銀騎士珍道中   作:自称・エリート銀騎士

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銀騎士(時々黒騎士)冒険譚:1

 「太陽の光の癒し」──太陽の光の王女グウィネヴィアに仕える聖女たちに伝えられる特別な奇跡であり、癒しの奇跡の中でも最高峰の御業であるとされる。

 

 その効果は凄まじく、自分を中心に致命傷や四肢の欠損すら瞬時に回復する癒しの光を周囲一帯に振り撒く。吾輩も何度かその恩恵に与ったことがあるが、あれは素晴らしいものだ。古竜の顎に砕かれ襤褸雑巾のようになった身体すらも回復され、即座に戦線復帰できるようになった時には流石の吾輩も夢でも見ているのかと思った程である。

 全てに愛された王女グウィネヴィアの奇跡はその恩恵を広く戦士たちに分け与えた。古の竜たちとの戦いにおいて、不朽のウロコ持たぬ我々が戦い続けられたのはこの奇跡に依るところが大きいであろう。

 

 まあ吾輩には使えないのだが。だって吾輩聖女じゃないし、そもそも王女の守護を放り出して火継ぎの旅に出た不忠者だし。王女の守りの誓約を捨てた吾輩にこの奇跡の使用は許されていないのである。

 悔しくなんてないし。ホントだし。

 

 まあともかく、吾輩に太陽の光の癒しは使えない。だが癒しの奇跡を全く扱えないというわけではなく、効果は一段下がるが幾つか回復の奇跡を修めている。

 その一つが「大回復」である。その名の通り大きく生命力を回復する奇跡であり、これは小人の間では高位の聖職者しか扱えぬ偉大な奇跡とされる。大回復に纏わる神の物語は膨大であり、教養高く、何より信仰に篤い者にしか修めることができないからであろう。勿論、神々への信仰心においては銀騎士随一を自負する吾輩は当然の如くこの物語を網羅していた。

 

 そら、神の恵みをありがたく受け取れ! 太陽あれ!(大回復) 太陽あれ!(大回復)

 

「おお、傷が治った!」

 

「目が、目が見えるぞ!」

 

「奇跡だ!」

 

 吾輩の奇跡で次々と傷を癒され、驚愕の表情で立ち上がる村人たち。太陽の光の癒しほど絶対的なものではないが、大回復も人の身には十分すぎる奇跡である。これを機に貴公らも太陽の光の神への信仰に目覚めるがよい。

 

「……何度見ても凄まじいものだ。天使を圧倒する程の剣と魔法を扱い、更にこれ程の回復魔法すらも使いこなすとは。逸脱者とはガレア殿のような者を言うのだろうな」

 

「おお、ガゼフ殿」

 

 神の奇跡に涙する村人たちを満足げに眺めていると、背後から戦士長……いや、ガゼフ殿が声を掛けてくる。

 先日の戦いを乗り越えた吾輩たちは互いを名前で呼び合うようになった。これは遂に吾輩にも三人目の友人ができたと言っても過言ではないのではなかろうか。“深淵歩き”アルトリウス殿も灰狼や白猫と友誼を結んでいたわけだし、小人を友達にカウントしても構うまい。

 ちなみに戦士団の中で最も重症だったガゼフ殿はいの一番に回復させた。何しろ炎の剣で腹を貫かれていたのでな、後回しにしては死んでしまう恐れがあったのだ。

 

 奇跡詠唱のために跪いていた吾輩は立ち上がり背後を振り返る。そこにはすっかり元気になった様子のガゼフ殿が立っており、その更に背後には生き残った部下たちが勢揃いしていた。

 

「もう出立するのかね?」

 

「ああ、事の顛末を早く王にお伝えしなくてはならないからな。ガレア殿のお陰で捕虜にできた法国の者らを連行する必要もある」

 

