音を愛す君へ   作:tanuu

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第六十三音 生きる場所

 定期演奏会関連の諸々と並行して、アンサンブルコンテストの方も進んでいる。今年の京都府大会は12月22日火曜日。場所は八幡市の文化センターだ。最寄り駅がそれなりに遠いので移動が面倒くさい。どうしてこう、大会が行われるホールなんかはどこも駅から遠いのだろうか。当日はコンバスだけ送り、それ以外は持っていくことになっている。今日は12月18日の金曜日。冬休み前の学校がある最後の日だった。

 

「冬休み、暇か?」

「分からない。帰省する場所は無いから、多分それなりに日程は空いてると思いたい。吹部の予定は前送った通りで多分変更ないから」

「了解」

 

 夏休みは友人の誘いをほぼ全部断る羽目になったけれど、今回こそはどこかに出かけるくらいの余裕はあるだろう。と言うか、あって欲しい。帰りのHRが始まりそうな時間なので、彼らは自分の席に戻っていく。誘ってくれるだけありがたい。私はつくづく友人に恵まれていると実感していた。

 

「初詣、行く? 良かったら一緒に行かない?」

「4日以降なら空いてると思う」

「お正月は何してるの?」

「……行きたくない親族の集まり」

「あー……」

 

 どんよりした声で言う私に、希美はどう反応したら良いのか困ったという顔だった。折角誘ってくれたのに断りたくはない。なるべく三が日でケリをつけて、さっさと自宅に戻りたいところだ。あけましておめでとうの日に嫌な顔と会うのは何とも気分が盛り下がるモノだった。

 

「逆に言えば4日以降なら絶対空けるから、行きたい日教えて」

「あとでLINEするね」

「よろしく」

「はい、席座れー」

 

 担任がドアを開けて入って来る。教室に満ちていた話声は消えて、視線は先生の方に集中した。

 

「じゃ、冬休みが始まるわけだけれども、来年は受験生! それは一応意識して過ごすようにしろー。後で後悔しないようにな。あんまりゲーム三昧とかするなってことだな。後はまぁ、風邪とか引かないでまた来年元気に会おう。それでは、よいお年を!」

 

 適当な文言を言ってさらりと終わる。ここでがみがみと説教したり、色々うるさく言わないのが良いところなのかもしれない。終わった後は部活に行く者、帰る者と別れていく。当然私たちは部活に行く側だ。

 

「年賀状書きなさいってお母さんに言われちゃったけど、今どきあんまり書かないよね。あけおめ! で終わりだし」

「確かに。今どき書いてるのは古臭い家だけだよ、ウチみたいに」

「涼音ちゃん毎年くれるよね。すごい字が上手くって一瞬どこから来たのかなってなる時もあるけど」

「あの子昔書道もやってたから」

 

 私も一応大昔にやっていた記憶がある。そのせいか、或いは面倒なだけなのかもしれないけれど、自分だけしか読まない字はいつも崩した字になってしまう。この前会議の時にチョークで書いていたら、一緒にいた黄前さんに「達筆すぎて読めないです」と言われてしまったのを思い出す。ちょっとショックだった。

 

「アンコン、見に行くの?」

「多分。先生はこっちで定演の方の練習見てるから、その間に私と松本先生で行くことになりそう」

 

 定期演奏会の曲はまだ決まっていないけれど、「三日月の舞」と「プロヴァンスの風」はやる事が決まっている。つまり、現在のメンバーでこの二曲をやる練習はもう出来るのだ。どっちも大会の曲だという風にアナウンスをすることになっている。当然、観客の期待も集まるわけで、しょぼいなどと言われては名折れである。

 

「あ、滝先生だ」

「ホントだ」

 

 希美の指の示す先には、二年五組の教室。滝先生が担任をしているクラスだ。廊下には既にHRの終わったクラスの人が溢れている。扉は締まっているけれど、ガラス窓があるからどんな風なのかは見えるし、声も聞こえてくる。吹部にいる身としてはどんな感じでクラスを運営しているのか気になる所である。

 

