拝啓、ハクスラ世界より(更新停止)   作:naow

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 作業用に最適、読み上げ対応ルビ仕様です。
 ぁゃしぃ部分が有ったら小声で教えて下さい。

 ゲーム好きの販売店勤務。
 仕事後のお楽しみはゲーム。

 うっかり寝落ち? して、気が付くとそこは……。


 オーソドックスなスタートです。

 勿論、始まるまで長いよ!



第1話 はじまりは鳥三昧から

 何やらPえ……ご家庭用のゲーム機もいよいよ5回目の更新という発表がメーカーから有った頃。

 俺は仕事終わりに適当にお惣菜を買い込むと、週末の楽しみを思ってニヤつきを押さえ切れないまま家路を急ぐ。

 東京……おっと、念の為に住所はボカすべきか。

 えーっと、(とう)K都E戸川区(どがわく)の、区内では珍しくもない川沿いの一角。

 帰りに川沿いの土手を歩きながらボケーッと眺めると、川面のほうが俺の住んでいるアパート側の地面より高い位置にある気がする、そんな家賃(つき)5万円の1(ケー)暮らし。

 とあるお店の商品管理担当という、接客業なのかオフィスワークなのか問われたら物流部門です、と答えるしか無い仕事内容を思い出してちょっと溜息が出る。

 まあ、そういうちょっぴり特殊な立ち位置に居るおかげで、お店勤めだと言うのに土日休み。

 問屋さんがお休みだから、出勤しても仕事ないのよ。

 

 え? 接客しろ?

 

 入社当初から裏方&事務仕事だから、今更店頭に出ても役に立たないよ?

 

 仕事からの帰り道なので、これ以上仕事のことを考えるのはやめよう。

 この週末も、俺はいつもと変わらぬゲーム生活予定である。

 

 ……は? 彼女?

 居ませんが、何か?(キレ泣)

 

 そんな存在が居たらアレだ、ゲームなんぞに引きこもる休日なんぞ選ぶ訳がないだろう。

 ちなみに、土日祝休みだが日曜日はもうひとつの趣味、自転車で皇居周辺に繰り出す――晴天限定――という用事があるので、ゲームは土曜日・祝日及び毎夜()()遊べないのである。

 知人友人に毎週日曜に皇居に行く、などと言えば漏れなく勘違いされ、説明が非常に面倒臭いのは最早お約束だ。

 自転車趣味の人は一発で理解(わか)ってくれて非常に助かるのだが……。

 

 あ、俺はクロスバイク派っす。

 ロードバイクとか本気すぎるのは無理っす。

 適当に流すのが面白いし、遠出の行き帰りに気軽に自転車停めてラーメン食うとか、幾ら有料駐輪場近くできっちり鍵かけるからって、ロードバイクで出来る気がしないっす。

 それが貧乏人ってモンっす。

 

 俺だけっすか、そっすか。

 

 そんな訳で、帰りにスーパーで買ったお惣菜と飲み物を意気揚々と振り回し――きっと後で後悔する事請け合いである――土手の上の散歩道を通って帰る。

 そんな時間も自宅が近づけば終わる訳で。

 

 突然の鉄砲水や謎の堤防決壊等が有るわけもなく、居眠り運転のトラックが入ってこれる場所でもないので、何の問題もなく自宅……っていうか自室に辿り着き、狭い玄関――室内保管の自転車のせい――へと身体(からだ)を滑り込ませるのだった。

 

 

 

 ご飯だけは出勤前に炊いて出る。タイマー機能は偉大だ。

 お惣菜を、もう面倒なのでトレイのまま食卓代わりのPCデスクに並べる。

 キーボードは収納してあり、邪魔にはならない。

 余談だが、トレイって字面(じづら)、パッと見でトイレに見えちゃうよね?

