銀騎士珍道中   作:自称・エリート銀騎士

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お久し振りです。そしてお待たせしてしまい申し訳ございません。予想外の多忙につき執筆の時間がとれなかったのです。
決してPS5を購入できなかった現実を儚み、三ヶ月も腐っていたわけではございませんよ、ええ。
アンバサァ(怨嗟の鬼)


破滅の竜王と銀騎士:1

 

 中天に座す太陽を見上げ目を細める。

 ンフィーレア殿誘拐事件から幾日かが過ぎたある日の昼下がり、吾輩はエ・ランテルの街並みを茫洋と眺めながら歩いていた。

 

 とはいえ目的もなく歩いているというわけではなく、一応組合長から呼び出しを受けており冒険者組合を目指してはいる。しかし生憎と指定された時間までまだ余裕があった。それ故これといってやることもなく暇を持て余していた吾輩は、遠回りをして定刻まで時間を潰している。

 

 ちなみに今の吾輩は黒騎士の鎧は着ているが、剣と盾はソウルの器にしまい込んでおり身に付けていない。何故なら街の住民から「剥き身の剣を持ったまま街中を歩くのはやめてくれ」と苦情が来たからである。

 基本的に我ら神族は生来の技能としてソウルの業を扱えるため、剣も鎧も自らの内に無形のソウルとして収納してしまえる。それ故に刀身を収める鞘の類は必要としてこなかった。“深淵歩き”アルトリウス殿の聖剣にすら鞘は存在しない。

 

 銀騎士の剣は儀礼剣としての役割もあるため形だけの鞘は存在するが、デーモン退治のために鍛造された剣や大剣に鞘はない。故にそのまま肩に担いでいたのだが、それが良くなかったらしい。先日ついに組合を通して住民からの苦情を受け、街の中では武装を解くことになったのである。

 ぶっちゃけ剣などなくとも小人程度素手で捻り殺せる故、武装の有無を問わず吾輩の脅威度というか戦闘力に違いはないのだが……まあ見た目に威圧感を感じてしまうのは分からないでもない。脆弱な小人にとって武装した神族はそれだけで恐怖の対象なのだろう。王より下賜された武器を一時とはいえ手放すのに多少の抵抗はあったが、ここは吾輩が広い心で譲歩すべきであろうな。

 

 なら鞘がある銀騎士の剣を装備すれば良いと思われるかもしれないが、残念ながら火に炙られて真っ黒になってしまった黒騎士鎧と白銀に輝く銀騎士剣とでは見た目の相性が最悪なのだ。アダマンタイト級に上り詰めるまで銀騎士の鎧は身に付けないと誓った手前、今はこれで我慢するよりない。

 

「おや、そこにいるのはガレアさんじゃないか」

 

 ふと声を受けて顔を向けると、そこには吾輩の腰ほどもない小さな老婆が立っていた。当て所なく歩いていたつもりだったが、気付けばバレアレ薬品店の前まで来ていたらしい。

 

「これはバレアレ殿。あの事件以来だが、変わりはないかね?」

 

「リイジーでいいよ。ああ、ンフィー共々元気にやってるさね。それもこれもあんたのお陰さ」

 

「なに、大したことではない。あの程度の敵、吾輩の手に掛かれば一捻り故な」

 

 ちなみにこれは誇張ではない。確かに吾輩は優れた戦士としてあの女の実力を認めたが、それには「小人としては」という但し書きがつく。ただでさえ神族と小人の間には多大な性能差がある上に、この身はキャリア数千年のエリート銀騎士。百年も生きていないような小娘とは積み上げてきた経験が違う。

 あるいはあの女がソウルの業に開眼し、更に時をかけてソウルを喰らい技を磨けば、いつかは吾輩にも届いたかもしれぬ。それ程の天稟を感じさせる戦士だった故生かしておいたのだが……さて、いったいどこへ消えたのやら。

 

「ところでガレアさん、今日は冒険者稼業はお休みかい? 見たところ武器を持っていないようじゃが」

 

「いやいや、実は組合長からお呼びが掛かっていてな。用件次第ではすぐにでも仕事になるやもしれぬ。……ふむ、そうさな。せっかく来たのだ、有事に備えポーションを幾らか買わせて頂こう」

 

「おや、ウチのポーションを買ってくれるとは嬉しいねぇ。ちょっと待ってておくれ」

 

 リイジー殿は老いを感じさせぬしっかりとした足取りで店に入り、商品棚へと歩いていく。そういえば優れたポーション職人は優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもあるという話を聞いたことがある。もしかしたらこの老婆も、見かけによらず老練の魔術師なのかもしれん。

 微塵もぶれぬ体幹でひょいひょいと高棚から商品を取る老婆の背を眺めつつ、吾輩はそんな益体もない思考に耽るのだった。

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 エ・ランテル冒険者組合、その二階部分に設えられた会議室。上質な机や椅子が並べられたその一室には錚々たる顔触れが集っていた。

 

 冒険者組合長、プルトン・アインザック。そして魔術師組合長、テオ・ラケシル。

 彼らはエ・ランテルに存在する全ての戦士と魔術師……即ち全冒険者たちを束ねる組織の長である。両者とも元冒険者という経歴を持ち、既に一線を引いた身ながらその体躯には並の冒険者を凌駕する覇気を秘めている。

 

 そして、そんな彼らに勝るとも劣らぬ……否、それ以上の覇気と威風を纏う冒険者たち。

 エ・ランテルに三組しか存在しないミスリル級冒険者チームの一角、『クラルグラ』の面々がその位に恥じぬ堂々たる存在感を放っていた。

 