「来年には進路指導も始まります。今のうちから親御さんと話し合い、自分の将来について見つめるようにしてください。冬休み中に何かあれば、吹奏楽部の活動期間中は毎日出勤していますので、いつでも連絡して構いません。それでは、事件事故などに巻き込まれず、健康な冬休みを過ごしてください。くれぐれも羽目を外し過ぎて周囲に迷惑をかけることの無いように。それでは、終わります。日直、号令を」

 

 物静かな口調で話している姿は吹部と同じ。ただ、物腰は幾分も柔らかい。思わず、「若さにかまけてドブに捨ててないでとか言わないんですね、せんせー!」と言いそうになってしまう。まぁ普通に部活の外で言えば問題だろう。普通に部活内でもあんまり良くはないけれど。

 

「なんか、普通だね」

「確かに。普通過ぎる。つまらないなぁ……ヤジでも飛ばす?」

「やってもいいけど、凛音一人でやってね。私は知らなかったことにするから」

「梯子外さないで」

「凛音って時々急にロックだよね。やだよ、一緒に怒られるの」

「初詣は誘ってくれたのに?」

「それとこれとは話が別!」

 

 あんまりここで話してると、先生に後で何を言われるか分かったもんじゃないのでさっさと音楽室に向かう。人は誰しも意外な一面だったりを持っている。或いは、場所によって態度を使い分けている。それは当然私だってそうだし、希美だって家と学校とじゃ違うだろう。それは当たり前のことだった。しかし、普通に教師をしている先生はちょっと面白い。

 

 基本的に二年の担任はクラス替えをしても三年の担任になることが多いのだけれど、来年先生も三年の担任になるのだろうか。まさかの私の担任だったらちょっと笑ってしまうだろう。先生も多分、結構やりにくいと思う。私と進路の話してる姿はちょっと想像できない。修学旅行の引率に来たら、行くことになっているディズニーランドで変なカチューシャでも被ってもらおう。写真を見せたら高坂さんが鼻血を出さないかが心配だった。

 

 

 

 

 

 

 

「遂に決まったんですか!」

「はい、進めていた話し合いがやっとまとまりました」

 

 春休みである三月に、遊園地で立華高校と合同演奏会をしたいという話が持ち上がっていたのだ。南中、清良女子に次ぎ三回目のコラボである。しかも相手は今年もマーチングで全国金だった立華高校。同じ府内にある吹奏楽名門校だった。サッカー部など、他の部活も中々に強いことでも有名である。

 

 先生が窓口となって、先方と話し合っていたがやっとそれが実を結んだらしい。曲の話や細かい日取りなどの調整に苦労してたようだけれど、まとまってホッとしている。向こうの顧問である熊田先生とは、サンフェスの時に一回だけ会ったことがある。もしかしたら私も立華に進学していたかもしれないので、それなりに親近感はある学校だった。

 

「それで、曲は何を」

「熊田先生とも話し合い、『メリーゴーランド』『ノアの方舟』『シング・シング・シング』の三曲で行きます」

「なるほど、スパーク繋がりですか」

「そのようですね」

 

 スパークとはフィリップ・スパークのこと。1951年生まれの英国人作曲家だ。多くの吹奏楽・ブラバンの曲を作ったことで有名で、今年の立華が座奏の大会で吹いていた「宇宙の音楽」もそのスパーク作曲。なので、「メリーゴーランド」はそれ繋がりで選んだのだろう。もちろん遊園地が演奏場所というのも関係しているかもしれない。

 

 スパークは日本にとっても関係が深い人物である。四年前に公開された「The Sun Will Rise Again」、邦題「陽はまた昇る」は、四年前の2011年に発生した東日本大震災の復興支援に伴って書かれた曲だ。当時、私は大学にいて夜中に友達に叩き起こされた記憶がある。色々な作曲家が復興支援に曲を書いているが、出版の早さ、技術的な容易さ、讃美歌的な美しさから多くの場所で演奏されているのだ。

 

 「シング」は言うまでもなく立華の十八番。立華と言えばこれと言うくらいには浸透している曲である。マーチングの中では超有名曲であり、それを完璧に仕上げているからこそ水色の悪魔の異名を、彼らはほしいままにしているのだった。我々にも女子部員曰く「粘着イケメン悪魔」がいるので対抗は出来るだろう。

 

