音を愛す君へ   作:tanuu

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第六十二音 経験値

 アンコンとソロコンのメンバーが決定したと言っても、それだけで全部終わりではない。むしろ本番はここから。待っているのは定期演奏会である。むしろ、大勢にとってはこっちの方が重要とすら言えるのかもしれない。このイベントは毎年行っているが、大会と文化祭以外で演奏を披露する数少ない場所になっているからだ。

 

 衣装なんかも変えられるし、曲も自由に選べるので、先生や私によって決定されていた今までとは異なっている。お堅いコンクールとは違って比較的自由度の高いイベントになっているのだ。既存の部員は当然それを楽しみにしていた。

 

「先輩……騙しましたね……」

 

 恨めしそうな目でこちらを見てくる黄前さんから誤魔化し笑いをしながら目を逸らす。申し訳ないことをしたとは思っているが、これも部活のためなのだ……と言い訳したところで、騙したのは事実だ。何故こうなったかは少し前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 元々、定期演奏会係はみぞれの担当であった。ただ、毎年何人か補佐が付いているのが基本である。それは同学年だったり後輩だったりとまちまちではあるものの、基本は係の人がやりやすいと思っている相手にお願いして行っていた。一人でやるには少々大変なのである。では今年の人員はどうするかという話になった。そこで白羽の矢が立ったのは後輩だった黄前さんである。

 

 何故彼女か。それには彼女に対する幹部陣の考えが及んでいた。

 

「時期尚早では?」

 

 私の声は会議場所になっている教室に響く。先ほど部長副部長の二人から出された提案に、私は疑問を唱えている。現在は幹部会議の真っ最中だった。

 

「いくら何でも、再来年度の幹部を決めるのはちょっと早すぎると思うけれど」

「何言ってんの、あんただって高坂さんの育成するって決めたんでしょ」

「それは……確かにそうだけれど、どっちに転んでも高坂さんの高い音楽的技量を全体のために有効活用することが出来るようにはしてる。ただ、部長を既定路線化するのは……。後輩に対する対応も、私たちは見たこと無いのだし」

「じゃあ、見られるようにする?」

「と言うと」

「友恵のやる事になった新入生指導係を一緒にやってもらえばいいのよ」

「……なるほど」

 

 確かにそれはいいアイデアだった。初心者だった三年生と経験者の二年生。その組み合わせならばバランス的にも良い組み合わせになるだろう。

 

「それで、もし問題なければ黄前さんを次の部長にすると?」

「そうね」

「う~ん」

 

 それ自体は反対する理由も特にない。ただ、懸念点が二つほどあった。まず一つは制度に関するモノ。新入生指導係は必要だし、加部と黄前さんを組ませるのも良いと思う。ただ、そこから幹部に引き上げると所謂出世コースのようなものが出来上がらないかが心配だった。そもそも先代からの指名で部長が決まる現状の体制が正しく民意を反映しているかと言われると微妙なのも事実だろう。もちろん、優子を批判するつもりはないし適任だと思っているけれど、選出方法が最善かと言われると頷きにくい。

 

 とはいえ経験を積めるという意味では確かに順当ではあるようにも思われるので難しいところだ。多くの前に立って動かすという経験は中々簡単には出来ない。サラッと出来ている人は適性が高かったということなのだろう。田中先輩に頼っていたとはいえ、小笠原先輩は適性があったということで、去年の三年生の目も多少は良かったということになる。

 

 もう一つの懸念点は黄前さん自身のメンタリティだった。確かに田中先輩の連れ戻しで彼女は大きな役割を果たしてくれた。みぞれと希美の件でも、何とかしようという意思があるのは良いことだと思う。再オーディションで高坂さんの味方だったのも、自分があるという意味では良い。だが真面目であるが故に自分を追い込んでしまわないかという心配がある。役職や立場に縛られやすいタイプであるとも思っていた。

 

