四月九日月曜日
なんか自称天才の一年生がトランペットに来たって聞いたんだけど……(梨々花)
コメント
どうせ南中でしょ。ね、ドラムメジャー(奏)
はい。すみませんでした(涼音)
さやかちゃんが凄い困惑してたよ(梨々花)
目に余るようならトップエースの演奏を叩き込みましょう(涼音)
そんな自信喪失RTAみたいな……(奏)
「今後一年を左右するであろう自由曲の決定方法について考えていきたいと思います」
間もなく正式に新入生が入部するのに際し、パートリーダー会議が開かれていた。一年生はまだ代表がいない。一年生も後に学年リーダーを決めてもらい、ゆくゆくはこの会議に参加してもらうことになるだろう。果たして誰がその座に座るのかはやや心配なところもあった。
「現状のアイデアとしては、自由曲を従来通り先生に任せるか、我々幹部三人だけで決めるか、部員全員の投票に委ねるかの三択です。部長、まずは方針を」
「うん。私の方針は変わらず、なるべく全員で進んでいける形を望んでます。なので曲決めは幹部三人ではやりたくありません。先生に任せるか、みんなで投票するか。そこの二択だと思って欲しいです」
「分かりました。ではこれに関してはその二択に絞り考えていきましょう。何かご意見のある方は?」
私はこの場にいる面子をぐるりと見まわした。北山君が手を挙げる。
「俺としては先生に任せるで構わないと思う。コンクールでの勝ち方に関しては先生の方が詳しいし、全体像から細かい部分までちゃんと把握して考えられるはずだ」
「一年生とか初心者の子に、どこまでコンクールの事を考えた投票が出来るかってのは分からないよね~。どこのパートがどういう状況なのかちゃんと把握してるのって、上級生でも多くないだろうし」
葉加瀬さんが北山君を補うように言葉を続ける。
「先生が候補を出す以上、どれでも最悪大丈夫だろうけど、それでも曲によって編成とかも全然違うから……。そこも考えないと厳しいとは思う」
鈴木さんも冷静な意見だった。実際言っていることは正しい。
「責任の分散には反対せざるをえません。人気投票と化す可能性もあります」
三木さんがピシャリと言った。彼女は結構ちゃんとこういう場で冷静な意見を言ってくれる。普段はもっと優しく明るい生徒なので、努めてこういう風にしているのかもしれない。
「でも、他の学校ではそういう風にしているところもあるんじゃない?」
流れが片方に傾きかけた時にさやかさんがストップをかけた。
「他校ってどうなのかなぁ」
「あの、龍聖や秀塔は部員が決めている部分が大きいって聞きました。逆に明静や立華は顧問が決めていると……」
「後の二つはどっちも負けてんじゃん」
「葉加瀬さん、ライバル校には敬意を払いましょう」
「ごめん」
義井さんが折角情報をくれたので、委縮させては今後に響く。葉加瀬さんは悪い人ではないけれど言葉が強い時があるので、こうして止めておかないといけない部分もあった。
「でも勝ってる学校の判断に生徒が関わってるってことは、こっちで決めるのが正解ってコト?」
「それはちょっと短絡的すぎないか? たまたま秀塔や龍聖にそれが出来る部員がいたって可能性だってあるだろ?」
葉加瀬さんの迷う気持ちも分かる。確かに成果を出している学校は生徒の決定権が強い部分があった。ただ理論の話をするのなら北山君の言う事も正しい。秀塔の方しか知らないが、去年の曲は学生指揮の三鷹さんからの強い推薦で決めたそうだ。彼女が優秀であるというのは間違いない。兄さんもそう言っていた。
「大事なのは、生徒が選んだり生徒が決定に一部でも関わっている学校でもちゃんと成果が出せるっていう事じゃないかな」
「確かにそれはそうかも」
内田さんの言葉に成美さんが大きく頷いた。屋敷さんも同調している。
「みんなで候補曲を聴くときに、先生に曲の解説を一緒にしてもらうってのはダメなんでしょうか……。それなら人気投票に走ったりしないで、一応全員視野を広げつつ投票できると思うんですけど……」