 ガゼフ殿は横目で部下たちが厳重に固めている場所を見る。そこには帝国の鎧を剥ぎ取られ、粗末な服装で縄に繋がれた法国の騎士たちの姿があった。

 彼らは最初にカルネ村を襲撃した法国の小人である。そこに平原で対峙した魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちの姿はない。

 

「すまぬな、勝手に帰してしまって」

 

「いや、我々は力及ばず負けた身だ。結局最後までガレア殿に頼り切りだったのに、どうこう言えるような立場ではないさ」

 

 吾輩が敵をみすみす生かして帰したことを詫びると、ガゼフ殿は気にしていないと笑って許してくれた。

 

 最高位天使……ど、ど……ドミニク・オリジナリティとかいう天使を倒した後、意気消沈した様子の隊長を吾輩は殺さず国へ帰した。再三繰り返したように、吾輩は国同士の争いに介入するつもりはない。戦争とは自らが死ぬ可能性を覚悟した者同士の戦いであり、その中で生きるも死ぬも小人たちの自己責任だ。神族たる吾輩の関与するところではない。

 だがカルネ村で起きたあれは戦争ではなく、強者による弱者への一方的な命の搾取であった。所詮は人の世の悲劇とはいえ、全てを見て見ぬ振りするのは憚られた。それ故に居ても立っても居られず介入したが……あの者らが村に手を出す気がなくなった時点で吾輩に戦う理由はなくなってしまった。敢えて見逃したのにはそういう経緯があったのである。王国にとっては甚だ不本意であろうがな。

 

「ではな、ガゼフ殿。貴公の息災を祈っておるぞ」

 

「……やはり共に来て下さるつもりはないか。せめて王とお会いになっては頂けないか? ここカルネ村は国王の直轄領。貴殿はそこに住む民を救って下さった英雄だ。きっと王は喜んでお会いになるだろう」

 

「残念だが特定の国家と深く関わるつもりはないのだ。でないと愛着が湧いてしまいそうなのでな」

 

 正味、こうしてガゼフ殿と親しくしている時点で吾輩的にはかなりのグレーゾーンなのだ。何せ彼は王国戦士長、国家の重鎮である。辺境の村と交流するのとはわけが違う。

 それに、吾輩はこの世界のことについてあまりに無知だ。ガゼフ殿の為人(ひととなり)からは全く想像できないが、どうもリ・エスティーゼ王国は国として腐敗を極めているらしい。これも所詮は法国人からの情報に過ぎないため鵜呑みにはできないが……だからこそ吾輩はこの目で見極める必要がある。

 

「ガゼフ殿。吾輩は旅をしようと思っているのだ」

 

「旅?」

 

「うむ。既に貴公も知っての通り、吾輩は人間ではない。我らは自分たちを神族と自称しているが……分類的には先日戦った天使に近いと言えるだろう。肉体よりも(ソウル)に存在の比重を置く霊的生命体、と表現するべきか」

 

 それでも竜や巨人よりは人に近いのだが。竜なんてあれ石とか植物みたいなものだしな。

 

「何の因果かこうして人の世界に降り立ってしまったが、これも神の思し召しよ。どうあれ人と関わらざるを得ないなら、しっかりとこの目で人の世を見極め、その上で身の振り方を判断するべきであろう」

 

「だから旅に出る、というわけか。……であれば、どうだろう。冒険者になるというのは」

 

「冒険者とな?」

 

 冒険者、初めて聞く響きだ。字面通りであれば冒険する者を指す言葉なのだろうが……。

 ガゼフ殿曰く、冒険者とはモンスター退治の専門家なのだそうだ。冒険者組合なる組織に所属し、組合が斡旋する依頼を達成することで得られる報酬を糧に日々を暮らす者ら。あるいは対モンスター用の傭兵と言い替えても良いだろう。

 

「冒険者組合が掲げる理念はたった一つ、モンスターの脅威から人々の生活を守ることだ。彼らは徹底した中立を維持しており、国の政治や戦争には一切関与しない。……ガレア殿にうってつけではないだろうか」

