死神幻想奇譚   作:16

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裏・第三話 地底 中

地底に降り立った三人が目にしたのは、暗いながらも行灯や店先に着けられた提灯の灯りが、光の届かない地底を眩く照らし、ひとつの道や路地に出店が広く展開している様相だった。

 

「おお〜!思ったより大規模ですね!」

「ええ。これなら私の好きな物もあるでしょうねえ」

 

ハザマが舌なめずりする。鈴仙がその様子を見て『間違いなく蛇だ』と感じたのは心の内にしまう事にした。

 

「じゃ、あたしはこれで。次に会ったらよろしくね」

 

そう言ってヤマメは人混みの中に消えていった。

 

「じゃあ、私達も向かいましょうか」

「え?向かうって、お祭り会場にはもう着いてますよ?」

 

そう疑問を口に出すと、ハザマはやれやれといった表情を隠そうともせず、鈴仙に指摘する。

 

「流石に気が付いてますよね、あの濃い魔素濃度に。あれに気が付いてないようなら私、貴女のこと置いていきますよ?流石に気付いてて欲しいんですが」

 

そう言われて意識を集中すると確かに感じる。地底の奥、ここよりさらに一層下に、非常に凝縮された妖力を。だが話に聞く限りは、この下は地底の主『古明地さとり』が統制する地獄跡地への入口があるという話だが。

 

「えー?行くんですか?」

「少なくともクソみたいな馬鹿騒ぎよりは余程楽しい物が見れますよ。貴女は違うかもしれませんが」

「なにそれ...........まあ、貴方の監視が私の役目ですし。ついて行きますよ。凄い嫌ですけど」

 

そう言って二人は人混みの中に足を踏み入れていく。鈴仙は、どしどしと遠慮なく人の海の中を突き進んでいくハザマを追いかけるのに精一杯だった。

「待ってください!」と鈴仙が叫ぶと、何故か後ろから「置いていきますよー!」と声が聞こえたりと、どうして後ろにいるのかと突っ込んだりと、とにかく忙しかったのは確かである。

 

「鈴仙さん、止まりなさい」

「はぁ、はぁ...........え?なんですか?」

 

そう言うとハザマは鈴仙に幾らかの銭を手渡す。

 

「え?なんです、これ?遊んでていいって事ですか?」

「貴女に居られてても面倒ですし、後で合流しましょう。その間は好きにしてて良いですよ」

「やった!...........でもハザマさん、お金持ってたんですね」

「私はこれでも諜報部所属で、手先が器用なんです」

「ああ、なるほど」

 

スったな。それも沢山。

しかし、鈴仙にとってはどうせサボったってわかりはしないお目付け役を、お金を貰ってまでサボれと言われているのだからこの際どうでも良い。この好機を無駄にする訳にもいかないし当然だ、とばかりにルンルン気分で屋台を巡っていった鈴仙を見届けて、ハザマも独自に動き出した。

 

「さて、私も私で、少しお買い物を...........もし、そこの方。ゆで卵を売る屋台はありませんか?勿論完熟です...........ええ......ふむ、なるほど...........ほぉ、そんな場所に!助かります。では、私はこれで...........」

 

屋台の案内を任されている妖怪に少し道を訪ねた後、ハザマは鈴仙と逆方向に歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンン〜!デリーシャース!間欠泉で茹でたという卵、やはり普通のゆで卵とは違いますねぇ〜!癖になりそうなこの味わい!たまりませんねぇ〜」

「お兄さん、美味そうに食うね!ほら、サービス!」

「おおっ!いやぁ、ありがたいですぅ。こんなに沢山食べる機会は滅多に無いものですからねぇ」

「おう、そうかそうか!」

 

気前の良い屋台の店主にゆでたまごをサービスしてもらって上機嫌のハザマ。やがて満腹に近い状態になると、そろそろ行く場所があると言って店を後にした。

 

「(さて......地獄跡地に向かう為には、一度地霊殿の中を通る必要があるんでしたね)」

 

人混みの中を、まるでスイスイと泳ぐ様に誰にもぶつからずにすり抜けていく。帽子が落ちていかない様に右手で支え、左手はズボンのポケットに突っ込んで歩く。いつでも()()出来るようにする為だ。

 