義井さんが自信なさそうに言った言葉はかなり良いアイデアだと思った。先生だって音楽教師だし、これまで何曲も指導を行って来た指導者でもある。それぞれの曲がどういう特徴を持っているのか、コンクールに向けての練習ではどこがポイントになるのか、それをしっかり説明してくれるはずだ。先生をドンドン利用していくスタイルはありかもしれない。去年は顧問と生徒の距離が遠ざかりすぎた。その反省は活かさないといけない。
「良いアイデアだと思います」
「だね」
私と梨々花さんの言葉が義井さんの意見を後押しする。
「加えて言えば、ドラムメジャーがしっかりとした経験と視点を持っているでしょうから、そこも同時に加味してきちんと情報を与えたうえで投票、という形になるのがベストでしょう」
奏さんはどちらかというと先生に任せる派だったように思うが、それでも義井さんのアイデアで行けると判断したらしい。
「涼音先輩はどんな曲でも問題ありませんか?」
「それが私の仕事ですので。幸い頼れる身内も二名ほどいますし、最悪どうにかします」
「分かりました。涼音先輩が問題ないと仰るなら、私も可能だと思います」
三木さんも同意する。北山君や鈴木さんもそれならという態度だった。義井さんは南中の後輩なので、そこら辺多少甘くなるのもあるかもしれない。
「では、今のサリーちゃんと奏の意見を総合しつつ、部員による投票で決定する事にしたいと思います!」
「「「はい」」」
自由曲の決め方変更は北宇治における大きな変革になる。毎年何かしら新しい事を取り入れつつ進化を続けて来た。後になって振り返ってみるとどうなるかは分からないけれど、何かを良くしようとチャレンジする姿勢は欠いてはいけないのだろう。
ともあれ、これで梨々花さんの理想に近い形になったのではないだろうか。
新入生勧誘期間が終了する。それは吹奏楽部にとっては楽器決めの訪れを意味していた。音楽室には多くの一年生が集められている。既にパートが決まっている人もいるし、まだの人もいる。経験者も初心者も取り敢えず一緒くたに集められていた。
その表情は様々だ。自信に満ち溢れている人もいれば、不安そうな人もいる。期待に目を輝かせている一年生も散見された。その瞳が曇らず、その期待が後悔に終わらないことを願う。同時に上級生の顔も様々だ。どういう子が来るのか、これから一年どういう風に関係性を築いていくのか。それも思案しないといけない。人気のトランペットなどは選抜がある以上、何人採用するのかも考える必要がある。
「多いねぇ」
「一年生だけで三十二人。合計すると百一人」
「百っ……!?」
三年生が四十四人、二年生が二十五人、一年生が三十二人。我が部はついに百人を超えた。全校生徒数の数分の一がこの場に集っている。そしてそのリーダーである部長が梨々花さんだ。大分難儀な年に当たってしまったのかもしれない。幹部三人で百を超える人数を統率するのはまずもって不可能だ。だからこそ、パートリーダーたちとの緊密な連携が必要になる。
その人数に目を回しつつも梨々花さんは前に立つ。大きく息を吸い込んでいる。前に彼女が立ったことで自然と話は止まった。二三年生が率先して空気づくりを出来ている。ここが緩いと一年生も梨々花さんを舐めてしまう可能性がある。だからこそ、しっかりと空気を作るように指示をしてきた。
「こんにちは!」
「「「こんにちは!」」」
一年生の声量が大きい。吹奏楽部特有の大音量挨拶だ。経験者が多い証だろう。
「今日ここにいるみんなは、私たち北宇治高校吹奏楽部の仲間になってくれるということでこの場に来てくれたんだと思います。まずは、私たちと一緒に演奏したいと思ってくれてありがとうございます。私は部長の剣崎梨々花です。りりりんとも呼ばれています。気軽にそう呼んでください。これから一年間、よろしくお願いします!」
