死神幻想奇譚   作:16

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ハザマが人里に到着すると、一人の娘がハザマを迎える。
どうやら彼女は民宿の女将のようで、彼女が来た理由は、
ハザマを迎える施設には彼女の民宿が適任だと
里のみんなが判断したためだという。







裏・第三話 山と地底 上

ハザマが連れられてきたのは、人里でも唯一にして最大規模の民宿である。民宿とは名ばかりで大規模な宿泊施設が整っている。また、地下二階まで存在しており、そこには妖怪も出入りしているらしい。何でも、民宿を建てた最初の経営者が人と妖のハーフなのだとか。今でも秘密裏に『里の人間を襲わない』という約定のもと、妖怪の出入りがあるという。

 

「いやー、素晴らしい大きさの宿泊施設だ。この大きさなら一個中隊ぐらいわけないですねえ」

「い、いっこ......?と、とにかく気に入って頂けたようで何よりです。どうぞ、ごゆるりと」

 

ハザマの心無い賞賛に、女将が答え、そのままハザマの泊まる部屋を後にする。

 

「...............行きましたか。やれやれ、善人の皮を被るのも存外疲れるものだと思っていたんですが......」

 

そう言って鏡の前に立つ。ネクタイを解き、黒いスーツを脱ぐ。そして胸の中央を指で啄く。しかし指に当たるはずの胸部は存在せず、胸にぽっかりと大きな穴が空いているようだ。

 

「痛みを知るだけで、『やるべき事(彼の手足として動く事)』が『やりたい事(知識欲を満たす事)』に変わってからはそうとも思わなくなりました」

 

そしてハザマは今日......正確には既に12時を回った後なので昨日の事を思い出し、口角を上げる。喉を鳴らして、ハザマは満面に愉悦の笑みをこぼした。

 

「魔理沙さんのあの右腕......ラグナ君を意識したのか、それとも幻想郷という『他の世界から隔絶された地』における『ラグナ君』という立ち位置にいるのか......」

 

ハザマの疑問は晴れること無く、そのまま布団に潜り込んで目を閉じた。そこにはたった一日で起こった出来事が走馬灯の様に思い出される。急にここで目覚めた事、魔理沙との戦い、そして彼女を使った実験。

それらを思い出し、しかしそれ以上を考える事なく、ハザマの意識は深い眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、目覚めた時にハザマを迎えたのはおかずの味付けが濃い朝食、そして三つのゆで卵だった。白飯に軽い味付けの焼肉と、朝食べるにはほんの少しばかり重たい料理を平らげ、ハザマは楽しみのゆで卵に手を付ける。しかし、違和感を感じたハザマはゆで卵を置いて、料理人を呼んだ。

 

「もしかして、このゆで卵............すみません〜?この料理を用意してくださったのは何方ですか〜?」

 

そう大きめの声で部屋の外に話しかけると、タッタッと、軽快な足音の後に襖が開かれて、若女将が顔を見せた。

 

「私でございます」

「料理、ありがとうございます。ところでこのゆで卵...........完熟です?半熟です?」

()()、完熟でございます」

「素晴らしい!」

 

そう言ってハザマはひとつふたつと卵を頬張る。一つ目は噛んでから飲み込み、二つ目はそのまま飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ〜......本当に最高に美味いですねぇ」

「そうですか?」

「ええ!食べても飽きないこの美味しさ、最高です!」

 

そう言うとハザマは帽子を取り、軽く頭を下げる。

ハザマの話す相手は、里の中央辺りでハザマを迎えた件の若女将である。ハザマが嬉しがっているのは宿を見つけた事でも、可愛らしい女性を見つけた事でもない。無論、彼の好物『ゆで卵』である。

先日に香霖堂で見せた通り、ハザマはゆで卵が大の好物なのだ。見つければ食べずにはいられない程だ。具体的には趣味のシルバーアクセサリー集めよりも優先される。

 

「ご満足していただけたようでなによりです」

「ええ本当に。最高です」

 

そう言って七つめになるゆで卵を口いっぱいに頬張り、噛まずに喉を通す。その様相に女将は微笑ましいと言わんばかりにハザマを見守っているのだが、彼はそんな事を気にも留めず、ゴクリと卵を飲み込む。

