「お疲れ様でした! 非常に良い演奏と結果でした。胸を張って学校に戻りましょう」
「お前たち、よくやった!」
アンサンブルコンテストも終わり、会場の外で私は今回大金星だった四人を前に笑顔で話をしていた。松本先生も非常に喜んでいる。学校にいた滝先生にも既に電話で結果を報告していた。四人を代表して高坂さんに代わったけれど、凄くハッピーな顔をしていたのを思い出す。それのせいか黄前さんに突っつかれていた。
「次回の関西大会は年明け二月に兵庫県で行われます。その時はまたこのメンバーが引率になると思いますので、それまで頑張りましょう。定期演奏会と立華との演奏会の曲もあり忙しいとは思いますが、君たちなら出来ると信じています!」
「「「はい!」」」
「では、今後ですが……どうしますか? 一回学校に戻るならそれでも構いませんし、現地解散でも構いません」
「私と久美子は一回学校に戻ります」
「緑と秋子ちゃんは家に帰りますね」
「では、駅で解散とします。その後学校組は私たち二人と一緒に戻りましょう」
人混みをかき分けて学校への道を歩いて行く。女子四人が集まると非常に喧しい。とは言え、結果が結果だ。嬉しくて話が弾むというのも良く理解できる。松本先生も今回は容認する方針でいるようだ。話に花を咲かせている女子高生にかかれば、二キロの道のりもさしたる距離では無いようで。あっという間に駅が見えてきた。世相はクリスマス。その中で浮かれている彼女たちにとっては、今回の結果は一つのプレゼントだったのかもしれない。
先生に報告するときの高坂さんの顔は大分赤かった。冬の寒さではないのは明白。私は黄前さんと視線を合わせる。お互いに何とも言えない顔をしていた。思っていることは同じだろう。二人も帰り、松本先生も退勤した後の職員室にはもうほとんど人が残っていない。
「はい、先生お疲れ様です」
「あぁ、ありがとうございます。……おや、これは」
「家に死蔵してたコーヒーです。これがその豆ですね。よかったらどうぞ」
「いいんですか?」
「もちろん。先生、コーヒーお好きでしょう?」
先生が好きなのはコーヒー、抹茶、八つ橋、漬物。嫌いなのは生八つ橋と黒酢だ。何とも渋いと思ったのを思い出す。私もコーヒーか紅茶で言えばコーヒー派だったので、趣味は割と似ていると勝手に思っていた。
「もう今年も終わりですし、お世話になりましたので。ささやかですが」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
人のいない職員室。外には雪が降っている。夜になって降り出したらしい。
「また来年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
私たちは方針こそ時々違えど、共にこの吹部を良くするために活動してきた。そういう意味では戦友的な存在かもしれない。私は少なくとも、そう思っていた。
アンサンブルコンテスト京都府大会が良い結果に終わったのとは反対に、定期演奏会の曲決定は難航していると聞いていた。全員の希望は出揃っていたけれど、その中からどういう方法で選択をするのかが問題だったのだ。
曲をどう決めるのだろうと思っていた12月24日の練習前。みぞれは一枚の紙を持って私の下を訪れていた。
「あ、おはよう。もしかして曲決まった?」
私の言葉に、彼女は小さく頷く。そして持っていた紙を私に渡した。その紙には曲名だけではなく、プログラムまで組まれている。
「あれ、タイムテーブル組んだの? こっちでやるって言ったのに」
「でも、そっちも忙しいだろうから。出来る限りのことは自分でやっておきたかった。私の係だし」
「そっか。助かる。ありがとう」
確かにやってくれた方が助かるのは事実。私は渡された曲の名前に目を移す。
・オープニング曲
<第一部>
・スター・パズル・マーチ
・交響曲「ハリー・ポッター」
・ミュージカル「レ・ミゼラブル」より
・ミッション・イン・ポッシブル・メドレー
・アンサンブル第一、第二編成
~休憩~
<第二部>
・三日月の舞
・プロヴァンスの風
・カンタベリー・コーラル
・アンサンブル第四、第五編成
~休憩~
<幕間>
・トランペット吹きの休日(一年生)
・チューバ吹きの休日(二年生)
・アンサンブル第六、第七編成
