音を愛す君へ   作:tanuu

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第四十一音 成長

 目下吹奏楽部の面々は全国大会に向けて練習をしつつ、来たる文化祭に向けて演奏会の準備をしている。演奏会はBメンバーも出るので演奏に厚みが出る。そこが楽しみでもあり、そのための錬成には骨が折れそうだという悩みも存在していた。

 

 現在は文化祭に向けての話し合いの時間だ。高校生にとっての一大イベントである文化祭。各部活やクラスでも普段と違う事をするというワクワク感が満ちている。吹部や演劇部などにとっては、大会など以外で発表を行える貴重な機会であり、来年度の部員獲得へのアピールにもなったりするのだ。

 

「こないだの話し合いの後、2組や7組とも協議した結果、2年3組の出し物は2組、7組と合同のメイド喫茶になりました」

 

 教壇では文化祭実行委員の女子が話している。彼らは夏休み期間中から動き出していたようだ。吹部はその間も練習三昧。全く協力できていないのが申し訳ない部分である。文実の面倒くささは去年やったのでなんとなく分かっていた。

 

 合同でやる事で人員は単純計算で三倍。とは言え教室の壁をぶち抜くわけでもないので、場所面積は一クラス分。各クラスに割り当てられている予算は去年より多い上に、それも一クラスでやるのに比べて三倍だ。人も金もあるとなれば装飾や衣装、料理などにも拘れる。

 

 7組は進学クラスなので、文化祭における準備期間が短かったり課題が多かったりと面倒なスケジュールになっているため、他クラスと合同でやった方が楽なのだろう。色々メリットもあるし、よい選択だと思う。

 

「それで、係りを決めていきます。これも三クラスで話し合って、各クラス大体等分に人数を出すことになりました。メインのメイドさん、料理担当、服飾担当、買い出し、当日までの内装などの準備、客引き、掃除、ポスター作りなどがあります。この中から選んでもらうんですが、被ったら調整とします」

 

 どの役割をやるのかは結構大事だ。当日もそれまでも練習が存在している。多く時間を取られる役目はあまりやりたくないのが本音だ。他クラスでも各部員がそれぞれ調整をしてくれていると信じたい。多少はいなくてもしょうがないが、練習の都合上いてくれた方が良いのも事実。

 

「ねぇ、一緒にメイドやる?」

「えぇ、嫌だよ」

 

 隣の席の希美は小さな声で冗談っぽく言ってくる。

 

「線細いし、色白いしいけるかなって」

「そういうニッチなジャンルのお店じゃないでしょ、多分」

「それもそうかぁ」

 

 流石にそういう需要は薄いだろう。他の男子がやるのならいざ知らず、一人だけは命知らずすぎる。そういうキャラクターで生きてきたわけでもないので、普通に遠慮させてもらいたい。それに多分家族も来るのに、私の家庭内での立場が消滅しかねない。

 

「じゃあさぁ、料理担当でもやったら?」

「う~ん、バイト辞めてもう数ヶ月だしなぁ」

「でもキッチンもやってたんでしょ?」

「まぁ多少はね」

 

 とはいえ、料理担当は意外といいかもしれない。私だけじゃないだろうし、シフトをズラしてもらえば何とかなるだろう。吹部の発表では指揮担当になっている。普段の練習で先生がいない時は指揮者をしているので、比較的スムーズに決定された。なお、曲も全部私がセレクトしている。

 

「意外と良いかもしれない」

「でしょ?」

「それでは、希望を聞いていきます。やりたいモノに手を挙げてください」

 

 司会が促すのに従って料理担当に手を挙げた。元飲食店でバイトしてたのは皆知っているし、何人かは仕事中に家族連れで店に来たこともある。ホールをやってることも多かったけれど、キッチンに入ることもあった。おかげでイタリアンは割と作れるようになっている。

 

 デザートをやる事もあったので、問題なく出来るだろう。メニューは料理担当で決めていいということだったので、予算と相談してそれなりにスムーズに、そして複雑な工程を要さず、かつ準備が楽なものを選ばないといけない。家庭科室ではないのでガスコンロとかは使えないため、使えるとしてもカセットコンロ。となるとクレープ辺りが楽だろうか。正確にはクレープケーキだが。

