死神幻想奇譚 作:16
所変わって魂魄妖夢と西行寺幽々子の住む屋敷。
数多の魂が漂うそこで妖夢は異質なヴィジョンを見た。
それは白を基調とした全身を覆う程の重甲冑だった。
幽々子に呼ばれ、食事の時間となった妖夢だったが、
台所で頭の痛みに襲われ、そのまま気絶してしまう。
見知らぬ場所で出会ったのは「ハクメン」だった。
妖夢は、記憶と共にスサノオユニットを継承した。
妖怪の山で暮らし始めてからもう三日が経つ。
慧音や魔理沙、霊夢に顔を合わせていない為か、大丈夫だとわかってはいるがどうにも心配になってしまう。
ラグナは人だが、天狗に馴染んでいた。時折化かされる事もあるが、大抵は退屈嫌いの天狗の仕業である為、特段気にする事もない。
この二日間は連続して天狗の酒盛りに付き合わされたので、今日起きたラグナを出迎えたのは強烈な吐き気だ。
「うっぷ...........き、気持ち悪......」
口に手を当てて喉元をさする。
多少だが吐き気を抑える為に井戸から水を組んだ。コップ一杯分の水を煽るとそれまでラグナを襲っていた吐き気は途端に大人しくなり、気分も楽になった。
「あー......マジで酒は無理なんだって、俺...........」
誰に届くでもない毒を吐きながら自室の布団で横になる。
これでは何も食べられないなと思いながら瞼を閉じた。気持ち悪さも幾分と引き、体調もだいぶ良くなった所で、あれが所謂『二日酔い』の状態だった事を知ったが、それはまだ後のお話。
しばらくして目を覚ました後に窓の外を覗いてみれば、天気は快晴。太陽の昇り具合を見てもまだ昼前といったところだろう。最初に起きたのがだいたい五時ぐらい、早朝なので、更に五時間は寝た事になる。恐らく文達は既に活動できていると思うが、人と天狗では酔いへの強さが違う。
そもそも酒を飲んだ事が無いのだから、ラグナのこれも仕方ない。
「くあぁ......はぁ、結構寝ちまった......いや、最近は寝る暇もなかったし、もしかしたら無理したツケが回ってきちまったのかも知んねぇな...........」
事実、彼は近頃ずっと忙しさに見舞われていて、眠っても浅い睡眠しか出来ず、疲れも取れていなかった。
ある意味仕方ないとも言える。
「しっかし平和なもんだよなぁ......妖怪の山っつうし、もっと物騒でおっかねえ場所を想像してたのによ」
この三日間、何か無いかなと山中を彷徨いていたのだが、どうやら野良妖怪達はラグナが天狗の客人だと知っているのだろう。不意に遭遇しても、手を出すどころか逃げ出す始末である。
「体がなまる」という理由をつけて、一度下山する事を決意する。以前の件もあって竹林には近付かないように、幻想郷中を何日かかけて回ろうかと考えたのだ。
「んじゃ、アヤ達に言ってこなきゃな」
そう呟いて腰を上げる。布団を畳んで家を出る。
人里と比べればその数は少ないものの天狗達の行き交いも多く、文の家に向かう為に三歩ほど歩いただけで、
「あら、ラグナくん。寝てたの?」
「あー、おう。今まで気持ち悪くてな」
と、この三日間で見知った仲になった天狗と一言二言交わす程である。やはり、外来人であるラグナの存在が好奇心に触れるのか、今でも
「おうラグナ。どうだ?今夜も一杯引っ掛けねえか?」
「いーや、遠慮しとくわ。今も少し気持ち悪ぃ」
と、このように声をかけられるのである。
ラグナとしては生活に馴染み込んでいけるから、この調子で話しかけられるのはありがたい。限度はあるが。
結局、たった六軒ほど隣の文の家に着くまでに四回は話しかけられた。というか、天狗とすれ違った回数が四回なので、全ての天狗に声をかけられていると言っても過言ではない。
「はぁ......どっと疲れるわ......おぉい、文?居るか?」
「はーい。いますよー」
間の伸びた声で返事する文。しばらく待っていると玄関の戸が開き、中から文が顔を出した。
新聞を執筆していたのだろうか、耳にペンが乗っている。
「今日はどんな用事?」
「おう、一日か二日ぐらいかけて幻想郷をぐるっと観光しようかなって思ってよ。とりあえず言いに来た」
