銀騎士珍道中   作:自称・エリート銀騎士

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投稿が遅れてしまって申し訳ありません。恐らくこの小説の存在など今の今まで忘れていた方が殆どでしょうが、恥ずかしながら戻って参りました。
前書きで長々と語るのは好きではないため、遅れた理由については後書きにて説明させて頂きます。興味のない方は本文だけ見て読み飛ばして下さい。


銀騎士(時々黒騎士)冒険譚:3

「ぬぅん!」

 

 風を巻いて大剣が迫る。巨体を誇る人食い大鬼(オーガ)は、信じられないといった面持ちで()()から振り下ろされる漆黒の刀身を凝視した。

 

 オーガは全長二~三メートルにも達する亜人の一種である。小鬼(ゴブリン)は元より、大きくとも二メートルが精々である人間種とは比較にならぬ体格を有し、またその巨体に比例するように筋力も優れている。引き抜いた木の幹を棍棒として振り回すことさえ可能であり、人間がその剛力をまともに受ければただでは済まないだろう。

 逆に知能は低く、武器を扱う程度の知性はあるものの、ゴブリンのように独自の文明を築くような知能や社会性は存在しない。総じて正面からの力比べは無謀だが、多少搦め手を用いれば対処は容易いというのが冒険者からの評価である。

 

 オーガは知能が低い。簡単な罠すら見破れないし、体格で遥かに劣るゴブリンにさえ顎で使われる。だが、自らの種族が()()()のだという自覚はあった。オーガにとって敵とは常に下から来るものである。小うるさいゴブリンの喚き声も、獣の牙も、人間の剣や槍も、全て遥か下方から来るものであるというのが彼らの常識であった。

 

 だがこの日、オーガが知る常識は裏切られた。全身を真っ黒な鋼で覆ったソレはオーガと遜色ない視点の高さで彼らを睨み、彼らの頭より高い位置まで手にした大剣を振り上げたのだ。

 オーガは大きく、力は強いが鈍重である。しかし相手は大きく、強く、そして速かった。ソレはオーガの認識が追いつくより(はや)く眼前に迫り、オーガの鈍重な反射神経が応じるより(はや)く刃を振り下ろした。

 

 縦に両断される巨体。人の身では及ぶべくもない大鬼の肉体が為す術もなく割断される光景に誰もが目を奪われる。

 黒騎士ガレア。(カッパー)級に過ぎない筈のその男は、下位冒険者にあるまじき偉業を見せつけた。

 

 

 

 

「これで終わり……っと」

 

 ルクルットの矢が最後のゴブリンの頭を射貫き、戦闘は終了した。成果はしめてゴブリンが約二十体にオーガが約五体。(シルバー)級のパーティーではそこそこ苦戦する規模の群れだったが、消耗は驚くほど少なかった。それは偏に、新たに『漆黒の剣』に加わった新メンバー候補の存在がためである。

 

「凄いですよガレアさん! あの数のオーガを殆ど一人で倒してしまうなんて!」

 

「全くだぜ。俺らの出る幕はほぼ無かったな」

 

 当初は自らより低い階級でありながら優れた武装を纏うガレアに複雑な感情を抱いていたペテルだったが、先の大立ち回りを見せられては嫉妬の感情など抱きようもない。

 ガレアがやったことは至極単純、開幕の一刀でオーガを真っ二つに斬り捨てただけだ。だがそれは知能の低いオーガに実力の違いを知らしめるのにこの上ない効果を示した。オーガの強靭な筋骨を両断するなど尋常なことではない。桁違いの戦力を見せつけられたオーガとゴブリンの群れは一瞬で戦意を喪失させたのである。

 

 そうなれば後は消化試合である。明らかに怖気づき怯んだゴブリンをペテルは容赦なく斬り、逃げるゴブリンはダインの魔法で足止めされ、ルクルットの矢とニニャの〈魔法の矢(マジック・アロー)〉で止めを刺された。

