四月五日木曜日
無事に新歓が終わってよかった。でも、初心者だけじゃなくて経験者が入ってくれるかが重要だと思う。優秀な奏者供給源の南中、どんな様子? 今年はドラムメジャーの影響をもろに受けた全国出場世代のはずだけど
(奏)
コメント
鋭意調査中ですが、去年一昨年に何があったのかまでは把握してないですので、そこはご容赦ください(涼音)
所感としては? (奏)
今年一年苦労すると思います(涼音)
そっかぁ……(梨々花)
「新入生の皆さ~ん、ご入学おめでとうございま~す!」
やや大袈裟な気もするくらいの勢いで、奏さんはマイク越しに挨拶をした。新入生歓迎会兼部活動紹介の場は、インパクトを残して多くの新入生に来てもらうための大事なアピールの場だ。去年も塚本先輩がやっていたため、今年も副部長にお願いしようということになったため、奏さんがやっている。去年のあのビックリするくらい色物感満載だった楽器紹介よりは幾分マシだろうか。彼女、前に立つとおかしくなるのかもしれない。
ただビジュアルは凄く良いので男子からの反応は良い。男子部員もいてくれると音量面などでも助かることが多かった。後は申し訳ないけれど重い楽器の運搬などでも手を借りることが多い。
これまで数曲演奏したけれど、いずれもウケは大変良い。今年の定期演奏会係は鈴木君にお願いした。彼にお願いすることに不安がないわけではないけれど、大滝さんも横で見ていてくれるし問題ないと判断したこと、そして盛り上げが得意だという特徴を活かすためにはぴったりと考えたことの二点でゴーサインが出ている。
「私たち吹奏楽部は、去年なんとついに、念願だった全国大会金賞を獲得することが出来ました!」
全国大会の金賞。吹奏楽部のコンクールシステムに詳しくない人でも凄いと理解してもらえるワードだ。そのためか、大きな拍手が体育館を満たしている。拍手を貰えるというのはどんな時でも嬉しいものだ。部員たちの顔も誇らしげだし、奏さんも心なしか胸を張っている。尊敬すべき久美子先輩の獲得した最大の栄誉なのだから無理もないだろう。
「それだけではなく、先日沖縄県にて開業したアクアラークにはゲスト演奏をお願いされました! テレビで見てくれた人もいますか~?」
はーい、と幾つも声が上がる。流石は超大規模テーマパークだ。報道も全国ニュースだったため、その映像はあちらこちらに流れている。SNS全盛期になりつつあるとはいえ、それでもなおテレビの力は侮れない。全国津々浦々に北宇治の姿は晴れやかに流れたことだろう。
「私たちはコンクールだけではなく、こういう演奏会やイベントにも積極的に参加しています。みんなで一緒に演奏してみませんか? 初心者だけど……という方でも大丈夫! 優しい先輩が手取り足取り教えてくれま~す。去年の全国大会には元々初心者だった先輩も出場していたんですよ~。男子部員も大歓迎で~す」
あのルックスに釣られてホイホイ来ないかなぁ、なんてくだらない事を考える。実際男子部員からすれば男子仲間が増えてくれた方が嬉しいに決まっている。
「名残惜しいですが、次で最後の曲です。北宇治の演奏を最後までお楽しみください!」
奏さんが一礼すると大きな拍手が鳴り響く。それに迎えられるようにして、ガッチガチに緊張した三木さんが壇上に立った。吹部の面子だけならまだしも、全校生徒を前にするのは初めてなのだから無理もない。何百と言う視線が一斉に背中に刺さるのだ。顔を見れるならまだしも、背中を向けているためどういう顔で見られているのかも分からない。いきなり大舞台すぎたかもしれないけれど、いつかは慣れないといけない事でもある。
緊張しつつもぎこちなく指揮棒を構えた。私とアイコンタクトをしてから降り始める。金管の軽快な音とパーカッションのリズム、そしてトランペットの高速演奏が奏でられる。
「「「おお~~!」」」
一気に会場のボルテージが上がった。選ばれた曲は作曲は米津玄師、編曲が宮川成治、曲名は『ピースサイン』だ。週刊少年ジャンプの人気漫画『僕のヒーローアカデミア』では主題歌だったと聞いている。アニメや漫画には詳しくないけれど、鈴木美玲さんや吉川さんの強い推薦でこの曲になってたという経緯があった。2017年の年末には出版されていたのだが、入荷の都合で年度末ギリギリになってしまい、急ピッチで仕上げている。
