死神幻想奇譚 作:16
魔理沙が酷い目に逢います。推しの方は注意。
ハザマが魔理沙を打ち倒し、記憶を喰らってから
わずかに六時間ほどが経過した頃。
広大な森を抜けたハザマは、人里を見つける。
あれが人里だと、すぐにわかった。
階層都市程の大きさでは無いものの、それなりの規模の街であるから、活動拠点には事欠かないだろう。
あと20分も歩けば着こうという時、一人の古風な出で立ちをした女性に出会った。陣笠から覗く髪色は紫。歩きやすくする為か、寒さに対抗する為か。足の脛辺りまでベルトの着いたブーツのようなもので固定されており、一切の露出が無い。背には小瓶やら何やらが入っているのか、ガチャガチャと鳴らす荷物入れ、と。まるで古い時代の行商の様な姿だ。
「あのー。失礼かもしれませんが、見ない格好ですね。もしかして外の方ですか?」
と、女性から声をかけられる。「外かどうかは知りませんが、貴女は?」と答えると、彼女も納得したように頷く。
「私は薬の行商をやっています、鈴仙といいます。外、というのはですね、今私たちがいるのは『幻想郷』という他の世界とは隔絶された場所なんです」
なるほど。
「へぇ......幻想郷、ですか...........あ、そういえば鈴仙さんでしたっけ?よろしくお願いします。私は諜報部のハザマです。階級は......いや、いいでしょう」
「......???...........じゃあハザマさん。もしかして、これから人里へ向かわれる所だったんですか?」
詮索が好きな方だ、と思いつつも、それを出すことはなくあくまで協力的に自分の向かう場所を話した。
「そうですね、今は里の方へ向かおうかと思っています」
「そうでしたか。この先の香霖堂には立ち寄りました?」
そう言うと、ハザマが通って来た道を真っ直ぐ指さす。そのずっと奥、ハザマが出てきた場所よりも更に奥、森のすぐ近くにひとつ、家が建っているのが見える。
「うーん...........あ、もしかしてあの木造のです?」
「あ、そうですそうです!」
遠目から見てもあまり大きいとは言えなさそうなあの家は、鈴仙曰く商店であり、お得意先でもあるという。
商店。それなら、ハザマも「寄ったことはありませんが、欲しいものがあるかもしれませんね」と舌なめずりする。彼は器であるが、人間として一通りの機能は備えており、同時にその代償を定期的に支払わなければいけない。早い話が、食事と睡眠を取りたいのである。
「鈴仙さんもその『香霖堂』に向かうんです?」
「そうですよ。これから必要な薬とかを幾つかお渡ししに行く所だったので。一緒に来ます?」
「いい案ですね〜!是非ともご一緒させてください、ね!」
ハザマは鈴仙の案に乗って、共に香霖堂を目指す。来た道を戻るのは別に苦ではないし、話し相手がいるのも退屈でなくて実に良い。話しながら歩いていれば、退屈さなんて感じないし、目的地にだってすぐに着く。
「ところで先程、薬っておっしゃいました?」
「そうですよー。風邪薬や胃薬とかですね。私の主人は薬師ですから。これもおつかいみたいな物ですね」
「へぇ〜......儲かってます?」
「あはは...........まあ〜、ぼちぼちってところですよ」
そう言って鈴仙は露骨に顔を逸らす。今日の売上は芳しくなかったのだろうか、あまり良い返答ではなかった。正直に答えてくれるので弄りがいがあって面白い。
そうこうしている内に先程見えた一軒家に着いた。遠目では丈の長い草で見えなかったが、店先には『香霖堂』という看板が立てかけられており、所々が古くなっている事から年季のある店なのだという事がわかる。
「霖之助さーん。いますかー?」
