花鳥風月というタイトルで出されたキュウコンメインのアンソロ本。
多分けもケとかに参加する事があればまだ買える。
3話構成で6/7の07:05(予約投稿ミスった), 13:05, 19:05に投稿。
一
半月が夜を微かに照らす。
その微かな明かりの中を何かが飛んでいたのか、黒い羽が一つ、空から落とされた。
一つだけの黒い羽。
重力と、微かな風に従ってゆらりゆらりと落ちていく。
真下に広がる町には喧噪が広がっていた。
酔っ払いが大声で叫び、車の迷惑そうな警音が鳴り響く。ポケモンの鳴き声も負けじと響けば、その身から放たれる力がどこかへ飛んで行った。
その中に一つ、その喧噪を、外部との関わりを全て拒絶するかのような建物があった。
屋根も無く、音も無く、電灯なども無い。しかし、暗闇ではなかった。
鬼火が七つ、八つ、いや、消えたり増えたりしながら明かりとして漂っている。
様々な表情を見せながら、しかし例外なく雅やかさを備えつつ、怪しげに、妖しげに、ゆらりゆらりと舞っていた。
人々が、ポケモン達が、その微かな明かりの中で一様に座っている。
誰も彼もが、芸術と言うものを知らない者でさえも、芸術と言うものを知り尽くした者でさえも、まだ一年も生きていない者でさえも、人間より遥かな年月を過ごした者でさえも、何も言わなかった。身じろぎさえしなかった。
その建物の中の観客の目の全ては、一点に集中していた。
ぽつ、ぽつ、と鬼火に照らされたその場所。
その舞台に、一匹のポケモンが居た。
尾の一つ一つが、揺蕩う水のように、ゆら、ゆらりと、もしくは風になびく草木のように、さら、さらと、かと思えば燃え盛る炎のようにどうどどうと、途切れる事無く、一様に留まらずに移り変わる。
鬼火。時には観客の頭上にまでゆらゆらとふらふらと移ろい、その尾が揺れたと思えば鬼火も揺れ、色も変わる。
気付けば消えており、気付けばその尾の先からまた、一つ、二つと増えていた。
鬼火は散り散りな場所にあるのに、それと月しか明かりは無いのに、その舞台に立つ、九つの尾を持つポケモンの存在だけが、この空間に居るその他全ての生物を釘付けにさせていた。
音もなく、万象の全てをその身と鬼火で現しながら舞うそのポケモン。
顔が見えなくなる事もあった。
姿の殆どが消える事さえもあった。
それでも、観客の目が離れる事は無かった。
千年の時を生きると言われるそのポケモンは、短く太く生きる人間ではどう足掻こうとも何を犠牲にしようとも得られはしないものを身につけていた。
技術でもない。経験でもない。悟り、というものが一番近いだろうか。
その舞は、ここに居る全てを魅了していた。
羽が、ひらひらと落ちて来る。
それは鬼火に包まれ、誰も気づかず、消えた。
ふつ、ふつ、と鬼火が数を減らしていく。暗闇が濃くなろうとも、そのポケモンから誰も目を離す事は無かった。
鬼火が二つ、一つとなろうとも。誰もが魅了、いや、洗脳されたかのようにまで、その舞から目を離さなかった。離せなかった。
殆ど暗闇であろうとも、瞬きをする事すらも躊躇われる。
しかし、誰もが記憶しようとも思ってもいなかった。ビデオカメラに収めようとも、記憶の内に収めようとも、この舞の全てを収める事は出来ないだろう。
この瞬間、刹那が過ぎていく連続の全てが舞を構成していた。
誰もが気付いていない要素でさえも。気温や湿度、月やそれを時偶隠す雲も、どこから吹くのか分からない風、もしかしたら、落ちて来た羽でさえも。
月が曇り、完全な暗闇になり。
暫くして、月明かりが戻ったその後には、焦げた羽が一枚、舞台の上に落ちているだけだった。
二
くぁ、と欠伸をするその様は、単純に疲れた様子だった。
仕事を終えた人間のように。肉体労働を終えた格闘タイプのポケモン達のように。ポケモンバトルで賞金を稼ぐトレーナーとポケモン達のように。
徐々に我を取り戻しながら喧噪の続く現世に戻る観客を建物の中からこっそり眺めつつ、そのポケモン、キュウコンはゆっくりと休息に浸っていた。
かり、と時々、渋味と甘味のする木の実を食べながら、力を抜き、眠気も隠していない。
人間よりも遥かに長い時間を過ごしている身であろうとも、その姿はただのポケモンとなっていた。何者も魅了する幻想めいた姿は、今は無い。
後ろでは、さら、さらと静かに尾の手入れをする二匹の狐が居た。
正座をし、手に持った櫛で毛を梳き、埃を払う狐。黒い姿に赤い髪を持つその狐は、種族名をゾロアークと言った。丁寧に、夢中に毛を梳いていた。
