音を愛す君へ   作:tanuu

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第六十六音 アンサンブルコンテスト

 長いようで短かった冬休みはあっという間に終幕を迎え、吹部はいよいよ本格的に定期演奏会の練習に入った。二月は定期テストに演奏会にアンコンの関西大会、そしてソロコンの予選とかなりの数の行事が詰め込まれている。どれも完成度で妥協することはできない。練習時間の配分が何よりも重要だった。

 

 ウチの家にお年玉と言う素晴らしいシステムは存在しておらず、預金通帳の残高を見ては臨時収入の無さを嘆いている。他の家では少しくらいは貰えるのだろうか。五千円だろうと一万円だろうと、あるだけで助かる。去年一年間、映画も観てないし、どこかに出かけることもほとんどなかった。精々あがた祭りと花火大会くらい。それ以外でどこかに行くときは大体仕事だ。吹部に染まった思い出だけであることに愕然としつつ、新しい年を祝った。

 

 さて、その定期演奏会は大会とは違うところがある。ただひたすらに技巧を磨くというだけでは成功するかは分からないのだ。大会はそれ目当てで来ている人が多いし、審査員に向けて演奏するのだから、言ってしまえば盛り上がらずとも完璧な演奏ならおのずと評価される。 

 

 けれど定演はそうではない。むしろ魅せる演出が必要なのだ。盛り上がりこそ肝心とも言えるだろう。吹奏楽コンクールの演奏目当てではない観客がいるという点で、そもそもの趣旨が違っているのだ。だからこそ、私も練習を指導するだけではなく、演出の手伝いもしないといけないのだった。

 

「演出どうする?」

「『山の音楽家』で歌いながら楽器紹介ってのはもう確定でしょ」

「『おとぎ話』の方もせっかくなんだから、なんかやりたいよね」

「コスプレでも出せば?」

「いいじゃん、ガード隊も出して、全面的にパフォーマンス色強めにしよう」

「盛り上がりそう。海のセット作るとか」

「それ、いいじゃん」

「サウスの方は?」

「みんなで楽器吹きながら身体動かすしか無いんじゃない」

 

 ステージ構成係では矢継ぎ早に会話が飛び交っている。様子を見に来た黄前さんはやや面食らっていた。衣装、ステージ構成、宣伝など定演には多くの係が携わっている。私は特定分野ではなく、いろんな場所のヘルプに入っていた。と言えば聞こえはいいけれど、要するに便利屋と言うことだろう。

 

 広報活動や演出に関する経験では他よりアドバンテージがあるつもりだ。と言うより、後者はそれが仕事の一部でもあるし、広報もセルフプロデュースしないといけないのでよくやっている。昔取った杵柄ではないけれど、役に立てることは多いつもりだ。

 

 ステージ構成係は一番盛り上がっている部署かもしれない。なにせ、一年生と二年生が混ざり合っているからだ。敬語もどっかへ放り投げ、もう雰囲気は第二の文化祭である。

 

「幕間、何かアイデアある?」

「一年は22人だから、ちょっと多すぎる。少人数で行こう」

 

 こうして時折意見を求められることもある。と言うか、そうでないといる意味が無い。構成が盛り上がるのは大変良いことなのだけれど、実現不可能な案やちょっと日程的に厳しい案が出た時に一旦冷静になってもらうこともしばしばだった。それでも出来るもん! と言われてしまえば、代替案を用意しつつゴーサインを出すしかない。楽しめることが最優先だった。

 

「ハリー・ポッターはグラデーションかける?」

「演劇部から借りてくるから安心してくれ」

「助かるぅ。着替え、一部はいつものTシャツ+制服スカート、二部はシャツとジャケットに蝶ネクタイ、三部は黒パン黒シャツで行くつもりだから!」

「「「はーい!」」」

 

 演劇部は知り合いが何人かいる。新部長は男子が務めているが、私が一年生の時同じクラスでそれなりに喋れるため、文化祭の時といいよく協力してもらっていた。彼らの持っている機材がかなり便利なのだ。

 

「オープニング曲は桜地君やってくれるんで良いんだよね?」

「頼まれたからね。最初で最後の見せ場だし。曲名は当日のお楽しみと言うことで。ただ、盛り上がるようなのを用意はしてるから。そこは任せて」

「了解、頼んだよ」

 