 

 希美はメイド役である。確かに、あの物怖じしない性格なら接客業も向いているかもしれない。ただ、迷惑客にド正論を突き付けてしまいそうな怖さもある。まぁ文化祭に迷惑客は来ないので良いのだけれど。

 

「では最後に、メイド服のデザインなんですが……正直ここが一番困っています。誰かデザインできる人はいますか?」

 

 美術部に頼めばいいと思ったけれど、美術部がやるのは絵を描くことであって服をデザインすることじゃない。いきなりやれというのは少し酷な話かもしれない。我が家にもデザインが出来そうな人は存在している。いるけれど、別にそれが本業でもない。イラストレーター的なこともしているようだけれど、オリジナルで服を考え出すことが得意かは不明だ。ちょっと聞いてみない事には分からない。

 

「まぁそんなすぐに言ってもどうこうなる話でも無いと思いますので、一旦各自持ち帰って検討してみてください。今日は以上です。それではこの後、三クラス合同で同じ担当になった人とシフトなどの話し合いがありますので、そっちもお願いします」

 

 司会がそう言って壇上から降りると、代わりに担任が壇上に登る。

 

「三年生になるとこの時期はそろそろ受験をかなり濃く意識する時期だ。今年はそういう要素が一切ない最後の文化祭になる。思いっきり楽しめるように、皆で協力していこう! 俺もドンドン手伝うからな、遠慮なく仕事を振ってくれ」

「「「はーい」」」

 

 ウチの担任はまだ確か三十そこらだったはず。滝先生と世代的にはあまり変わらないだろう。そのせいか結構元気だ。サッカー部の顧問をしているので肉体仕事をしている姿をたまに見かける。滝先生はひょろっとしているので出来なそうだと、そんな失礼な事を前考えていた記憶がある。

 

「滝先生、クラスだとどんな感じなんだろうね」

「……確かに。ちょっと想像できないかもしれない」

 

 先生が担任を務めているのは5組。吹部はサックスの平尾澄子とパーカッションの大野美代子が所属している。クラスでの話はあまりしないので、二人から滝先生の担任がどんな感じなのかを聞いたことが無かった。意外とあそこでは普通なのかもしれない。

 

 音楽の授業を受け持っているわけだが、授業だと顧問の時とは全く違う感じになる。私のことも普通の生徒としてしか扱っていない。そう考えれば、かなり切り替えの上手い先生なのだろう。優しく温和な感じを漂わせているので、むしろ詐欺に近い気もする。そのせいで吹部以外の女子からは人気と言われているのだ。

 

 あの先生カッコいいよね、優しそうという声に苦笑いをするしかない女子の顔を何度も見たことがある。それにしても、皆で頑張ろうと音頭を取っている先生の姿は、あまり想像できなかった。

 

 

 

 

 

 

「はい、では今日から本格的に文化祭に向けた演奏に入っていきます。そんな事より全国の曲をやりたいと思う人もいるかもしれません。しかしながら、部活動は周囲の方々の協力によって成り立っています。朝から晩まで毎日音を鳴らしているわけで、当然近所の方々のご理解なども無いと成り立ちません。そう言った存在への報告や、或いは保護者やご家族の方への感謝、同じ学校の生徒や先生への感謝なども込めてやるモノになります。大会でいい成績を残せば良いという訳ではありません。部活動であるということを意識して、エンタメに重きを置いたイベントでも手を抜くことなく仕上げてこそ、名古屋で待つライバルと肩を並べる資格があると、私は考えています」

「「「はい!」」」

  

 文化祭の準備がクラスで進んでいくのと同時並行で、部活も準備を始めている。当然これまで大会では練習してこなかった曲たちをやらないといけない。勿論大会で演奏している曲を使えば約十二分。与えられた時間の半分は埋めることが出来る。

 