「ノアは先生が提案したんですか?」

「はい。今年の自由曲は抽象性のある曲でしたが、南中の演奏を聞いて物語性の高い曲も良いと思い、試してみることにしました」

「では、来年の自由曲は何か物語から?」

「まだ考え中ですが、それも悪くないかと」

 

 先生の選んだ「ノアの方舟」は言わずと知れた旧約聖書のストーリーである。世界が滅びる洪水の前、神託を受けたノアが箱舟を作り、全ての動物の生物の種を乗せて洪水から逃れた。ちなみにノアはアダムとイブの遠い子孫らしい。曲はベルギー人のベルト・アッペルモントが書いている。お告げ、動物たちのパレード、嵐、希望の歌の四つの章で構成されていた。第三楽章の「嵐」はトロンボーンがカッコいいので、そこは先生の趣味も入ってるのだろう。

 

「良い曲になって良かったです。しかし、北宇治も偉くなりました。立華と対等に演奏会が出来るなんて、昔なら考えられなかったですから」

「むしろ、昔に戻ったのかもしれません。まだまだ過渡期ではありますが」

 

 立華と演奏会。その言葉が持っている意味は、特にこの京都では大きい。つい一年前までは雲の上の存在だった立華と並んで演奏出来るというのは、二年生たちにしてみればなかなか込み上げるものがある。受験が終わった三年生たちも来るらしいので、彼らもきっと同じ思いだろう。それほどまでになれたのかと思うと、誇らしい気分だった。しかし、まだ完全に同じではない。伝統のある立華に対し、今北宇治は伝統を作っている最中。そういう時期だからこそ、学べることもあるのかもしれない。

 

 翌日の土曜日に行われていた休日練習では、先生が楽譜を配っている。

 

「来年の三月に、立華高校吹奏楽部の皆さんと合同演奏会を行うことになりました。場所はドリームパークです。春休みのタイミングでイルミネーション展示を行うようなのですが、そのオープニングイベントの依頼です」

 

 何でも、テーマパークのイルミネーションをリニューアルしたらしく、そのリニューアル記念の公演を京都府でも指折りの上手さを誇る学校に依頼したという事らしい。京都三強誕生か? とも騒がれていると聞くので、その中から座奏で全国のうちと、マーチング全国の立華に白羽の矢が立ったという事だろう。洛秋は関西止まりなので今回はお休みなのだろうか。

 

「本格的な合同練習はまだ先になりますが、それまでに譜面通りに吹けるようにしておいてください。大規模なイベントなので、今年卒業する生徒にも声をかける予定です。その心積もりでいるように」

「「「はい!」」」

 

 部員たちの大きな返事は期待に満ち溢れている。その瞳はまだ見ぬ舞台と共演者への希望で輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして肝心のアンサンブルコンテストの日程も近づいてくる。ここまで毎日四人の演奏を聞いていたのでちょっと頭が疲れているけれど、それは奏者の四人の方がもっとであろう。元々上手い奏者が固まっているので、問題なく進行していく。技術面で問題が消えると、後はどう表現するのかという問題になってくるのだ。

 

 高坂さん達が選んだ曲「ラノベ ファンタジア」は物語という概念を曲にしたものだ。タイトルにあるラノベとは我らが京都府の誇るアニメ制作会社京都アニメーションでも放送されていた「涼宮ハルヒ」に代表されるような若者向けサブカルチャー文学を示している。とは言え、児童文学や少女文学などとの区別は難しく、ファンタジーとの使い分けもはっきりしていない。「十二国記」や「氷菓」は前に妹が読んでいた記憶がある。

 

 ともあれ、そんな若者向けの物語についてをメロディーにしたのがこの曲だった。ファンタジーと一口に言っても色々あるように、この物語はどういう内容なのかをテーマにするのがこの曲を仕上げる上で大事な部分だった。

 

「よし……問題なし。どういう曲にするかと意思統一も出来てるみたいなので、後は本番でどこまでやれるかになってくるでしょう」

「「「はい」」」

「では、お疲れ様でした」

 

 今日の練習はこれで終わりになる。いよいよ明日が本番と言うことで、そんなに遅くまでやっていても疲れてしまうだろうという理由から早めに切り上げることにしていた。四人ともそんなに心配することは無いと思っている。だからこそあのメンバーの中で僅差とは言え代表に選ばれたのだから。

 