卵の消費は増えていき、十二個目を飲み込んで終わるまで女将はハザマの食いっぷりを見守っていた。

やがて食べ終わったとわかって女将はハザマに聞いた。

 

「ハザマ様、少し宜しいでしょうか?」

「どうしました?」

「ハザマ様にお会いしたいという方がいるのですが...」

 

そう言うと女将は窓をガラリと開けた。ハザマがそこから見た所に居たのは、先日に短時間ながら共に行動していたあの兎耳の女性、鈴仙だった。

 

「おや、鈴仙さんじゃないですか」

「あ、お知り合いでしたか」

「まあ先日ですが、ちょこっとね」

 

女将に卵の礼を言って、スーツを着て玄関に出る。硝子張りの戸を開けると、鈴仙が待ち侘びたと言わんばかりにハザマに駆け寄ってきた。

 

「ああよかった。ハザマさん、ここにいたんですね」

「これはこれは鈴仙さん。どんなご要件です?」

「『どんなご要件です』じゃないですよ!昨日帰ったあと、貴方の事を師匠に報告したんですよ。そしたら私に『ハザマを監視しろ』なんて師匠の柄じゃないこと言うもんですから、私が駆り出される目にあったんですよ!?」

 

そう言って鈴仙は頬を膨らませてハザマに怒る。愚痴を一通り言い終わったところで彼女は落ち着きを取り戻し、ハザマにこう伝えた。

 

「とにかく、これからは私も同行します」

「................は?」

「......ッ!...........と、とにかく!私は貴方のお目付け役という事です!わかったら面倒な事しないでください!」

「......はぁ。はいはいわかりましたよ」

 

ハザマが威圧をかけるが意味はあまりなく、結局ハザマの同行者として鈴仙がハザマに『勝手に』ついて行く事になってしまった。ハザマとしてはどちらも嫌ではあるが、勝手にあることないこと言いふらされるよりかは手元に置いておいた方がわかりやすくて良いと判断した。

 

「じゃあ、どこか次に行く場所あります?」

「次、ですか?」

「はい。出来れば私が驚くような、奇抜な場所が良いですね。......あ!そういえば天狗という種族がいると聞きました。案内して貰えます?」

 

そう言うと、鈴仙はものすごく嫌な顔をして

 

「天狗ですか?山は嫌いなんですけど......」

 

と言い放った。あら、そうですか。では仕方がありませんね。仕方が無いので私一人で行きまし───

 

「あー!もう!わかりました!案内します!」

「素直でよろしい。では行きましょう」

 

同行する者がいるというのは枷になるが、からかう相手にもなりうる。良い玩具を手に入れたと思う事にしよう。ハザマは人里を抜け、鈴仙もそれについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、妖怪の山というのはどちらです?」

「あっちです......はぁ..........」

 

鈴仙が溜め息がてら指を指した方向には高く聳える高山。あそこに天狗という未知の生物がいるのだと考えると歩脚も早くなるというものだ。早く早くと言わんばかりに歩を早める。鈴仙に合わせていたら日が暮れるのでは無いかと思える程、彼女の足並みは遅かった。

 

「ほら、鈴仙さん?歩かないと日が暮れてしまいますよ!」

「し、師匠...........恨みます......!」

 

独り言を呟いた後に、吹っ切れたように頭を横に何度も振った後、ハザマについて行く形で鈴仙も歩き出した。

 

暫く歩くと、山の全貌が明らかになった。

よく見ると一直線に木が無い場所がある。目を凝らすと、そこには石畳の階段があり、頂点に神社がある。あの神社は『博麗神社』ではない別のものだろう。

 

「ほぉ......随分と大きい山ですね。で、天狗はどこに?」

「あの辺りですよ。中腹あたりに住むそうです」

「『そう』って......随分と適当なんですねぇ」

「いや、私だって訪ねるのは初めてです」

 

そんな会話を交わしたあと、ハザマも鈴仙も『かの山』を見据える。妖が住まうその地に何が隠れているのか、好奇心の赴くままにハザマは歩き始めた。

それを見る『眼』があるのを漠然と感じながら。

 

 

 

「───で、もう一度問う。貴様らは何者だ」

 

「ですから、世界虚空情報統制機構諜報部のハザマです」

「えっ......え、鈴仙・優曇華院・イナバ......です」

 

「せか?......こく......?......ああもう!だから!貴様ら適当な事言ってると斬り伏せてやるぞ!」

 

「私もですか!?」

「あっはっは!面白い方ですねぇ、貴方」

「いや、ハザマさん!笑い事じゃないですよ!」

 

鈴仙は早くもこの男の監視に嫌気がさしてきた。何故ならこの男、巡回兵と思われる白狼天狗に名を問われた際、やたらと覚えにくい組織名も兼ねて言うのだ。お陰でからかわれていると思った天狗が今にも......あ!抜いた!

