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作中地図
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桜地邸鳥観図
左上の出っ張りは離れで、雫さんのアトリエ兼自室。兄妹の部屋は北側中央部の出っ張り辺り、希美の部屋も近くにあります。
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凛音の自室
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涼音の自室
「ここが、フルートパートの練習教室になります。パート練習と言われたら、ここに集合してください」
毎年恒例の説明を成美さんが行っている。鈴谷さんと一条さんは既に知っている情報ではあるけれど、本多さんはまだなので彼女も含めて改めてしっかりと確認をする意味でも大事な時間だった。
「分かってるとは思うけど、普段は普通の教室として生活されている場所です。使い方には注意してください。何かあるとフルートパート、もっとひどいと吹奏楽部全体に教室を貸してくれなくなる可能性もあります。そうなってしまうと非常に大変です。最後に出る人は、カーテンや窓、電気やエアコンなどを必ず確認しよう。ゴミが出たら必ずゴミ箱に入れて、その辺に落とさないでね。後、机の中をいじるとか覗くとか、そういうのは絶対にやめるように。洒落にならない事態に発展するかもなので、この辺は特に注意してください」
「「「はい」」」
同じような説明が各パートで行われているはずだ。この辺を守らない事には凄まじいトラブルが発生する可能性も否めない。そんな余計な事で足を引っ張られては溜まったものではないし、部員を守るためにも基本的なルールの周知徹底は大事な事だ。一年生もそれは理解しているようで、ちゃんと話を聞いている。こういうのを守らないとどうなるかくらいは経験者三人なので理解しているだろう。
どういう様子なのか気になるパートも複数存在しているけれど、これは今後パート練習の時に確認するしかない。今後はしばらく個人練よりパート練が優先して行われる。確認の時間は十分に存在していた。
「明日から数日かけて、一年生は部長&副部長と個別面談があります。大したことじゃなくて、実力の把握と顔を覚えたいからってコトなので、そんなに気負うことなく言ってください。楽器も持って行ってね」
「「「はい」」」
例年の面談は今年も引き継がれることになるようだ。兄さんがやっていたことだけど、これを他の人がやってどの程度効果があるのかはイマイチ分からないところもある。久美子先輩はある程度有効に使っていたような気もするけれど、今年はどうなるか。梨々花さんと奏さんが人間関係担当なので二人が把握してくれればどうにかなる部分は大きいとは思うが。調整の美味い奏さんが掴み切ってくれることを願う。
「さて、堅苦しい話はこれくらいにして、改めて自己紹介をしようか。知ってる同士もいるみたいだけど、まぁ最初だしね。えー、まずはパートリーダーの私から。私は平石成美です。元初心者ですけど、パートリーダーやらせてもらってます。演奏面ではもっと頼れる先輩もいるかもだけど、何か困ったことがあればジャンジャン言ってください。よろしく! はい、じゃあ次どうぞ」
「江藤香奈です。中学からずっとフルートをやってます。フルートは例年激戦区過ぎて中々メンバー入り出来ませんでしたが、今年は最後なので張り切ってやっていきます。一応……ふぐちゃんと呼ばれています」
「美味しそう~」
本多さんが無邪気に言ってくれるので香奈さんはホッとした顔をしている。ふぐちゃん、というあだ名は自己開示ではあるのだけれど、何の反応もされないといたたまれない空気になってしまう。一条さんは相変わらず表情が乏しいし、鈴谷さんは貼り付けたような笑顔をしている。あれは多分、取り繕った顔だ。
「山根つみきです。映画鑑賞が趣味で、好きな音楽も映画音楽が多いです。ピッコロを担当しているので、そろそろ誰かにこのピッコロの継承もしたいと思っています。よろしくお願いします」
