音を愛す君へ   作:tanuu

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第四十二音 交流

 部活動と学校生活の両立というのは中々大変なものだ。特に忙しければ忙しいほど、大変さの割合は上がっていく。学校生活の中で一番忙しくなるのは行事の時と相場が決まっているが、案の定現在もそうだった。

 

「1組は何するの?」

「鳥焼く」

「それは一般的には焼き鳥というのでは?」

「そうとも言うわね」

 

 パート練習の休憩中、1組所属の吉川はへばった顔をしていた。売り子役を少しやる羽目になりそうだとぼやいていたのを思い出す。普段の大きなリボンをハチマキか何かに変え、腕まくりして焼いている姿は……想像すると意外に似合ってるのかもしれない。

 

「あぁ、237合同が羨ましいわ。楽そう」

「言ってくれるな。こっちはこっちで面倒なんだぞ、調理担当。何作るかとか、色々考えないといけない。多分クレープ系になりそうなんだけど、他クラスの調理担当に色々教えないといけないし。味の研究とかで最近クリームばっかり食べててそろそろ飽きてきた」

「確かにそれは飽きそう……。滝野、アンタも2組でしょ、何してんの?」

「俺は内装。ずーっと色塗ったりしてる」

 

 滝野は2組所属なので、合同である以上役割を振られている。吹部でも雑用を多くやらされ、文化祭でも同様の有様。少し同情するところが無いわけでもない。けれどこれでも北宇治吹部の男子組待遇は大分マシになったのだ。野口先輩曰く、私が目立つ位置にいるからこそ相対的に男子の地位も上がりつつあるらしい。

 

「高坂、アンタは?」

「私たちはお化け屋敷です。私も出ますよ」

「お化けで?」

「はい」

 

 確かに高坂さんの長い髪は昔の幽霊を装うにはピッタリかもしれない。白い服なんか着た日にはそれっぽくなりそうだ。

 

「えーそれ怖い?」

「さぁ、私はあんまりお化け屋敷とか怖くないタイプだから。でも、クラスの中にホラー映画が好きって子がいて、色々張り切って監修してる」

「怖そう……」

 

 吉沢さんはちょっと身体を震わせている。ホラー映画は私以外じゃ家で誰も観ないので、死蔵されつつある。名作も多いし、BGMのありがたみが非常に分かる映像ジャンルの一つであると考えていた。

 

「そういや、ウチのクラスの文実がお前にすげぇ感謝してたぞ。桜地君のおかげでデザイン決まったって」

「あぁ、あれ。ウチの従姉が昔書いたのを貰ってきて、そのまま渡したら狂喜乱舞してたなぁ」

「あれなんだろ、画家とかイラストレーター的なことしてるんだろ?」

「そうそう」

 

 滝野の言う通り、今朝方登校したついでに自クラスの文化祭実行委員に渡しておいた。三枚あるので、一応各クラスごとにデザインが分けられる仕様になっている。とは言え、どれか一個に絞るのだろうと思っていたのだが、被服班が燃えてしまったらしい。そのまま各クラスずつ別のデザインにすることになったようだ。

 

 えらい感謝されたので、私が書いたわけでも無し、ちょっと申し訳ない気分にもなったのだが、これで多少準備に参加できなくても言い訳が出来る材料にはなったんじゃないかと考えている。

 

「香織先輩はダンスパフォーマンスですよね! 私、絶対見に行きます!」

「う~ん、でも私出るか分かんないよ? 宣伝隊長になったから。着ぐるみ着れるんだって、楽しみだよね」

 

 吉川は相変わらず目をハートにしている。衰えることの無い先輩への愛はこんなところでも発揮されていた。恐らく、冗談っぽく言っているが本気でシフト調整をして行く気なのだろう。凄い執念だ。この調子だと先輩の修学旅行の写真も買ってそうである。

 