 

「おお、怖いですねぇ。落ち着いてください。ほら深呼吸......吸って、吐いて...また吸って、また吐いて......ね?」

「い、いい加減にしろ!もう怒った!もう斬る!」

「あああ!ハザマさん!」

 

ついに怒らせてしまった。天狗が剣を抜き、ハザマにその切っ先を向けた。その鋭い刀は妖怪が鍛えたもので、斬りつけたものは容易く切断される。見るだけでもそう直感できる程の鋭さを持っている。そんなものを突きつけられてもなお、ハザマは平然として鈴仙に向き直る。

 

「こら、貴様!どこを向いて──え」

「えっ................え?一体何が──」

 

天狗がどさりと倒れる。剣が地面に突き刺さり、彼はピクリとも動かなくなった。暫くして天狗が起き上がるが、先程までハザマと行なっていたやり取りを忘れた様で、不用意に近付かないようにと警告してきた。

 

「じゃ、行きましょうか、鈴仙さん?」

「え?ハ、ハザマさん!?今何を──」

 

答えてもくれないままハザマはまた歩いた。しかし、それは先程までの急ぎ足ではなく、まるでこれから見るものに興味を失ったかのような歩みであった。

 

「ハザマさん、さっき何をしたんですか?」

「私の『能力』ですよ」

 

そう言うと、ハザマはこれ以上話したくないという様子で鈴仙から顔を背けて山道を歩いた。鈴仙も、他人の知られたくない物を詮索する趣味はないので、それ以上は聞かなかった。

 

そして、暫く歩いていると急にハザマが口を開いた。

 

「うーん......帰りましょうか、鈴仙さん」

「...........え?」

 

鈴仙は頭の中が真っ白になった。

さっき天狗を倒したのだというのに、彼の住む場所を見つけたくは無いのかと訪ねると「そうですねえ。もう興味が失せました」と、笑って言い返してきた。

 

「はあ........そうですか」

 

流石に身内の無茶に振り回される事に慣れている鈴仙も、ため息をついてしまう程に呆れてしまったようだ。彼はこれほどに身勝手なのかと感じたのだから、その反応も至極当然だろう。

 

「...........で、ですね。次の場所はありませんか?」

「えぇ..........じゃあ、地下はどうです?」

 

地下というと、統制機構に所属していたハザマにとっては因縁深い場所である。統制機構支部の地下には『窯』があり、最後はラグナ達と戦い、自ら窯に身を投げたのだから。

 

「そこはどのような場所です?」

「えーっと...........確か間欠泉のあれこれを調節する施設があった筈です。それくらいしかわかりません」

「ふぅん......間欠泉ですか────よし、行きましょう」

「あー...........はいはい、わかりました」

 

そんな会話を交わした二人が地底に向かい、到着した頃には、太陽は橙色に輝き、落ちかけていた。

 

(まったく───仲間の危機を察知して速やかに幻覚を見せるとは。天狗というのも中々にやるじゃないですか)

 

ハザマだけが天狗達に化かされていたのに気が付いていた。鈴仙に向き直って、天狗がこちらに魔法か何かをかけてきていたか聞いてみるが、全く気付いていなかったらしい。残念な事に、彼女は腕こそ確かなものだが、危機察知能力は少し弱いようだ。

少し考え事をしていると、鈴仙が話しかけてきた。

 

「暗いですね」

「それに深い。鈴仙さんには降りられなさそうですね」

「そんな事ありませんよ」

 

そう言うと鈴仙は力を込める様な姿をとる。一瞬、鈴仙の身体が光ったかと思うと、彼女は身体の周りに淡い光を纏い、空中に浮いた。ハザマもこれには驚いたと言わんばかりに口を開けていた。

 