左手にナイフを持つ。常に携帯し、かつ愛用しているバタフライナイフである。普段は畳んで刃をしまってあるのだが、今回は人ごみの中というストレスの溜まる環境にいるので、少しでも人を遠ざける為の処置である...........筈だったのだが。

 

「おい、お前さん。そんなもの振り回しちゃあ危ないじゃないか。なあ?」

 

急に話しかけられる。が、ハザマにとって後ろから話しかけられたので声の主はわからない。聞いたところ勝気な女性の口調であるが、顔は見えない。

 

「あの......どなたです?...........ま、あなたが誰だろうと、私の癖をとやかく言わないで頂けませんか?ウザいので」

 

変に構われても鬱陶しく思うだけなので、適当にあしらおうとしたが、その態度がかえって彼女のプライドに火を灯す原因になったようだ。その女性はハザマの肩を掴み、力ずくでハザマを振り向かせた。

そのハザマの目は薄らと開かれ、彼の肩に手を置いた彼女を睨みつける。その琥珀の瞳は彼女を見据えた。

 

「ほう......お前さん、人間の癖にあたしに喧嘩を売ろうってのかい?」

「あなたがどんな間抜けだろうが、私の邪魔をするなら一度その間抜け面を拝むのも良いかと思いまして」

「................くっ、あっははははっ!いいねぇ!人間の分際で、鬼に喧嘩を売る。その心意気や良し!」

「......何を馬鹿なことを言ってるんです?」

 

その女性は勝手に一人で納得して、うんうんと首を振る。そしてハザマの目を見て自己紹介した。

 

「あたしは星熊勇儀。旧地獄街を仕切るものさ」

「はぁ......その鬼さんが一体私の何を気に入ったんです?」

「お前さんのその気概よ!鬼と言やあ、人にとって恐怖の権化、絶対的強者!それに喧嘩を売るあんた!うずうずしてしょうがないんだよ、あたしは!」

「................ええっと、それはつまりどういう──」

「──こういう事!」

 

話の途中で急に勇儀が拳を振るう。ハザマがそれを後ろに飛んで避けると、勇儀はまた笑った。

 

「あはは!いいねいいね!あんた、普通の人間よりずっと強そうだ!胸が高鳴るってやつだ!」

「あのですね、あまり馬鹿な真似しないで頂けます?......あまりにもウザすぎて、いくらここが人前だろうと...........殺しちゃうかもしれませんよ」

「面白い。やってみな!」

 

そう言って勇儀はもう一度殴りかかってくる。

 

「フッ!単調なんですよ!」

 

それを避けつつ、投擲用のナイフを勇儀のいる場所に突き立てる。しかし、それは見切られたのか避けられてしまう。続けてウロボロスで牽制を仕掛けつつ一気に距離を詰める。充分に距離が縮まった所で身体を回転させ、勢いをつけてかかと落としを放つ。

 

「飛鎌突!」

「甘い!」

 

しかし、ハザマが足に纏わせたフォースイーターを勇儀は拳ひとつで相殺した。そのあまりにも化け物じみたフィジカルに少し悪寒がするも、戦闘を継続する。

 

「蛇刃牙!」

「拳一閃!」

 

ハザマの腕から打ち出された勢いのある深緑色の瘴気を、勇儀はまたも拳から放った()だけで打ち払う。

あまりの戦闘能力の高さに、いつも飄々としているハザマもドン引きだった。あまりにも規格外過ぎるのだから。

 

「テメ......貴女、本気でウゼ......ウザいですよ?」

「そうかそうか!もっと実力を出してみな!」

「チッ...........後悔したって遅いですよ!」

 

そう言ってハザマは帽子と上着を脱ぎ、観客の一人に預けた。というよりかは放り投げて、それをたまたま居た鈴仙がキャッチした。ハザマのあまりの変貌ぶりに言葉も出なかったのか、ハザマに言葉を投げかける事はなかった。その容姿は垂れていた髪が総じて逆立ち、オーラが滲み出てまるで身体に黄色いコートを纏っているようにも見える。

 

「大江山嵐!」

「蛇境滅閃牙!」

 

拳に()を纏わせた突進に、かつて身体の主が使った技をぶつける。上手く相殺出来たようで、周囲にバチバチと青い火花が散って、観客を寄せ付けなかった。いや、寄ろうとすれば確実に死ぬだろう。

 

