死神幻想奇譚 作:16
幻想郷中を歩いて回ると決めたラグナ。
しかし、途中アリスに助けを求められ、向かった先は
魔理沙の住む家だった。アリスと共に魔理沙を救い、
アリスから仏蘭西人形を受け取り、森を後にする。
次に向かう場所を『命蓮寺』に定めたラグナは
何故か聖白蓮に、人里から指名手配されていると知る。
「貴方を捕まえる事はしない」と聖に伝えられ、
安心したラグナはそのまま命蓮寺を去った。
「...........まさか、指名手配されてるとはな」
命蓮寺を出たラグナは一人呟いた。
無論、今まで幻想郷の中で悪事を働いたなんて事は無い。何せ覚えがないのだから。しかも手配書の人相なのだが、これが滅茶苦茶に似ていない。具体的に例を挙げるとするならば、フランシスコ・ザビエルの人物画の様なものである。
「ぜってー俺の顔見た事ねぇ奴が描いたろ......しかもアレ、使われてる紙とかは違ったっぽいけど、描いてある俺の顔、どう見てもあれと全く一緒だし......」
命蓮寺を出て暫く歩いているが、極力人里には近付かない様にしなければならない。もしかしたら慧音の様に人里に住む者は全て《アレ》を信じ込んでいるかもしれない。それはそれで嫌なのだが......。
しかし、世話になった慧音の事も心配であるし、駄目そうだったならばその場から逃げ出せば良いのだから、様子を見に行くぐらいなら何ら問題ない。筈だ。
「しゃーねえ。行くか...........『迷彩』」
姿を隠し、人里に向かう。
人里から外に出てくる様な人間は居ないのだろう。ラグナが里の中に入る直前まで、誰とすれ違う事もなかった。
人里に着いて直ぐに『迷彩』の術式を重ねがけした。重ねても重複効果の様なものはないのだが、何かの拍子で解除されていたらまずいので念には念を入れて。
そして大きな門をくぐり、人里に入る。そこにはいつも通り
「マジでかよ...........オラッ!」
憤り、呆れから怒りに感情がシフトしていくのを感じつつ、勢いのままに手配書を引きちぎった。近くを通って尚且つ不幸にもそれを見た人間が急な現象に驚いて逃げていったが、俺にはそんなこと関係ないとばかりに里中の掲示板を周り、貼られていた下手くそな絵を全部破壊していった。
主に心労的な意味で疲れた後、手配書がない事を確認してラグナは歩き始めた。もちろん、慧音の安否を確認する為に、寺子屋へである。もしも慧音があのような虚偽の情報に騙されているのであれば、彼女が恩人であるラグナにとって、全くもってたまったものではない。
さて、時間はそろそろ昼頃を過ぎる、という所だろうか。寺子屋に着いたラグナは聞き耳を立てる。どうやら中では子供達を集めて授業をしている様で簡単な、それこそ計算が好きではないラグナでもほいほいと解けるような至極簡単な問題に苦戦する声も聞こえてくる。
「この様子だと中に入るのはマズいか?」
そう思って寺子屋を去ろうとするが、慧音の声が聞こえて思わず立ち止まった。それも、ただの声では無い。ラグナの名を口にしていたのが聞こえたからだ。
「先生、どうしてラグナを庇うのー?」
「悪いヤツじゃないと思うんだよな、ラグナは。なんというか、手配書の人相は凄い悪いけど、それもイメージだよ」
それを聞いて、少し留まろうかとラグナは考えた。
慧音ならば影響を受けていないのではと思ったのである。彼女なら或いはラグナの無実を証明してくれるか?
