「おっ、その人が最後の一人っすか?」
何故か顔全体に大きく卍が書かれた爽やか系のイケメンが俺たちに気がつきそう声をかけてきた。
たたっ、と軽やかな足取りで俺の元へと近づいてきた彼は爽やかな笑みを向け、右手を差し出した。
「初めまして、オレは…」
「自己紹介は後でもいいんじゃないの?今はこの状況を確認するべきでしょ」
イケメンスマイルに圧倒されていた俺に助け舟を出した形になった彼女に目線を向ければ、そこにはやはり美少女がいた。
というか、あまり雑誌を読まない俺でも知っている超有名人が不機嫌そうに立っていた。 彼女は確か、人気女性ファッション誌に…
「それもそうっすね。ごめんなさいっす」
「謝られても現状は変わんないから」
「…ねぇ帝王様?アタシ的には、アンタを狙った誘拐にアタシらが巻き込まれたと思ってるんだけど…。意見を聞かせてくれる?」
ヘッドホンをカチューシャのように使って前髪をあげ額を露わにしている強気そうな少女が、真剣な顔で近くにいた一目見ただけで"王子様"と呼んでしまうくらいに整った顔立ちと格好をした正統派美少年に話しかけた。
彼は彼女を一瞥し、口を……
「どうやら、全員揃ったみたいだね!」
…開こうとしたところで、幼い子供のような声が聞こえた。
「な、なんでしょうか、今の声…」
「子供の声…、っすかね?」
「それにしては流暢だったけれど」
「……ねぇ、あれ…何?」
俺を含めた全員が困惑し、声の主を探して辺りを見回していると、こげ茶色の髪を肩まで伸ばしている、幼い顔立ちの可愛らしい女の子がそう言って、すっと指を指した。
その指の先へ自然と目を向ければ、そこには右半分が白色、左半分が黒色という奇妙なデザインをしたクマのヌイグルミが、地面にぽつんと置かれていた。
さっきまでは絶対になかったそれに、俺は密かに警戒する。
…と思ったところで、ヌイグルミから一番近かった色素の薄いボサボサの髪を適当に伸ばした明らかに寝間着姿の隈のひどい女の子が、ひょいとそれを持ち上げ… …勢いよく、俺の背後にあった噴水へぶん投げた。
「いきなり何をしているんだ君は!!?」 「何って…気味が悪かったから…」
寝間着の彼女の奇行に、制服をきっちり着用した真面目そうなイケメンが戸惑ったようにそう叫べば、彼女は心外そうな声で返答した。 そのやりとりを見ていたら、再び聞こえてきた幼い子供のような声。
「ひどいなぁ、こんなキュートなボクに向かって気味が悪いだなんて!」
「ま、また声が聞こえてきましたけど…っ!」
「…噴水の方から聞こえてきたみたいだね」
オレンジ色がかった茶色の長い髪を両サイドに三つ編みにしている少女が怯えたようにそう呟くと、右目にモノクルをつけた見た目からしてかなり怪しい黒髪のイケメンがその言葉とともに噴水へ目を向ければ、他のみんなもつられるようにそちらへと視線を動かした。 全員の視線が噴水へ集まった、その瞬間。
「うぷぷぷぷぷぷっ!こんなに視線を集めちゃって、ボクったら人気者!」
幼い声はそんなふざけたことを言いながら、「とうっ!」という掛け声とともに、噴水から"何か"が飛び出してきた。
その何かは空中で一回転をしながら噴水の淵に着地し、決めポーズをとった。
そして、一言。
「やぁ、お待たせしました!オマエラ、お久し振りです!ボクはモノクマ。この学園の、学園長なのだ!……って言っても、ここは学園じゃないけどね!」
…それは、たった今投げ飛ばされたクマのヌイグルミだった。 ヌイグルミが喋って動いている、というあまりに現実的じゃない光景に、俺たちは呆然としていた。
「………、…腹話術?」
「例え腹話術だとしても、何故動いているのか、という説明にはならないわよ」
「誰かが操ってるにしては、動きが滑らかすぎるよね?」
「きっっっも!!!」
「みんなして失礼しちゃうなぁ!ボクはボク以外の何者でもないよ!ボク自身の意思で喋って動いてるの!」
着物を着た少年、眼鏡をかけた美人、鈴木と瓜二つの少女(双子の姉?)、ジャージを着たアホが順に感想を述べていくと、モノクマを自称したソイツは怒ったように両前脚を上に挙げて威嚇してきた。
対する俺は、未だにモノクマが現れた衝撃から立ち直っていなかった。
