合同練習の後も文化祭や体育祭、そして肝心要の大会の練習は進んでいく。そして文化祭の当日は秋晴れの気持ちいい日になった。夜は天気が崩れて台風が来ると言われてるが、今は風が少し強いくらいで大した事はない。
仕込みや準備は万端にしてから体育館に移動した。ここでは吹奏楽部の演奏会が待っている。11時頃というそこそこ美味しい時間を振り分けて貰えたので、文実と教頭先生には感謝だろう。
「皆さんこんにちは! 吹奏楽部の発表のお時間がやって参りました」
文化祭は異装が許可されている。なので普段の制服とはちょっと違う衣装を家から持ってきた。中に来ているシャツは同じだしズボンも使いまわしだけれど上には一応スーツを着ているので一見すると先生のように見えるかもしれない。普段演奏はしないので目立つことも無い私だが、今日というハレの日くらいは良いだろうとちょっとした仮装である。
田中先輩の軽快なトークが終わり、そして本来三年生が決めるはずだったけれど私に譲られた権利を行使して決めた楽曲が演奏され始める。この文化祭も来年以降に向けた重要な布石。今は小学生や中学二年生以下でも再来年やそれ以降に上手な奏者となってやって来るかもしれない。もしくはまだ音楽を始めていない子が音楽に出会う機会になるかもしれない。そう考えれば、このイベントですら大事な布石になるのだ。
「短い時間ですが、お付き合いよろしくお願いします。指揮は我らが特別顧問の桜地君が担当します」
先輩のアナウンスに合わせて観客席に向けてお辞儀をする。全国行きとあって生徒の保護者や他校の生徒であろう層で体育館の座席は満席に近い状態になっていた。
先輩が席に着いたのを確認し、指揮棒を構える。まずは一気に注目を引くために『星条旗よ永遠なれ』。そして『三日月の舞』『ルパン三世のテーマ』『学園天国』の順だ。途中で先輩のトークも挟みつつ、問題なく曲は進行していく。これなら自信をもって強豪校を名乗れるだろう。例え音楽に詳しくない人でも聞いていて上手いと言えるくらいには上達している。日頃厳しく特訓していた成果が着実に現れており、素晴らしいものになっている。満足のいく出来だった。先生も横で見ているが満足そうな顔をしている。
演奏が終われば喝采が飛んでくる。部員と共にお辞儀をして、速やかに撤収だ。体育館では次の予定が入っているし、我々個人個人も決して暇じゃない。休憩は1時半~文化祭終わりまで。現在時刻は11時半。
クラスに戻って、急いで上着をしまってすぐ調理態勢に入る。もっともメニューにおける最大の目玉であるクレープケーキは昨日の段階で八割くらい完成して冷蔵庫に入れてある。この試行錯誤で大分ケーキを食べた。クラスの面子を実験台に使ったため、クリームはしばらくいいや、とスイーツ好きな女子も言うくらいになっている。そうなるだけの努力はしたつもりなので、味は保証している。
「いらっしゃいませ!」
「こちらにどうぞ!」
メイド服がクラスごとに違うこともあり、中々種類が豊富なメイド喫茶に仕上がっている。おかげさまかどうかは分からないが、かなり大繁盛していた。吹部のメンバーも何人か顔を見せている。
「先輩来ましたよ!」
「お邪魔します」
「ほらほら、つばめも遠慮しないで」
やって来たのはパーカッションの一年三人娘。引っ張っているのが井上さん。丁寧なのが堺さん。そしておっかなびっくりやって来たのが釜屋さんだ。道場破りのような気迫すら感じる井上さんに、釜屋さんがちょっと困ってる。この三人、特に井上さんと堺さんは割と交流のある一年生だった。
堺さんが音楽にかなり造詣が深いため、共通話題が多く、よく話をしたりCDを貸したりしている。家にあった古いレコードを渡した時はかなり喜んでいたのを覚えている。井上さんは集団と個別の違いはあれど、同じピアノ教室にいたので割とそれで話が合うことが多かった。本人もカラッとしていて話しやすい。
