食堂からしばらく歩くと、そこそこ大きめの病院にたどり着いた。
どうやら二階建てらしい。中に入るとそこは待合室と受付になっていて、奥の方に別の部屋へ続く扉があった。
受付には漆乃が居て、テーブルに腰掛けて資料のようなものを眺めていた。
「漆乃。何見てるんだ?」
「ん?あぁ、向月くん。大したものじゃないんだけどね…」
ほら、と差し出された資料の束。十数枚程度あるそれは、見覚えのある顔写真がいくつか貼られていた。
…というか、これは…。
「カルテ、か?」
「そう。しかも、今この山にいる十六人のカルテだ。内容は…手帳に書いてあるものとあまり変わってないけどね」
自身の電子生徒手帳を取り出して苦笑している漆乃を横目に、ぱらぱらとカルテを捲る。
ちゃんとしたカルテというものは見たことはないが、それっぽいことが書かれた紙が丁度十六枚。
漆乃が表示してくれた俺のデータとカルテを見比べても、やはり同じものだった。
「…本来の林間学校を行う時、必要になるだろうから…用意してた、のか?」
「そうだったら用意周到で有難いけどね。この状況下だと、不気味でしかないよ」
肩を竦めてテーブルから降りた漆乃は舞台役者のようにマントをくるりと翻し、受付の奥にある資料棚に視線を向けた。
「僕はもう少しここを調べるけど…。君はどうする?」
「俺は一通り探索していこうと思ってたんだけど…。えっと、この量を一人で調べるのか?」
三列ほど並んでいる資料棚、その全てに何かしらの資料がみっちりと詰まっており、しかも明らかに整理されていない。
一般的に綺麗好きと呼ばれる人間なら、あまりの汚さに頭を抱えているだろう。
「さすがに全部は無理だよ、集合時間もあるからね。とりあえず気になるものが無いか調べるだけさ」
「そうか…。何か手伝えるようなことがあったら言ってくれ」
「うん、その時は声をかけさせてもらうね」
にこりと人の良さそうな笑みを浮かべた漆乃はひらひらと手を振り、奥の方へ歩いていった。
…服装は不審者そのものなのに、顔がいいやつってのは何着ても似合うものなんだな…と、しみじみそう感じた。
受付の近くにある扉を開くと、そこには長い廊下と左右に四つ程並んでいる病室、奥の方には二階へ上がる階段が見えた。
とりあえず右側の病室を見てみようとドアノブを捻ると、中から塀獨が出てきた。
「あ、悪い」
「大丈夫だけど…。アンタもここを調べに来たの?」
「いや、一通り見て回ろうと…」
「そう。ならここにある病室は見なくていいわよ。アタシが調べるし、二度手間になるしね」
塀獨はそう言いながら、ショートパンツのポケットから何かを取り出し、俺に差し出した。
差し出されたそれは分厚い手帳で、長年使われていなかったのかだいぶ古びていた。
「手帳?」
「そ、ここで見つけたの。まだよく読んでないけど、何かの手がかりにはなるかもしれないでしょ?他の病室にも何かあったら拾っておくわ」
最初の三ページほどを読んで塀獨に手帳を返すと、受け取った本人は興味がなさそうにパラパラと流し読みし、はぁとため息を吐いた。
「今この状況がこういう設定のリアル脱出ゲームだったら、存分に楽しめたのに…」
「一応言っとくけど、かなり本気で命がかかってる異常事態だからな?」
「いちいち言われなくても分かってるわよ。ったく、どうしてこんなことに…」
塀獨はぶつぶつと文句を言いながら、隣の病室へ歩いていった。
…何か重要そうなものでも見つかればいいんだが…。あの手帳の冒頭、ほぼここに観光に来た人物の日記が書かれてただけで、大したものじゃなさそうだったし…。
階段を登って二階に上がると、左右に大部屋が一つずつという特殊な構造をしていた。
右側にあった扉を開けて中に入ると、そこには三列に並ぶ長い棚と、それを閲覧するために設置された机と椅子が三セット置かれていた。
棚にはファイルやらバインダーやらが並べられていて、左側からA、B、Cとジャンル分けされていた。
試しにAの棚のバインダーを手に取ってパラパラ捲っていると、
「向月くん」
背後から突然誰かに声をかけられた。
驚いた俺は情けない声をあげながら勢いよくバインダーを閉じてしまった。
わ、割れてないよな…?
「い、岩崎か。びっくりした」
「すまない。驚かせるつもりは……」
「大丈夫だって、俺が驚いただけだから。で、どうしたんだ?」
「いや、少しそれを貸してくれないか?」
岩崎がそう言って指をさしたものは俺が持っているバインダーだった。
「これ?なんでだ?」
「隣の部屋を見ればわかる」
そう言われ、不思議に思いながらも岩崎にバインダーを手渡すと、岩崎はそれを受け取りにこりと笑って部屋から出た。
続くように俺も部屋から出て隣の部屋に入ると、そこには何かしらの薬品が並べられている棚と、使い方の分からない様々な医療器具が置かれていた。
「どうやらこの部屋は医療系の研究室のようなんだ。そして、バインダーが必要だったのはこれのため」
岩崎はバインダーを片手に棚の戸を開け、中に入っていた薬品を手に取った。
バインダーのとあるページを開きながら薬品に貼られているラベルの成分表を交互に見比べ、納得したように頷いた。
「うん、思った通りだ」
「…一応聞くけど、何が?」
「この薬品を見てくれ。ラベルに薬品名と成分が書かれている…のは一般的なんだが、このバインダーにはその薬品を使用した場合の作用、副作用、実験結果などが細かく説明されてるんだ」
「へぇ……あ、ホントだな」
岩崎が持っていた薬品を貰い、開いたままのバインダーを見比べる。確かに、岩崎の言った通り薬品の作用などが数ページに分けられこと細かく書かれていた。
「このバインダーにはAー3と明記されてる。薬品棚もそんな風に分けられてるから、間違いはないと思う。…こんなに薬品があったら、中身が入れ替えられたとしても気がつく事は難しいだろうな」
「…今日会ったばかりだけど、岩崎はそんなことしないだろ?」
「はは。比較的信用されてる、と考えていいのかな」
薬品を棚に戻しながらそう言った俺に、岩崎は小さく苦笑して持っていたバインダーをパタリと閉じた。