 

「うむ。冒険者、獣の爪牙より人々を守る戦士たち……守護騎士たる吾輩にピッタリではないか!」

 

「国々を旅して回るとなれば先立つものも必要だろうしな。それに冒険者資格があれば国境を越えるのにかかる手間も少なく済む。ガレア殿の道行きに役立つことも多いだろう」

 

 まさしく。今の吾輩はこの世界で使える貨幣を全く持っておらぬから、何かしら手に職をつけようとは思っていたのだ。ソウルでやり取りできれば楽だったのだが、不死でもない小人にソウルの業など扱える筈もないからな。

 その点、冒険者なら来歴不明の放浪者たる吾輩であっても問題なく加入できそうだ。冒険者に求められるものは強大なモンスターと対峙する実力、ただそれのみ。

 

「ならば決まりだ。これより吾輩は冒険者ガレアとなる! フフフ、ガゼフ殿もモンスター絡みで困ったことがあればいつでも吾輩を頼るがよい。すぐにこの銀騎士鎧に相応しいランクの冒険者となってみせる故な!!」

 

 ガゼフ殿が言うには、冒険者は(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)・ミスリル・オリハルコン・アダマンタイトの八段階にランク分けされているらしい。(カッパー)が最低ランクであり、アダマンタイトが最高ランクであるな。

 栄えある銀騎士たる吾輩には貴金属のプレートこそが相応しかろう。アダマンタイトなるものがどんな金属かは知らないが、世界最硬と言うからにはきっと上質な鋼なのだろう。我が鎧の白銀に映えるに違いない。

 

 だが、吾輩がそう言うとガゼフ殿はとても微妙な表情をした。まるで初めて吾輩が名乗りを上げた時のような表情だ。

 な、何だ。吾輩何かおかしなこと言った?

 

「あー……ガレア殿はその恰好で冒険者として活動されるおつもりで?」

 

「う、うむ。この鎧は我ら銀騎士にとっての誇り。当然このまま冒険者になろうと考えていたが……」

 

「目立つでしょうなぁ」

 

「なぬ?」

 

「無論、冒険者とは目立って何ぼの稼業。しかしガレア殿の鎧は……その、些か派手すぎる」

 

「ゑ?」

 

 は、派手?

 ウソ、銀騎士の鎧って派手なの? 生まれてこの方ずっとこの鎧姿だったし、騎士長殿の全身黄金獅子鎧を見慣れてたから全くそんな自覚はなかったぞ。

 

「あくまで冒険者としては、だ。冒険者は徹底した実力主義で、あまり装備の派手さで自らの実力を主張しようとはしない。プレートを見れば一目瞭然だからという面もあるのだろう。だからガレア殿の鎧は……こう言っては何だが、悪目立ちしそうではある。王宮勤めの騎士であれば華やかさも求められるから何も問題はなかったのだろうが……」

 

「…………スン」

 

「あ、いや! ミスリルより上のトップランク冒険者ともなればまた事情が変わってくると思うぞ! 私も一度だけ見たことがあるのだが、アダマンタイト級冒険者の“朱の雫”や“蒼の薔薇”の方々などはみな煌びやかな魔法の装備で身を固めていて──」

 

 正直、この時の吾輩はカルチャーショックであまりガゼフ殿の話を聞いていなかった。

 そっかぁ……銀騎士鎧って派手なのかぁ……最近の若い子って控えめなんだね……。

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 時は流れ約三週間後。カルネ村の復興及び防護柵の設置などの手伝いを終えた吾輩は、村人たちから惜しまれつつも出立。ガゼフ殿の助言に従い、城塞都市エ・ランテルを訪れていた。

 

 ここエ・ランテルはリ・エスティーゼ王国の東に位置する国王の直轄領エ・ランテルと同名の都市である。バハルス帝国、スレイン法国の領土に面しており、貿易都市としてもその名が知られているらしい。

