音を愛す君へ   作:tanuu

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3期放送が始まり、大変喜んでおります。この日をずっと待ち続けておりました。この作品もアニメと共に更新を続けて、同時並行でお楽しみいただけるように頑張ります。

感想・評価・メッセージ等お待ちしております。


希美√第5楽章 リスタート
第五十六音 心機一転


 全国大会は終わった。結果は望んでいたものでは無かったとしても、去年まで府大会銅賞で終わっていたこの部活の姿はもう無い。確かに全ての高校吹奏楽部が憧れる場所に行けたのだ。それだけは事実だった。大会が終われば例年より長く部活に残り続けていた三年生は引退である。そして、二年生中心の新体制へと移り変わっていく。

 

 大会から帰還した翌日。まだ興奮も消えてないこのタイミングで、私は部長と副部長から呼び出しを受けていた。その内容は正直察しがついている。この部活では、新部長と副部長は三年生からの指名制になっている。そして数日後には、誰が指名されたかの発表と他の役職を決める二年生だけの会議が開催されるのだ。

 

「お待たせしました」 

「ごめんね、急に」

「いえ、大事なお話でしょうから。決定したということですね? 次の幹部が」

「さっすがぁ、話が早い」

 

 田中先輩はいつも通りの少しおどけた口調で言う。思い起こされるのは夏休みの記憶。希美が復帰するとなった時に発せられた、彼女の言葉。希美を部長にする気は無いと、私ははっきり答えた。そしてその感情は当然今も変わってはいない。彼女を部長にするのは無理だ。北宇治高校ならば、別の適任者が存在している。

 

「まぁこの時期ならそれしかないでしょうしね。それで、誰が担当するのでしょうか」

「うん。部長は吉川優子ちゃん。副部長は中川夏紀ちゃんにお願いすることになったよ。もう、本人たちの承認も貰ってる」

「なるほど。良い人選だと思います」

 

 吉川はリーダーシップがある。と言うより声がデカい上に発言力があって基本パワフルだ。人の上に立つことはできるだろう。中川は高校から始めた初心者とは言え、吉川を補佐するならばそれ以上の人材はいないと思っている。普段は犬猿の仲であるかのように見えるけれど、その実離れ離れにすると調子崩すタイプのコンビではないだろうか。凹凸は組み合わせればぴったりとはまるモノである。

 

「吉川のリーダーシップと中川の補佐なら上手く回るでしょう。特に、後者は強豪となりつつある部活の中で初心者勢でも幹部になれるという希望の星的存在として有意義だと考えます」

「君が引き受けてくれるなら、部長でも副部長でもすぐに渡すんだけどなぁ」

「私は今の仕事で十分です」

 

 私は部長になれないだろう。地盤が弱い。それに女性の方がやりやすいこともある。特にこの女社会では。副部長にはなれるかもしれないけれど、そうなると指導がやりにくい。このアンバランスな立場を保ちたい身からすれば、変に副部長などになると逆に動きにくいのだ。いずれにしても、私は今の位置以外にはなれない。例え田中先輩がどういう訳か私に幹部職が向いていると言っていたとしても。

 

「……私たちは、過渡期を乗り切るしかなかった。正直、多分流されてるだけでどうにかなっていた部分もあるんじゃないかな。だけど、来年はそうじゃないと思う。きっともっと実力のある子も来て、一番難しい時期かもしれない。新三年生の人数も少ないし。だから二人を支えてあげて欲しい。お願いできる?」

「勿論です。それが私の職責ですから」

 

 部長の言葉に深く頷く。どんな存在が部長になろうとも、私は私にやるべきことを実行するだけだ。当然、来年は今年以上の結果を。口に出す出さないに拘わらず、皆が思っていることを私も思っている。

 

 かくして、私は先生と同じく他の部員よりいち早く新体制の情報を手にしたのだ。今後どういう組織を作っていくのかは、我々に託されたと言ってもいいだろう。そうである以上、前進を続けないといけない。停滞は緩やかな衰退であり、今年以上の結果を得たいのならば、何かを変える必要が存在しているのだから。まだ北宇治は過渡期だ。強豪としてのアイデンティティを形成していないし、強豪だった時代の組織運営は既に無くなっている。もう一度強豪であることを継続したいなら、組織運営にも当然気を遣わないといけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 吹奏楽部は全国大会が10月下旬頃には終わるわけだが、三年生が引退してそれから新入生が入ってくるまでの11月頃~3月まで遊んでいるかと言うとそんな訳もなく、イベントがきちんと用意されている。一番直近であるのは定期演奏会だろう。年明けに開催される。それ以外にも、この期間を有効に使用することを考える必要がある。この時間は新年度から全国大会までの期間にも匹敵する長さだ。その時間をどう使うかで来年以降の大会にも大きく影響すると考えている。

