音を愛す君へ   作:tanuu

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第五十七音 理想

「ここから新年度まで五ヵ月。この期間を無駄にするわけにはいきません。そのため、この時期に実施されている大会などを積極的に活用することで、部のレベルアップを図れると確信しました。この目的達成のため、アンサンブルコンテストとソロコンテストを利用することを提案します!」

 

 こう告げた私に対する反応はまちまちだった。なるほど、という顔をする人もいれば、どっちでもいいと思うという表情をする人も。とにかく十人十色の反応を見せていた。否定的なモノが無いことを取り敢えず安堵しておく。否定されると説得に骨が折れるのだ。

 

「アンサンブルコンテストは部内で編成を組んでもらい、何らかの方法で大会メンバーを決定します。その方法はまだ考え中ですが……。もちろん、大会に出ない編成も定期演奏会などで演奏の機会を設けることで、無駄にはならないと思っています。ソロコンでは指導陣で選考会を行います。こちらは、あくまでも私の考えですが希望者だけに実施しようかと思います。まだ選出方法など細かくは未定ですが、ともあれまず、何か意見などありますか?」

 

 悪い提案をしているとは思わない。新体制がスタートしていく今だからこそ、既存のメンバーでより実力を高め、他パートとも交流を深めることが肝要なはずだ。

 

「私は良いと思う。全国での演奏は、多分一番いい演奏だった。でもそれでも銅賞だった。全国って言うのはそういう舞台。私たちは多分、それを知らなすぎた。同じことしてたら、同じ結果にしかならない可能性が高い。なら、それを変えるための手段を取るのは絶対に必要だし」

 

 少し考え込んでいた吉川はスッと立ち上がってそう言った。彼女は受け継いだばかりの部活をどう運営していくかの指針を欲している時期だと思う。だからこそ、来年に向けて出来る限りのことをしていくという私の意見は、一つの指針になった事だろう。

 

「全国で戦える奏者をもっと増やしたい。そのためには、環境を整えて、勝負できる場所を用意しないとダメだと思う。だから私は賛成」

「どうもありがとう」

「質問、いい?」

「どうぞ」

「ソロコンの審査って、どういう基準でやるわけ? 大会は55人だから楽器内の実力比較だけど、ソロコンの京都予選は5人までで、楽器内じゃなくて他の楽器と競い合うとなると、比較基準とかもズレるんじゃない?」

「それはまだ何と言えない。そんなに希望者がいるのかも分からないから」

「もし大勢いたら?」

「相対的に見て決めるしかないと思う。それこそアンコンの選択した曲の中から一部を指定してオーディションっていう形になる可能性が高い。優先度では全員参加のアンコンにしたい。余裕のある人は希望制でソロコンに参加してもらうつもりだった」

「なるほど……」

 

 決めないといけないことは結構多い。けれど必ず役に立つとは信じている。なので細かい条件や条項を決めつつ、その上で実施しておきたい。後になって不満の種になるような事態は何としてでも避けるべきなのだ。

 

「他に何か意見のある人は?」

「選択した曲って言ってたけど、アンコンの曲選びは自由にするの?」

「そのつもりでいる。メンバーも自分たちで決めていく。自主性、ということだ」

 

 質問を飛ばしてきた希美は、既に曲を何にしようかという風に考えている感じがある。同時に井上がチラリと希美に視線を送った。ソロコンの選考会を希望するのかどうか。それを知りたいのだろう。もしかしたら、ここでも勝負したいと思っている可能性はある。パートリーダーとして、負けたくはないだろう。なんだかんだ、どっちも負けず嫌いだ。

 

「やっぱり全員でオーディションしたら? アンコンくらい」

「でもそれだと人数少ないし、票数が僅差になりそうだけど」

「三年入れるとか」

「厳しいでしょ、受験勉強中だよ?」

「先生たちに任せたら?」

 

 色んな意見が空中を飛び交っている。二年生はただでさえ人数が少ない。たった15人しかいないのだから、変に縮こまっているよりは活発な意思疎通をした方が良いだろう。これくらいの人数なら、収拾も付けられる。倍近くいた三年生ではこうはいかない。或いは、部の空気が大きく変わったことも、この状態でも収拾がつく理由なのかもしれない。

 

 結局この話し合いは夜遅くまで続き、会議が終わった頃にはすっかり日も暮れていた。最初はあんまり意見を言わなかった層も段々と自分の考えを口に出すようになり、それも相まって中々に白熱していた。今年の結果を上回りたい。その感情は多くの部員が共有している。その熱意が、教室の温度を数度あげているかのようだった。