 最初にこの街を選んだのはその立地によるところが大きい。カルネ村から一番近くにあり、人間の国として栄えている主要三カ国に隣接している。仮の拠点とするにはうってつけと言えるだろう。

 

 吾輩は検問所の衛兵から聞いた通りに道を進み、この街の冒険者組合へ向かう。土が剥き出しの道を進むこと暫し、やがてそれらしき外観の建物に到着した。

 ……うむ、恐らくここで合っているだろう。みすぼらしいが他の建物よりは大きく頑丈な造りになっているし、中からは戦士特有の荒っぽい気配が感じられる。

 よし、では頼もう!

 

 簡素な扉を押し開け建物の中に入る。その瞬間、談笑していた冒険者と思しき者たちが一斉に吾輩へ鋭い視線を向けた。

 品定めするような不躾な視線が殺到する。恐らく吾輩の身形からその力量を測ろうとしているのだろう。ふん、ならば思う存分観察するがよい。今の吾輩は──

 

 

 灼熱のイザリスでデーモン共の血に塗れ、最初の火の炉で始まりの火に焼かれた漆黒の鎧姿だからな! さぞ厳つかろうよ。

 

 

 そう、吾輩は不承不承ながら銀騎士の正式装備から黒銀鎧──今や見る影もなく真っ黒だが──へと着替えていた。今の吾輩は銀騎士ならぬ黒騎士ガレアである。

 誉れ高き銀騎士の鎧を脱ぐことには抵抗もあったが、黒騎士の鎧とてイザリス遠征へ赴く我らのために王から贈られた正式装備であることに違いはない。いい加減吾輩もこの装備を認めるべき頃合いであろうな。

 ただ、アダマンタイト級に上り詰めた暁には銀騎士鎧に戻す。これは決定事項である。

 

「初めて見る顔だが……デケェな」

 

「ああ……人食い大鬼(オーガ)とタメ張れるんじゃねぇのアレ」

 

「それに装備を見ろよ。鎧は一見すると真っ黒だが全体に細かい模様が刻まれている。ありゃ手間掛かってるぜ……一体いくらすんだろうな」

 

「片手で持ってる剣も馬鹿みたいにデカいな。俺の身長と同じくらいあるぜ」

 

 ヒソヒソと吾輩に聞こえないよう小声で囁き合う冒険者たち。残念だが我ら神族の身体能力は小人の比ではない。聴力もまた然り。ばっちりと聞こえているぞ。

 だが侮られている様子はないようで安心した。黒騎士鎧と大剣の厳つい外観に驚嘆の声が上がっているだけで、特に悪目立ちしている様子はない。やはりガゼフ殿の忠告は確かだったということだな。

 

「失礼する」

 

「は、はい!」

 

 受付と思しきカウンターに歩み寄り、制服に身を包んだ女性に話し掛ける。吾輩の上背に驚いたのか声が上擦っているが、許せ。吾輩が大きいのではなく人間が小さいのだ。

 

「冒険者登録をお願いしたいのだが」

 

「冒険者登録ですね、承りました。それでは、まず組合の規則について説明させて頂きます」

 

 しかし吾輩が普通の冒険者志望と分かるや、彼女はすぐさま驚愕から抜け出し流暢に言葉を発し始めた。流石はプロの受付嬢、立ち直りが早い。

 

 さて、受付嬢の説明によると、冒険者となるに当たって厳守すべき規則は大まかに三つ。

 

 一つ目は、人間同士の争いには関与せず、モンスターの脅威から人々を守るという冒険者の理念に徹すること。国家運営に関する活動に参加することは決して許されず、場合によっては冒険者資格の剥奪もあり得るらしい。

 二つ目は、組合の依頼は自身の階級に応じた難易度のものしか受けることはできないというもの。例えば(アイアン)級の冒険者は(アイアン)級相応の依頼しか受けることは許されず、如何なる場合においても例外は許可されないそうだ。