それでも仕上がりは上々だ。今年は飛び抜けたオンリーワンは少ないけれど、平均点がかなり高い。これは狙い通りだった。課題曲全部を短期間で仕上げたり、ハードスケジュールを強いて来たけれど、これは全体のレベルを底上げしつつ一曲の習得にかかる時間を短縮させるという目的があった。それはちゃんと作用している。中央値が上がったことによる平均点上昇を確信していた。最高値が高くても中央値が低いのでは意味がない。誰かが引っ張り上げるより、先生がオーディションで迷いまくるくらいにしたかったのだ。
途中でクラップハンドを挟みつつ、演奏は大盛況。ところどころからは歌声も聞こえる。あまり流行りの曲には詳しくないけれど、いい曲だと思う。「僕たちは きっといつか遠く離れた 太陽にすら手が届いて 夜明け前を手に入れて笑おう そうやって青く燃える色に染まり おぼろげな街の向こうへ 手をつないで走っていけるはずだ」という歌詞はどこか秋子先輩っぽく感じる。
だとすると、「いつだって目を腫らした君が二度と 悲しまないように笑える」は久美子先輩だろうか。真由先輩の涙を拭うべく公開オーディションで堂々と言い放った言葉が蘇る。そう考えれば、あの宣言は彼女が理想を叶えた瞬間に掲げた部長としての勝利宣言だったのかもしれない。
演奏は大喝采の末に終わった。実際何人の部員が来てくれるかは不明だけれど、それでも好印象を残すことはできたはずだ。部の持っている印象は良いに越したことはない。長い時間練習するし、多くの場所を占領しているし、結果を出さないとあちらこちらで鳴り響く個人練の音に苦情が入りかねない。予算も大量に奪っているわけだし。
「なんとかなったぁ~」
ステージ横で梨々花さんはホッと息を吐く。アクアラークではまだ当時の三年生がいた分、今回は完全に現役生だけで行う初舞台だ。彼女なりに結構緊張していたのだろう。
「ドラムメジャーとしてはどうだった?」
「平均点が確実に上がっているって確信できた。狙い通り、かな」
私の言葉は梨々花さんの安心材料だったようだ。実際幹部の狙い通りに部が動いてくれているというのは彼女としてありがたい事だと思う。そうじゃない場合、どこかを見直さないといけないわけだし。
全国大会金賞を獲ることが可能な部に、という目標地点が定まっている分そこまでの道、必要な要素を逆算しながら進めて行けばいいのだから計画それ自体はそんなに難しい事ではない。手さぐりで積み重ねるよりも、ゴールからさかのぼる努力の方が得意だった。
「時間がない中だけど、特にトランペットとかよく仕上げてくれたかな。あの高音の連続は見せ場だけど難しいから」
「高坂先輩と秋子先輩に叩き込まれた技術は健在って感じだね~」
梨々花さんの言う通り、あの二人はちゃんと後輩に技術を伝授してくれている。小日向さんと浅倉さんには麗奈先輩が、貴水君やさやかさんには秋子先輩が、それぞれ叩き込んでいた。北宇治はクラリネットとトランペットが二代巨頭だった。その座から陥落させないようにとさやかさんが必死だったのはよく知っている。
「後は何人来てくれるかだけど……奏のアレで来てくれるかなぁ」
「……」
「黙らないで~」
「いや、だって……」
「言いたいことは分かるけど」
「おや、私の話?」
私はちゃんと役目を果たしました、と奏さんの顔に書いてある。いやまぁ、確かに役目は果たしていたし、去年よりは大分良いけれども。それでも何となく拭えない何かがあったのも事実だ。本人はいたって真面目にやっているのが何とも言えないものがある。
「アットホームさを前面に押し出したから。これで新入生もこぞってやって来ること間違いなしだから」
どこからそういう自信が湧いてくるのかはよく分からないけれど、確かに明るさみたいなのはアピール出来たかもしれない。ガッチガチにやってますという体育会系色を出すことも可能ではあったけれど、それは梨々花さんの目指している部活像とはズレがあるように思う。だからこそお固すぎない姿を披露できたのは良かった。私が司会では違った印象を与えていただろう。
『続いては軽音部です』
音楽系の部活ということで吹部の次は軽音部が演奏する番だった。揚羽率いる軽音部は結構学内人気も高い。与えられた時間は八分ほどだった。ステージ上にメンバーが姿を現すと在校生から歓呼の声が上がる。吹部とはまた違った種類の歓声だ。私たちもステージ上から拍手を送る。