 出てくる会話をみぞれは淡々と書き写している。「ディスコ・キッド」ではハットを被ったりと演出にはとにかく拘っていた。文化祭の時は私が曲の編成やエンディングセレモニーでの演出を考えた。あの時バカ受けしたのが結構多くの部員の間で印象に残っているらしい。文化祭の空気感も合わさって、あの時の興奮は確かに凄まじいものがあった。

 

「……あ」

 

 みぞれの小さな声が響く。その視線の先には参考として流されている去年の映像。バリトンサックスを激しく吹き鳴らす姿は紛れもない、先代部長小笠原先輩だった。駅ビルコンサートの記憶が蘇る。

 

「あれ、やりたい」 

「あれ?」

 

 黄前さんの疑問符が付いた声が響く。

 

「あれって、何?」

「あのキラキラしたやつ」

「あぁ、あれ」

 

 私の言葉に、彼女は指を指した。その先には画面。流れているのは「ディープ・パープル・メドレー」。ディープ・パープルとは1968年結成のイギリスのバンドのことだ。ハードロックの中では伝説的な存在であり、あのレッド・ツェッペリンと比して語られるバンドである。メンバーは変わりつつ現在も活動中である。

 

 その曲を吹いている小笠原先輩の顔にはカラフルな光の点滅が降り注いでいる。その光源は画面上方にある光の玉。その名もミラーボール。古いディスコなどによくあった存在だ。

 

「もしかして、あれってミラーボールのことですか?」

 

 黄前さんの問いにみぞれはこくりと頷く。その目は真剣なので、黄前さんが少したじろいでいた。

 

「ミラーボールか……どっかにあったかもしれない」

「マジですか?」

 

 黄前さんがとんでもないものを見るような目でこちらを見てくる。みぞれは彼女の驚愕を気にすることなく、どことなく嬉しそうな顔をしていた。自分の提案が実現される可能性が高くなったからだと思う。

 

「ちょっと探してみる。何か見かけた気がするから」

「ありがとう」

 

 部員のやりたいことになるべく応えるのが私の仕事だ。そして後日、見つけ出したステージライトミラーボールを抱えた彼女はニコニコと構成係に渡していた。多分大学時代に仲間内で買ったのをそのまま私が引き取って来たモノだと思われる。もう使わない可能性が大なので、寄付と言う名の押し付けで不燃ごみを処分出来た。

 

 私もハッピー、みぞれもハッピーで問題ないだろう。なんで持ってるんだよと言う顔の黄前さんを除いては、皆喜色満面という具合だった。彼女の目に、きっと二年生の幹部陣は大体とんちきな人間に見えている事だろう。君も大概変な人だと思うけれど、と言う言葉は言わないでおくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二月に入り、練習の熱は一層加速していく。アンサンブルコンテストの関西大会は2月11日の木曜日、ソロコンの京都予選は13日の土曜日だった。ソロコンの日はピアノ伴奏が必要な曲を選んだ人もいるため、私も抜けないといけない。アンコンも恐らく引率も兼ねて見に行くことになっているはずだった。諸々のイベントが間もなく同時にやって来るとあって、先生の気合も一層入っている。

 

 私としては、アンコンとソロコンが終わった後にある妹の受験の方が心配だった。吹部は皆キチンと練習している。このまま積み重ねればいい結果が出るのは明白。であるのに対して、受験はそこまでハッキリと断言できない。どうしても心配にはなる。

 

「もっと周りの音をよく聞いて、最初の一音を出すときの処理に気を遣ってください。音と音が滑らかに繋がっていくイメージです」

「「「はい!」」」

「前にも言ったように、コラールは讃美歌のことを示してます。讃美歌を実際に聞いたことある人はあんまりいないかもしれないですけれど、流れるように優雅に進んでいくのが特徴です。宗教色を孕んだ曲であることを理解するように。もっと厳かに」

「「「はい!」」」

 

 自分で言っておきつつなんだが、日本人にキリスト教的な宗教色を理解しろと言っても難しいかもしれない。教会が身近にある欧米とは違う。神社ではまた雰囲気も変わるし、雅楽と讃美歌では違いが大きすぎる。実際に現地に行ってみれば空気感の違いを感じることが出来るけれど、流石にそれは出来ない。

