音を愛す君へ   作:tanuu

78 / 193
今回から新章+(原作における)二年生編開幕です。


希美√第6楽章 開花
第七十一音 春風


 ゴーっという音がずっと響いている。窓の外を流れる景色は凄まじい速度で変化していた。右手には富士山が見える。私は今、東海道新幹線新大阪行きの車内にいた。

 

 三月も終わりに差しかかった日、東京は日本橋で開催されたソロコンの全国大会の帰りである。全日本から選ばれた数十名が集まって行われる大会。私はピアノの伴奏として出場しないといけない関係で、東京まで遠征する羽目になった。さながら修学旅行の下見をしている気分だ。

 

「先生……これ、全然食べられないんですけど……」

「それ暫く待ってないとダメだね。あぁ、無理にやらない方が良い、スプーンが折れる」

 

 隣の席に座っている高坂さんは新幹線名物の超固いアイスに悪戦苦闘している。ソロコンの主役はあくまでも彼女であり、私は伴奏兼引率担当に過ぎない。なので、こんな形で謎の二人旅になっていた。前泊したホテルは安いビジネスホテル。当然部屋は別だ。高坂さんの今まで家族旅行とかで宿泊したホテルの価格帯とは恐らく大幅にズレていると思うけれど、これも社会経験と言うことで押し通した。

 

「でも、良かったんですか、色々……」

「色々とは?」

「ご飯とか……」

「まぁ、あれくらいは。まだコンテストの賞金ちょろっと残ってたし。頑張った後輩へのご褒美と言うか、そんな感じだよ」

 

 高坂さんの結果は審査員賞。ソロコンは各部門の最優秀者に文部科学大臣賞、特別優秀者に東京都教育委員会賞、入賞者に表彰状と楯、各部門の入賞者以外で審査員が才能を認めた者に審査員賞という形式になっている。高坂さんは最後の審査員賞というわけだ。全国から色んな楽器が集まった中でのこの結果ならば十分ではあると思うのだが、やはり一番が良いと思っていたらしく、結果発表後はちょっと落ち込んでいた。

 

 見るに見かねて気分転換ということで色々と食べさせてはみたのだが、東京の物価をちょっと舐めていたのは否めない。またしばらく金欠生活が続きそうだった。初東京だった高坂さんは路線図で混乱しており、東京駅から大手町駅に繋がってるのに気付かないままどっか違うところに行こうとしていたり、日本橋で銀座線に行こうとしていたりと割と大変だった。焦ってると話を聞かないタイプだと思う。

 

「先生は先ほどから何をされてるんですか?」

 

 アイスが溶けるのを大人しく待つことにしたらしい彼女は、私のノートを見てくる。ペンを回しつつ、私は行きも帰りもずっとこれと向き合っていた。仕事をしても良いのだけれど、新幹線の電波はそんなに良くないし、フリーWi-Fiに繋ぎたくないのでこうして手作業で終わる事をしている。

 

「練習計画」

「新学期のですか?」

「そうそう。一年生が来るから、その分のね。どの楽器に何人か分からないから、一応全楽器分用意してる。初心者用と、経験者用で課題も変わって来るし、経験者にも上から下までいるから結構面倒で……。加部と黄前さんに任せたいところではあるんだけど、ある程度指針を示さないとパートリーダーも新入生指導係もやりにくいだろうし」

 

 パートリーダーも新入生指導係も、基本は私の管轄下に入っている。そして私は部長の統括下なので、間接的に全パートが部長副部長の統轄下に入るようにしていた。新入生指導係はパートリーダーとは別口で一年生を指導してもらうことになっている。ここで役割分担をしっかりしておくことで、個々の業務に集中できる。その結果、より効率的に練習を進められるという判断だった。そして私はその新入生指導係とパートリーダーに渡す練習計画の作成をしている。

 

