死神幻想奇譚 作:16
ふた晩連続の酒盛りを乗り越えたラグナ。
幻想郷中を見て回りたいと思い立ち、
文にそのことを伝えるが、誤って解釈された
椛と決闘を強いられてしまった。
椛との決闘を制し、ラグナは妖怪の山を下りていった。
「なんか、久しぶりに開けた場所に出たよな......」
そう言うのは山を降りたラグナだ。それもそのはず、ここ三日間はずっと妖怪の山にこもりきりだったのだから。背を伸ばすと、ひんやりとした空気が肺を洗い流していくように感じた。
季節が秋から冬に移ろいつつあると感じる。
「......あー...........よし、まずは平原を回っていこう」
背伸びしたあと、しばらく思案してからやはり当初の目的通り幻想郷を観光......もとい『地図埋め』を行なう事にした。やはり暮らしていく上で地理への理解は欠かせないと判断しての事である。
「そしたら......まずはあの森か。まだ細かく調べられてねぇしな......確かアリスの家もあそこにあった筈だし......」
そう言ってラグナが目指した先は魔法の森だ。普通の人が近付くのは危ないという件の森の瘴気は、しかしラグナには意味を成さない為、最初に調べるには問題ないと判断したのだ。
そうして歩き始めるラグナ。獣道をまっすぐ進んでいく彼の背をじっと見つめる双眸があった事に、ついぞラグナは気が付かなかった。
森の中に入るのはこれで二度目である。
二度目は今。最初は幻想郷を囲む『博麗大結界』を、何かの手違いですり抜けてしまった時だ。
鬱蒼と茂る木々を避け、草や小枝を切り倒しながら歩く。ここまで来ると獣道は愚か、道と呼べるものさえ見当たらないレベルである。
暫くの間歩いていると、少しばかり開けた空間に出た。木がここだけ生えなかった様な、そういう感覚である。広場の中央には木漏れ日が差し込んでいる。
森の中では太陽に当たる事が無いので、少しそこで休む事に決めたラグナは、陽の当たる場所に座り込んだ。剣を地面に突き刺し、身軽になる。
「ふー......空気はあれだけど、寝心地はいいな」
日光の温もりを受けて、ごろんと草葉の上に寝転ぶ。子供の時はこうやって、兄妹で遊び疲れたあとは川の字になって三人でよく寝たものだ。
「...........ジン、サヤ、シスター......」
居る筈の無い三人を呼ぶ。彼等の姿を思い出したから、つい口を突いて出てきてしまったのだろうか......自分でもらしくないな、と思ってしまう。思い出や感傷に浸るのは彼の性分に合っていない。
それでも、思い出というのは彼の心に強く根付いたものである。それを忘れる事なんてできなかった。
「................ッ!?......誰だ!」
ガサリと草と草が擦れ合う音が聞こえ、直ぐに飛び起きて剣を引き抜き、握りしめる。音のした方は茂みや木々によって暗がりになってしまっており、その先にいるだろう相手の位置はわからない。だが、ラグナがそこに近付く前に向こうから声が聞こえてきた。「待って」と。
「久しぶり、かしら。ラグナ。十日ぶりね」
「その声......アリスか?」
そう訊ねると、木に隠れた彼女はゆっくりと姿を現した。太陽に晒され、その正体が顕になる。
「......やっぱアリスか。どうした?」
「あなた、どうしてここに...........いえ、今は良いわ。とにかくあなたをこれから探しに行こうと思っていたのよ。ここで見つかったのは運が良かった。さ、来て」
「俺に用?一体なんの──」
ラグナの言葉はアリスに腕を引かれる事で止めさせられてしまう。「お、おい!急になんだよ!」と、ラグナが語気を強めて言い放つも、それを意に介さない反応に只事ではないと悟ったラグナは、それ以上口を開く事はなかった。
アリスがラグナの手を引いて向かう先は、ラグナには見覚えのなかった場所だった。木と木の間をすり抜けて行った先には、アリスの家ではない、別の家だった。
その家にはとても大きな看板がかけられており、寂れていて、なんとか『○○魔法店』という文字だけが読み取れた。
「連れて来たわ!さあ、ラグナ。早く!」
「待てって!だから俺に何をして欲しいのか説明しろ!」