頭を下げる彼女に大きな拍手が起こる。こういうところでも上級生が雰囲気を作成していくのだ。北宇治の雰囲気や感覚というのは経験者であろうと初心者であろうと、一年生にとっては等しく分からないものだ。だからこそまずは最初が肝心である。
「顧問の滝先生からは後で挨拶を貰いますので、それまでちょっと待っていてください。まずは先に楽器の決定を行いたいと思います。経験者だよっていう子、既にこのパートに内定済みっていう子もいるとは思いますが、分からないよっていう子やパートを変えてみようかなっていう子もいると思いますので、説明をしていきます」
吹奏楽部には多くの楽器がある。普段使わないだけで、大会の規定上使用できる楽器も多い。ハープなんかはレンタルしないといけないし、フルートやトランペットにも細かい種類が色々あるのだ。梨々花さんは前日まで頑張って練習していた通りに金管楽器や木管楽器、打楽器、リードの話などをしている。弦楽器はコントラバスしか使えないのは日本吹奏楽連盟のルールだ。なので、私のバイオリンは出る幕が無い。
「吹奏楽部にはたくさん楽器があります。どんな楽器になっても演奏の中でいらないものは一つもありません。全員の音が合わさって、一つの音楽になるんです。だから、もしかしたら希望じゃない楽器になっちゃうかもしれませんけど、でもガッカリしないでまずは手元にあるその子に向き合ってみてください。ではまず例年通りトランペットから」
「はい」
今回の楽器紹介はパートリーダーのさやかさんや最大戦力の小日向さんではなく、浅倉さんが担当していた。引っ込み思案なところがある小日向さんよりは音大を視野に入れている彼女の方が適任という判断なのだろう。構えられた金色のトランペットは堂々と光り輝いている。特有の高音で奏でられたのは、多くの子供を世界を救う冒険に駆り立てた名曲『ドラゴンクエスト序曲』だ。秋子先輩の得意曲でもある。始まりの唄であるから、この場には相応しい。
「トランペットはご覧の通りに最高音を出す金管楽器です。華やかな音は良くも悪くも目立ちますし、楽曲の中でも花形として扱われることも多いです。前に出る気持ちや譲れない信念を持つ人、カッコよく演奏したい人は門を叩いてください。ただ、知っている人もいるかもしれませんが、北宇治高校吹奏楽部のトランペットパートは世界一の奏者のお膝元でもあります。部内最高峰の演奏を期待されています。このパートに来る場合はそれを覚悟して欲しいと思います。以上です」
今の三年生は兄さんの指導を受けている。しかも二年分だ。去年はいないことも多かったけれど、二人のトップエースが見本となる演奏を毎日浴びせていたし、叩き込まれたメゾットをしっかり伝えていた。なので、全国有数規模で演奏が上手い集団になっているのは間違いない。
ホルン、トロンボーン、サックスと紹介がされていく。そして次の担当はユーフォだった。これは今回奏さんが担当している。性格的な部分が大きいだろう。
「低音パート所属、副部長の久石奏です。私が持っているこの楽器がユーフォニアムです。丸みを帯びた柔らかいシルエットと音色が素晴らしい楽器です。知名度こそ低いですが、その音は演奏には絶対に欠かせません。雅で美しいメロディーのように、この楽器を担当する人は性格がいいです。私のように」
「ハハハっ」
私の乾いた笑いに釣られて部員たちも笑っている。奏さんは心外だ、という顔をしているけれど、鏡をよくよく見てから話すと良いと思う。まぁでも去年のドン引き楽器紹介よりは幾分もマシだ。あのNHKの子供向け番組みたいな喋り方は極めて評判が悪いので封印していて欲しい。副部長が色物と思われてしまう。
とはいえ、自分の担当楽器であるユーフォの説明なので手を抜かずにやっている。チューバは鈴木さつきさん、コントラバスは月永君が紹介していた。前者は一見した時の親しみやすさから選ばれたのだろう。月永君は彼しか奏者がいないのでやむを得ない部分がある。誰か一人くらい経験者か希望者が来てくれることを切に願った。せっかくの川島先輩の技術が受け継がれないのは勿体ない。