 と言うより、先輩は着ぐるみ着ない方が良いんじゃないかとちょっと思った。クラスの人もあの顔とスタイルで宣伝隊長してくれたら呼び込みに丁度いいと思ったのだろう。吹部で忙しいのを理解して、当日だけの仕事をくれた感じもある。けど本人が着ぐるみを楽しみにしているのを見て言い出せなくなったと見た。流石吹部を飛び越えた北宇治のマドンナ。そのあだ名に恥じない貫禄がある。

 

「沙菜先輩の所は屋台なんですよね」

「そうだよ~」

「友恵もそうだって言ってたし、秋子ちゃんもそうだし、色々回らないと……」

 

 吉川は色々行きたいところがあるらしい。彼女は元々行事などは割と積極的なタイプ。受験などを気にしなくていい最後の文化祭とあっては、それを目いっぱい楽しむ所存のようだ。基本いつも元気で羨ましいとすら思える。

 

 今回の文化祭では演劇部とも個人的に協力関係を築いており、オリジナル演劇の脚本とBGMを作成しておいた。演劇部の部長からはかなり感謝されている。同じように演劇をやる5組も、私が脚本のアドバイスとBGMの提供をしている。こういう所で持ちつ持たれつやっていくことが大事なのだ。

 

 現在、北宇治高校の最も目玉な部活と言えば、吹奏楽部だ。実際Wikipediaにも大きく文量が割かれていた。この前の関西大会以後加筆してくれた人がいるらしく、十年ぶりに全国大会に出場という風に更新されていた。

 

 このように、現在では一番部活の中では目立っている。他の部活より頭一つ抜けていると言ってもいいだろう。だがそれはあくまでも現状の話。今後どうなるかは分からない。それに、学校の中の部活である以上、大人数・高実績に驕ることなく、むしろこれまでよりも他の生徒や教職員と友好的に接する態度が大事なはずなのだ。例えば人数が増えたらB編成組を野球部の応援に送ったりなど。これまでしてこなかったことをしないといけない。味方は多い方が良いのだ。どんな場合でも。

 

「でも思いもしなかったなぁ。文化祭の頃まで部活にいるなんて。今までを考えると、ちょっと変な気分」

「香織先輩……。何言ってるんですか、私はずっとやってられて嬉しいです。なんなら来年も一緒にやりたいです」

「優子ちゃん……。嬉しいけど、私、留年はちょっと……」

 

 先輩は、と言うより三年生はどこかセンチメンタルな気分になっている人も多いようだ。もうじき迫りくる自分の進路という大きな決断。その前に存在している全国大会や文化祭は、ある意味で不透明なものから逃れるための時間になっているのかもしれない。

 

「まぁ吉川の願望はともかく。来年以降はこれがまたスタンダードになるんですから。全国大会に行った新生北宇治最初の世代ということで、胸を張っていけばよろしいかと。私も皆さんが全国大会に行ってくれて嬉しいです。無論努力が報われたからでもあり、後まぁ個人的な話ですけどお仕事倍増したので」

「ちょっと感動した私の心を返して!」

 

 吉川のツッコミで少しだけしんみりしていた空気が消えていく。いい感じに乗ってくれた。そういう空気感になるのはもう少し後で良い。まだまだ全力で走ってもらわないといけない時期なのだから。それにしても、最初の世代のところでファーストチルドレンと呟いていた滝野は若干空気が読めていない。

 

 実際の話、仕事が増えたのは事実だ。界隈では全国大会出場となればかなりの箔がつく。こっちも売り込みやすくなった。おかげさまで千客万来。収入もかなり増えそうだし、嬉しい悲鳴である。忙しいのは相変わらずだが、変なストレスが減ったおかげがむしろすこぶる快調だった。この調子で来年も維持してほしい。そうすれば私の懐が温かくなり、より指導に精を出せるのだ。

 

 この一年で得た経験は大きいだろう。指導者としての経験、組織を運営する目線での経験、そして妥協しないという視点。これからの自分の人生がどういうものになるかは分からない。けれど日本で活動する場合は、外部コーチを頼まれることもあるだろう。これだけの人数がいる。誰か一人くらいプロや先生になることもあるだろう。そうなったとき、この経験は必ず役に立つ。

 