「じゃあ、一応明日の日程を話しておきます。現地集合になりますから、くれぐれも時間に遅れないように。何か問題が発生したら、私の携帯にかけてください。私から松本先生に連絡を行います。まぁ無いとは思いますが、自分の楽器も忘れないように。以上、何か質問は? 特に無いようなら終わります。気を付けて帰ってください」

「「「お疲れ様でした!」」」

 

 解散して帰宅していく後輩たち。思えば、編成が全員一年生と言うのも今後一年生が大きな戦力になっていくことの象徴のようにも思える。もうすぐクリスマスだが、彼女たちにとってのクリスマスプレゼントが関西大会進出であることを願った。

 

 ウチの学校にコントラバスが二台あって助かるのはこういうときだろう。一台は今練習に使い、もう一台を先んじて送る事が出来る。こうすれば限界まで練習することが出来るのだ。とは言え、いつまでも川島さん一人というのも良くないだろう。みぞれコースになってしまうと、それはそれで問題だ。後輩が来年くらいに一人入って来て、しっかり育成をする時間を作れるようであると助かる。コンバスやオーボエは少数精鋭にならざるを得ないからこそ、先輩から教導を受けられる環境が大事だった。

 

 職員室に行き、いつも通りの日課をこなす。この辺は本当にいつも通りだった。ただ、今日少し違う所があるとすれば、それは先生がおらず松本先生が代わりにいるところだろう。

 

「松本先生、明日はよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。黄前たちにはもう伝えたか」

「はい。一応注意も含めて。とは言え、しっかりした子たちですから、大丈夫だとは思いますが」

「高坂はしっかりしてるし、川島や吉沢も抜けているようでしっかりしてる。逆に黄前は真面目そうに見えて結構抜けているところもあるからな。少し心配だ」

「そうなんですか。私は普段の黄前さんをそこまでは知らないので。担任の先生ですから、きっと色々見えているんでしょう」

 

 黄前さんについて知っていることはそこまで多くはない。他の部員とさして変わらないだろう。私から見れば、ちょっとこちらの事情を知っている後輩と言ったところだ。一年生の間でも凄く目立つ子ではないけれど、男子の間では少し顔は知られている。別に問題児だからとかではなく、割とカワイイと言う点で。塚本君は真面目に頑張った方が良い。じゃないとどっかでかっさらわれるだろう。

 

 ちなみに、一年女子圧倒的一番人気は高坂さんだったけれど、アレはどう頑張っても脈無しと私が言ったせいか、今は別の子になっている。滝先生と比べれば高校生男子なんて子供に見えている事だろうと思っていた。

 

「まだまだ心配になるが……とは言え黄前は今年一年でよく成長している」

「それは、私も同感です。黄前さんだけでなく、皆今年一年で大きく成長したように思います。自分で言うのはアレですが、私も含めて」

「あぁ。鈴本先生も仰っていた。桜地はまた一歩前に進んだと」

「そうでしたか……」

 

 私の担任は何を見てそう思ったのだろう。自分ではよく分からない部分が彼には見えていたのかもしれない。

 

「来年は、お前も三年生だな」

「月日が経つのは早いものです」

「年を取るともっとそれを実感することになるぞ。私ももう気付けばこんな年になってしまった。それはさておき、進路等は決めたのか。もう一度大学と言うのも良いだろうし、就職するのも妥当な道だろう」

「まだはっきりとは」

「そうか。三年生は自分とは何者かを見つめる大事な時期だ。お前はある程度出来ていると思うからこそ、社会の中で自分がどういう役割を果たしていくのか。それを考えればいいだろう」

「はい」

「そして、高校生でいる間は高校生らしく節度を守っているように」

「もちろんです」

 

 その言葉は松本先生の口癖になってしまっているようだ。滝先生の机の上に報告すべきモノを置いておく。後で見てくれればそれでいい。全体練習の方は今年のコンクールの曲だけしかやっていないので、特段気にすることは無いだろう。

 

「では先生、さようなら」

「あぁ。気を付けて帰るように」

 

 職員室を後にする。進路。それは私も逃れられないものだろう。他の人より自由度が高いのは確かだ。選択肢も多い。けれどどうしたいのか、どうするべきなのかはまだはっきりと定まってはいなかった。私が何者であるかはある程度理解しているつもりである。ただ、社会の中でどうしたいのかははっきりと決まっていない。