 三つ目は、冒険者同士の私闘及び市民への暴力行為の禁止。冒険者の持つ武力はモンスターにのみ向けられるものであり、人間に対して向けられるべきものではない。例外は犯罪者が相手であった場合のみであり、同じ冒険者相手に暴力を振るえば罰則が科せられ、もし市民に向けられることがあれば一発で資格剥奪もあり得るとのこと。

 

 他にも細々とした禁止事項はあれど、この三つだけ最低限押さえておけば問題はないらしい。概ねガゼフ殿から聞いた通りの内容だ。「何か質問はございますか」と問う受付嬢に問題ないと返すと、彼女は一枚の書類を吾輩に差し出した。

 

「ではこちらの用紙に必要事項を記入して下さい。名前以外は任意での記入となりますので空白でも問題はありませんが、記入された内容は公式のものとして組合に記録されますのでご注意下さい」

 

「承知した」

 

 流石、身分を問わず誰でもなれるというだけはある。必須事項が名前のみとは。名前が必要なのは認識票(プレート)に記述されるからであろうな。

 

「ムッ!」

 

「ど、どうされましたか!?」

 

 渡された羽ペンを手に取り、いざ書こうとしたところで吾輩は動きを止める。急に大きな声を上げたからか驚いた受付嬢も釣られて声を上げ、建物内の冒険者たちも何事かとこちらを見た。

 

「文字が読めぬ」

 

「はい?」

 

 そう、書類に書かれている文字が全く読めなかったのだ。一番上に記入するのが名前だろうことは何となく分かるのだが、それ以外はさっぱりである。

 思えばここは異世界、それも小人の国である。言葉が通じるからと言って文字まで同じだとは限らなかったのだ。ガーンだな、出鼻を挫かれた。

 

「吾輩、異国の出身ゆえこの国の文字が読めぬ。驚かせてしまったようで申し訳ない」

 

「ああ、そういう……でしたら問題ありません。冒険者の中には文字の読み書きができない方も大勢いますので、その際には我々組合のスタッフが読み上げや代筆を承っております」

 

「いやはや、(かたじけな)い」

 

 受付嬢が苦笑しながらそう言ってくれたので、吾輩はお言葉に甘え代筆をお願いすることにした。そのうちこの国の文字も覚えなければならんな。

 

 受付嬢の質問に答える形で書類の記入を埋めていく。名前はガレア。年齢は……まさか馬鹿正直に答えるわけにもいかないので適当に三十歳としておく。性別は当然男。種族も神族とは言えないため無難に人間と答える。

 だが、出身国に関しては嘘偽りなくアノール・ロンドと答えた。これはもし万が一にも吾輩と同郷の者がこの世界に来ていた場合を考慮してのことである。正直あまり期待はしていないのだが、いるなら是非その者とは知り合っておきたい。それだけの些細な理由ではあるがな。

 

「……はい、以上で手続きは完了となります。プレートの受け渡しは明日の正午となりますので、忘れずに取りに来て下さいね」

 

「うむ、承知した」

 

「ところで、本日の宿はもうお決まりですか?」

 

「む? いや、まだだ。エ・ランテルには今日来たばかりなのでな、観光がてらゆるりと探そうと思っていたところよ」

 

「それでしたら、組合のおすすめの宿がございます。よろしければご紹介しましょうか?」

 

「おお、それはありがたい」

 

 吾輩が異国の人間と知ったからかは分からぬが、随分と親切に教えてくれるものだ。冒険者は荒くれ者の集いとも聞いていたから、てっきり組合の対応も相応のものと覚悟していたのだが……これは良い意味で期待を裏切られたな。少なくとも組合の職員は極めて真っ当であるらしい。