釜屋さんは人見知りな印象を受けるおとなしめの子だが、同じB編成組やパーカッションパートでは交友関係を築けているのは知っている。これから伸びていくであろう期待の星の一人だ。今はB編成でも、来年再来年にどうなるかは分からない。きっと成長してくれるだろう。
他にもメイドをやっている岸部の様子を見に他のホルン隊が来たり、サックスの三年生五人組が来たりと結構見知った人が来るものだ。そして私の家族もやって来る。
「わぁ、綺麗な子……」
「背高いね」
「大人な方も綺麗だなぁ……」
ざわめきが起こる中、私としてはちょっと微妙な気分になりつつも席に案内する。呼び込みから戻って来た滝野が妹に小さく手を振られて周りから連行されている。合宿で私を羽交い絞めにした罰を食らっているようで、少し笑ってしまった。
「あの、指名などは出来ますでしょうか? 出来れば希美先輩を指名したいのですけれど。指名料はお支払い致しますので」
「えっと、当店はそのようなシステムはございませんので……。希美、ご指名!」
「はーい」
恐ろしい会話が繰り広げられている。本気で指名料を払いかねないだろう。我が妹ながら怖い子だ。これが来年北宇治に来ると考えるとちょっと不安になって来る。頭をよぎるのは「マジエンジェル」と高らかに言う声。いやーな記憶が蘇って来た。
様子を覗くと、希美とずっと話している。話しかけに行こうとするとあっち行ってと目で言われた。実の兄に何と言う扱いだと思わないでもないけれど、他の注文が入ったのでそちらの対応をしていく。さっきはあっち行けと視線で言っておきながら、妹は帰り際に私の方にやって来た。
「お疲れ、兄さん」
「ここはそういうお店じゃないからな」
「分かってる。あ、それはそうと、1年7組のお化け屋敷がお勧め。クオリティー高かったから。希美先輩と行ってきな」
言いたいことだけ言うと妹はぴゅーっと去っていく。途中で私の友人二人とも出会って少し話していたようだった。雫さんは静かに見守っているが、恐らく人が多い場所が苦手なだけだろう。こんな有様でよく京都に住んでいると言いたくなる。宇治も普段は観光客だらけなのに。
妹と従姉が違う教室に行ったのと入れ替えで見知った顔が入って来た。
「ちょいちょい」
「どうした中川」
「優子が来たの見えてた?」
「見えたけど」
「ちょっと嫌がらせというかいたずらというかしたいんだけど。こんな感じのピサの斜塔みたいな巨大クレープ作れる?」
「いや、出来るけど……。材料もあまりがあるし何とかなるけど、ホントに良いのか? 君の自腹だよ?」
「大丈夫だって」
「仕方ない。どうなっても知らないからな……」
「ありがとー」
「ハイハイ」
面倒な注文とは思うけれど、まぁ自腹で全部払うなら良いだろう。そこまでしていたずらしたいのは、最早愛なのではないだろうか。しかし、注文通りに食わせるのは酷だろう。そんなカロリーの暴力みたいな物を。胸焼けするだろうし、年頃の女子に食べさせる物ではない。一応工夫をしつつ出来たが、私だったら絶対頼まないし食べたくない。
「出来たぞ。持ってく。そのまま普通に運ぶと壊れるから」
「サンキュー」
「……お待たせしました」
私の声、若干ひきつってると思う。
「あ、どうも。って何よこれ!? どう見ても嫌がらせなんですけどー!」
糾弾を避けるべくさっと後ろに下がる。
「やだなー。違いますよー」
「私、ピサの斜塔なんて頼みましたっけ?」
「これが当店のスペシャリティいちごクレープですよ、お客様。ごゆっくりお召し上がり下さ~い」
「分かったわよ。受けて立とうじゃない」
吉川はスプーンを構えて食べ始める。作っておいてあれだが、うわぁという感想が出てくる。それでも悪戦苦闘しながらも食べようという心意気は感じた。残すのはもったいないという姿勢かもしれないし、或いは中川への意地かもしれない。