 ただし、一般人は大会の曲を知らないし、保護者は実際に大会の会場で聞いていたりする。なので今回はどこの学校も演奏している課題曲ではなく、学校の特色が出ることの多い自由曲である『三日月の舞』を演奏することにした。これで約5分。

 

 間のトークなどは田中先輩が引き受けてくれるようなので、後はそれを考えて選曲をしないといけない。芸術性の高い曲は、分かる人には分かるのだけれど大多数の観客はそうではない。全国行った部活が演奏してるらしいし、ちょっと聞いてみるか、という層も存在しているだろう。

 

 また、文化祭のエンディングセレモニーでも体育館で一曲やって欲しいという話が来ている。それの練習も考えると、より選曲は練らないといけないのだ。基本はエンタメ性重視で、大体の人が一回は聞いたことのある曲を選ぶことになるだろう。その辺は私の得意分野なので、今回の文化祭練習は選曲やメインの練習、当日の指揮なども含めて私が一手に担っていた。先生や松本先生はクラスの監督もあり、中々忙しいのでこの措置を取っていた。

 

「楽譜は既に配った通りです。メドレー形式になっていますが、途中でトーク部分も挟みますので注意してください。また、持ち時間は30分ですが、演奏時間がイコールで30分なわけではありません。楽器の搬入と搬出も含めての時間です。ですので実際の演奏時間は20分ほどになります。少し挟んで演劇部が使いますので、くれぐれも注意してください」 

 

 選んだのは全部有名な曲ばかり。まずは開幕から観客の意識を集中させるため目立つ曲であるマーチ王ことスーザ作曲の『星条旗よ永遠なれ』。これで約4分。次にトークを挟んで『三日月の舞』。これで約8分。次いで『ルパン三世のテーマ』で4分。トークを入れて最後に『学園天国』で3分。曲だけで19分。まぁこんなもんだろうという感じだ。そしてエンディングセレモニーでは樽屋雅徳アレンジの『銀河鉄道999』。青春を舞台にした作品なので、高校生にはぴったりだろうということで選んだ。

 

 まぁとは言え全部私の趣味である。賑やかな曲が多いのは完全に趣味に偏っている。昔友達から「あなたの書く曲はうるさい」と文句を言われたのをなんとなく思い出した。

 

「また、文化祭後の体育祭では入場曲を担当することになりました。曲はワーグナーで『双頭の鷲の旗の下に』を予定しています」

「双頭の鷲! う~ん分かってるぅ」

 

 田中先輩は一人で喜んでいた。この曲は確かにチューバやユーフォなどが結構おいしい位置にいる曲で、普段は裏方に回る事の多い低音パートが活躍できる機会とあっては興奮するのも頷けた。

 

「喜んでいただけて何よりですが、時間もありませんので早速練習に入っていきます。先日連絡した通り、一度は何らかの形で耳にしてくれたと思います」

 

 知っている前提で話を進めると初心者の子が置いてけぼりになってしまう事がある。特に練習の技巧面では知識がついているけれど、彼らはまだ楽曲はそんなに数を知らないことが多い。曲名と実際の演奏が結びついていないこともあるので、一度聞いてもらうことをお願いしていた。

 

「まずは一回やってみましょうか。時間も計測したいですし。場合によっては、テンポを速めることもありますのでそのつもりで。では行きます」

 

 指揮棒を構えた。今回は先生があまり介入しない分、私の責任がいつもより大きくなっている。当然それをプレッシャーに思ったりはしないけれど、それでも十分な成果を出せるように努める義務がある。本番までに完成させることが私の務めだった。

 

 有名な曲は簡単かというとそんな事は全然ない。むしろ有名だからこそ難しいこともある。誰もが知っているからミスは目立つし、そもそも曲自体が簡単ではないことも多い。特に最初に選んだ『星条旗よ永遠なれ』は中間部の一大見せ場であるピッコロのオブリガードがある。のだが当然見せ場だけあってとても難しい。ここを完璧にやりこなせれば拍手が起きる場面だ。現に担当の雑賀先輩は既に顔が蒼くなっている。

 