そしてフルートの番がやって来る。幹部はここで自己紹介も兼ねるという目的があるため、私が去年同様紹介担当だった。前に立つと「涼音部長……」という声が小さく幾つか聞こえる。もう部長ではないのだけれど、消えない物はあるらしい。あまり良い事とは思えなかった。内心でため息を吐きつつ愛器を持つ。
「私がドラムメジャー担当、桜地涼音です。ドラムメジャーはマーチングの先頭に立つ以外にもこの部では演奏指導などをメインに担当しています。他校では学生指揮とも言うそうですが、この部ではドラムメジャーという名称で統一しているのでご理解ください。さて、私の手元にあるのがフルートです。息を吹き込み、音色を奏でる。実にシンプルではありますが、それ故に奥深い楽器でもあります。百聞は一見に如かず、まずはお聞きいただきましょう」
相棒に口をつける。この子を兄さんに買ってもらってから今年で三年目だ。去年の経験を経て、私の手によく馴染んでくれている。銀色の輝きはケースを初めて開けたあの日から変わらず健在だった。
演奏する曲は知名度を考慮し、『やさしさに包まれたなら』にした。ジブリの名作『魔女の宅急便』に登場する曲だ。優しい音色に素敵な歌詞が特徴だ。エリザベス二世と名付けているのに相応しい演奏は出来たと思う。同時に、部内でもトップエースと呼んでもらって差し支えない技術を示せたと思う。
部員の様子をチラリと伺うと、南中組は歓喜という顔だ。まぁそれはどうでも良くて、一条さんの方を気にしてみる。相変わらず表情は乏しいけれど、少し瞳孔が大きくなっていた。一応認めてくれたのだろうか。私とて受け継いだものはあるし、プライドもある。一年生にちゃんと実力を示せたかは気になる部分だった。
「優雅に、華麗に、大胆に。希望から嘆きまで、燃えるような恋情からさやけき月光まで。あなたの込めた想いに応えてくれるのがこの楽器です。ともに、素敵な演奏を作り上げましょう。皆さんの来訪を楽しみにしています」
大きな拍手で紹介は終わる。さて、これで何人来るだろうか。流石に鈴谷さんと一条さんの二人は厳しい。間に最低一人はいないとパートの空気が苦しくなってしまいそうだ。クラリネットは北山君が、パーカッションは東浦さんがそれぞれ紹介をする。ラストは梨々花さんがダブルリードの紹介をして終わり。これにて全ての楽器紹介が終わった。ここからは本決定の時間である。
「じゃあこれから楽器きめをしてもらいます。まず初めに第一希望に行きましょう。人数が多ければ第二希望以下に移ってもらう可能性もあります。そこはそのパートの先輩に従ってください。マイ楽器を持っている子や経験者の子などは割り振りに加味しますので、それも伝えてください」
「「「はい!」」」
「全部決まったらパートの代表は伝えに来てください。私はダブルリードのところにいまーす。じゃあ、レッツゴー!」
梨々花さんの支持で一年生たちが一斉に動き出す。大人気なのはやはりトランペット。金管の花形にして、吹奏楽部と言えば真っ先に名前が上がることも多い。早めに入部希望を申し出てくれた内定者もいるけれど、逆に経験者だけれどこの日まで待っていた子もいた。そういう子は楽器変更の可能性を持っているのだろう。
フルートのところには内定者二名がいる。鈴谷さんは近付く私の姿を見て、露骨に姿勢が良くなった。一条さんは自然体(?)のままでいる。有名な楽器の割にあまり希望者が来ないのがフルートだ。大体初心者ではなく経験者が来る。そして今回も例に漏れず、一人の一年生が近付いてきた。
「こんにちは! フルート希望です!」
「は~い、いらっしゃーい」