 

 「カンタベリー・コラール」にもあるカンタベリーはイギリス国教会の総本山。英国王の戴冠式もそこで行われている。留学中に行ったけれど、やはり空気感は違う。それはノートルダムやケルンの大聖堂もまた同じだった。

 

「あと、トランペット。今のは……滝野と加部。もっと音の入りを気を付けて。周囲に音を溶かしていくイメージで。大聖堂の石壁の中に音がスッと吸収されていく感覚を持って演奏するように」

「「はい!」」

「井上さん、シンバル重要です。送り出すように。全体にも言えることですが、単純な曲ほど難しい。ノートに線を引くとき、滑らかで適当に引く曲線と定規無しの直線、どちらが難しいかという話です。出番が少ない楽器も気を抜かないで」

 

 この曲は1994年の全国大会で演奏され、伝説となった。演奏したのは関東の名門校。難しすぎる上に長すぎる課題曲と評判だった「饗応婦人」を演奏した後に吹かれた自由曲だったのだ。この課題曲がまた癖が強く、元ネタは太宰治の小説なのだけれど、曲がとにかく狂気的な雰囲気を漂わせているのだ。難解かつ狂気に満ちた演奏で重苦しくなった空気感に、この曲は実に映えたことだろう。審査員の評価は課題曲の方に集中し金となったが、市井ではこっちの自由曲を以て伝説としている。

 

「今言われた箇所を重点的にもう一度」

 

 先生の指導は長い。どの曲も一切手を抜くことなく進行していく。その妥協を許さない姿は、私が夏に橋本先生に言われた「妥協しないこと」を体現しているかのようでもある。日が暮れてもその練習は終わることが無かった。曲の量から見てもそれは妥当である。

 

「次に『トランペット吹きの休日』、吹くメンバーだけで」

「「「はい!」」」

 

 この曲は一年生主体の曲だった。のだが、トランペットが三人必要なので、高坂さんと吉沢さんだけでは当然足りない。滝野・優子・加部の三人の中で志願者を募ったところ、経験を積みたいということで加部が志願した。同じB編成だった加藤さんがいるというのも大きいのかもしれない。

 

 トランペット三人と黄前さん、塚本君、赤松さん、加藤さんの七人で構成されているのがこの曲だった。休日と銘打っておきながら全然休めないこの曲だが、その真意は少し違う。元々軍隊の楽器だったトランペットは、軍に関係することでしか演奏の機会が無かった。そのため、トランペット吹きがせめて休日くらいは好き勝手に吹きたいという想いを込めている、というストーリーになっている。

 

 華やかなトランペットの主旋律を支えるようにその他の楽器が対旋律を奏でる。木管用の楽譜をユーフォ用に弄って渡しているので、どことなく木管のような印象を低音楽器が与えていた。相当キツイ楽譜にしてしまったような気がするので、そこはちょっと反省していた。とは言え、黄前さんなら吹けるだろうという信頼に基づいている部分もある。

 

 黄前さんは大分上手くなった。元々上手かったけれど、田中先輩二代目と言ってもいいくらいには成長している。来年、再来年の実力を積んでいけば、いずれ北宇治でも指折りの奏者になれるだろう。

 

「チューバ、少し走ったり遅れたりしてますね。キチンと一定のテンポを保つように」

「すみません」

「もう一回、今度はチューバだけで」

「はい」

 

 加藤さんが気合を入れ直している。この前のアンサンブルで少し何かを掴んだようで、彼女も現在もりもり成長中という感じだった。正直伸びしろしかない。チューバは来年度入って来るかも不明だし、再来年は後藤と長瀬もいない。彼女にかかっている部分が大きいので、頑張って欲しいと思っていた。

 

 チューバの音の塊が宙に浮かんでは消えていく。低い音と高い音が交互に一定のリズムを刻んでいた。割と順調に行われていた演奏は、裏打ちに入ると乱れていく。口の動きがまだ完璧ではない証拠だった。先生の演奏が止まり、少しばかりの沈黙。他の部員にとって一番気まずいのはこういう瞬間かもしれない。

 

「加藤さん、難しいですか」

 

