波動系男爵令嬢キーラちゃんの楽しい学園生活 作:働かない段ボール
私とカイネさんは登場するタイミングを完全に失ってしまいました。とくにカイネさんは気まずさがマックスだと思います。
もうこれは帰っていいんじゃないかな、とにわかに思い始めた時、
「あなたたち、何しているの?」
何かが私たちのようにカイネさんの兄を追跡していることには気がついていました。恐らくそれが話しかけてきたのでしょう。嫌に聞き覚えのある、いけ好かない声です。
振り返ると、
「モ、モノルさん!?」
そこには、あのイオリ・モノルが立っていました。……まだ私は昨日の夕食の恨みを忘れたわけではありません。
イオリ・モノルは柔らかい笑みを浮かべてカイネさんに言います。
「こんにちはリプトンさん。それに、ホーンボーンさん」
「こ、こんにちは?」
カイネさんは突然登場したこの女に混乱しているようです。
私もにっこりと笑って彼女に挨拶をします。
「こんにちは。……こんなところで会うなんて、本当に奇遇ですね」
「そうね、奇遇ね」
「……」
「……」
「え、ええぇ……。何この雰囲気」
イオリ・モノルは、ふと私たちがつい先ほどまで視線を向けていた方を見て、眉をひそめました。
「あら、あそこにいるのは……ブックスさん?人の逢引現場をのぞき見するなんて、あまり良い趣味とは言えないけれど。ねえホーンボーンさん」
これには私もにっこり。
「あらあらあら、確かにのぞき見していますけど。でもあなたには事情は説明していませんからね、良い趣味か悪い趣味か判断するのは軽率じゃないですか。ね、モノルさん」
それに対して、イオリ・モノルもニコニコ。
「あらあらあらあらあら、確かに軽率だったかもしれないわね。でもあなたがあまりにも不審な行動をしているから。つい疑いの目で見てしまったわ。ねえ、ホーンボーンさん」
にっこり。
「あらあらあらあらあらあらあら、確かに不審な行動を取ってしまったかもしれないですね。でもあなたのなんにでも疑いを持ってしまう心が表れているのかもしれませんね。ね、モノルさん」
ニコニコ。
「…………」
「…………」
にっこりニコニコ。
「……あのー、二人とも?シエナと兄、移動してるんだけど。あっちに」
カイネさんの言葉により、私とイオリ・モノルの間に流れていた空気が一時的に緩みます。
シエナさんたちを見るか見ないかにせよ、さっさと別れるにはいい機会です。
「私とカイネさんは用事があるのでこれで失礼しますね」
「私も私で用事があるから失礼するわ」
私の言葉にイオリ・モノルも返事をして、私たちは別れました。
……別れたと思ったのですが。
「なーんで、モノルさんはこっちの方向に何の用事があってきているんですか。ね、カイネさん」
「あなたこそ、一体何の用事があるのかしら?ね、リプトンさん」
「帰りたい……」
少し気になることがあったこともあった私は、カイネさんとともに追跡を再開しました。しかし、イオリ・モノルは私たちと同じ方向に移動したのです。
これにはカイネさんも疲れた呟きをしています。かわいそうに……。
「ほら、カイネさん帰りたいって言ってますよ。あなたがついてきてるからですよ。どっか行ってくださいよ」
「ちがうわよ。リプトンさんはあなたに無理やり付き合わされてるからよ。あなたがどこかに行きなさいよ」
私たちが移動しながら言い合いをしていると、カイネさんが突如立ち止まりました、
「う」
「「う?」」
「うわあああああああああ!なんなの!?本当になんなの!???私はなんで猛獣二人に挟まれているの?見えない力が働いてるの?そんなのどこかにいってよぉぉおおお!」
あーあ、イオリ・モノルのせいでカイネさんのストレスが爆発してしまいました。
イオリ・モノル、なんてやつだ。
「モノルさん猛獣扱いされてま……」
「ホーンボーンさんあなたが猛獣、って急に黙ってどうかしたの?」
「キーラさん?」
……これは。