「ああ、なるほど」
そう言って文は何度か頷く。そしてしばらく考えたあとに、「別にいいんじゃないですかね」と随分と適当そうに返した。それでいいのか、とも考えたが、わざわざ森を出る度に他の天狗に挨拶していくのを考えて、面倒になった。
「じゃ、行ってくる」
「どうぞ〜」と言って文は玄関から顔を引っ込めて、代わりにヒラヒラと手を振った。そして戸が閉まるのを見て、ラグナも家に戻る。ジャケットと剣を取りに帰らなければいけないからだ。
文の家を離れて十秒程度で別の通りがかった天狗が話しかけてくる。一見してラグナだとわからなかったようで、疑問の声を上げたが、直ぐにラグナだと理解したようで、続けて話した。
「お?よう、ラグナ。どっか行くのか?」
「おう。ちょっくら外を見て回ろうかと思ってな」
「そうか。んじゃ、他の奴にも伝えとくな」
そう言って、頼んでもいない事を他の皆に知らせるべく飛翔する天狗。彼等の耳の早さは、ここに住んで三日目のラグナをして内緒話を一人の天狗にした所次の日の朝に別の天狗がそれを知ったのを聞いて、「ハア!?もう知られてんの!?」と、思わず叫ぶレベルである。これなら皆に知らせる事をしなくても勝手に伝わってくれるだろうと自分を納得させる。
家に戻ってすぐ、自分の寝室の戸を開ける。そこにはいつも自分が着ている赤いジャケットが、無造作に脱ぎ捨てられていた。剣は危ないのでしっかり立てかけている。ウェポンラックというのだろうか。武具を立てかける為の棚を、日曜大工好きの天狗が作ってくれたお陰で楽に保管できている。
ジャケットに手を伸ばし、掴んで裾を通す。ベルトと金具のずっしりとした重さがないと、なんというか落ち着かないのだ。
続いて剣を手に持ち、試しに剣を持ち上げて、振り下ろす。その重厚感が今のラグナにはしっくりきた。奪われた時以外片時も離すことのなかった剣は、もはや生きていく上で相棒と呼ぶにふさわしい。
「よっし......行くか」
寝室の戸を閉め、靴を履く。しっかりとした素材で造られ、金属で要所要所を補強してある、長旅向きのよいブーツである。パチン、とベルトを締めて固定する。玄関を出ると、一人の天狗がラグナが出てくるのを待っていたようだった。そこに立っていたのは椛である。
「おお、椛じゃねえか。どうしたんだ?」
「ラグナさん。私と真剣勝負してください!」
何を突拍子もない事を、と考えていたのが見通されたのか、ラグナにさらに詰め寄ってきて、更に語気を強めて、今度はさらにハッキリと言い放った。
「決闘です!ラグナさん!」
「急!急すぎ!わけを聞かせろ、わけを!」
そうラグナが言うと、椛は鼻息を荒くしながら「だってラグナさん、いなくなっちゃうんですよね?だったら一度戦ってみたい」と言い出す始末だった。半ば呆れたように項垂れると、観念したと受け取られたのか手首を掴まれて引っ張られた。「痛てぇ!」その声は今の椛には聞こえていなかった。
広場に連れてこられた。観客もそこそこに、天狗達が見た事のないラグナと椛の勝負を楽しみにしていた。
「さぁ、ラグナさん!いざ尋常に、勝負!」
「あのな.......はぁ、面倒くせぇ。一瞬で終わらす」
そう言うと椛は盾を左手に、剣を抜いた。ラグナも同じ様に剣を振り抜いて、その切っ先を椛に向ける。
「オラ、来いよ」
「やあっ!」
「オラァ!」
椛は剣を突き出し、突進する。それに対してラグナは拳に瘴気を纏わせ、同じく突進する。
「ヘルズファング!」
「効きません......はっ!」
盾を構えて拳を防いだ椛は、続け様に盾を振る。盾でラグナを殴ると、彼は派手に吹き飛んだ。ダメージは大した事がなかったのか、着地寸前に受身をとって、もう一度駆け寄ってきた。
「ガントレットハーデス......何っ!?」
「レイビーズ......」
ラグナの瘴気を含んだ蹴りを、盾と剣で文字通り鷲掴みにする。そのままラグナを地面に叩きつけてから、剣を二度同じ方向に振り抜く。
「バイト!」
「ぐおおっ......!」