「うぷぷぷ。向月くん、なぁにその顔。鳩がガトリングガン食らったような顔してるよ?」
「…それを言うなら豆鉄砲ではござらんか?」
道着を着たガタイのいいイケメンのツッコミをスルーし、空気を入れ替えるようにくるりと踊るように一回転したモノクマは、最後にビシッと決めポーズをして、
「では、これからオマエラが行う"林間学校"の説明を行います!」
と、訳のわからない宣言をした。
「…は?林間学校?」
「林間学校って…オレら入学式すらしてねーのに、どーゆー事だよ?」
聞き間違いかとその言葉を反芻した俺に反応するように、ジャージを着たアホが本気で不思議そうにモノクマに問いかければ、モノクマはやれやれ、とでも言いたげなポーズで首を横に振った。
「林間学校は林間学校だよ。オマエラ十六人には、この山で共同生活してもらうの!一生ね!」
「…つまり、死ぬまでここから出られないという事か?…冗談だろう?」
「本気だよ!本気と書いてマジだよ!」
真面目系男子の言葉にモノクマは右前足から鋭い爪を生やしてそう答えると、何が面白いのか再び笑い始めた。
「うぷぷぷぷ……まぁ、一生って言ったけど、無い訳じゃないよ?この山から出る方法……」
「…どうせ下らない事だろう?」
「むっ!下らなくないよアレクくん!むしろ楽しい事だよ!ボクにとってはね!」
「それ、要は私たちにとっては下らない事なんじゃ…?」
「なんだよ優しい機織さんまでそんな事言っちゃって!もういいよ!勝手に説明するから!」
若干拗ねたらしいモノクマは腰(?)に両前足を当て、説明し始めた。
「学園長であるボクは、山から出たい人の為にある特別ルールを設けたのです!それが、"下山"というルール!」
下山…?なんだそのルール。
この場の誰もが思った事だろうが、モノクマは無言の俺たちを気にせず話を続けた。
「オマエラには、この
モノクマがそこで言葉を区切ると、寝間着女が質問をするように右手を挙げ、口を開いた。
「秩序を破ると言ったが、具体的にはどういう事をしたら破った事になるんだ?」
「おっ、いい質問だね野宮さん!聞きたい?聞きたい?」
「はいはい。聞きたいから、早く答えなさい」
「九里田さんに免じてお答えしましょう!それはね……」
「人が人を殺すことだよ」
……こ、ろす……?
「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺……殺し方は問いません。 "誰かを殺した生徒だけがここから出られる"。…それだけの簡単なルールだよ」
モノクマの言っていることが、理解できなかった。
それはこの場にいる全員がそうだったと思う。
殺す…?俺たちの誰かが、俺たちの誰かを…?
そんな事、出来る訳が無い。
…だって俺たちは友達だろ……………、
……………友達?
どうして、俺はこいつらを友達だと思ったんだ?あのアホはともかく、他の奴らはついさっき会ったばかりなのに…?
…何かが、おかしい。俺が、何かを忘れるなんて、ありえないはずなのに………
「……あなたは、わたしたちに殺し合いをさせたいの?」
その言葉にハッと我に帰ると、こげ茶色の髪の少女はその幼い顔を一切歪ませないままモノクマを見つめていた。
「うぷぷぷ。その通りだよ?」
「……どうしてそんな事させようとするの?」
「どうしてって?そんなの教えるわけ無いじゃない!強いていえば趣味だよ!ボクの趣味!」
「……まともに答えないのなら、もういい」
「あれ、もう終わりなの常前さん?だったら、次の説明に進むよ!」
モノクマはそう言うと、どこから出したのか板のようなものを両前脚に持ち、それを俺たちに向けて投げた。
俺に向かってきた一枚の板をキャッチすると、親指が丁度いい位置に当たったのか、画面に「向月直」と俺の名前が浮かび上がった。
「今オマエラに投げたのは、この山で必要になるオマエラ専用の生徒手帳です。電子化された生徒手帳……略して、電子生徒手帳!その手帳は林間学校に欠かす事の出来ない必需品だから、絶対になくさないようにね!単なる手帳以外の使い道もあるんでね!」
「…今、ざっと調べてみたけど…、この"林間学校のルール"って、何?」