ドアを勢いよく開き中に入った所で、アリスに何かを強要される。連れて来たという事から相手はアリスじゃないのはわかるが、ここが誰の家なのか知らない。
「まず、相手が誰か言え」
「......!......そうね。失念してたわ...........ラグナ、あなたに魔理沙を診てほしいの。頼めるわよね」
「魔理沙?それに診る......って、悪ぃけど俺は医者じゃねえぞ。病気だったら医者に───」
「違うわ。病気なんかじゃない。私も生きてきて長いけど、こんな病は────」
そう言うと、アリスが家の奥にあるドアを開ける。すると、まず目に入ったのは本が散乱した部屋。続いて机。その隣に立てかけられた箒。そして、大きなベッド。その上には魔理沙が寝ていた。カーテンを閉め切っている為に暗く、その表情は伺えなかったものの、その苦しそうな息遣いがラグナに届く。
「魔理沙!しっかりして!」
「マリサ、大丈夫か!?」
二人が近寄って声をかけても反応は無い。代わりに喉を痛めそうな程の大きい咳が二回。
「本格的にヤバそうだな......けど、俺には何もわかんねえぞ」
「いいえ、きっかけはあなたよ、ラグナ。魔理沙が『あなたに術式を習った』と言ってから体調が悪化したの。三日前は大丈夫そうだったけど、逆に言えば三日でこの状態になったわ。だから、あなたにしかわからないのよ」
そう言うとアリスは魔理沙に更に近付いて、優しく頬を撫でた。その様子を見て、魔理沙はアリスにとって大切な人なのだろう、そう感じた。同時に、何としても助けてやりたいとも。
「......俺に術式を教わってから、なんだな?」
「ええ」とアリスが頷く。
術式を習ってから、ということは少なくとも術式に関する事ではあるんだろうが......まさか相手の体調を崩す様なのでも創ろうとしてしくじった、とかじゃないよな......?...........いや、もしかすると偶然重なっただけで術式とは関係ない所で起こった......という事なのか?
「......どう?わかりそう?」
「...........まだわかんねぇ。少し待ってくれ」
ラグナがうんうん唸っていると、不意に聞いた事のある声が聞こえた。その声はとても弱々しかった。
「アリス...ラグナ.......来てくれたのか......?」
「魔理沙!?」「マリサ!」
魔理沙が二人を呼ぶ。予想外の魔理沙の覚醒に二人が驚いているが、魔理沙は気に留めずに続けた。
「森は......やばい...........ラグナは......良くても................他の奴は......やばい......」
そう言うと、魔理沙はまた昏倒してしまった。俺が良くて、魔理沙が駄目だと...........?
魔理沙が言ったことがわからないでいると、アリスがさっきよりも上擦った声でラグナに話しかけてくる。アリスの、それは懇願にも聞こえた。
「お願い、ラグナが......あなたしかわからないのよ......」
「とりあえず横にはさせとこう......理由がわかんねぇ以上、下手に動かしたりしたら却ってやべぇ」
森がやばい......か。つまり他の地域ならそこまで問題ない、という事だ。魔理沙の言っていたことは、森にラグナがいる事は問題ないが、ラグナと共通する何かを持っている他の人物は拙い、という事になる。
「...........森がやばいって、なんの事か解るか?」
「......森で拙いと言えば、人間にとって濃すぎる魔力ね。でも、魔理沙は魔力に対して強い耐性を持ってるわ」
そんな魔理沙が駄目で、俺が大丈夫なのは、俺に蒼の魔道書があるからなのか。
「...........駄目だ、わからねぇ。俺と魔理沙に共通している事?...........一体なんの...........!?」
「ラグナ?」
アリスの問いかけを手で制し、必死に考えを巡らせる。
どうして俺が大丈夫なのか。それはこの蒼の魔道書があるから、と結論付けるとする。となると、魔理沙には蒼の魔道書が無いから、この危険な状態に陥っている、という事になる。蒼の魔道書が魔素を無効化するんじゃなく、ラグナ自身のキャパシティを増幅させる、というのは知っている。つまり魔理沙は魔素を扱えるキャパを超えたから...........魔素?