「1、2、1、2、3、4!」
ドラムの子の掛け声で演奏が始まった。揚羽の奏でるギターの超絶技巧が会場を染めていく。北宇治は吹部だけじゃないぜ、と演奏で示していた。揚羽のドヤ顔が容易に想像できる。曲名は確か、『シュガーソングとビターステップ』。アニメ血界戦線のEDだ。今年の新入生歓迎会は全体的に大盛況の中で送られている。
隣で奏さんが部員が取られる……という顔をしながら複雑そうに手を叩いていた。
新歓の演奏も無事に終わり、新入生の勧誘は日に日に激化している。他の部活も吹部に人数を吸われないように必死だ。なにせ、吹部だけで随分な人数を持って行ってしまう。それを防ぐためには、矢継ぎ早な勧誘が欠かせない。特に女子が人口比的に多い茶道部や文芸部は死活問題だそうだ。多少そっちに興味関心がある子もこっちが引っ張ってしまう。実績と言うのは大きいのだろう。
昼休みにも直接一年生の教室で宣伝をしたり、廊下でチラシを配っている声が聞こえた。全国金の吹奏楽部はそこまで熱烈な宣伝活動をしないでも有名ではあるため、他の部よりは熱が少し冷めている。それでも後輩の勧誘に余念がない部員が多かった。
「軽音部はどう?」
「ボチボチって感じ。ウチが部長だし、誰も入ってこないってのもヤバいから、最低限確保できそうで安心してる」
「後輩一人とかだと可哀想だからね」
「そうなんよ。あずにゃんみたいになっちゃ悪いしね」
「誰?」
「けいおんだよ、けいおん! 知らない?」
「生憎」
そういうアニメがあるらしい。2009年なので、もう十年くらい前の作品だ。軽音部のアニメの中では金字塔だそうで、揚羽も漏れなく見ていたらしい。バンドアニメの火付け役、社会現象まで巻き起こした京都アニメーションの傑作、とは純一さんが後日教えてくれた話である。そういえば、この会社の本社はウチの家から徒歩二十分くらいのところにあった。
アニメに詳しい、とまではいかないにしろ見ているのは弟の影響だそうだ。オタクに優しいギャル、と純一さんは言っていた。それを聞いてなんだかイラっとしたのだが、それはまた別の話。
「あ、そーだ。ウチの後輩で一人吹部に興味あるって子いるんだよねぇ」
「後輩?」
「そそ。中学の後輩」
確か揚羽は東中だ。卒業した加藤先輩や同期の鈴木さつきさんの出身校でもある。
「あなたの後輩ってことは……まぁ、そういうコト?」
「ま、そゆこと」
「ウチの副顧問、松本先生なんだけど」
「そこはちゃんとしろって言っといたから、安心して~」
彼女基準のちゃんとがどういう感じなのかはよく分からないけど、少なくとも松本先生が朝から大激怒するようなファッションをしていないことを願った。揚羽だっていい顔はされていないし、松本先生からはたまに小言を言われている。指導室行きになっていないのは特筆した成績があるからだ。
「なんかホルンが良いって」
「ホルン? 第一希望でホルンは経験者くらいだけど……経験者?」
「ううん。ピアノは出来るけどね」
「初心者でホルン……まぁいいか」
去年も武川さんがいたし、思い返せば瞳先輩も元初心者だ。人数がそんなに多くないホルン隊なら先輩からの指導も受けやすいだろう。今のホルンは三年四人の二年二人だ。指導上は問題ない。屋敷さんも三木さんも南中出身の良い奏者。上手くやってくれるだろう。
「じゃあ、今日の放課後に練習教室に行ってみて。直接入部希望かつホルンが良いって伝えれば歓迎してくれるはずだから。教室は二年五組ね。屋敷さんにはこっちから言っておく」
「ありがと~。マジ感謝。昔っから面倒見てた子だからさぁ、やる気出してくれたってのが嬉しくて」
揚羽は人を見る目がちゃんとある人間だ。その彼女が送り出す以上、そこまで問題のある人物ではないと思う。癖はありそうだけれど、ホルン隊なら多分大丈夫なんじゃないだろうか。そんな気がした。そもそも去年の三年生からしてちょっと癖はあったし。特に瞳先輩は。
「失礼します!」
昼休みの三年七組に凛とした声が響く。声の主は私のドラムメジャーと言う意味で直属の後輩である三木さん。こう見えて、というのは違うかもしれないけどトロンボーンの山下さんと同じアイドルグループのファンだそうだ。同期の武川さんとも仲良くしているし、二年生の間で悪い話は聞かない。義井さんと並んで中心核だった。