 現在エ・ランテルの冒険者組合にはオリハルコン級以上の冒険者は存在しない。つまり、それはここにいる『クラルグラ』が紛れもなくこの街で最上位の冒険者チームであることを示している。

 中でも、リーダーであるイグヴァルジは他のメンバーと比べても格が違った。純粋な実力という点でもそうだが、何よりも放たれる気迫において他と一線を画している。

 その鋭い眼光が見据えるのは己の栄達、ただそれのみ。だが栄達といっても金や権力、名声といった栄誉は彼にとって副次的なものに過ぎない。

 

 イグヴァルジが求める栄達とは、己が“英雄”として成り上がること。それ以外の一切は眼中にないとさえ言えるほど、彼は英雄という存在に焦がれていた。

 

 目的に邁進する狂的なまでの想念。それが鬼気迫るとでも表現すべき気迫となって表れていた。事実としてイグヴァルジは英雄となるための研鑽を怠らない努力の人であり、その並ならぬ熱意一つを以て『クラルグラ』の全メンバーを過不足なく統率している。

 その熱意が高じるあまり手段を選ばない……()()()()()()傾向にあるところは仲間からも問題視されているが。

 

 そして今、イグヴァルジはただでさえ鋭い眼光を更に尖らせていた。端的に言ってかなり怒っている。

 

「……つまり、どこの馬の骨とも知れぬぽっと出の冒険者を一足飛びでミスリル級に格上げした挙句、この俺にそいつのお守りをさせようってわけか?」

 

 ふざけているのか、という怒声が飛び出そうとするのを堪えるのに、イグヴァルジはかなりの自制心を働かせなければならなかった。尤も、仮にも自身が属する組織の長を相手にしているにもかかわらず敬語が抜けているあたり、彼が如何に冷静さを欠いているかを物語っている。隣に座る副リーダーの男は気が気でない様子で胃の辺りを押さえた。

 

「……君の不満も分かる。だが理解してほしい」

 

 アインザックはイグヴァルジの態度に目を瞑った。それは彼の怒りが尤もであると承知しているためである。

 自らが彼らの自尊心を損なうことを言っている自覚はある。だがそうと弁えた上で、アインザックは自身の発言を取り下げる気はなかった。彼は常人であれば失禁しかねないほどの眼光を放つイグヴァルジを真っ直ぐ見据えると、今一度依頼の内容を語る。

 

「『クラルグラ』にはミスリル級冒険者ガレアに協力し、トブの大森林の奥地へ行きとある薬草を採取してきてもらいたい」

 

 薬草の採取など、本来なら駆け出し冒険者が受けるようなお遣いレベルの依頼だ。それをミスリル級である『クラルグラ』に依頼するというのは一見して意味不明に思えるが、別にアインザックがとち狂ったとかそういうわけではない。

 無論、それはイグヴァルジとて理解している。この依頼における薬草とは十把一絡げの薬草に非ず。如何なる万病をもたちどころに癒すという伝説級の霊草。それもトブの大森林の奥深く、ごく限られた特定の地域でしか採取できないという曰く付きである。

 

 かつて剣豪ヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン率いるアダマンタイト級冒険者チームが、更にミスリル級のチームを二つ加えてようやく達成させたという伝説はイグヴァルジも聞き及んでいる。それ程の難行を任せられるとなれば、それは間違いなく彼を英雄に至らしめる大いなる飛躍の一助となるだろう。たとえ故も知れぬ冒険者一人が加わるとしても、本来ならば快諾して然るべき依頼である。

 

 にもかかわらず、何故これほどまでにイグヴァルジが怒り心頭なのか。

 アインザックは言った。「ガレアに協力し、薬草を採取せよ」と。

 

 ガレア()『クラルグラ』に協力するのではない。

 ガレア()『クラルグラ』が協力するのだ。つまりはガレアが主で『クラルグラ』が従。アインザックはそうイグヴァルジに告げたのである。

 

 かつてアダマンタイト級一チームとミスリル級二チームで達成させたトブの薬草採取。つまりアインザックは、ガレアという男をアダマンタイト級一チームとミスリル級一チームに匹敵する個人戦力であると評価していると。そう暗に告げているに等しかった。

 

 その事実がイグヴァルジには我慢ならない。人類最高戦力とも評されるアダマンタイト級()()()と比較される()()だと? そんなもの──まるで“英雄”のようではないか!

 ふざけるな、とイグヴァルジは内心でありったけの罵詈雑言を吐いた。俺がミスリル級に上り詰めるためにどれだけの時間と努力を費やしたと思っている。その労苦を鼻で笑うかのように突然現れた推定英雄……とてもではないが許容できるものではない。

 

 イグヴァルジのその反応を半ば予想していたアインザックはうっそりと溜め息をついた。彼が英雄というものに懸ける執念については把握している。己が英雄に至るための道程を脅かす者に猛烈な敵意を向けるということも。要するにプライドが高く嫉妬深い男なのだ。

 それでもイグヴァルジの実力は本物である。別けても野伏(レンジャー)から派生するフォレストストーカーという職業(クラス)を有する彼の技能は、この依頼においてなくてはならないものと予想された。

 

 それなら『クラルグラ』を主軸に依頼を組めば良いと思われるだろうが、そうもいかない理由が二つ。

 まず単純に『クラルグラ』全メンバーを合わせてもガレア一人に実力で及ばないというのが一つ。ローファンの証言を基にした記録──三十年以上前のものだからかあまり正確な記録ではないようだが──から推察するに、この依頼において最も重要なのは森林探索の腕前ではなく純粋な戦闘力である。恐らくは目的の薬草が生息する一帯に強力なモンスターが住み着いているのだろう。

 