「黄前さん自身の能力を疑問視してるわけじゃないけど、メンタルとか考えるとちょっと不安ではある」

「まぁそれも含めて、黄前ちゃんの成長のために新入生指導係をやってもらえば良いんじゃない?」

「……分かった。取り敢えず、そういう方向で行ってみよう。ただし、部長にするかどうかはまた別問題。それなら了承する」

「良かった」

 

 二人も私が納得したことに安堵の表情を浮かべている。何でもかんでも反対しているわけでは無いけれど、組織運営には慎重にならざるを得なかった。今年と来年は違う。来年と再来年もまた、同様に。今の二年生は否が応でも団結しないといけない状況になっている。だが一年生に関してもそうとは言い切れない。香織先輩のような精神的支柱もいるわけでは無いし、田中先輩のようなカリスマも不在とまではいかないけれど学年全部に影響を及ぼすまでには至っていない。

 

「思うに、北宇治はカリスマからの解放をしないといけないのかもしれない」

「はぁ、あんたがそれを言うの?」

 

 優子の目は何言ってんだコイツ、と雄弁に語っている。希美は呆れた顔だし、みぞれは胡乱な目で見ていた。一人だけ笑ってる夏紀は、多分ちょっと馬鹿にしてる。

 

「いや、実際カリスマ頼りになってるんだよ、運営が。今年は田中先輩と香織先輩。来年は優子。そして再来年はこのままいくと黄前さんと高坂さんのコンビ。全部何らかのカリスマ的要素によって運営されてる」

「でも、それ以外にやりようもなくない? 全体をまとめるのって難しいんだし」

「まぁ……それはそうなんだけど」

 

 希美の言葉に反論する言葉は見つけられなかった。実際楽なのはその通りなのだ。ただし、権威に頼ってばかりの運営はいつか破綻しそうで怖い。日本人は権威に弱いと思っている。それは長年培った政体がそうだったからかもしれないけれど。最初は天皇、そして幕府。ただし幕府の権威の裏付けは朝廷の任官。京都に住んで千年の一族はそれをよく知っていた。実際、御所に用立てる商人として今の位置まで来ている。

 

「それに、アンタが言えた義理じゃないのよ、ホント。あすか先輩が強かったのと、アンタが何だかんだ晴香先輩には従ってたのと、明らかに香織先輩が強かったから今年は回ってたけど、来年どうなるか分かんないし。やろうと思えば実績だけで部活率いていける人材を下に抱えてる私の気持ちにもなりなさいよね。緊張感半端ないんだから」

 

 最後は少しだけ空気を和らげるような優しい声で、優子は告げた。確かに一年生が従ってくれていたのも、それが理由かもしれない。ただ一番大きいのは顧問という権威が私の行動の裏付けになっていたからだと思うけれど。 

 

「否定はしないけど、私は先生がいないとその地位は保てないから。ある意味では、先生の権威に依存してる存在なわけで……」

 

 そう言いつつ、今私の中で大事な何かを掴んだような感覚があった。先生の権威。それに対する部員の感情。何かを掴みかけたような気がしたのだけれど、明確な答えが出ないまま霧散してしまう。しかしそれは長いこと違和感として残り続けていた。それに気付くのは、もっと後のことになる。

 

 権威とカリスマ。思い起こされたのは妹の支配体制。あれはあれで一応回ってはいた。顧問が微妙だったから破綻しかけたものの、もし顧問がもっとまともだった場合あの体制は継続され、最後までそうだっただろう。しかし王は孤独と言うように、絶対的なカリスマの一元的支配は避けないといけない。でないと、上が崩壊した時に下が右往左往することになるのだ。と言うより、妹は顧問の権威に頼ることなく自分で権威と化していた。アレはある意味で絶対王政に近かったのか。なんでそんな事が出来たのか、私にも分からない。方針変更したとはいえ、意外と彼女はスゴイことをしていたのか。

 

「じゃあ取り敢えずこの話はここまで。次、定期演奏会よ。みぞれ」

「うん。えっと……定期演奏会の曲を決めたい」

「後、補佐を頼める子が欲しいよね。みぞれ、誰かいる?」

 