 そしてガレアにとってはオーガなど大きいだけの的に過ぎない。彼がイザリスで対峙したデーモンはもっと大きかったし素早かった。右往左往するだけとなった木偶の坊を直ちに斬り捨て、その戦闘は呆気なく決着したのであった。

 

 恐怖に戦意を失った獣の群れなど、ソウルを求めて遮二無二襲い掛かってくる亡者にすら劣る。そんなものを幾ら斬ったとて何の誉れにもなりはしないが、それはそれとして小人たちからの無垢な称賛は嬉しいものだ。ガレアは得意げに胸を張り、もっと褒めろと言わんばかりに背筋を反らした。

 

「はっはっは! なぁに、この程度吾輩にとっては朝ごはん前よ! この三倍でもまだ足りぬわ!」

 

 それが大言壮語でないのは先の戦闘を見れば分かる。(ゴールド)白金(プラチナ)級ともなればその優れた武装と卓越した技量でオーガの肉体をも容易く切り裂くだろうが、一刀両断するとなると話は違う。頭蓋を割って肉を裂き骨を断ち、オーガほどの巨体を頭頂から股下まで真っ二つにするなどペテルの理解の外にある技術だ。ましてや武技も用いずにそれを為すなど、ミスリル級にも匹敵する実力なしには不可能であろう。

 彼のランクは(カッパー)だが、それは冒険者になって日が浅いからに過ぎず。真の実力は恐らく英雄級にも届くかもしれない。そう確信したからこそ、ペテルから醜い嫉妬の感情は消え失せた。彼は清い心根の人物であり、また生粋の戦士であった。戦士たるもの、優れた力の持ち主には然るべき敬意を払うのは当然の行いである。

 

「お疲れ様です、見事な戦いぶりでした。……さあ、すぐに出発しましょう! 一刻も早くカルネ村に向かわなくては!」

 

 馬車の御者席で手綱を引くンフィーレアは『漆黒の剣』に労いの言葉を掛けると、逸る心を抑えようともせず護衛の面々を急かす。道行きの始まりからずっとこんな調子であるンフィーレアを見て、ペテルたちは顔を見合わせて苦笑した。

 

「まあまあンフィーレアさん、ガレアさんが言うにはそのエモット家の皆さんは無事らしいじゃないですか。そう慌てなくても……」

 

「それは分かっています! 分かっているのですが……すみません、どうにも落ち着かなくて」

 

 エ・ランテルを出立する際、ガレアは予てよりカルネ村と親交があるらしいンフィーレアに先日村で起きた出来事について事情を話していた。無論スレイン法国のことは明かさず、帝国騎士による襲撃があったという表向きの事情ではあるが。

 だが、それを聞いたンフィーレアは途端に血相を変えた。凄まじい剣幕でガレアに詰め寄り、エモット家の安否について尋ねてきたのだ。一介の村人に過ぎない小人の名前などあまり覚えていないガレアだったが、流石に一番最初に助けた男とその家族のことは覚えている。エモット家の無事を伝えると幾らか落ち着いたようだったが、それでも焦りは拭えなかったのか終始こんな調子だった。

 

 変なところで勘の鋭いガレアは、ンフィーレアの様子から色恋沙汰特有の気配を感じ取った。そしてエモット家の中で彼と年が近い人物といえば長女のエンリ・エモットしかいない。「ははーん……」と兜の下でニンマリと笑ったガレアは何も言わず、粛々と先を急ごうとするンフィーレアの護衛に徹することにした。好意を寄せている女が危険な目に遭ったのだ。一刻も早く駆け付け、傍にいてやりたいと思うのは男として当然の感情であろう。

 強いて不満点を挙げるとすれば、常に気もそぞろなせいでンフィーレアがガレアの戦いぶりに大して関心を向けてくれないことか。冒険者の初仕事として依頼主に良いところを見せようと張り切っていただけに、それが空振ったことでガレアは若干ながら内心不貞腐れていたりする。

 

「どのみち一回は野営を行う必要がありますし、今からそんなに焦ってもしょうがないですよ。ね、ガレアさん」

 

