死神幻想奇譚   作:16

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前回のあらすじ

妖怪の山を下ったラグナは『地図』を埋めるため、
まずは魔法の森へと歩を進める。
そこで出会ったアリスに連れられて、
ラグナは一軒の家に入った。

そこは魔理沙の家で、家主は苦しそうにしていた。
原因が魔素だとわかったラグナは魔理沙を
魔法の森から連れ出すことで彼女を助け、
そのままアリス、魔理沙、ラグナの三人で
一晩を明かすこととなった。



第九話 死神異変 中

ラグナが起きたのは、腹部に激痛が走ったからである。急な痛みに薄ら涙を浮かべながら頭を起こすと、直ぐに原因は理解出来た。魔理沙がラグナの腹を踏んづけたのである。

 

「い''っ」

 

ラグナの掠れ声が二人に届き、そのままラグナは二度目の眠りに着くことになってしまった。

 

 

次にラグナが目を覚ましたのは、魔理沙とアリスが寝ていたベッドの上である。

 

「痛ってー......あれ、二人ともどうしたんだよ?」

「うん......ラグナ、さっきはごめんだぜ」

 

そう言うと、ラグナは何が何だかわからない、という顔をしながら首を傾げた。しばらくして、昨日魔理沙を助けた事を言っているのだと解釈して魔理沙に笑いかけた。

 

「いいよ、そんぐらい。無事でよかったし」

「......?......あー、うん(もしかして覚えてないのかな)」

 

そう返すと、ラグナはまた目を閉じる。(ラグナは覚えていないが)彼が痛い思いをしたという事から、二人はラグナをベッドから降ろせずにいた。罪悪感が彼女らを押し留めるのである。そのままアリスは紅茶を淹れに台所へ向かい、魔理沙ももうすぐ帰ろうと、リビングの机の上に帽子を置いた。

 

暫くヨコになっていたが、ふとした拍子にラグナは勢いよく身体を起こした。そしてそのままベッドを抜けると、剣とジャケットがある事を確認して家を出た。後ろにはアリスと魔理沙が見送ろうとしていた。

 

「行くのか?」

「さっき、()()だったしもう少しゆっくりしていても......」

 

魔理沙とアリスが聞くと、ラグナが答えた。

 

「まあ、俺は元々幻想郷を回るっていう目的があったからな。森に関してはもう問題ないし。次はどこにいこうか悩んでるところだしな」

「それなら、命蓮寺はどう?人里からも近いし」

「命蓮寺?」

 

アリス曰く、人妖問わず幅広い宗教を志しているとの事で、ラグナも快く受け入れてくれるのでは、という事だった。確かに、と納得する。早速その命蓮寺に向かおうと歩き始める。が、それをアリスに止められてしまう。

 

「なんだよ?」

「まだ道覚えられてないでしょう。はい、これ」

 

手渡されたのは小さな人形。白いフリルの着いた青い服に、金色の髪。何より目を引くのは右手に握る騎兵槍。とても、可愛らしい人形に持たせるものでは無いと思うが、ここは幻想郷。ラグナにとっては別の世界。彼の常識は通用しないのである。

 

「あー......なんで人形なんだ?」

「ちょっと、()()なんて無愛想な呼び方は止めて。この子は仏蘭西。可愛いでしょう?」

 

確かに可愛いのは可愛い。だがそれは問題ではない。どうして道を覚えていない相手に人形を渡すのか、教えて貰っていない。

 

「ああ、それはね。この子には迷ってきた人の護衛を命令してるの。その人が住んでいる場所に着いたと認識したら、その人の元を離れて私の所に戻ってくるの」

 

なるほど、それは確かに

 

「へー......便利だな、にんぎ......仏蘭西って」

「ええ、とっても」

「いいなー。私も使い魔の行使を視野に入れようかな......」

 

魔理沙が言うに、人形も使い魔の一種なのだという。アリスが自ら操る為、使い魔というよりは文字通り、操り人形という方が正しいのだが。命令を受けると、暫くそれに則って行動するというのは、やはり魔法使いにとって魅力的に映るらしい。魔理沙は毎度のように、アリスの人形を羨ましがっているようだ。

 

