銀騎士珍道中 作:自称・エリート銀騎士
アノール・ロンドを守護する古き銀騎士、ガレアが愛用した日記帳
かつて上質な装丁で飾られていたそれは、今や見る影もなく焼け焦げ、最初の火の炉に置き去りにされていた
火の炉で不死の英雄を待つ大王グウィンは、最後には自我なき燃え殻と成り果て
だが、最後までこれを手放すことはなかったという
迷子の銀騎士:1
目が覚めると、吾輩はどことも知れぬ森の中で倒れていた。
灰を散らしながら身体を起こす。全身が焼けるように熱い。
だが、火に炙られる苦痛はイザリスで散々に経験した。吾輩は身体の痛みを無視して立ち上がる。
……さて、ここはどこなのだろうか。
いや本当に見覚えがない。吾輩が良く知る王家の森庭とは違うし、果たしてこの森は何なのか。
というか、そもそも吾輩は火の炉にいたのではなかったのか? 確かに吾輩はこの目で偉大なるグウィン王の玉体に火が灯ったのを見たし、大いなるソウルの爆発も全身で感じ取った。直後に我が身を襲った灼熱も克明に覚えている。あれは決して夢ではなかった。
うぅむ、どうも頭がぼーっとして上手く思考が回らない。周囲に手掛かりはなさそうだし、この場に留まっても収穫はなさそうだ。ともかく移動するとしよう。
空を見上げれば、天には輝く太陽がある。うむ、いつ見ても太陽は良いものだ。我らが王の威光を全身に浴びるのは心地が良い。
……何やら違和感を感じぬでもないが、まあ良い。ともかく困った時は太陽だ。太陽に向かって歩けばいずれアノール・ロンドに至る。迷子になった時、吾輩はいつもこうして王都に帰還したものだ。
念のため対デーモン用の大剣を右手に担ぎ、左手に持った盾をいつでも構えられるようにしながら進む。エリートたる吾輩は常在戦場の心構えを忘れたことはない。たとえ急に木の陰から亡者が飛び出してきても問題なく対処できるであろう。
尤も、哀れに干乾びた亡者では吾輩の肉体に傷を付けることなどできないだろうが。
……
…………
うーむ、一面のクソ緑。
ちょっとこの森広すぎじゃない? 吾輩そろそろ足が棒になりそうなのだが。
ただでさえ長い道程を旅して最初の火の炉に辿り着いたのに、何故またこんなに歩かされなければいかんのだ。
あと身体が熱い。そこまで苦しいわけでもないのだが、やはり違和感は拭えない。もしや風邪でもひいた? 神族が人間の病に罹るなんて話は聞いたことがないが。
それとも吾輩の身体が熱いのではなく、この土地の空気が熱いのか? よく見れば遠くの方に煙が立っているし、空気の乾燥と熱で山火事でも起こったか──
いや、違う! 風に乗って馴染みある臭いが漂ってきた。これは紛れもなく戦場で嗅ぎ慣れた血と鉄の香り。
ならば遠くに見えるあれは山火事ではなく、人為的に起こされた火による煙に違いない。
ようやく手掛かりのお出ましというわけであるな。何やら物騒な気配ではあるが、まあ良い。変わらぬ森の景色にも飽いていたところだ。早速向かってみよう。相変わらず身体は熱を持ってるし疲労で重いしで万全とは言い難いが、ファイトだ吾輩!