 先生の言葉は大体いつもこうだ。ここで難しい、なんて言える人がいるわけない。しかもこんな大勢の前で。だから出来ますと言ってやるという選択肢しか、実質残されていない。それでもし達成できなければ戦力外通告。中々厳しい世界だった。ただ、今回は元初心者相手なのもあってか、幾分か普段より柔らかい気がする。

 

「もしも難しければ、長瀬さんに交代してもらいましょうか」

「い、いえ! 私、大丈夫です」

 

 先生は表情を変えない。チラリと視線がこちらに向けられた。私はこのまま練習していけば大丈夫だと思っている。それは、これまでの彼女の成長速度を鑑みての判断。今まで記録してきたからこそ、それはよく分かっている。私が小さく頷いたのを見て、先生は加藤さんに視線を戻した。

 

「そう言った以上、自分の言葉に責任は持てますね?」

「はい!」

「ならば、次の合奏までには出来るように。この曲はあなたが要です」

「はいっ」

 

 上ずった声で彼女は答える。きつく握られた手は、悔しさの表れに思える。

 

「次に、『チューバ吹きの休日』」

 

 こちらはチューバがメインの曲。普段は下支えをすることが多いチューバがメインに立つ曲だ。後藤、岩田、岸部、滝野の四人が演奏するメンバーになっている。流石低音のパートリーダーというべきか、後藤の演奏は音と質が凄まじい。後藤は前から肺活量があり、それはチューバという楽器にマッチしていた。どんな楽器でも活かし方次第でどこまでも輝ける。楽器に貴賤など無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都から特急に乗り、阪神本線を経て尼崎駅にたどり着く。もう数駅行けば、私の父もかつてその土を踏んだ甲子園がある。そんな兵庫県と大阪府の境目の街に、尼崎市総合文化センターは存在していた。アンサンブルコンテストの関西大会が行われる場所だった。アンコンの関西大会は夏のコンクールと違い、全国に行けるのは二校だけ。その少ない枠を全十八校が競い合う。

 

「みんな、元気ですか」

「「「はい!」」」

「よろしい。ここまでよく練習してきました。全国に行けるように頑張って演奏してください。ちなみに、全国は香川県です。もし全国行けたらうどんを食べさせてあげましょう!」

「「「わーい」」」

 

 アンコン出場の一年生四人娘は割と余裕そうに見える。この四人は全員今年の大会に出ていたし、メンタル的には余裕があるのだろう。もう場慣れしている部分が大きかった。全体の大会でもないので、そこまで気負うことも無いのかもしれない。

 

「気持ちで負けるんじゃないぞ、気張っていけ!」

「「「はい!」」」

 

 松本先生は声を張り上げている。北宇治の出番は9番目だ。どこまで行けるかは分からない。全国大会まで行ったとはいえ、アンサンブルコンテストと普段の大会では勝手も違ってくる。金賞は取れると思っているけれど、それはあくまでも私の主観に過ぎない。今日は変な先輩もいないので、黄前さんも順調そうだ。

 

 演奏組は既にさっさと控室に行ってしまった。随分あっさりとしている。変に緊張していないのは良いと思うけれど、夏の府大会前にガチガチだった高坂さんが今や懐かしい。あの頃は全部手探りだった。何もない状態からスタートするに等しかった部活も、今ではすっかり軌道に乗るようになっている。

 

「大きくなったような気がするな」

「彼女たちですか? 確かに、少し大きくなりましたね」

「身体も心も成長しているのだろう。一年前と比べて、見違えるようになった」

 

 席に座った松本先生は感慨深そうな声で言う。先生の言葉には共感できる場所が多かった。彼女たちは成長している。そしてきっと、まだまだもっと上に行くのだ。一年しか年が違わないのに、なんだか老人になってしまったような気分さえ覚える。あの若い眩しい光が、いつか自分たちを追い抜いて行くのだろう。とは言え、まだまだ抜かせはしない。負けないように、一層精進しないといけないだろう。

 

 今は8番目の団体が演奏を終えた後の時間だった。次が北宇治の出番になる。幾度年月を経ようとも、待っている時間と言うのはいつでも緊張するものだ。そして少しもどかしい。演奏者だった頃には味わえなかった感覚。何回経験しても慣れないものだ。

 

「次はプログラム9番、京都府代表、北宇治高等学校です」

 