 そしてもう一つの理由。それはこの依頼がガレアをアダマンタイト級に昇格させる口実に過ぎないからであった。

 ガレアの実力がミスリル級に留まらないことは、先日の事件における冒険者たちの証言と現場の破壊痕からも明白である。他の冒険者との軋轢を恐れて暫定的にミスリル級としたが、一刻も早く彼の実力に即したランクに昇格させたいというのがアインザックとラケシルの本音だった。

 もし自身の実力が正当に評価されないことで愛想を尽かされ、ガレアに街を出て行かれてしまっては困る。とても困る。それを防ぐためにも、適当な依頼を幾つか消化させて手っ取り早くガレアをアダマンタイト級にするつもりだった。

 

 そんな折にとある大貴族から舞い込んできた伝説の薬草を採取せよという依頼。アダマンタイト昇格の口実作りには持ってこいの内容だったが、何せこれは()()剣豪ローファンをして一筋縄ではいかなかったという難行である。ガレアの実力を鑑みれば不可能とは思わないが、もし万が一が起きてエ・ランテルの将来を担う英雄の身に何かあっては事だ。三十年前の成功例に倣い、最低でもミスリル級のチームを応援につけるのは当然の保険だった。

 

 ではどのチームを協力させるかについてだが、これが一番の悩みどころだった。

 エ・ランテルに存在するミスリル級冒険者のチームは、ベロテ率いる『天狼』、モックナック率いる『虹』、そしてイグヴァルジ率いる『クラルグラ』の三つだ。

 順当に考えるならリーダーの人間性を考慮し、協調性に優れる『天狼』か『虹』を応援につけるのが道理だろう。だが、協調性を度外視してもイグヴァルジの技能は採用する価値があった。場所が広大極まるトブの大森林の奥地ということもあり、今回の依頼遂行の適性においては『クラルグラ』に軍配が上がる。

 

 協調性を求めるなら『天狼』と『虹』。確実性を求めるなら『クラルグラ』だ。この依頼をガレアの手柄としたい以上、あまり協力するチームが多すぎるのは望ましくない。採用するなら一チーム。アインザックとラケシルは連日に渡って悩み抜き──

 

 その結果が現在組合の会議室に充満する重い空気である。アインザックとラケシルは早くも自分たちの決断を後悔し始めていた。

 

「そもそも、俺はそのガレアという名前を聞いたことがない。そいつもミスリルである以上、それに相応しい何らかの偉業を成したはずだ。まずは組合がそいつをミスリル級と判断した所以をお聞かせ願いたいもんだな」

 

「ああ、そういえば例の事件があったとき君たちは依頼で街を空けていたんだったな」

 

 ならば知らないのも無理はない、とアインザックは納得する。高ランクの冒険者ともなれば依頼で長期間街を空けるなど珍しくもない。事件直後は新たな英雄誕生の話題で持ち切りになったものだが、時間が経ち話題も下火になった現在、積極的に調べようとしない限り彼の耳に入ることはなかっただろう。

 そしてイグヴァルジは能動的に他の冒険者の情報を集めるタイプの男ではない。競合するチームなど長らく『天狼』と『虹』しかいなかったのだから無理もないが。

 

「彼は墓地の事件を早急に解決したという偉業を成したのだよ。それも殆ど誰の手も借りることなく、たった一人でね」

 

 アインザックは嬉々としてガレアが打ち立てた功績を語る。

 

 墓地の事件、即ちンフィーレア・バレアレ誘拐事件においてガレアはミスリルに相応しい……否、それ以上の偉業を成した。その最たるものはクレマンティーヌと名乗った女戦士の打倒である。

 クレマンティーヌが装備していた軽鎧には悍ましいことに無数の冒険者プレートが打ち込まれていた。そしてそのプレートに刻まれた名前を組合の記録と照合したところ、それがここ数年の間に何者かの手によって殺害された冒険者のものと一致したのだ。

 期せずして近年王国内で問題になっていた冒険者連続殺害事件の犯人が判明したわけだが、同時にそれがクレマンティーヌ一人の手によって為されたものであることも明らかになり、事件関係者を騒然とさせた。狩猟証明(ハンティングトロフィー)として鎧に打ち込まれていたプレートにはオリハルコンもあったわけだが、つまりそれは彼女がオリハルコン級の冒険者をも単独で殺害せしめるほどの卓越した武力を有していることの証明に他ならない。オリハルコン級以上……即ち、アダマンタイト級にも匹敵する規格外の戦士であると。

 

 ならば、そんな戦士を一方的に打ち破ったガレアもまた規格外の戦士に他ならないだろう。その場に居合わせた冒険者たちの証言、そして事件後のガレアに負傷どころか疲労の気配もなかったことから察するに、規格外という評価すらもあるいは不足かもしれない。

 

 しかし、アインザックの話を聞いたイグヴァルジはなおも不満を隠そうとはしなかった。

 確かに功績そのものは素晴らしいのだろう。日々モンスターを相手に戦い続ける冒険者すらも獲物にしてしまう恐ろしい狂人。聞けばその場に居合わせた白金(プラチナ)級の冒険者をして挙動に目が追いつかなかったという。白金級といえばイグヴァルジらミスリル級の一個下、十分に強者と分類される冒険者の中の冒険者である。そんな彼らが目で追えぬような手合いを容易く屠ったとなればそれは相当だ。

 

 だが、それでもたった一度である。冒険者とは一歩一歩着実に、少しずつ功績を積み上げ階級を上げていくものだ。それをたった一度きりの偉業で踏み越えられれば反感を覚えるのも無理からぬことであろう。(とみ)にイグヴァルジは己以外が英雄の座に近付くことを病的に厭う男である。論理立ててガレアが成した偉業の価値を説かれようと、嫉妬に濁った脳髄は理解することを拒み続けた。

 