本当に薄っすらとですが、あるモノを感じました。
人よりも鋭敏な感覚を持った私でも、都の中では感じたことのない音。
ただし、街の外でなら感じたことのある、振動。
一度気がつくと、それはより鮮明になります。
「……人間、じゃない『音』がします。これはすぐ近くに……クリーチャー?」
本来街中にいてはいけない、現在人類にとっての脅威である生命体の発する音が聞こえたのです。
突然そんなことを言い出した私にカイネさんがポカンとした顔をします。
「そんな、キーラさん、いきなりどうしたの?クリーチャーがこんな街中にいるわけないじゃない。第一、姿はどこにも見えないよ?」
一方のイオリ・モノルは、一瞬何か考えるようなそぶりをした後、
「まさか……、あの馬鹿っ!」
と言って、懐から手のひら大の薄い矩形の何かを取り出しました。
「ちょっと!またあんたの仕業!?……って、なにこれ、今走ってる発動式、全然連絡用魔道具と違うじゃない!何が緊急連絡用よ、ご丁寧に偽造までして!効果は……、一定距離の指定対象の隠蔽!?」
隠蔽……。
気になることとして、カイネさん兄を何かが追跡している感覚がありました。
最初はイオリ・モノルだと思っていたのですが、彼女に会ってからもずっとその感覚があります。
これがもし仮にクリーチャーだとしたら、イオリ・モノルがもつ魔道具によって、存在を隠蔽しているかもしれません。
私が気がついたのは、もともとの高い感知能力に加えて、何かの拍子に一瞬魔道具の効力に揺らぎが生じた事が考えられます。
クリーチャー。
犬猫から植物まで様々な生き物の形をした、人類に敵対的な未知の生命体。
彼らという人を見かけると襲いかかってくるバイオレンスな存在により、街の外をひょいひょいと出歩くのは危険とされています。彼らの勢力圏内に人工物など作ろうとすれば、これも瞬く間に破壊されてしまうでしょう。
とはいっても技術や文化の発達で街中にいることはないはずでした。
しかしなぜか、現在もカイネさん兄から一定の間隔を取り、ストーキングしているようです。
シエナさんとカイネさん兄はそんなことなどつゆ知らず、楽しそうにおしゃべりをしながら都の小道を歩いています。
……クリーチャーが無差別でなく特定の人間を、しかも他に人がいる街中で狙っているなんて。
なぜクリーチャーがこの都にいるのか。
なぜ、イオリ・モノルはその存在を隠蔽できる道具をもっているのか。
なぜ、クリーチャーは聞いたことのない行動を取っているのか。
そんな謎が謎を呼ぶ中、カイネさん兄とシエナさんが気がついたらデート始めてますね。
これはややこしくなってまいりました。
「ちょっと待ってちょっと待って。クリーチャーが街中にとか、隠蔽効果のある魔道具とか、いきなり話が飛躍して良くわからないよ!?」
カイネさんは私やイオリ・モノルのただならぬ様子に、さっきの絶叫はどこへやら、おびえた表情です。それもそうです。さっきまで友人に届いていた手紙の謎を解くべく都にくり出していたのに、その都にいないはずの危険生物がいるかもしれない、という話になっているわけですから。
正直私も何が何だか、というところ。
ただ、一旦感知したクリーチャーは現在も姿は見えませんが捉え続けられてしまっていて、気のせいということにはしてはおけません。
「カイネさん、情報が足りなくて混乱しているのは私も同じです。……それで、モノルさんに質問があります。一つはなぜあなたはカイネさんのお兄さんを追いかけていたのか。もう一つはなぜ隠蔽効果のある魔道具を持っているのか」
私はイオリ・モノルの方を向きました。彼女は、儚げ美少女はどこへやら。イライラとした様子で答えます。
「ある人間から、これを持って、休日をつぶしてリプトン卿を見張れって言われただけ。残念だけど、あとは何も知らない」
わざわざ、カイネさん兄を指定するなど、この件について色々事情を知ってそうですけど……。