「お、よっちゃん元気そうだねぇ」
「園崎先輩も、お食事中失礼します」
「いいよ~、お涼でしょ?」
「はい。涼音先輩、いいですか」
「もちろん」
私と普段一緒に行動していることが多いせいか、それとも目立つキャラクターだからなのか、揚羽の存在は私の後輩や同期にも認知されていた。
「頼まれていた調査、終わりました。今年の南中吹奏楽部出身者で吹部入部希望者は計七名です。メンバーは以下の通りですね」
「……なるほど」
三木さんの渡してきたメモ書きを見る。全員当然見知った名前だ。これは大変だぞぉという感想になる。
「感想は?」
「よくこの面子で来たなぁという感じですね。全然示し合わせてなかった人が結構いそうなのが何とも」
「全くです。私がいなかった一昨年、つまりは義井さんの時代はどうでしたか?」
「サリーは嫌われてはいませんでしたし、一応言う事は聞いていました。ただ、あの性格なのでちょっと舐められてはいましたね。特にこの辺からは」
三木さんがメモ上の名前をトントンとする。
「義井さんの後任は誰が?」
「倉森さんですね。彼女は秀塔に行きました。副部長は鈴谷さんが」
「苦心の跡が見えますね。出来れば抑えに倉森さんにもこっちに来てほしかったですが……こればっかりは仕方ないですか」
「はい……」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
「いえ、私から見ても後輩ですから。何か出来ることがあれば仰ってください。サリーも気を揉んでいますので」
「えぇ、もちろん」
私と揚羽に一礼して、三木さんは教室を後にする。染みついた礼儀は吹奏楽部の教育の賜物なのか、未だに消えぬ南中時代の残滓なのか。何とも言えないところだ。
「人事も大変だ。こーいうのを見てると少数精鋭の軽音万歳って感じ」
「拗れると仲裁役が少なくて大変そうだけど? バンドの言う音楽性の違いで解散って、大体は痴情のもつれかお金のトラブルって兄さんが言ってたよ」
「うわ、急に刺してくるじゃん桜地センパイ」
沢山人がいる、ということはその人数だけ揉め事の数も多くなるという事を意味する。逆に言えば、仲介に入れる人数も多くなる。パートが違えば関係性も消える事だってあるし、反対にパートを横断して仲良くなることもできる。選択肢の多さ、という点では大人数にも良さはある。結局のところ一長一短なのかもしれない。
まだ確定ではないとはいえ、優秀な奏者であることは間違いない。純粋な演奏面から言えばぜひとも来てほしい面子だった。今すぐメンバー入り出来るであろう存在、つまりは即戦力が揃っている。これはとてもありがたい事ではあるけれど、それは同時に三年生にとってただでさえ狭き門を狭めることを意味する。
「三年間メンバーに入れなかった子に、私たちは何を提供できるんだろうね」
「それってお涼が提供しないといけないものなん?」
「幹部だから」
「それはそうかもだけど……部活にいた価値とかって自分で見つけるもんじゃない? 大会だけが全部じゃないし、大会だけが音楽じゃないっしょ」
「そう、だけどね」
それはそうなのだ。揚羽の言う事は正しい。大会だけが全てじゃないし、大会に出るだけが音楽じゃない。吹奏楽部であって、コンクールで金賞を獲る部ではないのだから。目的は吹奏楽をすることであって、大会はあくまでも手段にすぎない。それは重々承知している。ただ、その手段を目指して走ってきた人にこれを告げても納得してくれるかは分からない。
今までは突っ走るだけで良かった。今後はこれを考えないといけないのかもしれない。全国大会金賞を目指すことが本当に正しいのか。その過程の中で色々な想いを抱えるであろう人たちにどう向き合っていくのか。去年の幹部もこれを考えていたのだろうか。少なくとも久美子先輩はコンクールだけを目指すことに対し何かしら思うところはあったように感じる。ただ、それにどう答えを出したのかは分からなかった。
フルートに与えられた練習教室は二年二組だった。フルートは持ち運びがしやすい関係で、比較的音楽室から遠い教室を与えられがちだ。例年この新入生勧誘期間はまだサンライズフェスティバルや大会関連の曲は練習していない。