(やはり人選を間違ったかもしれん)

 

 隠すことなく不満を露わにするイグヴァルジを見て、アインザックは心の裡で嘆息した。もう少し堪え性があると期待したのだが、結果は御覧の有り様である。

 誤解するべきではないのだが、彼は冒険者としては文句なしに優秀な男なのだ。結成以来ただの一人としてチームから欠員を出していないというのがどれ程の偉業であるか、それが分からぬ冒険者など存在しないだろう。人間性もその実力に比例して優れていてくれれば何も言う事はなかったのだが。

 

 念を押して『クラルグラ』だけを先に召集した判断は間違っていなかった。もしガレアも交えて席を設けていようものなら、イグヴァルジはそれこそ狂犬のように噛みついていたことだろう。エ・ランテルの未来を担うだろう英雄の不興を買うことは避けねばならなかった。

 

「……まあ推定英雄級の犯罪者を打倒したのはいい。だが他に戦果らしいものといえば骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ぐらいなのだろう? 確かに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は強敵だが、それでも常識の範囲内における強敵に留まる。ミスリル級の冒険者なら倒せ──」

 

「──討伐手段が魔法だったとしても?」

 

「……は?」

 

 それまで沈黙を保っていたラケシルが口を開く。沈黙の理由が説明を面倒臭がっていたからであると知るアインザックは白けた視線を送るが、ラケシルはどこ吹く風といった様子で意にも介さない。

 

 そんな二人の間だけで成立するやり取りなど知る由もないイグヴァルジは、突拍子もないラケシルの発言に混乱していた。

 当然ながらイグヴァルジは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)というモンスターについて十分に知悉している。実際に対峙し、これを討伐したこともある。だからこそ意味が分からなかった。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法に対する絶対的な耐性を有するモンスター。それを魔法で倒したとはいったいどういう事なのか。

 

 鼻白むイグヴァルジに対し、ラケシルは皮肉げな表情で口を開いた。

 

「この情報はその場に居合わせた全ての冒険者への聞き取り調査、及び現場に残された戦闘痕の検証によって十分に精査されたものだと理解した上で聞いてほしい。結論として、まず間違いなくガレア殿は魔法で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を倒している。冒険者たちは満場一致でこう答えたよ。幾重にも束ねられた雷の槍が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を貫いた、とね」

 

「これまでは魔法に対する絶対耐性を持つと思われてきた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だが、その通説が覆される可能性があるかもしれないな。実は絶対耐性ではなく、例えば第六位階以下の魔法の無効化能力だった……とか」

 

「なッ! そ、それは……!?」

 

 イグヴァルジは限界まで目を見開き絶句する。

 それは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の特殊能力についての通説が覆されたことへの驚き──ではない。

 英雄級の実力を持った戦士が、更には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の耐性をも貫通する魔法を操る魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもあったという事実に驚いたのだ。

 

「あ、あり得ない! 何かの間違いじゃないのか!?」

 

「私も最初にそれを聞いた時は耳を疑ったさ。凄腕の戦士でありながら優れた魔術師でもある。王国戦士長と帝国宮廷魔術師を足して割ったような存在だ。これを英雄と呼ばずして何と言う?」

 

「納得しろとは言わん。だが現実を理解し、割り切れ。ガレア君への対応は特別扱いでも何でもない、当然の待遇なのだ」

 

『組合長』

 

 コンコン、と扉が叩かれ三人は同時に口を噤んだ。扉越しに聞こえてきた女性の声はこの組合の受付嬢のものだろう。重要な会議中であると通達している中での訪問である。であれば、その用件は一つしかない。

 

『ガレア様がお見えになりました』

 

「通してくれ」

 

 アインザックが入室を促すと、受付嬢──名前は確かイシュペンといったか──は「失礼いたします」と断りを入れながら扉を開いた。

 

「どうぞ中へ。組合長がお待ちです」

 

「うむ」

 

 頭が天井に触れないよう腰を屈めた、偉丈夫。

 窮屈そうに扉を潜った男がその姿を見せた瞬間、会議室の空気は一変した。

 

 淀んだ気を押し流すかのような、清澄にして甚大な威を孕む呼気。自然体でありながら他と一線を画す気宇壮大の佇まい。躯幹七尺にも達しようかという巨体をはち切れんばかりの武威と共に黒備えの甲冑に押し込めた堂々たる威容。

 

 銀騎士ガレア。話題の渦中たる人物がその姿を現した。

 

「よく来てくれた! さあガレア君、空いている席に掛けてくれ」

 

 アインザックは席を立つと、直前までの空気などなかったかのように朗らかに笑いガレアを歓迎する。ガレアもまた兜の下で上機嫌に笑い、組合長から見て下座……丁度『クラルグラ』の向かい側となる席に腰掛けた。

 すると自然、イグヴァルジはガレアを正面から直視することになる。盛大に椅子を軋ませながら着席した、比類なき戦士。その威容がテーブルを挟んだ目と鼻の先に現れたことで、イグヴァルジは否応なしに彼の姿を直視せざるを得なくなった。

 

 イグヴァルジはまず、唾を嚥下する音が周囲に聞こえなかったかを心配する必要に駆られた。眼前の偉丈夫に圧倒され、音を立てて唾を呑んだなど誰にも知られるわけにはいかないからだ。万が一にもこのいけ好かない男に気圧されたと周囲に思われるなど、イグヴァルジのプライドが許さなかった。

 さりとて視線を逸らすこともできなかった。眩く、圧倒的で、勇猛さと高貴さを過不足なく同居させたその佇まい。目を離すことを本能が拒絶する。まるで怯える小動物が天敵から目を逸らせないのと同じが如くに。

 