しばらくすると店の奥からドタドタと大きな足音が近付いてくる。その足音の主は扉を開け、待っていたと言わんばかりに彼女を店に上げた。
「わっ!?ちょ、ちょっと、どうしたんです!?」
「魔理沙が凄い怪我なんだ!痛み止めと塗り薬をくれ!」
「......え?魔理沙さんが!?あの魔理沙さんがですか!?」
「ああ、そうだ!とびきり効く奴で頼む!」
「わ、わかりました!」
そういったやり取りをした後、霖之助という男と鈴仙が焦って店の奥に走っていく。あの娘もしぶとく生き残った事を確認できたところでハザマは魔理沙の様子を見る為、自身も店の中に入っていった。
店の奥からは呻き声が聞き取れ、それを遮るように二人の声が聞こえる。気絶しているのか、魔理沙に向かって名前を呼んだりしているようだ。
「魔理沙さんってどなた......うわぁ!これはひどい怪我だ!」
「!?......君は客か?悪いが今それどころでは無いんだ」
「わかっています。私は鈴仙さんの連れでして。魔理沙さんという方が心配で来てしまったんですよ」
我ながら嘘が上手い、と内心でほくそ笑む。無論、心配そうに口端を歪めるなど、ポーカーフェイスも忘れる事はしない。これでも元諜報部所属の衛士なのだから。
「そうか......君、医学に心得はあるか?」
「うーん、多少ですがありますよ」
「本当か!?」
多少というのも嘘で、ひとつしか知らないのだが。ハザマが知っているのは、『回復術式』というもので、傷の再生の代償に、しばらく酷い苦しみに襲われるという、常人にとっては後遺症だけで死ぬ可能性のある、非常に危険な代物である。これは既に改良され、イカルガ内戦の時に比べて後遺症が殆ど無くなっているものもあるのだが、あえてそれを教えない。初期型の術式を使う事に決めた。
「ただ......怪我は治っても、しばらく痛い思いをするんですよねぇ...........それでも、いいんですか?」
「...........頼む。彼女を喪う訳にはいかないんだ」
「......わかりました。では、離れて」
そう言うとハザマの後ろに二人が下がる。この場にいるのは魔理沙とハザマだけだが、万が一彼女が目を覚ましたところでハザマが彼女に傷を負わせた張本人であるという事はバレない。記憶を文字通り喰らったからだ。
「...........はぁっ!」
わざとらしく手をかざして声を上げる。魔理沙の周りを術式が取り囲み、傷をみるみると癒していく。
しかし、完治一歩手前という所で、後遺症が発動する。
「う......グ......アァァァッ!?」
「魔理沙!」
「魔理沙さん!?」
二人が慌てて駆け寄ろうとするのを止めた。
「行かないでください!これは彼女が一人で耐えねばなりません!」
「どうしてだ!?」
「この回復力を引き出した後、その痛みに耐えねば、それを忘れようと更に依存してしまうのです」
「無限に続くという事か?」
「はい。効果は絶大なのですが、中毒に似た症状さえ引き起こす事もあります。......魔理沙さんが耐えねば、ね」
半分。半分は本当の事である。別に寄り添う相手が居てはいけないという訳は無い。ただ、それらしい理由をつけてあの実験を続けたかったのだ。境界に落ちる直前まで、あの吸血鬼に行なっていた、あの痛みを与える実験。
笑いそうになるのを堪える。常人ならば耐える事も出来ない苦痛に、目の前の少女は耐えている。
素晴らしい光景だった。
「がっ......ぁぁぁあああ''あ''あ''ッ!!!」
「すまない、魔理沙...........耐えてくれ...........!」
「魔理沙さん......!」
人ながらまるで獣のような雄叫びを上げる魔理沙を見て、内に秘め外には漏らさず、ハザマは愉悦に浸っていた。