「ほら、三日月だからって気を抜かないでください。この前のトーク部分で大会の自由曲だということを説明してもらいます。ですので、当然この曲における観客の期待は高まっています。決してどの曲においてもクオリティーの落差を付けないように。よろしいですか?」

「「「はい!」」」

「雑賀先輩、そこは普段の実力から鑑みて、吹けると思ってこの曲にしました。お忙しい中ではありますが、ピッコロプレイヤーの意地を見せて頂けると助かります」

「はい……!」

 

 半ばやけくそ気味に彼女は返事を返してくる。

 

「シンバル井上さん、もっと大きめで構いません」

「はい!」

「トロンボーン、もう少しテンポを速めに」

「「「はい!」」」

「ユーフォ、今ので良いですが、黄前さんの音量が少し弱いです。もっと強く勇ましく」

「はい!」

「チューバももっとください。ホルンも」

「「「はい!」」」

 

 ドンドンと指示を飛ばしていく。だが春に比べれば圧倒的に基礎能力が向上している。それに比例して、基礎的な部分での指摘はどんどん少なっていた。全体のバランスを鑑みた指示が多くなり、逆に吹けてないというような注意は減っていく。

 

 それは大会の演奏曲だけではない。こうしたイベント事における曲などでも、パート練習を挟んでいるとはいえ、スムーズに高レベルな指導を行えるようになった。それは普段の態度などとはまた違う、演奏力という意味での成長だろう。

 

 そう考えると、来年またこれを一から作り直すのがいかに大変であるか。吹奏楽部という空間の特殊性はそこにある。一年でまた大きく変更を余儀なくされるのだ。当然、実力もほぼまっさらに戻ると言っていい。そして翌年には全く違う音楽が奏でられるのだ。これは新陳代謝という面で考えればよいことだけれど、指導側に立つとその大変さがよく分かる。

 

 今の指導のしやすさはこれまで培ってきたものだ。これが消えるのを考えると、今から少し気が重くなる。このメンバーでもう一年、と思ってしまうのはきっと私のワガママなのだろう。

 

「エンディングセレモニーが一番の見せ場なんですから、そこでミスらないように。トランペットもっと出して。クラリネットも!」

「「「はい!」」」

「あと、大坂東照とかは999のサビの部分歌ったりしてるらしいんですが、まぁどうしたいかは皆さんに任せます。なのでちょっと考えておいてください。また今度聞きます。それでは取り敢えず今回はここまでにして、この後はパート練に移行してください」

「「「はい!」」」

 

 演奏する曲は多いし、やる事も多い。けれどそれは今年吹部に期待が寄せられているという証でもある。北宇治で全国まで進んだ部活はここだけ。それもここ数年ずっとそうだ。かつての栄光を取り戻した姿に、去年まではその存在にすら否定的だった職員室の先生方も応援ムードになっている。

 

 随分やりやすくなったと先生も言っていた。その期待に応えることが、今求められていることなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか、文化祭の演奏の方は」

「順調です。素の実力があるので、そこまで苦労することなく進められるのが特徴ですね。B編成組も大分上手くなりました」

「それは良かった。彼らはどうしても演奏の機会が少ない上に、A編成と混じって演奏することも少なくなってしまいます。しかし、今後大会にメンバーになる事を考えると、やはりそれでは経験不足になってしまいますからね」

「それに、練習ばかりでは面白くありませんから。やはり音楽は演奏してこそです」

 

 先生への報告もいつも通りだ。ただ、今回は私が主体に進めていることもあり、いつもより丁寧に報告している。先生も普段の業務に加えて文化祭の監督で忙しい。クラスで何かをする場合、しっかり担任が監督する義務があるのだ。特に買い出しや工具を使ったりなどする際は、安全面での指導なども入って来る。金銭も絡んでくるため、仕事量は多い。

 

「先生のクラスは何するんです?」

「劇をするそうで、その準備に動いているようです」

「なるほど。先生自身の文化祭の思い出とか無いんですか?」

「私ですか? 私はそうですね……学生時代はそこまで積極的に行事に参加するタイプではありませんでしたので。言われたことをやっているくらいでした。それでも普段と違う空気感にはやや興奮したのを覚えています。教師として携わると、その裏で何があったのかを否が応でも知ることになりましたが……」