 希美の言葉に少しだけ彼女は迷ったような顔をした。同期に頼むか後輩に頼むかだろう。とは言え、彼女はそんなに交友関係が広くない。同期で我々を除くと、たまに話すのは同じ進学クラスにいるトロンボーンの岩田くらいだろうか。しかし彼女は勉強がかなり忙しいらしい。それとなく話してみたけれど、田中先輩ルートを避けるために今から勉強してアドバンテージを作りたいらしく、結構忙しいそうだ。

 

「黄前さん、とか」

「あぁ、丁度いいじゃない」

「だね」

「いい経験になるし」

 

 私も頷きながら良い選択だと思った。後輩の中で親しい、とまではいかないけれどコミュニケーションを取れるのは多分黄前さんが一番だろう。つくづくダブルリードに後輩がいないことが悔やまれる。来年大丈夫だろうか。後輩が来てくれることを切に願う。

 

 ともあれ、かくして幹部全会一致で黄前さんを補佐に指名することが決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

「お願い!みぞれの為にも。ね?」

「なんかほら、部活のことで大切な話があるって言ったら疑わずに来てくれるでしょ」

 

 そう言って二人に手を合わせてお願いされた。普段は息が合わないくせにこういう時だけはぴったりだ。しかも悲痛そうな顔までよく似ている。普通にお願いすればいいのに、何でこうなるのか。大変そうな仕事だという噂が広まって、簡単には引き受けてもらえなそうだからと言う話だった。どうも、面倒そうだよねとパートの子と話しているのを夏紀が見かけたらしい。

 

「……仕方ない」

 

そう言って、黄前さんを発見する。努めてにこやかに、優しく。ここで逃げられたら終わりだ。さながら気分は詐欺師である。

 

「黄前さん」

「こんにちは!」

「こんにちは。今、ちょっと時間良いですか? 少し話したいことがあるのですが……」

 

 代表になったことだし、アンサンブルコンテストの話かな? と思った彼女はトコトコと疑うこと無く着いてきてくれた。

 

「さぁ、入って」

「はぁ……」

 

 彼女が、私が案内した教室のドアを開けるとガバッと中に引きずり込まれる。後ろから見ているとまるで怪談話のようだ。教室から伸びる二本の手。なるほど、怪異っぽい。となると私はきっと怪異へ誘う分霊的な何かだろう。

 

「な、何するんですか優子先輩も夏紀先輩も!」

「ごめんごめん」

「逃げられたらマズいかなって」

「逃げる……? まさか……」

「てなわけで、今日からみぞれの補佐をお願いするわ」

「うわぁぁぁ!」

 

 見事なまでに黄前さんは逃げようとしている。けれど二人にがっちり腕をホールドされて、動けない状態だった。宇宙人を連行しているみたいだ。

 

「桜地先輩、た、助けて……」

「ごめんなさい。私もこの妖怪二人の仲間です」

「で、でも私アンコンの代表だし……」

「みぞれもソロコンの代表なので」

「なんで私が……」

「来年、新入生指導係をお願いしましたね。でも黄前さん人前に立った経験は? あんまり無いって言ってましたよね。いい機会じゃないですか、経験を積める」

「う、う~ん」

 

 我ながらよく回る舌だと思いながら話をした。確かにそうかも、という顔になっている彼女は案外チョロいのかもしれない。マルチタスクは幹部になるなら必須の能力。自分の練習もしつつ全体のために動くという行為の良い練習になるだろう。

 

「我ながらナイスな人選」

「いやいや、思い付いたのアンタじゃないじゃん」

「でも実行しようって言ったのは私です~」

「うっわ、ずっこ! そうやって手柄横取りして!」

 

 さっきまでのコンビネーションは彼方に置き去りにして早速口論を始める二人。間に挟まれている黄前さんは迷惑そうな顔だ。演奏会係であるとうの本人は教室の真ん中で二人を眺めている。止める気はないようだ。もっとも、二年生でこの喧嘩を仲裁する人はいない。最初はいたけれど、段々皆面倒になったのだ。

 

「みぞれ先輩的にはいいんですか? 私が補佐で」

「うん。嬉しい」

 