 「駆け出しの冒険者に紹介する宿ですのであまり上等な所ではありませんが……」と前置きされた上で説明を受ける。駆け出し冒険者の懐事情などたかが知れているためかなりの安宿らしいが、過酷なイザリス遠征を経験した吾輩にとっては最低限雨風を凌げるならばどこでもよい。所詮はアダマンタイトになるまでの辛抱よ。

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 エ・ランテルに冒険者用の宿は三軒存在する。それぞれ低級・中級・上級と利用者層に応じた格に分かれており、低級の宿であれば(カッパー)(アイアン)が、中級は(シルバー)白金(プラチナ)が、上級は白金(プラチナ)以上に属する冒険者が主な利用者となるだろう。尤も、その上級宿である「黄金の輝き亭」は貴族が利用することもある最高級宿であり、一般に上位冒険者と言われる白金(プラチナ)以上の冒険者であっても恒常的に利用している者は限られるが。

 その日、とある黒騎士が訪れたのはそんな冒険者用の宿屋の中でも最も低級に位置する宿だった。

 

 三階建ての木造建築。古色蒼然とした……口さがない言い方をすれば老朽化が進み古臭い建物である。突風が吹けばいとも容易く傾きそうな風情ではあるが、これでも多くの駆け出し冒険者に利用されている──利用せざるを得ない──宿だった。

 その利用客は「我こそは低級冒険者でござい」と物語っているかのような風体の者たちばかりだ。安物のレザーアーマーに、手入れのなっていない鉄剣。身嗜みも到底整っているとは言い難く、彼らが如何に金銭のやり繰りに苦心しているかが見て取れる。

 

 故に、身を屈めるようにして入口を潜り現れた黒騎士は、彼らにとっては別世界の住人のように感じられた。

 

 まるで焼け焦げたかのように艶のない、だが芸術品のように精緻な紋様が表面に刻まれた漆黒の全身鎧。成人男性の身の丈ほどは優にありそうな巨大な剣の刃は拭い切れない血の跡で赤黒く染まり、掲げる大盾は鉄塊という表現がこれ以上なく似合う重厚な存在感を放っている。

 それらの武装を身に纏うのは、軽く見積もっても二メートル半はありそうな巨体の大男である。職業柄冒険者には体格に恵まれた者が多いが、その男は恵体の一言では片付けられない巨大さを有していた。体格は元より、その存在感も。

 

 (カッパー)(アイアン)で燻っている者たちにとって、黒騎士が放つ存在感はあまりに強烈だった。一目で生物としての格の違いを思い知らされるような、そんな圧力(プレッシャー)とでも言うべき強大な気配が彼らを沈黙させる。

 冒険者とは傭兵紛いの荒くれ者であると口さがない者は言うが、当の冒険者たち自身もそれを否定しない。事実として彼らは暴力を生業とする荒くれ者であり、破落戸(ごろつき)との差は暴力の矛先が人かモンスターかの違いでしかない。況や低級冒険者ともなればなおのこと。

 だが、そんな彼らをして現れた黒騎士に率先して絡みに行くような真似はしなかった。彼らは獅子に扮した竜*1にならそれと気付かずちょっかいを出すが、一目で竜と分かる怪物に手を出すほど無謀ではないし馬鹿でもないのだ。

 

 結果として、黒騎士は下品な言葉で囃し立てられることも、短い足で通行を妨げられることもなくカウンターまで歩を進める。カウンターの奥に立つ大柄な店主は緊張を隠せぬ様子で眼前に立ちはだかった黒騎士を見上げた。

 

「店主よ。組合の紹介で来たのだが、部屋を借りれるかね?」

 

「あ、ああ……一日七銅貨、前払いだ……です」

 

 店主が敬語を使った! 元(ゴールド)級冒険者の店主が! 騒めく冒険者たちの声が聞こえているのかいないのか、黒騎士は気にした様子もなくカウンターの上に銅貨を並べた。