 

 音楽関連の道に進みたい。もちろん、それが奏者であればなお良い。ではどこで演奏するのか。日本か、海外か。それぞれどこなのか。それをまだ決めかねていた。今はまだ、明日の大会のことを考えていればいいだろう。大会が終われば、ソロコンのことを。ソロコンが終われば、定期演奏会のことを。それが終われば、立華との演奏会のことを。でもそんな風に先延ばしにしていたら、あっという間に三年生だ。意外と、残された時間は少ないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 当日の天気は快晴。真冬には珍しい少し暖かい日だった。明日は曇り空らしいので、天気に恵まれたのかもしれない。

 

「「「おはようございます!」」」

 

 今回出場する四人娘もしっかり元気に会場にやって来た。これでもし遅れたとかになったら大変だったのだけれど、誰も遅刻していない。皆顔も健康そうだし、特に問題はないだろう。先に集合していた私と松本先生を前に、大きく挨拶をしている。駅からここまで二キロほどあるので、普通にちょっと疲れた。

 

「よし、問題ないな! 今日はいよいよ本番だ。気を抜くことなく、北宇治の代表として堂々と演奏するように」

「「「はい!」」」

「ライバルは多いですが、皆さんの演奏ならば必ず上に行けると確信しています。自分の全力を出し切ってください。プログラムは47番ですので、忘れないように。それでは、いつも通りいきましょう。本日は部長がいないので、代理で私が。北宇治ファイトー!」

「「「おー!」」」

 

 四つの拳が天に突き上げられる。アンサンブルコンテストは、と言うか大体吹奏楽系の大会は代表三団体が上に行くシステムになっている。今回の参加校は全部で53。選ばれる確率は約18分の1になって来る。とは言え、同じような確率を乗り越えて関西大会に進出したわけで、今更その数字に臆することもないだろう。

 

 会場の中は高校生が沢山。観客の数は夏のコンクールに比べれば少ないような気がする。こういう大会に部内全員で応援に来る団体は少ないため、そのせいかもしれない。おかげで会場の席は割とすんなり確保することが出来た。

 

 今日も今日とて他校の演奏を聞いて何か掴めることは無いかの確認をすることにしていた。ただその前に少し水分補給をと思って外に出る。そこで、人混みの中で硬直している黄前さんを発見した。 

 

「黄前さん」

「……」

「大丈夫?」

「……はい」

「ここだとちょっと迷惑ですので、ズレましょう」

 

 彼女を連れて、自販機の前のベンチに座らせる。先ほどまで元気そうに高坂さん達と話していた姿とは思えないほど、ぐったりしている。何があったのかまだ分からないけれど、あまり良い状況ではないだろう。今も視線を遠くの一点に送っている。その先には、確か南宇治だったと思われる高校の制服。上級生らしき人が下級生を励ましているようだった。この大会に一緒に出るのかもしれない。

 

「はい、これでも飲んでください」

「ありがとうございます……」

「隣、いいですか?」

「……はい」

 

 許可を取って、私は彼女の横に座る。

 

「どうしましたか。いきなり。体調不良なら……」

「違うんです、ちょっとこっちの問題で……」

「そうですか。……良ければ聞かせて貰っても?」

「……」

「私は合宿の時色々教えてあげたじゃないですか。その時の代金です。さぁ、話しなさい。話してスッキリすることもあると思うので」

「あそこ、南宇治の人いるじゃないですか」

「いますね」

「あの右側の人、私の中学時代の先輩なんです。同じ、ユーフォの。私が一年生の時、三年生で、私がオーディションに受かって、先輩が落ちて、それで……」

 

 彼女のいた北中は、彼女が一年生だった時に関西大会に出場している。北中躍進の影で起きていた悲劇を、私は知らない。高坂さんも塚本君も敢えては語らないだろう。或いは、知らない可能性もある。彼女の言った言葉は大変少ない。けれど、それだけであの人と彼女の間に何があったのかを察するには十分だった。

 

 高校三年生がここにいるということは指定校推薦かそれ以外の何らかの推薦を貰っているのだろう。だからここにいることが出来ているはずだ。

 