「あれ、そんなに甘くない」
「そりゃあね。一応クレープ生地は甘さ抜いた奴を作り直したし、クリームも甘さ控えめにして量も減らして果物中心にしたし、所々抹茶とかチョコの層も作ったから食べやすくはしたつもり。あとカロリー抑え目に」
「そんな配慮が出来るなら最初から止めて欲しかったんだけど」
「そんなに止める理由は無かったんだなぁ。全部中川の自腹だし」
「あ、ちょっとバラすな!」
中川の言葉を軽く流しながら誤魔化して逃げてきた。
「あそこの二人も仲良いねぇ」
「希美も、あれ食べたい?」
「へ? 気持ちだけで十分だよ」
「好きな方食べる?」
「ちょっと~これ注文のやつじゃない?」
「また作れば良い」
「もうー」
希美にクレープケーキを差し出していくみぞれ。別に食べさせるのは構わないけれど、全部売り上げに計上しないといけないのでお支払いは自腹になる。提供する側が正規の価格で食べてるの、なんだか搾取してるみたいな構造になっていた。
「こっちの二人も仲良いねー」
「うん」
「誰が作ると思ってるんでしょうね」
「「うわぁ!!」」
「そんなに驚かないでください」
あの珍妙なやり取りを見ていたのは知り合い二人。高坂さんと黄前さんのコンビだ。
「ちょっと、先生、ホント心臓に悪いので止めて下さい。久美子大丈夫?」
「何とか……」
「これは申し訳ない。そんなにビックリするとは思わなくて。まぁゆっくりして行ってください」
「「はい」」
二人に軽く挨拶をして、残りの注文の処理をしてしまう。残りは大体一時間弱。確かにお昼時なので忙しいけれど、バイトの繁忙期に比べればそんなにでもない。飲食店で働いておいて良かったとこんな時に実感した。
その間にも噂を聞き付けたのか色んな人が来た。吹部の先輩や後輩。他校の生徒や保護者。教頭と校長も来ていたけれど、いい年したおじさんが女子高生にメイド服で接客されている姿はあまり教育によろしくない気がする。
それに反して担任は割と若いので何とか問題ない絵面になっている。忙しくて対応できなかったが、滝先生と外部コーチの二人も来ていたようだ。ひたすら焼いたり盛り付けたりと目まぐるしく働いていくと、時間はあっという間に過ぎ去っていく。
ピークを過ぎると少しだけ客足も減る。相変わらず七割がた席は埋まってるが、それでも問題なく引き継げる感じになった。それでも仕事量は減って楽になる。あと五分くらいで仕事が終わりだ。そうなると、少し休めるようになるだろう。どこか別の教室に行くもよし、休憩するのもよし、だ。
「先輩! お疲れ様です」
後ろからいきなり声をかけられたので、一瞬誰かと思った。
「あぁ、吉沢さん。いらっしゃい」
「はい。可愛い後輩、吉沢秋子、ただいま参上です。もっと早く来たかったんですけど、クラスの方がなかなか抜けられなくて……」
「わざわざありがとうね」
「いえいえ。先輩に会えて良かったです! その為に来たんですから!」
「そうなの? お世辞でも嬉しい言葉だ。もうすぐ仕事終わりだったから、入れ違いにならなくて良かった」
「それはそれは。良かったです!」
「じゃあ席に案内しよう」
「ちょっと待って下さい」
「?」
「ここはメイド喫茶です。ですが、先輩はメイドさんじゃないです。男子ですしね。では、メイドと対応する男子用の仕事は何か。そう! 執事ですね。という事で、そんな感じでやってみて下さい」
えぇ、という顔をするが期待されては断れない。普段練習を頑張っている後輩でもあるし、今は特別な時間だ。少しくらいは要望に応えてサービスするのも悪くは無いのかもしれない。
「仕方ないなぁ。お手をどうぞ。ご案内致します、お嬢様」
「ありがとうございます!」
「喜んでくれたなら何より」
席に案内して、注文も受ける。我ながら、そこそこ尽くせりな事してる気がする。別に良いのだけど。注文された品を出して少し話している。