「うむ。気が急くのは分かるが、そうも我武者羅に進まれては我々としても護衛に支障が出る。先程も危うくゴブリンの群れと正面衝突するところだったではないか」

 

 護衛にとって一番厄介なのは、外敵ではなく「守られている」という意識のない護衛対象である。それにンフィーレアは馬車に乗っているからまだ良いが、護衛任務中の『漆黒の剣』は徒歩で移動している。(シルバー)級冒険者として常人と比べれば遥かに体力はあれど、重い武具を装備しての移動ともなれば消耗は避けられない。いざという時に疲れて依頼人を守れませんでした、など笑い話にもならないだろう。

 

 まあ、ガレアなら馬以上の速度で三日三晩走り続けようが大した疲労にはならないのだが。

 

「……そうですよね。すみません、少し頭を冷やさないと」

 

「まあンフィーレアさんの気持ちも分かるけどな。分かるぜ、カルネ村に好きな()がいるんだろ?」

 

「ん゛ん゛っ!」

 

 ルクルットの一言で顔を真っ赤にし噎せるンフィーレア。何とも分かりやすい反応にルクルットは益々笑みを深めた。

 

「ほう、流石はルクルット。初めて会った時といい、見事な慧眼であるな」

 

「おっ、旦那も気付いてたクチ? いいねぇ、青春だよな!」

 

「な、な、な、なんで気付い、いや違くて!」

 

「こらルクルット! 依頼人を揶揄うんじゃない! ガレアさんも!」

 

『はーい』

 

 リーダーの一喝で身を引くガレアとルクルット。一方、ンフィーレアは秘めた(つもりでいた)恋心を見抜かれたことに動揺し、真っ赤な顔でわたわたと狼狽える。

 だがこれによって「一刻も早くカルネ村に向かわなければならない」という思考一色で染まっていたンフィーレアの緊張は解け、落ち着いた彼は無茶な速度での移動を自重するようになったのだった。

 

 

 

 

 

 一度の野営を挟み、翌日の午前にはカルネ村に到着した『漆黒の剣』の一行。ガレアを除き初めてカルネ村を訪れたペテルたちは何も疑問を抱かなかったが、何度も村を見たことのあるンフィーレアは村の外周を囲むように立てられた防護柵が目についた。トブの大森林及び森の賢王の縄張りと隣接するカルネ村は滅多なことではモンスターからの襲撃を受けることはなく、従って柵を張るなどして外からの脅威に備える必要がなかったのだ。

 だが今のカルネ村は以前までの長閑な姿が見る影もなく、外界を拒むように堅牢な防護柵で覆われている。ガレアから話は聞いていたが、こうして実際の光景を目の当たりにしたンフィーレアは村の変化に唾を呑み込んだ。

 

「やあやあ、数日振りだな皆の衆! 銀騎士ガレアが戻ったぞ!」

 

 そんなンフィーレアの様子には気付かず、ガレアは陽気な声色で村の中に向かって声を上げる。すると、村の正面に設えられた門がゆっくりと内側から開いた。

 

「ガレア様!」

 

「やっぱりガレア様だ!」

 

「ようこそおいで下さいました!」

 

 門が開き、中から現れた村人たちは明るい表情でガレアを迎える。嬉しそうな様子の村人たちを見てガレアは満足げに頷くが、他の面々はそうもいかない。現れた村人たちは誰も彼もが鋤や鍬などの農具、粗末ながらも剣や槍、弓などの武器を手にしており、その村人らしからぬ物々しい出で立ちにペテルたちはギョッと目を剥いた。

 完全武装の村人たちの姿は彼らの警戒心の強さを表している。それは戦火からは遠く離れた辺境に生きる村人の姿としてあまりに異常であると言わざるを得ない。それ程までに話に聞く帝国騎士の襲撃は凄惨なものだったのかと『漆黒の剣』が戦慄する中、ガレアは気にした風もなく村人たちの歓迎を受けていた。

 