 

 朝、11月の空を見ながら、今後の予定を考える。演奏会の練習もしなくてはならない。北宇治を進路先に考えている中学生たちは定期演奏会などのイベントでの演奏を見て、決めることもよくある話だという。部員確保のためにも、成功は必須だ。

 

「南中、もう新体制始まったのか?」

「そうだね」

 

 妹は普段より少し遅い時間に起きてきた。今まではかなり朝早く起きていたけれど、全国大会が終わった今、三年生である彼女は既に引退している。そうである以上、部活に顔を出す必要もなくなり、自然と起きる時間は少し遅くなっていた。とは言えそれでもギリギリにならないのは染み付いた修正なのかもしれない。彼女の内申点は問題なく、成績も優秀なので北宇治に落ちる事はまずない。そのためか、どこか緩んだ空気感を醸し出していた。

 

「新部長は?」

「ちゃんと任せてきた。信頼できる子に」

「そうか。なら良いけど」

「北宇治は?」

「吉川が部長。副部長は中川」

「中川さんって人、メイドさんしてた人でしょ? 茶色っぽい髪で、ユーフォの」

「そうそう」

「初心者で副部長……新入生の初心者を取り込むための作戦?」

「いやまぁそれもあるけど、吉川とは良いコンビなんだよ。なんだかんだ」

「なるほど、部長の補佐役として優秀だから引っ張ってこられた感じかな。低音パートが幹部にいるのは路線になりつつあるみたいだし」

 

 かなり現実的な意見だ。確かに、低音パートは田中先輩から引き継いで幹部に存在している。再来年も何らかの形で関与する可能性が高い以上、暫くはこの路線が続くかもしれない。

 

 音楽業界で聞いた話だと、今年の京都は奇跡の年だと言われているらしい。下馬評ではそもそも期待さえされていなかった北宇治の全国出場。南中の金賞。この二つが同じ宇治市の学校で起こった事であることも注目を集めているようだ。良い稼ぎ時である。それ関連の記事やらで私の懐が温かくなるので助かる。最近は祖母が生活費を振り込んでくれるようになった。これで少しは楽になると思いたい。

 

「バランス調整、気を付けないとね。絶対君主制をやるんじゃないなら」

「自分のとこの反省?」

「まぁ、そんな感じ」

 

 妹一人に権限と権威が集中していた前半期の南中吹奏楽部なら、バランス調整などしなくても鶴の一声で皆が動いていただろう。ただ、北宇治はそんな独裁制は無いし、そもそも独裁が部活という空間でまかり通ってはいけないはずだ。最良の独裁か、最悪の民主主義かとはよく問われる課題だけれど、高校生だけの空間で独裁は本当にマズい。何か間違った方向に行った際に止められなくなる。そもそも高校生に最良の独裁が出来るわけも無いのだ。

 

「課題は山積みだ……」

「人数少ないしね。新三年生」

「その通り。正直どうしたもんか……。一人一人の実力を上昇させていくしかないんだろうけど」

「アンコンでも出れば? どうせすること無いなら、この時期を活かしてやればいいと思うけど。二年生以下なら暇だろうし」

「……今なんて?」

「暇だろうし」

「その前」

「アンコンでも出れば?」

「それだ!」

 

 ポカンとしている妹を他所に、パンをコーヒーで流し込んで部屋に走り、パソコンを開く。平成27年度京都府アンサンブルコンテスト高校の部は12月22日火曜日。今日は11月3日なのでまだ一ヶ月以上時間がある。この時間、確かに有効に使わない手はない。更に画面をスクロールして、別の大会を発見する。その名も「全日本中学生・高校生管打楽器ソロコンテスト」。日本吹奏楽指導者協会の主催する大会だ。京都予選は2月、関西大会が3月上旬、全国大会は3月の終わりで場所は日本橋。こういうものもある。吹奏楽についてはまだ勉強不足な部分が多いが、それがこんなところで露呈するとは思わなかった。不覚である。こういう場を使わない手はない。急いで資料をまとめた。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます!」

「おはようございます。全国大会、お疲れさまでした」

「ありがとうございます。教頭先生のお力添えのおかげです」

「いえ、私はさしたることはしていませんから。それにしても、大会が終わったにしては随分と早いですね」

「えぇ。ちょっと急がないといけない事態になりましたので」

 

