死神幻想奇譚   作:16

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前回のあらすじ

ラグナは妖怪の山で四人の天狗と知り合った。
犬走椛、姫海棠はたて、鞍馬、射命丸文の四人。
天狗達の生活が気になるラグナは、文の紹介で
住む場所を用意してもらい、そこで暮らすことに。


第七話 白い剣士の児戯

「────白面」

 

目を瞑り、坐禅を組み、主の世話と庭の手入れの合間を縫って行なっている修行中、見えたものを声に出す。

 

白面。それは素顔さえ見せぬ甲冑。

唯の甲冑である筈なのに、正と負二つの面が見える。

それを見た魂魄妖夢は無意識にその名を口にした。

 

「場所は───広い。海?いや、境界?ここは──」

 

なぜ、そのヴィジョンが見えたのかはよくわからない。

ひとつ言えるのは、妖夢があれに誘われており、それは決して悪いものでは無い、ということだけだ。

 

「───私ではない?いや、()()を持つ私と──でも......」

 

これ、というのは祖父から譲り受けた長物である。

半人半霊である妖夢は現世と常世の()()が曖昧だった。

だからこそ、それを見たのかもしれないし、感じたのだろう。

 

『妖夢ぅ?もうそろそろお昼の時間よ〜?』

 

が、それも彼女の主......『西行寺幽々子』の声で途切れた。

その一言で我に帰った妖夢は、坐禅をやめて立ち上がった。今日は剣の修行の日ではないので、別に汗もかいてはいない。見えたものも、次の夕食の準備ですっかり忘れてしまった。

さて、今日の夕食はどんなメニューにしようかな───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、幽々子様」

 

襖の向こうから、私の従者が声をかけてくる。

「入っていいわよ」と返すと、妖夢は片手で襖を開けた。もう片方の手には私好みの料理が所狭しと並んでいる。

重いだろうに、手が震えていても、顔に出そうとしない。

 

「はい。ありがとう、妖夢」

「幽々子様の身の回りのお世話は私の務めですから」

 

「当然です」と、妖夢は胸を張っている。

今日のメニューは私の大好物である秋刀魚の開きだった。味噌汁や白米、鶏唐揚げもある。まさに天国だ。

「いただきます」と手を合わせ、開きに醤油をかけ、箸で掴んで口に運んだ。妖夢の絶妙な焼き加減が素晴らしい食感を生み出している。たまらず白ご飯を口に掻き込む。やはり魚は白飯と一緒に食べるに限る。

唐揚げも忘れてはいない。熱々に揚がった唐揚げを米と一緒に頬張る。サクサクとした感触と程よく効いたコショウ、そして数滴垂らされたレモンの果汁が合わさり、私の舌を包んでくれる。

無論、一通り食べ終えたら締めに味噌汁を一口飲む。今回は妖夢が意向を凝らしたのだろう。普段入っている具ではなく、アサリや昆布のような海鮮物を使った、塩味の効いた味噌汁だった。

そしてまた秋刀魚に箸を伸ばした。

 

 

 

 

 

「うーん!美味しいわねぇ!」

 

そう言いながら私の主は凄まじい速度で食していく。

通常より多めに作ったのだが、この量程度なら問題ない、むしろちょうど良いとの評価が下った。

今後はこの量を目安に食事を用意する事にしよう。

 

「ああ、美味しかった......ご馳走様、妖夢」

 

そう言うと幽々子様は箸を置いた。手を合わせてご馳走様と言うと、ふよふよと浮いて仕事に向かっていった。

 

「...........では、食器をお下げ致します」

 

誰もいない居間で食器を重ね、台所に持っていく。

食器達を水に浸したところで、頭痛に襲われた。

 

「......っ!?何、この感覚......!?」

 

ただの頭痛ではない。いや、寧ろ頭痛はおまけだった。知識が脳に入り込んでくる感覚。知らなかったものを一度に知らされた感覚。脳が知り得ない事を理解する感覚。

あまりにも鋭い痛みに、その場に踞る。

 

 

 

 

 

『......ここは?』

 