 枚数に不足がないことを確認した店主は震える手で部屋の鍵を手渡す。それを受け取った黒騎士は短く礼を言うと、古びた床板を盛大に鳴らしながら上階へと消えていった。

 

 巨大な存在感が消えたことで一階の酒場に喧噪が戻る。言うまでもなく、彼らの話題は揃って今し方の黒騎士についてであった。

 

「おい、見たかよ」

 

「ああ、ありゃすげぇわ。桁が違うね」

 

(アイアン)の俺でもわかっちまうぜ。『クラルグラ』の連中でさえあそこまでじゃねぇよ」

 

「『天狼』や『虹』にだってあんな桁違いのオーラは出せやしねぇ。流石の俺もこの短足を出す勇気はなかったね」

 

「そんなことしたらお前の足は潰れちまうな! 聞いたかよあの足音、こんなボロ宿の床板なんかあっさり踏み抜いちまうんじゃねぇの?」

 

 幸か不幸か黒騎士が体験することはなかったが、この宿を初めて利用する新人冒険者にはある通過儀礼が洗礼として浴びせられる。

 それは先輩冒険者たちによる謂れのない難癖である。新人に安易に舐められないようにするというのも当然あるが、何よりも先輩からの難癖という危機的事態への対応力を見ることで、その新人が使()()()か否かを判断するという意味合いが大きい。例えば先輩とはいえ同じ人間に凄まれた程度で怖気づいてしまえば、その者は「いざ強大なモンスターと出会ってしまった時にもビビってしまって使い物にならない・頼れない人間である」という烙印が押されてしまうだろう。

 

 モンスターとの命の奪い合いを日常とする冒険者にとって、緊急時に頼れるかどうかは仲間を選ぶ上で最も重要な判断基準となる。いくら素質があろうといざという場面で足が竦んでしまうようでは足手纏いにしかならないし、どれだけ腕が立っても緊急時に仲間を見捨てて逃げるような者に背中は任せられない。新人冒険者にとって、この洗礼を如何にして切り抜けるかが冒険者稼業を続けていく上での分水嶺となるだろう。

 

 ではどうして黒騎士には通過儀礼が為されなかったのか──そんなもの、どう考えても無意味だったからに決まっている。

 小鹿を恐れる獅子はいないし、獅子を恐れる竜などいない。それと同じく、たかが(カッパー)(アイアン)程度の低級冒険者の恫喝でどうにかなるような手合いでないのは誰の目にも一目瞭然だった。元(ゴールド)級冒険者だった店主が緊張していたのが良い証拠である。

 

 彼らは低級冒険者。首にぶら下げているのは銅か鉄のプレートであり、実力はその材質相応といったところ。一般人に毛が生えた程度の腕っ節しかない。

 彼らは弱く、だがそれ故に強者の気配には敏感だった。後に光の速さで階級を上げていく黒騎士の噂を耳にし、彼らはこの日の判断の正しさを実感したという。

 

*1
言うまでもなく我らが魔導王のことである




アインズ様の場合……めちゃくちゃ強いけど中身が一般人だから、そのちぐはぐさが邪魔して正確な強さを判断しにくい。→おいおい、痛ぇじゃねえか! どうしてくれんだよオイ!

エリート銀騎士の場合……アインズ様ほど強くはないが、(自主規制)年に渡って戦い続けてきた経験が誰の目にも明らかな強者の気配となって表れている。→(コイツやべぇよ……手ぇ出さんどこ)


ところで会う人会う人主人公のことをデカいと言っていますが、具体的に銀騎士や黒騎士ってどのくらいの身長なのか調べてみました。
過去に販売された黒騎士の1/6スケールスタチューが高さ約41センチとのこと。直立した姿勢であるため、単純にこれを六倍した高さが黒騎士の身長と言って良いでしょう。従って黒騎士の身長は約240センチということになります。“地上最強の生物”範馬勇次郎ですら190センチ程度であることを考えるとかなりデカい。
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