七
しゃり、しゃり、と氷を優しく砕く音。
晴れたその空から届く光は、氷が砕ける度にまた、弾けた。
一瞬の煌めきは、共存しないはずの乱雑さと精緻さが混じり合ったようだった。
冷えるこの場所で、吐息が白く立ち上る。
観客にとっては、それすらも邪魔だった。寒いのに、身体は不調を訴える事さえ許さないように何もかもを舞へ強制させる。
月明かりが金色のそのポケモンをより一層際立てた。乱れて反射したその光が、時にその姿を時に輝かしく、また一瞬にして虚ろになるように更に表情を変えて映し出す。
川が流れるように途切れ無く、時に滝へ落ちるように激しく。そして、時に凍りついたように止まる。
森の中へと道は開けた。
風を受けてゆらゆらと揺れ、空を飛び立ち舞い散る枯葉のように。息を潜め、獲物を狙う獣のように。気付かず、草を食む獣のように。
日々を謳歌する全てのように。命尽きる全てのように。
気付けば、鬼火で優しく溶けた氷が暗闇の中に薄らと霧を立てていた。
所々で立ち上るその霧は白い吐息と重なり、視界が更に曇った。しかしそれはもう、観客にとって不快ではなかった。
月明かりはまるで太陽のようだった。そのポケモンそのものが見えなくても、舞は成り立っていた。
鬼火が舞う。尾が舞う。身体が舞う。世界がくるくる舞う。
それらが作り出す空気の流れが舞としてまた、全てを魅了していた。
妖美な炎がくるくると渦を巻き、弾ける音を立てた。金色の尾が捻じれて戻った。
舞は、いつの間にか激しさを纏っていた。静まった自我の中で微かにぶれが起きていた。
霧が晴れた時、人々は一瞬自我を取り戻した。
舞台に居るポケモンが一匹、増えていた。姿は等しく、輝く金色と静かな水色の二匹だ。
しかし、こんな事は初めてだったのにも関わらず、その二匹はまるで生まれた時から一緒だったように、互いに呼応していた。互いの舞が全く別々なものを表現していても、それは光と闇のように、白と黒のように、太陽と月のように、有と無のように、現実と夢のように、決して交わらぬ二つのような関係を持っていた。
人々が取り戻した自我はまた、一瞬で消えた。
空は明るく、そして霰を撒き散らす。
しかしそれは観客に当たらず、熱で霧散する。
炎の舞と氷の舞が、優しく激しく、捻じれて解けて、また固まり、一つとなった。
霧がまた立ち上り始めた。しかしそれは、熱をもって、冷気をもって、そして意志を持っていた。その二匹を強調し、また、隠し。それは舞でありながら戦いに移り変わり、そして対話へと、交わりへと、別れへと、再会へと、より様々な表情を見せ始めた。
人々は、呼吸する事さえも忘れた。
心の根が動いていなくとも誰も気付かない。外で何が起ころうともこの世界は崩されない。
ぱき、ぱき、と氷が弾ける音がする。ぼう、ぼう、と炎が立ち上る音がする。
固まった二つの舞が、解け始める。
炎と氷の舞が、また、離れた。
氷が弾け、炎が受け止めた。炎が弾け、氷が受け止めた。
捻じれを失い、また、別々となる。
それは、完全に相反するものとなり、そして崩壊していく。
世界の終わりのように。恐怖さえ覚えた。絶望し、涙を流す者さえ居た。
そして、弾けて、最後に残ったものは、一つの鬼火に包まれた氷の塊だった。
とろ、とろと溶けて、それは水となった。
八
自分の身体の奥深くに沈めた自我は、舞の記憶もおぼろげだ。
部屋に戻る最中に自我が完全に戻る。後ろには、その、遠方から来たキュウコンが居た。
おぼろげな中で、色々な事を理解していた。
このキュウコンは、遥か南で暮らしていた。トレーナーに捕らえられて、ここまで来ていた。このキュウコンの舞は、このキュウコンの歴史そのものだった。自分にとってもそれは同じなのかもしれない。
互いに舞える者同士、一緒に舞うと言う事は、互いの身体を、歴史を覗く事に等しかった。
そして、もう一つ。
階段の窓から見える人々は、いつもより長い時間、虚ろなままになっていた。
疲労も激しい。自分達以上に。
ゴーストタイプのポケモンのように生命力を吸い取っている訳でもないが、老人がこの自分達の舞を見たとしたら、そのまま衰弱死してしまいそうだとも思えた。
自分の疲労はそう、いつもと大差はない。この氷のキュウコンが乱入して来たのにも、驚く事さえしなかった。自我が目覚める程の事では無かった。
舞は続けられた。そうであれば、舞に対しては何も問題は無かった。