成美さんは明るく迎え入れる。結構明るめの茶髪をサイドテールにした活発そうな子だった。元気いっぱいの体育会系、という感じがある。フルートパートには珍しい子かもしれないが、どういう演奏をするのか楽しみでもある。そういえば、まだ一条さんの演奏も聴いていなかった。
「ん? 星莉花?」
「あ、萌花ちゃんじゃーん! 久しぶり~」
「ホントに久しぶりじゃん。小六の時以来だから……もう四年ぶりか。同じ高校なら言ってよ」
「ビックリするかなぁと思って、サプライズしちゃった」
「まったく、もう……」
「鈴谷さん、お知り合いですか?」
「はい! 私の幼稚園から小学校まで毎年同じクラスだった幼馴染です」
「なるほど」
これは好人材ゲットの香りがした。成美さんたちも同じ感情のようで、上級生組は見合わせた顔に皆同じようなことが書いてある。この子は初心者であろうとも確保しないといけない。絶対面倒なことになる鈴谷さんと比較的関係性があり、仲が良さそうな子なんて逃がせるわけがない。うっすら他者を下に見ている鈴谷さんも、彼女とは普通に話していた。
「本多
「ううん、気にしないで。これから一緒にドンドン上手くなっていこうね」
「はい!」
素直でいい子だ。他に希望者もいなそうだし、そもそも三人いればパートとしては回っていく。第二希望以下でフルートに来る子は例年いないので、もう確定とみていいだろう。本多さんの指導担当は香奈さんが担うことになりそうだ。素直そうな子なので、多分そこまで問題なく回せると思う。
安堵しつつ、他のパートを確認する。大人気のところはよくて、大事なのは低音やダブルリードにちゃんと人がいるかだった。低音は三人ほど人影が見えるし、ダブルリードにも二人くらいいる。これなら特段問題無さそうだ。人数がいる利点は、誰も新入生がいない楽器を作らないことにある。誰もいないとなると、梨々花さんみたいに二年生なのにパートリーダーということになりかねない。
最終的に、トランペットが三人、サックスが五人、トロンボーンが三人、ホルンが三人、低音が三人、フルートが三人、クラリネットが六人、ダブルリードが二人、パーカッションが四人となった。低音は各楽器一人ずつ割り振れたようだ。若干音量面に不安はあるが、何とかなるように仕上げればいい話だ。ダブルリードもオーボエとファゴットで一人ずつ配置できている。
ここから新しく始まっていくのだ、という予感をひしひしと感じさせつつ、楽器決めは無事に終わりを迎えられた。
「北宇治では基本、平日はパートごとに分かれて練習をしています。パート練習に使う教室はほぼ固定されていますが、日によっては使えないこともあります。そういう時は別室になるので、各自連絡をしっかり確認してください」
「「「はい」」」
「個人練習の時間はパート練習の教室で行わなくても大丈夫です。自分の好きな場所で、ただし集合時間に遅れず他の人の迷惑にならない場所を使ってください。私はこの階の廊下、副部長は校舎裏、ドラムメジャーは屋上か藤棚にいることが多いので、探したいときはこの辺を探すと楽かもしれません」
元々久美子先輩が使用していた練習場所は、今は奏さんの場所として継承されている。それぞれお気に入りのスポットがあったりするわけだ。トランペットは渡り廊下とかでやっていることが多いし、逆にホルンは練習教室から出ないことが多い。そこも個性だった。
「休日練習は日によって時間が違うことがあります。プリントにも配りましたし、全体グループでも共有しておきますけど、ちゃんと確認してください。休む時はちゃんとパートリーダーに連絡を入れましょう。パートリーダーは幹部と先生に連絡してください」
「「「はい」」」
「では次に――」
「遅くなってすみません」
梨々花さんの声を遮り、滝先生が入室してくる。多分この時期なので職員会議だろう。兄さんの世代の学年団に配属されていた滝先生は、今の二年生の学年団に配属されている。四月というのは生徒だけではなく先生も忙しい時期だった。