 

「取り敢えず、二年生の意見はまとまりました」

 

 夜の職員室で私は先生に報告を行う。

 

「聞かせてください」

「まず、どちらも実施する方向で決定しました。まずアンコンの方から」

 

 長い議論ではあったが、やるという方向性自体は決定している。様々な意見が飛び交っていたので決を採るのを忘れていたけれど、最後にはもうやる方向性である程度決まっていたのだ。結局決を採ったのは細かい方針や意見などが決定した後、一応儀礼的に実施する形となった。

 

 アンコンとソロコンは実施する。まず優先度としては前者にし、既存の部員は全員参加。後者はその上で希望する部員にのみ選考会を行う。アンコンのルールとしては、

 

①楽器の規定は大会公式のルールを採用。破っても構わないが、その場合は大会への参加権は無し

②曲は自由。被っても可

③メンバーの掛け持ちは原則禁止。事情がある場合は要相談

④メンバーと曲の決定は発表から一週間以内に行う

⑤メンバーの交渉と曲の決定は全て自分たちの意思で行う

⑥府大会参加の組決定は、部内オーディションを実施。先生と既存部員、引退した三年生にも時間を貰い、一人一票(自分の組以外)で投票を行い、集計の結果一位の組を出場させる

 

 というものだ。かなり厳しく設定しているつもりである。決定に関しては、三年生を入れるかどうかで大分紛糾した。とは言え、三年生は今年一年真面目に練習して、音楽的な技能や判断も出来ている。来年度に必要なこと、と説明すれば情に流されたりもしないだろうということでこのルールに決定した。

 

「その上でソロコンは希望者のみで選考を行います。もし規定人数を下回った場合は自動で出場となりますが、上回った場合は指導陣での選考を行う。という形になりました。また、選考の際の審査は各員がアンコンで選んだ曲から指導陣が予め該当箇所を指定しておくことになります」

「分かりました。一部部員の負担集中は、自主性に任せる形での解決と思っても良いでしょうか」

「はい。あくまでも部の底上げが優先です。無論エースとなる奏者を育成することも大事ですが、優先度で言えばアンコンが上ですので。マルチタスクに対応できる人だけ希望するようにと、念を押していくつもりです。また、ソロコンの選考は少し後回しにして、練習してみてアンコンとの同時並行は厳しいので希望を取り下げる、というのも可能にしたいと思います。希望者だけに行ってもらう、というのを遵守したいので」

「審査員を自分たちで行うというのは、能動的に音楽を作っていくという意味では非常に良いことであると思います。曲選択も自分で、というのも良い経験となるでしょう。ただ、メンバー集めは人によって差が出ると思いますが」

「そこは部長と副部長で調整を行ってくれるようです」

 

 先生は私の言葉に深く頷いた。もとより自主性を重んじると言っているのだから、この提案を拒む理由はない。先生だって全国金を獲りたいという思いは持っているはずだ。

 

「良いでしょう。ならば私から言うことはありません。いずれにしても、北宇治では初めての試みです。ここでどうなるか一度挑戦し、後輩への知見を残すというのも大事でしょう」

「発表は部長の方から明日、全員に対して行います。基本はこちらで進めますので、必要なことがあればまた随時」

「何かあれば、すぐに連絡してください」

「勿論です。来年で二年目ですからね。一層連携を緊密にして、よりよい北宇治を作っていきたいと思います」

 

 再来年、私はいない。そのことも意識した組織づくりを今からしていく必要があるだろう。この過渡期にある北宇治の運営を支えるのに貢献できたことは光栄ではあるが、それは今後私が呪いとなる可能性を孕んでいる。少なくとも、特異な経歴や技能を持った存在に依存する体制は長続きしないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。朝練の前の時間に、幹部ミーティングが行われていた。

 

「お待たせ」

 

 ガラガラと扉を開ければ、中には4人。いつもの顔ぶれが揃っていた。

 

「やっと来たわね。2分遅刻」

「ごめん。ちょっとクラの子に捕まっててな。それで、どういう集まりだ、これは」

 

 咎める部長に言い訳しつつ、用意された椅子に座りながら問いかける。昨日既に今後の部活の方針は決定している。アンコン・演奏会・人によってはソロコンとやる事は多いけれど、大会を目指していた頃に比べればそれでも余裕のある日程になっている。冷静に考えると、あの時間がただ単におかしいだけなのかもしれない。