ただ、この辺りはパートリーダーの方針にもよるだろう。早いところだと課題曲の譜読みなどを始めているところもある。経験者になった上級生がしっかり一年生に指導を行えるようにという意図がある。これに関しては各パートの自主性に任せていた。
フルートは基礎の確認と四月下旬に予定されている依頼演奏の曲練習だった。とは言え、曲練習は知っている曲ややったことのある曲ばかりなのでそこまで根を詰める必要は無い。ドラムメジャーとして走り回る必要がある都合上、パート内の練習のイニシアティブはパートリーダーの成美さんなどに任せるしかなかった。
「量と質はとにかく重要な二つの要素です。音質だけではなく音量も無いと、フルートはカットされてしまいます。ただでさえ低音などに人を割かれるので、メンバーが削られる可能性が高いですから意識するようにしてください」
「「はい」」
二年生の二人が今年メンバーに入れるかは分からない。三年生は多分どうにかなるだろうとは思っているけれど、二年生を一回も大会に出さないまま三年生にさせてしまうのは不安だ。片方とかならまだしも両方ともなると余計に。経験はバカにならない部分がある。あの名古屋の大ステージは、あそこに立つことでしか得られないモノを持っているのだ。
「音を前に送り出す意識を持つように。必要なのは飛び抜けた演奏を一回こっきりすることではなく、再現性です。何度やっても同じ演奏が出来るようにセンスに頼り切らない演奏をしましょう」
二年生だけではなく全体に向けても話を進める。純然たる事実として、このパートで一番上手いのは現状私だ。もちろん油断していては脅かされてしまうけれど、油断するつもりはサラサラない。抜群の奏者だった希美先輩や兄さんの教えを叩き込まれてきた沙里先輩には負けてしまったこともあるけれど、ドラムメジャーとして他の部員に劣らない演奏を行えている自信はあった。
「取り敢えずここまでにして、一回休憩に――」
そう告げたタイミングでノックの音がする。同期や二年生の子ならノックしてすぐに開け放つので多分違うのだろう。フルートはトランペットほどではないにしろ人気のあるパートなので、見学の可能性が高い。
「はい、どうぞ」
成美さんも頷いてくれたので、入室を促した。失礼します! と大きい声が響いて扉が開け放たれた。黒髪をハーフアップにしているその立ち姿は、自分がどう見えるのかを熟知している。淡い桜貝色の小さい唇も、割かし豊かに持ち上げられた胸元も、男子受けがよさそうな様相を呈していた。随分と成長してはいるけれど、私はこの子を知っている。同じ南中だった香奈さんも当然知っていた。
胸元のリボンは赤。それは沙里先輩たちを思い出させた。彼女は入室して私の存在を視認するや否や、速攻で駆け寄って来た。
「お久しぶりです、涼音先輩! ずっとお会いしたかったです……ッ! まだまだな身ですけど、この私、涼音先輩のお役に立てるように全力でやるべく馳せ参じました!!」
「はぁ……それはどうも……」
グイっと顔を近づけてくる彼女を押し返した。身長的には私の方が高いのに、どういうわけか気圧されてしまう。多分オーラとかそういう部分の問題なのだろう。この感じは多少在学中にもあったにしろ、卒業して数年経ってより強化されてしまったような気がする。
南中は全国金→全国銅→全国銅という推移で今年まで来ている。全国に出れているだけでも上澄みなのだけれど、私の世代の金賞が何かしら良くない遺産になっているような気がしてならない。
「あの~、どちら様かなぁ?」
「こちらはどなたですか?」
「パートリーダーの平石成美さんです」
「あぁ、すみません」
問いかけた成美さんに対し、向けられた言葉の覇気はあまりない。パートリーダーである成美さんのことをどう思っているのか、私にはなんとなく察せられてしまうのが面倒だ。他のメンバーは特段何も気付いていないらしい。その辺は上手く覆い隠せている、つもりなのだろう。上手いなら正義、という価値観は南中で醸造されているのかもしれない。特にこの世代では。
「ごめんなさい、興奮してしまって~。元宇治市立南中学校吹奏楽部副部長、