 拍手と共に四人がタイミングを合わせて演奏を始める。ファンタジーをイメージした演奏は二人のトランペットの異なるメロディーが合わさり、不思議なコントラストを展開していた。ユーフォニアムのまろやかな音は穏やかな場面にも不穏な気配にも、そして堂々としたクライマックスにもマッチしている。更に、コントラバスが支えるように世界観の土台を形作っていく。高坂さんを中心に話し合いつつ形作られた世界観が上手く現出されている。トランペット一年生二人組のコンビ、そして高坂さんと黄前さんのコンビは非常に組み合わせとして嵌っている。

 

 数分の演奏はあっという間に終わり、四人は丁寧に頭を下げていた。観衆の中に混じって、私と松本先生も大きく手を叩く。先生の言う通り、舞台上でスポットライトを浴びている彼女たちは、立派になったように思える。ひな鳥のようだった子たちはもういない。大きな翼を、今磨いているのだろう。飛び立つ時はきっともうすぐ。

 

 爽やかな顔で四人は戻って来た。やり切ったという感覚なのだろう。それは聞いているこちらとしても大変よく伝わって来た。

 

「お疲れ様でした。まだしばらく他校の演奏は続くので、しばしのんびりしていましょう」

「「「はい!」」」

 

 彼女たちを迎え、席に座ってもらう。のんびりしているようにと言ったけれど、流石に研究熱心というべきか、他校の演奏を吸収するつもりでいるようだ。彼女たちの担当楽器が例え出ていなくても、良い演奏はそれだけで学びが存在している。

 

 流石関西と言うべきか、上手い学校しかいない。普通の関西大会では大阪三強がいつも強かったけれど、アンコンに三強はいない。そのせいか、普段は見ない学校たちが多くいる。やはり、普通の大会とは勝手が違うのかもしれない。まぁ単純に出場していないだけかもしれないけれど。

 

「上手い……」

 

 隣に座っている吉沢さんの声が小さく響く。今は大阪代表の十六番目の高校が演奏していた。曲名は「花宴 ~朧月夜に似るものぞなき~」。恐らくあそこは代表になれるだろう。全演奏を聞く限り、そう思えた。北宇治の演奏も上手いけれど、完成度で言えば向こうの方が上だった。上には上がいる、と言うことなのだろう。一位を明確に決めるわけではない日本の吹奏楽系のコンクールでは、同じ金でも実力差があったりする。オーケストラ系のコンクールでは違うので、思想の違いなのだろう。

 

「上手かったですね……」

「あれは完成度が高いな。相当仕上げてある」

 

 演奏終わり、吉沢さんの嘆息に応える。拍手の音も心なしか大きかった。

 

「どういう曲なんですか? 私よく知らなくて」

「黄前さん……。宇治に住んでおいて分からないのはちょっと……」

「え? え?」

「源氏物語ミュージアムあるのに分からないのはどうなんです? 花宴は源氏物語の第八帖、朧月夜はその中に出てくるヒロインの名前です。サブタイトルは『照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜の 朧月夜に似るものぞなき』という作中に出てくる和歌から取られていますね」

「へぇ……」

「黄前さん、古典も苦手ですか?」

「あんまり得意じゃないです。というか、「も」ってなんですか」

「だって数学の成績がヤバいって高坂さんが」

「麗奈~!」

 

 高坂さんは知らん顔して横を向く。吉沢さんも笑っているけれど、笑えるほど成績は良くないと思う。一番平均的な成績の川島さんくらいまでは笑えると思うけれど。

 

「あんまり成績悪いと、留年してしまいますよ」

「ちょ、そんな縁起悪いこと言わないでください。だ、大丈夫ですよね、先生……?」

「今度のテスト次第だろう」

「そんな……」

 

 恐らく先生なりの冗談だ。私が知る限り、ここ数年で留年している人を見たこと無い。基本的にそんな事にならないよう、補講だったり課題だったりで色々と助けてくれるのだ。黄前さんがショックを受けている。

 

「先輩、英語助けて……」

「はいはい」

「麗奈ちゃんは物理を……」

 

 吉沢さんは私たちに助けを求める。課題と言い、テストと言い、吹奏楽だけやっていれば良いわけでは無い。部活である以上、あくまでも学業が優先。それを忘れると、教頭先生からお叱りが飛んでくる。あまりにも成績を悪くするような練習をさせてはいけないのだ。私の妹が一番それに気を遣っていたのを思い出す。両立と言うのは難しい。