 

 俺だけっすか、そっすね。

 

 一応、彼女が居た時分には、1人の食事の時にも、お惣菜であってもちゃんとお皿に並べ、なんか人並みに食事気分を高めて食事してたモノなのだが。

 独り身となると、もう本気でどうでも良いのだ。

 

 ……理解(わか)ってる。

 そんな事だから振られるし、それ以降浮いた話のひとつも無いのだ。

 考えるとどんどん悲しくなってしまう。

 大丈夫だ、まだ俺は27歳。

 まだ余裕はある、ある筈なんだ。

 焦る必要は無い。

 

 ゲームを始める前に現実逃避を完了させ、PCで適当に動画を見ながらご飯である。

 何か見ながらご飯というのも、あまり行儀は宜しくないが、ゲームしながらご飯、よりはマシという……言い訳だ。

 

 ゲーム中のポテチは食事では無い、それは救済である。

 

 ちなみに、TVは無い。

 色々とTVに言いたい事は有るが、一番の理由は買うのが面倒なのだ。

 面倒な思いをして買って、それでTVを見るかと言えばそんな事は無いだろう。

 興味の赴くままに見るにも、ニュースが気になる時も、天気予報や地震情報すら、今やネットで済んでしまうご時世だ。

 TV観れます。チューナー内蔵なんで。あ、HDとか諸々ついているので、色々便利でっせ。

 そう仰られても、レンタルしてきた映像ディスクならゲーム機でもPCでも再生余裕ですし、見ないTVを録画する事はない。

 そして、余計な機能のない、ゲーム専用のモニターが欲しいなら、職場のご近所で中古を買えば済む。

 

 今日の動画は、と。

 お好みは色んな素材――というか思いつきにしか見えない――で包丁を作り続ける男の動画か、ゲーム実況系。

 いつもの飯時(めしどき)にはこの辺を眺めながらご飯をかっこんで居るわけだが、今日は気分を変えたい。

 理由なんぞ無い。強いて言うなら、思いつきだ。

 そんな訳で、今日のチョイスはボカ○歌ってみた系、ただし海外勢。

 一昔前(大げさな表記)に比べると海外の歌い手も選別された感があり(謎に偉そう)、安心して見られるのだ(何様)。

 

 ……俺の一人称の筈なんだが、なんで俺に対して刺々しいんだろう。

 

 それはさておき、今日の動画も決定。

 食事時(しょくじどき)にいちいち再生操作をしたくないがオススメはたまにスカタンなので、動画主のプレイリストを選択。

 食事はのんびりと、味わって食べるべきだ。

 

 お惣菜なのにって?

 俺じゃ手の込んだ物は作れないから、こういうのも十二分にご馳走なのだ。

 

 手が込んでいなければ、なにか作れるのかって?

 焼くのと炒めるの。あ、魚介系は無理。

 カレーとシチューは市販のルーが有れば作れる、というかあれは誰でも行けるだろう。

 あ、オイスターソースを使っておでん作れます。

 自慢すな? はい、俺が考えたレシピじゃないしね。

 ネットで見かけて作ってみたら、当時の彼女にも好評だったんだよ。

 

 ……イカン、思い出したら泣けてきた。

 

 よし、気分を変えてご飯だ! いい加減ハラが減った!

 今日は豪勢に唐揚げにチキン南蛮、グリル焼き風チキン。

 ……鶏肉ばっかだな。

 好きで買ったんだけどさ。

 こうして並べてみると……こう……自分の浅はか……愚か……。

 うん、勢いだけで生きてるって気がして心配だね!

 あ、ちゃんとサラダも有ります……。

 はい、バンバンジーサラダ……。

 なんで今日に限って売れ残ってたかな……。

 見掛けたら買っちゃうでしょうが!

 い、いつもはシーザーサラダなんだからね⁉

 

 

 

 期せずして鳥三昧を堪能し、いっそ焼き鳥でも買ってこようかと壁の時計を見上げると時刻はもう22時30分を回っていた。

 21時閉店で、従業員一同が力を合わせて締めの作業を行っても、帰宅して一息つくとこんな時間である。

 まあ、それも今週は終了、週明けまではお休みだから鷹揚に構えて居られる。

 それは良いが、この時間ではご近所の焼き鳥屋さんも終了しきっている。

 ではコンビニまで行くか?

