようになります。これだけは私が大学生生活を先に過ごした先輩として言えることですね。その時間は人生の中でも掛け替えのない楽しいものにも出来ますし、何も得るモノの無い空虚な時間にも出来てしまいます。でもきっとあなたなら、前者として過ごしていけることでしょう。何より、気心知れた仲間が傍にいるというのは、得難い事ですし。桜地屋敷はいつでもあなたを歓迎します。アンプもマイクも好き放題使ってください。あなたの演奏を聴けるのを楽しみにしています。キーボード担当が欲しければ呼んでください。地球の裏から駆け付けますので。
敬具
三月十三日
桜地凛音
中川 夏紀 様
追
喧嘩するほど仲が良い関係性というのは中々難しいものです。本当に嫌いになってしまうと、そもそも口もききたくないですし。お互いを対等に見ていて遠慮がなく、自分の心を見せることが出来るからこそ成立するのでしょう。ですので、私からすれば羨ましさもありました。あなたの周りにいる人は、あなたが好きだから集まって来るのです。例え、あなた自身が自分をどう評しようとも。
――――――――――――――――――――――――
桜地凛音の卒業祝いメッセージ、鎧塚みぞれ宛
拝啓
あちらこちらで春の便りが聞かれるようになりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
出会ったのは希美経由で、中学生の頃だったと記憶しています。なんなら、私の高校時代を彩ってくれた多くの人の中で、希美の次に古い出会いかもしれません。そこから三年以上、こうして関係性を作ることが出来たことはありがたくもあり、また喜ばしい事であるとも思っています。私は決してやさしい人間ではありませんでしたし、希美や優子と比較しても人間としての良さは薄いかもしれませんが、そんな存在である私のことを友人と思っていてくれたことは、感謝してもしきれません。
私のことを気遣ってくれたように、あなたはちゃんと世界を見ていると思います。音楽家はどうしても内側に籠りがちな人が多いので、自分の世界を大事にしながらもその外側に広がっているものに目を向けることが出来るというのは、とても大事な事であるように思います。静かに秘めた想いを、言葉ではなく音楽にして届けるのがあなたの演奏であり、あなたの良さでしょう。それはあなたが持っている唯一無二のものだと思います。
私たちの間柄に関して思い返すとき、希美のことを除く事は出来ないでしょう。私にとって希美は愛すべき存在であり、あなたにとってもそうなのだと思います。ベクトルは違うかもしれませんが、同じ人を愛しているという点では同志であり、ライバルとも言えるかもしれませんね。絶対に負けるつもりはありませんが。でも、恋人には見せられないけれどあなたになら見せることのできる顔というのも存在すると思うのです。私からすれば、それは羨ましいです。人間は理由を付けないと中々一緒にいることが出来ないものですが、あなたは希美と理由がなくとも共にいることが出来る。少なくとも私からはそう見えています。
あなたの青春の中の思い出の中に、私はあまり大きく入っていないかもしれませんけれど、それでも少しくらいは、それこそ景色の端にでもいることが出来たのならとても嬉しいです。夏合宿の時、すこし突き放すようなことを言ってしまって、ごめんなさい。それでもあなたが私のことを信じてくれたことは、今でも嬉しく思っています。あなたの大きな翼は青い空の上でこそ、その存在を発揮することが出来ることでしょう。希美はそれを見上げ、眩しさに目を細めつつも大地を駆けていく。そうして同じ方向に進んでいける。私にはもう得られないものです。青く、どこまでも蒼いあなたにしか出来ない音。未来を信じたあなたにしか奏でることの出来ない、硝子細工よりも繊細で吹き抜ける爽やかな風のように心を洗う音色を、私は尊敬と最大限の好意を持って愛しています。
結局同期の中で私と同じ奏者として舞台に立つ道を選んでくれたのはあなただけでした。まぁ、むしろこれが普通なのかもしれませんけれどね。私としては、ほかならぬあなたが、自分の選択の末にこの道を選んでくれたことを嬉しく思います。自分自身の世界をちゃんと持っていて、自分自身の演奏をすることが出来るあなたなら、きっと素晴らしい奏者として世界に羽ばたいていけるでしょう。先達としてそれを保証します。あなたの音色が空への道を躊躇する誰かの翼を広げる一助となり、輝かしい演奏に世界が気付く日を楽しみにしています。そうしたら、一緒に舞台に立ちましょう。一足先に待っています。
敬具
三月十三日
桜地凛音
鎧塚 みぞれ 様
追
私と希美の関係性を見守ってくれてありがとうございました。なんともご迷惑をおかけしてばかりな気もします。お詫びと言ってはなんですが、桜地家の防音室はご自由にお使いください。いつか結ばれる日が来ましたら、あなたにはいの一番に報告します。絶対に式には来てくださいね。あなたがいないと始まりませんので!