やがて時間は経ち、ラグナが門の下で待っていると、気がつけば日は暮れかけ、子供達も殆どがラグナの前を通り過ぎようとしていた。
「けーね先生が言ってたの、どう思う?」
「あたしはけーね先生と同じー」
「俺はあのラグナってやつ、悪い奴とは思わねぇな」
「うーん、僕は危ないと思うかなあ」
彼らは思い思いの言葉を連ねながら帰路に着いた。まさか話題の中心人物が聞いているとは思わなかったろう。
寺子屋に残った子供がいなくなった事を確認して、ラグナは寺子屋の中に入っていった。
「好き勝手言いやがって......」
その声が彼らに届く事はなかった。
中では全く物音がしない。
いや、正確には聞こえてはいるが、どの部屋から聞こえているかがわからない。横に長いこの寺子屋には教室が四つあり、慧音が子供たちの問題等を整理する管理室と来客の為の客室、そして慧音の自室の計七部屋が寺子屋の中身となっている。
とりあえず一つずつ調べていくしかない。
まずは手前の管理室を開く。音を立てずに開くが、誰もいないのでもう一度静かに閉めて管理室から離れた。
続いて客室。ここからは物音がしないので絶対に違うだろう。次に教室を調べようとした途端、後ろからドタドタと大きな足音がした。振り返ってみればそこにいたのは先程帰った子供の一人だった。
「やべぇ!忘れちまった!」
そう言ってラグナの調べようとしていた教室に近付いてくる。ラグナとぶつかりそうになって思わず横に逸れると、床が軋む音が鳴ってしまうが、幸運にもこと男児にばれるような事は無かった。
彼が障子を開いたそこには教卓で書類の整理を行なっていた慧音が、急な来訪者を前に驚いた顔を見せたが、それがすぐに教え子の一人だとわかって表情を崩し、彼に質問した。
「どうした、綾月」
「あ、先生!実は教室に忘れ物しちまったんだよ!」
そう言って少年が慧音に伝えると、慧音は納得したように笑ってから彼の前に一つの物を差し出した。
「ほら、これだろう?」
「ああこれだ!先生サンキュー!」
そう言って少年は忘れ物を手に走っていった。
「廊下は走るな!」という慧音の注意で足音は静かなものになった。彼がいなくなった時を見計らい、ラグナは術式を解除し、障子を開いて慧音の前に姿を見せた。
「よう、ケイネ」
「こらこら、先生と呼びなさ...........ッ!?ラグナか!?」
「三日ぶりだな。聞きてえ事がある。今いいか?」
「私も聞きたいことがあったんだ。私の部屋に来てくれ」
そう言って慧音は書類に穴を開け、紐で固定してからラグナを自分の部屋に案内した。実は寺子屋に居た五日間で部屋に入った事は無かったので、これが初めてである。
「まずは先に言ってくれ。俺に聞きてぇ事って?」
そう言うと、慧音は間髪入れずに聞いてきた。
「見たかもしれんがラグナ、君は指名手配されている。....................一体何をやらかしたんだ?」
「ああ................やっぱそうなるよなぁ......俺が聞きたい事もそれが原因だよ。俺は何もしてねぇぞ」
そう言って二人は首を傾げて考える。ラグナは何もしていないのだから、無罪を主張するのも当然である。
慧音も、共に生活していて且つ赤い霧の異変の解決にも貢献したという事からラグナが指名手配される事はないと思っていた。実は、人里で指名手配犯が現れるのは非常に珍しいケースである。犯人の姿が目撃されていて、尚且つ殺人の事件である時だけなのだ。
「尚更俺ちげぇよ。人殺してねーし」
「殺したといえばあの狼ぐらいのものだしなぁ......」
うんうん唸っても答えは見つからず、結局日は完全に暮れてしまったので、ラグナはもう一度だけ、慧音の寺子屋に一晩世話になる事にした。次の日になれば児童たちがやってくる。そうなったら寺子屋から見つからずに離れるのが難しくなってしまうので、翌日の早朝に里を発つ事に決めた。
「まあ、とりあえず座ってくれ」
「おう」
そう言って座布団の上に座り込む。
「今回不明な事はとても多い。どうして指名手配まで至ったか私の方で調査したが、出処もわからなかったよ」
「んじゃあ信憑性が無ぇと。余計わかりにくいな......わざわざ俺を狙ったって事なのか?余計にたちが悪ぃな」