気がつくと辺り一面が真っ白な空間にいた。ここがどこだかはわからない。目の前には何かを封じているのだろうか。巨大なら門が聳えていた。

その奥からは何かを感じた。それが何かはわからないのだが、形容するならば巨大な力のように感じる。

その力はまさに、あの時欲しかった力に似ていた。子供の時、祖父との剣術の修行を積んでいた時だ。絶対的なまでの祖父の強さに、私は力を渇望したのだ。

 

『......感じる。この先にきっとあるんだ......強い力が......単純な力でなく...........まるで、まるで──』

 

『────意志の力......か』

 

『......っ!?...........誰だ?』

 

私が振り向いた先には、白い甲冑があった。背を向けており、その背中には数尺に及ぶ巨大な鞘が背負われていた。しかし、その鞘が守るべき刃はどこにも無く、鞘だけがその背にあった。

甲冑は尚もこちらに振り返る事をせず、ただただじっと、佇んでいた。その独特な空気感は近寄り難い雰囲気を醸しており、私はそれ以上寄ることを無意識に止めた。

 

『魂魄の。貴様が剣に望む物は何だ』

『私が剣に望む物......』

『まだ、難しいか、小娘よ.....フッ!』

 

俯いて思考を働かせている私だったが、不意に危険な感覚を覚えて、咄嗟に飛翔し、後ろに着地する。私が目にしたのは、何も持たずに『空間』を切り裂いた白い甲冑だった。

 

『......私もそれなりにやりますよ』

『戯言を』

 

短い言葉を交わして、腰に提げた二振りの剣を抜く。

白楼剣と楼観剣という、祖父から賜った二振りの妖刀である。腰を低く落とし、双剣を上下に構え、前で交差させる。祖父の剣から盗んだ型である。

 

『来ないんですか』

『......フフ、中々如何して、解っている』

 

互いに間合いを詰めず、ひたすら待ち続ける。甲冑も、それを崩すつもりは無いようで、互いの目線だけが激しくぶつかり合っていた。......いや、私からすれば、それはプレッシャーとなり得た。

一点の曇りもなくこちらを見つめ続ける甲冑に気圧され、僅かに身じろいだ瞬間だった。

黒い閃光が残影と成って甲冑は目の前から消えた。咄嗟に振り返って剣を振り抜く事で何とか攻撃を防いだ。この一瞬、たった一瞬の隙を見抜いて後ろに回り込まれた。

 

(こいつ......強すぎる)

 

更に続く剣戟に、私の体力はどんどん疲弊していった。上から振りかぶる一撃を見抜いて右に守りを置けば、それを見抜かれて左を打たれる。それを身を捻って避けようとすれば、それすら見抜いたかのように蹴り上げてくる。

それに当たって、空中に投げ出されれば、甲冑は飛翔し、更に目に見えぬ剣で斬りかかってくる。それを剣で防ごうとするも、当然のように『無』は『有』である私の二太刀をすり抜け、さも当然であるかの如く、左の肩を切り裂かれる。

 

(...........有り得ない......!)

 

打ち抜き、などという次元ではなかった。

守りを貫通するなどという話ではない。無である筈の剣が自在に空間を出入りしているかのように守りを抜けてこちらを攻撃してくる。一度も相手した事の無い剣術に、即座に対策を練らない訳には行かなかった。

 

『如何した、幼き剣士よ』

 

(あれを攻略するには......隙を突くしかない。守りを貫通し、私だけを的確に攻撃してくる『自由自在の剣』は、振りさえしなきゃ怖くはない。だから隙さえ突ければ...........)

 

そして、私はその浅慮さに気付いた。その浅ましさに。

相手は格上の剣士。......なんて言葉で収まるレベルじゃない。下手をすれば私の祖父さえも超える『怪物』だ。

 

『フッ...........漸く解ったか。貴様では我には勝てぬ』

『...........反則過ぎる』

 

そういうと、圧倒的な実力差に、私はへたりこんだ。剣士が膝を着くのは負けた時だけ。そう祖父に教えられてきた私が膝を着かされたのは、後にも先にも祖父とこいつだけだ。間違いなく、あの時戦った祖父とは比べ物にならない強さだった。

 