 どうやったら無理ない程度に上手くなってもらえるか。それを考えないといけない。去年と今年ではアプローチを大きく変えないといけないだろう。去年は三年生をどうにかするので手一杯だったけれど、今年はそういう勢力はいないのである意味楽にはなっている。初心者の子も沢山入って欲しいけれど、その子たちが取りこぼされてしまわないようにしないといけない。それが優子の理想だし、私もそうだと良いと思っている。

 

 音楽を嫌いになって欲しくないし、どうせなら好きなまま楽しく卒業して欲しい。努力する楽しさを知って欲しい。仕事じゃないのだから、なおのこと。三年生になる時には初心者もみんな大会に出れるぞ、というのが理想形だと思っているので、それを基に練習メニューを組んでいた。一年で急成長と言うのは難しい。長いスパンで考える目が必要だと思っている。

 

「大変そうですね……」

「まぁそれなりにね。とは言え、必要なことだし。私のこれは仕事だから。面倒でも辛くてもやらないといけない。私がいなくなった時のために、今の内から打てる布石は打っておかないと」

 

 自分が卒業した後のことも見越して動く。それが、北宇治を真の意味で強豪校にするための方策だと思う。まだ北宇治は過渡期だ。私たちの世代がいる間は特に。完全な強豪になるには伝統の創出が出来ていない。だから組織図もまだ未完成だ。立華でこれを痛感した。現状の問題を修正し、適宜トライアンドエラーをするしかないだろう。

 

「君も頼んだぞ。先輩なんだし、吉沢さんと同じように後輩にも優しく接してあげてくれ。人材こそ宝だ。飴と鞭はしなやかにしてこそ、意味があるのだし」

「はい、頑張ります」

「よし、その意気その意気」

 

 高坂さんが適度に真面目で厳しくし、吉沢さんが適度に緩く優しくすればいい感じのバランスで回るんじゃないかと思っている。普段の関係を見ているとどうも吉沢さんは割と高坂さん相手でも強く出れるタイプのようなので、高坂さんの意外な一面も見れることだろう。そういう要素が厳しくする人にも必要だと思う。じゃないと妹みたいに絶対王政になりかねない。

 

 なんにせよ、上手く行くかは新しい一年生が入ってからだ。どんな子が来るのか楽しみな反面、人間関係の構築に今から頭を悩ませている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリジリジリとベルが鳴る。コキコキと首を鳴らしながら起き上がり、カーテンを開ける。窓も開ければ、まだどこかひんやりとした空気が部屋に流れ込む。目の前に広がる無駄に広い庭先では桜がそろそろ散り始めて、もう半分葉桜だ。地球温暖化をこんなところで実感する。

 

 制服に着替えて、いつも通りに朝食の支度をする。今日は一年生の入学式。吹奏楽部恒例の路上演奏がある日だ。初登校してくる彼らに演奏で出迎えるのが設立以来の習わしだとか。フライパンからはいい匂いが漂ってきた。そろそろ時間なので、妹が起きてくるだろう。あの子も今日から晴れて新入生だ。

 

「おはようございます……」

 

 眠そうな目を擦りながらやって来る。昨日は何時まで起きてたのやら、えらく気合が入っていたように思える。既に制服に着替えていた。我が妹ながら、贔屓目抜きに美人だと思う。可愛いより綺麗の方が表現としては適切なんじゃないだろうか。少し青みがかった長い黒髪はしっかり手入れされている。北宇治は制服が可愛いというので評判なのだが、茶色いセーラー服はしっかり似合っている。

 

「良いね、ピッタリ」

「でしょ? 流石北宇治、制服のデザインはピカイチね。私は夏服の方が好きだけど……冬服も悪くないかな」

「それで大会出るんだし、似合ってないとあんまり気分も上がらないだろうから良かった。ちょっと身長伸びたけど、問題ない感じだし。大きめに作って正解だったかもしれないな」

「太るって言いたいの?」

「さぁ、それは自分の節制にかかってるんじゃないですかね」

「そういうノンデリ発言を希美先輩にしないように。それと、入部はいつから?」

「そんなすぐじゃないはず。新歓の前後だったかな、よく覚えてないけど。取り敢えず担任の先生からアナウンスがあるはずだから。じゃ、私は先に行く」

「行ってらっしゃい」

 