「もう会わないで済むと思ってたんです。でも……」

「ここで見つけてしまったと」

「はい」

 

 南宇治も普通に夏のコンクールには出ていた。結果はまぁ、去年までの北宇治とどっこいどっこいという感じであったけれど。あの時は大量に人がいたから、運よく出会わないで済んだのだろう。

 

「そういう事でしたか……」

「優しい先輩だったんです。あの時までは。だから今年も、そうなるんじゃないかってどこかで思ってて。けど夏紀先輩が優しかったから全部忘れてました。だからこそ、ちょっとショックで固まっちゃって」

「まぁ気持ちは分かりますよ。私も、同じような目にあったことはあるので」

 

 遠い日々の残響。自分より年下の日本人に負けることに悔しさや怒りを滲ませる存在。それは私に掴みかかってきた彼だけではない。もっと大勢存在していた。むしろ、直接掴みかかって来る彼の方がまだ、素直な存在だったかもしれない。今あの彼がどうしているのかは知らない。私が彼の心を折ったのかもしれない。

 

 私にだって言い分はある。頑張って、努力して、そしてつかみ取ったモノだ。それをあんな風に言われる筋合いはなかった。ただ、あの時私が言った言葉が正しいとも、思えないでいた。

 

「年下の上手い奏者へのやっかみは世界共通ですから」

「そうなんですね」

「年功序列という制度が、意外と理にかなっていると言うのを上に立って初めて実感しました。これはまぁ、妹も言っていましたが。三年生から順番に大会に出る。そうすれば揉めることは少なくなります。だからこそ、年功序列は存在しているのだと知りました。私はむしろ、そんなのおかしいと反発する側でしたからね。今でもベストであるとは思っていませんが、問題を起こさないという観点から見れば優秀な制度なのかもしれません」

 

 その代わりに発展も無い。競争無き社会に、成長もあり得ないのだ。

 

「今年は幸運な事に二年生の主力がごっそり抜けた後でしたので三年生は全員出れました。来年も恐らくそうなるでしょう。ただ、再来年がどうなるかまでは分かりません。仮に百名近い部員がいるようになれば、当然半分近くは落選します。その中に、黄前さんの世代の子たちが入っていないとは言い切れない」

 

 今年の三年生は三十名弱。それくらい来年と再来年に入ってきたらそれだけであっという間に百人近い部員を抱えることになる。

 

「そうなったとき、どうしたいかを考えておくのは大事なことかもしれませんね」

「どうすればいいんでしょうね」

「明確な正解は無いと思います。それは自分で見つけないといけないのでしょう。黄前さんはきっと、他者のことを考えられる人だと思います。それが打算であっても、そうでなくても。だからこそ高坂さんに寄り添い、希美を助けようと思い、田中先輩を引き戻した。君にしか出来ない役目があるはずです。だから、過去の亡霊に負けないでください。君が生きているのはどこですか」

「北宇治高校です」

「北中ではありませんね?」

「はい」

「なら、北宇治の部員として胸を張りなさい。相手が仮に何か言って来ても問題ありません。私は全国出たけどお前は? と言い返してやりましょう。それでも辛かったら言ってください。高坂さんと一緒に殴り込みに行きますから」

 

 優子は北宇治というチームと言った。その想いは私も同じ。であればこそ、当然黄前さんを見捨てるなんていう選択肢は存在しない。彼女だって私たちの大事な後輩だ。やっと彼女の顔が少し柔らかくなる。あの精神状態のままじゃろくに吹けやしないだろう。この大会は彼女にとっても大事な大会。だからこそ、万全の状態で出て欲しかった。

 

「さぁ、行きましょう。皆が心配してると思いますので」

「はい」

 

 私の言葉に、彼女はベンチから立ち上がって歩き始める。

 

「私たちは必ず君を守ります。私も、優子も、夏紀も、それ以外の先輩も。優子を怒らせると怖いですよ。よく知ってると思いますが」

「は、ははは……」

「一番怒ると怖いの、多分希美ですけど」

「そうなんですか?」

「普段怒った事無い人がキレると本当に怖いですからね。私も多分、フルバーストのは見たこと無いので。見たくもないですけど」

 