 教頭先生に挨拶を終え、私は席に座っている滝先生に大股で近づく。滝先生の隣の席の先生が部活に行くということで、椅子を貸してくれた。それに感謝しつつ腰掛けて、持ってきた資料を置く。

 

「おはようございます。そして、お疲れさまでした」

「お疲れさまでした。全国大会に爪痕を残せたのは、あなたの力によるところも大きい。改めて、ありがとうございます」

「こちらこそ、私をこの部活に戻して頂き、ありがとうございます。あの景色を見れたことは間違いなく私の人生における光栄な出来事であり、かつ意味のある出来事だったと思います」

 

 だからこそ、来年以降もその景色を多くの人に味わってほしい。そして、私が全国に連れていくと約束した彼女を、あの場所で演奏させたい。そんな思いが私の胸の中に確かに存在している。けれどそれで指導が歪んではいけないと、内心で自分の頬を張った。歪みが生まれては元も子もない。指導者としては、いつでも最善を目指さないといけないのだから。

 

「それで……大会後にしては随分と早いですが、何か」

「先生。単刀直入に申し上げます。間もなく新体制がスタートしようとしていますが、このまま遊んでいる場合ではないでしょう。来年以降、今年と同じ目標を掲げるならば、今から動き出さないといけないと、私は考えます」

「勿論、来年以降も全国大会を目指すのならばそうする必要がありますが、そうなると決まったわけではありませんよ」

「ご冗談を。今年この結果を残して、来年思い出作りになると思いますか? 在校生も、新入生も多くがそんな道選びやしませんよ。特に、在校生は。だからこそ、今年より良い結果を求めるならば、私は動くべきだと考えます。先生、来年度の問題点は何だとお考えですか?」

「そうですね。単純に抜けた穴が大きいということでしょうか。田中さんや中世古さん、小笠原さんもそうですし、ファゴットの喜多村さんや岡さん、他にも多くの三年生がいなくなってしまい、音の層が薄くなっています。それに不可抗力とは言え、来年度の三年生は数が少ない。本来学年としての平均値が一番高い学年がその状態ですので、一年生に期待したい部分も大きいですが、かと言ってここは不確実性が高すぎるのが難点でしょうか」

 

 先生の言っていることがほとんど全部だった。二年生の数が少ない。これは今になって大きな問題としてのしかかっていた。今年は不幸中の幸いと言うべきか、その影響で三年生は希望者が全員大会に出られた。だがここに来て、それが牙を剥き始めている。一年生にどこまで期待できるか分からない現状、現在いる生徒を強化して最悪一年生が不作でも少数精鋭でどうにか出場するしかない。二年生は私を除いて14人、一年生は22人。合わせて36人。既存部員が全員出ても大会メンバーの65%しかいない。逆に言えば、残りの35%を一年生で埋めないといけないというわけだ。これは中々厳しい。

 

「この問題を解決するために、今日から新学期までの時間は有効に使うべきです。演奏会もそうですが、個々の実力を向上させ全体的な底上げと個別の底上げという二重のアプローチで対処するべきであると考えます。そのうえで、こちらを提案します」

 

 バンと机に置いたのは二枚の紙。どちらも私がまとめた紙面になっている。短時間でまとめるのには苦労したけれど、妹も手伝ってくれたので助かった。文句を言いつつやってくれたのがありがたい。

 

「なるほど、アンサンブルコンテストですか」

「はい。正直府大会までの後二ヵ月でどこまで行けるかは分かりませんが、何もしないよりはいいはずです。少なくとも無駄にはならないはずです。少人数編制での演奏で実力の向上と部員間の横のつながりを促進できれば、来年度に向けた良い取り組みとなると考えました。そしてこっちのソロコンテストと合わせれば、エースの育成と全体の実力向上が出来るわけです」

「分かりました。良いアイデアであるとは思います。しかし、ソロコンとアンコンの同時並行は一部の奏者に負担が増すことになる可能性もあるかと思いますが」

「それは私も思っていました。対策としては①我慢する、②どちらかにだけ出てもらうがあります。個人的には②の方が良い気もします。ですが、どっちも出たいという意欲のある人を拒むのももったいない気もします。本人次第ではありますが、基本アンコンに出てもらい、いけるという人にはどちらにも出てもらう。自主性を尊重する形でどうでしょう」