「どうです?流石に驚いたでしょう?」

「いやぁ、鈴仙さん...........常に飛べばいいのに。歩いてたら疲れません?」

「飛んでる方が疲れるんです!」

 

鈴仙は、ハザマを驚かせるのを諦めた。もうこの男には何を言ってもおちょくられて返される。そう悟った。

 

「まあ、私はこれがありますので───ウロボロス!」

 

『ウロボロス』。そうハザマが口にすると、ハザマの前の空間から突如縁を緑色で覆った黒い鎖が下に飛び出していった。鈴仙は「ああ、これがさっきの『ハザマの能力』だったんだ」と察し、何も言及しなかった。

 

「じゃあ、行きましょう?鈴仙さん」

「はあ......わかりましたよ」

 

鈴仙はうっかり妖力を切らしてしまう事のないように注意しながら降りていき、ハザマは空中にウロボロスを固定しながら下っていった。冷静に、一度固定し、もうひとつを固定したら先に固定した方を離す。戦闘中は咄嗟に使うのは一本だけであるから無理だが、こうして外敵の脅威も無く集中して作業できる環境なら何本出そうが問題ない。そうやって暫く降りると、ハザマと鈴仙の目に横穴が映る。一度休もう、という鈴仙の提案に乗って、ハザマ達は横穴に足を踏み入れた。

 

中は思ったよりも広く、そこかしこに道が続いている。全てを網羅するには膨大な時間がかかるだろうと思い、ここの探索は諦める事にした。

 

「しかし、随分と広い場所ですね」

「また変な気を起こさないでください」

「さすがに行きませんよ。この広さは私でも骨が折れます。もう少し狭かったら歩き回るんですがね」

「やめてください......ただでさえ面倒なのに」

 

ハザマが休憩中の鈴仙をからかって遊んでいると、洞窟の影から声が聞こえる。その声は女性の声で、洞窟の中によく響いた。そしてその声がハザマたちに語りかけてきている事も理解出来た。

 

「おやおや、地底に客人とは、珍しいじゃないか。それも『妖怪のコンビ』とはね。あの日以来かな?」

「あのー、私と妖怪を一緒くたにしないでくださいます?心外ですねぇ、私はれっきとした人間です」

 

鈴仙がハザマにジト目で睨みつけるが、ハザマは鈴仙の事を全く気にかけない為、その視線にも気付かない。

 

「おや、そうだったのかい?怪しい気配が二つしたから、てっきり危ないコンビかと思ってさ」

「あの、私とこんな腹黒男と同じ存在として扱われるのはやめて欲しいんだけど...........」

 

対する女性の声も、鈴仙をいじってもいい相手だと判断して彼女をからかってくる。鈴仙はこの時点で頭痛と目の前の出来事の処理、そして師匠への愚痴で頭がいっぱいである。

 

「まあ、いいわ。あんた達『地底』に行くつもりなのね?良いわよ、下は。今は丁度祭りが開かれててね」

「へぇー、お祭り?」

「そう、お祭り。滅茶苦茶盛大な奴ね。地底のみんなが集まるのよ。私もこれから行くところなのだけれど、来る?」

 

そう言うと洞窟の奥、陰の中からひとつの影が姿を現した。その姿は女性だった。あるひとつの点を除けば、だが。金の長髪を結ったその顔は常に微笑んでおり、下半身にあるべき人の足は無く、代わりに蜘蛛の胴体と八つの足が彼女を支えていた。

 

「あたしは黒谷ヤマメ。この縦穴を住処にしててね。もう一人いるんだが......まあ、多分行ったあとだろうし、あたし達も行こうか」

「ええ、行きましょうか」

 

ヤマメとハザマが勝手に決めて勝手に向かっていってしまった。彼らを追うために、鈴仙ももう一度穴へと飛び込んだ。飛翔している最中、鈴仙はふと思った。

 

(──私、要らないんじゃ?)

 

それを口に出したら負けだと考えて、何も思うこと無く無心で地底の底へと飛んでいった。

 

 

 




地底

間欠泉地下センター。東方地霊殿の舞台でもある。


ウロボロスで空を飛ぶ

ハザマが一度に複数本出せるのはAHでも証明済み。
その為、集中して出せるなら何本でも打ち出す事が可能。
また、ウロボロスは空中に『噛みつき』、固定できる。
つまりどこにでも突き刺さるアンカーの様に扱える。

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