 わずかに緩んだ頬。それを見た黄前さんが、断るのはなんだかなぁ、という顔になっている。確かにこれは断りづらい。曖昧な笑顔がお茶を濁してはっきり断らないようにしようとしていると語っていた。

 

「じゃ、じゃあ、誰もやる人がいなかったら私がやるということで……」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに口論は終わる。はやし立てるように盛大に拍手をしている。

 

「お! 補佐役決定!」

「いや、あのそうじゃなくて他に誰もやる人がいなかったら私がやってもいいかなー、みたいな感じで……」

「さっすが低音パートの優秀な後輩! 面倒な仕事を率先してやるとは、なんて素晴らしい心構え!」

 

 否定の言葉も空しく、拍手は続けられる。完全に術中に嵌まった。拍手の音につられて他の二年生が集まってきた。絶たれていく退路に気付いた彼女は一縷の望みを託してこちらを見る。けれど私はこの企みに賛同している。ここでみぞれの補佐能力を見るのも、次期幹部に相応しいかの見極めになるだろう。

 

「まぁ安心して。曲決めやってくれれば、タイムテーブルはこっちで準備するから。会場はもう抑えてあるし、練習は私と先生でいつも通り見るし」

 

 一番面倒なタイムテーブルの設定は私が行える。それくらいはしないと、いる意味が無い。この手の仕事は得意なので、大いに任せて欲しかった。やって欲しいのは曲決めまでの過程と衣装などの雑務である。冷や汗かいてる彼女に、みぞれはだめ押しとばかりに頭を下げた。

 

「……よろしく」

 

 それを見て、彼女は観念したように頷いた。申し訳ないと思う気持ちはあるけれど、本人の成長のためと言って誤魔化しておく。本人がそれを望んでいるかは不明であるという点には、目を瞑ることにした。それに、本気で嫌がっていたら止めるつもりだったのだ。そこまででは無いと思ったので、全員強行突破することにしたわけだが。

 

 

 

 

 

「明日のミーティングで用紙を回収しますので、それまでに記入して下さい。何か、やりたいこととか、思いつきでもいいので書いて貰えると助かります」

「……ます」

 

 黄前さんの言葉に追随して、みぞれは語尾を絞り出す。相変わらずな様子に、これじゃどちらがメインの定期演奏会係りかわからない、と苦笑した。周囲の部員は互いにやりたい曲について話している。上手くなれば、それだけ出来る曲の数も増える。難易度の高い曲も、早くに曲を決定して練習時間を確保できれば十分に演奏できるだろう。

 

「先生は何か希望はありますか?」

 

 黄前さんは隣の先生に尋ねる。

 

「そうですね……」

 

 少し思案した先生は、穏やかな笑みを浮かべ部員を見渡す。

 

「定期演奏会は自由度の高いイベントですから、できるだけ皆さんの希望に沿いたいと考えています。ただ、この演奏会は三年生が引退してから行う最初のイベントです。これからの新体制でどのような活動を行っていくのか。それを考える重要なポイントになります」

 

 にこやかな表情にはそことなく圧がある。どういう演奏が現段階の部員で出来るのか。それを知るポイントにもなるため、私や先生にとっても大事なイベントだった。実施時期は二月。なので、アンコンやソロコンの練習を経てどこまで強化された演奏を、現段階で行えるか。その良いチェックになることだろう。

 

「定期演奏会はやはり特別です。他の演奏会とは異なり、定期演奏会のお客さんたちは北宇治の演奏だけを目的にしてホールを訪れてくれます。その方々の期待に応える様に努めましょう」

 

「「「はい!」」」

 

 元気のいい返事が返ってくる。今年の観客は去年と同じようなサウンドでは納得しないだろう。銅賞とは言え全国出場。それ相応の音楽が求められる。

 

「先輩は、何かありますか?」

 

こちらに話が振られた。私自身の希望はそこまで無いけれど、一応どういう曲が良いかの指針は示しておく。演奏会は観客に喜んでもらわないと意味が無い。なので、自分たちが好きだからと言ってマイナーな曲ばっかりだとウケが悪いのだ。