 と問われれば、素直に面倒くさいと答える。

 食事も終わり食器も洗ったし、此処からはそう、ゲームのお時間である。

 今日も、仕事のアレコレで軋んだ心に潤滑油を。

 この週末こそ、GR(グレーターリフト)100到達の悲願を。

 かれこれ1年そこそこのプレイ時間で、色々試して漸くたどり着いたGR(グレーターリフト)97。

 クラスはウィザード。

 挑むのはソロ。

 ビルドは夢の遺産・メテオばら撒きビルド。

 最近実装された新ビルド「夢の遺産」は、元々愛用していた「悪夢の遺産」ビルドの装備がそのまま転用出来たが、更に細かい変更を加えて完成。

 俺には理解(わか)る。

 このビルドが俺の切り札になる。

 

 それはさて置き、いざ。

 Pえ……ゲーム機を立ち上げ、ゲーム用のモニターに光が入ったその刹那。

 

 室内が暗転し、俺は意識を唐突に刈り取られたのだった。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 青空を見上げながら、記憶を辿る。

 何度か繰り返したが、結果は同じ。

 

 ゲームを始める直前で、キレイに記憶が消えている。

 

 記憶が喪失してる訳ではなく、自分の名前も思い出せる。

 井原賢介、27歳。

 思い出しながら、草原にあぐらをかいている。

 

 丘から見えるのは、草原と、今いる丘の右手には馬車の(わだち)がある土肌の道、左手には少し離れて広がる森。

 

 何が有ってどういう経緯で、深夜の自宅から、気がつけば清々しい晴天の下、丘の上に佇んでいるのか。

 どなたか是非お教え頂きたいものである。

 

 これが異世界転生とか言う物か、などと埒も無い事を考えて1人苦笑する。

 正解は恐らく、意識を失い、見ている夢、といった所だろう。

 自分が思っているよりも、疲れていたという事だろうか?

 腕組みして思い返せば、週末だし、忙しかったといえば忙しかった。

 だが、倒れる程だったかと言えば、いつもの金曜日並でしかない。

 

 というか、昨日今日の疲労で倒れたとかでは無いだろう。

 日頃の疲労の蓄積という奴か。

 驚きの能天気生物と自認していたが。どうやら人並みに疲れるらしい。

 ……今、年齢(トシ)って言ったやつ、反省文な?

 それはさておき。

 目が醒めたら、きっと朝だろう。

 せっかくの土曜日だが、健康はあって当たり前のものではない。

 素直に病院に行こう、そう心に決めて、今はせっかくだし、夢を楽しむのも良いだろう。

 

 あぐらをかいたまま、両膝、と言うより両腿を叩いて、立ち上がりながら自分が左腕に甲冑を装着していることに気が付いた。

 

 あー。こういうの好きだけどさ。

 なんというか、夢の中で自分がこういう格好してるって、なんか恥ずかしいな。

 普段からこういうの身に着けたいって思ってるって事だろうか。

 

 照れ隠しに鼻を掻こうとして、指先が硬質ななにかに触れる。

 

 顔の前に、何かがある。

 ソレに触れる。

 視界が普通に確保されていたので気が付かなかった。

 

 何かを……仮面? ヘルメット? を(かぶ)っている。

 

 夢の中とは言え、混乱しつつ顎の下に手をやると、ベルト状の顎紐が留められている事に気が付く。

 手探りで外す……何故か手慣れているのが気になるような助かるような気分で。

 外したソレを確認する。

 

 のっぺりとした、見た目は金属製のマスク一体型のヘルメット。

 いや、ヘルメットと言うには、頭頂部が開いている。

 

 それは、髪を出すため……。

 頭頂近く、後頭部寄りにまとめたポニーテールが邪魔にならないように……。

 いや。

 いやいやいや。

 

 不審なのは、とても外が見えるような造りにはなっていないにも関わらず――実際、こうして手に持ち、しつこく眺めてみても、向こうが透けて見えるわけではないと言うのに――先程はこんな物を(かぶ)っていると気付かないほど視界がクリアだった。

 それに、この、ファンタジー臭漂うデザイン、あまりにも見覚えが有る。

 いやぁ、俺、こういうの嫌いじゃないけどさ、ねぇ?