ただ、自分として大した自覚が無くとも、より人々を深淵にまで誘ったらしい。
まあ、これからこのキュウコンと合わせて舞う事になろうとも、自分にはそう関係の無い事だ。そこ辺りの事は、人間達が勝手にやってくれるだろう。
階段を登り切る。一足先に自我を取り戻していたゾロアークとマフォクシーが自分と後ろのキュウコンを出迎えた。
後ろでキュウコンが立ち止った。
振り返ると、何故か泣きそうな顔をしていた。
直後、窓から巨大な鋼の足が突っ込んで来た。
メタグロス。その鋼の足が一直線に自分目掛けて飛んで来た。
殴り飛ばされ、壁へ叩きつけられる。
部屋が一瞬で氷に包まれた。霰を降らすその力が、この部屋の中で濃く発せられた。
メタグロスが応戦し始めたマフォクシーの炎とゾロアークのシャドーボールで怯み、氷のキュウコンの周りには氷の槍が大量に生成された。
自分は日照りの力で炎を纏い、それらを溶かした。
鼻血が出た。身体がやや痛む。でも、それだけだ。大した傷じゃない。
モンスターボールからポケモンが出て来た音がした。
「ルガルガン、アクセルロック」
「メタグロス、思念の頭突き」
冷淡な二つの声。
ぞくぞくと身体が震えて来る。殺意を身に受けたのは久しぶりだった。
しかもそれは、単純な殺意じゃない。相手が格上だと分かっている、挑戦者の殺意だった。
尾を逆立てる。日照りの力を一気に放つ。氷で包まれていた部屋が一瞬で燃え盛る。味方を優しい炎で包みながら、一気に敵を青い炎で包み込んだ。
メタグロスの身体が耐え切れずに溶け落ちていく音が聞こえた。
ルガルガンがそれでも耐えながら突き進んで来た。牙を剥き出しにした所へ炎を流し込み、そのまま焼け落ちた。
「キュウコン! 何をしている!」
氷で炎に対抗出来ると思ったのか。
物体が停止すれば終わりの氷に対して、幾らでも熱を与えられる炎に勝てると思っていたのか。
その氷のキュウコンは伏せて、必死に自分の身を守っていた。
それしか、させない。
今思えば、このキュウコンは自分に警告しようとしていた。攻撃も一番先に奇襲出来る位置に居たけれど、全て一足遅れていた。
岩タイプや鋼タイプ。自身の弱点を突けるポケモン達に囲まれ、捕えられてからも抗えなかったのだろう。その身でありながら、自分を襲う事をどうにか拒絶しようとしていた。襲わなければいけない事を伝えようとしていた。
破壊光線が背後から飛んで来る。先に気付いたマフォクシーがそれを微かに捻じ曲げた。それは崩れ落ち、既に息絶えていたルガルガンを粉々にした。
「……メタグロス、大爆発」
その掛け声の直後、ゾロアークとマフォクシーに近寄る。マフォクシーと自分が念動力と神通力で壁を張り、ゾロアークが闇の力を身から放って、壁を後ろから強く押した。
どろどろと溶けていたメタグロスが一気に弾け飛ぶ。
炎に包まれる中、氷のキュウコンが吹っ飛んだのが見えた。
メタグロスのはじけ飛んだ鋼の肉体が壁にぶつかり、溶けて貼り付く。
ゾロアークでは力が足りず、壁が押されていく。燃え盛る建物と爆風で建物が崩れ落ちている。異変に気付いて自我を取り戻した観客達が必死に逃げる声が聞こえた。
床が抜け落ちた。落ちていく最中、その背後にポリゴンZが居た。二度目の破壊光線、今度は自分の神通力で捻じ曲げ、そのまま返した。
避けられなかったポリゴンZはどこかへ吹っ飛んで消えた。
がらがらと瓦礫が落ちて来る。瓦礫を全て灰としながら、前へ進んだ。
受けた殺意に対し、自分の底からも殺意が湧いて来る。抱いたのはいつ振りの事だろうか。
光球が空に作り出される。それは長年生きて身に着き成長した、全てを干からびさせる程の日照りの力だ。夜は昼に塗り替えられ、水はそれが何であれ消え果てる。
人は複数。ポケモンはその人数の六倍。
それでも負ける気はしない。建物の外に出ると、目に付く場所に元凶のトレーナーが数人見えた。新しくモンスターボールを複数投げて来た。だが、トレーナーへも神通力の届く範囲だった。
トレーナーを捻じ折り、捨てた。全て残さず。
それだけで、ボールから新たに出て来たポケモンは戦意を失った。
殺意を向けられるのは嫌いじゃない。殺意に対しては、思う存分に殺意を以て返せるから。
長生きしてきたのは楽しい事ではないが、役に立つ事だ。殺意を返せるだけの力量は、長生きしている間に十二分に身に着いている。