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、井上調宛
拝啓
春の日差しがきらめく頃となりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
あなたが……私や希美に思うところがあるのは重々承知していますが、それでもこの祝いの門出に文をしたためているのは、純粋に卒業を祝いたいと思ったからです。あなたがどう思うのかは分かりません。もしかしたら、読んで捨ててしまうかもしれません。それでも、押しつけがましいかもしれませんが私なりのメッセージを伝えておくべきだと考えました。ですので、少しだけお付き合いください。
二年生の時、私はあなたを許せないと言いました。あの時は確かにそう思っていました。でも、今はそういう気持ちはありません。どうしてなのか、私にも分からない部分があります。それでも私の心の中には少なくとも何のわだかまりも無いです。理由を考えた時に、それはあなたが希美をこの一年半近く、どういう気持ちであれ受け入れてくれたからだと思います。あなたは優しくしっかりした存在なのでしょう。それは今年一年のパートリーダーとしての振る舞いを見ていれば分かりますし、カレーをわざわざ運んでくれたことからも知っているつもりです。あなた的にはこんな事を言われるのは嫌かもしれませんが……。
どうしても上から目線の言い草になってしまうのはお許しください。それでも敢えて言うのだとすれば、あなた自身に自分を認めてあげて欲しいのです。希美に対して抱えている色々な感情はあると思いますが、それをいったん脇に置いてみて欲しいのです。あなたはちゃんと多くの後輩に慕われています。高橋さんを始めとする二年生たちは希美もそうですが、同時に最初から面倒を見続けてくれたあなたの事も大好きです。これは妹の談なので間違いありません。ストレートに好きだと言うのは、かなり勇気がいることだと思います。それが恋愛であれ、親愛であれ。
あなたは自分が思っているよりも素晴らしい奏者であり、自分が思っているよりも素晴らしいパートリーダーであり、素晴らしい同期でした。音楽で殴り合えという、ある意味で滅茶苦茶な事を言った私の言をそのまま実行してくれたことは、対等に見ようとしてくれたことは、希美にとって掛け替えのない出来事であり、同時にあなたは掛け替えのない存在だったことでしょう。そして今年一年、私にも多くの場面で協力をしてくれました。これまでの全てに深く感謝申し上げます。心より、あなたの未来が多くの祝福と幸運に満ちていることを願っています。
敬具
三月三日
桜地凛音
井上 調 様
追
妹が今年一年、大変お世話になりました。不詳の愚妹ではありますが、面倒を見てくださったこと、兄として深く御礼申し上げます。桜地家は受けた恩には必ず報いますので、何かあればいつでもお声掛けください。
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桜地凛音の卒業祝いメッセージ、傘木希美宛
拝啓
桜の開花が楽しみな今日この頃となりました。健やかにお過ごしのことをお慶び申し上げます。また、高校のご卒業おめでとうございます。
自分の彼女に卒業祝いのメッセージを送るのは普通なのか? と悩みました。こんな口調で書くのもどうなのかなとは思いますが、文面なので許してください。改めて考えてみると、ラブレターなんて一回も書いたことが無かったので、まぁそういう物だと思っていただければと思います。
まず何から書けばいいのか分かりませんが、最初にこの三年間を一緒に同じ高校で過ごせたことに感謝したいと思います。希美が私のことを高校生活へと誘ってくれなければ、きっと私は多くの出会いを経験することも無く、孤独な世界の中で未来への希望を抱くこともなく、ただ音を奏でるだけの機械になり果てていたような気がします。けれど、私は北宇治に来て、多くの人に巡り合えました。香織先輩や高坂さんもそうですし、滝先生や多くの後輩、同期、先輩たち。私の人生は確実に素晴らしい彩で満ちていました。これは、希美のおかげです。
転校してきた私に声をかけてくれた時、お世辞にもフレンドリーな対応ではなかったと思います。それでも話しかけてくれて、のみならず妹にも手を差し伸べてくれた。そして北宇治へと連れて行ってくれた。私たち兄妹はいくら感謝してもしきれないモノを貰い、そして希美の明るさや人間性になんども何度も救われてきました。希美が笑っていてくれればそれだけで満ち足りた気分でしたし、希美が苦しんでいる表情を見るのは私が傷つくよりも悲しかったです。
そんな風に思いながらも、一度喧嘩分かれてしてしまったこと、今でも後悔しています。それでももう一度リスタートすることが出来たのは、希美が私の手を掴んでくれたからに他ならないとも思っています。人間的な意味では最初から好感を抱いていましたが、それが初めて恋愛的な意味での好きになったのは、高二の文化祭の後の夜です。希美の寝顔を見て、綺麗だと思いました。それは今でも変わっていませんし、むしろより一層強く思うようになりました。希美の心の綺麗さが、多分表に出てきてるんだと思います。