 これが、英──そこまで思考が至った瞬間、イグヴァルジは奥歯で己の口内を噛み切った。

 そうでもしなければ、怒りと情けなさでどうにかなりそうだった。

 

「前回はお互いに慌ただしかったから、まずは改めて自己紹介をさせてもらおう。私がこの街で冒険者の組合長を務めている、プルトン・アインザックだ。そしてこっちの瘦せっぽちがエ・ランテル魔術師組合長、テオ・ラケシル」

 

「紹介に与った瘦せっぽちのテオ・ラケシルだ。この筋肉馬鹿とは古馴染みでね」

 

 冗談交じりに自己紹介するアインザックとラケシルをイグヴァルジは冷めた目で眺めていた。その冗句からは直前までの張りつめた空気を払拭する目的が透けて見える。つまりは、空気一つにも配慮せねばならないほど両組合長はガレアという存在を重んじているということ。

 気に入らなかった。仮にも自分が所属する組織の長が、たった一人の男を相手に阿っているという事実が。そして何より、二人にそうさせるだけの存在感を当たり前のように示すガレアの在りようが。

 

「そして彼らが……あー、君と同じように私たちの招集に応えてくれたエ・ランテルが誇る冒険者チーム。ミスリル級の『クラルグラ』だ」

 

 アインザックが一瞬口籠もったのは、イグヴァルジの内心で強烈に渦巻く妬心を見て取ったからか。

 結局アインザックの紹介に対してイグヴァルジは一言も発さなかったが、代わりに失言を口にすることもなかった。黒々とした感情が籠もった視線ばかりは誤魔化しようがなかったが、それでもイグヴァルジにしては上出来な対応だろう。

 

 幸いにもガレアは気分を害した様子もなく、頷きながら興味深げに『クラルグラ』の面々を見渡している。

 まるでこちらを歯牙にもかけぬかのようなその態度に、イグヴァルジは更に苛立ちを深める。残念なことに、それが根拠のない言い掛かりに過ぎないと認識できるほどの冷静さは今の彼には存在しなかった。

 

「ではこちらも名乗ろう。我が名はガレア。遠くアノール・ロンドより此方(こなた)へ罷り越した流浪の騎士である。憚りながらミスリルの位を戴いておるが、冒険者としては未だ半人前の身。益々上進すべく鋭意努力していく所存なれば、何卒よしなにお頼み申す」

 

 冒険者らしくなく格式張った、妙に古風な言い回しである。しかしそれを奇妙だとは思わせない貫禄があった。声音は覇気に漲り、威風堂々たる物言いは絶対的な自負に満ちている。

 だが、ただ自信に溢れているだけではない。それだけならば傲慢さばかりが鼻についただろうが、そうと感じさせないのはガレアが確かな敬意を言葉と態度に表しているからだろう。冒険者という職、そしてアインザックら先達に対する敬意だ。その真摯さ故に漲る自負はそのままに、颯爽たる風韻すら醸し出していた。

 

 やはり彼こそは英雄であると、アインザックはその思いを強くする。

 実のところ、この世界において英雄と呼ばれるための条件は一つしかない。それは「強さ」。人品すら強さの一点の前には条件として霞んでしまうだろう。精神的に英雄である必要はない。ただ肉体的に超人であることのみが至上とされる。極論、実力が伴うならば犯罪者であっても英雄と呼ばれるに値するのだ。

 

 しかしガレアは違う。圧倒的な実力を具えるのみならず、精神性においても非の打ち所がない。

 こうして対面すればそれがよく分かる。英雄級の戦士の打倒、悪名高き魔術結社の高弟とそれに召喚された強大なモンスターの討伐。それほどの偉業を一夜の内に、それもたった一人で成し遂げておきながら、ガレアはそれを誇る様子が微塵もない。

 

 これが他の人間だったならば、功績を背景にもっと傲慢に振る舞うだろう。そしてそれは許される。強者であるということはそれだけで強大な権威を宿すからだ。

 翻ってガレアにはそれがない。功績を鼻にかけることはなく、ただ泰然自若としてそこにある。獅子は自らが獅子であることを誇示しないのと同じように、彼もまた必要以上に武威を誇ることはなく。それどころか力で劣るはずのアインザックらに対し礼を示す度量すら見せつけた。

 

 この大器こそが正しくその証であろう。英雄()なのではない。紛れもない()()なのだ。

 

 そうと感じたのはアインザックのみならず、ラケシルも……そして『クラルグラ』も同様だった。

 他のチームメンバーたちは素直な感嘆を表しているが、イグヴァルジはそうもいかない。そも、ここで素直に相手を称賛できるだけの余裕があるのならアインザックがこうも苦悩することはなかっただろう。

 

 とはいえ、ガレアについて予め説明されていたことが功を奏したのは確かだ。こういう男が来るのだという心構えがあったからこそ、イグヴァルジの態度はこの程度で済んでいると言える。そうでなければ開口一番暴言が飛び出していたことだろう。

 

「では早速本題に入りたいのだが……」

 

「その前に、兜ぐらい外したらどうなんですかねぇ。英雄サマは腕は立つようだが礼儀は知らないらしい」

 

 それでも嫌味ぐらいは口にしなければ収まりがつかないのがイグヴァルジである。それが徒に不和を齎す結果になろうと、ガレアという存在を認められない以上、とことんまで足を引っ張るのが彼のやり方だった。

 むしろ、積極的にガレアを怒らせようとさえしていた。たとえ自らの評価が多少なりとも落ちる結果となろうが、この気に食わない男の泰然とした態度を崩してやりたいと。そのような短慮に走る程度には今の彼は冷静さを欠いていた。

 

「よさないかイグヴァルジ! その程度のことで──」

 

「いや、結構。それが作法というのであれば従うとも」

 