<第三部>
・日本おとぎ話ラプソディー
・山の音楽家
・サウス・ランパート・ストリート・パレード
・アンサンブル第三編成
・ディスコ・キッド
<アンコール>
・スウィングしなけりゃ意味がない
・学園天国
知らない曲は一つもない。どっかで見たことあるラインナップだなぁと思い、考えればみんなの希望していた曲だ。レミゼは私。カンタベリーは希美。スウィングは夏紀だし、学園天国は優子。おとぎ話は本人の希望だろう。ディスコは黄前さんの希望だったはず。 こりゃまた見事に……と思ったが、これも係の役得というものだろう。
「スター・パズル・マーチ」は小長谷宗一により1993年度の全日本吹奏楽コンクールの課題曲として書かれた曲だった。名曲「きらきら星」を基礎にしつつ、天体に関する様々なメロディーが中に含まれている事でも有名だ。代表例では『スター・ウォーズ』のテーマや『ティファニーで朝食を』の主題歌「ムーン・リバー」、『ピノキオ』の主題歌星に願いを」、組曲「惑星」など。面白い作品である。
「サウス・ランパート・ストリート・パレード」はアメリカ、ニューオリンズに実際にある通り「サウス・ランパート」にちなんで、レイ・ボーデュクにより作曲された。ランパートはフランス語で城壁を意味している。
「ディスコ・キッド」は東海林修による作曲。1977年の課題曲だった。曲の序盤で楽譜に無い「ディスコ!」の掛け声を入れた演奏が評価され、現在行われる演奏ではほとんどこの掛け声を採用している。吹奏楽の定番曲だった。
「いいね。選考基準は?」
「楽しいこと。先輩たちにも、そうした方が良いって言われたから」
「なるほど」
先輩たちが昨日黄前さんたちのところを訪れたのは知っていた。そこでアドバイスをしてくれたらしい。自分たちが楽しめない曲は、上手く演奏できてもどこか機械的になってしまう事もある。そう考えれば、楽しい曲の方が良いに決まっているのだ。ここから一ヶ月以上付き合う曲なのだから。
「それと、お願い」
「なんなりと」
「タイムテーブルには入ってないけど、第一部の開始で吹いて欲しい」
「……私に? 独奏を?」
「そう」
意外な頼みごとに一瞬だけ固まった私の返答を聞いて、彼女は小さく頷いた。まさかこんなことをお願いされるなんて想定外だったため、面食らってしまう。
「なんでまた、突然」
「一回くらい、吹く場所があっても良いかなって。その方が楽しいと思うし」
「誰が」
みぞれは真っ直ぐ私を指し示す。
「別にいいよ、私は。全員の練習を見るのが私の仕事で、皆がやりたいことを実現するのが私の役目なんだから。自分のやりたいことをするのは、私のするべき事じゃないし」
「絶対そう言うから、お願いにした。私がお願いしてる。皆の中に、私だって入ってるはず」
「……確かにそれもそうか」
サラッと言い負かされてしまった。反論するべき点が見当たらなくて悔しい。
「それとも、自信ないの?」
「は? 君は一体誰に向かってそんな事を。良いだろう、やってやろうじゃないか。後の演奏が霞むくらいにね! ……あ」
「ふっ」
勝ったな、という顔をしている。まんまと煽られて、それに乗ってしまった。流石に数年関係を続けていれば相手の性格が読み取れるらしい。私の性質も、かくしてしっかり把握されていたのであった。
「分かった。一度やると言ったからにはそれを曲げる気はない。曲は?」
「何でも。自分が楽しいと思える曲で、オープニングに向いてるのなら」
「了解。練習しておく」
煽られた結果の返事だったとしても、自分で言ったことを曲げるのは性に合わない。言ってしまった以上、しっかり練習しておく。吹奏楽部関連で演奏するのはきっと、これが数少ない機会になるだろうから。他にあるとすれば、恐らく卒業式だけ。これはみぞれなりの、私への配慮なのかもしれない。そう考えて、抵抗することなくその好意を受け取ることにした。演奏できる機会は、私だって望むところだったのだから。
その日のミーティングで、部員たちは曲目を受け取り思い思いに話している。反応は良好。問題は無さそうだ。これならいいモチベーションを保ったまま練習に入れるだろう。曲の編成も向こうがやってくれたおかげで、多少の編曲と調整だけで済みそうなことに安堵していた。
練習の昼休み。教室にはいつもの面子が集まっている。
