死神幻想奇譚   作:16

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ラグナが妖怪の山に滞在していた三日間。
蛇が神社にて目覚めた。
ラグナと出自を同じくして、黒衣を纏うこの蛇は、
かの『幻想郷』を前にどう立ち振る舞うのか。




ハザマ編
裏・第一話 光と碧の激突


彼が目覚めたのは寒さに震えたからだった。

今いる場所は境界の筈。それも、境界に堕ちたのなら原子までも分解されて存在を維持する事さえ出来ないというのに。それは意思ですら例外ではない。

だのに、彼は今こうして目覚めている。生きている。痛みを感じず、自身の知識欲に振り回されて、境界に堕ちて尚、である。

 

上体を起こせば、最初に体の痛みに襲われた。

 

「痛た......ここの痛みは変わらないんですねぇ......」

 

そう言って胸の辺りを押さえる。そこには常人なら既に死んでいるであろう傷が、彼の胸を抉っていた。

空は青く、時折白い雲が空を漂っている。周囲は木々に囲まれてはいるものの、そこまで密度が高い訳でもなく、多少なり人の通った跡の残る獣道がずっと奥の階段に続いていくのが見える。

とりあえず獣道に沿って進んでいくと、先程見えた階段に到着する。階段への入り口を大きく囲うように鳥居が建てられており、そこに掲げられた神社の名は『博麗神社』と描かれている。

 

「はぁ......面倒ですし、一気に行っちゃいますか」

 

そう言うと男は右腕を大きく開き、こう唱える。

 

「『ウロボロス』」

 

突如、男の広げた腕の下の何も無い空間から、緑と黒が混ざりあったような、おどろおどろしい色合いの鎖が飛び出す。その鎖は高く飛んで行き、一定の距離でピタリと止まる。

次の瞬間、男の身体は宙にふわりと浮き上がり、急に加速して、階段を物凄い速さで飛ばしていく。

 

「あ〜、こういう時は楽でいいですねぇ......っと!」

 

飛翔を幾度か繰り返すと、途端に開けた場所に出る。そこには神社の本堂があって、井戸があって、倉庫がある。以前にいた場所では全くと言っていい程廃れ、見なくなった神社がそこにあった。

 

「おぉ〜......これが神社ですか。珍しい物もあるんですね」

「何が珍しい物よ。あなた、どこの人間?」

 

不意に声が聞こえて、男は唖然とする。

この私に気取られずに背後を取るだなんて、面白い人もいるものですね、と。仮にも彼は諜報部という、隠密行動や情報収集に長けたエキスパートの部隊の衛士。姿の見えない敵の相手も心得ている筈が、油断していたとはいえ呆気なく後ろを取られるとは。

 

「私は、世界虚空情報統制機構諜報部所属のハザマです」

「せ、せか......?えっと、ハザマね?」

「ええ。ハザマで覚えてくださいね?」

 

そう言ってハザマはニコリと微笑む。

その薄ら寒い笑みに、赤い服の巫女はまるで蛇に睨まれた蛙の様に背筋の凍る思いを、内に留めた。

 

「......私は博麗霊夢。この神社の巫女よ」

「霊夢さん、ですね?今後ともよろしくお願いします」

 

ハザマは笑みを崩さないまま、手を差し出す。この男は握手を求めているのだと知って、霊夢も手を伸ばした。

ガシッと双方が互いの手を握る。ハザマは満面の気味悪い笑みで、霊夢は心底嫌そうに。

 

すっと手を離し、ハザマが言った。

 

「いやぁ、どうしたらいいですかね、私。何せこの場所を知らなくて。どうすればいいかわからないのですよね」

「それなら森を抜けて、人里まで歩いていくといいわ」

 

そう言うと、霊夢は神社の中に入っていってしまった。

 

「あのー!案内、してくれないんですかぁ?」

「面倒!」

 

そう声を張り上げて、障子をピシャリと締め切ってしまった。「あらら。私はここでも嫌われるんですね」と、別に苦とも思っていないような笑みを浮かべながら、階段を下りていった。

 

 

 

「998...999...1000...1001!いやぁ、一段多いですねぇ......こういうのは千ピッタリだからいいんじゃないですかぁ......よりにもよって一段だけとは、うーん......実にむしゃくしゃしますねぇ」

 

帰る時は普通に歩いて帰るハザマ。少し天邪鬼なところがあるのか、誰にも理解し難い言動を取ることも別に珍しい事ではない。少なくともそれを聞かれる

様な相手は存在しない訳で、つまりはなんだろうと言いたい放題な訳である。

 