ああ、彼女はこんなにも鋭く内を突く様な痛みに耐えられるのか。彼等が彼女に何もしてあげられない罪悪感を考えると、思わず笑みをこぼしそうになってしまう。
「ぐあ......あぁ...........ぁぁぁ...........」
やがて痛みが収まったのだろう。魔理沙は力無く項垂れ、半ば覚醒した意識を手放そうとしていた。
「おい、おい!魔理沙!しっかりしろ!」
「魔理沙さん!呼吸出来ますか!?」
鈴仙の呼び掛けを聞いて魔理沙の口から空気の出入りする音が聞こえた。あの痛みを前に正気を失わずに済むとは、彼女もなかなかに人外だと感じざるを得ない。
「魔理沙さん。起きなさい」
「...........ッ!?お、お前!......は...........誰だぜ......?」
「私はハザマ。貴女を回復させた者です」
そう言って帽子を取り、一礼する。魔理沙もそれに釣られて布団から身体を起こしたまま礼を返す。
「は〜......くそ痛かったけど、助かったぜ、ハザマ」
「いえいえ!これも私がすすんでやった事ですから」
そう両手をわざとらしくいやいやと振りながら言う。やがて完全に痛みが引いたのか魔理沙が起き上がる。
それを見て仰天した鈴仙は、ハザマに耳打ちした。
「(どうしてあんな痛みを受けてすぐ立ってられるんですか?正直言って凄い再生力でしたけど......)」
それに対して、ハザマはこう返した。
「(彼女が元より痛みに強いから、ですかね)」
と、わざとらしく肩を竦めて彼女の問いに応ずると、霖之助がハザマの方に向き直り、頭を下げた。
「ありがとう。君は魔理沙の命の恩人だ。何か僕に出来ることがあるなら、言ってくれ。出来るだけの事はしよう」
なんとこの男は、彼女を傷付けた実の犯人に頭を下げているのだ。しかも「命を救った」ですって?ハザマは心の中で彼らを嘲笑った。記憶ひとつないだけで、これほど整合性が取れなくなるとは、と。
だが、せっかく用意される報酬を受け取らない訳にもいかないだろう。せっかくだ。アレを頂こう。
「では、卵と鍋、火を貸してくださいます?」
「ンン〜!...........くは〜!やっぱりゆで卵は完熟でなくちゃいけませんよねぇ!半熟なんて卵の無駄ですよ!」
「しかし、君は無欲だな。金だとかを要求すると思ったら、君の欲しいものが卵とは思わなかったよ」
「何を仰るんです!私にとって完熟ゆで卵は至高の一品!お金も大切ですが、ゆで卵の方がもっと大切ですよ!」
そう言ってハザマは二つ目のゆで卵を丸呑みする。ゴクリと卵が喉を通っていくのが目に見える。詰まらないのだろうかと鈴仙に心配されたが、昔からこう食べていたと言うと納得したのか呆れたのか、黙ってしまった。
「それで、魔理沙さんはこれからどうするのですか?」
「私は......私に怪我させた犯人をとっ捕まえるぜ」
「なるほど良い案だ。その犯人はどうするんです?」
「さあ。とにかくボッコボコだぜ」
そういうと魔理沙は袖を捲り、華奢な腕が顕になる。
隠されていた部位にはなんと光によって輝く腕があった。手袋をしていたので何かを隠しているかと思ったが、見たところあの『死神』の様な蒼の力を感じる事は無い。
でも、これは───
「,........あなたにそっくりですね。ラグナ君」
その声は誰にも届かないほどに小さな声量で、ハザマが何を言ったか聞き取れた者はいなかった。
場所は香霖堂の前。ハザマ、鈴仙が外に立っており、霖之助と魔理沙は店の傍で二人を見送ろうとしていた。
「ハザマ。もう行くのかい?」
「ええ。私も忙しくないわけではありませんから」
「残念だ」と、霖之助が言う。魔理沙がそれに対して「まあまあ、聞けることなんざこれから聞けるって」とフォローするが、霖之助はこの機会を逃したくなかった様で、惜しいという表情を浮かべていた。