 

「知名度の高い曲も混ざっていると良いと思います。聞きに来る人の殆どが知ってる曲があると楽しめるでしょう」

 

 ふむふむと頷く二人。

 

「ちなみに、曲の難易度ってどれくらいを目安にすれば……?」

「別にその辺は気にしなくて良いんじゃないでしょうか? どう思います、先生」

「そうですね。細かく気にする必要はないと思います。今の皆さんなら大抵の曲は演奏出来るでしょう。それに、余りにも複雑な曲や楽器と奏者の都合上削らなくてはいけないパートは……」

 

 答えた先生が言葉の最後で視線を向けてくる。言わんとしてることは察せられる。

 

「私が編曲します」

 

 これでよろしいでしょう、という感情を込めてにアイコンタクト。先生は別に作曲編曲の専門家では無く、どちらかというとこちら方が専門なので引き受けている。

 

「だそうなので、心配はいりません」

「はい」

 

 黄前さんはいそいそとメモを取っている。どんな曲が出てくるのか。普段の練習では見えない部員たちの好みや性格が見えてくるのが大変面白い部分だった。大人しい子が激しめの曲だったりする。その逆もまた然り。ちなみに、トランペットパートは大体いつも「トランペット吹きの休日」を希望する。知名度もカッコよさも出番の多さもピカイチだからだ。

 

「アンサンブルコンテスト、ソロコンテストと忙しい人もいるとは思いますが、いずれも同じくらい大切なイベントです。手を抜くことの無いように練習を行いましょう」

「「「はい!」」」

 

 先生の声に、勢いよく部員は返事をした。サンフェス以来の自分たちで動けるイベンドだ。しかも今年のサンフェスはバタバタしていたため、あっという間に終わってしまった感じはある。まだ動乱期だったのもあり、今回の定演に一層思い入れを強くしている部員がいるのも納得だった。

 

 

 

 

 

 

 

「楽しみだね~。どんな曲になるのか」

「なに書いた?」

「『アルメニアンダンス・パート1』と、『カンタベリー・コラール』にした」

「その二つか。悪くないね」

 

 頭の中で曲を再生する。脳内を流れる旋律を聞いた。前者はアメリカ人のアルフレッド・リードが作曲した。アルメニアとあるように、コーカサス山脈の中にあるアルメニアの民俗音楽を基にしていた。後者はベルギー人のヤン・ヴァンデルロースト作曲で、イングランド国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂にインスピレーションを得て作られた。コラールは讃美歌や聖歌を意味する。

 

 その二曲を頭の中で流しながら、考え事をしていた。彼女と帰る日は確実に増えている。この後彼女は私の家の防音室で一二時間練習してから、自分の家に帰っていた。信頼されているのか、それとも男として見られていないのか。彼女の感情は肝心なところで分かりにくい。分からなくても良いところばかり分かってしまう自分が少し嫌だった。

 

 小説なら分かりやすいのになぁ、と心の中で何度目かわからないため息をつく。

 

「そう言えば、この前もらった誕プレの写真撮ったんだけど、見る?」

「見たいかも」

「じゃーん! どう? 似合ってる? お母さんとお父さんは似合ってるって言ってくれたけど」

 

 妹に呆れられながらもアドバイスされ、結局休日を一日潰すほど悩みに悩んだ結果、選んだのは12月の誕生石であるタンザナイトのネックレスだった。そんなにお高いものではないので、石も小さめだが、高校生への贈り物なのだし高価すぎないものを選んだ……つもりだ。亡き母親が懇意にしていた店のため、元々安いものを更に少し安くしてくれたというのもあるけれど。

 

 食べ物とかでも良かったけど、なるべく形に残るものの方が良いのかなぁと思った次第だ。来年からどうするかは悩みものだが……それはその時考えようという行き当たりばったりで生きている。何はともあれ、見せられた写真では、紫の石が綺麗に胸元で輝いていた。

 

「似合ってるよ、とっても」

「そっか! 良かったぁ」

 