「しかし......たとえ私が境界の中で無事だったのだとしても、それなら誰かが私を引き上げてないとおかしい。もし好奇心で私を引き上げた誰かがいるのなら......」

 

そう言ってハザマは少し立ち止まる。足を止めて、肩を震わせている。泣いているのではない。まるで全てが面白いと言わんばかりに、喉元に手を当てて、笑っている。

 

「くっくっくっくっ...........いやはや、全く奇特な方も居たものだ。私をサルベージするとは」

 

ひとしきり笑った後、ハザマはふと笑うのを辞め、目の前に広がる森を見据えた。これから進む事になる森だ。

普通の人間なら危険なこの森も、ハザマの前には大した脅威にもならない。

 

「......それに、この感じ。ゾクゾクしますねぇ......まるでこの私が、玩具を与えられた子供の様だ」

 

そう言うと、ハザマは内に秘められたドライブを感じ取る。それは、ウロボロスではない、別のものだ。

敵から魂を奪い取るドライブ。かつてハザマを器として使役した男のドライブ能力だったもの。

 

「『フォースイーター』......こんなに気味の良いものとは」

 

この、ウロボロスとフォースイーター、二つのドライブが揃った状態なら、どんな相手も敵ではないのだろう。そうでなくとも、ハザマは隠せるだけの実力を持っている。ただ、力を行使するのが嫌で、自身で手を下す以外は大抵人を焚き付けたり部下を使ったりするだけで。

しかし、身に覚えはないものの、かつての目的であった『テルミを吸収し、自己を確立する』という当初の目的は中途半端ながら達成出来ているらしく、テルミの意思、というよりかは破壊衝動の様なものがハザマの心の中を渦巻いている。

 

「あぁ......早く誰かを苛めたくてたまりません......こういう時にラグナ君が居れば、おちょくって差し上げ......!?」

 

ハザマが何かを感じ取り、後ろにステップする。

刹那、ハザマの居た場所を一筋のレーザーが焼き払う。草が焦げ、大地を穿つ威力を持つそれは、ハザマの持つ古い記憶によると、魔法で間違いなかった。

 

「おお、素晴らしい。忌々しい魔法使いはまだ存在していたんですね。一体どんな方ですか?」

 

そう言うと、空からふわりと降りてきたのは、白黒のいかにも魔法使いですと言わんばかりの格好の少女。

 

「あんた、誰だぜ?ここらで見ない顔だが」

「ああ、これは失敬。私、諜報部のハザマです」

 

名を名乗るが、聞き覚えはない様で(というより、私はこの少女に名乗ったことはありませんが)頭を傾げたあとに「そっか。で、どこの誰?」と聞いてくる。

 

「そうですねぇ......ハザマ、と覚えてくれます?」

「ほーん、ハザマね......で、ここに何の用だぜ?...........ここは魔法の森。お前みたいな人間が来る場所ではないぜ」

「『魔法』ですか...........フフ、愉快な響きですね、ああ、実に不愉快だ。なんなら殺して差し上げましょうか?」

 

そう言ってハザマはくっくっと喉を震わせて、蛇のような表情で笑う。少女は得体の知れない不気味さに少し怯むが、すぐにハザマに警告を行なった。

 

「森から出ていけ。二度目はないぜ」

「おや、仏の顔も三度までと、よく言いません?」

「じゃあ、さよならだ」

 

さよならだと彼女が言うと、小さい箱の様なものを取り出し、ハザマに向ける。途端、ハザマはそれを危険なものだと感じ取り、即座に説得を試みる。

 

「やだなぁ。私、戦闘は専門外なんですよ?」

「嘘こけ。私のレーザーを避けたあの身のこなし。私が相当な間抜けじゃない限り、あれを見逃す筈ないぜ」

「ん〜......じゃ、死んでください?」

 

少女は小さな星を大量に射撃する。、ハザマはウロボロスを上空に飛ばし、自分も浮かぶ。少女は箒を振るう。そのまま少女の弾幕とハザマの蛇を纏った蹴りがぶつかりあった。

 

「『ブレイジングスター』!」

「蛇翼崩天刃!」

「アステロイドベルト!」

「おっと危ない!」

 

魔理沙が、ハザマの蹴りを止めた瞬間、発生速度も弾速も凄まじい弾幕を展開し、ハザマを襲う。

それをウロボロスを使った移動で避けると、今度はそのウロボロスを基点にハザマは魔理沙の近くに移動し、通りがかった隙にナイフで切り付ける。それを魔理沙は防いだ。それはハザマの様に術式を扱う人間にとって馴染み深い『防御術式』だった。