 

「よくぞ聞いてくれました。今日ここに集めたのは今後の部活運営に関してよ。特に組織に関してね。おそらく、今年は私と副部長、会計、定期演奏会係、指導者兼男子統括兼三年生学年リーダーのこの5人が幹部となって運営していくことになると思うの」

「部長副部長と私はともかく、残りの二人の人選理由は?」

「私がやりやすいから。以上!」

「清々しいまでに身内人事……」

 

 どこまでを幹部とするかは毎年変わって来る。部長と副部長だけの時もあれば、会計が入る時もあるし、そうじゃない役職の人が幹部とみなされていることもある。いずれにしても、部長や副部長が信頼できる相手を相談役として置くことは毎年ある事だった。その人事権は部長に委ねられている。

 

「それでさ、私と優子とで色々話した結果、ちょっと確認と言うか共有したいことと相談があって呼んだって訳」

「なるほど。それで共有事項と相談とは?」

「まず、私は来年も全国を目指す気でいる。それは今いる部員は全員そうだと思ってる」

 

 吉川は真剣な声で言う。それは多くが抱いている感情の代弁だった。

 

「その上で、組織管理が大事だと思う。今年はバタバタしててなんとなく上手く行ったけど、来年もそうとは限らないし。今後北宇治が前みたいな体たらくにならないためには、しっかりと組織の指揮系統を決めておかないといけないと思うのよね。元部長さんに聞いた話によると。まずこれが共有事項」

 

 希美がニコニコと笑っている。彼女は確かにこの面子の中で組織を率いるという経験において一歩上を行くだろう。現在持っている経験値としてはかなり高い。吉川が参考にするのも当然の事だった。涼音も彼女を、自己弁護のためとはいえモデルケースに設定したくらいだし、その影響は厳然たる形で今もなお、あちらこちらに残っているのだ。

 

「そこで問題になってくるのがそのものずばり、アンタよ」

「……私?」

「そう。来年以降、アンタの担ってる役職をどうするのか。それが相談したいこと」

「なるほど」

「で、実際どうするつもりなの?」

「私は……全部廃止するつもりでいる。私の立場は、私の卒業と共に消滅する。元通り、部員と先生だけが存在する形にしたい」

 

 これは再来年を見越しての考えだった。こんな立場を他の人には任せられない。吹部に入ったのに大会には出れません、でも無償労働してねなんて、普通の部員に任せてはいけない場所だろう。良くも悪くも、特殊な事例だと思っている。いわば、私は二年間だけ過渡期の部活を支えにやって来たお助けキャラのようなものだ。

 

「そう。夏紀、どう思う」

「ちょっともったいないかなとは思う。指導のノウハウは持ってるし、それを伝えないままってのはね。部員の中で音楽的な指導と言うかイニシアティブをとれる存在は欲しいかなぁ。私もそうだけど、幹部がイコールで一番上手いってわけじゃないし。先代は晴香先輩はサックスで、あすか先輩はユーフォでそれぞれエースだったけど、そうじゃないこともあるだろうから」

「運営能力・統率能力と音楽的指導力はまた別物、ってことか」

「そういうこと」

 

 中川の言も一理ある話だった。先生がいつでもいるわけじゃない。自分たちで練習をする際に、指示を出せる存在が必要なのは事実だった。部長の多岐に渡る仕事をしながらこの役目を担うのは厳しいモノがあると考えている。

 

「……一理はあるとは思う。ただ、その場合は絶対に譲れない条件がある」

「なに?」

「まず、オーディションにおける人事権の放棄。次に曲の決定権の放棄。そして大会への出場権の復活。最後に部長・副部長との立場の明確な決定。これが出来るなら、何らかの形で後任を作るのも良いとは思う。ただし、確実に大変だ。自分の演奏もしながら他人の面倒を見るのは非常に骨が折れる。それを出来うる能力がある存在が、毎年いるとは限らない」

「いないなら、無しにしたら?」

「組織は大体先例主義になりがちだから。無理矢理人間を用意してしまう事になるとも限らない」

 

 みぞれの疑問は確かに理想としてはそうあるべきだと思う内容だ。実際適任者がいないなら廃止してしまえばいい。ただ、部活という組織は毎年幹部が変わる。ずっといる人、というのがいない訳だ。昔を知っている人がいるならば、今年は無しで良さそうとなど判断も出来る。けれどそうでない環境だと、廃止することに臆病になってしまう事もあり得るのだ。

 