 そろそろ休憩時間も終わり、また練習に移っていく。やる事は一年間全く変わっていないが、パート練習の際に各教室に行った時の雰囲気は大分変っていた。それもまた、小さなストレスを減らす要因になっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭も数日後に控えたある日。この日は文化祭準備期間ということで自由登校になっている。これを活かして、我々吹奏楽部は来年度の部員獲得並びに自分たちの実力向上を目指して合同練習を行う。聞いた話によると、元々近辺の小中学校と交流をしていたらしいのだ。

 

 ただし、北宇治が転落していく十年の間にその必要性が薄れ、また北宇治の実力も近辺の学校に劣るモノになってしまい、その結果没交渉になっていたようだ。十年前は立華が北中、北宇治が南中を担当していたらしい。どちらも市内では強豪で知られる中学なので、分け合って交流をしていたようなのだ。そのせいか今でも南中の部員はそこそこいたりするわけである。希美のように。

 

 元々我々南中組が徒歩通学なのもあり、そんなに距離は離れていない。大型の楽器は向こうにも同じモノがあるらしいのでそれを貸してもらい、持ち運べるものは自分たちで持ち運びながらテクテクと徒歩移動である。大小のケースを抱えながら街中を闊歩している集団は、控えめに言ってもそれなりに不審だろう。制服を着ていなければ恐らく職質対象だ。

 

 向こうの中学側も体育祭の準備とかで今日は早めに授業が終わる日であり、本来準備しないといけない吹部の部員は特別にこっちに割り当ててくれたらしい。おかげさまでこういう日程のもとで合同練習を敢行できることになったのだった。

 

「ちょっと、緊張してきた」

「母校への凱旋なんだし胸張って行けば良いんじゃないの」

「私は北宇治で何の成果も残してないし……」

 

 母校への帰還とあって、みぞれや吉川はそれなりに楽しそう。中川も中学時代を思い出したのか、少し目を細めていた。それだというのに元部長はへこんでいる。確かに北宇治ではまだ実績を残していないけれど、それは他の部員にもそういう人はいる。別に彼女だけではない。堂々としていればいいはずなのだ。

 

 むしろ、私としては三年生の先輩たちが普通の顔でいてくれることに安堵している。南中組にいい思い出の無い人も多い中、協力してくれているのには感謝だった。彼らも自分が上手くなるためには過去の諸々を気にすることなく進まないといけないと思ってくれているのだろうか。もしそうなら、嬉しい話だ。

 

「堂々としてないと、カッコ悪いぞ。後輩にそんな姿見せたくないでしょ」

「確かに。そうだよね、涼音ちゃんもいるし……カッコいいとこ見せないと」

「そうそう。その意気」

 

 めいめいに話しながら道を歩くと、半年しか通っていない学び舎が見えてくる。会場は体育館で行う。セッティングは中学生組が既に終わらせて待っているらしい。会場といい、スケジュールといい、よく合わせられたモノだと思う。身内がいるからこそ為せるわざではあるが、それでも使えるものは使うのが正解だと思っていた。コネだろうと何だろうと、役立つなら結構である。

 

 会場である体育館の前で先生が整列させ、改めて指示を出した。

 

「皆さん。今回は非常に貴重な機会となっています。教頭先生からもうかがいましたが、かつては北宇治も積極的に近隣中学と交流しており、中でも南中は毎年行っていたようです。強豪校には、付近の中学校との交流を行う所も多いと聞きます。ある意味で、これはかつての北宇治の姿に戻りつつあるということの証でしょう。全国出場に相応しい演奏を、中学校の方に披露できるよう、気を引き締めてください」 

「「「はい!」」」

「では、行きましょう」

 

 先生に先導される形で体育館に入っていく。確かに少し懐かしい。そんなに多くの思い出があるわけじゃないけれど、何となく懐かしい気分になるのは、場所が持っている魔力なのかもしれない。

 

 中には椅子が多く並べられており、中学生たちが勢ぞろいしている。非常に準備が良いのは流石私の妹と鼻高々になる。顧問の姿は見えないが、思い返せば今は体育祭の準備中。外では一般生徒が色々動いているのが見えたし、そちらに行っているのかもしれない。