「みぞれ、お疲れ~」
「ん、希美」
「私の希望、入れてくれたんだね」
「吹きたいって、言ってたから」
「そっか、嬉しいよ」
いつも通りのやり取りを見ながら箸を進める。と言っても食べてるのは自作の弁当。特に何の感想もない。この時間はよく打ち合わせにも使われていた。北宇治が強豪校の仲間入りしたことで、この時期に行われる部長副部長の仕事量はかなり増えていた。
希美の言葉に、彼女はコクコクと頷く。口に食べ物があるので返事するよりも頷くことを選んだらしい。
「私もだよ~。希望通してくれてありがとう。ま、約一名分いらない曲があるけど」
「はぁ? アンタのヤツこそいらないでしょ。私は最後ですから。最後。副部長サマなら分かるわよね?その重要性」
睨み合ってる二人。こっちも安定の光景だ。アンコールであの二曲を選択したのは、この二人が喧嘩しないようにだと思う。どちらか片方だけ選んだらこれより悲惨な争いが行われていただろう。
「取り敢えず、これで一段落?」
「そうね。後は練習あるのみよ。それがキツいんだけど……」
日々労働の中にいる部長さんは小さくため息をつく。部長に就任して以来、先代に負けないようにと頑張っているが、その疲れが出てきているのだろう。小笠原先輩がこういう事務作業に疲れていたのをあんまり見たことが無いので、意外とあの人はタフだったのかもしれない。そう言えばラーメン好きとか言っていたので、その辺の男子よりよっぽど元気だ。
「みんな、定期演奏会も大事だけど高校生なら大切なイベント忘れてない?」
突然問いかけられた希美からの質問に、自分を含めた四人は?マークを顔に浮かべる。定期演奏会は二月。それまでに何かあっただろうか。
「あれ? わかんない? クリスマスだよクリスマス。今日はイブなのに、全然そんな気配ないし」
「あー、てっきりお正月の準備かと思った」
「いや、それは普通の高校生の大切なイベントじゃないでしょ。桜地家が特殊なの」
大晦日の二日前くらいからおせちの準備を始めて大掃除したり年賀状書いたり色々しなくちゃいけない事が多い。新年には親族と顔を合わせないといけないし。おせちは家族の料理スキルが足りないせいで私が全部作る羽目になっている。買うより美味しい!って言われたら作らざるをえない。
「みんなあんまり乗り気じゃない?」
「いや、そうじゃないけど」
「ちょっと身構えてたら全然大したことなかったから」
「うん、二人と同じ」
「大したことだよ! 高校時代のクリスマスは三回しか来ないんだよ? 前回は過ぎ去り、来年は受験。ともなれば今年が楽しめる最後のチャンス! という訳でここのメンバーで大クリスマスパーティーを開催したいです!」
大って名前に付けるほどの人数がいない。そこは突っ込むところじゃないんだろうか。 今日か明日にやるのだろうけれど、中々急な計画だった。クリスマスなんて随分とちゃんと祝ってない気がする。ウチの家が和風だからかもしれない。去年はなんとなく終わってしまった。計画するような人もいないし、家計も厳しかったので仕方ない。
「別に良いけど、どこでやるのよ」
「うーん、まだ考えてなかった。一応今日だといきなりすぎるから、明日の夜辺りが良いかなぁと思ってるんだけど」
「いや、無計画!」
「だってさっき考えたんだから」
あっけらかんと言う希美に、優子は呆れた顔をしていた。
「それは追々考えるとしてみんな予定は空いてる? 優子はさっき答えたから、夏紀は?」
「私は大丈夫」
「みぞれは?」
「……問題ない」
「凛音?」
「多分大丈夫のはず。後、会場無いならウチ使う?」
「良いの?」
「大丈夫。妹の許可は貰った」
そう言いながら携帯の画面を見せる。この会話の間に連絡したら凄いスピードで返信が来た。それで良いのか受験生と思わないでもないけれど、真面目に勉強してるんだし少しくらいは息抜きがあって良いのかもしれない。
「よし! 会場ゲット」
「そういや桜地家行くの初めてかも」
「迷わないように注意しなさいよ。アンタ、時々道間違えるんだし」
「はぁ? そっちほどじゃないんですけど。てか、流石に人の家でそんな事あるわけ……」
「「「……」」」
「え、無いよね、ちょっと?」
