銀騎士珍道中 作:自称・エリート銀騎士
ンフィーレア殿が誘拐された事件から数日。エ・ランテルでも有数のポーション職人の孫が攫われたということで冒険者組合は上を下への大騒ぎだったが、吾輩の大活躍によって事件は無事に収束しめでたしめでたし──とは残念ながらならなかった。
ちなみに吾輩がクレマンティーヌを追う途中で出した二次被害──バレアレ薬品店の壁の破壊とか諸々──が原因ではない。そちらはンフィーレア殿を救出した功績で帳消しになったので大きな問題にはならなかった。住民からの苦情は多少来たらしいが。
問題は件のクレマンティーヌの身柄にあった。吾輩が気絶させてしまったため、更に厳重に拘束した上で転移阻害の術を施した独房に閉じ込め、目が覚め次第尋問するつもりだったらしいのだが……何と明朝に確認したところ彼女の姿は影も形もなくなっていたそうだ。
無論のこと装備品は全て没収済みで、武器や
そしてもう一つ、クレマンティーヌが持っていた「
吾輩の尽力に泥を塗られたようでそこはかとなく不満だが、起きてしまったことは仕方がない。吾輩としては依頼人であるンフィーレア殿が無事だっただけで概ね満足である。
奴らがンフィーレア殿を攫って何をしようとしていたのか、そして捕えていたクレマンティーヌを脱獄させたのは何者なのか。気になることは多々あるが、所詮は小人の浮世で起きた小事。これ以上吾輩が関与すべきではないだろう。
それよりも吾輩にとって重要なのは、先日の戦いで発覚した「残り火」の使用に伴うリスクについてだ。
当初の吾輩は始まりの火の欠片が齎す凄まじいパワーと全能感に酔って気付かなかったが、こいつは相当なじゃじゃ馬である。エリートとはいえ一銀騎士に過ぎぬ吾輩を騎士長殿に追随できるレベルにまで強化してしまう力がノーリスクで運用できる筈もなく、当然のように相応の対価を支払う羽目になった。
結論から言うと、この残り火は
考えてみれば当たり前の話なのだが、そもそも吾輩は薪として王と共にこの火に焼かれる筈だったのだ。大本の火種から離れたことで燻るに留まっているが、本来この火は吾輩を完膚なきまでに燃やし尽くすために存在しているのである。燃え盛れば燃え盛るほど、燃料たる吾輩のソウルが消耗するのは当然の帰結であった。
普通にしている分には殆ど消耗しないが、一度燃え上がれば平時とは比較にならぬ勢いで吾輩のソウルは燃焼し目減りしていく。恐らく一ヶ月も燃え続ければ吾輩は灰となって消滅してしまうだろう。
そしてこの一ヶ月というのはあくまで目安で、先日の戦いにおける火勢程度の燃焼を基準にしたものに過ぎない。吾輩が望めば残り火は更なる勢いで燃え上がり、比例するように我が身を加速度的に焼き尽くしていくであろう。代わりに得られる力は比類なきものとなるが、それは文字通りの魂を賭した乾坤の一手。吾輩にとっての最終手段となる。本来ならばあの日燃え尽きる筈だった我がソウル、今更惜しみはしないが使い時はよくよく吟味せねばならんな。
恐らく吾輩が真に薪の王としての資格を持つ者であれば、始まりの火とはいえこの程度の僅かな火で燃え尽きることなどなかったのだろう。所詮は紛い物の薪ということだ。
とまれかくまれ、そのような理由によりおいそれと残り火の力を使うことはできなくなった。使い過ぎれば早晩燃え尽きてしまうのだから然もあろう。やはり旨い話には裏があるといったところか。
「ガレア様、失礼致します」
ふと声を受けて顔を上げると、そこには見覚えのある受付嬢の姿があった。彼女は吾輩が冒険者申請をする際に担当してくれた受付嬢で、何やら桐箱のような物を手に持っている。
組合のラウンジで何をするでもなくソファに座り物思いに耽っていた吾輩は、畏まった様子の受付嬢に合わせて居住まいを正す。すると彼女は目の前のテーブルに箱を置き、恭しい手付きで蓋を開いた。
「大変お待たせしてしまい申し訳ございません。ガレア様の新しいプレートがご用意できましたので、お渡しさせて頂きます」