一瞬、静寂が場を支配する。向き合ったまま何か考え事をしていたのだろうが、双方共にまとまる事がなかったのだろうか、特に口に出すでもなく、ただ話さずにいた。そんな時間が数分続いた後、慧音が声を上げた。
「......どうするんだ?」
「そうだな...........里には今後寄らねぇと思う」
そう言うと、慧音は納得したように「そうか」と頷いたが、その表情はどことなく悲しそうに見えた。それは、自分が一度でも世話した相手が二度と会わないと言っているようにも受け取れる事であるし、その反応も至極当然である。
「...........次は、どこへ?」
「決めてねぇ。幻想郷中を回ってみたいとは言ったけど、特に行きたい場所がある訳じゃねぇからな」
「......そうか。まあ明日の朝までゆっくりしていくといい。それに、行く場所が決まってないならどこかに身を隠すのも悪くない選択だろうしな」
そう慧音に言われて、ラグナは笑った。
「ありがとよ」
「いいんだ。一度とはいえ、世話を焼いた相手だ」
次の日、目を覚ましたラグナは結局どこに向かうかを考えつかなかった。寝室に慧音の姿は無いので、恐らく児童たちの授業を行なっているのだろう。様子が気になるし、少しばかり見ていこうかと考えた。
「『迷彩』...........よし、問題ねぇ」
慧音の部屋の扉をゆっくり開けて、教室へと向かう。奥から二つ目の教室から慧音の声と子供の声が聞こえる。その教室で間違いないとわかって、二番目の教室に、出来るだけ足音を立てることのないように近付く。
「...........おー、結構普通そうじゃねえか」
その授業風景は、やはりと言うべきか、子供らしく授業の最中でも隣合う友人と話していたり、少しうつらうつらとしていたりと、言い表すなら想像通りだった。
ラグナは学校に通った事が無かった。なぜかと聞かれれば、出自故にとしか説明できない。
中では慧音の問題に児童が答えを挙げていた。
「さて、これ答えられる奴はいるか?」
「はい!答えは160です!」
「正解だ。じゃあ、次の問題だ」
そう言って別の子を指名し、答えさせている。ラグナも経験しえたかもしれない風景に、少し感傷に浸ってしまう。やがて授業が終わったのだろう。慧音が終わりの合図を出すと、子供たちは散り散りに教室を去っていく。
教室に一人残された慧音の前で迷彩術式を解く。
「........あ、ラグナか。どうした?」
「楽しそうだったな」
「ああ。子供達と触れ合っていると楽しいよ」
そう言って慧音が笑うと、それに釣られてラグナも笑い出す。ひとしきり笑った後、慧音がラグナに聞いた。
「どこか行くアテはあるか?」
「いいや、無えな」
それなら、と慧音はラグナに一枚の紙を手渡す。それは、なんと人里で扱われる紙幣だった。
「...........ん?これ......金じゃねぇか。いいのか?」
「ああ。鈴奈庵に行って、慧音に頼まれたと言って団子をひとつ買ってきてくれ」
「...........あ、おつかいね。仕方ねぇな」
「嫌な顔をするなよ。きっと役に立つから」
そう言って慧音は札を一枚ラグナに手渡し、団子を買うように頼んだ。どう見てもおつかいだが、役に立つという。それなら仕方ないと、ラグナは寺子屋を後にした。
店に入った瞬間、鈴の音がする。
入店した事を気付かせる為の措置かも知れない。奥の机でのんびりしていた少女が、客が来たと気付いて声を上げ、店の入口を覗く。
「いらっしゃいま...........あれ?」
しかし、そこにある筈の来客の姿は無い。
「あれ?いると思ったんだけどな......」
「『解除』...........おい、後ろだ」
そう伝えると、少女は後ろを振り向き、目の前に壁が出来ている事に気が付く。見上げると、そこには目があって、髪があって、口があって。顔がそこにあった。
圧倒的な身長差を前に少しすくんでしまう。
30センチ強もの身長差があるのだ、それも仕方ない事である。少女が驚く様は小動物のようにも捉えられる。
「えーっと......ケイネから団子を頼まれてんだけど...........ここ、どう見ても本屋だよな。団子あんのか?」
「...........はっ......あ、だ、団子......?」