全員が一斉に沈黙したため、夏紀は困惑した顔をしている。全員前科持ちだ。優子は洗面所で迷い、みぞれはお手洗いで迷い、希美は迷った挙句従姉の部屋にたどり着いてしまった。まぁ増改築を重ねた結果無駄に複雑になっているので仕方ない。この前なんて、ホラーゲームの会社が取材に来た。
「また涼音ちゃんも会いたい」
「あぁ、そうね。この前南中行ったときは何だかんだでバタバタしてたし」
「私はよく会ってるけどね」
何ならお風呂も一緒に入ってたじゃないですか、と言いたかったが確実に面倒なことになるので黙っていることにした。実際よく会ってるのは事実だ。なにせ、家の防音室で練習しているのだから。
「喜ぶと思うぞ」
「覚えててくれたのは、嬉しい」
「ねー」
「アンタはそのデカいリボンのせいで忘れられなかったんじゃないの?」
「うっさいわね。認識されてない人に言われたくないんですけど。アンタみたいなのに影響されたらあの子が可哀想だから変なことしないでよね」
「ひっどいなぁ。でも、私だけ知らないのは確かにそうなんだよね……」
ちょっと疎外感を感じている彼女は、どことなく寂しそうだ。思えば、彼女と私は南中吹奏楽部の記憶を継承していない。それは夏に嫌というほど思い知らされた。
「南中行った時ちょろっと見たけど、美少女だったのは覚えてる。兄妹って感じだった。性格良さそうな顔してるし」
「超性格いい子よ。お兄さんとは違って」
「そうそう。優しい後輩だった」
さりげなくディスられてるのが悲しい。確かに性格悪い自覚はあるし、あの子がそうならなくて良かったとは思ってるけれども、どういう顔したら良いのかわからない。妹が誉められたことに対して喜ぶべきか、自分の性格を反省するべきか……。結果、どちらともとれない微妙な顔になった。このメンバーが来たら、あの子も喜ぶだろう。北宇治に進学希望なのだし。
「同級生の部屋ってなんか異世界って感じしない?」
「わかる。なんかこう、面白いよね」
「わくわくする」
部屋は死守する。絶対に。やましいものは特に無いけど、なんとなく死守する。そう思っていたら、唐突な爆弾発言が投下された。
「凛音の部屋広いよ~。私の部屋の倍以上あった。男の子の部屋って汚いイメージだけど、すんごい綺麗。私の部屋なんか散らかってるからさ……。あと、ベッドの寝心地が凄くよくて………あ」
貴様何ということをと思いながら首を動かす。ギギギと軋むような音が自分の首から漏れてきた。目を興味関心によってギラギラ光らせた三人の姿が私の視線の先には映し出される。
「へぇ、ちょっと聞きたいことが出来たんだけどいい? 部長として風紀の乱れは止めないといけないのよねぇ」
「ベッドの寝心地。何で知ってるのかなぁ?」
「詳しく。私は説明を求める。私は今理性を失おうとしている」
「あ、ははははは」
乾いた笑いを浮かべる希美を生け贄にしてこの場の逃亡を企てる。
「「「逃がさない」」」
「ははははは、ああっ!お母さんったら!私の嫌いなはんぺんお弁当に入れるとか何考えてるんだろうなぁ!」
嘘くさい喋り方で強引な話題転換をして乗り切ろうとしている。下手くそだけど今は感謝することにした。
「ちっ、逃げたわね」
「残念だなぁ」
「諦めない」
その後この一件の火消しで奔走したが、鎮火にかなり時間がかかった。口は禍の元。その言葉をこんな日に意識せざるを得なかったのは、どういう理由なのだろうか。サンタクロースは私には微笑まないらしい。その事実にガックリと首を折るしかなかった。
「いやー、楽しかったね!」
「あんなに来るとは思ってなかったけど」
「予定合う子が結構いたしね」
家で開かれた大(?)クリスマスパーティーは希美が他の二年生に声をかけ、予定の合う面子を連れてきたことでそこそこの規模のものになった。元々人数の少ない二年生だ。来年最上級学年として部活を引っ張っていく為の決意を固める会としては良い機会だっただろう。
男子が三人しかいなかったので家主なのに大分肩身が狭かったけれど、仕方ない。吹奏楽部の男子は元々人数が少ない。部活内では人数の多い一年生の中でも、二人だけ。むしろ割合的には三人もいる二年生の方が多いまである。
中でも彼女持ちの後藤はその彼女の長瀬と参加してくれたが。反面、悲しき独り身の滝野からは開催してくれたことを泣くほど感謝された。そんなに感激しなくても良いのに……と思ったが。