 ふふーんと機嫌が良くなって笑顔のままくるくると踊りながら歩いていくのを追いかける。一応紫が好きな色だったはずなので、誕生石って言っても色々ある中からその色のやつにしたんだぞ、と心の内で呟く。言わないけれど。いい笑顔と綺麗な夕陽が目に映る。綺麗なのが果たして、夕陽なのか笑顔なのかの答えは、もうとっくに出ていた。

 

 

 

 

 

 

 アンケート用紙が回収された三日後、二年生の会議が行われた。視聴覚室の机と椅子を動かす。一番正面の黒板側の席の中央には、黄前さんが一年生からの唯一の参加者として座っていた。彼女の右隣はみぞれ。左隣は私である。

 

「で、では、定期演奏会のための二年生会議を始めます」

 

 二年生会議と称しながら一年生が司会なことに秒で矛盾してる、と笑いが出そうになる。吉川の目がキュッと吊り上がったので、一瞬変なこと考えてるのがバレたかと思って焦ったが、雰囲気から察するにただ気合いを入れているだけのようだ。

 

「取り敢えず、時間無いから早めに方針決めないといけないと思う。どういうステージにしたいかでやりたい曲も変わるし。みぞれ的にそういうプランはある?」

「まだ、決めてない」

「じゃあみんなの意見を聞いてまとめることになるかな。去年は確か、二時間で三部構成だった。休憩時間と幕間とかも計算に入れないと。MCを誰にするかも考えないといけないし、着替えのタイミングも」

 

 ハキハキとした声は議論の先導に向いている。こういうところも部長向きだし、そもそもとして本人の性質がイニシアチブを取るのが上手かった。

 

「先輩たちはどういうコンセプトがいいと思いますか?」

「うーん、やっぱりお客さんの楽しめる曲がいいと思う。定期演奏会って大人から子供までいろんな年齢層の人が来るし、音楽をあんまり知らない人でもわかる曲を選ぶのがいいんじゃないの。Jポップとか」

 

 するりとみぞれがアンケートの山から優子の回答を黄前さんへ差し出す。見ると、書かれた曲名は「ヤングマン」と「学園天国」。確かにどちらも知名度は申し分ない。前者は1979年に発売された西城秀樹の曲。後者は文化祭でも演奏したため、部員としても楽だろう。

 

「最初から皆が知ってる曲じゃなくても、聞いてるうちに良さはわかってくれるでしょ。私は断然ジャズ! カッコいい曲がいい」

 

 そう反論したのは反対側にいた夏紀だった。またしてもみぞれはスッと音もなく用紙を出してくる。「スウィングしなけりゃ意味がない」と「A列車で行こう」と書いていた。並んだ二曲はどちらもジャズの有名曲だ。前者はビッグバンド・ジャズの代表的な名曲。後者も同様だ。

 

「Jポップ!」

「ジャズ!」

 

 顔を突き合わせて言い争う光景は見慣れたものだ。誰も止めないのがその証。どうする? という会話が聞こえてくる。

 

 展開される会話を無視してみぞれは黄前さんに見せるようにどんどんと用紙を並べていく。希美は前に聞いた二つ。高坂さんは「トランペット吹きの休日」と「フェスティヴァル・ヴァリエーション」。他の人も思い思いに書いているようで、選別には骨が折れそうだった。

 

「みぞれ先輩はどうしたいですか?」

 

 黄前さんの問いにみぞれは口論を続ける二人を見つめた後、小さく瞬きした。そして「どっちも、やろう」と言うなりするする文字を書き始める。

 

「どっちのジャンルの曲も構成に入れたらいい。あとは知名度のある曲」

「知名度ですか」

「そう。映画音楽とか」

「映画音楽はいいですね。アンケートでも人気でしたし」

「他にアイデアとかありますか?」

「楽器紹介とか。マイナーな楽器とか、みんなに知ってほしい」

「おお! 確かに」

 