「それに、名プレイヤーが名監督とは言えないように、演奏の上手い人が指導も上手いとは限らない。演奏はそこまでだけど指導はピカイチという存在は割といるし」

「う~ん……」

 

 吉川は唸りながら腕を組んでいる。頭上の黄色いリボンは彼女の悩んでいる感情を示すように揺れていた。

 

「それに、もし後任を決めるなら、今のうちに決めてしまいたい。そして一年かけてみっちり仕込む。来年以降もこの形式でやってもらえば、最低限は成り立つとは思うから」

「もし任せるなら候補は?」

「今の段階なら、高坂さんか川島さんか……ってところ」

 

 人前に出ても問題ないメンタリティーで技術的にも他よりは余裕があるのはこの二人だろう。指導できそうな存在は他にもいるけれど、単純に上手い方が自分の練習時間を少しは削っても融通がきくから選んでいる。

 

「川島さん、優しすぎない?」

「それを言うなら、優子のとこの高坂さんは厳しすぎるかも」

 

 お互いのパートの子の問題点を指摘している。それでまた睨み合ってるのだから世話ない。何と言うか、夫婦喧嘩は犬も食わぬというか、そんな感じの形容が一番似合ってる気がする。

 

「アンタとしてはやりやすいのは高坂よね」

「そりゃまぁ。同じパートだし。仕込みやすいのは事実」

「秋子ちゃんは?」

「あの子はパーリー向きかな。高坂さんが向いてないから」

「あぁ、それはまぁ確かに……」

 

 高坂さんにフォローはあんまり期待できない。その辺の気遣いが上手いのはどう考えても吉沢さんの方だった。どっちにしろ二人しかいないので、どちらかがパートリーダーになるのは必定。と考えれば吉沢さんに任せたいと思ってしまう。最終的には本人たちの判断にはなると思うが。

 

「人選も大事だけど、部長との立場の決定って、どういう意味?」

 

 悩んでいる私たちの話を軌道修正しながら、希美が聞いてくる。

 

「あぁ、それ。単純な話で、これからの一年もそうだけど、この立場はともすれば部長よりも影響力が大きくなりかねない。練習時間が活動の多くを占める以上、指導役の関わる時間も大きい。無い方が望ましいけれど、部長と意見が対立した時にどっちが最終決定権を持つのか、しっかりと決めておかないといけない。それは練習もそうだし、部の運営に関しても」

 

 今年も同級生に教わるという反発はあった。先輩に教えるという反発は基本無いと思って良い。二年生でこの立場になるということは、よほどの人材難かよほど優秀な存在がいるということになる。でないとそんな抜擢人事にはならない。けれどそんな人材がそうそういるとは限らないので、来年以降は三年生が担うことになるだろう。

 

 ともあれその反発を私は経歴と言う他に無い要素で押し込めた。今の地位を私が保持していられるのは、私の経歴と今年の全国出場という結果に依拠している部分が大きい。だがそんなもの、持っている方が少ない。自然と上手い人が選ばれるようになるだろう。部内での実力だけが、指導を行う正当性を担保してくれるのだから。それも含めて、名プレイヤーと名監督の話をしたのだ。

 

「この立場での正当性は先生のように年齢や職業じゃない。凄い不安定なんだ。だからこそ、実績が必要になる。部内での実力という実績が。じゃないと指導役に据えられない。だからきっと、選ばれるのはエースだ。でもさっき言ったように、エースが名監督になれるかは分からないし、なれない可能性が高い。前年から鍛えると言っても、限界はある。それに……」

「それに?」

「その結果として過度な実力主義が蔓延しないかを懸念している。上手い人が教える。上手い人が正しい。だから、実力だけが全部。そういう風な空気になって、そうやって少しずつ実力だけが全てで、それが無い人は下に見られる、そんな空間が醸造されそうな気がする。それは私の望むところじゃない。多分、ここにいる全員が望んでないと思う。だから私はそれに配慮していたつもりだけれど、いなくなった後のことまでは……」

 

 正直責任を負えないというのが私の感想だった。

 

「空気は怖い。今年の初め、先生が壊したのは北宇治に蔓延していた空気だ。あのインパクトはきっと、覚えてるはず。でも逆に言えば、あれくらいしないと空気は変えられない。特に集団の持つ空気は」

 

 希美はそれをよく知っているだろう。恐らく吉川も。どっちもクラスにおいても集団の中心にいる存在だ。空気を読む。そんな行為をよく自然にしているだろう。むしろ二人の場合は空気を作る側の人間だ。だからこそ自分の作った空気がどういう影響をもたらすのかは、よく知っているだろう。