 

 先生はチラリと積まれている書類を見る。若手の先生はこういう時色々仕事を振られて大変そうだ。

 

「南中との打ち合わせは大丈夫そうですか?」

「えぇ。少し前から先方の反応が急に早くなったので助かります。全国大会出場が影響したのでしょうか」

「さぁ、どうなんですかね。まぁ印象は良くなっているでしょう。恐らくは」

 

 実態は私の妹である部長が顧問から政権を奪取したからだろう。部員を率いて顧問に抵抗したため、向こうも折れざるを得なかったようだ。元々希美に合法的に会いたい、演奏を聞いて欲しいという欲を持っているため、是が非でも実現しようと顧問を突っついているらしい。

 

 ともあれ、そんな情報は別に伝える必要も無いので黙っておく。こちらとしてはそんな顧問と邂逅するのが少し億劫ではあるけれど。とは言え滝先生は別に物怖じしたりしないだろうし、対等に渡り合えるはずだ。

 

「あぁ、そう言えば。文化祭が終わった辺りくらいで私の友人がコンバスの面倒を見に来てくれるようです。全国行きになったと言ったらそこそこ乗り気になってくれたようでした」

「それは良かった。詳しい日程など分かったらまた連絡してください。私も顧問として挨拶をしなくてはいけませんから」

「了解しました。それでは、今日もお疲れ様でした」

「はい。お疲れ様です」

 

 先生たちは誰も忙しそうだ。文化祭関連で色々やらないといけないこともあるのだろう。二年生の先生はもうすぐ修学旅行の下見に行くと言っていた。幸い滝先生はその役目ではないようだけれど、先生という職業も何かと大変だ。

 

 段々と陽が落ちるのが早くなってきた。時間の経過を感じるけれど、夜はまだ暑い。涼しくなるのは一ヶ月くらい後だろうか。文化祭準備で遅くまで残っている生徒が多いとはいえ、この時間は流石にもういない。暗くなった校門を通ろうとした瞬間に人影が飛び出てきた。

 

「うわっ!」

「ビックリした?」

 

 軽く驚いた私に面白そうな声が返って来る。人影に目を凝らせば、希美がニコニコとしながら立っていた。

 

「なんだ、希美か……」

「私もいる」

「ぎゃぁぁッ!」

 

 後ろからにゅっと声がして思わず悲鳴を出してしまう。ホラー映画やゲームは得意なのだけれど、あれは創作と分かっているからこそ大丈夫なのであって、実際に恐怖体験をするのは嫌いだ。お化け屋敷も相手が人間なのとある程度予想できるから平気だから、こういう風にいきなり来られると心臓に悪い。

 

 私の悲鳴に逆に相手がビックリしてしまったようで、後ろにひっくり返りそうになっていた。慌てて手を掴んで引き起こす。

 

「君らはさぁ……。まぁいいけど」

「大成功だね~みぞれ」

 

 希美の言葉にうんうんと頷いているみぞれ。彼女はこんないたずらに参加するタイプだったとは知らなかった。非常に珍しい光景を目にしているのかもしれない。希美がいないから静かだったけれど、よくよく考えれば結構面白い行動をするタイプだった。とは言えここまでアグレッシブとは思わなかったけれど。

 

「二人ともこんな遅くまで残って、どうしたのさ」

「う~ん、一緒に帰ろうと思って」

「あぁ、そうなの? ありがとう」

 

 今まで友人とも時間がズレるし、一人でスタスタと下校していることが多かったけれど、最近では待ってくれる人がいる。別に一人で帰るのが嫌いではないけれど、なんだか大学時代を思い出したようで楽しかった。

 

 あの頃は一人暮らし勢がそんなに多くなく、一番スペース的に余裕があったのが私の住んでいる場所だったので、割と集合場所になっていた。そのせいでいつも誰かの飲み物が冷蔵庫に入っていた記憶がある。

 

 夜になっても全く涼しくない町。その街灯の下を三人が歩いて行く。

 