太陽あれ!(我慢) 太陽あれ!(気合)
城塞都市エ・ランテルの北東、広大なトブの大森林の外れに位置する小さな開拓村、カルネ村。これといった特産品もなく、貧しくはないが特別豊かでもない辺境の村がエンリ・エモットの故郷であった。
エモット家の長女、エンリは十六歳の村娘である。両親は健在、十歳の妹が一人いる。至って普通の仲睦まじい四人家族であり、他の家と同様畑を耕して毎日平和に、それはもう平和に暮らしていた。
何しろこの村は約百年前にトーマス・カルネなる者の手によって開拓されて以来、現在に至るまで碌にモンスターの襲撃を受けたことがない。それというのもカルネ村は森の賢王なる強大な魔獣の縄張りと隣接しており、森の賢王を恐れてモンスターが寄り付かないからだ。
だから一般的な村であればあって然るべき防護柵なんてものはない。外敵を警戒する必要がない故の合理的判断というものであろう。エンリもまたそんな特殊な立ち位置にある村の恩恵を受けて生きてきたため、生まれてこの方身の危険といったものを感じたことがなかったのだ──今日この日までは。
その日、村の平穏は唐突に破られた。何の前触れもなく平和だったカルネ村に謎の武装集団が雪崩れ込んできたのである。
帝国の騎士だ、と村の誰かが叫んだ。王国民であり女であるエンリは帝国の騎士など見たことはなかったが、この村の男たちは毎年決まった時期になると帝国との戦争のため王国からの徴兵に応じ戦地へ向かう。帝国騎士の見た目を知っていてもおかしくはない。
鎧が擦れる金属音。無遠慮に村の領土を踏み荒らすけたたましい足音。鈍く光る刃が走り、明瞭な殺意の一閃を浴びた村人が血を噴いて倒れた。
怒号と悲鳴が村に響く。これが白昼夢ではないのだとようやく悟った村の住民は、我先と迫る帝国騎士に背を向け逃げ出した。
だが、百年の平和の代償は大きい。非常時の備えなど何もないカルネ村には、外敵が村内に侵入してきた際のマニュアルが欠如していた。ある者は意味もなくただ叫び、ある者は鍵もない薄い戸を閉ざし家に籠もる。またある者は村の外に逃げようと走るも、誰も彼もがてんでバラバラの方向に逃げるためあちらこちらで衝突事故が多発する始末。
騎士たちにとってはさぞ容易い捕り物であったことだろう。村人は次々と斬り殺され、あるいはひっ捕らえられ村の中央に引き摺られていく。
エンリも同じ末路を辿る定めにある筈だった。だが、エンリの父親の行動が不可避の運命を覆す。彼は良き父であり、愛する家族のためならば如何なる難行にも身を投じる勇気を胸に宿した男だった。
たとえ、自らの死が不可避と知っていても。
「お前たち、逃げろォォ!!」
父親は愛する妻と娘たちに叫び、今にも家に押し入ろうとした騎士に全力で体当たりをした。
全くの無力と思われた村人のまさかの反抗に、虚を突かれた騎士は父親の全体重を乗せた突進を受け止め切れずもんどりうって転倒する。だが、それが癪に障ったのだろう。騎士は激昂し自らに組み付く父親を乱暴に引き剥がすと、逆手に持った両刃の剣の切っ先を勢いよく肩に突き刺した。
父親が激痛に叫び、噴出する血が地面を濡らす。目と鼻の先で起きた惨劇に硬直するエンリと妹のネムの手を取り、母親は湧き上がる激情を堪えて家を出た。愛する夫が生み出した奇跡のような時間、たった一瞬たりとて無駄にはできぬと。
そうだ、それでいい。妻は決して期待を違えなかった。恐怖に足を止めることなく、命よりも大切な娘たちを逃がすべく動いてくれたのだ。
強い女だ、きっと生き延びてくれる。どうか生き延びてくれ。乱暴に引き抜かれた剣が今度は己の心臓を照準しているのを眺めながら、父親は妻子の無事を天に願った。
果たして、その願いが天に届いたかは誰にも与り知らぬことではあるが。
父たる男の勇気ある行動が生み出した僅かな時間は、結果的に
巨大な影が日を遮る。今にも剣を不届きな村人の男へと突き込もうとする騎士の背後より、日光を背負った
成人男性の身の丈ほどはあろうかという巨大な剣、その黒く厚い刃が騎士の頭から股下までを一直線にかち割った。真っ二つに身体を別たれた騎士は、最後までなにが起こったか知らぬままに絶命する。