「最後に三年七組、桜地涼音です。ドラムメジャーも拝命しています。お三方と違い私は優しくはありませんが、理不尽な事を言うつもりもありません。皆さんが確実に実力を向上させ、自身の目標を達せられるように努めます。ただ、ドラムメジャーという職の都合上パート練習に参加できないこともありますので、その点はご理解ください。一年間よろしくお願いいたします」
まぁまずは名前と何となくの人間性などを見極め合うターンだ。ここでいきなり突っ走っても良いことはない。最初は名前を把握し、性格を掴み、距離を近づけていく。そうやって信頼関係は築かれていくのだ。だから上級生は首尾一貫した態度を見せる必要がある。そうでないと、信頼しようにも出来ないからだ。
三年生が終わると二年生の二人になる。個性派の一年生を来年統率していく二人だ。支え合って上手く一年生と交流して欲しい。
「二年の吉田巧美です。一昨年の『リズと青い鳥』に憧れて北宇治に来て、去年の『一年の詩』の演奏を聴いて改めて先輩方のような演奏をしようと決意を新たにしました。成美先輩と協力して一年生の皆さんに有意義な練習になるように頑張ります。よろしくお願いします」
「同じく二年の水井陽向です。私の方がむしろ教わることが多いかもしれないですけど、仲良くやって行ければと思っています。よろしくお願いします」
二年生の挨拶が終わる。二人とも性格は違うけれど穏やかな子だ。上手く一年生たちにイニシアティブをとっていけるのかは見守る必要がある。あまり良いやり方ではないけれど、演奏が飛びぬけて上手ければそこで尊敬を獲得することもできる。ただ、今の一年生との比較して飛び抜けるのは難しい部分がある可能性が高いし、カリスマで抑えるのも限界があるし。人間性で慕ってもらうのには時間がかかるのがネックだ。
「はいはーい、質問でーす。吉田先輩は~北宇治の『リズと青い鳥』のどこがいいと思ったんですか~?」
一年生の自己紹介に移る前に鈴谷さんが極めて軽い口調で問いかけた。明るさや親しみやすさというには気安すぎる。前々から知り合いで関係性が出来ているのならこれでもいいとは思うけれど、そういうわけでもない。
「えっと……悲しさと切なさと希望を同じ音の中に込めながら、それをオーボエをかき消さず、かと言って引き立て役に甘んじない微妙なバランスを維持しつつ演奏しているところ……でしょうか」
「なるほど~ありがとうございまーす」
へぇ、分かってはいるんだ。鈴谷さんの顔からはそういう感情を読み取ることが出来た。『リズと青い鳥』は元々有名で大会でもよく見る曲だけれど、北宇治は大胆な解釈変更と編曲、そして希美先輩やみぞれ先輩を筆頭とする奏者の高い実力で違うテイストの曲になっていた。鈴谷さんはそう言えばあの曲が好きだったはず。だとすると、好きな曲について適当な理解をしていないことは評価点だったのかもしれない。
去年の地区大会でもあの曲を使っている団体はいたらしいが、北宇治の演奏に引っ張られてしまい、自分たちらしさを出せずどこも結果は今一つで終わっている。テーマを確立させ、高い実力がある奏者が揃っていないと難しいのだろう。何回か演奏すると分かる。あのフルートソロの難しさが。
「遮っちゃってごめんなさ~い。元南中副部長の鈴谷萌花でーす。カフェ巡りとか好きです。やっぱり今年の目標はメンバー入りしてあるのか分かりませんけどソロとかソリの争奪戦に参加できるくらいになる事です。萌花って呼んでください。よろしくお願いしま~す」
いきなりホームラン宣言みたいなものが飛んできたことに驚きはあれど、緊張が走ったりはしない。目指すと事は皆同じだし、それに関しては歓迎だった。やる気があるのは無いよりよほど良い。本質的に他者を舐めていてもトラブルが好きというわけでもない。穏便に終わるならそれでいいと思っているのだろう。こちらが譲る形での穏便さではあるが。
「一年七組、千葉県出身。一条麗です。ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。呼び名は……出来れば名字でお願いします。下の名前なら
「えー、うららちゃんって可愛いのに」
「……」
本多さんの残念そうな顔に、一条さんは少し困り顔だった。名字呼びをお願いするのは月永君っぽいかもしれない。名前の読み方を変えるのは川島先輩だろうか。まぁ、色々名前には思うところがあるのだろう。相手が望んでいる呼び方があるのならそれに合わせるのが優しさだと思う。