「私たち、メイドさんをやる事になりました~」

「お、いいじゃん。パッション担当とクール担当で良いコンビだよ」

「みぞれ、周りの子から推薦されたんだって。見る目あるよねぇ。夏紀も一緒だよ」

「良かったなぁ」

「うん。希美も夏紀も一緒で嬉しい」

 

 みぞれと中川は同じクラスだ。進学クラスは三年間クラス替えが無い。クラスの中でどういう風に過ごしているのかは、友達でも意外と知らないモノだ。同じ吹奏楽部同士、それなりに付き合いもあるのだろう。

 

「岩田さんも一緒にやるらしい」

「あぁ、そうなの? て言ってもあんまり話したことないなぁ。実家がお医者さんってのは知ってるけど」

「音楽療法士になりたいって言ってた」

「へぇ、それはまた凄いなぁ」

 

 みぞれが交流関係を一応しっかり持っていて安心する。下手すると高坂さんとはまた別のタイプのコミュニケーション苦手勢だったのだが、流石に二年間も同じクラスで部活も同じとなれば情報くらいは持ってるのだろう。

 

「音楽療法士ってどんな仕事?」

「どんなって言うと難しいけど……」

 

 希美の疑問には中々一言では言い表せない。そう言えば、私の家の親族はかなり数がいるけれど、医者と看護師は今のところ記憶にない。もしかしたら昔はいたのかもしれないけれど、生きている人ではいなかった記憶がある。意外と文系に偏った家なのかもしれない。

 

「音楽をリハビリに使う仕事だったはず。病気とか障がいとか、後は高齢の人に向けて音楽系のプログラムでアプローチしていく……であってるはず」

「へー、大変そう。お医者さんみたいなものなのかな」

「どうだったかな。民間資格だけど試験は受けないといけないはず。医療と教育と福祉と色々知識が無いといけないし、中々大変な道だとは思うけどね」

 

 私は音楽界に生きているけれど、一言に同じ世界でも色々と細かく分かれている。専門外となると、こんな感じの知識しかない。進路指導なら先生の方が詳しいだろう。教師なのだし、大学時代に教育系の授業は受けているはずだ。じゃないと高校教師になれない。

 

「将来のこと、考えないとなぁ。みぞれはもう決まってる?」

「まだ、分からない」

「だよねぇ。音楽続けるのかとかも含めて、色々考えないとだし。凛音は?」

「未定だなぁ。向こうに戻るかもしれないし、こっちに残ってるかもしれないし。私は個人的に、自分よりいまだに学校の進路希望調査を白紙で出してる妹の方が心配だ」

「え、涼音ちゃん決まってないの? どこでも行けそうなのに」

「それは電話で涼音の担任に言われた。吹部推薦の学費免除特待で立華の枠が空いてるって。偏差値的には洛秋とか堀山とかでも受かりますってさ。私の妹ながら凄いねぇとしか言えなかった。でも進路希望調査だけは白紙なのでご家庭でご指導くださいだってさ」

「それ聞いて、どう思った?」

「我が妹ながらロックだねぇと思った」

「中学の先生も可哀想に……」

 

 みぞれは小さい笑顔を浮かべている。大きな声で笑ったりはしないけれど、最近は少しずつ表情を見せてくれるようになった。前よりも大分本来の人格に戻っているような感じがある。中三の頃は確かに今の雰囲気に近かったような思い出があった。

 

 二人と分かれ、家路を行く。花だけは秋のものが綻びつつあり、人間と植物の季節感は違う事を実感させられる。家の庭のひまわりももうすぐ枯れそうだった。ハムスターを飼っていたらいいエサになりそうなほどたくさん種が出来ている。

 

 洗面所では従姉の雫さんが洗濯物を畳んでいた。

 

「おかえりなさい、凛音君」

「はい、ただいま」

「さっきまた電話かかって来てしまいました」

「何のです? 太陽光ですか? ウチの家設置する場所無いですよ。それとも塾か家庭教師?」

「それは最近来ないですね。では無くて進路の話です」

「あぁ、それですか……」

 

 話をすれば何とやら。非常にタイムリーな話だった。

 