 

 楽器を体育館の端に置いた後、先生の指示に従ってそれぞれパートごとに椅子に座っていった。私はトランペットパートではなく、先生側。こういう時だけ軽く疎外感を感じることもたまにある。全ての準備が整った後、いよいよ練習の始まりだ。カツカツと体育館の床を鳴らし、私の妹が前に立つ。その瞬間ガタっと音が一斉に鳴り響き、中学生たちがその場に起立していた。

 

 妹が若干眉間を抑えつつ、座るように手でジェスチャーをするとまたスッと座っていく。北宇治の部員が軽く怯えた目で南中組を見ていた。そして視線はそれを組織している部長の方に移る。

 

「本日は、貴重なお時間を頂き、お声かけくださいまして誠にありがとうございます。南中学校吹奏楽部部長を務めております、桜地涼音と申します。北宇治高校の皆様におかれましては、兄が常日頃よりお世話になっております」

 

 途端にざわめく高校組。無言の中学組との対比が刺さっており、先生も若干ガックリきているようだった。確かにわざわざ言う話でもないのでこの血縁関係はトランペットパートや希美たち旧南中部員くらいしか知らない話であるのも事実。部長や副部長には流石に話を通してあるが、そうじゃない人は知らないのも無理はないだろう。

 

 確かにちょっと似てる……?、可愛い、兄貴より優しそう、お兄さんよりいい人そうなどの声が聞こえてくる。あまりな物言いに私も先生と同じくガックリ来そうになっていた。

 

「至らない箇所も多々あるかとは存じますが、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

「あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 空気の吞まれていた我らの部長小笠原先輩も慌てて挨拶を返している。その言葉に中学の一般部員から「よろしくお願いします!」の大音声が返って来て、かなり面食らっていた。各学校によって、当然部活に空気感の違いは存在している。それを比較するのもいい経験になるはずだ。

 

 来年以降、どういう部活を作っていきたいか。その参考になる。それに加え、どう運営していくかの指針にもなるだろう。各部活で取り入れている独自要素も参考にする所は多い。

 

「私たちの先生は現在少し席を外しております。間もなく戻るとは思いますが、申し訳ありませんが滝先生の方で音頭を取って頂きたく思います」

「分かりました。ではまず、北宇治の方から一度演奏を行い、その後南中の方でも演奏を行います。その上で、各パートに別れて一時間ほど練習。その後両校の顧問を交えて再度演奏を行い、教師生徒に関係なく指摘を行うようにします。よろしいですか?」

「承りました」

 

 妹は綺麗に一礼する。トロンボーンの野口先輩が視線で追っかけていたせいか、彼女である田浦先輩に脛を軽く蹴っ飛ばされていた。顔が蒼くなっている。

 

「では、北宇治の皆さん、移動をしましょう」

 

 舞台上には既にコントラバスやパーカッションパートの楽器などが並んでいる。後は持ってきた楽器を持って上がればすぐに演奏できるようになっていた。しかも席順も大会の時のものをそのまま再現している。これは別にそういう風にしろと伝えたわけでは無いけれど、中学の方でそう判断してくれたらしい。

 

 

 

 

 

 

 演奏の方は順調だった。特段瑕疵があるようには思えない。文化祭期間を経つつ、それでも大会の演奏も練習している。その実力は日に日に向上していた。夏以降オーボエは絶好調だし、上手い奏者が戻ってきたことでお尻に火が点いたのか、フルートパートも徐々に実力を向上させている。

 

 複雑な思いもあるだろうけれど、希美は基礎実力で言えば一番上だ。その実力者に教えを乞えば、上達速度も速くなる。使えるものは使う。そういう風に橋本先生が合宿で話していたのがここにきて効果を発揮しているように思えた。

 

 トランペットに問題はないし、そもそも問題が発生することが無いようにしている。私の地盤であり、この部活の最大戦力の一つ。高坂さんのソロでは中学のトランペットパートと思しき人が息を呑んでいるのが伝わった。ユーフォやクラリネット、パーカッションなど実力者を要しているパートの演奏時には中学生たちの手が動いている。視線は前のままメモをしているようだ。