「まあ、魔理沙は魔法の習得をサボっているだけでしょ?」

「げ、バレたぜ......」

 

アリスは魔理沙を正論で受け流しつつ、ラグナに向き直った。そして青い仏蘭西人形を手渡す。

 

「はい、どうぞ」

「サンキュー」

 

人形を受け取ると、ラグナは人形を掌で立たせ、道の案内を人形に頼む。そうすると、仏蘭西は動き出し、空に浮いた。そのまま出る道を進み、振り返ってラグナに手招きする。

 

「んじゃあ俺は行くわ。マリサ、体には気をつけろよ」

「わかってるって。じゃあな」

「それじゃ。またね、ラグナ」

 

手を振る二人を後目にラグナは仏蘭西人形をに連れられて森を歩いてゆき、アリスの家を後にした。

 

 

「......さてと、ラグナも行っちゃったな」

「魔理沙はこれからどうするの?」

 

アリスの問いに少し首をひねって少し考えてから、「私は人里で術式の研究を続けるぜ」と言った。アリスは少し寂しそうな表情を見せたが直ぐに微笑み、「そっか」と、それを肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わってラグナへ。もうじき森を抜けられるといった所である。彼女の人形の便利さに関心しつつも、周囲への注意は怠らない。最初に森へ来た時、百足のような敵に一度襲われそうになっているからだ。ラグナは虫が嫌いではない。だがそれ以上に好きじゃない。()()を目にした時、虫を使う気持ち悪い見た目の奴を思い出した。

 

「アラクネに会わなきゃ、価値観も変わってたかもな」

「...........?」

「ん?...........ああ。こっちの話だ」

 

そういうと、振り返っていた仏蘭西人形も納得したのか、幾分と近くなってきた森の出口に向かって進む。ラグナは草をかき分けつつ仏蘭西人形について行く。

 

森を出て深呼吸をする。あの森では味わえないような、新鮮な空気がラグナの肺を満たしていく。

 

「じゃ、アリスに礼を言っといてくれ」

「...........わかった」

 

そう言い残し、仏蘭西は再び森の中へ消えていった。話せたことに驚きを隠せないのだが。頷いたり、首を傾げたり、ジェスチャーばかりだったので話せないと思っていたが、どうやら別に話す意味は無いと解釈されていたようだ。

 

「................いや、それはそれで傷付くわ」

 

最近多くなってきた独り言を言いつつ、整備されていない獣道を通って人里へ向かう。命蓮寺は人里の近くだと言うし、里を拠点にすればよいのだから。

 

ふとラグナは、風が冷たいなと感じた。

今は秋。もうすぐ冬に差し掛かる時期である。成程空気が冷たい理由はそれかと納得する。

頬を撫でていくひんやりとした風に少し身震いする。

こういう時は暖かい場所でココアなんかを飲むと素晴らしい心地良さが生まれると知っている。

 

「しかし寒ぃ......」

 

身を震わせる。元々寒暖差の少ない地域で育ったラグナには、この寒さは少し応える。

スノータウンで雪を見た事はあったが、自然にできる寒さではない為に、そこまで寒いという程ではなかった。寒さに押されて人里に入りたくなってしまうが、そこを気合いでなんとかカバーする。当初の目的である『命蓮寺』を見失う訳にもいかないからだ。

人里付近を見渡すと─────

 

「人里近くだったっけ...........あ、アレか?」

 

───思ったよりも早く見つかった。

石畳や灯篭が多く並ぶその姿からも、あの寺こそが命蓮寺で間違いないだろう。ラグナは早く寒さを和らげたいがために、命蓮寺の近くまで走り寄った。

門は大きく開かれており、聞いた通り誰をも受け入れる様な様子が見られる。非常に大きな庭園に一人の少女が居り、近くの木々から零れる紅葉を放棄で払っている。何か歌っているようで、遠目でも機嫌が良い事が伺える。

近寄って、ここが命蓮寺か訊ねようとする。

 

「おい、そこのちっこいの。ここが命蓮寺って所で間違いないよな?」

「え?ここは確かに命蓮寺ですけど......誰ですか?」

 

やはり命蓮寺で間違いないようだ。

 