 みぞれは多分静かにキレる。優子はうるさい。夏紀はかなり口が悪くなる。希美がどうなるかが本当に分からない。後輩が虐められてると知ったら烈火の如く怒りそうだ。そういうのは絶対許さないタイプなので、なおのとこ。それに加え、希美からすれば黄前さんは恩義がある人もである。

 

「久美子! どこ行ってたの」

「麗奈……ちょっと話してた」

「久美子ちゃん、大丈夫ですか?」

「うん、心配かけてごめんね」

 

 一年生三人は待っていたらしく、心配そうにしている。対する黄前さんはもう大丈夫そうだった。それを示すが如くシャキッと背を伸ばしている。そして時間は流れ、いよいよ北宇治の発表になった。

 

「プログラム47番、京都府立北宇治高等学校、曲は宮川成治作曲『ラノベ ファンタジア』です」

 

 拍手と共に堂々と四人はステージに立つ。そして演奏が始まった。トランペットが二人いるこの編成では高坂さんと吉沢さんで異なる表現を行う。同じ楽器が違うことをしているからこそストーリーに奥行きが生まれていくのだ。ユーフォニアムのまろやかな音と、コントラバスの特徴的な音が混ざり合い、綺麗な旋律となっていた。

 

 基本下支えの多いユーフォとコンバスも今回は目立っている。埋もれがちな音がはっきりと表れ、ファンタジスタな世界観を彩っていた。王道ファンタジー的な展開をイメージして高坂さんたちは曲を演奏している。まさしくドラゴンクエスト的な感じなのだろう。勇者と魔王の戦いと言う、いまや王道と化しているストーリー展開。けれど王道とは多くに愛されているという証でもある。少年少女が青春時代に心を躍らせる冒険譚を紡ぐように、曲は演奏されていた。それは、欧州における音楽の始祖に近い存在たる吟遊詩人の在り方を思わせる。そして終幕と共に大きな喝采が寄せられたのだ。

 

 

 

 

 

「緊張します……」

「大丈夫。良い演奏だったから」

 

 そう言いつつも見た目がそうでもない吉沢さん。大会になるといつも固い顔の高坂さん。黄前さんはびくびくしている。完全に平気そうなのは川島さんだけだ。彼女は多分、メンタルが鋼で出来ている。ちょっと見習いたいものだ。

 

 府大会では夏と同じく紙で賞の色を発表し、その後代表が読み上げられる形式になっている。そして時間になった。バサッと大きな紙が広げられ、私たちの前に出される。北宇治は47番目。下から数えた方が早い。

 

 隣にいた高坂さんがガッツポーズをしている。47番目、北宇治高等学校、金賞。府大会は取り敢えず金賞を獲得することが出来た。代表として、誇れる成果を獲得できたと言えるだろう。まずは第一関門。しかし上に行けるかどうかはまだ分からない。

 

「次に、来たる二月に行われます、関西大会に出場する代表三団体を発表します。プログラム28番、京都並洋高等学校。プログラム41番、京都光花高等学校。最後に……プログラム47番、北宇治高等学校」

 

 ばんざーいと叫ぶ川島さんの楽しそうな声。その裏で吉沢さんと高坂さんが手を取り合いながら泣きそうになっている。黄前さんはポカンとした顔で前を見つめ、やっと現実を直視できたような顔をしていた。その全てをかき消すくらい松本先生が泣いている。例え夏に全国に行けても、アンサンブルコンテストでもそうとは限らない。だからこそ、嬉しいのだろう。特に今回は全員ではなく、この四人の実力が評価されたということに他ならないのだから。

 

「君は、どこの誰かな?」

 

 泣き伏しているトランペット二人組の上から、黄前さんに声をかける。一瞬だけ怪訝そうな顔をした後、彼女は確かな声で言った。

 

「北宇治高校吹奏楽部の、黄前久美子です」

 

 その答えに、私は大きく頷いた。彼女がいるのは、ここだ。過去ではなく、今、この場所。かつての記憶は拭い難く、例え傷は深かろうとも、今を生きることはできるのだ。誇りを持って、堂々と。彼女がそういう人生を北宇治で送ってくれることが、何よりの理想だった。そしてそれはきっと、優子たちも望んでいる事だろう。もちろん、この私も。




一年の詩、早くフルスコア発売してほしいです。三日月の舞とリズと青い鳥は買ったので。
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