「では、審査はどうしますか」

「ソロコンは大会と同じくオーディションで。アンコンは……正直まだどうしたものかと思っています。一応府大会に行かないメンバーでも定演などで演奏してもらえば無駄にはならないと思いますが、肝心の府大会に行く面子をどう決めるかは悩み中ですね」

 

 ソロコンは一団体五名まで出られる。限界まで出してみて、どうなるかという感じだろう。恐らく各楽器のエースが出る事になる。トランペットなら高坂さんで確定。後は川島さん、みぞれ、希美、パーカスの堺さんや井上さんなども出られる可能性がある。クラリネットやサックスにも上手い奏者はいるし、確実にオーディションをしないとマズいだろう。とは言え、大会とは違うので勝手も変わって来ると思う。

 

「先ほども言いましたが、アイデアとしては非常に良いと思います。ですが、あくまでも出るのは部員である皆さん。そうである以上、新体制になって早々とは言え、新部長などに相談したうえで形にするのが良いかと思います。その上で提出して頂ければ、私としては承認するつもりでいます」

「分かりました。本日の会議で議題にします」

「そう言えば、あなた自身の大会もあると思いますが」

「あー、そうですね。今年も出ます。招待は来たので」

「そうでしたら、申請を出してください。吹奏楽部に所属しているため、公欠が通ります。昨年は欠席扱いだったようなので」

 

 そう言えばそうだったと今思い出す。部活に所属していることのメリットはそういう部分にも存在しているのかもしれない。正直今年一年激動すぎて色々忘れていた。一年生後半の記憶があんまりないのもそのせいかもしれない。

 

「了解しました」

「会議の結果はまた報告してください。こちらでも、先ほどの提案を実行に移すという仮定で用意をしておきますので」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 先生に頭を下げる。残り半年。恐らく、ここが勝負の分かれ目になる。そんな予感が、私の中には存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、会議室となっている三年三組に着くと大体揃っているようだった。

 

「お疲れー」

「あぁ、うん。お疲れ」

 短く言葉を交わして希美の隣の席につく。窓から入ってくるすきま風が寒くなってきた。

 

「寒くなってきたね~。もうすぐ今年も終わりだし、それも当然かなぁ」

「年末……12月か……。はぁ……」

「12月嫌い?」

「嫌いという訳じゃないけど、色々と出費が増えるから。家計を預かる身としては手放しで歓迎できない。後、私の大会もあるし」

「なるほどねぇ。私のお母さんも悩んでたし、そんなもんかぁ」

「そんなもんだよ。どこの家も」

 

 そう言いながら心の中でため息。まさかその出費の中の一つが君のせいだよとは死んでも言えない。自分の誕生日がいつなのかをよく考えて欲しい。教室のカレンダーに目をやれば、12月3日まであと数週間。いまだに悩んでいるのは内緒だ。

 

 私の悩みはさておき、全員揃ったようなので、会議が始まる。皆はまだ部長が誰だか知らない。椅子から黄色いリボンの彼女が立ち上がる。前の黒板に役職名を書いていく。

 

「部長に指名されました吉川優子です。反対意見ありますでしょうか」

 

 そう、これからの部を引っ張っていくのは彼女である。正直もっとも適任だろう。逆にこの地位以外に配置するとその影響力・発言力の高さから部活クラッシャーになりかねない。オーディションの時のように。勿論それ以外にもキチンと部長になるにふさわしい要素を持っていたから指名されている。それに、地位が人を育てることもある。それを期待しての配置でもある。この展開は予想していた人がほとんどだったため、驚きもなくすんなりと受け入れられていた。

 

 その様子にホッとしたように、新部長は言葉を続けた。

 

「ありがとうございます。では、信任されたものとみなします。続いて副部長の選出です」

 

 教室の最後方からガタリと椅子の動く音がする。そして副部長になった彼女は、スッとその場に立ち上がった。

 

「副部長に指名された中川夏紀です」

「え……」

「反対意見ありますでしょうか」

「ちょ、ちょっと待ってよ! あんたが副部長……聞いてないんだけど!」

「言ってないし」

「本気なの……? 先輩たち何考えてるのよ」

「知らないよ。私だってあんたが部長って聞いたときははぁっ? って思ったし」

 

 まぁ、こうなるよね、といつものやり取りを見ながら思う。一部大丈夫かなぁ……という表情の人もいるが、私は大丈夫だと思う。暴走することのある新部長を止められるの人はよくも悪くも少ない。希美は復帰組なのでダメだ。田中先輩の言うように、記憶の共有が無い。みぞれは全体の前で話すのに向いてない。ともなれば必然的に面子はしぼられる。