板(電子生徒手帳)を片手にヘッドホン女子がそう聞くと、モノクマはあの変な笑い声を響かせながら、いわゆるドヤ顔をして話し始めた。
「ルールはルールだよ。ルール違反をしたらオシオキが待ってるから、各自ちゃんと読んでおくよーに!ではでは、これにて林間学校開会式を終わりたいと思います。それじゃあ、待ったね〜!」
モノクマはそう言い終えると、謎の効果音を出しながら俺たちの目の前から姿を消した。
後に残ったのは、困惑と恐怖、疑いという暗い雰囲気に満ちた、俺たち十六人だけだった。
モノクマが去ってから数分続いた沈黙を破ったのは、両腕を組んで深くため息を吐いた真面目系男子だった。
「…あまりの荒唐無稽さに頭が痛くなるが、とりあえず。皆、僕の話を聞いてくれないか?」
尋ねるようなその言葉に、俺を含めた全員が各々真面目系男子に目線を向ける。
彼は全員の視線が自分へ向いたことを確認すると、すうっと息を吸って話を続けた。
「まず初めに、自己紹介をしよう。僕は今年度超高校級の学級委員として希望ヶ峰学園に入学した、
【超高校級の学級委員 岩崎孝輔】
「さて、本題だが。たった今僕達はモノクマを名乗る得体の知れないヌイグルミに、この山から脱出したければコロシアイをしろ、と脅迫された。
もちろん僕はそんな事をしたくは無いし、君達もそうだろう。
そこで、モノクマの言うこの絶望山を一度全員で調べてみるのはどうだろう?
望み薄ではあるがどこかに出口があるかもしれないし、そうでなくても何かの手がかりは見つかるかもしれない」
真面目系男子…岩崎の言葉に、他の奴らは「確かに…」「そうかもしれないけど…」など、それぞれの反応を示す。
その反応がお気に召したのか、岩崎はにこりと微笑んで再び口を開いた。
「それに、だ。ここにいる全員は超高校級。今年の入学生十六人が拉致されたとなれば、警察機関も動くだろう。モノクマの言葉が虚言であれ真実であれ、数日もすれば主犯は捕まり、僕達は助かるだろうと考えているんだ。…どうだろう?」
「…ま、確かにね。今の警察機関は十数年前に比べて実力も権威も強化されてる。早ければ五日、遅くても一ヶ月以内…って所でしょ。
あのクマの言葉を無視して過ごせば、アタシら全員無事に保護されるでしょうね」
伺うような岩崎の言葉に反応したのは何かを考えるように顎に手を当てていたヘッドホン女子。先程モノクマに質問した所と言い、中々肝が座っているようだ。
「そ、そうですよね…!大人しく待っていれば、助けが来るに決まってますよね…!あぁ、良かった。安心して涙が出てきました…」
涙目になりつつも安心したように微笑んだ三つ編み女子の言葉を筆頭に、次々に「安心した」「良かった」などと続く声。
次第に明るくなっていく雰囲気の中、俺の心には何故か不安が漂ったままだった。
…いや、冷静に考えれば岩崎の言う事が現実的ではあるんだが…。
一人でうんうん唸っていたら、いつの間にか話が進んでいたらしく、とりあえず一人ずつ自己紹介をしよう、という事になっていた。
「この山を探索するにも、保護を待つにしても。お互いの名前も知らなければ不憫でしかないしな。今は簡単な自己紹介をして、顔と名前と才能を一致させよう」
苦笑しながらそう言った岩崎に、俺はぼんやりとコイツは苦労人気質そうだな、と思いながら周りを見た。
岩崎の提案に否定を示す人間は居ないようで、誰が最初に自己紹介をするのか?と各々視線を動かしていた。
そんな中、岩崎は丁度対面上にいる俺を見ていた。…もしかして、俺が最初に自己紹介をしろって事なのか?
「あー、えっと…」
俺がたまらずそう声を出すと、数人分の視線が俺に集まった。
あまりの視線の数に少し気圧されながらちらりと顔見知りのアホを見れば、ソイツは視線に気がついたらしく満面の笑みを浮かべて頷いた。
…いや、期待していた反応はそういうのじゃないんだが。
呑気なアホ面を見たおかげで少しだけ緊張が解れた俺は、少し前の岩崎のようにすうっと息を吸った。
「…じゃあ、俺から。俺は向月直。苗字でも名前でも、なんでも好きに呼んでくれ。超高校級の記憶力として入学した。…よろしく」
無難で地味な自己紹介。
それだけなのに、どうしてこんなに精神的に疲れたんだろうか。