「凛音~。仕事終わった。遊び行こう! みぞれも待ってるよ」
「ん? あぁ、そうなの? 私と行くの?」
「そのつもりだけど……嫌?」
「嫌では無いけど」
「あーあー、傘木先輩? でしたっけ? 今先輩と喋ってるのは私なんですけど~?」
「吉沢さん? だっけ? 随分凛音と仲よさそうだね。どんな関係かな?」
「ただの先輩後輩ですよ~。今は」
「そうなの。ゴメンね~。今から一緒に文化祭回ってくるんだ」
「あらあら、それは残念です」
「それじゃ凛音は連れていくね~」
「はい~」
「負けないよ」
「負けませんから」
二人とも顔が怖い。この空気感は大学時代に経験した修羅場を思い出す。当事者じゃなかったとはいえ、アレは結構大変だったのを思い出す。今この空間にあの時と同じような空気感が流れていた。
「二人とも、喧嘩してるのか?」
「「……何でも無いです」」
「あ、そう」
希美に連れられ廊下に出る。メイド服のままだが、着替えるのも面倒そうだしこのままで良いのだろうか。
「あ、希美」
「みぞれ、お待たせ~」
「ちょっと提案なのだけど、吉川のクラス行ってみない? 今は丁度シフトのはずだし。鳥を焼いてる吉川が見られるはずだし」
「面白そう」
「レッツゴー!」
私の提案に二人が賛同してくれたので、そのまま吉川の教室に行く。漂ってくるのは肉が焼けるいい匂い。それにつられたのか、かなりの人数が殺到していた。中は結構修羅場になっている。
列に並んでみると、結構お腹が空いてきた。色々話をしながら待つこと数分。順番が回って来る。目の前にいるのはハチマキしながら汗をぬぐいつつ、軍手と黒いクラスTシャツを着た吉川。どこからどう見ても居酒屋の店員である。思わず三人して笑ってしまった。
「いらっしゃいませ! って何笑ってんのよ!」
「いやだって、面白いから」
「優子、似合ってる」
「みぞれ……。こんな私、見て欲しくなかった……」
ちょっと落ち込んでいる様子だけれど、すぐに元の調子に戻って注文を聞いてくる。後ろも詰まっているので手早く注文して受け取った。受け取っている最中、後ろからパシャリと音がしたので振り返れば吉川を撮影しているみぞれ。吉川は若干半泣きである。これは是非香織先輩も呼ぶしかあるまいと、私もメッセージを送った。すぐに既読が付いて、友達と向かうらしい。愛しの先輩を呼んだので感謝してほしいと思いながら、移動した。
その後も綿あめやフランクフルト、カレーなど色々と食べ歩きつつ、時々滝先生のクラスでやっていた劇などを見つつと文化祭を回っていく。そして先ほど妹からも勧められた1年7組、お化け屋敷の前に到着する。外装は結構凝っていた。進学クラスは学年によってかなり特色が出るそうで、年度によってはやる気のない学年もあるようだが、今年の一年生はかなり気合が入ってるらしい。
入り口でそんな事を考えていると、みぞれは私たちを交互に見た後、何かを決めたように小さく頷く。
「どうしたの?みぞれ?」
「私、用事あった。優子に先輩の所に行こって、誘われてた。だから、二人で行って」
「え? 別に良いけど……」
「君は良いの? 希美がいなくて」
「平気。優子と行ってくる。行ってらっしゃい」
「! ……ありがとう、みぞれ」
「希美の為なら」
よくわからないがこの二人が納得してるなら良いだろうと思って了承する。さっきから携帯に吉川からの通知が止まらないが、きっと文句だろうということでサラッとスルーした。
「ところで、希美はお化け屋敷大丈夫な人?」
「あんまり入ったことないかも」
「へ~」
入り口で懐中電灯を渡される。結構本格的らしい。建築法だったか消防法だったか学校の安全基準だったかは忘れたけれど、教室を暗くするときは何らかの明るさで周囲の安全を確保しないといけないらしい。案内されるままに入り口から中に入った。
「そういえばさ」
「うん」
「高坂さんに聞いたけど、ホラー映画マニアが監修したらしいよ、このお化け屋敷」