 冒険者とは決してお行儀の良い職種ではない。相手を侮辱するような意図が明らかでもない限り、兜を取らなかったという程度で目くじらを立てる冒険者など殆どいないだろう。

 そこを敢えて言及したということに少なからぬ悪意を見出さずにはいられない。アインザックは思わず声を荒げるが、ガレアはそれを遮り黒騎士の兜に手を掛けた。

 

 多分に皮肉を含んだ物言いでこそあったが、イグヴァルジの言はそう的外れなものではない。重要な会議の場面で、それも初対面の相手もいる中で一人兜を被り素顔を晒さないというのは、まあ世間一般の常識に照らし合わせれば確かに失礼に当たる。

 ガレアがそれに気付かなかったのは決して礼を弁えていなかったからではなく、単純にアノール・ロンドにそのような作法が存在しなかったからというのが大きい。

 

 前提として、銀騎士はアノール・ロンドにおいて精鋭を誇る王族の近衛兵であると同時に、神の軍勢においてはただの一兵卒にしか過ぎない。銀騎士の内部において個々の練度の高低こそ存在するが、神の視点から見れば等しく「銀騎士」という名の盤上の駒、替えの利く雑兵(ポーン)でしかないのだ。

 つまりは、古竜戦争時代より数千年に渡り神に仕え戦い続けてきたガレアですら「銀騎士」という枠組みにおけるその他大勢の中の一騎に過ぎないということ。固有の名と位を持つ四騎士が例外なのであり、銀騎士にとって“個”というものは決して重要視されるものではなかった。

 

 人間からすると不思議に思えるかもしれないが、神という超越存在を頂点に戴くアノール・ロンドにおいてこれは至って自然である。人間が蟻の群れの中から個体を判別することができないように、神の視座からすればガレアも一般銀騎士も同じ「銀騎士」でしかない。大王グウィンが特別だっただけで、他の神などはガレアという名前を耳にしたところで態々覚えたりはしないだろう。

 

 結果として、神を中心に回るアノール・ロンドの銀騎士は“個”というものに固執しなくなった。元よりソウルの業に親しむ彼らは魂の波形から容易に他者を識別できるということもあり、人間のように「素顔を晒す」という行為に意義を見出すことは終ぞなかったのである。

 故に彼らは顔や名前という“記号”を特別視しない。古参も新参も全ての銀騎士は寸分の狂いなく同じ装備に身を包み、如何なる場合においても兜を取ることはなく、己である前に「銀騎士」であろうと徹した。むしろ、殊更に名乗りを上げたり鎧や武器に手を加えることで自己を主張しようとするガレアやレドの方が異端であったと言えよう。

 

 概ね以上のような理由により、ガレアは他者と接する際には被り物を払い顔を晒すべしという人間の習慣に無頓着だった。だから以前大王グウィンに謁見した際、ガレアもオーンスタインも兜を取らなかったのである。偏にその習慣がなかった故に。

 だが、それはあくまで神族の間でのみ通用する常識。そして今ガレアがいる場所はアノール・ロンドではなく人間の国家リ・エスティーゼである。異端は己であり、その振る舞いが非常識というならば改めるのに躊躇いはなかった。

 

 しかしイグヴァルジはガレアの反応に不満を持った。言ってみてから自分でも正直どうかと思う程度には──相手が標準的(つまりは血気盛ん)な冒険者だったなら即殴り合いの喧嘩になってもおかしくない──露骨に嫌味を込めてしまったにもかかわらず、相手はさして気にした様子もなく素直に非を認め、兜を取ろうとしている。

 残念ながら、イグヴァルジはこれを相手の器量として受け取ることができなかった。むしろ意に介されていないとして益々思考を硬化させる結果となる。

 

 だからだろう。止めておけばいいものを、苛立ち紛れに更なる失言が口を衝いてしまったのは。

 

変梃(ヘンテコ)な兜なんざ被りやがって。よほど自分の顔に自信がないのか、それとも何か後ろめたいことでもあるのかね」

 

 その言葉に込められたのは、双角という派手な立物(たてもの)に垣間見える衒気(げんき)への皮肉。そして見るからに高価で立派な鎧を持つことへの嫉妬。それらが綯い交ぜになった末に出た悪口雑言である。

 ──兜を取ろうとする手が、止まる。

 

 

 

 

「 ほ う ? 」

 

 

 

 

 直後に響く破砕音、大気を引き裂く豪風、金属が軋む耳障りな不協和音。

 気付けばガレアは総身に怒気を漲らせて立ち上がり、巨大な戦斧の刃をイグヴァルジの首に宛がっていた。

 

「……へぁ?」

 

「我が兜を哂ったな。主神より賜りし、騎士の装束を虚仮にしたか」

 

 音の正体はそれぞれ、立ち上がった勢いで椅子が粉砕した音、黒騎士の大斧を振るった際の風切り音、それを無理矢理止めたために手甲が軋んだ音である。

 

 彼らが感心していた器量と言う名の堪忍袋、その紐はイグヴァルジの一言で呆気なく千切れ去った。

 我への侮辱は許す。しかし神の恩寵、騎士の誇りたる兜を侮辱するのは許されぬと。それまでの寛容さが嘘のように激昂するガレアの剣幕から、イグヴァルジが図らずも特大の地雷を踏んでしまったことは明白であった。

 

 怒りが身体の内側から溢れて鎧を喰い破り、圧力を伴って放出されているかのようだった。その圧迫感たるや、まるで巨大な壁が迫ってくるかの如く。ガレアの巨体が更に一回り大きくなったと錯覚させる程の凄まじい憤怒である。

 