先生の姿を視認した一年生の中にはひそひそと話をする姿もある。これまで三回全国大会に出場してきた名顧問として認知されているのは言うまでもない事だった。赴任してきてから毎年一回も欠かさずの結果なので、より一層期待されている事だろう。今年は麗奈先輩がいないので、その黄色さを孕んだ声にも反応する人はいない。
「お話し中でしたか?」
「大丈夫です」
「そうですか、それはどうも。顧問の滝昇です。教科は音楽を受け持っています。学年団は二年生ですので、一年生の皆さんとは授業と部活動でお会いすることになると思います。これから、よろしくお願いします」
「「「お願いします!」」」
「では、部長」
「はい」
この後の流れは毎年一緒だ。楽器決め、顧問の挨拶の後はいつも今年の目標を定めている。強豪校と呼んで差し支えない成果を出している現状でこれを改めて問い直すことに対し、疑問の声もあった。自明ではないのか、と。それでも我らが部長はその意見を珍しくすぐに跳ねのけた。通過儀礼にすぎないとしても、答えの決まっている問だったとしても、やらないよりはやる方がいいのだと。私もそれには同感だった。押し付けた目標に意味はない。
「ここからは最後に決め事をします。今年一年、この部がどういう方針で動いていくのか、です。全日本吹奏楽コンクールが多くの吹奏楽部のメインイベントです。北宇治高校は一昨年に全国大会銀賞、去年は全国大会金賞を獲得しました。北宇治高校では、活動の目標をみんなで決めています。コンクールでいい結果を出すことをメインにするのか、それとも何か違う目標を決める、それこそ上を目指さない方針にするのか。どちらが正しいという事はありません。去年までは全国大会金賞を目指そうという目標だっただけのことです」
梨々花さんは慎重に言葉を選んでいる。彼女自身としては全国大会金賞を目指したい想いはあるはずだ。それでも誘導質問にならないように細心の注意を払っているのが感じ取れた。
金賞という言葉に目を輝かせていた一年生は困惑している人もいる。いきなり決めろと言われても難しい話だ。それでも考えてもらわないといけない。この行程を経ることで、自分の中で全国大会金賞という目標が具体的な存在として定義されるはずだからだ。逆に強豪出身の子は「何をぬるい事を言ってるんだろうか」という目をしている。ここに至るまでの経緯を知らないと、そういう感情になってしまうのも無理はないと思えた。
「じゃあ、決を取ります。難しいかもしれないけど、自分の心に従ってください。全国大会金賞を目標に頑張りたいと思う人」
梨々花さんは安堵の顔を浮かべている。もう誰もこの部を弱小だとは思っていない。全国を目指して活動している強豪と認識している。だからこそ、一年生も決を採るという行為自体には戸惑っても、その中身には動揺しない。最初から分かっていたことだからだろう。初心者も何人かいると報告を受けているが、彼らとて理解はしていたはずだ。それでもここへ来てくれたのだと思っている。
「では、多数決で全国大会金賞を目標にするということに決まりました。ここへの道はとても――それこそとても大変なものだと思います。日本の高校だけでも凄い数があって、その中のたった十数校しか名古屋には行けません。その中でも手の指で足りるくらいしか、金賞は獲れません。そこにいくためにはやらないといけない事も、頑張らないといけないことも多いです。自分と向き合わないといけない事、納得できない事、逆に楽しい事もあったりして。色んなことをしていく必要があります。それでもそれだけの事をする価値があると、私は思います。その先に待っているモノを一緒に見に行きましょう!」
「「「はい!」」」
大きな返事だった。ひとまずのスタートは順調と言えるはず。
「全国大会金賞を獲るにあたって、絶対に欠かせないのがドラムメジャーですので、ちょっとお話をお願いします」
「はい」