噴出する血飛沫と零れる臓物が父親の身体を汚すが、彼はそれを気にする様子もなく帝国騎士の背後より現れた影を凝視する。逃げようとしていた母親も、手を引かれるエンリとネムも、思わず足を止め呆然とその存在に見入った。
それは二メートルを優に超える規格外に長身の戦士だった。全身を精緻な紋様が刻まれた漆黒の鎧で覆っており、右手には巨大な剣を、左手には大盾を携えている。武装のいずれもが鎧と同色の漆黒であり、まるで火炎に炙られたように光返さぬ黒に塗り潰されていた。
「……人の子らの諍いに介入するつもりはなかったのだが。力ある者が力なき者を一方的に襲い、命奪う様は見るに堪えん」
抑揚少なく、だが明確に怒りの感情を湛えた低い声が双角の兜の内より響く。スリットの奥は影が差し見通せないが、エンリはそこに冷徹な帝国騎士とは異なる色の視線を感じ取った。
「あ、あなたは……」
「名も知らぬ小人の男よ、非力なその身でよくぞ刃に立ち向かった。その勇気に敬意を表し、我は義によって汝らの力とならん」
戦士は巨大な剣をまるで枯れ枝のように振るい、遠心力によって刀身に纏わりついた血を振り払う。
気付けば、戦士を中心とする一帯の空間には沈黙が落ちていた。周囲の帝国騎士たちはその圧倒的な存在感に村人を襲う手を止め、いとも容易く人体を割断してのけた戦士の一挙一動を恐々と眺めている。
ギロリ、と兜の奥より剣呑な眼差しが遠巻きにする帝国騎士たちに注がれた。
「──畏れよ小人。我こそは栄光のアノール・ロンドを守護せし神々の僕、銀騎士ガレアである」
頭から爪先まで漆黒に染まったその戦士は、自らを銀騎士と名乗った。
吾輩は激怒した。必ず、かの野蛮な鎧の小人どもを除かなければならぬと決意した。
吾輩には小人の世の道理が分からぬ。吾輩は、アノール・ロンドの銀騎士である。神々の住まう都で華やかに暮らしてきた。故にこそ邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
小人は群れる生き物だ。幾匹かが集まって村となり街を作り国を生む。偉大なるグウィン王の治世の下であっても、愚かな小人どもは幾つかの国に別れ争っていた。
それを悪とは言わぬ。かつて大王が古竜と争ったように、あるいは吾輩たちが混沌のデーモンと殺し合ったように。種族が違えば、部族が異なれば争いは生まれよう。悲しいがこれは自然の摂理である。
だが、強きが弱きを虐げるは争いとは言わぬ。生存競争の上に成り立つ必然の闘争ですらない。ただの悪逆だ。獣畜生以下の蛮行である。吾輩が目の当たりにしたのは、そんな小人どもの生み出す地獄絵図であった。
きっと長閑であっただろう村に火の手が上がる。傲然と闊歩する蛮族の足音が平和を蹂躙する。
焼け落ちる村の有り様は、まるで斜陽に向かう王都を見ているようで。それがどうにも吾輩の神経を逆撫でた。
「抗う術を持たず、哀れに逃げ惑う
逃げる小人の背に追い縋り、鎧纏う小人は手にした剣で切り伏せる。絡繰りのように冷徹に。あるいは悪鬼のように残虐に。惨劇は村の至る所で繰り返された。
「気に食わん」
吾輩は神ではないが、人ならぬ神族に連なる超越者である。不朽の古竜ほどではないが肉体的に頑丈で長きを生き、小人とは比べるべくもなく強大なソウルを身に宿し人ならぬ神秘に精通する。
故に吾輩は積極的に小人と関わろうとはしてこなかった。人間には人間の、神族には神族の領分がありそれぞれの世界の道理がある。不用意に交わっては歪みを生もう。何しろ我々の力は小人には大きすぎる。
人の世の悪であろうとそれは例外ではない。人の膿は人の手で除かれるが道理。如何にその光景が腹に据えかねようと、人ならぬ吾輩が一時の感情で介入するべきではない。
だが──今この場に、悪に抗う力を持つ者はいない。この吾輩を除いて。
「…………」
城壁より弓を射かけ、天翔ける飛竜すらも正確に射貫く吾輩の自慢の視力はその時、ある男のとった行動に釘付けとなった。
寸鉄も帯びぬ丸腰。鎧纏う小人と比べ明らかに非力でありながら、しかしその男は守るべき者を救うために単身悪へと挑み掛かったのだ。
「天晴れ見事」