箱に敷き詰められた上質な布の上に置かれていたのはミスリルに輝くプレート。その表面にはこの世界の文字で吾輩の名が刻まれていた。
良く魔力に馴染み、魔法武器の素材としても使われるらしい魔法銀ミスリル。初めて見る金属に吾輩はやや興奮しながら手に取ってみるが……意外と柔らかいな。少し指先に力を入れたら折れ曲がってしまいそうだぞ。
「本来ならば組合長直々にお渡しする手筈だったのですが……申し訳ありません、先の一件で組合長は現在手が離せず……」
「構わぬさ。組合長が多忙であることは承知している。謹んで受け取らせて頂こう」
得られる筈だった情報が得られなかったというのは大きい。既に死亡していたのなら諦めもつこうが、まだ生きていた囚人に逃げられたとなればそれは捕らえていた組合の責任問題にもなりかねん。組合長──プルトン・アインザックはその対処に追われているのだろう。
アノール・ロンドにおいてもそういった不始末の責任は重かった。かつて王都に忍び込んだ一匹の“鼠”をあわや聖堂目前という所まで侵入を許してしまったことがあり、その時に防衛部隊の指揮を執っていた吾輩はその不手際の責任を取らされたのだ。冷たく暗い独房に閉じ込められ、身動ぎもままならぬ状況で看守である処刑者スモウ殿の凝視を受け続けるという罰は吾輩の精神に強いトラウマを残した。それ以降、吾輩は二度と同じ過ちは犯すまいと固く心に誓った。侵入者殺すべし、慈悲はない。
……そういえば、スモウ殿は一体何者だったのだろうか。いつからアノール・ロンドにいたのかも定かではなく、気付けば懲罰や処刑などに携わる者として王都の暗部にいた謎多き彼あるいは彼女。神族にしては大き過ぎ、巨人族にしては小顔過ぎるということで我々銀騎士の間では度々その正体に関する話題が囁かれていた。
まあこうして世界を違えてしまった今となっては、吾輩がかの者について考察することに意味などない。あまり接点がなかったので彼の実力については未知数だが、あれほど巨大な槌を持っているのだから決して弱くはないだろう。彼が変わらずアノール・ロンドにいるのなら幾らか安心できるというものだ。
さて、目の前の事柄に意識を戻そう。吾輩の名が刻まれたミスリルのプレートが示す通り、吾輩は晴れて
それだけ吾輩の実力が評価されたということなのだろう。どうもクレマンティーヌは小人の基準において「英雄級」という強さの持ち主だったらしく、それを圧倒した吾輩もまた英雄級の実力者と判断されたらしい。
英雄級とされる者はそう多くない。冒険者の中ではアダマンタイト級が英雄の領域にあるとされるが、王国内には二チームしか存在しないそうだ。
吾輩もその数少ない実力者と目されているわけだが、すぐにアダマンタイト級に昇格しないのは他の冒険者との軋轢を避けるためらしい。吾輩の戦いぶりを直接目にした者ならともかく、当時あの場にいなかった者にとって吾輩は「ぽっと出の癖してどういう訳か一気にアダマンタイトに昇格したどこの馬の骨とも知れぬ怪しい奴」ということになりかねない。
明らかにアダマンタイト級の人間をいつまでも実力不相応の階級に留めておいて他所の街や国に逃げられたくない。さりとて冒険者同士の間に徒に不和を起こすのも憚られる。その折衷案としてミスリル級への昇格に留まったというわけだ。
小人の世界とは面倒臭いものだ。が、今となっては吾輩もその世界の中で生きる身。郷に入っては郷に従えという東方の格言通り、吾輩は組合の方針に従うまでである。
……それよりも、吾輩にとって重要なことが一つある。
「あっ! ガレアさん!」
依頼書が貼り付けられた掲示板の前で屯していた冒険者の一人が吾輩に気付き声を上げる。
あまり印象に残らなかった小人の顔などすぐ忘れる吾輩だが、流石に彼のことは忘れない。チーム『漆黒の剣』のリーダー、ペテル・モークが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おお、ペテルか。依頼を探しているのかね?」