「千葉県ってどんなとこ?」
「道も電車も混んでる」
「京都に来たのはなんで?」
「父の仕事の都合で」
「へー、お父さん何の仕事してるの?」
「何って……普通の会社員」
本多さんの怒涛の質問に、一条さんは気圧されながら短く答えていた。なるべく早く終わりたがっている辺り、雑談は好きじゃないのかもしれない。短い答えしか返ってこないのに質問が続いているのには困惑しているようだった。大体あの感じで応対されたらそこで話を終えてしまうものなのだろう。
一年生同士でもコミュニケーションをしっかりとって欲しいし、一条さんにとっては少し大変かもしれないが本多さんが上手く間に立って残りの二人を巻き込んでくれると助かる。ただ、その役目を押し付けてしまうのもいかがなものかとは思うので、そこは考えないといけないかもしれないが。
「本多星莉花です! 東中です。萌花ちゃんとは幼稚園と小学校同じでした。お姉ちゃんがいて、北宇治のOBなので私もこの学校に決めました。折角なら部活も同じがいいかな~って思ったので! 強豪でどこまでやれるかは分かんないですけど、さっちゃん先輩も頑張ってるみたいなので私も同じように頑張りたいです。よろしくお願いします!」
鈴木さつきさんは東中で、かつ今年は新入生指導を務めている。去年の加藤先輩から引き継いだ形になっていた。それは全然構わないのだけれど、結構上手い奏者が多いことが予想される一年生を義井さんと協力して上手く収拾できるのかは心配でもあった。何かあれば手を貸せるように意識はしている。
取り敢えず一年生の自己紹介は終わった。ここからパーソナルな部分にどこまで踏み込めるのかが課題になって来る。信頼関係はお互いにパーソナルな部分を開示しないと生まれにくい。
「はい、ありがとうございました! まぁすぐにお互いのことを知ったりって難しいと思うので、そこは追々やっていきましょう。取り敢えず今年一年仲良くやれたらいいなと思います。で、こっから練習についてなんですけど、平日は18時、6月からは18時半までになります。休日は9時なことが多いですけど、日によりけりです。LINEで連絡が来るので、そこは見逃さないでください。来ないとモーニングコールしちゃうよ! 自主練も出来る日と出来ない日があります。出来る日は授業あるなら朝7時から予鈴まで。休日も開始はそれくらいです。夜は遅くまで残れるけど、帰る時間とかしっかり考えて計画しましょう。夏休みの話はまた夏休み前にするね。大事な話はこれくらいです。何か質問はあるかな?」
と、言ってもここで質問が出ることはあんまりない。大体やっている間に疑問が出てくるので、その時に対応すればいい。
「萌花ちゃんはつみきと巧美ちゃんが指導担当、
「「「はい」」」
「じゃあ、星莉花ちゃんは楽器選びに行こうか! フルートの在庫はそれなりにあるから、自分がビビッと来るのを選ぼうね」
「はい!」
「残り二人は涼音ちゃん主導でよろしく」
「了解です」
フルートパートはなんとか順調に始動しているように感じる。トラブルの種が無いわけではないけれど、それがどこでどういうタイミングに浮かび上がるのかは難しい。まずは少しずつ様子を見て進めて行こう。何かしらポジティブな気持ちで北宇治に来てくれたであろう一年生たちが良い思い出を持って今年一年を過ごしてほしい。その想いは先輩である私たちに共通のものだった。
パパーンという軽快な音が教室に響き渡った。トランペット特有の高音が痺れるような音量を伴って奏でられている。音質も良い。音量は言うまでもない。表現力も見に着いている。なるほどこれは期待の新人だ。自称ではあるが、天才という名乗りもそこまで違和感はないだろう。
「まぁこんな感じです、どうですか?」
ふふんとドヤ顔をしながら演奏者は胸を張った。こげ茶色の髪をロングボブにした彼女はトランペットパート一年生、元南中吹奏楽部出身の生徒だ。
「ウチのような天才にかかれば、この程度ちょちょいのちょいです~!」
「うーん、そうだねぇ」