「......やるじゃない。スペルを使えない人間が、生身で鬼と渡り合う。天狗共が見たら笑われちまうね」

「今でも充分過ぎる程笑えますよ?その間抜け面で!」

「................いいね。一度本気を出してみたかったんだ」

 

そう言うと、勇儀は腰を低く落とし、呻く。

 

「...........はぁぁぁぁぁあああ................ッ!」

 

勇儀がそんな事をすると、なんと大地が揺れ始め、勇儀の近くの地面が少しずつひび割れていく。その光景は見た事があった。かつて見えたあの『狂犬』に瓜二つの気配。そして力が解放されていく、あの感覚。

 

「は.......!?」

「『暴虐呪・段其の五(エンチャント・ドラグノフ『Lv5』)』解除......!」

「ちょ、ちょっと!マジで頭おかしいですよ!?」

 

彼女の近くの空気が揺れる。そらは揶揄ではない。彼女の周りを漂う気体が、彼女自身の圧力に耐えきれず、その身を歪ませているのだ。赤いオーラ、力を連想させるその気配に、ハザマは身震いした。

 

「せいぜい楽しませてくれよ、人間!」

 

勇儀の周囲にあるむき出しの岩壁が、勇儀の気だけで粉砕する。立っている場所、足をつけている場所に至っては常に流動しているのではないかと思うほどに常に凹んでいた。

 

「『怪力乱神・改』!」

 

勇儀が目に見えない程の速度を持った三連正拳突きを放つ。軸をずらす事で何とかそれを回避する。

 

「っと!危ねぇじゃねえか、テメェ!」

「どうした?もっと本気を出せよ!」

 

「(アレを相手すんのは面倒だ......暴虐呪Lv3のアズラエルですら馬鹿にならねぇほどクソ強えってのに......)」

 

「黙ってると、こっちから行くぞ?」

「黙りなさい!蛇翼崩天刃!」

「おっ!今のは良い蹴りだ!」

 

ハザマ渾身の蹴りを少しジャンプしてからの飛び蹴りで、いとも容易く相殺するのを見て、やはり化け物かと確信に至った。

 

「なんでそんな強いんですか......まるでアズラエルだ」

「アズラエル?そんな奴は知らないが......強いのか?」

「いや、いいです。言うだけ時間の無駄ですよ」

 

そう言うと腕を交差させる。ハザマが口を開くと、先程暴虐呪を解除した勇儀の時のように地面が揺れ始める。その言葉遣いは怒りを孕んでいた。

 

「見せてあげますよ。蒼の力を!」

「蒼?なんだいそりゃあ?」

「...........第666拘束機関解放」

「ほう?もっと強いのとやれるって事かい?」

 

ハザマの言い放つ文言、その一字一句に彼の肉体に詰まっていた力がどんどん解放されていくのがわかる。

 

「次元干渉虚数方陣展開!」

 

その言葉がどんな意味を持つのかは勇儀にはよくわからない。だが、昔は争う事ばかり考えていた彼女だからこそわかる。今、この男は私の様に強くなっているのだ、と。

 

「コード『S・O・L(ソウル・オブ・ランゲージ)』!」

 

ハザマがそう唱えると、周囲の雰囲気ががらりと一変した。辺りは暗く包まれ、人々の喧騒も今は鳴りを潜めている。ハザマの周囲を魔方陣のようなものが取り囲み、ハザマが纏っていた黄色いオーラは完全に視覚化され、フードの着いたコートとなってハザマの身体に着用された。

 

「碧の魔道書..........起動!」

 

その言葉と同時にハザマの周りが碧く輝き、辺りの生きるもの......近くでいえば霊魂たちが、文字通り魂を吸われているのが目に入る。それと同時にハザマが口を開く。先程までの丁寧語は鳴りを潜め、荒々しい言葉遣いが彼の口を突いて出る。

 

「行くぞ雑魚が」

「来な、黄色く、強き者よ!あたしを楽しませろ!」

 

ハザマがナイフを持って姿勢を低くして走る。地面にナイフを擦り付け、火花を散らしながら勇儀に駆けていく姿は、間違いなく目の前の敵を殺すという絶対的な意思だけを感じた。

 

「オラッ!オラァッ!」

「効かないねぇ!」

 