私は一歩前に出る。そして全員の顔を見渡した。見知った顔もあれば、そうじゃない顔もある。どういう言葉をかけるのが適切かは分からない。希望を配るのが梨々花さんなら、私は現実をぶつけていくのが仕事になるのだろうか。夢も希望も大歓迎だ。ただ、それだけではどうにもならない。現実を直視してこそ初めて、夢へと歩み出せるスタートラインに立てるのだから。
「周りを見まわしてください。ここには幹部を含め、百一人のメンバーがいます。コンクールの出場可能人数は五十五人です。約半分は、今年のコンクールには出られません。オーディションでは競いあうことになるでしょう。ただし、コンクールだけが部活動ではありません。大きな目標は全国大会金賞ですが、それ以外にも北宇治高校吹奏楽部として演奏する機会は多くあります。オーディションで競い合うことになろうとも、同じ部に所属している仲間であり、チームであることを忘れないでください。それを忘れては、いかに個々人が上手かろうと何の意味もなさない演奏未満が出来上がるからです」
これだけの人数がいる以上、オーディションは絶対に苛烈だ。それでもそこで足を引っ張り合ったり貶め合ったりしたところで何の意味も無いどころかむしろ有害だ。そうなる原因は取り除かないといけない。完全には不可能でも、少しずつ。
「私は皆さんに上手い奏者であること、そのために努力することを求めます。ですがそれは他者の足を引っ張り合う事を意味しません。演奏とは自分と向き合うことで初めて上達へと至れるものです。また、私は闇雲に頑張れというつもりもありません。私は根性論が嫌いです。あんな非科学的で非効率的で非生産的な精神論は使いません。この話はまた別の機会にしますが、努力には方向性があります。私はその方向性を皆さんにお示ししますが、実際に努力するのは皆さんです。私ではありません。そこはどうかしっかりと胸に刻んでください。ライバルは常に自分自身。一歩でも、半歩でも前に進み続ける気概を持ちましょう。私たち三人でこの北宇治を引っ張り上げます。全国大会金賞、獲りましょう!」
「「「はい!」」」
空間の温度が数度上昇したような気がする。いきなり年度初めにぶつけるのには重い言葉だったかもしれないが、それでも後々聞いてない、という事にならないようにしたかった。それに、最初に方向性を示しておくことは必要だ。このドラムメジャーはどういうタイプの練習をさせてくるのか。今ので何となく分かった人もいるだろう。
北宇治の練習はトライアンドエラーだ。それは兄さんの頃から変わっていない。トライし、エラーが出て、指摘を受け、もう一度トライする。このサイクルをグルグル回すのだ。PDCAサイクルにも近いかもしれない。
奏者には感覚派の人も多い。麗奈先輩はどっちかと言えばそうだろう。ただ、兄さんは彼女に理論を叩き込み続けた。天才性やその感覚を殺さないようにしつつ、理論を仕込んでいたように思う。これは多分、そのセンスをもっと飛躍させるための土台作りだろう。私が兄さんと同じようにアプローチ出来るかはわからないが、こればっかりは手探りでやるしかない。
「幹部の皆さんが素晴らしい挨拶をしてくださったので、顧問からは言うことが無くなってしまいました。ともあれ、新しい仲間が増えるというのは喜ばしい事です」
そう言って先生は大きく手を広げた。
「皆さん、北宇治高校吹奏楽部へようこそ」
<北宇治高校吹奏楽部・新一年生部員紹介 No.3>
フルートパート
名前:本多
誕生日:9月23日
性別:女性
星座:天秤座
身長:155㎝
血液型:O型
好きな色:黄色
担当楽器:フルート。
趣味:犬と散歩、カラオケ
得意科目:体育、家庭科
苦手科目:古文、数学、物理、化学、日本史、世界史、英語
特技:クレーンゲームが上手い、犬の声マネ
尊敬する人:お姉ちゃん!
好きな物:マロン(飼ってる犬)、お姉ちゃんと一緒にお出かけ
嫌いな物:勉強