「……え」
肝心の希美は、入るまでは楽しそうだったのに今は隣でガタガタ震えながら腕にしがみついてきて歩きにくい。それだけじゃなくて、色々当たっていてこちらとしてはかなりやりにくい。他の男子にこんなことしたら勘違いされてしまう事だろう。元々かなり対人距離が近いのだし。
「大丈夫?」
「よよよよ、良くへへ、平気だね。こ、怖くて……」
「そんなに怖い?」
「うん。めちゃめちゃ怖……キャーッ!」
「うわっ!」
希美の声にビックリした。お化け役の子の持ってるこんにゃくだ。また古典的な……。けれどいきなり来たら驚く。
「ほらほら大丈夫だから。一人じゃないでしょ」
「う、うん」
半分涙目のメイド服の子を連れてると犯罪してるみたいな気分になってくる。
「ほらこの辺は大丈夫……」
と言おうとした矢先に壁の穴からバッと大量の手が出てくる。シンプルながら確かに怖い。人的資源もかなり使っているし、本当にホラーや怖いモノが好きな人が監修したのがよく分かる。BGMも工夫しているし、空調にも気を遣っている。お墓の卒塔婆やかかっている掛け軸もしっかり拘っているようで、細かい字でお経のような文字が書かれていた。
「は、ははは」
希美の笑い声が引きつっている。取り敢えず前に進まないと後ろから来てしまう。足を前に出すと、何かを踏んだ感触。途端に室内の薄暗い電気が消えて、持っていた懐中電灯の灯りまで消えてしまう。
「ラ、ライトォー!」
「そういう仕掛けなんだよ、今ボタン踏んだし」
「何踏んでるの~」
「そんな理不尽な」
ポカポカ殴って来るが大して痛くない。多分踏まなかったらバックヤードにいる子が別のスイッチで切っていたはずだ。それにしても本当に凝っている。希美は私の腕を引っ張りながら前に進もうとしている。
「と、とにかく出よう。ね?」
「分かってるって」
そこからはあんまりギミックも無く、雰囲気を楽しむ感じだった。文化祭にしてはかなり上手い出し物だと思う。企画者は遊園地とかに就職したらいい職人になれそうだ。相変わらず密着してくる相手にちょっと困りつつ、出口に向かって歩いていた。途中で何か変なカーテンを見つける。あ、まずいと思ったのも付かぬ間、いきなりカーテンが開いた。
「待って、いたぞ~」
中からは紅い光を背景に白装束に黒髪の女。口元からは血のり。鶴屋南北の東海道四谷怪談を基にしているのだろう。よく見ると顔が高坂さんだった。ここで出番があるのかと、前言っていた話の内容を思い出す。
「ギャーッ!」
「大丈夫だから、ほらよく見て。私の後輩の高坂さん」
「……どうも」
あまりのビビり具合に高坂さんも困惑していたようだ。普段の希美はそんな素振りも無いので、印象と違くて困ったのだろう。かく言う私も、こんなに怖いのがダメだとは思わなかった。美人な子が真剣に演技をすると真に迫っていて怖いものだ。自分の家の廊下に、雨の日の深夜とかに立っていたら私も腰を抜かしていたかもしれない。
「ぜぜぜ、全然怖くなかったね!」
お化け屋敷であんなに震えて叫んでたのに説得力が皆無だった。笑いながら次の場所へと移っていく。去年は何をしていたのかよく覚えていないけれど、今年は思い出のメモリーが埋まっていくのを感じる。携帯の写真フォルダにも準備期間を含めて多くの写真があった。部活のモノ、クラスのモノ。その数に、今が充実していることが分かる。
去年は多くのモノが欠けていた。今年がその欠片が全部埋まっている。だからこそ、楽しいのだろう。去年最も欠けていた存在を隣にしながら、そう思った。
文化祭も閉幕となり、最後は体育館に全学年が集合している。オープニングセレモニーでは動画が流れたりと色々していたけれど、本番はどちらかと言うとこの終幕を飾るエンディングセレモニーの方になっている。色んな部活が演奏したり、先生たちの出し物が存在している。