 

 ……いや、もう目を逸らすのはよそう。

 これは、ヴィジェール・ハット。

 

 俺が、ゲーム……ディアブロ3での愛用キャラに装備させている頭部装備……の、見た目を変更させてある物だ。

 

 恐る恐る、俺は視線を下げる。

 

 夢だと気付いたときから、自分の身体(からだ)の確認などしなかったので、どういう格好なのか気にもしていなかった。

 しかし、ヘルメットというか、仮面を見て、その正体に気付いた以上……確認しない訳には行かなくなった。

 

 そこに有ったのは、いつもとは違う視点……主観視点で見る、()()()()()()()、ゲーム内での愛用装備。

 

 夢の遺産・メテオばら撒きトレントビルド装備そのものだった。

 

 

 

 正直に言おう。

 まず、俺はライト層、所謂エンジョイ勢だ。

 言うほどガチガチなビルドじゃない、というか「エンシェント・レジェンダリー」さえ揃えればそこそこ火力が出せると言うのが気に入り、悪夢の遺産ビルドに手を出したのだ。

 そうこうしている内に「悪夢の遺産」に上方修正が入り、エンシェント1個につき750%UP(アップ)と大幅に火力上昇に。

 13箇所の装備品全てをエンシェント品に出来れば、驚異の9750%UP(アップ)

 そして、最近実装された「夢の遺産」という宝石(ジェム)により、俺のビルドは劇的に変わった。

 ……宝石枠が1箇所潰れた代わりに指輪2箇所が自由になった事により、カナイのパワー――特定武器に備わった、隠しスキルのようなモノ――とのシナジーが発生。

 具体的に言うと、「マナルド・ヒール」と言う指輪の効果、感電している敵に武器ダメージの14000%の追加ダメージ、と言うものと、「カリニの後光」という指輪の特定スキルで離れた位置にいる敵をスタンさせる効果プラス5秒間被ダメージが80%減少する効果。

 そして「ウィルウォード」という指輪は、稲妻ダメージを与えると、35%の確率で敵を1.5秒スタンさせると言う効果。

 本来は2つしか装備できない指輪3つの効果を発揮しつつ、「悪夢の遺産」と同じ効果をも引き()せる。

 「悪夢の遺産」は同様の火力を誇るものの、その効果は「セットの指輪2つ」必要で、その時点で指輪枠は確定でふさがってしまっている。

 指輪の固定スキルを含め、幾つかのスキルの自由度が失われているのだ。

 このように特定の指輪、それもエンシェントで揃えなければいけない事は確実に枷になる。

 少なくとも宝石は確実に入手出来る「夢の遺産」は敷居が低く、取り敢えず「エンシェント・レジェンダリー」が装備出来ていればそれだけで強力。

 なんとも小狡(こずる)装備(もの)と言えるのではないだろうか。

 セット装備の効果を1つも発揮してはならない、という制限は有るのだが、それにしても、である。

 まあ、愛用しといて言う台詞では無いのだが。

 

 そして定番の「デスウィッシュ」と「エッチングを施された印」……この2つは最近、火力を発揮するまで1秒掛かるという下方修正が入ったが、それでも強力な固定スキルを持つ装備だ。