 さっさと朝食を食べて家を出る。春風の吹く中、家の門をくぐれば、頭上には一面の春色の空があった。同じ時間に登校していては演奏に間に合わない。なのでこうして今日はちょっと早めだ。入学式に保護者席から参列できないのは残念だけれど、逆に言えば吹部の席から見れるということでもある。それはそれで役得かもしれない。保護者席よりは近くに見えるだろう。

 

 まだ少し寒い風の中、足早に歩く。

 

「おーい」

 

 向こうから手を振る人影。春風に煽られて黒いポニーテールが揺れている。

 

「おはよう」

「おっはよ~、元気?」

「何とかそれなりには」

「涼音ちゃん入学式だもんねぇ、元気出さないわけがないか。這ってでも来そうだし」

「それはもちろん」

「うん、やっぱりそれでこそだね」

 

 道の途中で希美と合流する。舞い散る桜吹雪が映画の背景映像のように彼女を彩っている。もし映画ならここから恋物語が始まるのだろう。私たちの関係性はもっと前に始まっているので、今更ではあるけれど、それでも

 

「フルート何人来るかなぁ」

「何人くらい欲しい?」

「そうだね~。三人、か四人かな」

「妹の枠はよろしく頼むぞ。ま、マイ楽器もあるし大丈夫だろうけど」

「それはもちろん。トランペットは?」

「四人かな。二年生が二人しかいないから」

「それくらいいれば色々出来そうだね」

「あとは出来れば……」

「男子が多めに来て欲しいんでしょ」

「その通り」

 

 吹部の男子は少ない。出来れば大いに越したことは無いと思っていた。仲間が欲しいのである。単純に。

 

「三年生で三人、二年で二人だから……一年で五人くらいいると嬉しいんだけど。しかも既存男子の内、五分の三が彼女持ち。なんですか、これ。腹立たしい」

「あはは……」

 

 後藤、塚本君、瀧川君にそれぞれ恋人がいる。長瀬の件は有名だが、年度末に瀧川君が高久さんを、そして塚本君が黄前さんと付き合い始めた。塚本君は私や後藤に恋愛相談をしていたため、私個人としても行く末を注視していたのだけれど、ちゃんとしっかり成功したらしい。嬉しそうに報告してくれる彼に、安堵したのを覚えている。

 

「売れ残りは私と滝野。ダメだねトランペットは。モテない」

「そうだねぇ……。まぁそのままでも良いんじゃない?」

「滝野はともかく、私はしばらくこのままだろうし、まぁ仕方ないけどね。立場的な問題もあるから」

「そっか……うん、だよね……。あ、塚本君のことは内緒にしてるからね」

「助かる」

 

 内緒にしておく、という言葉は信用ならないことが多いけれど、希美に関しては約束はしっかり守ってくれると信じている。学校に着けば、もう早速人だかり。その先にあるクラス替えの紙を眺める。

 

「見えた~?」

「全然」

 

 6枚の模造紙から、自分の名前を探す。7組は進学クラスでクラス替えが無いので当然張り紙はない。希美は身長の問題で上手く見えないようで、飛び跳ねながら頑張って探そうとしている。

 

「見つけた」

「どこ?」

「あれ。今年は3組で……担任も同じ」

「私のは? どこ?」

「ちょっと待って。えー、傘木傘木と。あった、3組の6番目」

「あったー! いえーい同じクラス!」

 

 Vサインをしながらニカっと笑う希美と謎のハイタッチ。これで見事に四年連続同じクラス。まぁこういう事もあるのだろう。私としてはこの奇妙な、或いは運命めいた偶然に喜びを覚えずにはいられない。運命なんて信じてはいないけれど、こういう時だけは信じても良いのかもしれない。吹部で他に同じクラスだった人はいないが、私の友人二人は今年も同じ。修学旅行の部屋は三人一部屋らしいので、ラッキーだった。