「はい。先日の
ペテル以外のメンバーはこの場にいないようだ。依頼に赴くための必要品の買い出しなどを行っているのだろうか。
しかし、相変わらず世知辛いことだ。素質はあるのに金銭的な理由で実力に見合った武具が揃えられないというのは何とも憐れなことである。
生まれてこの方金銭に困ったことのない吾輩は内心でペテルを憐れんでいると、彼は吾輩の新しいプレートに気付き「あっ」と声を上げた。
「ガレアさん、ミスリル級に昇格したんですね!」
「うむ。組合長の好意と……何より貴公らが口添えしてくれたお陰でな」
「いえ、俺たちは事情聴取の際に尋ねられたことを正直に答えただけです。ガレアさんなら遅かれ早かれ飛び級で昇格していたことでしょう」
あの場に居合わせた冒険者たちが強く吾輩の実力を保証したことでスムーズに昇格が決まったと言っても過言ではない。ペテルたち『漆黒の剣』も証言してくれた冒険者の一人なので、吾輩は彼らに感謝すべきなのは言うまでもなかろう。
だが、吾輩はそのことを素直に喜べずにいた。何故なら──
「ガレアさんの戦力がなくなってしまったのは痛いですが、まずは俺たち自身が強くならないといけませんからね。ガレアさんを見習って、いずれパーティの名前に恥じない冒険者になってみせます!」
ミスリル級昇格と同時に、吾輩は『漆黒の剣』のメンバーから外されてしまったのである。
以前ルクルットが「冒険者は近い実力の者同士で組むもの」だと教えてくれた時、吾輩は「そういうものなのか」と特に何の感慨も抱かず聞き流したが、よく考えてみれば吾輩と『漆黒の剣』の関係性にも同じことが言えるのだ。吾輩のレベルに見合うモンスターでは『漆黒の剣』は実力不足で、『漆黒の剣』のレベル相応のモンスターだと吾輩は手持ち無沙汰になってしまう。我らの間に隔たる力の差は圧倒的で、これでは双方にとって悪影響にしかならない。
聞けば、ペテルは吾輩が森の賢王を下したあたりで既にその結論に至っていたらしい。彼の言い分は筋が通っており異論を差し挟む余地はなく、結果として吾輩だけの昇格となったのである。
吾輩としては既に彼らを仲間だと思っていただけにうら寂しいものがある。しかし彼らを真に友と思うのなら、尚のこと距離を置くべきなのだろう。『漆黒の剣』は吾輩の武勇を盛り立て、優越感を得るための
「ペテルよ。今や我らは袂を別った身だが、吾輩と貴公らが友であることに変わりはない。何か困ったことがあれば遠慮なく吾輩を頼るがいい。必ず力になってみせる」
「ガレアさん……」
「そうだ、これを渡しておこう」
吾輩はソウルの器から「女神の祝福」を取り出し、ペテルの手に握らせた。
女神の祝福は奇跡「太陽の光の癒し」と同等かそれ以上の回復効果を持つ、文字通り神の奇跡そのものとも言えるアノールの戦士の宝である。流石の吾輩もそれほど多く所持しているわけではなく、今や再び入手する手段のない貴重品だが、『漆黒の剣』はこの世界でガゼフの次にできた数少ない小人の友だ。これを送るのに躊躇いはない。
「ほんの人差し指程度の大きさの小瓶だが、侮るなかれ。たった一滴で欠損した肉体すら再生させる至高の秘薬である」
「そ、そんなの伝説級の秘宝じゃないですか! 受け取れませんよ!」
「そう言うな。実のところ、吾輩は奇跡……いや、回復魔法が使える故これを持て余していてな。女神グウィネヴィアの微笑みは遍く戦士に向けられるもの。吾輩が認めた戦士にこそ使ってほしいのだ」
「……分かりました。では、これはありがたく頂戴します。
その代わり、ガレアさんも何かあれば遠慮なく『漆黒の剣』を頼って下さい! 俺たちの実力でどこまでお役に立てるかは分かりませんが、できる限り力になってみせますから!」
「ありがたい。その時は存分に頼らせて頂こう」