 そしてパワーは先に述べた「ウィルウォード」に加え、「グランド・ヴェジェール」、「ハーグブラッシュの束縛」。

 細かい説明は避けるが、要は「特定スキルの火力UP(アップ)・特定スキルのパワー消費減・そして稲妻ダメージで短時間スタン」というセットだ。

 正直、ウィルウォードに使っていた枠は元々固定しておらず、試行錯誤で色々と変えていた部分だった。

 そこが固まった事で、結果的にビルドの方向性もハッキリと決まり、ソレに合わせて細かい装備や装備につける宝石の種類も決めて行った。

 

 そうして完成した組み合わせこそ、割と最近のアップデートで手にした俺の新、そして最強装備だった。

 重要なのは、操作自体は簡単である、と言う事。

 ボタンひとつで2つのスキルと2つの追加攻撃、都合4種の攻撃が発動する、お手軽ジェノサイドセットなのだ。

 

 はっとして、冷静になる。

 今は自分の装備状況に自分で酔っている場合じゃない。

 

 短時間反省すると、俺は自分がどういう状態かが気になり、恐る恐る「何時もの様に」ステータスを確認する。

 手元にコントローラーが有るわけではないが、装備を確認したいと思ったときには、それは目の前に浮かび上がった。

 

 間違いない。

 そして、これが夢であることもまた、間違いなかった。

 

 装備名やその説明まで細かく覚えて居た自分に引くが、これは。

 これは間違いなく、ゲーム内で俺が装備していた物たち。

 そして肝心の身体(からだ)は。

 

 俺は、女が好きだ。

 ゲームで、概ねソロで遊ぶ世界で、何が悲しくて男の背中を見ていなければならないのか。

 そこに居るのは自分の分身、性別変更なんか論外と言う人々が居ることも知っている。

 無論、考え方は人それぞれ、楽しめるならソレで良いと思う。

 

 だが、俺はイヤなのだ。

 どうせ眺めるなら、男の後頭部より女の尻である。

 

 こんな俺なので、ゲームを始めるに当たって、当然のように自キャラは女。

 敢えて声に()して言うが、俺はネカマでは無い。

 ネカマと言うのは女である様に振る舞う事であろう。

 俺は、男であることを公言し、女キャラを使用する理由を問われれば――聞かれることなど滅多に無いが――胸を張って上記のように答えたものだ。

 

 そう、つまり。

 

 今の俺は、女ボディの男と言う、最高に王道なステータスを手にしたのだった。

 なにが「つまり」なのか、混乱している俺に問うのは控えて欲しい。

 

 鷲座の胸当て越しに胸を触ってみたり、股間の落ち着きの無さ、やるせ無さに溜息を漏らしたりしつつ、どうせ夢なのだからキャラチェンジ出来ない物かと考えるが、そこはうまく行かなかった。

 

 なんでだよ、1回ゲーム終了してキャラクター選択選べば良いだけだろ。

 何となく作ってレベルだけ上げといた男ウィザードも、一応居るのだ。

 大体、女好きなのは俺が「男」だからであって、女になりたいなんて思ったことは1度たりとも無い。

 「女好き」と「女になりたい」の間には果てしない距離がある。

 ホントに、明日目を覚ましたら即病院行かねば。

 ゲーム内で自分の使用キャラになりたいとか、病んでいるにも程があるだろう。

 溜息()くぞコンチクショウメ。

 

 それはソレとして、である。

 爽やかに風がそよぐ丘と、抜ける様な青空。

 

 どう見てもディアブロ3の世界では無いが、これは一体、俺のどんな逃避願望なのだろうか。

 いや、ディアブロ世界に行きたいかと聞かれたら全力で(ノー)だが、ディアブロのキャラで牧歌的な風景の中に居るというのも正直意味が理解(わか)らない。

 

 変身願望と、逃避願望か……。

 本格的にヤバい予感がする。

 入院とかになったらどうしよう。

 と、暗くなっても仕方ない。

 折角見ている夢なのだから、多少遊んでも問題あるまい。

 右手を何気なく掲げ、ディスインテグレイド……は流石にアレなので、アーケイントレント――指先、本来は掌から放たれる、青白く輝く(やじり)