 

 そして課題曲と自由曲の演奏が終わった時には拍手が起きている。それとほぼ同時期に向こうの顧問が姿を現す。まぁ正直妹の話を聞く限りあまりいい印象はない。と言うより何なら悪い印象しか無いのだが、それでも指導力は確かと評判だった。音楽的指導は的確らしい。それだけだ、とも妹は愚痴を言っていたけれど。中年よりやや若い、三十代後半の女性だった。神経質そうな印象を受ける。

 

「では、南中組移動します。今の演奏に恥じることの無い演奏を心掛けるように」

「「「はい!」」」

 

 どっちが部長でどっちが顧問か分からなくなるくらいには、部長の権限が強いのが今の中学らしい。来年はどうなるか分からないが、妹が指名する相手なので恐らく路線は継続だろう。一歩間違えると北宇治ルートに行きそうな気配もあるが、相手の顧問のくせが強いなら、それくらいでないと丁度良くないのかもしれない。

 

 そしてその演奏は非常に上手かった。指導力はあるというだけのことはある。表現力に富んだ音、決して外さない安定感。難しい箇所も指が丁寧に動かされ、そして雑にならずに全てが進行していく。やや楽譜通り過ぎると感じた府大会の頃とは打って変わって、今では彼らのやりたい音楽というのが前面に押し出されていた。それでいて技術は最高峰。しっかり聞かせる音楽になっている。

 

 当初はどこか中学生相手に先輩風を吹かせている感じのあった北宇治部員も最早そんな余裕はない。聞き入っている者、メモを取る者様々だけれど、一つ言えるのはまだまだ上には上がいると実感を持ったということだ。全国ではこういうレベルの相手と対峙することになる。と言うよりこういう相手しかいない。先生も思う所があるのか、しきりにメモを取っていた。

 

 吹奏楽には楽譜ごとに難易度を表すグレードがある。あくまでも目安であり、紹介されている媒体によって異なるのだが、一般的に6が最大であるとされている。今回南中が採用した自由曲『キリストの受難』は堂々の6だ。同じグレードだと関西で終わったとはいえ立華の『宇宙の音楽』などもそれに該当する。一方我々北宇治の『三日月の舞』は4か5とされていることが多い。その時点でそもそもの曲の難しさに差があるのだった。

 

 演奏が終わると、また大きな拍手が響く。フルートソロを担当している妹の顔は、どこか誇らしげだった。 

 

「では、これからはパート練習に移りましょう。指定された場所に移動してください」

 

 滝先生の音頭で両校の部員たちは一斉に動いていく。ここからは各パートでの練習だ。私はいつも通り各パートを回って欲しいというお願いを受けている。特に中学のトランペットパートからは熱烈に。その要望に応え、一応のタイムスケジュールも今朝妹が渡してくれた。何から何までそつなく準備しているので、正直私より絶対優秀だと思ってしまう。進路さえ決めてくれれば、言うことは何も無いのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 各パートを回るのは、普段と違ってかなり新鮮さがあった。大人しくしているように見える妹は、フルートパートの時にあからさまに興奮しているのが見て取れる。尤も、それは他の人には悟らせないようなレベルではあるけれど。後でどこかで話す時間を設けた方が良いかもしれない。

 

 流石強豪だけあって、どの部員の実力も非常に高い。クラリネットの三年生や二年生、チューバの三年生など、かなりの実力を有している部員が相当数いる。出来れば北宇治に来年・再来年と来て欲しいと思えるような人材が多かった。

 

「あの、桜地先輩ですよね」

 

 移動しようと思って廊下を歩いていると、声をかけられる。

 

「あの、桜地先輩って、部長のお兄さんなんですよね?」

「はい、そうですよ。鈴木さん、ですよね? チューバで、三年生の」

「はい」

 

 かなり身長が高い。多分170くらいはあるのだろうか。自分と比べても大体15センチくらいしか違わないので、視線が近い。中々新鮮な経験だった。

 