「さてンフィーレア殿、まずはエンリ殿に会いに行ってやるといい。心配だったのだろう?」

 

「え、あ、はい。……あ、でもまずは村長に挨拶しないと」

 

「それは吾輩がやっておこうではないか。薬草採取のため暫く逗留させて欲しい旨を伝えればよいのであろう?」

 

「ええ、そうです。いいんですか?」

 

「構わぬ」

 

 男を見せてこい、などと笑いながら言うガレアに促され、ンフィーレアはカルネ村の門を潜る。

 ……そして、露わになった村の内部を見てンフィーレアは息を呑んだ。

 

 見慣れた筈の村はその様相を一変させていた。記憶にある家屋はその幾つかが姿を消しており、至る所に生々しい火災の痕が見て取れる。襲撃してきた帝国騎士に火を放たれたのだろうか。

 長閑で平和だった村の雰囲気に似つかわしくなく暗く沈んだ様子の村人の姿も散見される。例えばある家の軒先に力なく座り込む老人は、まるで生きる気力を失くしたように表情を陰らせている。ンフィーレアが記憶する限りでは、あの老人はいつも幼い孫娘を構っていた筈だが……目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫娘の姿はどこにもなく、老人の手にはその子がいつも持っていた人形が握られている。何があったかなど、その様子を見れば想像に難くない。

 

 復興しつつあるのは確かだが、それでも隠し切れぬ惨劇の痕跡が嫌でも目につく。なまじ平和だった頃のカルネ村を知っているだけに、その差はンフィーレアにとって一目瞭然だった。痛ましさに目を伏せる。

 足早に村を進み、真っ直ぐにエモット家へと向かう。やがて見慣れた家の姿──玄関の扉は新しいものになっているが──が目に入り、そこでようやくンフィーレアは肩の力を抜いた。

 

 真新しい扉に拳をぶつけて三度ノックする。すると中から覚えのある少女の声で返事があり、パタパタという足音と共に扉が開いた。

 

「はーい、どちら様……あら、ンフィーレアじゃない!」

 

「や、やあエンリ。よかった、元気そうで……」

 

 中から現れたのは、ンフィーレアが密かに恋心を抱く片想いの少女だった。エンリは驚いたように一瞬目を見開くと、すぐに嬉しそうに口元を綻ばせる。見る限り怪我もなく、至って元気そうな様子にンフィーレアは安堵の溜め息をついた。

 

「薬草の採取に来たの?」

 

「うん、そろそろ材料の在庫が切れそうだったからね。それに、村が襲われたってガレアさんに聞いたから……」

 

「えっ、ガレア様が来てるの!?」

 

(……え、何その反応!)

 

 ンフィーレアがガレアの名を出すと、エンリは分かりやすく喜色を露わにした。頬を赤らめ、しかもさり気なく指で前髪を整えだす始末。まるで意中の相手を前に身嗜みに気を遣う乙女のようではないか。

 

(いや……落ち着くんだ、ンフィーレア)

 

 ンフィーレアは村人たちの様子を思い出す。彼らは帝国騎士の襲撃から村を守ってくれたガレアに感謝すること頻りであり、まるで──まるで、ではなくまさしく、なのだろうが──救世主に対するかのように接していた。何せ虐殺の際にあったところを救われたのだ、ンフィーレアだって彼らの立場にあれば同じようにしただろう。

 そう考えればエンリの態度も別におかしくはない。大恩ある人物にみっともない姿を見せたくないと思うのは至って普通の考えだ。ンフィーレアは嫉妬を抱きそうになった自分を恥じた。

 

(エンリの命の恩人なら僕にとっても大恩人だ。下種の勘繰りも大概にしろンフィーレア!)

 

「おーいンフィーレア殿! エンリ殿には会えたかね?」

 

「ガレア様!」

 

(エンリ──!?)