 

 それに、嫌がっているように見える本人はかつてこう言っていた。「誰が好き好んで嫌いなやつと一緒にいるのよ!」と。つまりそういうことだ。犬猿の仲に見えて、一番のベストコンビ。先輩方もそれを分かっての指名したのだろうし。

 

「そういう訳で、全く気は進まないけど先輩の頼みなんでこいつをサポートしていきたいと思います。よろしく」

「人のこと指ささないで欲しいんですけど?」

「失礼しました、部長」

「くぅぅもぅ! 馬鹿にしてぇ!」

 

 冬空に叫び声が響き渡る。これから一年。卒業までの限られた時間だが、きっと有意義になるだろう。この二人のやり取りが一年間常時繰り広げられると考えると頭の痛い部分もあるが、面白そうという愉快犯的思考が頭をよぎる。この体制なら妹を何の不安もなく受け入れられそうだ。それに安堵しつつ、会議に意識を戻す。

 

「えー取り敢えず夏紀のことは後に回すとして、他の役職の選出をしていきたいと思います。ここからは基本立候補制になりますが、いないと推薦形式になってしまいます。なるべく自主的に決めて欲しいので、よろしくお願いします」

 

 どれにしようかと悩んでいる部員の中で、吉川はパンと手を叩く。その仕草はかつての幹部陣を思わせた。役職は色々ある。会計、定期演奏会係、新入生指導係、パートリーダー等々。部の運営の中核に関わる部分が新三年生の担当する部分になる。

 

 しかし、パートリーダーに関してはもうほぼ決定のパートも存在している。ダブルリードはみぞれしかいないし、クラリネットは島、トロンボーンは岩田、パーカスは大野、ホルンは岸部など一人しかいないパートになっている。こういう所は事情が無い限り自動的に決定だ。ダブルリードに至っては現在所属人員が一人というありさまである。現在最も新三年生が多いのはトランペットの四人なのが、人数の少なさを物語っていた。

 

「ではまず、パートリーダーから。と言ってもほとんど決定してるみたいなもんなんだけど……」

 

 そう言いながら、吉川は各パートの名前を書いていく。まずは決定しているところから。そして結果として残ったのはトランペット・低音・フルート・サックスだけ。

 

「このパートはパートリーダーを決める必要があります」

「その前に一つだけ」

「はい、どうぞ」

 

 部長との上下関係をどうするかは悩みの種だった。私は部員でありつつ、指導者という微妙な地位にいる。これが部長より上なのか下なのか、不明な部分が多い。前政権時は部長副部長が先輩なので、学年という上下関係が存在していたけれど、今は同期なのでない。だからこそ、こちらがどう振る舞うかでパワーバランスは変化してしまうだろう。故に私はなるべく部長を立てるようにしていくつもりだった。権力の並立は指揮系統の混乱を招く。それは避けるべきだった。

 

「パートリーダーはなるべく幹部と兼任しない方向でやって欲しいと思う。正直、今年は結構いっぱいいっぱいになっている部分があった。来年以降、小笠原先輩と田中先輩のように上手く行くかは分からない。それに多分、幹部の仕事量は増える。負担は減らした方が良いはずだ。低音とトランペットは二人以外が担当するべきと考える。やむを得ない場合を除いて、この方針は今後とも継続したい」

 

 パートリーダーには大きな役目をお願いしている。運営側の意図の下達、問題の速やかな報告、実力の細やかな確認。今年のパートリーダーはよくやってくれたと思っている。正直仕事量はかなり多い。私から出されるパート練習の指示を受けて部員に伝え、時には指導役も兼ねないといけない。そうである以上、部長副部長と兼任は厳しかろうという判断だった。

 

「それは、指導役としての判断と思って良いのね?」

「もちろん」

「分かった。じゃあ、そういう方向で行きます」

「どうもありがとう」

「今の話を受けて決めていきましょう」

 

 吉川は上手く音頭を取っている。結果として、低音は後藤、フルートは井上、サックスは平尾が担当することになる。いずれも今年の大会に出ていた面子だ。影響力のデカい希美は遊ばせておけないので会計とかにねじ込んで、今年の香織先輩枠として幹部扱いにすれば角が立たない。平社員にしておくには、良くも悪くも発言力が大きいのだ。

 

「最後トランペットだけど……」

 

 吉川の視線が宙を泳ぐ。メンバー候補は三人。私、加部、滝野だ。

 