「おう、それが知りたかったんだよ。サンキュー」

「どういたしましてー...........って違う違う!ちょっと待ってください!聞きたいことがあるんですけど!」

「......なんだよ」

「あのですね、お名前をお聞きしたいんです」

「あぁ................ラグナ」

「ラグナさんですね!私は幽谷響子です!」

 

そう響子が自己紹介すると同時に耳を震わせる。そして本殿の方に顔を向けた後再度ラグナに向き直った。そして「呼ばれました!待っててください!」と言って本殿の方に猛スピードで駆けていった。

 

「......いや、待たねえけどさ」

 

独り言を呟いて、ラグナも響子の走っていった本殿に入ることにした。そこなら寺の住職がいるだろうというアイデア故の行動である。

 

「......あら?」

「......ん?」

 

ふと、後ろから声がしたので振り返るが、そこには誰もいなかった。はて、空耳かと自分を納得させて、もう一度本堂に向かった。声の正体に、ラグナは気付く由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦...........」

「舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色...........」

 

本堂に足を踏み入れれば、右の部屋から左の部屋から経を唱える声が聞こえる。少し襖が開いている部屋を覗いてみれば、人とはかけ離れた容姿の妖怪が、人間に混じって座禅を組み、他の人達と共に瞑想している。別の部屋を覗いてみれば、そこでは人間と妖怪が楽しそうに談笑していた。

 

「(妖怪ってのは人を襲うもんかとばかり思ってたが......)」

 

ここではアリスから聞いた通り、人とあやかしが同じ教えの元に集い、同じ釜の飯を食い、共存しているのだ。

ラグナは自分がいた世界に比べて良い所だと思えたし、経を唱える坊主達の声が、どことなくラグナにとって安心する音色に聞こえた。*1

廊下の中程で立ち尽くしていると、ふと後ろから声をかけられた。「お兄さん、大丈夫?」と言われてラグナははっと我に返って後ろを振り向く。

そこに居たのは水色の髪に紺色の僧衣を着た僧侶だった。彼女がラグナに話しかけたのだろう。

 

「お兄さん、新しい入信者の人?」

「いいや違ぇ。......まあ、ちょっとした観光だな」

 

観光だとラグナが言うと、「へぇ、珍しい人もいたものね」と僧侶が言った。そして、彼女は自身を『雲居一輪』と名乗って、ラグナを本堂の奥へ案内した。

 

 

 

 

 

 

 

二人がたどり着いたのは、他の部屋で比べて比較的小さめの部屋だった。薄暗い蝋燭の炎が中に居る人物を照らしているのが障子越しに見えた。

 

「聖、少しいい?」

 

隣の一輪が『聖』という人物の名を口に出す。しばらくして「どうぞ」という若々しい女性の声が聞こえた。

それを聞いて一輪が障子を開くと、そこには紫と金色という、物珍しいグラデーションの女性が鎮座していた。彼女以外に人は確認出来ないことからも、彼女が『聖』で間違いないだろう。

 

「どうしました、一輪?...........あら、そちらの方は?」

「この人は......あ、名前聞いてないわね」

「ラグナだ」

 

ラグナが名乗ると、一輪が「ラグナ......?」と言う。少し疑問が残ったが、それを追求する前に聖もラグナと同じように彼に自身を名乗った。

 

「この命蓮寺の尼の、『聖白蓮』と申します」

「おう、よろしくな」

 

ラグナが頷いた。聖が微笑んで「少し外していただけますか」と言うと、一輪は少し狼狽するも、わかったと言って部屋を後にした。足跡が離れていき、完全に聞こえなくなったのを確認して、聖はラグナに話しかけた。

 

「貴方が『噂の』ラグナさんでしたか」

「......?なんだよ、噂って」

 

そういうと聖は一枚の紙を取り出す。和紙に描かれたそれは似ていないが、特徴的な頭髪の様相からもこの人物がラグナである事がわかった。だが、それ以上に目を引いたのは紙の上部に書かれた『指名手配 生死問ワズ』と言う文言である。

 

「................は?」

「.....................まあ、そういう事、ですね」

 