さやかさんの何とも言えない声が軽く間延びしながら響いた。確かに上手い。それこそ小日向さんや浅倉さんと言ったトップ層と今すぐ並べるくらいには上手い。二年生ではまだ勝てないだろう。彼女にしか出来ないであろう演奏を確立している辺りから見ても一流であることは事実だ。超高校級、という評価は間違っていない。
ただ、我々は知っている。知ってしまったの方が正しいかもしれない。上には上がいるのだ。
無論それは兄さんのことではない。あれはプロだ。それと学生を比べたところで何の意味もないし、求められていることも違う。私たちが知っているのは言うまでもなく北宇治伝説のトランペットツートップエース。政治的な諸問題も無く先生に審査不可能という領域までたどり着いた存在。それが念頭にあるせいで、如何せんどうしても比べてしまう。
彼女の自称する「天才」というワードに今一つ納得できないままなのはそのせいだろう。
「む、なんですかその態度は。ウチの演奏に何か問題ありました?」
「ううん。演奏自体は凄くいいと思う。夢ちゃんと並んで今年は良い感じの1st担当者がいそうだなって思ってるよ」
「当然です。じゃあなんでそんな微妙な態度なんですか」
「いやぁ、まぁ……」
「あぁ、あのこーさか先輩って人が念頭にあるんですね? 心配しなくてもすぐにウチが上って納得させてみせますんで」
「そ、そっかぁ」
小日向さんを彼女の指導にしなかったのは正解だと思う。この自信満々な感じとは性格的に合わないだろう。小日向さんは練習系の主導をする係になっている。
今年のトランペットパートは三人いる。南中から一人、北中から一人、初心者が一人だ。その南中からの来訪者が彼女だ。名前は
この辺はちゃんと矯正しきれないままに卒業してしまったことが悔やまれる。ただ、他の奏者を馬鹿にしたりはしないので、そこはマシかもしれない。兄さんから社会性を引くとこれになるのだろうか。実際大抵のことはそつなくこなす感覚派であったため、怒られたこともほとんどなかったそうだ。私が初めてに近いと言っていたのを思い出す。意外と打たれ弱い部分もあるのだ。
「もういなくなった人には負けないんで」
高坂麗奈がなんぼのもんじゃいという顔をしている。ソロコンで優勝している相手にこの顔が出来るのはある意味才能だろうか。そういえば、角倉さんもソロコンに出て連続で賞を貰っていたし、そういう部分でも自信があるのかもしれない。
「じゃ、ウチは個人練してきまーす」
「あ、17時には戻って来てね!」
「はーい」
フラフラと彼女はどこかへ消えていく。さやかさんはちょっと疲れた顔をしていた。
「上手いんだけどね……どうしよっか、あの子」
彼女の指導担当は本来浅倉さんがやるはずだったが、角倉さんがパートリーダーにやって欲しいと言われたため交代している。初心者の有浦さんは貴水君が担当だ。どうして交代を願ったのかと不思議に思っていたけれど、どうやらさやかさんの方が御しやすいと判断されたらしい。
「悪意を持って行動しているわけではないんですが……あまり集団行動は好きじゃない子です」
「じゃあなんで吹部に……? 集団行動の塊みたいな場所だよ?」
「兄さんがいるからかもしれません。プロ志望だと聞いていますし」
「あー、そういう事かぁ」
「ちゃんと練習はしていますし、頼めば初心者の面倒も見てくれます。ただ、教え方が少々感覚的過ぎるというか、ババーンとやってここでドーン、みたいな教え方なので参考にはなりませんね」
「確かに、そんな感じはあるかも」
「戦力であることは確かです。多少強めに言っても大丈夫なはずなので、目に余るようでしたら注意してください。言う事は一応聞きます」
「ありがとう」
吹奏楽部は実力が正義、みたいなところもある。実際はそんなことは全然無いのだが、視野が狭いとどうしてもそういう感覚に陥ってしまいがちだ。それに彼女はなんだかんだ鈴谷さんと仲が良い。副部長の派閥にいたため自由にさせて貰えていたのだろう。そのせいであんな感じになってしまった。もう少し付き合う期間が長ければ違う未来もあったのかもしれない。
「あの子、ああ見えて彼氏いますよ」
「そうなの!?」
「はい。クラリネットの男子と中学から付き合ってます。ただ、気を付けてくださいね。略奪愛で奪い取ったので、奪い取られたサックスの久世さんとは仲悪いです」
「マジかぁ……」