「どうでしょうか、あの子は? しっかりやれてますか? 兄としては是非とも忌憚のない意見を聞かせて欲しいところです。そんなに関わりは無いかもしれませんが……」

「優秀な部長です、とても。凄いカリスマ性もあって、演奏も上手くて、頭も良いし、先生にも対等に渡り合って、色々視野も広くて。ただ……」

「ただ?」

「多分ですけど、ちょっと前まで部長はどこか遠くを見てました。私たちの前では冷静沈着で、優秀な部長でしたけど、どこか息苦しくて。今の空気が嫌いって言うことじゃないんですけど。こういう真面目な空気感は好きですし、練習には打ち込みやすかったです」

「何か軍隊みたいだったけどね」

「あぁ、それはそうかもしれませんね。自然と始まったんですけど、最近はもう皆自然にやってますから。でも、やっぱり部長はどこか苦しそうというか、上手くは言えないんですけど、違う誰かになろうとしているような感じを受けました」

「……なるほど」

 

 彼女は非常に優秀らしい。冷静なタイプだけれど、しっかり相手の事を観察している。よかった、と少し思った。妹にもちゃんと心配してくれる人がいる。

 

「でも私がどうこう出来る話じゃなくて、結果も出てるし何も出来ないままだったんですが、この前お休みしてた時、やっぱりこのままは良くないなと思ったんです」

「そうでしたか、ありがとうございます。私の妹を気にかけてくれて。そういう部員がいてくれるだけでも、大きな支えになっているでしょう」

「部長、変わりましたよね。態度こそそんなにですけど、部長本来の人格がそこにいる気がして。やっとやりたいようにやれたというか、そんな感じがします」

 

 彼女は目を細めて言った。同じ三年生たちが同期である妹にどういう感情を抱いているのか、私には今までよく分からなかった。ただ、味方たりえる存在もいるのだと分かって、安堵している自分がいる。

 

「これからも、よければ見ていてあげて欲しい。あなたのような人がいてくれたら妹も嬉しいだろうから」

「はい。それは全然問題ないです。部長には色々お世話になったので。詰まってる時も解消に尽力してくれましたし」

「ありがとうございます。私も兄として、肩の荷が少し下りました。引き続き頑張ってください。私も応援しています」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げる彼女に軽く手を振ってから別れる。私利私欲も混ざりつつ実施したこの合同練習だったけれど、色々得るモノはあった。各パートを見ている限り、上手い奏者との交流は大きな刺激を生んでいるようにも見える。駅ビルコンでは清良との対面もあるし、それに備えて少しでも実力を上げたいのが本音だろう。

 

 あのサンライズフェスティバルで立華に怯えていた面影はもうとっくにない。清良すら打倒して見せると、そういう気概が漏れ出しているように感じた。その気迫に押されて、また練習に熱が入る。その好循環が今部活内で起こっているのだ。この火を絶やしてはいけないだろう。

 

 

 

 

 

 

 最後にもう一度演奏をして、各自感じたことなどを指摘していくフェーズに入る。これは最初かなり遠慮がちだったけれど、我が校からは高坂さんや田中先輩が、向こうからは先ほどの鈴木さんや妹が切り込んでくれたことでかなり進むようになった。どんどんと飛び交う指摘は年齢など関係なく、ただお互いに上手くなるための方策を出し合っているのだ。相手が中学生であるため、直接のライバルにはならないことも大きく影響しているかもしれない。

 

 先生たちも段々遠慮が無くなっていった。

 

「三日月の舞もⅣ番も、場面の切り替えが大事なのよ! 前の場面の演奏を引きずらない。一切空気感を出さない。その切り替えがまだ甘い! 映画で前の場面を引きずっていたら切り替えが台無しでしょう。それと一緒の事なのよ。表現は出来ているのなら、グズグズしないでその意識も加えなさい!」

「「「はい!」」」

 

 相手の顧問は確かに口が悪いというか、言い方に棘があるというか、まぁあんまり好かれないだろうなぁというタイプである。甲高い声もどこかヒステリックな感じを思わせるし。ただ、音楽的に言っている事は至極真っ当だ。これは確かにやりづらい。言う通りにやっていれば実力はつくだろう。まぁその結果実力をつけた生徒に反撃されたわけだけれども。