胡坐をし、指で筋肉を解していく狐。赤と黄の姿に耳から多くの毛を生やすその狐は、種族名をマフォクシーと言った。持前の念動力も使いながら、荒めに、けれど正確に疲れた尾を解していた。
その二匹のポケモンは、生まれた場所も違い、またこのキュウコンに仕える為に生まれて来た訳でも、特別な理由がある訳でもない。
仕えたいから仕えている。気に入っているから仕えさせている。
時代は流れていく。それをこの体でずっと眺めて来た。
こうして外を眺めるだけでも様々な事が変わっている。喧噪の音も変わった。臭いも変わった。見かけも変わった。雰囲気も変わった。
目を閉じれば、ぼやけきった記憶しか無いが。
人間なんかより長い、永い年月を過ごす身だと言うのに、記憶に関しては人間達と大差ない能力しか持っていない。
体は数百年の間、もう、強くなる事も、衰える事も全く無い。ずうっと老いる事も無く生きているのに、その記憶はこうして元気に活動出来ている間の半分の半分、更にその半分も鮮明ではない。
体は若者のように動くのに、こうしてここで過ごす前にどこをどう生きて来たかも、もう大して覚えていないのだ。
時々、思う事がある。
記憶が多く保てないなら、長く生きているのも短く生きているのも変わらないのではないか。
記憶の無い時間は、死んでいると言っても良い。生まれていないのとも大して変わらない。
何度、友を喪ったのか、何度子を為して、その子が今どこで何をしているのか、もう殆ど覚えていないし、知らないのだ。
子や孫、自分が血を分けた者と会おうとも、全く分からない、嫌な自信さえもあった。
覚えているだけ生きて、死ねるというのは、この身からすると、羨ましくなる事もあった。
しかし、記憶はどこかへ消えようとも、感覚は残る。体に積もった経験も残る。
それらのおかげで今こうして数日に一度舞うだけで、美味い食べ物も安全な寝床も、従者達の分まで与えられる。
けれど、そうして安全と贅沢を得られるとしても、不安に押し潰されそうに何度もなる。
自分は、千年生きるという。どれだけ生きて来たか、分からない。どれだけ後、こうして元気で居られるのかも分からない。
ずっと変わらないこの体は、寿命を察する事も出来なかった。
毛を梳き終わり、揉み終わった。舞をしている最中は意識もしない疲れは、凝り固まって表に出て来る。
でもこうして、特に尾を揉んで貰えると、疲れが次の日には大半が消えている。
感謝は伝えきれないが、これまで同じようにしてくれた、仕えてくれた者達の事も忘れてしまっている。
このマフォクシーとゾロアークの前が誰だったかも、思い出すのに時間が掛かった。
建物の中の方を窓まで行って覗き込む。そこでは、人間達やポケモン達が掃除をしていた。細かな埃などを掃いている。
ここで莫大な利益が生まれている事を知っている。その九割九分以上が自分達三匹ではなく、その人間達のものになっている事も知っている。
それでも良かった。いや、そんな事はどうでも良かった。
自分の長きに渡る不安を癒してくれるものは、どこを探しても無い。いや、ある筈が無い。
この世界で一番繁栄している人間は、過去の記憶を失いながら生きたりしない。自分が欲するものは、繁栄の内に暮らす人間には到底要らないものだったから。
建物の外を見た。
ぼうっとしている人間やポケモンが未だに多くそこに居た。その、自分がそうさせた姿を見せても、羨ましさが湧き出て来る。
そうして、ただ見惚れて、その余韻に浸って。何も考えないで居られる時間というものはそんな自分にとって、とても欲するものだった。しかし、そう言う機会も自分にはそう大して無かった。
自分の生きて来た常しえを投げ売るかのように、ただただ舞だけをしている時間。
それと、もう一つ。
櫛から毛を捨てているゾロアークに体を向けて、唐突に押し倒した。
驚いたゾロアークはしかし受け入れて、自分と舌を交えた。
三
言葉で意志疎通を出来るポケモンは少ない。
自分は、口を使って喋る事は勿論出来ない。
テレパシーも使えない。
この、長生きし過ぎる身にとって、言葉を使った意志疎通が出来ない事はとても辛い事だった。
人間の言葉を何年も、何十年、いや何百年という単位で聞いている内に、人間の言葉は完全に理解出来るようになっている。
自分の思考も人間の言葉を使った、より鮮明なものになった。
なのに、自分は人間の言葉を使って喋る事は出来ない。テレパシーでも、だ。幾ら時間が経とうとも、どれだけ長生きしようとも、自分は出来なかった。
それは、時間の問題ではなく、素質の問題だった。