余計なトラブルの種、という顔をしている。なんで仲悪いのに同じ学校に来るかなぁとは思ったけれど、目指す目的はそれぞれだろうし、そんなことで決めるものではないと言われたら反論は出来ない。同じ人を好きになって揉めずに終わった希美先輩と秋子先輩がいかに平和だったかがよく分かる。
頭を抱えそうになっているさやかさんをこれ以上苦しめるわけにもいかず、私は別の話題を振る。
「他の子はどうです?」
「瑞樹ちゃんは玉里ちゃんが見てるよ。北中だけあってちゃんと実力はあるね。
「分かりました。新入生指導係とも相談して個別に対応していきます。今年のトランペットパートはどうにも新入生の実力差が著しいですし、そこも考えて行かないといけませんね」
「だね。翼ちゃんは他の二人は良いんだけど、教えることないというかあっても相当高度な話になっちゃうからね」
「はい。兄さんが麗奈先輩とかにやっていたメニューは一応残っているので、最悪それを叩き込みましょう。上手いのは事実ですし。それこそ、一年の頃の麗奈先輩のようになれる可能性を持っています。ただ――」
「うん」
私たちの考えていることは同じだ。
「「一年の時の秋子先輩の方が上手い」」
声が揃う。私たちの世代は耳に胼胝ができるくらい『三日月の舞』を聞いた。だからこそあの演奏は耳に沁みついている。秋子先輩だって兄さんに師事してあの舞台に立っていた。あの頃はまだ麗奈先輩の後塵を拝していたけれど、それは今の角倉さんより上手くないという事を意味しない。
秋子先輩が天才なのかは分からないし、多分そうじゃないと思う。でも、世界一の奏者に育てられた存在があの子に負けているはずがなかった。
最近、桜地家の夕食の時間はかなり遅くなっていた。時計は夜の十時をとうに回っている。希美先輩はバイトを結構しっかり入れており、私は部活終わりに予備校へ直行しないといけない。それで遅くなっている。毎日というわけではないけれど、週四くらいで通っていた。そんなわけで、居残り練習もそこまで長くは出来ない。
帰りは雫さんが車で迎えに来てくれる。揚羽の家もその途中にあるので、揚羽も一緒に乗って帰っていた。そんなわけで、遅めの夜ご飯を迎えているのである。ちなみに希美先輩は兄さんが昔バイトしていたイタリアンで働いている。時給が良いのだそうだ。
「新入生、結構キャラの濃い子ばっかり入って来たんだねぇ」
「はい、そうなんですよ……」
「先輩としては困りものだ」
他人事なので希美先輩はニコニコと笑っている。私からしたら結構死活問題だった。むしろ私より各パートリーダーや梨々花さんの方が死活問題かもしれないけれど。器用を気取っている副部長殿も別に自認よりも器用とは思えないし。
「なんか私の事を追いかけてきた面子が多いんです。こんなこと言うと驕ってるみたいに聞こえるかもしれないですけど……」
「あぁ、でも気持ちは分かるなぁ。私だって自分が一年生の時に涼音ちゃんみたいな三年生がいたら、絶対憧れてるし絶対背中を追いかけるもん」
私にとっては希美先輩がそうだった。経歴が輝かしかったからではない。そんなものは大事な事じゃなかった。私が追いかけようと思ったのはその人間性の部分。私に手を差し伸べてくれた、その精神性だ。結局今でも望んだような姿になれているのかは自信がない。こんなにも明るく誰かを照らしてくれるような存在にはなれそうになかった。
「他の子もいるし、あんまり露骨に態度に出されると困るって言うのは分かるけどね」
「そこなんです。それが無ければもうちょっとどうにか……なる、はず……」
ならなそうな人間の顔が幾つか浮かんで慌てて消した。
「三年生としては注意しないといけないからね。ただ、ちょっとだけ思うのは、その子たちが涼音ちゃんを好きでいるって言う気持ちまでは否定しないであげて欲しいってコトかな」
「気持ち、ですか?」
「うん。その子たちも色んな経緯とか事情があったんだろうけど、自分たちなりに尊敬しようと思って、大好きだなと思ってるんだと思う。迷惑に思うこともあるかもしれないけどそれは多分悪いものじゃないと思うから。態度とかはもちろん注意してもいいけど、出来れば気持ちまでは否定しないであげれたらいいよね、と思って」
彼らがどうして私を追いかけて来たのか。私自身もよく分からないままだった。鈴谷さんや角倉さんに聞けば、もしかしたら色々教えてくれるかもしれない。ただ、それを聞いても多分私は納得できないだろう。これは結局、自分で自分を認められるかどうかなのかもしれない。