ペテルは女神の祝福を大事そうに懐に仕舞い、一礼して吾輩の下を去っていった。
去らば、友よ。貴公らの冒険に太陽の祝福があらんことを。
「……ところで、今の秘薬については口外せぬように頼むぞ?」
「は、はい。絶ッ対に誰にも言いません……!」
実はペテルとの会話中、ずっとその場にいた受付嬢に念を押しておく。この世界の
受付嬢にもそれは十分に想像できたのか、やや蒼褪めた表情で激しく首を縦に振る。うむ、分かればよろしい。
「お飲み物をお持ちしますので……!」と言って逃げるようにその場を後にする受付嬢の背中を見送る。少々性格が悪いと自覚しながらも慌てる小人の姿に小さく笑い、吾輩はソファの背凭れに深く身体を預けた。
スレイン法国は人間の国家の中では最大の軍事力を有する大国である。しかしそれ程の国力がありながら武力を背景に他の国家に深く干渉することはなく、むしろその軍事力を以て積極的に小国の支援を行う程だった。
何故なら、スレイン法国は人類守護を国家の理念としている。通常の国家であれば自国の繁栄を第一にするところを、法国は自国だけではなく人類全体の繁栄を望んでいるのだ。それは六百年に渡る法国の歴史の中で一度として違えられたことのない、何においても優先される建国以来の至上命題であった。
もう一つ他の国家と異なる点として、リ・エスティーゼ王国やバハルス帝国のように王が存在しないということが挙げられる。
スレイン法国は厳格な宗教国家であり、国のトップに位置するのは王ではなく各宗派を束ねる最高神官長である。その下に六つの宗派の最高責任者たる六人の神官長がおり、司法や立法、行政など
その性質故に、スレイン法国の上層部は他国と比較し強固な意思統一が為されている。これが王国であれば王派閥と貴族派閥による権力争いがあったりするのだが、法国においてはそういった派閥闘争とは無縁であった。
何故なら、彼らの頭上には常に絶対の信仰が存在している。私欲だの権力欲だのといった俗世の雑念など、彼らにとっては虫の羽音にも等しい。強固な信仰心によって揺るぎない自己を確立している彼らは、下らない人の欲に目先を曇らせるようなことはなく、常に
──全ては、六大神の威光遍く清浄なる世界のために。
この日も、清廉にして勤勉なる神官長たちによる会議が行われていた。
スレイン法国の最奥に存在する神聖不可侵の一室に、各機関の長たちが集結している。最高神官長を始めとする火、水、風、土、光、闇の神官長に、政を主導する三機関長、魔法の開発を担う研究官長、軍事機関の最高責任者たる大元帥の計十二名。スレイン法国の最高執行機関である彼らは六大神の御姿を象った聖像に囲まれながら、厳粛な空気の中でいつものように人類の未来、より良き世界のために言葉を交わし合っていた。
そして数時間に渡り喧々諤々と議論を交わし合った彼らは、いよいよこの日最後の議題に取り掛かる。それが場合によっては法国の未来にも関わるものと理解しているだけに、彼らの間に常ならぬ緊張が走った。
「──それでは、本日最後の議題に入ります。エ・ランテル近郊にて陽光聖典と交戦した、銀騎士ガレアと名乗る戦士についてです」
その名を聞いた全員の表情が強張る。
「……私としては、その名を呼び捨てにするのは畏れ多いと思うのだがね」
光の神官長イヴォン・ジャスナ・ドラクロワが議事進行を行う最高神官長補佐役の青年に苦言を呈する。一つの宗派を担うに足る圧倒的な威厳と貫禄を滲ませる神官長の一瞥を受け進行役の青年は息を呑むが、すぐさま他の神官長がイヴォンを嗜めた。
「およしなさい。まだかの者が
「しかしベレニス、君も土の巫女姫の儀式魔法を通して見た筈だ。あの神話の如き戦いを。そしてあの方は神の存在についても言及していた」
「……同意する。かの御仁は自らを指して神の僕と仰っていた。百年の嵐と時期も合致する……プレイヤーそのものではなくとも、それに仕える従属神、あるいは神の子孫である可能性は十分に考えられるだろう」