 

 ンフィーレアが内心で己を叱咤した直後、エンリはガレアの姿を見つけるやンフィーレアを置いてすっ飛んで行く。まるで魔法の矢(マジック・アロー)のような速度で走り去っていくエンリを、ンフィーレアは呆然と見送ることしかできなかった。

 

 ちなみにンフィーレアの懸念は全くの杞憂である。神族であるガレアと人間であるエンリは根本的に種族が違うので、ンフィーレアが心配するようなことは起こり得ない。

 尤もエンリはガレアが人間でないことを知らないが、彼女は良くも悪くも現実主義者(リアリスト)であり、身分違いの恋愛に憧れを抱くような少女ではなかった。出で立ちや立ち振る舞いからガレアが村人など及びもつかぬ上位の人間であることは察するに容易く、エンリがガレアに抱いている感情は恩人に対する純粋な尊敬や憧れに過ぎない。

 現時点で抱いている感情の大きさがガレア>ンフィーレアであることは事実だが。彼の敗因はいつまでも及び腰で自分の恋心を打ち明けなかったことである。

 

「ガレア様、またいらして下さったんですね!」

 

「冒険者の仕事でな。ンフィーレア殿の護衛として参った次第。うむ、見たところ変わらず息災なようで何よりだ」

 

「父の怪我もガレア様の魔法のお陰ですっかり良くなりまして……今は畑仕事で村の外にいるので、良ければ後で会って頂けませんか?」

 

「勿論だとも。勇者と会うのに理由は要らぬ。こちらの仕事が終わってからになるが……ンフィーレア殿、『漆黒の剣』はいつでも出立できるぞ。あとは貴公の準備次第だ」

 

「ハイ、ボクモスグニデラレマス……」

 

「何故片言なのだ……?」

 

 何故か消沈した様子のンフィーレアに首を傾げるガレアとエンリ。

 少年の恋心が報われるのは、もう少し先の話である。

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 カルネ村を出た吾輩たちはンフィーレア殿の先導に従って深い森を分け入っていく。

 トブの大森林というらしいこの広大な森は、この世界に迷い込んだ吾輩が最初に目を覚ました場所でもある。つまり二度目の来訪というわけだが、変わらず地理についてはさっぱりである。もう少し開けていれば別だが、こうも木々が鬱蒼と生い茂っていては吾輩の千里眼も形無しだ。

 

 しかしンフィーレア殿は勝手知ったるといった様子で迷いなく進んでいく。流石に長年この森で採取を続けてきただけある。野伏(レンジャー)のルクルットにも負けぬしっかりとした足取りだ。

 ちなみに村を出る時は挙動不審だったンフィーレア殿だが、森に入る頃には落ち着きを取り戻していた。まあ、どういうわけか吾輩に対する時だけ何故かまた挙動不審になるのだが。特にこれと言って失礼をした覚えはないのだが、小人の思考回路とは摩訶不思議なものである。

 

「……さて、到着しました。この周辺に目的の薬草が群生しています。僕は採取に集中しますので、皆さんは周囲の警戒をお願いしますね」

 

「分かりました。頼んだぞルクルット、ダイン」

 

「あいよ。森の中の索敵は俺にお任せってな!」

 

「任された!」

 

 森は野伏(レンジャー)森司祭(ドルイド)の独壇場である。索敵はルクルットとダインの二人に任せ、吾輩とペテル、ニニャの三人はンフィーレア殿の周囲で警戒に当たる。

 しかし吾輩が感知できる範囲にモンスターの気配はない。カルネ村までの道中では幾度かゴブリンやオーガと出くわしたが、そちらとは打って変わって静かなものだ。街道よりも静かな森とか不思議なものだが、これも森の賢王とやらの縄張りが近いからだろうか。

 

 ルクルットも同じ考えに至ったのだろう。護衛を開始して暫くの間は張り切っていたルクルットだが、半刻が過ぎても碌にモンスターの気配が感じられぬことで徐々に気の抜けた顔つきになってきた。

 ペテルが気の抜けた様子のルクルットを目線で咎めるが、ルクルットは肩をすくめてモンスターが皆無であることを告げる。確かに仕事中に気を抜くのは褒められたことではないが、ここまで何もないと気が抜けてしまうのも分からないでもない。