不意打ちの先制は食らってしまったが、それ以上食らうつもりも無かった。
これでも捕えようとしたつもりなのだろう。
殺意を以て、更に疲れた所に不意打ちまでして挑まないと捕える事も出来ない、と思ったのは正解だ。
ただ、それでも何百年という時間を馬鹿にしている。
あの氷のキュウコンの歴史は、自分より確実に浅かった。人間よりは長く生きてはいるだろうが、この物量に押し負ける程度だ。
百年も生きていないポケモンや人間が束になった所で、何百年と生きて来た自分に負ける筈はない。
九
見える所以外にもトレーナーは居るようで、耳を立てれば逃げる指示が聞こえた。
させるものか。
残っていたポケモンを神通力で無理矢理振り向かせ、目を合わせた。
瞬時にとろん、と目が虚ろになり、そこから洗脳を仕掛ければ好戦的な目になってトレーナーの元へ走って行く。
トレーナーに逆らえないのは、正気な時だけだ。
後はもう何もしなくて良い。主人を一心不乱に殺した後で、茫然として終わる。
振り返れば、自分の為に作られた建物と舞台が燃えて崩れ落ちていた。トレーナー達だけではなく、巻き込まれた人々やポケモン達が少なからず死んでいた。
無関係の人やポケモンまで死んだのは、自分のせいというよりメタグロスに大爆発を指示したトレーナーのせいだろう。
あれで炎が一気に広がった。
ただ、少なくともその炎は自分が撒き散らしたものだった。
日照りを収めれば、消防や警察やらがやって来るのが聞こえ始めた。
気絶していた、氷のキュウコンの元へ歩いた。大分弱っていたが、生きていた。
このキュウコンは、あのトレーナーに付いて来たのではなく、連れて来られていた。
力及ばず負けて、か。
もう、縛り付けていたトレーナーは居ない。モンスターボールを壊せば、完全に自由だった。
……ただ。
自分はもう、ここには居られなかった。
相手が殺意さえも以て自分を捕えに来たとしても、返り討ちとしてそのトレーナーとポケモンを容赦なく殺害した。
無関係の人もその巻き添えになってしまった。
ここは、人間の場所だ。人間のルールで動いている場所だ。どんな理由があろうとも、殺しは最もやってはいけない事の一つだった。
人間至上のルールに従うのは別に良い。ただ、従わされるのは御免だ。
起こすと、疲れた目で自分を見て来た。
自分にとっての幸せとは、日常を謳歌出来る事だ。
自分にとっての日常とは、様々な場所を渡り歩き、時々こうして留まり、そしてこうしてどこかへ去って行く事だ。
眩しい太陽と優しい月を毎日眺めながら。
心地良い晴れの日に日光を浴び、眠る前に月光を眺め、時折降る雨を鬱陶しく思いながら。
春の桜を眺め、夏の暑さをこの身で感じ、秋の滅びを見届け、冬の忍びの中で眠る。
こうして狙われる事も多々あった。間違いも何度も犯してきた。何の悪でも無い生物をこうして気付かず殺した事もあった。
そうした全てが、自分の日常だった。幸せでもあった。
無関係の人々やポケモンを結果として殺してしまった事にも、大して後悔はない。自分にも悪い点はあるのだろうが、自分が率先して殺した訳でもなく、運悪く死んだ程度の事だ。
ただ、それは自分だけの日常だった。自分だけの幸せだった。
異国に連れて来られ、トレーナーに従わされるだけの日々。それも、この氷のキュウコンにとっては悪くなかった可能性だってある。一緒に舞い、互いの歴史を覗き見たとは言え、詳しい事は分かっていない。
自分が勝手に自由にしたとも言える、この氷のキュウコンがこれからどうするべきか、それは自分が決める事ではない。
自分と同じくきっと、人間や並のポケモンより遥かに長い、永い年月を過ごす事になるのだから。
どう過ごし、どう生きるか、それは己自身でゆっくりと決めていかなければいけない。
取り敢えず、自分は南に行こうと思う。そう、首で指し示すと、氷のキュウコンは目を閉じた。
その仕草が意味するのは、ここに留まるという意志だろう。
どうしてかは分からない。自分がトレーナーを容赦なく殺した事さえもまだ分かっていないかもしれないし、もしかしたら何となく察しているかもしれない。
少なくとも分かる事は、自分と道を共にする気は無いという事だ。
振り返り、マフォクシーとゾロアークを見る。
するとどうやら、ゾロアークもここに留まるようだった。