 

「優子は2組、夏紀とみぞれは固定で7組だし、あんまり面白味はないねぇ」

「最高の結果だと思ってるけど」 

「クラス別れたのが?」

「違う違う。そんな訳ないじゃない。見知った人がいるのは大事なんだよ」

「へ~……てっきり私と同じクラスが嬉しかったのかなぁって思ったんだけど」

「そうじゃないとは一言も言ってないけど」

「へ!?」

「そうとも言ってないけどね」

「~~~ッ!」

 

 声にならない叫びを顔に浮かべながら、希美はこちらをポカポカ叩いてくる。からかい過ぎたと反省しながらも、同じクラスで嬉しかった、くらいは言えたら良かったと思う。言えない自分の臆病さに我ながら幻滅を感じつつ、音楽室に向かった。

 

「よし、全員揃ったわね。まず、ここ数日話せていませんでしたが、我が部の高坂さんがソロコンテストで審査員賞を勝ち取って帰ってきてくれました。拍手!」

 

 優子の声かけにより、一斉に拍手が起こる。部員個人が称えられることはあまりない吹部なので、珍しい光景かもしれない。

 

「さて、それでは知っての通り、今日は入学式の日です。初めて北宇治にやって来た一年生に存在をアピールして、ぜひとも見学に来てもらいましょう!」

「「「はい!」」」

 

 部長姿が板についてきた優子が声をかけると、大きな返事が返って来る。心機一転のスタートにはピッタリな姿だろう。外に出れば、暖かい空気が一面に満たされている。そろそろちらほらと気の早い新入生たちが登校し始めていた。

 

 校門付近では他の部活も熱心に勧誘を行っている。それに負けないようにと階段に整列した。何が始まるんだろうという期待が感じ取れる目線が一年生たちから降り注がれた。

 

「新入生諸君の輝かしい入学を祝して!」

 

 指揮棒を振った。曲名は奥田民生作曲の『これが私の生きる道』。1996年リリースで、タイトルは「これが男の生きる道」のパロディだった。資生堂のCMでヒットしている。今演奏しているのはその吹奏楽版。吹奏楽部の部員たちの選んだ道が今の状態であるからして、この曲名は結構マッチしていると言える。

 

 新入生の多くは足を留めて演奏を聞いてくれているのだろう。これに憧れて入ってくれる子がいることを願う。そして、これが私の生きる道であると言えるようなものに出会えることも。視界の先には部員、そしてその奥に垂れ下がる何本もの垂れ幕。「祝・吹奏楽部、全日本吹奏楽コンクール全国大会銅賞」「祝・吹奏楽部、全日本アンサンブルコンテスト関西大会金賞」「祝・全日本高校生管打楽器ソロコンテスト全国大会審査員賞、吹奏楽部・高坂麗奈」「祝・ウィーン国際器楽コンテスト第一位、吹奏楽部・桜地凛音」「祝・イタリア国際作曲コンクール準優勝、吹奏楽部・桜地凛音」と書かれた五本の垂れ幕は吹奏楽部の成果を物語っている。私の名前が二本もあるのは少々気恥ずかしいが、それ以外の三本は紛れもなく偉大な成果。誇るべき結果だった。この景色に満足しつつ、私は腕を動かす。指揮棒を振る手も、どこか弾んでいた。

 

 

 

 

 

 

 入学式は粛々と執り行われている。今回は二三年生による校歌斉唱があり、またピアノ担当として演奏している。だが大事なのはそこではない。この後に控えている新入生代表挨拶だ。

 

「新入生代表、1年7組、桜地涼音」

「はい!」

 

 綺麗な声が体育館の静寂の中から聞こえた。吹部で鍛えた返事はこういう時に凛とした返事が行えるという利点もある。返事の声で何回も注意されるのは卒業式などの練習あるあるだが、吹部がそういう注意を受けたのを見たことが無い。壇上に上がった妹は、慣れた手つきで紙を広げ、読み始める。

 