「私はパスかなぁ。新入生指導とかの方が向いてると思うし。今年の香織先輩みたいにはなれそうもないや」

「トランペットパートに専任ではいられないので、こちらもパス」

「そ、そう……。ということは……」

 

 吉川の視線が一点に集まる。

 

「何だよ。俺じゃダメかよ」

「……まぁ、良いんじゃない」

「おい!」

 

 滝野は抗議の声をあげているが、吉川の態度は滝野への普段の扱いからくるものだろう。別に信頼してないわけでは無いと思う。だったら強引に私か加部を指名しているだろう。それに、バランスとしても丁度いい。今年もパーカスとトロンボーンが男子パートリーダーだった。低音とトランペットがそうなればバランスとしても男子が意思決定に参加できるという意味で大きいと思う。それに私の存在も加えれば、少しは人権も得られるだろう。恐らく。

 

「はい、という訳でちょっと不安はありますがこれで決定とします。それと、こうなった以上幹部はパートにおいてはパートリーダーの指示に従うことになります。特に練習なんかにおいては。分かってると思いますが、去年のようなことを繰り返さないように、指示系統はしっかり統一しましょう。それを分かりやすく一年生や新一年生に示せるように」 

 

 去年にはパートリーダーと幹部が同じパートに並立していたがためにちょっと揉めたこともあった。それを考えれば、今回の吉川の発言は至極真っ当だろう。部長副部長は部の運営、全体の方針などに関してはイニシアティブをとるけれど、パートごとの活動においてはパートリーダーに委ねられる部分が大きくなる。吉川と滝野では吉川の方が上手いけれど、顕著な差と言えるほどでもないので恐らくは問題ないはずだ。香織先輩の後任と考えると確かに不安は残るけれど……。

 

 以降も順調に会議は進行していき、割とすんなりと全役職が決まった。吉川政権の北宇治はかくしてスタートを切れる段階に至ったのである。

 

「以上で全役職を決定することが出来ました。下級生の分はまた後日行います。スムーズな決定に協力してくださりありがとうございました」

 

 吉川のお礼に拍手が起きる。順調な滑り出しと言えるだろう。ここで頓挫すると全てが上手く行かなくなる。今後のことも考えれば、吉川のリーダーシップはかなりあると思って良い。来年も強力な指導力を発揮してくれるはずだ。小笠原先輩とは違った雰囲気だけれど、それもまた部活の色である。彼女の作りたい部活がどういうものであれ、その理想の体現に尽力するのが私の務めだった。

 

「ここからは今日連絡があったので、バトンタッチします」

「はい。そういう事ですので、もう少しお付き合いください」

 

 私は吉川と交代して、前に立つ。吉川と中川のコンビも席に座ってもらった。

 

「現在の北宇治は、端的に言って音の層が薄い状態にあります。ファゴットに至ってはいなくなってしまいましたし。正直、このままでは来年の大会は厳しい。そして、新入生のレベルは不明としか言えません。この中で新一年生を戦力としてあてにするのは捕らぬ狸の皮算用としか言えない。そこで、現状のメンバーのスキルアップを企図して、この提案を行いたいと思います」

 

 私は黒板に文字を書いた。そしてプリントを配布する。よりよい結果、よりよい未来を求めて。最善を尽くすことが私の役目だ。その一環としてこれを提案する。全ては吹奏楽部のために。だから私は少し大きな声で衆目を集めつつ、口を開く。

 

「ここから新年度まで五ヵ月。この期間を無駄にするわけにはいきません。そのため、この時期に実施されている大会などを積極的に活用することで、部のレベルアップを図れると確信しました。この目的達成のため、アンサンブルコンテストとソロコンテストを利用することを提案します!」




<吉川政権下北宇治高校吹奏楽部>

吉川優子:部長
中川夏紀:副部長
傘木希美:会計・フルート副パートリーダー
鎧塚みぞれ:ダブルリードパートリーダー・定期演奏会係
桜地凛音:指導者・三学年学年リーダー・男子部員統括係

以上幹部・準幹部計五名


滝野純一:トランペットパートリーダー
加部友恵:新入生指導係
島りえ:クラリネットパートリーダー・コンマス
井上調:フルートパートリーダー
平尾澄子:サックスパートリーダー
森田しのぶ:サックス副パートリーダー
岸部海松:ホルンパートリーダー
岩田慧奈:トロンボーンパートリーダー
大野美代子:パーカッションパートリーダー
後藤卓也:低音パートリーダー
長瀬梨子:低音副パートリーダー
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