 この場にいるのはいずれも歴戦の冒険者である。『クラルグラ』は言うに及ばず、組合長のアインザックとラケシルもかつては凄腕で鳴らした優秀な冒険者だった。

 そんな彼らが今や、まるで獅子を前にした兎のように震え上がり声もない。何しろ相手が相手だ。前時代の覇者たる石の古竜との激戦を生き残り、廃都を埋め尽くす混沌のデーモンを滅びの際に追いやった戦歴(キャリア)数千年にも及ぶ神の従僕である。その身に蓄積された強大なソウルの器は、人間からすれば力が山を抜き気が世を覆うと形容されるレベルで化物だった。

 

 爆雷の如き赫怒が石造りの建造物を震撼させる。階下から響く悲鳴はガレアが放つ怒りの波涛に当てられた憐れな冒険者たちのものだろう。階を隔ててなおその有り様なのだから、怒りの根源を目の当たりにしているアインザックらの恐怖は想像を絶する。それこそ竜に睨まれたような心地だろう。

 ()()だけでそれなのだ。ましてや、真っ直ぐ殺意(それ)を向けられているイグヴァルジにとっては何をか言わんや。

 

「命拾いをしたな、(わっぱ)。もし貴様が虚仮にしたのが銀騎士の兜だったのなら、吾輩は怒りを制御できず首を刎ねていたであろう」

 

「────」

 

 もはやイグヴァルジは言葉もなく。怒涛のように押し寄せる怒りと殺意から意識を保つのが精一杯で、何かしら反応を返すような余裕などなかった。

 

 漆黒に染まった戦斧の刃はあまりに大きく、何を敵として想定し造られたのか想像できないほど重厚に過ぎた。刃の根本付近に至っては、一般的な両手剣の剣身ほどの分厚さがあるだろう。

 そんな暴力が形を取ったかのような兵器が、首筋に生えた産毛に触れるか触れないかというところにまで迫っていた。この寸止めが狙ってやったものならば言語を絶する神業と言う他ないが、十中八九これは偶然であろう。刃が首を断たんとした刹那に、辛うじて我を忘れる程だった怒りの制御に成功したに過ぎないのだと、この場の誰もが過たず理解していた。

 

 それ程までに兜を侮辱されるというのはガレアにとっての逆鱗だった。何しろ自分の名前すら兜に因んで付けているのだ。その思い入れたるや余人には想像できないものがあった。

 別に戦いの中で敵に傷付けられるのは構わないのだ。実際ガレアの兜はその戦歴を物語るかのように細かな傷に覆われている。だが、それが悪意によるものとなれば話は別だ。彼は“鷹の目”ゴーほど寛容ではない。もし騎士の誇りを貶めんとする悪意の下に兜を汚されるようなことがあれば、ガレアは地の果てまで下手人を追いかけ殺すだろう。

 誇りを汚すもの。神の恩寵を貶すもの。自らの信仰に懸けて、アノールの銀騎士はその一切を許すことはない。

 

 とはいえ今回はガレアへの中傷の出しとして兜が使われただけであり、ましてや物理的に兜が傷付けられたわけでもない。そしてアノール・ロンドの神々を知らぬこの世界の人間に神を貶める意図などある筈もなく、そういう意味ではガレアの怒りは見当違いと言えなくもなかった。

 無論知らなかったから許されるという話でもないが、情状酌量の余地はあって然るべきだろう。何よりガレアは瞬間的な怒りの上昇値こそ高いが、その感情が長続きするようなタイプではなかった。イグヴァルジの怯え切った顔を見たガレアは大きく深呼吸をすると、まるで火山噴火のようだった怒りを鎮静化させ、手にした大斧をソウルの塵と化し存在を霧散させた。

 

「……失礼した。吾輩ともあろうものが怒りで我を忘れるとは、まさに汗顔の至りである」

 

「あ──あ、ああ……いや、先に失礼な態度を取っていたのはイグヴァルジだ。ガレア君に非はないだろう」

 

 爆発的な怒りの波涛が収まったことでようやく呼吸を再開したアインザックは、びっしりと額にかいた冷や汗を拭いつつ何とか言葉を絞り出した。

 

「いや、理由はどうあれ先に手を上げてしまったのは吾輩である。感情に任せ剣を抜き、剰え人に向けるなど匹夫の如き醜態。如何なる処罰も甘んじて受ける所存だ」

 

「そうか……いや、ならば喧嘩両成敗ということでいいだろう。冒険者同士の喧嘩なんて日常茶飯事だ。結果的に大事には至らなかったのだからどうという事はないさ」

 

 果たして“喧嘩”で片付けて良いものだったかはさておき、客観的に見ればガレアに非がないのは明らかである。

 むしろ幼稚な感情論で要らぬ諍いを引き起こし、忠告していたにもかかわらず平然と重要人物の地雷を踏んづけていったイグヴァルジにアインザックは少なくない怒りを覚えていた。

 

 しかし顔面蒼白にして息を荒らげ、何とか意識を保っているというような状態のイグヴァルジを叱責する気になれないのも事実だった。

 少なくとも、今この場で話を蒸し返してまで責任を追及するべきではない。ここは恥を忍んでガレアの申し出に乗り、多少無理矢理にでも場を収めるのが最善であるとアインザックは判断した。そうでなければ一向に話が進まない。ここに来てもらったのは『クラルグラ』と対立させるためなどではなく、あくまで昇格のための依頼を受けて貰うのが目的なのだから。

 

 斯くしてようやく本題に入ったアインザックは、先程『クラルグラ』にしたのと同じ内容をガレアに説明する。トブの大森林の奥地にあるという霊草の採取。これを成し遂げた暁には、間違いなくガレアをアダマンタイト級に昇格させるという約定も申し添えて。

 