暫く少女が団子という単語を聞いて、わかりやすく疑問の表情を浮かべるが、直ぐに意味が伝わったのか、納得したのか、少女はラグナの向き合った。
「──ああっ!......もしかしてラグナさん、ですか?」
「おう。その様子だと、俺の指名手配に疑問を持ってんのはケイネだけじゃねえって感じか」
「はい。私も『文々。新聞』を購読していて。それを見た人はみんな疑問を持ってると思いますよ」
そう言って「はい、これをどうぞ」と言って一枚の紙を開く少女。そこには恐らく幻想郷全域の地図があった。
「これは......」
「言っておきますが一部しかないので渡せません。何か紙とかはありますか?写してくれると助かります」
「ああ、なら俺が途中までの地図を持ってる」
そう言ってラグナが書いた地図と幻想郷の地図を合わせる。自分でも驚く程に正確だったので少しびっくりするがすぐに地図の写し作業に移る。
「ラグナさんはどうして指名手配されて......いや、わかってはいるんですよ。でも、あんな事する人だと思えなくて」
「あんな事って、なんだ?」
そう言うと、少女はぽつりぽつりと話し始めた。
その内容は有り得ないものだった。確かにラグナが過去やってきた事ばかりであったが、外と幻想郷は通じていない筈。ならば唯一の接点であるラグナが漏らさなければそれが幻想郷に伝わる事はないはずだというのに。
「統制機構支部三つを破壊、衛士二千人あまりを殺害、食い逃げ、無銭飲食...........ラグナさん、貴方一体......?」
絶句する。ラグナにとって話す筈のない過去。彼女は何故その悪事を全て知っているのだろうか?
「それ、どこで知った?」
「...........わかりません。そういう記憶が流れてきたとしか」
「.....クソッ!一体なんなんだ!」
そう言うと、書き終えた地図をポケットに突っ込む。
やる事は恐らく果たしたので鈴奈庵を出ようとすると、少女がラグナを引き留める。
「あ、あの!」
「なんだ?俺はすぐにでも里を出てぇんだけど」
「その......お金を......」
そう言われて暫く思考が固まったが、すぐに慧音から出された金を渡して欲しいと言っていることに気が付く。
「......あ、あぁ。ほらよ」
「あ、ありがとうございます!」
「行っていいか?」
「はい。引き留めてしまってすみません」
その謝罪にラグナは言葉で返さずに手を振って答える。
外から『術式展開』という彼の声が聞こえたが、彼女......本居小鈴にはもうどうでもよかった。疲れたのだ。
「はぁー......緊張したぁ...........」
ラグナが過去犯してきた犯罪の数々を小鈴は何故か知っている為、自分も危険な目に遭わされるのではと心配して気を張っていたのだが、杞憂だったようだ。
やがて店を静けさが支配すると、二人目の来客が現れた。
「やあ、小鈴。ラグナはどうだった?」
「慧音さん......そうですね。怖い人ですけど、悪い事をする様な印象は無かったですね」
「やっぱり小鈴もそう思うよな......どういう事なんだ......?」
二人を疑問が取り囲むも、その疑問が晴らされる事はなく、頭をほぐす為にも二人で団子屋に行く事にした。
人里から出ていったラグナは地図を見ていた。どこに行こうかという考えが纏まらず、とにかく歩いている。
大した相談もなく人里を出ていってしまったラグナは、とりあえずここに行こうと決める。
「『間欠泉地下センター』ね.....」
魔法の森と妖怪の山に挟まれたこの施設は、どうやら近くに間欠泉で出来た温泉があるらしい。
通う者は少ないものの、マニアの間で秘湯とされている。
「次はここだな。ついでにアヤに礼も言うか」
地図を開いて位置を確認して歩き出した。
『人里』
(何故か)遂にラグナの罪を知ってしまった里。
これによってラグナは重犯罪者であると認識し、ラグナはかの住人達に追われる身となってしまった。
里の人間がラグナ自体を認識している訳では無いが、『ラグナ』という男は危ないと認識している。影響を受けていないとわかっているのは、今の段階では上白沢慧音ただ一人。
次回予告
次回より、遂にハザマが登場します。
時は遡ってラグナが妖怪の山に居た時の三日間。
果たして彼はこの新しき地でどう動くのか。