「花の爛漫に咲き誇る季節となりました。春風爽やかな今日この良き日に、北宇治高等学校に入学できることを、心より嬉しく思います。私たちは今、期待と不安を胸に宿らせながらも、これから始まる三年間のスタートを切るべく、この場所にいます。これまでの日々、私たちは多くの方の支えを受けながら過ごしてきました。先生方や、保護者の方々の助けを得て、ここまで来ることが出来ています。私たちは、そのことを忘れず、同時に誰かを助けられるような存在であろうと努め、研鑽を積んで参ります」

 

 立派に話している姿を見て、卒業式と同様ちょっと涙が込み上げてくる。ハンカチで目元を拭いている私を、隣の席にいる高坂さんがぎょっとした顔で見ていた。優子はあぁハイハイいつものね……という感じでスルーしている。

 

「本日入学した新入生一同、勉学に努め、努力を怠ることなく、伝統と歴史ある北宇治高等学校の一員として学び、切磋琢磨していくことを誓います。最後になりますが、本日挙式に際してご尽力いただきました先生方、保護者の皆さま、そして先輩方に深く御礼申し上げると共に、一層のご指導ご鞭撻を頂けるようお願いして、結びと致します。平成28年、4月5日。新入生代表、桜地涼音」

 

 大きな拍手。同時に私も泣きながら手を叩いている。隣の高坂さんはいよいよ困惑していた。

 

 

 

 

 

「ずっと泣いてたわね、後半」

「……ノーコメント」

「いや、無理でしょ。高坂ビビってたわよ」

「う~ん……」

 

 入学式が終わった後の幹部ミーティングの冒頭で優子は呆れた声を出していた。

 

「妹が入学して嬉しいのは分かるけど、ちょっとやりすぎ。二年生が困惑してたし」

「……しょうがないだろ、新入生代表なんて感動しないわけがない」

「まぁまぁ、その話はまた後にして。大事なのは新歓の方でしょ」

 

 夏紀の仲裁で一回話が止まる。新歓は入学式の二日後に行われる予定だ。その曲決めに関しても、色々と難航したのを覚えている。あれはまだ、立華との演奏会をやる少し前の話だった。唐突に優子が情報を持ち込んできたところから始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、教頭先生曰く、今年は吹奏楽部に20分くれるって」

 

 優子のその言葉にビックリする。去年に比べれば結構な長さだ。それだけあれば色々工夫できる。ただ、立華との合同演奏会の都合上、そう難しい曲は出来ないことが予想される。

 

「へー長いじゃん。たくさんできそうだね」

「……楽しみ」

 

 喜色を浮かべる希美とみぞれ。しかし、部長副部長の顔は険しい。

 

「ただ肝心の曲が……」

「「曲が……?」」

「決まってません!」

「「「えーなんだってー!」」」

 

 一応お情けで乗っかってあげた。まぁ、予想通りの展開なので特に驚きはしない。この話に関して何の話題も出てなかったので、今更感はある。

 

「真面目な話どうするの」

「一応指揮者は決まってるのよ」

 

 視線の言わんとすることを察する。

 

「何でこっちにお鉢が回ってくるの。普通に先生で良いでしょうに」

「それだと面白くないし。なんかこう普通じゃないことがしたかった」

「言っとくけど、私は先生で良かったの。コイツがそれだとつまんない~ってごねるからこうなったの」 

 

 ジト目の私に夏紀が言い訳し、優子は責任転嫁を始める。

 

「それで、お願いできない?」

「曲はもうこの際全部好きにしてもいいから!」

 

 手を合わせ拝むように言われても少し困る。と言うより、やはりこの二人はこういう時だけ息ぴったりだ。

 

「やってみたら良いんじゃない? カッコよく見えるから、評判良くなりそうだし」 

「自信を持つ」

「これやるとカッコ良いの?」

「うーん私はそう思うよ。男子ってだけで目立つけど、加えて指揮まで出来るのは注目じゃないかな」

 