最後の最後ということもあって大盛り上がりの中、我々はこっそりと移動するのだ。今は前の軽音楽部が演奏している。今の軽音は元吹部組も所属していて少し複雑なのだが、それは今は置いておくことにした。ドラムセットはそのまま置いておいてもらえるように話はつけてある。
窓の暗幕が閉められているので体育館内はかなり暗い。その中ステージまで行って演奏しないといけないので結構大変だ。軽音の後は先生の出し物が挟まっており、その間はステージの幕がいったん下りる。そこの時間を使って暗い中だけれど作業してスタンバイする方式になっている。スポットライトとかを上手く調整してくれるように演劇部や文実とも打ち合わせ済み。盛り上がりを絶やさないようにしたかった。
丁度軽音の演奏が終わり、大きな喝采が飛んでいる。ステージの幕が下りると同時に、係の文実が呼びに来た。
「吹部、お願いします」
部長が頷いて、全員で準備を始める。先生たちはそれぞれ歌ったり一芸を披露したりしている。毎年恒例行事のようだ。意外な先生がギターを弾けたりするので面白い。とは言え今年は裏側でそれを聞くことになっていた。
先生たちの出し物が佳境になっている間、なんとか時間内に準備が終わった。ここは結構タイトなタイムスケジュールで動いていたので、リハ段階では結構心配だったのだが、時間内におさまってホッとしている。
ステージの幕が上がる前に、無言のまま全員を見渡した。先ほどの演奏、そしてその後の文化祭の日程を経ているが、それでもまだ全員余力は残っているようだ。合宿中の十回通しに比べれば楽だと顔に書いてある。
「先生方、ありがとうございました」
アナウンスが外で響いている。ステージの幕が徐々に上がっていく中、体育館は喧騒で満ち溢れている。その盛り上がりの中、私はこちらを見つめている部員たちに向かって小さく口を開いた。
「Are You Ready?」
Yesと口パクの返事が返って来る。それに頷いて、指揮棒を手に持った。先生は傍らで発表を見守っている。この時間に指揮をしないのは、先ほどの先生の出し物に参加しないといけなかったからだ。スポットライトの光が一気にステージを照らし出す。その中で私は大きく手を挙げた。
演奏曲は『銀河鉄道999』。不朽の名作と名高いアニメの有名な主題歌だ。それを吹奏楽部版に改良した楽譜が元なのだが、そのままではなく少しだけアレンジを加えている。より盛り上がるように工夫を加えようということでそういう判断をした。挙げられた手を合図に放送部がスイッチを入れてくれる。ざわめく会場内に汽笛の音が鳴り響いた。
視線と意識がこっちに集中したのが分かる。それを以て一気に指揮棒を振り下ろした。まずは中川が弾けるというのでお願いしたギターと、パーカスの井上さんが弾くドラムが最初の入りを担当。そこから一気に吹奏楽版の本来のモノより派手かつアップテンポな演奏が始まる。
スポットライトの光が輝く中演奏は進められていく。後ろからは手拍子や歓声が幾度も飛び交う。普段のコンクールとは全く違う雑多ながらも燃えるような熱気に満ちた空気の中、演奏しているのは彼らにとっても新鮮な体験なのだろう。この盛り上がりを肌で感じて、その顔には興奮と歓喜が見えた。
そして演奏はサビの部分へ。ここでもう一個だけあった仕掛け。我らが顧問滝先生は割といい声をしている。そして歌も当然音楽教師だけあって上手い。しかも吹部以外の生徒には人気。これを使わない手はないだろうということで、お願いしてあった通りマイクのスイッチが入る。スポットライトの光が一条分けられて、傍らにいた先生を照らす。
そしてサビの英語の部分を先生が歌い始める。女子生徒から悲鳴のような歓声が上がった。凄い人気だ、とちょっと苦笑いしながら、終盤まで指揮棒を振った。若干ズレてる手拍子やら歓声やらは何のその。この環境でも全く揺らぐことなく演奏は練習通り完璧に終了する。ドラムセットをそのままにしてくれた軽音部にはあとでお礼を言わないといけない。