思わず呟いていた。戦う術を持たぬ身でありながら死中へ飛び込むとは、費やされた勇気の量は如何ばかりか。吾輩、貴公のその姿に太陽を見た。
「うむ、うむ。それほどの勇気と覚悟、報いがなくば道理が立たぬ。
確かに人と神は交わるべきではない。だが、信仰篤き勇者には古来より神の加護が付き物だ。
──ならば些か不遜ではあるが。今ここにはおらぬ神に代わり、神の僕たる吾輩がその勇気に報いるとしよう」
腹は決まった。規律に厳しい騎士長殿も今はおらぬし、少しぐらいは構うまい。
吾輩は森を飛び出し、イザリス遠征で培った足腰の強さを発揮して瞬く間に現場へと急行する。そして男の心臓に刃を突き立てようとしていた小人を縦に斬り割った。
……危ない危ない。地味に間一髪であったわ。
「あ、あなたは……」
震える声で吾輩を見上げる男を見下ろす。
やはり小さい。そして悲しいほどに非力だ。
だが誇るがいい。貴公の勇気は見事、吾輩の心を動かしてみせたのだから。
「名も知らぬ小人の男よ、非力なその身でよくぞ刃に立ち向かった。その勇気に敬意を表し、我は義によって汝らの力とならん」
そう告げ、周囲を取り囲む鎧纏う小人共を睥睨する。
何やら帝国騎士などと呼ばれていたようだが、こんな輩を吾輩は騎士などとは認めん。良くて蛮族の戦士辺りが妥当であろう。
「畏れよ小人。我こそは栄光のアノール・ロンドを守護せし神々の僕、銀騎士ガレアである」
神々の僕、と口走った辺りで小人共が何やら酷く怯えたように狼狽えた。
ふふん、さもあろう。人の子にとって神罰ほど恐ろしいものはあるまい。だが全ては自業自得、己の蛮行は己が命で贖うがいい。
案ずるな、痛みは一瞬だ。吾輩は優しいからな。速やかに墓王の御許へ送ってくれよう。
すっかり手に馴染んでしまった対デーモン用の大剣を振り上げ、一瞬で間合いを詰めた吾輩は小人の一人を勢い良く叩き潰した。
かつて対峙した混沌のデーモンは強大であり、故に体重を乗せた独特の戦技が生まれた。見上げるようなデーモンでさえ一撃で葬り去った吾輩の踏み込みからの叩き付け、如何に鎧を纏おうと小人に耐えられる筈もなく。それは地面に大きな血の華を咲かせる結果となった。
敵わぬと見たか小人どもは村の中心に向かって逃げ出した。恐らくそこにいる仲間を頼ろうという魂胆であろうが、無駄なことだ。小人が幾ら集まってもこの銀騎士ガレアには到底及ばぬということを教えてやろう。
辺りに転がる村人たちの死骸を横目に、逃げる背中を追って村の中央の広場に踏み入る。すると、隊長格と思しき男を中心に陣を組んだ小人共が吾輩を迎え撃たんと構えている姿が目に入った。
そしてその後ろでは集められた村人たちが怯えた様子で震えている。雷の槍で纏めて吹き飛ばしてやろうかと考えていたが、それでは村人たちに当たってしまうな。仕方がない、丁寧に磨り潰していくとしよう。
隊長の指示の下、十を超える剣が吾輩に向かって迫る。小賢しくも時間差をつけて回避を困難にしているようだが、相手が悪かったな。避けるまでもなく吾輩は大剣を大きく薙ぎ払い、十人を纏めて斬り捨てた。
それを見て隊長は目の色を変えるが、もう遅い。何か指示を飛ばされる前に吾輩は一塊となる陣形の中に突撃した。
後はもう消化試合である。呆気なく連携を崩された小人に為す術なく、盾の尖った部分で頭蓋をかち割り、大剣の一振りで上下に割断する。何度か小人が振るう剣が吾輩の鎧を叩くが、混沌と対峙するべく神々の鍛冶技術で鍛えられた鎧がその程度で砕ける筈もなし。
「……神よ!」
絶望に血の気を引かせた小人が神の名を叫びながら突貫する。
死の際に信仰に目覚めたか。だがその絶望は貴様らが今の今まで無辜の村人らに与えていたものだ。これぞ因果応報というものであろう。吾輩にできるのは、せめて痛みを感じさせる間もなく、慈悲深き刃の一閃で速やかに命を絶つことである。
「退却する! 時間を稼げ!」
隊長の一喝で恐慌を起こしていた小人らが僅かに正気を取り戻す。すると小人の一人が笛を取り出し、高らかに音を響かせた。
同時に村の外から馬蹄を打ち鳴らす音が聞こえてくる。騎馬の機動力で速やかにこの場を離脱する腹積もりであろう。だが──