 

「ふむ……ンフィーレア殿、トブの森とはこうもモンスターがいないものか?」

 

「そうですね……流石にここまで静かなのは珍しい気がします。いつもは採取中に一度か二度はゴブリンの襲撃に遭うんですが」

 

 見ればンフィーレア殿が背負っている籠には結構な量の薬草が収まっている。この様子ではそろそろ採取も終了するだろう。

 だが、それだけの時間が経過したにもかかわらずモンスターはおろか、獣の気配すらも皆無。森らしからぬ静けさには不穏なものを感じざるを得ないな。

 

「薬草も必要な量は集まりましたし、そろそろ戻りましょうか」

 

「うむ、それが良かろう。何やら吾輩の銀騎士センスが嫌な予感を感じておるわ」

 

「……銀騎士センスって何ですか?」

 

「今考えた造語だ。銀騎士としての長きに渡る戦いの中で培われた吾輩の優れた第六感のことで……おっと」

 

 不思議そうに首を傾げたニニャにそう答えていると、吾輩の感知に何やら大きな気配が引っ掛かった。噂をすれば何とやらだな。

 ややあって異変に気付いたルクルットが表情を険しくする。件の気配はかなりの速度でこちらに近付いてきているが、この速度からして相手はゴブリンやオーガではあるまい。

 

「どうした、ルクルット」

 

「……やべぇな。ちょっとお目に掛かったことのない大物が引っ掛かった。真っ直ぐこっちに向かって来るぜ」

 

「何だと!」

 

 慌てて身構える『漆黒の剣』の一同。

 だが少し違うな。向かって来るのではなく、()()()()が正しい。

 

「どれ、少し下がっていろ」

 

 暗がりから飛来したソレを左手の盾で弾く。まるで蛇のようにうねるソレは、しかし蛇ではあり得ぬ速度と威力で盾にぶつかり、轟音と共に盛大な火花を散らした。

 

「ガレアさん!」

 

「大事ない。吾輩の盾はこの程度では小動(こゆるぎ)もせんわ。しかし中々の俊足よ。森の中に限れば吾輩よりも上と見た」

 

 僅かな間にこの森を走破する強靭な足は警戒に値する。吾輩はペテルに無事を伝えると、改めて盾と大剣を構えた。

 蛇のようにも見えたあれは恐らく尻尾だろう。瞬く間に伸縮し森の暗がりに戻っていったが、吾輩の目は木々の間から覗いた白銀の体毛を見逃さなかった。いやに森が静かだったのはコイツが近くにいたからか?

 

「蛇の如き尾に白銀に輝く体躯。この特徴を具えた存在に吾輩は心当たりがあるぞ」

 

「……まさか、森の賢王!?」

 

『如何にも』

 

 まさかの返答にンフィーレア殿は驚愕に目を見開く。

 伝説に曰く、森の賢王は自在に人語を操るという。であれば、森の奥から届くこの声は森の賢王のものに相違なかろう。吾輩も幾度となく強大な怪物と対峙してきたが、こうもはっきりと言葉を発するのは古竜以外では初めてだ。年甲斐もなくワクワクしてきたぞ。

 

 やがて木々を薙ぎ倒し、地響きを立てながら森の賢王が姿を現す。

 白銀の体毛。硬質な鱗で覆われた蛇のような長い尾。人語を解するだけの優れた知性を感じさせる──つぶらな丸い瞳。

 

(うん?)