演奏終了後は凄まじい拍手。盛り上げてほしいという依頼は完遂できたようだ。背後からはアンコールを要求する声。予定には無いので困った顔で体育館の横で見守っている文実の委員長に視線を送ると大きな○のサインを出して来る。マジかぁと思いながら部長に視線を送ると、親指を突き返された。ならしょうがないのだが、何をやるのか。練習した曲の中なら学園天国辺りが良かろうと考えて即座に指示を出す。
腕を上げ、楽器を構えてもらう。アンコール要請が通ったことが分かった会場はまた拍手。その中で指揮棒を振った。
「盛り上がったね~」
外では雨がチラつく午後六時の廊下はどこか暗い。それでもまだ校内には多くの生徒が残っているようだった。先ほどのエンディングセレモニーでのアンコール演奏も希美の言う通り、大層盛り上がっていた。観客にもコール部分をやってもらうように巻き込みつつやったのが刺さったようだ。
かなりのアドリブ技だったけれど対応してくれた部員の実力にも敬意を表するところだ。終わった後かなり楽しそうにしていたので私としても色々企画した甲斐があったと思う。特に、これまで演奏の機会が多くなかったB編成組は数少ない機会でここまで盛り上がり、相当喜んでいた。
「打ち上げはまた今度だってさ。今日雨だから」
「了解」
「よかったね、合同だけど出し物の学年最優秀賞で。学校は1年7組に取られちゃったけど」
「あのギミックには勝てないよ。それに、学年最優秀なのは私の料理スキルが良かったからだと思う」
「え~、接客組じゃないの? 頑張ったのに」
「冗談冗談。多分本当はそっちだと思う」
外の雨足は大分強くなっていた。風もそろそろ出始めている。迎えを呼んだ方が良いかもしれない。7組のみぞれや中川はもう帰ってしまった。希美はクラスで話していたら、私は先生と明日は台風なので休みになる可能性が高いことや、その場合ズレたスケジュールの調整などの話をしていたら随分と遅くなってしまった。ピロリと希美の携帯にメッセージが来た音がする。
「お母さん今日帰ってこないみたい」
「電車止まってる?」
「そういう訳じゃ無いんだけど、まだ用事が終わらないらしくて、なんか戻れなそうって」
「大阪行ってるんでしょ?」
「そうそう。お母さんの叔母さんが入院してるみたいで。お父さんも仕事先に泊るらしいし、じゃあ私一人か……」
そう言いながら希美は鞄をまさぐった後、自分のポケットを探して、しばらくごそごそした後に蒼い顔をする。
「なに、傘でも忘れた?」
「ち、違うけど……」
「それじゃあ、どうしたの?」
「鍵、忘れた。家に」
「え、どうやって出てきたの」
「家出る時はまだお母さんいたから、完全にド忘れしてた。普段家にいるからさ。入れない。どうしよう……」
「誰かの家に泊めて貰うしか無いんじゃない? みぞれとか中川とかの」
「今から急に押し掛けたら迷惑だよ……。それに相手の親にも悪いしさ。最悪どっかのホテルとか無いかな。料金後払いの」
「今日はどこも埋まってるんじゃない? こんな感じだし」
外を見ればドンドン風が強くなっている。この中帰宅はしたくないと、迎えをお願いする。
「親の許可もいらない上に迷惑じゃない家、一軒だけ知ってるけど」
「え、どこ!?」
「私の家」
親はいないし、大人は雫さんだけだけれど、実質的な家主は私だ。そもそも所有権もこっちが持っている。妹は大歓迎しかしないだろうし、部屋なら腐るほどあった。こんな日には妖怪でも出そうな家だけれど、他に選択肢が無いなら一番楽なのが私の家だと考えて提案してみた。唯一の問題点は同級生男子の家でもあるということかもしれない。
「それで、どうする?」
風が窓に吹き付ける音がする。そんな中、真っ赤になった顔で彼女は蚊の鳴き声のような音量で答える。
「よろしく、お願いします……」