 みぞれの手元を覗いた彼女は大きく頷く。活発に意見が出てるようで何より。私は実際に吹かないので、あくまで聞かれたり議論が出なかったりした時のサポート役だ。現状、出番は少なくて済みそうに思う。勿論それが一番理想的である。

 

「いいですね! 具体的なイメージがわいてきました」

 

 黄前さんのそんな声に口論していた二人はそれを止める。優子は身を乗りだし、みぞれのメモを見下ろした。

 

「おお、なんかいい感じ。流石みぞれ」

「この会議やる意味あった?」

「あったあった。もうめっちゃ大アリ。みぞれはコイツの意見と私の意見を上手くまとめてくれたもんね?」

 

 コイツというところで嫌そうに人差し指を夏紀に向ける姿と表情は最早お家芸だ。それをさらりと無視して夏紀は言葉を続ける。

 

「じゃ、次は曲選びだね。進行よろしく」

「あ、はいそうですね。どうしましょう」

 

 そう言いつつ彼女はアンケートをペラペラとめくる。ふと、何かに気付いたように顔を上げた。

 

「みぞれ先輩、アンケート書きました?」

「いや、まだ」

「え、何でですか?」

「希望とか、あんまりない」

「でも、せっかくの定期演奏会係なのに、曲の希望が無いのって寂しくないですか。先輩はどういう曲が好きなんです?」

 

 困ったように眉を八の字にするみぞれ。数拍の間をおいて簡潔な答えが紡がれる。

 

「……浦島太郎」

「え?」

「だから浦島太郎」

 

 首をひねる黄前さんは童謡のアレを想像してるのだろう。浦島太郎ということは、「日本おとぎ話ラプソディー」だろう。小島里美編曲の、日本の童謡を集めて編曲した七分ほどの曲だ。ちなみに、作曲者にすると田村虎蔵とか岡野貞一とかそうそうたる名前が出てきてしまう。近代日本音楽界の巨匠たちだ。

 

「童謡をもとにした「日本おとぎ話ラプソディー」って曲。あれ、やりたい」

「あ、そういう曲があるんですね」

「うん」

 

 オーボエはソロが多いので、オーボエメインの曲よりも単純に曲として自分が好きなものを選んだっていう感じだろうか。そういうチョイスでくるとはなかなか面白い。こういう場は他人の好みがわかるので楽しくもある。

 

「桜地先輩も、何か書いてください。アンケート渡したのに」

「え? いや、私はほら、吹かないですし」

「でも、教えるときに好きな曲だとテンション上がりません?」

「まぁ、それは確かに……。とは言っても、私はそこまで吹奏楽の曲の知識がある訳じゃないですから。人よりはあるけど、田中先輩には劣るので」

「そうなんですか? なんか意外です」

「私は元々吹奏楽じゃなくてオーケストラなんです。大学でもそうでしたし。オーケストラと吹奏楽の違いは多々ありますけど、大きいのはバイオリンとかの弦楽器がいない事ですね。まぁ知ってるとは思いますけど。それにオーケストラはクラシックメインで、そっちなら詳しいんですけど……って感じで。あとはバンド曲とかなら。」

「うーんクラシックですか……」

 

 悩んでいる黄前さんを見ながら、案を出さないのも良くないかなと思って、一応案として幾つかピックアップした中で、今回のコンセプトに合う知名度の高い曲を探す。

 

「レ・ミゼラブルとか」

「レ・ミゼラブルって、あのフランスの話ですよね?」

「映画があるんですが、黄前さんは知ってますか? ヒュー・ジャックマンが主役のやつです。民衆の歌とかが有名だと思いますが」

「あー、何となく記憶にあります」

「こういうレ・ミゼラブルの映画の劇中サウンドの吹奏楽バージョンがあるんですね。他になると何でしょう……『吹奏楽による「ドラゴンクエストI」より『序曲』』とか?」

「いいね、じゃ、それもみぞれのと一緒に候補にしちゃおう」

 

 夏紀はそう言いながら黒板に候補を書いていく。大変そうだなぁという顔をしながら肩をすくめる黄前さんの横でみぞれが満足そうに頷いていた。

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