鈴仙も今までより深く笠を被って、もう帰るようだ。
「じゃあ、私は行きます。ハザマさん、途中までは同じ道ですし、一緒に行きませんか?」
「んー、そうですね。ご一緒させていただきましょう」
「んじゃ、二人ともまたなー」
「ハザマ、鈴仙、さようなら」
「では、またお会いしましょうね〜」
そう言ってハザマは手をひらひらと振って別れた。鈴仙も、普段からお得意様である霖之助に頭を下げる。
やがて彼らの、姿も店も見えなくなった頃に鈴仙が口を開いた。
「......それにしてもハザマさん、凄いんですね」
「あはは......いえいえ、大人として当然ですよ」
鈴仙の世辞に適当な言葉を返す。
「ふうん......大人として、そんな『嗜好』が当然ですか。中々良い趣味をお持ちのようですね」
そう言うと歩きながら鈴仙はちらりとハザマを見遣る。帽子の影からでもその琥珀色の瞳が鈍く輝いているのがハッキリと見えた。それを蛇の目にも錯覚する程に。
「.............あらら、バレちゃってましたか」
「あれだけドス黒い気を発してたら、そりゃあね」
互いが互いの瞳を見つめ合う。鈴仙はハザマの琥珀のような目を、ハザマは鈴仙の真紅に輝く双眸を。
しかし、ぶつけ合うのは視線と言葉だけで、それも長く続く事はなかった。互いに笑って、同時に視線を外す。
「全く、勘の鋭い人ですね。貴方、諜報に向いてますよ」
「いやいや、あれだけ隠せてなかったら私程度でもすぐに見抜けちゃいますよ?」
「あら、手厳しい。ま、私のこれはそんな低俗なものではありません。旺盛な知識欲って奴ですよ」
そう言いながら歩いていると、途中で分かれ道に差し掛かった。正面には広大な竹林、右手には広い平原にひとつ、巨大な町が見える。ハザマの目的地だ。
「では、私はこれで」
「あ、ハザマさんは人里に行きたかったんでしたっけ」
「ええ。それではまた」
ハザマが手をひらひらと振って鈴仙と別れる。
ハザマの黒衣が夕暮れに照らされて煌々と輝く。ズボンのポケットに両腕を深々と突っ込んだその歩き方は、しかし油断も隙も感じさせないものだった。
彼が歩き続けて、姿が見えなくなるのを皮切りに、鈴仙は胸に溜まった空気を全て吐き出した。
「はぁ...........凄いプレッシャー。念の為、師匠に報告かな」
あの男から受ける威圧感は尋常ではなかった。まるで蛇が兎を狙っているかのような、殺気溢れる感覚。
まるで月にいた頃の様な居心地の悪さを思い出させる。
「とにかく、あいつの動きには注意しないと........」
もう一度笠を深く被り直し、足早に歩く。今は少しでも早くあの嫌な気のする男から離れたかった。
「やれやれ、本当に鋭い人だ。好奇心は『兎』をも殺すと教えてあげないといけないかもしれませんねえ......」
里に向かう道の途中でハザマは顔を顰める。
あまり自分の手が届かない所で隠れて何かをされると、流石のハザマでも手足が出せないからだ。
「それにしても、もう夜ですか?」
天を見上げると、階層都市からは絶対に見られなかった天然の星が自己を主張している。そんな空を見つめながらこの後の身振りをどうするか考えていた。街に入ったらとにかく宿を見つけたい。その後は大抵どうにかなるだろうから、最優先は宿に決まった。
そうと決まれば、早く辿り着かなければいけませんね。
ハザマがそう考えながら歩いていく。人里の哨戒がハザマに気が付いて、『人間』である彼を保護するまでそんなに時間はかからなかった。
『再生術式』
傷を癒すが、痛みや苦しみなどの重い代償をも齎す。
一度使用すると、その痛みを消す為に中毒になるという。
現在の時刻
ラグナが妖怪の山に住んでから一日目、23時程。