 

「川島さんは大丈夫?」

「う~ん、緑は普通ですから」

「そうですか、それは良かった。こうはならないように」

「はーい」

 

 燃え尽きている黄前さんとテストを思い出して死にそうな顔の吉沢さんを指して言う。川島さんの元気な返事は黄前さんの心に追い打ちをかましているようだった。

 

「プログラム8番、大阪府代表、履行社高等学校、銅賞」

 

 時が流れるのは遅いようで早い。あっという間に発表の時はやって来る。

 

「プログラム9番、京都府代表、北宇治高等学校、ゴールド金賞」

 

 まず金を獲ることは出来た。ここで金を獲れないと全国に行くための前提条件が満たせなくなってしまう。全国に行くための条件はこれで満たされた。後は、代表として名前を呼ばれるだけ。

 

「次に、来たる三月に香川県で行われる全国大会に出場する二団体を発表します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。全国大会には行けませんでしたが……しかし金賞は金賞です。今年初めての試みとしてアンサンブルコンテストに出場して、しかも一年生だけのメンバーでの出場で、よくここまで頑張ったと思います。京都府の代表としても、誇れる結果となったと言えます」

 

 結果発表で呼ばれたのは13番目の高校と、16番目の高校。プログラム13番と言われた時点で、北宇治の全国行きは無くなってしまった。全国の壁は厳しい。良い演奏をしていたし、実際金賞を獲っていることがそれを証明している。評価シートにも高い評価が多く、後少しで全国行きも可能だっただろう。だからこそ、余計に悔しいのかもしれない。四人は俯いたまま、私の話を聞いている。

 

「北宇治の代表として、よく練習しました。金と言う色は、どの大会であっても誇るべき事です。けれど、その悔しさもよく分かります。どうせなら全国に。夏と同じ、あの最高峰の舞台に。そう思うのは当たり前です。ですから、泣くなとは言いません。しかし明日からはまた前を向いて歩いて行きましょう。もし悔しいのなら、また全国に行きましょう。今度は、夏の大会で。ここの四人だけではなく、全員で。それまでは雌伏の期間と考えて、切り替えていきましょう」

「「「……はい」」」

「声が小さい、元気出して!」

「「「はい!」」」

 

 無理やりでも大きな声を出して、気持ちを切り替えた方が良い。そうすることで、少しは前を向けるようになるだろう。声の大きさとは、案外そう言う効果もあるように思う。病は気からと言うけれど、メンタルは大事だ。

 

「よし。では京都に帰りましょう。その前に……お腹空いた人」

 

 おずおずと手が挙がる。もう夕方になっているので、そろそろお腹の虫が鳴り響く頃だろう。

 

「分かりました。特急の時間はもう予約してあるのでずらせませんから、取り敢えず皆で京都まで戻ります。松本先生はそのまま学校に戻るらしいのですが、私たちは京都駅で解散となります。そこで何か食べさせてあげましょう」

「先生、良いんですか?」

「この前のコンテストの優勝賞金がやっと振り込まれたので、少しくらいなら。デザートだろうと何だろうと好きに頼んで良いので、そんな泣きそうな顔をしてないで行きますよ!」

「「「はい!」」」

 

 途端に元気になる四人。現金なことだ。その後お店の人が持ってきた伝票を見てマジかぁと思うのは別の話。やけ食いする女子高校生の別腹を舐めていた。お会計の時の顔は多分少し引き攣っていたんじゃないだろうか。取り敢えず高坂さんにはいずれ出世払いをしてもらうことにする。少し軽くなった財布に苦笑いしながら、家路を歩いた。

 

 今回のアンコン参加はいい経験になった。私の指導経験においても、部内の諸々においても。来年はもっと奏者の数も増えるだろう。そうすれば、色々な編成が組めるはずだ。それに、来年やるなら一般投票を設けても良いかもしれない。ウケる音楽と上手い音楽が必ずしも一致していないということを知るのは、奏者としていい経験になると思う。

 

 今年の四人はまだ一年生だ。まだまだ前途があり、未来がある。来年度の夏の大会でも、きっともっと伸びて良い演奏をしてくれるだろう。それが今から楽しみだった。

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