「生憎と、吾輩は動体を射貫く腕にかけては銀騎士の中でも一番を自負していてな」
流石に“鷹の目”殿には敵わないが、それでも地を駆ける馬を射貫くぐらい目を瞑っていてもできる。吾輩はソウルの器より竜狩りの大弓を取り出すと、まるで槍の如き大矢を番え弦を引き絞った。
アンカーが大地を穿った時点で既に吾輩は照準を終えている。弦に漲った張力が解放される音が激震と共に大気を震わせ、直後、こちらに向かって駆けていた馬が複数纏めて胴を射貫かれ血肉を地面にばら撒いた。
倒れた馬と騎手は慣性に従って大地を赤く染めながら激しく転がる。その様を唖然と眺める小人共を尻目に、吾輩は動揺が走る残った騎馬隊を睨み右腕を構えた。
今もなお失われぬ太陽の光の加護が吾輩の総身に雷気を漲らせる。黄金に輝く雷光は一点に収斂し、輝ける大槍となって掲げた右手の内に顕れた。
「アノール・ロンドの神々も照覧あれ。火が陰ろうと我が信仰に曇りなく、我が雷光は過たず神敵を穿つであろう!」
手の中で暴れる稲光を完璧に抑え込み、吾輩は天に向かって雷の大槍を投げ放つ。すると虚空を穿ち炸裂した大槍は幾重にも別たれ、複数の槍となって騎馬隊の頭上に降り注いだ。
かつて群れる雑竜の掃討に用いた降り注ぐ雷光の奇跡。一つ一つの威力は小さいが、相手がただの馬であればむしろ過剰だ。ましてや跨る騎手にとっては致死の雨となろう。金属の鎧は雷をよく通す故な。
「これぞ太陽の光の奇跡。大いなる神々の御業である。
……さあ、これでもはや貴様らに逃げ道はない。諦めて我が剣の錆になるがいい」
再び大剣と盾を握り直し、残る小人共に向き直る。すると彼らは力なく膝をつき、我先と剣を地に放り投げた。
戦意を失ったか。それを情けないとは言わぬ。弱者を嬲ることしかできぬ小人にエリート銀騎士たる吾輩の相手は辛かろう。絶望に心折れても仕方がない。
吾輩は高潔なる銀騎士。戦いの意志を放棄した者に向ける刃は持ち合わせておらん。……この者たちの処遇は、この村の人間が決めるであろう。どのような判決であろうと甘んじて受け入れることだ。
「さて、取り敢えずの危機は去った。安心するがいい、村の小人たちよ」
呆然とする村人たちに向き直り、吾輩は努めて柔らかい声でそう呼び掛ける。その一言で自分たちの命が助かったことを悟ったのだろう。息を潜めるように震えていた彼らはようやく一息ついたように肩の力を抜いた。
「あ、ありがとうございます……何とお礼を言ったらよいか……」
「良い。吾輩は善意ではなく、己が信条のため動いたに過ぎぬ。感謝ならば吾輩をその気にさせた勇者に言うがよい」
「はぁ……」
恐らく村長なのだろう。吾輩からすればみすぼらしいが、他の者よりは上等な衣服に身を包んだ壮年の男が代表して礼を告げながら吾輩に歩み寄る。
彼の視線からは感謝の念が半分、警戒の念が半分ほど感じられる。不敬とは言うまい。非力な小人からすれば武装した神族は敵でないと分かっていても恐ろしかろう。気配り上手な吾輩は大剣と盾を自らのソウルの器にしまい込んだ。
突然消失した武装に驚くも、明確な凶器が消えたことで幾らか安心したのであろう。幾分視線が和らいだ村長はもう一度頭を下げると、いっそ過剰なほど恐縮しながら吾輩が何者なのかについて尋ねてきた。
ふむ、ならば今一度我が名を聞くがいい。大王より直々に忠臣と認められた、誇り高き我が名を!
「我が名はガレア。神々の座す栄光のアノール・ロンドを守護せし古き白銀の騎士。銀騎士ガレアである!」
吾輩の名乗りに小人たちはどよどよとざわめいた。
ふふふ、吾輩の素晴らしい名乗りに声もないようだな。……何やら困惑しているようにも見えるが、きっと気のせいであろう。
なに? 黒いのに何故銀騎士なのかだと? 何を馬鹿な……確かに対混沌の黒銀鎧は銀と言うにはやや黒っぽいが、まだギリギリ銀騎士と言い張れる色合いだった筈──
「…………あれ?」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!
アァアアア鎧の色がァ!! 鎧の色が変わっているぅぅ!!
こんなんじゃ吾輩、銀騎士じゃなくて黒騎士になっちゃいましゅうううぅぅぅぅ!!!!