その滝野はウチの妹と随分と仲良さそうに話していた。まぁ確かに妹の件でかなり世話になったし、別に咎めたりはしない。最近ではメル友的な感じらしいとは聞いている。家でその話は全くしてくれないので、見守るしかできないのが現状だ。
あの子もあの子でまんざらでもなさそうな顔だったのでまぁ良しとしておく。ただ、来年に不安があるのも事実。変に関係がこじれたりしないことを祈っておく。
「君は帰らないの?」
「帰ってほしいの?」
「いや、別に。ただ、家の門限とか大丈夫なのかって思って」
「なら、もうちょっとだけいる。お皿とか洗うよ。主催したのは私だし」
「そう? なら、手伝って貰おうかな。涼音はソファーで寝てるし、雫さんは酔いつぶれてるし」
綺麗なお姉さんということで憧れの目を向けられた私の従姉は随分と機嫌が良かった。妹もかなり可愛がられていたし、そこは流石のコミュニケーション能力と思ってしまう。来年先輩になるであろう井上とも上手くやれているようだった。
台所で並んで立つ。いつぞやの記憶がよみがえった。あれは文化祭の後だった。あの頃はまだ関係が戻ったばかりで、少しぎこちなかったけれど、あの日を境に少しずつ元に戻れた気がしていた。
動く度に揺れるポニーテール。ちらりと見える白い首筋。あれ、この子はこんなに綺麗だったっけ? と今更ながら思い、そしてすぐに自分の煩悩を振り払う。私も立派な思春期の男子高校生だったという事だろう。塚本君の恋愛にアドバイスしておきながら、自分の恋愛すらまともに出来ないというのは何とも情けない感じもする。
というか、今さら認識したが、好きな人と同じ屋根の下でこういうことしてるって相当にヤバい状況ではないだろうか。思考がフリーズしそうだから止めておくことにする。
「今年ももうすぐ終わりだね~。色々あったけど」
「そうだな……。本当に、色々と……」
春に今の仕事を始めて、海兵隊でひと悶着あり、サンフェスで変革を見せつけられ、オーディションで揉めに揉め、府大会で歓喜し、希美の復帰問題でこじれにこじれて、関西大会で再び喜び、先輩の進退で悩み、全国大会で悔し涙を流して……。本当に激動の一年だった。
辛いことも苦しいこともあったけれど、あのまま腐っているよりはよっぽど素晴らしい一年になったと、心の底から思う。先輩に、後輩に、同級生に、色んな人と関係を築けた。そうでなければ、香織先輩や田中先輩のことを知らずに終わっていたかもしれない。高坂さんや吉沢さんのような良い後輩にも恵まれた。優子や滝野、加部ともまた楽しくやれている。妹との関係も、改善した。
先生と高坂さんには感謝しなくてはいけない。自分じゃ行けなかった場所に導いてくれたのだから。そして、今この時のような幸せな時間を作るきっかけをくれたのだから。
希美にも感謝しなくてはいけない。先輩の進退で色々あったときには、支えになってくれたし。わだかまりを捨てて仲良くしてくれていることには感謝しかない。妹にもよくしてくれている。
「ありがとう」
「え、何、どうしたの? 突然」
「いや何でもない」
「えー気になるな~」
「何でもありませーん」
だから私は、この時間が、堪らなく好きだった。
「お二人とも、仲がよろしいようで何よりです」
突然響くからかうような声に一瞬驚く。
「いつから聞いてたの?」
「今年ももうすぐ終わりだね~からです。希美先輩も兄さんも文化祭の時から随分進展したみたいですね。その距離感を見てればわかりますよ」
口角が上がって若干にやけている。好奇心に満ちた目をしている。恋愛小説愛好家の性がこんなところで出てきたらしい。
「お邪魔虫でしたか? もう少し寝たふりしてても良かったんですけど、聞きたいことがあったので。もしかして、私に内緒で二人とももう付き合ってたりします?」
そんな問いかけに一瞬顔を見合わせ、お互いに真っ赤になる。
「そ、そんな訳。止めてやれ、私はともかく希美に迷惑だろ?」
「い、いやその迷惑ではないけど、私たちは
「そうですか」
確実に揶揄われている。完全に面白がってるのは明らかだった。心臓に悪いからやめて欲しい。
「と、ところで、聞きたいことってなに?」
「あ、はい。希美先輩初詣とかどうします?」
「どうって?」
「場所とか、予定とか」
「行こうって誘ってはいるよ。一応四日とかに行くつもり。今のところだけど」