堪らずラグナが守りの姿勢に入ると、それを好機とみた椛は更に攻勢を強めた。短期に決着を着けようとしているのがわかる。だからこそ、ラグナのその渾身の一撃に反応できなかった。
「甘ぇよ!インフェルノディバイダー!」
「ぐあっ!?」
インフェルノディバイダー。ラグナが必殺技の中でも切り札とする一撃。これをもろに受けて、ラグナの一閃で宙に浮かされる。次に見たのはラグナの拳だ。
「吹き飛べ!」
そのまま腹に重たい一撃を受けて、更に殴り飛ばされる。きりもみのように回転しながら地面に激突する。
起き上がって口の中に溜まった血を吐き出す。なんだなんだと集まり始めた観客の事を気にかける余裕は無い。椛は血を吐き出した後にニヤけた。
「これです......これでこそ、決闘です!」
「...........やられて笑ってんの、少し気味悪ぃぞ」
予想以上に喜ぶ椛を見て少し引くラグナ。そんな彼を意に介さず剣を握りしめ、駆け出す。
「まだやんのかよ!」と、ラグナが驚いたような声を上げたが、椛は気にせずに二度三度と剣を振るう。ラグナもそれに荒正を振り当てる事で応じるが、椛の勢いに若干押され気味だった。
「はっ!ふっ!はぁっ!」
「ふんっ!おらっ!」
椛の剣筋に、同じく剣や足蹴で応えるラグナ。ラチが明かないと思ったのだろう、二人は同時に距離を離し、互いに構えなおす。
「やりますね、ラグナさん!楽しいですよ!」
「おお、そうかよ。出来ればもう終わらせてえんだが」
「じゃあ、口惜しいですが次で終わらせましょう!」
とてもさっきまで剣戟を繰り広げていたとは思えない軽やかさで椛が言い切った。ラグナも、呆れ返りつつも椛に手加減をする必要は無いと解釈した。きっと、今椛は互いを高める楽しみを味わっているのだろう。
かつてラグナは
普通の咎追いならば『貴様が死神か!大人しく俺に殺されろォ!』......という感じの、所謂ヒャッハー的な咎追いが普段から相手だったのだが、その咎追いだけは違った。
ラグナが剣を構え、臨戦態勢に入るまで、不意打ちどころか自分も武器を抜かなかったのだ。
結局、その咎追いはラグナが予想外の苦戦の末になんとか撃破し、咎追いながら紳士的な立ち振る舞いの男を殺す事を躊躇って、重傷で済ませた、という事があった。
きっと、椛も彼と同じように映ったのだろう。
「......来い!」
ラグナの一言で、椛が盾を捨てた。剣を両手で持って低く構えて走り出した。剣を地面に突き立てながら走り来るその姿は、戦う事を至高とする様な気さえした。
「行きます!」
「オラァッ!『ブラックザガム』!」
椛の切り上げに、鎌に変形させた荒正の一撃で答える。飛び上がった椛はそのまま勢いに任せて、体重を乗せてラグナに斬りかかる。それにラグナは振り上げた鎌で応じ、三撃目を当てる為に大振りに鎌を振るが避けられる。四撃目で更に振りかぶった所を椛の更なる猛撃で打ち止められ、そのまま椛の一撃がラグナの腹を掻っ切ろうとする。
しかし、その横振りは五回目の鎌による攻撃で防がれる。一進一退の攻防が椛の感情を更に高揚させた。
「ここ!」
「甘ぇよッ!喰らえ!」
力を込めた椛の突きを、鎌による渾身の一振で打ち払う。そのまま勢いに任せて回転しながら鎌を剣に変形させ、横薙ぎに振り払う。しかし、後ろに飛ぶ事で回避される。
あまりに凄まじい戦いの結末を想像できなくて、戦いを見守る天狗達は呼吸を忘れていた。
ラグナと椛は互いに仕切り直すかのように半歩下がった。その隙を見逃さない二人は、互いに技を出す。
「『カーネージシザー』......」
「はっ!」
ラグナが斬りかかってくるのを、椛が回転斬りの勢いで相殺する。剣を両手に握りしめたラグナを見て、大きな一撃が来ると思った椛は、次は自分の技だと言わんばかりに構える。
「『エクスペリーズカナン』!」
自身の剣技にスペルと同じ名を付けたこの技は、敵の攻撃に合わせて手痛いカウンターを食らわせる当身の攻撃だ。
ここがチャンスと捉えて反撃の構えを取るのだが、一向に攻撃が来ない。それに気が付いて『エクスペリーズカナン』の構えを解いて離れようとするが、判断が遅かった。いや、もしかすると技を出した時点で椛の負けは確定していたのかも知れない。