 

 姿がはっきりしてくるにつれ強く感じる違和感。白銀に輝く体毛はまあ見事なものだが、その体毛で覆われた巨体は妙に丸っこい。力強く大地を踏みしめる手足もやたら短く、こじんまりとしている。

 何よりその顔。その短い口吻に発達した前歯は、時にアノール・ロンドの下水にも出現した──

 

「……鼠?」

 

「何と失礼な! 鼠なんかと一緒にしないでほしいでござる!」

 

 そうは言うが、どこからどう見ても鼠だった。確かに人間すら捕食する獰猛な下水鼠よりは愛嬌がある見た目だが、その特徴はどう見ても鼠ないしそれに連なる齧歯類の様相である。

 何と言うか、伝説との乖離に吾輩がっかりである。名前に王なんてついてるわけだし、吾輩はてっきりもっとこう、獅子とか狼みたいな猛獣のような姿を想像していたのだが。

 

「これが森の賢王……!」

 

「伝説に違わぬ凄まじい迫力だ!」

 

「んー?」

 

 だが、吾輩以外の面子は戦慄したように表情を強張らせていた。どうやら肩透かしを感じているのは吾輩だけなようで、彼らにはこの鼠モドキが伝説の大魔獣に見えているらしい。

 やはり神族と小人の価値観は相容れないようだ。こんなちょっと大きいだけの鼠で怖気づくなど、もし竜なんて目にした日にはショック死してしまうのではなかろうか。小人とはなんと蛍の如き儚い生き物だろう。

 

「どうする、リーダー」

 

「戦って勝てるような相手じゃない。逃げの一手しかないだろう。けど……」

 

「すぐに追いつかれるのがオチであるな」

 

「……俺が時間を稼ぐ。お前たちはンフィーレアさんを連れて逃げて──」

 

「いや、それには及ばぬ。殿は吾輩が務めよう」

 

 何やらペテルが覚悟を決めた顔をしているが、そうも腰が引けているのに任せるわけにはいかん。

 鼠狩りなど、吾輩に任せておけばいいのさ……

 

「けど、ガレアさん!」

 

「ペテルよ、チームのために身体を張ることだけがリーダーの役割ではない。窮地にあればこそ冷静に、状況に適した采配を振るうことこそ将たる者の為すべきことだ。さて、この場であの獣を抑えるのに適しているのは誰だ?」

 

「……分かりました」

 

 唇を噛み締め、渋々と引き下がるペテル。まだ正式なメンバーではない吾輩に無理を強いることを厭ったのだろうが、安心せよ。竜やデーモンと比べればこの程度、何ということもない。

 

「さあ、来るがいい森の賢王。銀騎士ガレアが相手だ!」

 

「それがしを森の賢王と知ってなお挑むその勇気や良し! 相手になってやるでござる!」

 

 賢王は逃げるペテルらを追わず真っ直ぐに吾輩を睨んでいる。武人気質と言うべきか、理由はどうあれこちらだけを狙ってくれるなら願ったりだ。

 

 まず動いたのは先方。四肢を踏ん張り大地に立っていた賢王が直立する。後脚で立ち上がり、前脚に具わる鋭い爪で切りかかってきた。

 なるほど確かにただの鼠ではない。恐らくあの長い尾でバランスを取っているのだろう。多少前傾姿勢ではあるものの、しっかりと二足で立ち上がり巧みに腕を振り回してくる。

 

 だが短い手足が仇となりリーチに乏しく、動作も見切りやすい。吾輩は堅牢な盾で爪撃を受けつつ、大上段から大剣を振り下ろした。

 

「なんの!」

 

 大剣の刃が敵の頭蓋に到達する寸前、横合いからの強い衝撃により狙いが逸れ虚しく大地を抉る。

 尾だ。蛇のような尻尾は、まさしく蛇の如くしなるような軌道で吾輩の手の甲を叩いたのだ。自らも腕を動かしつつ正確に吾輩の手を狙い澄ますとは、何と器用なことよ。

 直後、賢王はその巨体を活かした強烈な体当たりをぶちかます。剣を大地にめり込ませた姿勢の吾輩は諸にそれを受け、何と三歩分も後退させられた。

 

「中々の衝撃だ。賢王よ、貴公を鼠と言ったが撤回しよう。エリート銀騎士たる吾輩を三歩も後退らせるとは、たかが下水鼠風情と同列に扱うなど失礼であった」

 

「むむむ、何と頑丈な人間でござろう。西の魔蛇とてそれがしの体当たりを食らえばただでは済まぬというのに、まるで巨岩の如き堅牢さでござる」

 