親戚連中はどんなに遅くても三が日で終わる。彼らも仕事があるのだ。その辺だけは真面目である。性格はともかく。優子と夏紀は旅行。鎧塚家は埼玉にいる親戚に会いに行くらしい。
「そうですか……だったら、振り袖とか着てみたくありません?」
「振り袖? 着てみたいかと言われれば着てみたいけど……色々面倒そうで着てないなぁ」
「そこで酔っぱらって寝てる方がまだ十代だった頃の着物があるんですけど、先輩なら着れると思うんです。どうですか?」
「うーんどうしよっかなぁ……似合うか分かんないし……」
「はぁ……仕方ないですね」
そう呟きながら、涼音は希美の耳元で何かを囁く。何を言っているのかはこっちからじゃ聴こえない。
「え! う、うん。わかった。着たい、着たいです! お願い致します涼音様」
「よろしいです。これでも昔は日本舞踊をやってましたからね。その本領発揮といきましょう。着物の着付けぐらいお手のものです。ふふふ、兄さんは泣いて感謝することになるでしょう!」
「そんな大袈裟な……」
何をしようとしているのか、ちょっと怖かった。
もうそろそろ希美を帰らせないと傘木家の親御さんが心配してしまう。家は近いが、夜道の一人歩きは危険だし、女の子が夜遅くまで出歩くものじゃない。だから送っていくことにした。
「流石にそろそろ帰った方がいいと思うけど。大分遅いし」
「あ、ホントだ。それじゃあ、また来るね」
「はい、お待ちしてます!」
「それじゃあ送っていく」
「了解」
「近いから一人で帰れるよ?」
「夜道の一人歩きをさせる訳にはいかない。万が一の事があったら困るし」
「そ、そうだね。うん。ありがとう」
どことなく嬉しそうに見える彼女を見て、好感触であることにホッとする。玄関を開けるとスーっと外の冷気が流れ込んできた。冬の夜。どこか深みを感じさせる闇の色。皆が来た頃は降っていなかったが、色々やっている間に降ってきたようだ。深々と降り積もる雪。町はそれに覆われていく。外はすっかり白くなっていた。まだ道にはそこまで積もっていない。これなら帰りやすいだろう。
傘を取り出す。これくらいの役得はあってもいいだろうと、傘は一本だけ。
「それじゃあ行こうか」
「うん」
ゆっくりと歩きだす。雪の町は静かだ。市内の繁華街に出ればまた違うだろうけれど、閑静な住宅街では誰も外にいない。大きめとはいえ、一つの傘の下だ。距離は近い。
「ホワイトクリスマスだね」
「あぁ、そう言えばね」
「ドイツはクリスマスの頃は雪だから、あんまり珍しくは無いかな?」
「まぁそうだね。雰囲気は全然違うけどね」
「そっか。綺麗だなぁ。雪は毎年見れるけど、毎回毎回綺麗だなぁって思う。雪の結晶とか凄いよね! なんかこう、子供っぽいけどテンション上がってくる」
「わかる。小さな頃は雪だるまとか作ってたなぁって思い出して楽しい気分になる」
「だよね! 綺麗だなぁ。ホントに」
君の方が綺麗だよ、と言えたらどんなに良いことか。そんな台詞をさらっと言えるほど、恋愛スキルは高くない。テクテクと歩けばものの五分かそこらで傘木家に着く。
「えっとね、渡したいものがあるんだけど。機会を逃して渡せなかったんだ」
そう言えば、クリスマスに期待していてと言われたのを思い出した。
「はいこれ。クリスマスプレゼント。学校来るときいつも寒そうに来るから」
バックの中から出てきた袋を開けてみれば、マフラーが入っていた。よく見てみるとタグがない。
「ありがとう。これって……」
「うん。まぁその一応私のお手製。お母さんに教えてもらいながら作ったからそこそこの出来だとは思うけど……。今時手作りは流行らないかもだけど、よかったら」
「流行りとか関係ない。ありがたく使わせてもらう」
「良かったぁ……」
「さぁ、寒いから早く家入った方がいい。また、正月に」
「うん、楽しみにしてるよ! じゃあね」
「じゃあ」
手を振りながら家に入るのを見送る。その姿が扉の向こうに消えるのを見続けながら、つい数秒前の顔が目に浮かぶ。サンタクロースにはついぞ会ったことがないが、彼女と過ごせたことは私への、赤い服に白い髭の妖精からのクリスマスプレゼントだったのかもしれない。
ファンタジーな想いを抱きながら足取り軽く家へ戻る。どこかで、鈴の音が聴こえた気がした。