「今度進路面談があるらしいので、私が行かないといけないかもしれません。怒られるんでしょうか、主に私が……」

「さぁ、どうでしょう」

「私に進路指導なんて出来ないですよ。大学中退して入り直してる線路から外れた人生ですし」

「そう言われても、私だって大概なので、まともな事言えませんって。取り敢えず書類はキチンと出すように言っておきます」

「お願いします。私が言っても全部ブーメランになりそうなので」

 

 実家の反対を押し切ってわざわざ入った京大を辞めて、彼女は美大に入り直した。それでしっかり成果を残しているので良いのだけれど、随分苦労もしたようである。彼女の両親、つまりは私の叔父夫婦は住んでいたマンションや携帯を勝手に解約し、戻って来るように圧力をかけていたのだが、それを当時存命だった私の母が住居を提供する形でこの家に招いたのである。

 

 それがかれこれもう十年ほど前の話。私がまだ七歳の時分だ。その後大学は23で卒業し、その後は働きながら院に行っていたはずだ。我々二人、どっちもまともな人生歩んでいないので何を言っても確かにブーメランにしかならないのである。

 

「あぁ、そうだ。私のクラスでメイド喫茶をやる事になったんですよ」

「メイド喫茶。それはまた目の保養になりそうな……」

「なんて?」

「あぁ、いえこっちの話です。良いじゃないですか、楽しそうで」

「それでですね、あの……メイド服のデザインが決まらないらしくて。各自考えて欲しいって言われたんですけど、何かありますか?」

「なるほど……それならちょっと待っててくださいね」

 

 彼女は一端洗濯物を置くと、自分の部屋に向かって歩いて行く。彼女の部屋はいわゆる離れであり、それなりの広さがあるのだが大体絵を描くための画材やら作品やらタブレットやら資料やらが散乱しており、あそこは妹も掃除しない魔窟と化している。あんなところでよく生活できるものだ。いや出来ていないのかもしれないけれど。

 

「お待たせしました。こんなので良ければありますが……。昔書いたものなので参考になるかは分かりませんが」

 

 渡された紙に書かれていたのは、練習かアイデア出しで使ったであろうメイド服のデザイン。しかもご丁寧に三種類ある。これなら各クラスで別デザインという風にもすることが出来るかもしれない。服飾担当の意見次第だが、十分通用するモノだと思った。

 

「これでよろしいでしょうか」

「すんごい助かります。ありがとうございます。吹部はあんまり準備に参加できないことも多くて……ちょっと申し訳なかったんですがこれで貢献度稼げそうです」

「それは何よりです。私の文化祭はひたすら絵やポスターを描いていた記憶があって。三年生の時は吹奏楽部のポスターも書きましたね。当時の部長とは同じ部長同士で仲が良かったものですから」

 

 周りの大人の文化祭の記憶を聞くのは意外と楽しい。先生のようにそこまで思い入れの無い人もいれば、雫さんのようにそれぞれの青春を送っている人もいる。私もいつか、誰かに語る時が来るのだろうか。

 

「ただいま」

「あ、帰って来たな不良妹」

「私、品行方正だけど」

「品行方正な子は学校から進路希望調査が白紙ですって電話が来ないの。そろそろ決めないと、困るよ?」

「分かってる」

「頼むよ、ホントに」

 

 分かってるんだか分かってないんだか、鼻歌を歌って誤魔化している妹の姿にため息が出る。けれど、迷えるのもこの時期の特権なのかもしれない。それに、迷えるというのはそれだけどこでも行ける優秀な子という証でもある。そう考えればなんだか誇らしい……けれどやっぱり書類はしっかり出して欲しいものだ。

 

 吹奏楽で選ぶなら、立華が一番安定性があるだろう。偏差値を付け足すなら洛秋だ。座奏なら北宇治だろう。聖女も上手いけれど、高校入学枠は無かった気がする。もしかしたら違うかもしれない。普通の親ならどうしているのだろうか。ちょっと調べないといけないのかもしれない。親という存在のありがたみは、こんなところでも実感させられるのだった。

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