「『ディストラクション』!」
「────ッ!?」
せめて衝撃を和らげる為に剣で守りを堅める......が、強大無比な突きの前に、為す術なく吹き飛ばされて、そのまま降参する事となった。負けはしたが、久しぶりの全力の戦いを味わえて、椛の表情はとても満足そうだった。
「わ、わりぃ......力込めすぎちまった......立てるか?」
「はい......立てます......っと」
剣を鞘に仕舞いながら立ち上がり、投げ捨てた盾を拾いに戻る。ラグナの前に再び立ち、握手する。
観客達はあまりの激しい戦いを、固唾を飲んで見守っていたが、二人が互いの手を握りあった所で、まるで止まっていた呼吸を思い出したかのように歓声を上げた。
「おおおおおおっ!!」「椛、ナイスファイト!」
「すげぇじゃねえか、ラグナ!」「すげえ勝負だったぞ!」
「椛もラグナも強ぇえ!!」「二人とも、凄かったよ!」
全員がラグナと椛に駆け寄り歓声を浴びせる。その勢いは津波のようにも感じた。暫くの間全員からもみくちゃに。結局、解放されたのは数十分が経った後だった。
「随分と派手にやりましたね、二人とも」
「あ、文!」「おう、アヤ......」
二人が疲れたまま空気をむさぼっていた所に話しかけてきたのは文だった。とてつもない呆れ顔である。
「椛、戦うならせめてもう少し人目のつかない所で......」
「ご、ごめん...........ラグナがいなくなるって聞いて、チャンスは今しかない!......って思ったから......」
「...........ん?ラグナさんがいなくなるって?」
「うん。だって、さっきラグナさんが山からいなくなるって他の子から聞いたから......」
「...........あー、誤解してますね......かなり......」
つまりはこういう事だ。
ラグナが何日か使って幻想郷を旅するという当初の言葉が、紆余曲折を経て『ラグナが山を下っていなくなる』と伝わったという事だ。
伝言ゲームと言えば例えとしてはわかりやすいかもしれない。最初は旅するという目的だけで、山を完全に去る事はしないはずだったが、山を去るという事にすり替わってしまっていたのだ。
「......そーいう事だったんですか...........」
「わりい、椛。俺の言い方が良くなかったみてえだ......」
「いえ、私が勘違いしたのが悪かったです......まあ、良かったです。それならまた戦えますもんね!」
「うん。俺としては遠慮してぇんだけど」
そんなラグナの言葉を意に介さずに、椛の目はキラキラと輝いている。うーん、人の話を聞かないよな、とラグナが考えていると、文が椛の後に話しかけてくる。
「そろそろ行ってはどうです?日も暮れてきていますよ」
そう言われて頭上を見上げると、太陽の位置が正午の時と比べてかなり傾いてきていた。
あまり出発を遅らせて降りるまでに日が暮れては堪らない。そろそろ行く事にしようと、ラグナも歩く。
「おお、そうだそうだ。んじゃあ今度こそ行くわ」
「はーい!ラグナさん、またやりましょうね!」
「道中気を付けてくださいねー」
「おーう」
途中、一度振り返った。
彼女達はラグナが見えなくなるまで見送っていた。
その光景を見て、人の温もりを感じるラグナだった。
『レイビーズバイト』
椛の強判定掴み技。盾でぶん殴って、剣と盾で挟んで地面に叩きつけてから回転して二度斬払うディストーション。守りが意味を成さない為、椛の主力必殺技として活躍。
『エクスペリーズカナン』
虚空陣・悪滅くらい発生が早い当身ディストーション。当たったら剣が交差するように二回敵を斬りつけて、最後に強い突きを繰り出す。追い詰められた時しか使わない。
『カーネージシザーディストラクション』
カーネージシザーをキャンセルしてAHの最終段を繰り出す。一発五千くらい行くんじゃないかな(適当)。
本技の元ネタは某動画から。
次回予告
妖怪の山を出る事にしたラグナ。
手始めに改めて魔法の森を調べる為に、
森の中へと立ち入ることにするのだが......?