手を合わせて少し高めの声で言う姿からは繕っていますというオーラが醸し出されている。流石にそこら辺は多少隠せるようになったみたいだ。中一の時はそれはもう、色々と酷かったので一回ちゃんと呼び出してお話をした記憶がある。そこはかとなく今も色々なものを舐めているような感じがするのは、私の先入観なのだろうか。
「そっか、詳しい自己紹介とかはまた一年生の楽器が全部正式決定してからするんだけど、取り敢えず私はパートリーダーの平石成美です。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします。涼音先輩はどういう役職なんですか? もしかして、また部長を――」
「私はドラムメジャーです」
なんか余計な事を言いそうだったので、私は彼女の言葉を遮って答えた。彼女たちの中で私がどういうイメージなのかは何となく理解しているし、個々人に想いが色々あるのだろうけれど、今の北宇治の部長は梨々花さんだ。そこは理解してほしいし、しっかりとリスペクトを抱いて欲しい。当然、同期先輩に拘わらず全ての奏者に対しても。
「ドラメ? 北宇治って立華と違って座奏中心って聞いていたんですけど……」
「北宇治でのドラムメジャーは音楽面での指導を担当する学生指揮の意味合いが強いんだよ」
「あ、そうなんですね! てっきり涼音先輩を閑職に追いやってるのかと思いましたよ~」
いきなり吐かれた毒に成美さんは「おぉ……」という顔をする。香奈さんはため息を吐いていた。つみきさんはあんまり気にしていない。彼女だけはいつも通りだ。二年生二人も顔を見合わせている。一見するとゆるふわな今時女子という感じなのだけれど、その中にどういう人格が存在しているのかは何となく掴んでもらえたと思う。
「先代の高坂先輩からの直々の指名だからね。我がパートの頼れるエースだよ~。負けないように頑張っていこうね」
「はーい」
成美さんがいい感じに話の雰囲気を戻してくれたおかげで場の空気は維持されている。他の奏者はあまり眼中にはないようだけれど、それでも返事をしているだけマシかもしれない。要求しているレベルが低すぎるだろうか。黙っていれば可愛いだけなのに、とは思ってしまう。まぁでも初期のハリネズミみたいだった(兄さん談)の麗奈先輩よりはましかもしれない。
中学と高校は奏者のレベルも指導のレベルも全然違う。井の中の蛙とまでは言わないけれど、色んな演奏を見聞きして考えを変えてくれることを祈った。さて、どうしたもんかと言う顔で成美さんが思案している。鈴谷さんはチラチラと私の方を見ながら指示を待っていた。この子はなんでこんな感じなのだろう。その精神性だけはイマイチ分からない。もしかしたら、過去の私と同じ状態に陥っているのかもしれないと、嫌な想像をした。
架空の希美先輩を勝手に創造してモデルケースにしていた、あの頃みたいに。
「即戦力は大歓迎だからね。じゃあ、早速だけど入部の意思が固いなら部長に報告するから名前の漢字とクラス教えてね。入部届も渡すから」
「分かりました」
取り敢えず一人は部員を確保、という事になった。その時、人影が開けっぱなしだったドアのところに差し掛かる。うるさかったかな、と思ったけれどその人物はドアの前から教室の中を見回していた。私たちの手元にフルートがあったことから、安堵したような顔で胸をなでおろす。黒い長髪とピンと伸びた背筋は麗奈先輩に近いものを感じる。そして、静かに口を開いた。
「すみません。その入部届、私も貰っていいですか」
「あなたもフルート希望?」
成美さんの言葉に彼女は頷いた。少し冷たさを感じる眼差しだった。それでも所作からは丁寧さ、育ちの良さのようなものを感じる。そして、彼女は起伏を感じさせない口調で挨拶をした。
「一年七組、柏市立酒曽根中学校出身、一条……
<北宇治高校吹奏楽部・新一年生部員紹介 No.1>
フルートパート
名前:鈴谷
誕生日:4月15日
性別:女性
星座:牡羊座
出身地:京都府宇治市
身長:160㎝
血液型:B型
好きな色:赤
担当楽器:フルート。演奏出来る楽器はピアノ
好きな曲:リズと青い鳥
趣味:ファッション研究とカフェ巡り
得意科目:現代文、英語
苦手科目:数学、物理
特技:体内時計が正確
尊敬する人:桜地涼音
好きな物:可愛いモノ、自分への褒め言葉
嫌いな物:自分より優秀な人、どんくさい人、コイバナ