勢いに任せて三回ナイフを振り下ろすが、全て防がれる。次は早い突きが来ると見越して、ハザマは飛び上がる。

読みは当たり、ハザマの居た場所を拳が吹き飛ばす。

 

「蛇境滅閃牙!」

 

そこにすかさず突進をぶち込む。ウロボロスによって獣の爪の様に残像が見えるその一撃が勇儀に入り、少し怯む。

 

「まだこんなもんじゃねぇぞ!豪牙双天刃!」

「ぐ!」

 

怯んだ隙を見て更に二度、宙を切るように勇儀を蹴り飛ばす。蛇翼崩天刃と対になる蹴り技、豪牙双天刃は確実に勇儀のスタミナを削りつつある。

 

「くっ......『大江山嵐』!」

「無駄ァ!」

 

勇儀のやたらめったらな、それでいて爆発的な威力の乱舞を正面から受ける......前にフードを抑え、勇儀の真後ろに移動する。瞬間的に見えるその移動は、ウロボロスを使う事で可能としている。そのままナイフで切りつけ、瞬間、四肢にしまい込んだ四本のナイフを器用に使い、勇儀を攻撃する。

 

「痛てぇだろォ!?」

「うおおおおおっ!?」

 

彼女を的確に切り裂いていく。血が吹き出し、肉が抉れる。トドメの蹴りを──

 

「くっ!」

「甘ぇなァ!『蛇翼崩天刃』!」

 

───キャンセルし、下から顎にかけて強烈な蹴りを放つ。蛇翼崩天刃は見事に勇儀の顎を捉え、吹き飛ばしていく。ガードを見越しての蹴りの威力は高いものではないが、それでも暴虐呪全開の勇儀を軽々と吹き飛ばす威力はある。

 

「退屈しのぎにもなんねぇなあ...........『蛇麟煉翔牙』!」

 

落ちてきた勇儀をウロボロスで掴み、そのまま固定して飛び上がる。勇儀に急突進し、フォースイーターを纏う蹴りを炸裂させる。二度、三度、四度と、強力な蹴りを喰らわせ、最後の一撃で地面に急降下する。それは木の上にいた蛇が地上の被捕食者を狙い、平らげるような力強さを持って勇儀を吹き飛ばす。

 

「『蛇咬・蛟竜烈華斬』!」

 

そのまま一度距離を離し、落ちてきた勇儀をまたウロボロスで噛みつかせる。そのまま地面へ叩きつけて、次の技をぶつける。

先程のようにナイフで切り付け続け、極めつけに足を払い、転んだ勇儀の頭を踏みつける。何度も何度も何度も、何十何百と。

 

「『大蛇武錬殲』......死ね死ね死ね死ねやぁぁぁッ!」

 

同じ足だけで踏みつけられるスピードを超えたストンプは、しかし異常な力をもって、勇儀の頭を砕かんとする。

 

「生きてますかー?ヒャハハハハッ!」

 

頭部から血を吹き出した事を確認して更に二度蹴り、勝ちを確信して煽り、笑った。しかし、勝ち誇って出た笑いは、驚愕の声に、笑みを湛えた表情は唖然とした表情に打って変わった。なぜなら、足をむんずと掴まれたからだ。

 

「あ?...........あ、ああ!?て、テメェ!なんで生きてやがる!?」

 

勝利を確信したハザマだったが、一転して素っ頓狂な声を上げる。その原因は、とっくに死んでいる筈のダメージを受けてなお、頭から血を流す程度で済んでおり未だ生きているこの化け物の存在にある。

 

「.....................あたしは鬼だ。それ以上でもそれ以下でも。ましてや、人間に負ける軟弱者では───」

 

「やっ、やべぇ!『皇蛇懺牢』...........ッ!?」

 

ハザマがウロボロスの胴体部分、鎖を手に持って防御の姿勢を構えようとする。が、間一髪間に合わなかった。

 

「────無いッ!!!」

「───へぶっ!?」

 

 

曰く、それは音速を超えた拳にして、鬼の頂点を得た。何故ならば、鉄を砕き岩盤をも割り、山を裂き大地をも歪ませる程の一撃を彼女......誇り高き鬼、星熊勇儀は隠し持っていたからである。その一撃は全てを穿ち、全てを壊し、全てを支配するという。

 

ハザマも多分に漏れず、彼女に敗れた。

 

 

 

 

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