 確かに、男子部員を入れるためにはこれも必要な戦略かもしれない。喋りは優子がやってくれるけれど、色んな層の部員がいますよとアピールするには大事な場所だ。面倒ごとを回してきているような気もするけれど、意外と合理的なのも事実。

 

「分かった。引き受けよう」

「マジ! 助かるわ~。ほら、アンタも感謝しなさい」

「うるさいなぁ言われなくても分かってるって。ありがとうね。それで、曲とかの案はある?」

 

 その問いに少し考える。メジャーなのが良いと思う。ともなればやはり無難なのは映画音楽か、歌謡曲かアニソンかという具合になるだろう。

 

「10分弱くらいメドレーで間に3分で挨拶、最後残りで三日月かなぁ。メドレーは……ジブリとかで良いんじゃない?」

 

 思い付きで出した案に一番に食いついたのはみぞれだった。

 

「ジブリはいい。楽しい」

 

 それに追随して三人も承諾する。 

 

「ナイスなセンスね。これならウケもよさそう」

「ジブリなら知ってる人多いし、正解だと思う」

「そうと決まれば演出も考えなくっちゃ」

 

 ノリノリで進めていく4人のもと、大枠が完成されていった。

 

 

 

 

 そういう経緯を経つつ、新歓の曲は用意され、練習されていた。新入生に良いところを見せようと部員一同気合を入れてきたので、準備は万全。前の部活が終わり、最後の最後である吹奏楽部の出番が来る。

 

 ステージの幕が下りている間に準備を終わらせる。この辺も慣れたモノだ。先生は完全ノータッチの今回の演奏。実は練習風景もほとんど見せていない。曲は知ってるし、演出方法も許可をとっているので知ってはいるが、実際のクオリティーは把握しきれていないと思う。ここまでの段取りはみぞれとまたしても付き合わされた黄前さんがバッチリやってくれた。

 

 昨日の練習ではなかなかのクオリティーを作れていたと思うし、問題ないと確信している。なにより、大会が終わった後も一切手を緩めることなく練習に励んできただけのことはあり、クオリティーは相当高いままに維持できているはずだ。幕が上がる前に、優子から号令がかかる。

 

「それじゃあ、新入生勧誘のためにも張り切っていきましょう!」

「「「はい!」」」

 

 抑えめの声で応える。指揮台に上り、部員たちに背を向けて、前を見た。端っこの席の人が係に合図して、幕が上がる。

 

『続いて、最後になりますが、吹奏楽部の発表です』

 

 そのアナウンスにそこそこの拍手が鳴る。デカデカとした五本の垂れ幕に吹奏楽部と書いてあるから目にした新入生も多いのだろう。期待されていることが伺える。ただ、全員がそうじゃないのは確か。午後なので眠くなっている子もいるのだろう。それをぶち壊し、叩き起こすために希美と優子の両名で考え出されたのが初っ端の私の演奏だ。これで注目を集めさせてほしいらしい。

 

 指揮台の隣の机に置いてあるトランペットを持ちながら一礼する。曲はジブリメドレーに合わせて「ハトと少年」。名作冒険活劇映画「天空の城ラピュタ」で主人公パズーが吹いている曲であり、知名度は高い。加えて個人的にも好きな曲であり、十八番とも言える。

 

 吹き出せば、飛び起きる子が何人か。それが見たかったと思いながら高音を崩さないようにしながら大音量で演奏する。今ので大分注目を集められた。横の机にマイトランペットを戻し、指揮棒を構え、振り下ろす。

 

 実力は練習通り発揮できている。観客席の反応はうかがい知ることは出来ないが、気配で察することは出来る。人数は減っても上手い演奏ならば観衆を圧倒させられる。その事実を確かに示していた。途中で立ち上がり演奏するパートなどでは、終わった時に歓声が聞こえてくる。ひとまず前半・ジブリメドレーを終えて、くるりと振り返り一礼。一度指揮台を下りる。ここからは優子の出番だ。トランペットパートにある自席から立ち上がった彼女はこちらに向かって小さく頷き、指揮台に上ってマイクのスイッチをつけた。