 

 そして破る難しさは、読む側にいる事の多い中川やみぞれが知っているはずだ。吉川は気まずそうに目を逸らす。彼女も自分の作った空気が予想よりも暴発し蔓延した経験を持っている。再オーディション前の空気は、まさに彼女が作り意図しない部分まで広がっていた。

 

「初心者の子や実力的には決して上じゃない子でも、しっかりチームとして尊重する空間を作る必要があると、私は思ってる。今年一年、強豪校になり行く過程を見て、作ってそう思った。今年はそれどころじゃなかったし、斎藤先輩っていう強い存在がB編成をまとめていたけれど、それが来年も出来るかと言えば……」

 

 本当は三年生がB編成を率いてくれるのが一番いい。ただ、それは逆に言えばその三年生が大会に出れないということを示している。だから、そんな役目を引き受けて欲しいなんて頼める部員はいないのだ。斎藤先輩は特例。いてくれて本当に助かった。

 

「葵先輩、色々教えてくれたからなぁ……」

 

 中川は遠くを見ながらぼやく。斎藤先輩は滞在時間こそ長くないものの、割と頻繁に顔を出してくれていた。夏期講習中も朝練の時に顔を出して午前だけいるみたいなこともしていた。そしてこの秋口までずっとB編成組の練習を手伝っていたのである。中川が田中先輩の代役をやるという時も希美と一緒に何度もアドバイスを送っていた。実質的にB編成組のパートリーダーと言ってもいいと思う。私への報告も欠かさなかったし、正直頭が上がらない。

 

 その甲斐あってか、多くの部員が実力をあげている。特に二年生は来年恐らく大会に出られるだろう。一年生の初心者組も大きく実力を伸ばしており、来年は何人かメンバー入りできるんじゃないかと予想していた。

 

「よし、分かった! じゃあこうしましょう。ここから一年。アンタはまず指導役を任せられそうな子を見つけて、その子に指導のノウハウとか作りたい部活像とか、大切なことを伝える。それで一年後、本当に任せて良さそうなら任せましょう。無理そうならそう言って。無しにするから」 

「人選は?」

「任せる。夏紀、それでいいでしょ?」

「そうだね。実際、指導に関して一番分かってるのは私たちじゃないし」

「分かった。それと私は部の運営に関しては部長と副部長の下に入る。ただ練習では従って欲しい」

「それは元々そうするつもりよ。今年と同じようにやればいいんでしょ?」

「まぁ、そんな感じだ」

「よし、じゃあ丸く収まったってことで!」

 

 話がまとまった段階で希美がパンと手を打つ。

 

「部長、作りたい部活像をどうぞ!」

「え?」

「部長は理想の部活像を持ってた方が良いと思うよ。それに向かって進んだ方がやりやすいし。で、それを幹部には伝えておく。そうしないと、私たちもどういう感じにサポートすればいいのか分からないし」

「そ、そう……。希美が言うなら確かにそうか……。私は、本気で上を目指せる場所を作りたい。でもその中で取り残されたり取りこぼしたりするモノがあるのは嫌。去年みたいなことはもう絶対に起こさない。北宇治高校吹奏楽部っていうチームで、全員でまた全国行く。そんな部活を作っていきたい。だから、力を貸して欲しい。お願い、します」

「頑張る」

 

 頭を下げた吉川に、みぞれが淡々と、しかし確かな声でそう言った。いの一番に彼女が言ったことに、吉川は少し驚いている。彼女も心の中には熱い感情があるはずだ。じゃないとあんな演奏は出来ない。今年の結果に悔しさを抱いているのは、きっと同じ。

 

 金を獲ろうと、希美とみぞれは約束したと聞いている。まだ一緒に大会に出てという意味では果たされていない。だから、彼女も来年に賭けているのだろう。夢を叶えられる、最後の機会なのだから。

 

「もちろん、任せて!」

「私はそのためにここにいる。実現に向けて、必要な事をしよう」

 

 希美と私はみぞれに続いて言葉を発する。もとより、吉川が部長になるべきと思っていた。彼女が作りたい理想像が私の持っているモノと近しいのなら、当然力を尽くす。その道行は険しいかもしれないけれど、私たちは去年の件で多くの痛みを知っている。だからこそ出来る事があるはずだ。

 