『...........何者、なんですか』

『我は「ハクメン」。ひと振りの剣にして全ての悪を滅する者也。』

 

名を聞いても心当たりはない。勿論、ここまで強い剣士と出会ったなら絶対に憶えているからである。

 

『......ハクメン、ですか......?』

『其れに貴様の持つ剣。貴様ならば容易く扱いこなせるだろう。その三振りの刃で、己が役目を果たすが善い』

『......役......目......』

 

役目がどんなものなのか、私にはわからない。ハクメンに「役目とは一体なんなのか」を聞くも返事はない。

不審に思い、ハクメンの居た場所を見ると、最初に甲冑を見た時と同じ様に立ち、佇んでいる。

 

『...........?』

 

近付いても反応は無い。

それは、まるで最初から甲冑を着ていた者なんていなかったかのように、ただ静かに動かなかった。

『...........なっ!?』

 

好奇心に釣られて触れてみた途端、自身の身体と甲冑が白く光り輝く。唐突な事に反応出来ず、ただ自分の肉体を見つめるほかなかった。それと同時に、先程流れ込んできた記憶の正体が解った。

 

この白面の記憶だ。彼の記憶が我の記憶として流れ込んで来た、と云う事なのだろう。否、同化と云う方が正しいだろうか。兎に角、之は私がこの甲冑を受け継いだ、という事なんだろう。ハッキリとした事は言えないけど、ハクメンと私の記憶が混同している事は間違いない。

 

『......口調が......?もしかして、記憶が混ざって?』

 

真偽の程はわからない。ただ一つ言える事は、この鎧はその気になれば文字通り『世界をも滅する』事も可能なのだろう。勿論、そんな事をする気は無いが、記憶がそうさせてもくれない、と言った方が良いかもしれない。

 

 

 

ふと、自分の腕を見た。黒い手袋の上に重ねられた白い腕甲が私を包んでいる。これが......スサノオ(ハクメン)の体か。

 

気が付けば周囲は見知った場所だった。白玉楼の台所。私の職場兼住所に、私は居た。時間にして、一刻も経っていないという所か。私が見た時、このスサノオは私よりも一尺程大きかった様な気もするが、私の肉体に上手く大きさが合わせられているのか、違和感はない。

 

大丈夫かと思いつつ、皿を洗い始めた。どうやら水を完全に弾くのか、手が濡れる感触はしない。冷たさも感じない。着る物としても最上級のものらしい。

やっておきたい事を全部終わらせて、私一人しかいない従者達の部屋に向かう。途中、幾らかの人魂とすれ違ったが、誰も私が魂魄妖夢だとは気付いていない様子だった。

 

 

 

 

 

布団に寝転ぶと、装甲同士が擦れ合う音がした。

背中に手を伸ばし、二つの長い物を手に持つ。ひとつは赤く、切れ込みの入った長大な鞘。もうひとつは祖父、魂魄妖忌から渡された長い布に巻かれたもの。

『中を見るのは、自分がその時だと思った時だけ』という祖父からの言葉によって、未だ布を解いたことは無かったが、それも今日までである。

 

「...........これが、この鞘に収まるべき、刃?」

 

布の中から出てきたのはやはり長い刀。見たところ、刃を潰されているようにも見えるが、振ればおそらく斬れる。勘から来るものだが、絶対的な自信があった。

 

「......『斬魔・鳴神』」

 

納刀する。

そして、最後の記憶の霞が晴れた。

白と黒がぶつかり合う記憶。恐らくだが、これがハクメンの最後の記憶なのだろう。同時にひとつ、無意識に刷り込まれたかのように、私は一言発した。

 

 

 

『黒き者を、滅する...........』

 

その声は誰に届くでもなかったが、ただ私の心にだけ深く残り、決して消えることは無かった。

 

 

 




スサノオユニットは妖夢の手に渡り、アークエネミー『斬魔・鳴神』も彼女が継承した。
それで彼女がどうするかはわからないが、記憶を継いだというのであれば、未だ存在する黒き者を殺す為に動く事になるかも知れないだろう。


次回予告

スサノオユニットを継承した妖夢。
また場所が変わって妖怪の山。
ラグナは何かを決心するが......?
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