 

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。北宇治高校吹奏楽部部長の吉川優子です。私たち吹奏楽部は昨年度全国大会出場という快挙を成し遂げることが出来ました。そんな部活だと聞くと尻込みしてしまうかもしれませんが、大丈夫です。私たち先輩が手取り足取りしっかりと教えていきますので安心してください。この中にも去年初心者だった先輩はいます。また、優秀な指導者の先生もいらっしゃいます。自分の今までの吹奏楽部としての人生に新しい一ページを刻みたい方、この春からでも新しいことに挑戦しようと思ってる方、大歓迎です。練習は楽なことばかりではありませんが、三年間が終わった時に必ず後悔しない時間を過ごせるはずです。何より、目標に向かって努力した経験は一生の宝物になります! 男子部員も募集してますのでお気軽にどうぞ。先ほど指揮をしてくれた彼が男子部員の代表です。世界最高の奏者でもある彼が直接指導してくれるのはなんと今年が最後! この機会に是非、私たちと一緒に青春の音を響かせましょう!」

 

 大きな拍手が起こる。正直今までの部活の中で一番ウケが良いように思えた。一年生の顔を見渡せば、希望に満ちた顔をしている人も一定数いる。実際にカッコよく演奏しているのを見て突き動かされる人もいるだろう。その情熱を、衝動を、後悔させない部活を作っていきたい。去年のように、最後には笑って終われる部活を。

 

「最後に、昨年私たちが全国大会で演奏した思い出の曲「三日月の舞」をお送りします。どうぞお聞きください」

 

 そして優子はもう一度一礼。指揮台の所有権が私に移ったので、そこに再度上って指揮棒を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、我々は音楽室に集められていた。反省と全体連絡がある。壁際に立ちながら、先ほどの演奏を思い出すが、良く出来ていたと思う。だが如何せん人数不足による音量不足があることは否めない。

 

「いやーすっかり人気者になっちゃったね、吹奏楽部」

 

 近くの席に座っている希美は椅子に座り足をブラブラさせながら呑気に呟く。実際あの後クラスに戻れば他のクラスメイトに囲まれて大変だった。

 

「軽音部から恨まれないと良いけど……」

 

 表情を曇らせた希美は、つい数秒前の言葉とは打って変わって少し陰鬱そうに言った。軽音部は一昨年退部した生徒の受け皿になっている。希美も思うところはあるのだろう。配慮されてるのかどうなのかは分からないが二年、そして三年と進級した時に希美と彼女たちが一緒のクラスになることはなかった。

 

 別に関係が壊れた訳じゃあないようだが、責任を感じているのだろうか。私から言わせれば、退部するか否かを最終的に決断したのは相手なのだし、戻ってこない決断をしたのも相手なのだからそこまで思いつめなくてもいいと思けれど、それを高校生に言うのはやや酷だろうか。そもそも彼女たちは希美を神輿にして自分たちは安全圏にいた。私はあまり彼らを……好きになれないでいる。

 

「何か絡まれたらバンド勝負でもやるか。こっちの5人で組んでさ。公序良俗に反しそうな危ない洋楽歌ってあげるよ」

「えーなにそれ。夏紀が聴いてるような感じの?」

「そんな感じの。昔歌ってたやつ」

「ちょっと聞いてみたいかも」

「よし、じゃあ今年の文化祭はそれでいくか」

「有志なら意外とありかもね~」

 

 くだらない話に希美の顔は和らぐ。それに少しホッとした。笑ってた方が可愛いし、好きな人に出来る限り楽しく生きて欲しいって願うのは万国共通だろう。そんな話をしていたらそろそろ時間はやって来る。手を叩きながら優子は呼びかける。夏紀はピアノに寄りかかっていた。

 

「はーい注目。じゃあ時間になったのでミーティング始めまーす。これで全員? 来てない人は手を挙げて~」

「寒っ」

「うるさいっ」

 