「……夏紀、あんたは」

「何言ってんの。言うまでも無いでしょ。あすか先輩に言われた時に、サポートするって決めてたんだから」

「夏紀……」

「あ~、照れてる?」

「うっさい!」

 

 折角良い感じにまとまろうとしていたのに、またこの流れ。もう何度見たかも分からない。ただ、これは悪意や悪感情を持って行われているやり取りじゃない。二人なりの、分かりにくいコミュニケーションなのだろう。

 

「朝練行こうよ。なんだかんだで後数分になってるし」

「希美の言う通りだ。おーい、そこのお嬢さん二人。部長と副部長が就任早々遅刻はマズいぞ」

「「分かってる!」」

 

 同じタイミングで返事をしているので、最早仲が良いんだか悪いんだかよく分からない。呆れた顔をしながら、音楽室に向かおうとした時、後ろから声をかけられた。

 

「あ、そうそう。アンタに最後に一つだけ」

「なに?」 

「これからは私と夏紀のことをちゃんと名前で呼びなさい」

「……え、なんで?」

「希美とみぞれだけ名前呼びで私たちが違うとなんか仲悪いみたいじゃない。北宇治吹奏楽部幹部五人衆の団結を後輩に見せないと。それに友達なんだし、良いんじゃない?」

 

 一瞬だけ固まってしまった。そんな提案をされるとは思ってもいなかった。なんとなく、いつも友人でも名字で呼んでいた。別に決まった理由が確固として存在していたわけじゃない。ただ機会を逸していただけで。向こうから提案してくれたなら、拒む理由などあるはずもない。

 

 吉川はドヤっという顔。横の中川は呆れた顔をしながらも表情は柔らかい。だから私は一言だけ返すことにする。それできっと、十分だろうから。

 

「了解」

 

 この一言で了承を示して、皆を急かす。一瞬だけ希美の顔がプクっと膨れた気がした。

 

「どうかした?」

「別にどうもしてないけど、どうして?」

「いや、何でもない」

 

 見間違いだったのかもしれないと思い、朝の廊下を歩いた。思えば今年の幹部は全員南中で占められている。去年の三年生はこれを見てどう思うのだろうか。北宇治はもう、過去の北宇治ではない。けれど呪いはまだ完全には消えてない。新しい北宇治に生まれ変わるため、その呪いを解くのには、この人選は相応しいのかもしれない。

 

 願わくば、私たちの未来に栄光あれ。半分より少し多いくらいになってしまった部員の前で高らかに今後の展望を話す吉か……優子を見てそう思った。

 

 

 

 

 

 

 そして。ソロコンは希望制などという話をすれば当然、彼女が来ないはずもなく。

 

「先生、ソロコンの選考オーディションに参加を希望します」

 

 朝練の終わりに早速、高坂さんは私のもとへやって来たのだ。

 

「早いね。君が一番乗りだよ」

「この機会、逃せないので。先生は出場なさらないんですか?」

「これは来年大会に出る子のためのモノだから。私が出ても意味ないからね」

「そうですか……残念です」

 

 少し俯いた高坂さん。彼女は何を残念と思ったのだろうか。私がソロコンに出ない事か、それとも大会に出ない事か。或いはそれ以外の何かか。その表情からは読み取れない。

 

「あれ、麗奈ちゃん。もしかしてソロコンの希望?」

 

 吉沢さんは高坂さんに声をかけた。頷く高坂さんに、彼女の目が少しだけ厳しくなる。

 

「そっか。まぁそうだよね。……私もオーディション参加してもいいかな?」

「それは、もちろん」

「良かった。ということで先輩、お願いします」

「了解。トランペットパート一年生どっちも選考オーディション参加希望、と」

 

 小さくメモ帳に書き留めておいた。忘れはしないけれど、念のためである。

 

「勝てないかもしれないけど、麗奈ちゃんに負けたくないから」

「そう。でも、私がねじ伏せるから」

 

 火花が両者の目から飛び出しているようだ。実力差があってもライバルはライバル。どちらも今年の大会に参加したことには変わりはない。お互いに相手をライバル視しているからこその、このやり取りなのだろう。今年の初め、私が高坂さんに願っていたことは半ば達成されたと思って良いだろう。しかも、吉沢さんの方にも予想外の良い影響をもたらしている。

 

 各パートできっと、こんな感じのやり取りが行われていたのだろう。ソロコンの選考参加希望者は、ほとんどいない可能性もあると思っていた私の予想に反して、最終的に部内の半数以上が希望を提出していた。

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