そこから長い事想いを伝えられなくてごめんなさい。オーディションがあるから……などと言い訳していますが、実際のところは一歩を踏み出す勇気が中々持てませんでした。希美に嫌われてしまったら、離れてしまったら、もうきっと生きていけないほど苦しいと思ってしまい、前に進みだせなかったのです。それでも希美が自分の足で大地を駆け出したのを見て、私もこの想いを伝えないといけないと思わされました。希美の姿に勇気を貰って、私は自分の想いを叫ぶことが出来ました。その末にちゃんと約束を守って希美を全国大会に連れて行けたので、個人的にはそこにも安堵しています。とは言え、それは希美が諦めることなく努力を続け、高校生の枠を飛び越えた演奏力を掴み取ったからというのも大きいと思います。足掻きながらも前に進み続ける姿は、私や多くの後輩の尊敬するところです。
なにより、私が自分の家のことで苦しんでいる時、希美が私の背中を押してくれたことにとても感謝しています。希美がいなければ私は向き合うべきものから逃げていたことでしょう。あの時、一緒に歩んでくれると言ってくれたから、私は自分の人生の責任と向き合えました。長い事直視できなかったものと向き合い、長い事墓参りも出来なかった過去とも少しずつ折り合いをつけられたように思います。希美が手を握ってくれた時に伝わって来た鼓動と温かみが、私にとっては何よりの支えでした。
あなたと出会えてよかった。あなたが生まれてくれてよかった。私の人生における最大の幸運と幸福が何かと言えば、現時点ではまず間違いなくあなたに出会えたことです。でもきっと、これはいずれ更新されていくのでしょう。あなたと時間を積み重ねていく中で、その思い出や記憶が私の中の幸福の最大値をどこまでも引き上げてくれると思います。この出会いが運命なのかは分かりませんが、仮に運命で無かったとしても私はこの星の裏側からであろうと希美を探して、そしてまた好きになるでしょう。
希美と過ごせた時間はどれも輝いて、煌いて、宝石みたいな思い出です。大会や行事だけではなく、なんでもない毎日の教室も、部活の練習も、全部が忘れられない日々です。そこに、あなたの太陽のような姿と笑顔があり、その溌溂とした瞳が消せない光を放っているからです。出来る事なら、もっと二人の青春を積み上げたかった。皆と過ごす時間を送りたかったです。
制服に身を包み、同じ教室で過ごすことはもうないかもしれません。でも、これから先の人生では同じ家に暮らし、同じ時間を共有してくれると信じています。希美が私と同じ歩幅で前に進んでくれるのなら、私はきっとなんだって出来ることでしょう。あなたの全てが私の光であり、私の希望であり、私の生きる理由です。私と一緒に、人生を歩んでくれることを願っています。そしてその人生が幸福であるように、私自身も務めるつもりです。
音楽にとって指導者は欠かせない存在です。良い奏者も悪しき指導者に教わったのでは、その才能を開花させることなく枯らしてしまう事でしょう。だからこそ、他の人に打算なく手を差し伸べて、それを誇る事も無く笑いかけられる希美なら、きっと良い指導者になれると思います。希美が音楽と関わり続ける人生を歩んでくれたことを、あなたの恋人である以前に一人の音楽家として、そして吹奏楽部の指導者として誇らしく思います。そしてあなたの恋人として祝福します。希美の育てた教え子たちが、未来の良き奏者となって、素晴らしい演奏をこの世界に響かせ続けるのだと信じています。私に出来ることは多くないかもしれませんが、絶対にあなたの味方でいつづけます。だからどうか、隣にいてください。
私の想いを綴っていたら、なんだか凄く長いメッセージになってしまいました。それでも今ここに書いたことは、全て私が心の底から思っている事です。妹のことを見守ってくれること、感謝してもしきれません。本当に貰ってばかりです。知っての通り頑固で一途で自分を曲げられない面倒な子です。それでも私と同じく希美を家族として愛していますので、温かく見てくれると嬉しいです。
最後に何を書くか、迷いました。でも長々と書いたメッセージの最後くらい、シンプルな言葉で終わろうと思います。
希美へ、私の最愛のあなたへ、青空のような私の光へ。これまでの日々に最大限のありがとうを。そして、例え死が二人を分かつとも、永遠に愛しています
敬具
三月十三日
桜地凛音
傘木 希美 様
追
私の家の鍵を同封しておきます。あの屋敷にあなたとの思い出がこれからの刻まれ続けることを願っています。何年経っても、何十年経っても、私はあなたに恋をして、愛し続けるでしょう。だから、幸せや喜びを分かち合い悲しみも半分こして生きていきたいです。これからも、よろしく!