水の神官長ジネディーヌ・デラン・グェルフィがイヴォンの主張に同意を示す。火の神官長にしてこの場で唯一の女性であるベレニス・ナグア・サンティニは、熱に浮かされたような様子の光と水の神官長を見て眉を寄せた。
「まあまあ、お三方とも落ち着いて下さい。それについては既に先日の会議で散々に議論し尽くし、断定するにはまだ時期尚早であると結論したばかりではないですか」
いずれもかなりの高齢にある神官長の中にあって幾らか若い──それでも四十代半ばといった風情だが──土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンが穏やかな口調で三人を宥める。それに闇の神官長マクシミリアン・オレイオ・ラギエも同じくといったように頷いた。
「私もレイモン同様、まだそうと断定するには早いと考える。確かに御仁の発言にはプレイヤーとの関係を窺わせるものが多くあったが、同時に六大神の建国神話を連綿と受け継ぐ我々をして未知の言葉も散見された」
「──神の都アノール・ロンド」
「左様」
神々が住まう輝きの都、アノール・ロンド。ガレアが告げたその言葉は驚愕を以て受け止められた。
それはプレイヤーがこの世界に降臨するより前にいた世界の名なのか。残念ながらアノール・ロンドの名は法国の記録には存在せず、真偽を確かめる術を彼らは持っていない。だがもしそれが真実ならば、ガレアは確実にプレイヤー本人かそれに準ずる存在ということになる。そうなれば法国は最上級の待遇を以てガレアを迎え入れねばならないだろう。
否、そうでなくとも最高位天使を容易く葬った程の戦士とあらば是が非でも味方に引き入れたいというのが本音だ。人類守護の壁となって亜人種との闘争を続けている法国にとって、優れた実力者は幾らいても困るものではないのだから。
「
「寡聞にして知らないと仰られた。しかし従属神たるあの御方の知見を以てしても、プレイヤーの世界については知らぬことの方が多いと聞く。そのためか、完全に神の都の存在を否定することもなかった」
「やはり情報が足りないか……」
状況的に仕方がなかったとはいえ、陽光聖典は早々にガレアと敵対してしまったため得られた情報は限られる。また違う出会い方をしていればもっと早く法国に招くことができたのかもしれないと思うと、彼らはもどかしさに歯噛みせずにはいられなかった。
束の間の沈黙に包まれる一室。その静寂を破るように、風の神官長ドミニク・イーレ・パルトゥーシュが口を開いた。
「……残念ながらプレイヤーとの関係を裏付けるものではないが、エ・ランテルに潜入していた風花聖典の構成員からかの人物について新たな情報が上がっている」
「聞かせてくれ」
室内にいる全員からの視線が集中する。十一人による凝視の中、ドミニクはやや複雑な表情で告げた。
「その前に、クレマンティーヌという女の名を覚えておられるだろうか」
「……クインティアの片割れか」
「覚えているとも。忌々しい記憶だがね」
だが如何なる理由によるものか、クレマンティーヌは突如として神に背き国を裏切った。しかもただ国外に逃亡するだけでは飽き足らず、法国の最秘宝「叡者の額冠」を強奪していったのだ。
「風花聖典はクレマンティーヌの追跡任務にあった筈だな? その様子だと無事に捕獲できたようだが」
「左様。だが捕らえたのは風花聖典ではない。エ・ランテルで冒険者となっていたかの者の手によって倒され、冒険者組合に拘束されていたところを確保したのだ」
「冒険者に……王国で登録したのか?」
「どうやらそのようだ」
その報告を受け、彼らの表情が不快げに歪められる。法国にとって今や王国は憎悪の対象と言っても過言ではない。神かそれに類する可能性のある人物がそんな国にいるというだけで彼らには耐え難いことだった。
「報告によると、彼は公共墓地でクレマンティーヌの他にズーラーノーンの構成員と目される
「なに?