「だが、ガレア君が望むなら『クラルグラ』ではなく『天狼』か『虹』に協力を要請しよう」

 

「お気遣いなく。組合長殿がその力量を見込んで協力を要請したというのならば、彼らの実力は疑うべくもない」

 

 ガレアは改めて兜に手を掛ける。漆黒に染まる鋼の内から束ねられた銀髪が零れ、遂にその素顔が露わとなった。

 

 齢にして三十後半から四十前半といったところだろうか。髭はないが刻まれた皺は確かな年齢を感じさせる。声音に宿る瑞々しい覇気からもっと若い姿を想像していただけに、自分より年上にも見えるガレアの姿にアインザックらは僅かな驚きを覚えた。

 顔立ちについては文句なしに整っていると評して差し支えないだろう。繊細さよりも精悍さを強く感じさせる彫りの深い表情。そして透き通るような白皙と、髪と同色の白銀の瞳は全身を覆う漆黒の甲冑に反するような白妙の色彩である。

 

 戦士の雄々しさと貴種の気品を併せ持つ、正に英雄然とした風貌の益荒男だった。実は密かに鬼種(オーグル)巨人種(ジャイアント)とのハーフなのではないかとその正体を疑っていたアインザックとラケシルだったが、兜の下から出てきたのが普通の人間の顔であることに安堵した様子だった。

 無論、亜人の血を引いているぐらいで問題にするつもりなど皆無だったが、王国は人口の九割以上を純粋な人間種が占めている人類国家である。法国のように人間至上主義を掲げているわけではないにしろ、やはり奇異の目で見られてしまうことは避けられないだろう。生じる得る面倒事を思えば、ガレアが超人的な体躯を持つだけの人間に過ぎなかったことは歓迎すべきことであった。

 

「銀騎士ガレアの名において、必ずやこの任務を成功させると誓おう。その成果を以て先の醜態を雪がせて頂きたく」

 

「ああ、よろしく頼むよ。吉報を期待している」

 

「安んじてお任せあれ」

 

 兜を大事そうに小脇に抱え、優雅に一礼してみせるガレア。さらりと白銀の髪が動作に合わせて流れる。

 その姿には先程までの鬼神の如き荒々しさも、難行を前にした緊張や不安も見られない。至って自然体だ。

 

 英雄が自然体でいるのだ。もはやガレアがこの依頼を恙なく完遂することをアインザックは疑っていなかった。

 だがもし万が一にも失敗するならば──その時はガレア自身ではなく、それ以外が原因となる可能性が高いだろう。

 

「分かっているなイグヴァルジ。ガレア君が許した以上もう何も言わないが、また問題を起こすようなら、その時は……」

 

「……承知、しています」

 

 念を押すアインザックに対し、イグヴァルジは何とかその一言を絞り出す。

 先の一幕で既に彼我の格付けは済んでしまった。ガレアが凄み、イグヴァルジは怯んだ……実力と気迫の双方において優劣がはっきりした以上、今後イグヴァルジが何を言おうが弱者の妬み僻みにしかならないだろう。

 そして冒険者にとって評判は命である。もしイグヴァルジが下らない嫉妬で他の冒険者に暴言を吐くような男だという評判が知れ渡ってしまえば、それは今後の冒険者生命にもかかわる。

 

 イグヴァルジとて分かっている。これは組合長として、これまで組合に貢献してきた冒険者へ与える恩情であるのだと。

 アインザックからしてみれば、ガレアの怒りを買う危険を冒してまで『クラルグラ』に拘る理由はない。今度こそ『天狼』か『虹』に依頼し直せばいいのだ。それをしないのは、今し方の失態を払拭するチャンスを与えてくれたからに他ならない。

 

 イグヴァルジは『クラルグラ』のリーダーとして、私情を捨ててガレアをサポートしなければならない。不満はあれど、この期に及んでその感情を表に出すような愚は犯せない。それをしてしまえば自身の進退を窮めるばかりではなく、折角チャンスを与えてくれたアインザックの顔に泥を塗る結果となるだろう。それだけは避けねばならないと、そう判断できる程度には冷静さを取り戻していた。

 

 とはいえ、一朝一夕でガレアとの間にある──多分に一方的なものだが──蟠りが解消されることはないだろう。

 相手が英雄である限り、イグヴァルジと相容れることは決してないのだから。

 




破滅の竜王編改め、イグヴァさん改心RTA編開幕。

歯牙にも掛けられていないとか意に介されていないとかで憤慨していたイグヴァさんですが、実は強ち言い掛かりでもなかったりします。悪意なく軽んじていると言うべきか、きゃんきゃんと吠える子犬に悪感情を抱かないのと同じ理屈でガレアは基本的に人間のことは眼中にありません。
ただし大事なもの()を傷付けられたら子犬といえど容赦はしないスタンス。

ガレアの価値観としては、まず前提として自分たち神族は人間(小人)より上位にある存在だと認識しています。見下しているというほど明け透けではないにしろ、ナチュラルに上から目線な感じ。
その上で、自分と同じ戦士(この場合の戦士は“職業:戦士”ではなく“戦闘者”を指すため魔術師なども含まれる)だと評価が上がります。更に実力と高潔な精神が伴えば、小人であっても限りなく対等な立場の存在として接するでしょう。今のところはガゼフがギリギリこれに当て嵌まります。

逆にそれ以外の人間に対しては、場合によっては傲慢ともとれる態度で接するでしょう。ただの人間なら儚い庇護対象として寛容に接するものの、これが貴族だと「弱いくせに威張ってる鼻持ちならない奴」という認識になります。個として傑物であるならともかく、人間社会の権力者というだけで相手に敬意を払うことは決してありません。それが一国の王だったとしても同様に。
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