「それ渡してきた人、侯爵令嬢のあなたに命令なんて、何者なんですか?」
「相手を舌先三寸で丸めこむ、おおざっぱで能天気なデリカシーのない男よ」
即答されました。
うわ、すごく嫌そうな顔をしている。これはいいことを知ってしまいましたね。
「そうですかそうですかそうなんですか」
「何ニヤニヤしてるのよ」
再び私とイオリ・モノルとの間に不穏な空気が流れ始めると、耐えかねたカイネさんが割って入ってきました。
「あああもう、ケンカしないで!と・に・か・く!もういる前提で話しちゃうけど、キーラさん、クリーチャーはどこにいるの!?」
私は精神年齢が大人なので、隠し事をするイオリ・モノルと違って情報共有ができます。この女には所かまわずマウントを取っていくスタイルのキーラさんです。
「いまだに一定間隔をとってお兄さんを追跡しているみたいです。他の通行人にぶつかっている様子もないので、おそらく避けてるか飛んでます.クリーチャー自身が姿を隠す魔法を使っているのに加えて,その魔道具の効果もあるので誰も気がついていないみたいですね」
シエナさんとカイネさん兄は、先ほどまでいた園芸用品を扱う店が集まる小道を、あっちへこっちへいろいろ見ながら楽しそうにしています。彼らの進んでいる方向を考えると、このまま都内に存在する大きな庭園に行くようですね。……都の中心と比べると人口密度が低いので、もしかしたらそこでクリーチャーに襲われてしまうかもしれません。
「見えていないのにどういう感知能力してるの、あなた」
まあ私は、スーパーイヤー持ちなので。のちに力、知、権力を手に入れる人間なので。
「ふふん、姿が見えるようにする方法は簡単ですよ。モノルさん、あなたが持っているその魔道具を壊して発動式を停止させればいいんですから」
街中でクリーチャーが現れたなんてことになったら、人々は混乱状態になってしまい、シエナさんたちもデートどころではなくなってしまうかもしれません。そのため、本当は壊してほしくないのですが、先ほどの発言から考える限り、こいつがそうすることはないでしょう。
私の予想通り、イオリ・モノルは、
「それは無理。たぶんこれを渡してきたやつは、周りに気がつかれずにさっさとクリーチャーを始末しろって暗に言っているみたいだから」
「どういうこと……?」
私と疑問を浮かべるカイネさんをじっと見つめた彼女は静かに言います。
「……この件は私が片付けているから、あなたたちはもう帰っていいわよ」
ほう。
「見えないのにどうやって対処するんですか?私がいたほうが簡単なんじゃないですか?」
「手段なんていろいろあるわよ」
悔しいですが、この女は優秀だと私の勘が告げています。確かに何らかの方法で、最終的にはクリーチャーを排除することができるでしょう。……しかしそれが最善かどうかはわかりません。
そこにカイネさんが、
「いやいやいや、なんで二人は自分の力で解決しようとしてるの!?衛兵の人とか冒険者の人に知らせようよ!」
「そうですね……」
「そうだよキーラさん!」
「じゃあ私は勝手にやるので、モノルさんも勝手にしてください」
「なんでその結論になった!?」
カイネさんがさっきからツッコミをしすぎて、肩で息をしています。大変だなぁ。
諸悪の根源イオリ・モノルはほほ笑みました。
「ええ、そうするわ。それから、ねぇリプトンさん?」
「へ?」
「最近、私の家とあなたの家で大きな取引があったらしいけれど……、あなたのふるまい次第じゃ、それもどうなるんでしょうね」
「!?」
「決めるのはお父様だから、ね?これはただのつぶやきよ」
うわー、横暴な貴族の圧力です。権力で頬をぺちぺちしている様が脳裏をよぎります。
友人であるカイネさんを安心させるべく、なんとか励ましの言葉をかけてみることにしました。
「カイネさんカイネさん、私がなんとかしますので心配しないでください」
「ほ、本当?」
「クリーチャーぶっ潰してやりますよ」
「本当に大丈夫?」