テレパシーを使って人間と会話出来るポケモンと言うのは、大抵の種類のポケモンで稀に居る。種族に関わらず、エスパータイプの技を覚えていなくとも、覚えられる素質さえあれば出来るポケモンも居た。
結局のところ、自分にはその素質は無かった。それだけだ。シンプルに、残酷に。
目が覚めると、薄暗い早朝だった。
ゾロアークは隣で寝ていて、畳や自分とゾロアークは汚れたままだった。
舞をしようとも、交わろうとも、一時の間だけ気を紛らわす事ができるだけ。いつものように、衰えも成長もしない体がここにある。何年、何百年と過ごしてきたか分からない体がここにある。
マフォクシーは、どこにも居なかった。自分とゾロアークが交わり始めてからどこかへ行ったきりだった。
水場で体を洗い流していると、ゾロアークも入って来て、身を洗い流した。
子は、偶に出来ている。けれど、ゾロアークと子を為しても、生まれて来るのはゾロアだけだ。ロコンは生まれて来ない。
その事実を思うと、どうにもやりきれない時もあった。同じ雄であるマフォクシーも、同じような思いをする事はあったのだろうか? それも知る事は出来ない。
ただ、ロコンとして生まれて、そして進化してしまったら、こうして千年もの間だらだらと生きなければいけないのだから、それはそれで良いかとも自分は思う。
死にたくはない。いや、自分が恐れているのは、死そのものではなかった。
いつ、それが訪れるか全く分からない事だった。
そんな生き方をしなくてはいけないのは、少しで良い。少なくとも自分は耐えられているが、皆が耐えられるかは、全く分からない。
まだ人通りが少ない外へ出る。
声を掛けられる事は少ない。この町に住み着いてから暫くしない内に、自分は敬われるようになった。
良さげな寝床を見つけ、何か食い物でも恵んで貰おうかと思って舞ってみたらそこから一気にここまでの事になった。
人間のルールに従おうとしていたら、気付けばその中に取り込まれていたと言う感じでもあるが、不快感は無い。
そうして暮らす事自体は、別に劣っている事でも何でもない。
本当におぼろげな記憶だが、人のポケモンとして生きていた時期もあった。まだ、モンスターボールと言う物も無かった時代に、自分の意志でだ。
ロコンからキュウコンになった時も、確かその時だった。
ただ、ロコンからキュウコンになったのが、自分の意志だったのか、その人間の意志だったのかまではもう、覚えていない。その人の顔も、その人と暮らしていた時の感情も、何もかもを覚えていない。
楽しかったのだろうとは思うけれど。
前で掃き掃除をしていた人間が頭を下げた。尻尾を振って、軽く返した。
何度か、人間が自分の事に関して強制しようとしてきた事があった。別に、整えてくれるのは勝手にされた事で、路上で舞うよりそっちの方が良さげだった。寝床も用意された方がより好きだった。
だからと言って、無闇に外を歩かないで欲しいとか、もっと恭しくしてくれとか、舞の頻度を増やしてくれだとか言われる筋合いはない。
追っ払っていれば来なくなったが。
長生きしている事は、楽しい事ではない。ただ、少なくとも役に立つ事ではある。
太陽が昇って来る頃、マフォクシーが前から歩いて来た。
腕に木の実やら様々な食べ物を抱えていた。
甘苦い木の実を咥えて食べながら、互いに帰路へ着く事にした。
食べながら、曲がり角を何度か曲がる。
ぶらぶらと当ても無く歩く散歩の帰り道は、近道を。
そこは宿が立ち並ぶ場所だった。安い宿から高い宿までぱらぱらと散らばっている。自分の舞を見に来るのは、大抵が高い宿に泊まっている人達だった。
高い金を取っているのだろう。
元々、良い食べ物を貰おうとしてした舞が、ここまでの事になるとは思わなかったが。
ここを気紛れに出て行ったらと言う事も思ったりする。自分の舞に勝手にでかい旨みを作り出した人間達が嘆く様を想像するのは結構楽しい。
追いかけて来た奴等をこんな町中でやれない程に思う存分返り討ちにするのを想像するのも。
何も考えないでいられる時間ではないが、戦って甚振る事も好きだった。
そんな欲求が湧いて来たのを察されたのか、マフォクシーが木の実を渡してきた。渋みの強い、落ち着く木の実だった。
好き好んでいるからと言って、自分から仕掛ける程じゃない。
受け取って齧っていると、ふと、妙な視線を感じた。
純粋な羨ましさとか、身勝手な恨み、トレーナーの力量を見定める目や、はたまた珍しさとか、そういう良く感じるものではなく、気になるというような。
もじもじとしているような姿が頭に浮かぶ。
気になって見回してみれば、その視線は切れてしまった。