 この二人のやり取りに、相変わらずだな~という視線が音楽室中から注がれ、笑い声が聞こえる。そこから少し真面目な顔と声になり、彼女は続けた。

 

「まずは、今日はお疲れ様でした。良く出来ていたと私からも思います。そして、えーっと、知っての通り、これが三年生の引退した北宇治の現状です。これまで何とかクオリティーを落とさないようにとアンサンブルコンテスト、ソロコンテストなどに参加してきましたが、中々この人数では難しいものがあります。このままではコンクールにも出られません。一年生の勧誘は今日からの一か月間が勝負です。そのつもりで各自頑張って下さい!」

「「「はい!」」」

 

 威勢のいい返事が響き渡る。どんな子が入って来るのか、楽しみではある。トランペットは花形なので希望者は毎年多いが、全員初心者の可能性も極端ではあるが存在している。もちろん、そういう時のシミュレーションもしていた。練習計画は作ったが、実行は滝野に大きく任されている。彼のパートリーダーとしての責任は重大だ。それでも分業化して部長の負担を軽くするためには必要だと思う。優子からバトンタッチし、予定の配布を始めた。こういう練習に関する事項はこっちの管轄になっている部分が多い。

 

「では、今月の予定を配ります。練習日に欠席するときは各パートリーダーに報告してください。三年生は今後修学旅行、大学の説明会、模試等で欠席することもあると思います。また、下級生でもそういう事情がある人はいることでしょう」

 

 そこで一回言葉を区切る。思い出されるのは去年の斎藤先輩。私の最低な手段で何とか退部を引き留められたけれど、あの行動が正しかったとは思えないでいる。最終的に先輩は第一志望の大学に受かり、最後には感謝して卒業してくれたけれど、だからと言って罪は軽くならない。田中先輩の件もあるし、このデリケートな問題は慎重に扱うべきだとは思っていた。

 

「あくまでも学校生活の延長線上の部活動です。塾や家庭の事情などで休むことは悪いことではありません。むしろ、自分の進路や家族などを大切にしてください。既存の部員でそういう空気を作り、一年生に負担を強いることの無いように。また、役職持ちが休む場合は部長・副部長に通達してください。私ではないので注意するように。以上!」

「ありがとうございました。今言ってくれたように、上級生が率先して良い空気を作ってください。私は本気で上を目指せる場所を作りたいと思っています。でもその中で取り残されたり取りこぼしたりするモノがあるのは嫌です」

 

 真剣な目で、部員たちは優子の話を聞いている。この辺りの部分ではかなり意見を交換したが、最終的に今話している内容で落ち着いた。部活はあくまでも部活。進路や家庭を優先してもらわないといけない。仕事ではなく、部活なのだから。私だって妹の卒業式や両親の法事で休んでいるし、仕事でも休んでいる。前例があるので、空気作りはしやすいはずだと踏んでいた。この辺はパートリーダーにも何度も繰り返し話している。

 

「大勢がいるからこそ、いい雰囲気を保てるようにしましょう。それと関連して、勧誘期間に一年生が来て、困っていたり質問がありそうな時は優しく声をかけてあげてください」

「「「はい」」」

「楽器の振り分けは正式な入部日に行います。人数が全然足りないとか、楽器の数を忘れて取り過ぎてしまったとか、そういうことは無いように、自分のパートの許容人数をキチンと把握しておいてください。それから、マイ楽器を持ってるかどうかも確認してください」

 

 ウチの妹しかり、何人かは持っている生徒もいる。私もそうだし、高坂さんやみぞれ、希美もその中の一人である。

 

「では、頑張っていきましょう!」

「「「はい!」」」

 

 音楽室の壁には去年の集合写真。今はもういない香織先輩たちが写っている。そこに掲げられた表彰状の銅賞という文字は、求めていたモノではないのだ。だからこそ、今年こそは。先輩たちの想いを受け継ぎ、私たち自身の想いを乗せて、今度こそ。拳を小さく握りしめて、改めて決意した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。