そうか、と思い出した。思い出す程度の事だった。
自分は父親だった。ゾロアークは母親だった。
自分の日常には、父親という部分は無かった。もう、自分は日常を過ごす事しか出来ないし、そこから外れようとも思っていない。
長い永い年月を過ごす内に、自分は自分の敷いた道の上しか歩かなくなっていた。それで多少後悔や嫌な目に遭おうとも、外れようとも思わなかった。
死を恐れる事も、そして父親にならない事も、もう、自分の日常だ。
マフォクシーだけを連れて、歩き始める。
ゾロアークはキュウコンの隣に座って、やってくる人々を待ち始めた。
月は、立ち上る煙で隠れつつあった。
十
やって来る人間達をのらりくらりと躱しながら、町の外まで出た。
実力では敵わない事を知ってか、無理に止めようとする人間は居なかったし、それはそれで幸いだった。
煙が収まって来ると、次第に霰が降り始めた。
何年か過ごした町を振り返って、空を見た。
星が、月が、隠れていく。
何を思っていたのか、これからどうしていくのか。これからこの町がどうなっていくのか。
分かりはしない。分かろうとも思わない。
ゆらゆらと生きるだけの自分が、またこの町を訪れる事があるかどうかさえも。
後悔はある。もっとこうすれば良い道はあっただろうと思う事もある。
考えれば、色んな道が開けて来る。実際それをすれば、もっと良い世界が開けて来る事もあるだろう。
けれど、そういう事は、永い年月を生きる自分には合わない事だ。
それすらも許容して、いつ来るか分からない死を恐れながら、待ち続ける。
それが自分の生き方だ。変える事はもう、きっと無いだろう。
ただ。
息を吐いて、頭を下げて、思う。
今日はちょっと、疲れた。
主人公:キュウコン♂
レベル:100を越えた何か
年齢:少なくとも500年は生きてる
特性:日照り(おわりのだいちに近い力を持つ)
技:あやしいひかり(洗脳出来るレベル)、神通力(広範囲、そして人間を雑巾みたいに絞れる)、他
性格は気紛れ。500年以上生きているけど、記憶は数十年分しか正確なものは無い。人語の完璧な理解、人語を使った思考は出来るが、テレパシーの能力等は無く、また、文字も大して読めない。人里と自然の中を気紛れにぶらぶらしながら、ただただ日々を謳歌している。その生き方をもう変えるつもりは無く、いつ来るか分からない寿命が来るその時まで楽しみ、死に怯えながらも待ち続ける。戦闘能力は並のポケモンでは誰も太刀打ち出来ない。技術とかそういうものはそこまで長けていないが、能力が並のポケモンより桁外れている。好戦的ではないが、戦い自体は好きな方。
舞台の町では自らの遥かに豊富な経験から身に付けた舞をしてその対価に心地良い住処や食べ物を貰っていた。どんな理由があれど、自分を捕獲しようとしてきたポケモンコレクター達を殺害した為、人間の法に縛られる事を嫌い町から出た。
従者:マフォクシー♂
レベル:50~70
年齢:人間で言えば30~40位
特性:決めてない
技:サイコキネシス、他
性格は冷静。生まれた時から野生でキュウコンに自分の意志で付いて行っている。舞を終えた後にキュウコンのマッサージをしている。戦闘能力は一流のポケモントレーナーには敵わないけど結構戦えるレベル。イメージとしては、♂だけど姐さん的な。
従者:ゾロアーク♀
レベル:30~40
年齢:人間で言えば20代前半
特性:イリュージョン
技:ナイトバースト、他
性格はおっとり。生まれた時から野生でキュウコンに自分の意志で付いて行っている。舞を終えた後にキュウコンの毛を梳いている。後、キュウコンの肉欲発散係。その為子供が結構居る。戦闘能力は並。子供達の為に、町に残った。
アローラキュウコン(性別は決めてない)
レベル:80~90
特性:雪降らし
技:氷の礫、他
アローラで平穏に暮らしていたが、ポケモンコレクターに力及ばず捕まっていた。カントーまで連れて来られた事や捕えられた事は嫌ではあったが、苦手なタイプに囲まれて反抗も大して出来ず、慣れるしかないか、と思ってた。町で舞うキュウコンを捕える作戦に従事させられ、それは嫌だと思いながらも従うしか無く、けれど自分の出来る範囲で抗おうとしていた。ポケモンコレクター達がキュウコンの手によって全員死亡した為自由の身になったが、疲れ果ててどこかへ行くよりも人間に保護される事になっても休む事にした。