 

「あら?魔法使い......でしたよね?」

「関係ないぜ、そんな事!」

「おっとと!」

 

そう言うと彼女は術式を組み込んだ箒で叩いてきた。

一見するとただの箒にしか見えないそれは、しかし術式を組み込んである事で術式兵器の様に、人や魔獣に対して高い効果を発揮する。それは、術式適正が高い彼女だからこそ為せる荒業である。

 

「おお怖い怖い」

「ハザマ、お前どっかの天狗みたいな事言ってるぜ」

「天狗?」

 

自分の知らない言葉を前に知識欲が膨らんでいく。

この場所には自分の知らない事が沢山ある。あの巫女といい、この少女といい、天狗といい。

知りたい。知らない事を知りたい。痛みを知りたい。

彼の、器として生きた生涯で、あの時だけが唯一やりたかった事を実現できそうだった。それだけ彼の知識欲というのは彼自身の行動力に強く影響するのだ。

 

「天狗なんてものがいるなら、是非とも会ってみたい!だから、そこをどいてください!」

「ッ!」

「蛇刹牙昇脚!」

 

ハザマが高く蹴りあげる。その蹴りは低空を飛ぶ少女にクリーンヒットして、彼女を強く飛ばした。

 

「蛇咬!」

 

そのままウロボロスで掴み、地面に引き摺り下ろす。

地面を転げ回るのを見て、大きなダメージを与えた事を確信する。しかし、まだ終わらせるつもりもない。

 

「寝てちゃ駄目ですよ!『蛟竜烈華斬』!」

 

彼女の倒れていた所に術式を展開し、彼女を掴む。そしてウロボロスを直撃させ、蛇咬の時のように引き摺り、自身の前に無理やり連れてくる。

そして、両手に握り締めたナイフで、人とは思えないほどのスピードで全身を切り裂く。そして──

 

「アッハハハッ!......死ねェ!」

「うごぉッ!」

 

両手に纏わせたフォースイーターが彼女の腹を突く。

激痛に顔を歪ませて吹き飛び、着地した先の木にぶつかって彼女の周囲に砂煙が舞う。

 

「ン〜......素晴らしいパワーですね」

 

自分の手にした恐るべき力を再確認し、自分でも怖くなる程の圧倒的な力に、恍惚の笑みを浮かべる。

倒したかどうかを確認すべく砂塵の中に足を踏み入れる。

そして気が付いた。

 

「ああ、なるほど。気象をも操作できる魔法ですか」

「ブレイジングスター!」

 

霧の中から一筋の流れ星がハザマを襲う。凄まじい速度の星は、しかしハザマの動体視力を持ってすれば容易く躱せてしまう。星は彼方へと消えていった。

しかし、それこそが彼女の狙いだった。

 

「........何っ!?」

「シュート・ザ・ムーン!」

 

星の残光から突き抜けて現れた的確な一撃は、回避直後のハザマを正確に狙い撃った。だが、当たらない。

ウロボロスをその場に固定し、そこを基点として一度上空に飛び上がる事で攻撃を避けたのだ。

 

「...........なーんてね。当たると思いました?」

「チッ......仕留めきれなかったか......!」

 

そんなやり取りをしている間に煙はすっかり晴れ、倒れた木々達の中央に二人は居た。

 

「なんだ、もう終わりですか?」

「ならお望み通り終わらせてやるぜ」

 

「「術式展開!」」

 

二人の声が重なり合い、ハザマの周囲を緑のリングが不規則に回り、魔理沙の左右には白い光弾が浮遊していた。

彼らが一瞬ながら本気の実力の片鱗を見せたのだ。

 

「『ヨルムンガンド』........!」

「『ステラ・デストラクション』!」

 

二人が同時に力を解放する。ハザマの禍々しい気配に、少女は心当たりがあったのだろう。ポツリと呟いた。

 

「この感じ........ラグナに似てる?」

 

少女の独白はハザマには聞こえなかったが、彼にとってはどうでもよかった。今はただ、目の前の彼女を退けるのが第一であるからだ。『ヨルムンガンド』によってハザマが一時的に力を解放して、その肉体である碧の魔導書を活性化させる。すると、みるみるとハザマの立っている付近の草花が枯れていき、風に吹かれて消滅していく。ハザマは暗く嗤っていた。

ハザマの影ある笑みに対抗するのは、オーバードライブの効果で白いオーラを全身に纏い、眩かった金の髪が金色を保ちつつも更に薄く輝いた純白に近くなった、誰も見た事のない少女の姿だった。