「...........魔素だ!」
「え?ま、魔......え?」
アリスが困惑しているが、そんな事はどうでもいい。
一刻も早く魔理沙を外へ連れ出さなきゃいけない。場合によっては死ぬかもしれない事を伝えると、アリスも切羽詰まったようにラグナを手伝おうとした。しかし、ラグナが魔理沙を外へ連れ出そうとするのを見て、アリスが叫んだ。
「ちょっと!安静にしておくんじゃ──」
「それは駄目だ!これはどう見ても『
「中毒!?」
そういって魔理沙を両腕で抱き、玄関を飛び出す。
「おい、アリス!森の一番近ぇ出口は!?」
「着いてきて!」
アリスが宙に浮くと、外に飛んで行った。ラグナもアリスの後を追って駆け出した。途中、アリスが心配して後ろを振り返ってくれるのがありがたかった。
「魔理沙、もう少しだから死ぬんじゃねえぞ...........!」
ラグナのこの走りは、今までで一番全力かもしれない。
「はあ......はぁっ......ッ!」
「魔理沙!ラグナ!」
森を出てしばらく走った所で体力が限界を迎えてしまい、魔理沙を優しく地面に降ろすと、ラグナも地面に倒れた。
それを見てアリスも文字通り飛んでくる。
「魔素中毒なら......多分これで問題ねぇ......はず......」
「......さっきから言ってる『魔素』っていうのは?」
ラグナが魔素に着いて掻い摘んで説明すると、アリスは納得したかのように何度か頷いたあと、自身の仮説を並び立てていった。
「恐らくだけど、その術式を使う為に、普段から魔素?に強い魔理沙さえ普段より大量の魔素の循環に耐えられなかったという事かも知れないわね」
「術式か......教えない方が良かったのかもな......」
「さあ?確かに魔理沙にとっては易々と使っていいものじゃなかったかも知れないけど、それだけ。生活で役に立つ事は魔理沙から沢山聞かされているもの。......ラグナ、あなたがどれだけ凄い人か、とかもね」
「........魔理沙────」
「......ん、んうぅ......」
「魔理沙!目を覚ましたのね!」
アリスが上体を起こした魔理沙に抱きつく。
「ぐえっ!く、苦しいぜ......アリス...........!」
「ご、ごめん」と、アリスが抱擁を解いたが、直ぐにまた抱きついた。しかし、今度はとても優しいものだった。
「...........良かった。あなたが無事で」
「心配かけたぜ、アリス、ラグナ」
「いいえ、いいのよ」
「とにかく無事そうでよかったぜ」
魔理沙が笑う姿を見て、緊張の糸がほどけたのか、アリスもラグナも眉間のしわが薄くなって、笑顔になった。
「ええー!魔素の事喋ったのか!?」
「し、仕方ねえだろ!納得させるには正直に話すしかなかったんだよ!」
「だからって秘密を離すのはあんまりだぜ!」
「だからアリスにはひみつにするよう言っておいたって!」
起き上がって速攻で口論を展開していく二人を見て、思わずアリスは笑ってしまった。
「師無くば弟子無し、とはよく言ったものね」
或いは、子は親に似るとも。
その晩、全員で念の為アリスの家に一度泊まることにした一同だが、全員が寝静まった後もラグナだけは眠れず、今日の事について悩んでいた。
「(俺の基準で術式を教えるべきじゃなかったのか?)」
「(魔理沙に魔素の危険性を教えてやるべきだった)」
「......悪ぃ、魔理沙...........」
ラグナの後悔と独白は、深い眠りについた彼女達の耳に届く事はなかった。
『魔素中毒』
いわゆる魔素の使いすぎ。あまり魔素を使いすぎたり、逆に高濃度の魔素が多い場所に居続けると、魔素に体が耐えられなくなってしまう。そうなると死亡したり、下手を打つと魔獣と呼ばれる生物になる可能性もある。
『キャパシティ』
文字通り、魔素関連の物を扱う上での上限。個人差があるが、キャパシティを大きく超えると上記の魔素中毒に近い症状が現れたり、最悪同じように死亡する。
次回予告
目の覚めたラグナは、森を抜けて
別の場所へ行こうとする。
それを見たアリスが教えた場所とは。