「もしや
「いや、もしかしたらそういう特殊耐性を貫通できる
「……話を戻そう。彼はその功績を以て
ドミニクの発言を受け、神官長たちは互いの顔を見合わせる。
その反応は銅からミスリルへの大幅な飛び級に驚いてのことではない。むしろ
「あれ程の力があってたかがミスリルだと? 王国の冒険者組合の目は節穴か」
「魔法軽視の風潮による弊害かもしれないわ。彼らは
「あるいは、他の冒険者に配慮した結果かもしれん。いずれにせよ愚かなことだ。凡百の冒険者のために不当な評価を下し、それで余所に逃げられてしまえば元も子もなかろう」
人類が大陸全体から見てどれ程の窮状にあるかを理解している法国は強者の発掘、及び育成には余念がない。相応の実力の者には正しい評価を下し重用することを徹底している法国の人間にとって、冒険者組合が下した判断は貴重な人材を徒に損ないかねない愚行としか映らなかった。
「だが一番の驚きは、彼がミスリル程度の評価に大人しく甘んじていることだ。本当に何の不満も出なかったというのか?」
「少なくとも、現在挙がっている報告においてはそのようだ」
「神にしては随分と大人しい。八欲王がそうであったように、自らの力を以て勢威を知らしめようとはしないのか?」
「監視させている者によれば、強者にありがちな傲慢さは見られるものの、同時に寛容さも持ち合わせており人品に大きな問題はなし。概ね人類に対して好意的に見受けられ、こちらが礼節を以て応じれば相応の態度で返してくれるだろうということだ」
「……六大神と同様、人類に友好的であることが分かっただけでも収穫か」
ニグンとの会話から少なくとも無辜の民草が虐げられることに憤りを示す程度の善性があることは把握していたが、風花聖典からの報告によってそれがより確かなものとなったのは彼らにとって喜ばしいことだった。
六大神の一、闇の神スルシャーナがそうであったように、プレイヤーが必ずしも人間種であるとは限らない。亜人種や特に異業種は精神構造が人間とは大きく異なっているため、場合によっては人類に対して敵対的な可能性も十分に考えられる。ガレアがプレイヤーであると仮定した場合の最大の懸念はその一点にあったが、それが杞憂であると発覚しただけでも彼らには僥倖だった。
「……陽光聖典に落ち度はなかったが、間が悪かった。村々を焼いて回った一件で彼が法国そのものに悪感情を抱いてしまっている可能性は否めないだろう。将来的に彼と接触する際には細心の注意を払う必要がある」
「では、やはり暫くは静観するのが最善か?」
「それが良いでしょう。事を急ぐあまり更に印象を悪くしてしまっては元も子もない。今は情報収集に努めつつ、最良のタイミングを計るべきです」
「異論はない」
斯くして、ガレアへの対応は静観すべしとして意見の一致を見る。そして最高神官長による終了の言を以てこの日の会議は締め括られた。
「──太陽の光の王、か」
囁くような独白が虚空に溶ける。光の神官長イヴォンの目が怪しい光を帯びていることに、終ぞ誰も気が付くことはなかった。
三日間の連続投稿はこれで終了です。次の投稿にはまた暫くお時間を頂くことになるでしょう。
お話を書くのは自分としても楽しいですが、趣味に時間を割けるのは安定した生活があってこそ。何卒ご理解頂ければと思います。