 

「この感覚......なかなか楽しめそうですね」

「安心しろ。楽しむ間も無いまま終わるぜ」

 

少女がふわりと宙に浮く。ハザマが狙いを定めてウロボロスを打ち込むと、それをガードする。

ハザマが消え、彼女の背後に瞬間移動する。手に持ったバタフライナイフを三回、六回と右に左に振っていく。その全てが防がれて、しかし焦ること無く最後の一撃を彼女にぶつける。

 

「蛇冥迅!」

 

だが、やはり防がれる。手をかざして防御陣を展開していた為に無傷だった少女が、今度は畳み掛けてくる。

 

「ノンディレクショナルレーザー!」

 

かざしていた防御陣が消え、術式がハザマの目の前に現れる。危険を感じて身を捻り、ようやくそれを回避するのだが、次の一撃でハザマは直撃を受けてしまった。

 

「『光に喰われろ』!」

 

少女が右手を伸ばしてハザマの胸ぐらを掴む。そうすると、彼女の全身から白い光が湧き出て、その殆どがハザマを包み込む。彼は気持ちの悪い感覚に包まれ、直後に耐え難い苦痛に全身を蝕まれた。

そして手を離されると同時に爆発し、綺麗な光の残滓と共に吹き飛ぶ。ハザマはゆっくりと身体を起こした。

 

「なんだ......やるじゃないですか」

 

瞬間、少女は光となって消え、直後に目の前に現れた。

その手には先程の箱が握られており、その先はハザマに向いている。トドメを刺すつもりだと馬鹿でもわかる。

 

「なーんて......ざっくり!」

 

不意にハザマが足で少女の右足を蹴る。仕込まれたナイフが足の肉を斬りつけ、怯んだ隙を突いて素早く起き上がり、交差するように両腕を左右の手に持ったナイフで斬りあげた。

 

「ッ!?......あぐぁ......!」

「最後の最後で()()しました?.......いけませんね。ダメじゃないですか、油断なんてしたら。蛇は、狡猾なんです」

 

くっくっと喉を鳴らして笑うハザマ。その手には血塗られたナイフが握られており、視線の先には腕と片足を血に濡らした少女が横たわっている。しばらく動くことが出来ないであろう少女のその視線は、ずっとハザマだけを見据えており、殺意に満ちている。

 

「うんうん、その素晴らしい殺意!素敵ですよ?」

「ッ................どうするんだぜ?」

 

少女がハザマに聞く。

 

「...........貴女、お名前は?」

「................?......魔理沙だ」

 

魔理沙がそう答える。

 

「なるほど......私、まだ危険だということを知られたくないんですよね、魔理沙さん。ですから......」

 

ハザマがニヤリと笑う。

殺されるのだろうかと魔理沙が背筋の凍る思いをするが、ナイフを向けられるような事はされなかった。

代わりに腕から出てきた蛇が、魔理沙の胴を貫通する。

 

「『マインドイーター』。殺しはしませんが、記憶は食べさせていただきますよ、魔理沙さん」

 

「あ...........う................」

 

どさりと、力無く倒れた魔理沙。

怪我はどうにでもなるとして、記憶だけはウロボロスを使わないといけないのが少しばかり面倒である。

 

「それじゃ、目的の人里へ向かうとしましょうかね」

 

そう言ってハザマは歩き出した。森を歩いていると、途中ひとつの家が見えたが、そんなものに気をかけるつもりはない。とっとと目的地に辿り着いて、今の状況を詳しく知りたいのだから。

ふと、ハザマはあることに気がついた。

 

「あ......魔理沙さんがどうして私を襲ったのか聞くのを忘れました...........ま、どうせ嫌な気配がしたとか、そんな感じのくだらない勘なんでしょうけれど」

 

 

 

 

蛇は境界より目覚め、幻想郷に混沌を呼ぶ。

そして二つの蒼がぶつかる事を、二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 




『ステラ・デストラクション』

魔理沙のオーバードライブ。
身体能力の強化、ドライブ攻撃の強化の他、自身の左右に自動で追尾する光球を呼び、魔理沙が攻撃する際に左右の光球も魔理沙と同じように威力の低い弾を飛ばす。


『ユウキ=テルミ』

エンブリオ内でハザマと分離され、別の次元でハザマと融合を果たしたは良いものの、肉体であるハザマに精神の主導権を乗っ取られ、真の意味でテルミがハザマとなってしまった。ドライブ『フォースイーター』はウロボロスと同様ハザマの手に渡っている。
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