 賢王は驚いたようにつぶらな瞳を瞬かせている。西の魔蛇とやらは知らぬが、口振りからして賢王と同等のモンスターなのだろう。

 だが概ね力量は見切ったぞ。デーモンに換算するなら恐らく山羊頭以上牛頭以下と言ったところか。いや、知能の高さを加味すれば牛頭に並ぶか? どうあれ獣にしては大した力だが、幾多のデーモンを相手にしてきた吾輩にとっては物の数ではない。

 

「どれ、そろそろ終わらせるとしようか」

 

「ムッ、もう勝ったつもりでござるか? 勝負はまだまだこれからでござるよ!」

 

「吾輩とてもう少しこの戦いを楽しみたいが、生憎と護衛任務中でな。あまり雇い主を放っておくわけにもいかん」

 

 口の中で王たる神への祈りを唱え、総身に雷気を漲らせる。

 これが吾輩の通常戦闘形態にして古き銀騎士の戦い方よ。太陽の光の加護を宿す我らはその身に雷を滾らせ、古竜に抗う身のこなしと膂力を得た。剣に雷を纏わせるのみならず、全身に太陽の光を宿してこそのエリートだ。

 

「さあ行くぞ。これぞ竜狩りの秘儀、古き銀騎士の戦いである!」

 

 剣の切っ先から迸る電気が草木を焦がし、我が踵は大地に灼熱の轍を刻む。瞠目する賢王目掛け、吾輩は激烈な踏み込みと共に肉薄した。

 雷の如き踏み込みに賢王は明らかに反応しきれていない。吾輩は勝利を確信した。あとはその頭蓋を叩き割り、以てこの戦の締めとしよう。戦利品は何がいいかな。竜狩りに倣うならば首だが、やはりこの場合はその見事な白銀の毛皮だろう。鞣してマントにでもするか。

 

 などと脳内で皮算用をしつつも、我が腕は恙無く動作し大剣を振り上げ殺意のままに叩き込む。

 森の賢王、強壮なる獣であった。

 

「まま、参ったでござる〜! 殺さないでほしいでござるよ〜!」

 

「ぅろっしょい!?」

 

 短い両手を精一杯伸ばし、頭上をガードし蹲る賢王。まさかの戦意喪失に吾輩は慌てて剣の狙いを逸らした。

 微かに頭を掠めつつ、再び大剣が大地を抉る。しかし先程とは異なり、我が剣は雷光と共に衝撃を発し地面を爆散させた。

 

「ひょえぇぇぇ〜!?」

 

 すぐ傍で生じた爆発により賢王の巨体が引っ繰り返る。彼は何とも情けない悲鳴を上げて仰向けに転がった。

 そしてそのまま動く気配がない。獣の世界において、腹を見せる姿勢は服従を示すという。そうでなくともあの情けない声は演技ではないだろう。どうやら本当に賢王は戦意を消失させてしまったらしい。

 

 森の賢王、何とも締まらない獣であった。我輩はため息と共に剣を下ろした。

 




言い訳ですが、率直に申しまして自宅が沈みました。少し前の話になりますが、大雨と洪水によって我が家は氾濫した水と泥で埋まりまして、愛しのPCもその時臨終致しました。今回は辛うじて避難が間に合ったスマホにて書いている次第でございます。

現在も到底元のような生活に戻れたとは言い難く、従って趣味に割ける時間も限られたものとなるでしょう。投稿間隔もかなり伸びると思います。
それに伴い、完結できるかも怪しくなって参りました。当初予定していた結末はこのペースだと大分先であり、場合によってはエタる可能性も十分に考えられます。個人的にエタるのは嫌なので結末を早めるなどしてとりあえず完結させる努力は致しますが、あまり期待はしないで下さい。今後はほぼエタったものと割り切って読むことをお勧め致します。拙作を読んでくれる人がどれだけいるかは分かりませんが。

それではまた次回、早ければ来月あたりにまたお会いしましょう。
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