 

 ただし、我が校には同じく口が悪い先生がいる。そのせいか、北宇治の部員は何ら動じることは無い。これには向こうの顧問が少し面食らっていた。一方の滝先生はどこか遠慮しているのか、語気はおとなしめである。いつもの勢いはどうした? と我が校の部員の顔に書いてあった。

 

 ともあれ、全ての行程が順調に進み、かくして合同練習は無事に終了する運びとなった。

 

「本日はお忙しいところありがとうございました。南中吹奏楽部を代表し、深く御礼申し上げます」

「「「ありがとうございました!」」」

「こちらこそ、沢山勉強になりました。ありがとうございます」

「「「ありがとうございます!」」」

 

 ウチの部長が深く頭を下げている。続いて一斉に部員たちから挨拶。この辺はやはり体育会系だろう。サックスパートでも大分学びがあったらしい。部長は北宇治でも主戦力の一人なのだが、その彼女を唸らせる生徒も所属しているらしく、やはり層が分厚い。

 

「それでは解散とします。北宇治は各自楽器を持って学校に戻るように」 

「「「はい!」」」

 

 ぞろぞろとみんな帰っていく。満足げな表情の人もいれば、少し焦りを感じている人もいて、割と十人十色だ。希美も少し胸のつかえがとれたような、そんな顔をしている。多くにとって良い結果となったなら、セッティングした甲斐もあっただろう。

 

 向こうでは先生と相手の顧問が話している。先ほど「妹がお世話になっております」と社交辞令の挨拶をしたが、その時に顔が引きつっていたのが印象的だった。まぁ色々()()()になったのは事実なので「よくお話は伺っております」と言ったところより顔は少し蒼くなったので、これで釘はさせただろう。

 

「兄さん」

「あぁ、どうした」

「今日、ありがとう。希美先輩と話せてよかった」

「そうか」

「うん。私の音、聞いてくれた。私のやりたい音楽を聞いてくれた。それで……凄く良かったって。それと、ありがとうって言われた。私たちの夢を叶えてくれて、ありがとうって。それでもう、なんだか全部報われた気がした」

「なら、よかったな」

 

 学校へ戻っていく希美を見る妹の目には、かつてのような妄信はないように思う。勿論まだ好きだし、尊敬している相手なのだろうけれど、その色は純粋さがあるように感じられた。

 

「北宇治、いい音出してるね。生き生きしてる」

「それは指導者冥利に尽きるな」

「私、さっき決めた。自分の進路」

「……そうか。どこに行くんだ」

 

 彼女は私の方を向き直り、こちらの目をしっかりと見つめて言う。

 

「私は北宇治高等学校に進学したいと思います」

「後悔しないな? 大学受験を考えると、あんまり有利とは言えないけれど」

「分かってる。それでも、あの中で演奏出来たら楽しいかもしれないって思えたから。確かに私はこれまで、北宇治にあんまりいい印象は無かった。多分、嫌いだった。希美先輩を追い出して、兄さんを追い出して。そういう場所だと思ってたから。でも人が変わるように、場所もきっと変わっていく。少なくとも今の北宇治なら、好きになれるかもしれない」

「自分でそう決めたなら、反対はしない。来年、希美たちと一緒に待ってるから。それまでは南中で、あのメンバーと走り抜けること。良いね?」

「はい」

「よろしい」

 

 北宇治に来たい。そういう風に、身内から思ってもらえるような場所に出来たこと。それがもしかしたら、この一年間における最大の成果なのかもしれない。大会の結果や自分の経験も大事だ。けれど、音楽の楽しさを味わえそうだと思ってもらえる場所を作る事こそ、きっと学校教育の中における吹奏楽部の意味なんじゃないだろうか。

 

 来年も、再来年も、その先もそう思ってもらえる場所を作れるように。私は尽力しないといけないのだろう。それは容易な道のりではないけれど、どこか輝いているようにも思えるのだった。

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