何故かはわからない。この三日間はずっと妖怪の山に居たし、最後の一日はアリスの家で過ごしたしで、彼が『指名手配』される理由がわからなかった。そもそも、この幻想郷に来てからは一切犯罪行為をしていない。本当に頭がショートでもするのではないかという程考えてみたが、指名手配される事はおろかその心当たりさえ記憶に無い。

しかし、そこに書かれている事が真実を物語っている。

彼は、指名手配されたのだ。

 

「えーっと...........何で?」

「さあ......貴方が何か悪い事をしたという事しか...........」

「してねえし!」

 

ラグナが謎めいた自身の罪を全力で否定すると、聖は少し微笑んでから手配書を仕舞って席を外した。かと思うと、奥の部屋からお盆を持って戻ってきた。盆の上には二杯の茶と急須、二人分の茶菓子が載せられている。

 

「...........俺を捕まえねえのか?」

「捕まえるなんて事はしません。私はラグナさん、貴方のもうひとつの噂も聞き及んでいますから」

 

そう言って、聖は更に別の紙を取り出す。その紙は新聞であり、大見出しにはこう書かれていた。

 

『お手柄!ラグナ、人里の安全確保に貢献』

 

その見出しを見て、何処が書いた新聞だと新聞社名を見てみると、そこには社の名前ではなく個人名が写っていた。

 

『文々。新聞 射命丸文』

 

「アヤ......!」

「命蓮寺には、少ないですが情報好きの妖怪もいまして。そんな方々がこうして新聞を持ってきてくださるのです。皆はどうやらこの新聞を笑っているようですが...」

 

聖がそう言って新聞をしまうと、お茶を啜り、その後に団子をひとつ口に入れる。噛んで、茶と一緒に飲み込んだ後、聖は更に続けた。

 

「そういう事ですので、私は貴方を捕まえたりしません」

「いいのか?」

「はい。少なくとも私が見る限り、貴方が悪い事をする人には見えませんでしたから。人相はともかく」

 

最後の一言は余計だが、それでもありがたかった。彼女の寺の殆どの人は彼が悪人だと信じて疑わない様だったが、彼女は数少ない味方であると自らの口から伝えてくれた。

それだけで少し安心する。幻想郷は言わば彼にとって多少の不安はあるが、安息の地である事に違いないのだから。

 

「...........じゃあ、俺はもう行った方がいいな」

「もう少しゆっくりしていってもいいのですよ?」

「......................そんなこと言って、あんた俺を匿ってるって知られたら他の奴らから変に疑われちまうだろ」

 

そう言うとラグナは立ち上がり、聖の部屋を出る。

他の部屋の人に気取られないようにすり足で廊下を進んでいくラグナを見て、聖は少しばかり笑ってしまった。

 

「やはり、噂通り優しい心の持ち主ですね」

 

聖が微笑んでいると、奥の部屋から少女が姿を見せた。

 

「あいつ指名手配犯でしょ?ほっといて良かったの?」

「ぬえ................ええ。彼は『良い人』だったから」

「ふぅん......聖が言うならそうなんだろうけど」

 

ラグナの姿が見えなくなるまでぬえと聖の二人は彼の背中を見守っていた。やがてラグナが見えなくなると、ぬえも部屋を移って居なくなり、聖も元々行なっていた作業を再開した。

 

 

 

 

*1
ラグナのいた世界には『統制機構』という組織が存在しており、その組織の衛士の一人が獣人を「下等生物」と罵っているのを聞いてラグナが憤慨し、その衛士を殴って吹き飛ばしたところ、それを目撃した別の衛士に増援部隊を呼ばれ、結果一個小隊を潰した事がある。ラグナにとって獣人はかつての生活で深い関わりを持っていた為に、我慢が効かなかったのだ。




『命蓮寺』

人里近くにある巨大で荘厳な雰囲気を醸す寺。
人間や妖怪が多く集う。但し本尊の毘沙門天代理である寅丸星の本質が、富の側面が強いため、それにあやかろうとする邪な心を持つ人々を日々諭しており、妖怪達も力ある者を受け入れる事はせず、あくまで立場の弱い者たちを保護しているに留めている。



次回予告

何故か手配されている事を知ったラグナ。
命蓮寺を出て、人里へと向かう。
そこで目にしたものとは。
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