「そうできたら良いんですけど……」
「まぁ向き合い方って難しいからね。心の中って難しいものだし。でも向き合わないと見えてこないモノもある。色眼鏡をかけると見えないものもあるんじゃないかな」
希美先輩の言葉は妙に心に残った。色眼鏡をかける。それは私に向けられた言葉なのは間違いない。過去の自分に対しても言っているような気がしたけれど、同時に間違いなく私への言葉だった。
私は、一年生を色眼鏡で見てしまっているのだろうか。問題児というレッテルを貼って、本質的なところを見落としているのかもしれない。一括りにするのには、彼らは多種多様すぎる。一人一人と向き合わない限り、音楽は形作れない。希美先輩はそう言っているような気がした。
或いは、兄さんの面談はその一人一人と向き合う時間を最初に作るために行っていたんじゃないだろうか。味方を作りたい、実力を把握したい、それが根底にあると私は知っている。ただ、図らずも一対一で向き合う事には意味があったのかもしれない。私たちはその模倣だけをして、中身まで汲み取れていないのではないか。そんな予感が頭の中をよぎった。
「そうだ、今度また歓迎会やるんですけど、また使ってもいいですか?」
「もちろん。いつになりそう?」
「この辺の休みです」
「OK~。あ、でもこの日はシフトの都合で私が家にいるかも。それでもいい?」
「大丈夫です。というか、居住者なんですから堂々としていてください。むしろ私たちがお邪魔してるようなものですし」
「まぁ隅っこで夜ご飯作ってるから、あんまり気にしないで。それでも良ければ全然この日でもいいと思うよ」
「ありがとうございます」
あの一年生の面子で歓迎会、というのもなんだか大変なことになりそうな気がする。一条さんとか来てくれるのだろうか。本多さんが上手く話を回してくれれば何とかなるはず。鈴谷さんも流石に希美先輩が近くにいる状況で変な事はしないはずだ。
お風呂に入って、部屋で髪を乾かしながらボーっと虚空を見つめる。回転式本棚の上にはぼてっとしたサンショウウオのぬいぐるみが置いてある。確か、デートに出掛けた時に買ってもらったもの。また部活が始まって、忙しい日々が続く。物理的に距離が離れている兄さんたちよりはマシかもしれないけど、私だって遠距離は結構寂しく感じる時がある。
おもむろにかけた電話はツーコールで繋がった。
「今、大丈夫ですか?」
『全然大丈夫。風呂上がったばっかりだから』
「あ、私もです」
『お~偶然。というより、そっちは今大変じゃない? さやかなんて帰ったらずーっとなんか文句言ってるんだ。ぐで~ってなりながら』
電話口の向こうからさやかさんが文句を言う声が響いてきた。家の中だと様子が違うのはよく知っている。
「さやかさんは頑張ってますから。兄妹揃ってパートリーダーなんて、運命のいたずらですね」
『そうなるとは思ってなかったんだけどなぁ。まぁ嬉しくはあるけどさ』
純一さんは少し誇らしげな声だった。妹が活躍して頑張っているというのは嬉しい事なのだろう。兄さんも私の話をする時、同じような声音で話す。
『どんな子が来た?』
「あ~、私と話してるのに他の女子のことが気になってるんですね」
『いや、違うって』
「分かってますよ~。一年生たちはもう、結構個性派で――」
声が弾んでいるのが自分で分かった。夜の暗い窓は部屋の明かりで鏡みたいになっている。そこに映し出されている私は、どこにでもいる普通の女子高生みたいだった。自分が自分でいられる場所、ありのままで過ごせる場所や時間は決して多くない。
そして、私にとっては今この瞬間がそうだった。
<北宇治高校吹奏楽部・新一年生部員紹介 No.4>
トランペットパート
名前:
誕生日:4月2日
性別:女性
星座:牡羊座
身長:158㎝
血液型:AB型
好きな色:青系統
担当楽器:トランペット、演奏できる楽器はギター
趣味:演奏、ダンス、アメリカンロック
得意科目:音楽、英語
苦手科目:日本史、世界史、地理、政治経済
特技:ギター、身体が柔らかい
尊敬する人:両親
好きな物:自分、彼氏、トランペット、天才という言葉
嫌いな物:彼氏の元カノ、不自由、束縛