 何かをタゲって放つわけでもないので、それは僅かに上昇しながら宙を舞い、そして切っ先を地面へと向けるとひらりと空を滑りながら地面へと落ちていく。

 

 ああ、ゲーム内の挙動と同じだなあ。

 ターゲット……敵を狙って居ない時のアーケイントレントは、割とすぐ目の前に落ちる。

 そう言えば俺、トレントは稲妻トレントだったなあ。

 そんな事をほのぼの考えて居た俺の目の前に。

 

 見た目に反して大地を大きく抉るトレントと、それを追って大地に降り注ぐ7つの火球の轟音が空気を激しく震わせ、俺の失われた息子を縮み上がらせたのだった。

 これも、幻肢痛(ファントムペイン)と言うのだろうか?

 多分、違う。

 

 

 

 ゲームの世界は基本頑丈で、地形が変わることが無かったから気が付かなかった。

 ディアブロと言うゲームは、ステータスがおかしいゲームの一つだ。

 序盤は良い。

 だが、ストーリーをクリアし、装備を整え――順番がおかしい? いや、この順番で合っている――「グレーターリフト」に挑むようになると、与えるダメージがおかしなことになるのだ。

 

 まず、ダメージ表記が、気が付くと「300M」とかになる。

 メートルではない。

 MMOをやっている人は、「メガ」だと思うかも知れないが、このゲームではミリオンである。

 意味はほぼ同じだが。

 要は、100万ダメージを超えましたと言うことで、30Mということは3千万ダメージということだ。

 これが4桁、3000Mとなれば、それは30億ダメージと言うことで、途方も無い数字だと理解して頂けるかと思う。

 これが、その上になるとどうなるか?

 正解は「B」、即ちビリオン……10億ダメージ表記になる。

 30Bと表示されたら、即ちそれは3百億ダメージ。

 幾らゲームとは言え、そんな馬鹿な、と思うかも知れない。

 しかし、このライト層の俺でさえ、自力で1500B前後(ぜんご)、白オーブを拾えば2500B超え、2兆5千億ダメージとかが普通に出るのだ。

 トップランカーなんかはどういうダメージの世界で戦っているのか、想像も出来ない。

 

 ちなみに、装備次第では俺でもこの上の世界を垣間見ることは出来る。

 この上のダメージ世界は「T」即ちトリリオン……兆ダメージの世界。

 この数値を見るには、個人的にネタ装備だと思っている「セヴァー」を装備し、敵にトドメを刺せば良い。

 この武器、トドメだけが超絶ダメージになり気分が良いのだが、トドメまでは普通なので、要するに意味がない。

 トドメのダメージを範囲化してばら撒ければ最強! などと夢を見た事もあるが、超ダメージはあくまでも「トドメ用」。

 トドメにならない攻撃は、超ダメージから派生した筈の範囲攻撃であっても通常ダメージでしか無いのだ。

 それがトドメになったら?

 超ダメージかも知れないが、確認はしていない。

 それが超ダメージだったところで、トドメでしか発揮されないダメージだったら意味がない……と、俺は思っている。

 実は凄い使い所(つかいどころ)が有るのかも知れないが、残念なことに俺には使い所(つかいどころ)を見いだせなかった。

 与ダメ(よダメ)で回復?

 そういう効果をアイテムに付けられるけど、他に欲しい効果が多すぎるし、何となくそういうのは重要度が――俺の中では――低くなりがちだ。

 そんな考えだから俺は高難度(こうなんど)では通用しないのかも知れないが、そこはそれ、俺なりの(こだわ)りという奴だ。

 となると、本当にトドメで大ダメージの出番がない。

 

 ストレス発散くらい、だろうか?

 

 ちなみに、被ダメージはそれほど大きくない。

 今の俺の自キャラのHPが90万そこそこで、1~3発程度は耐えられる。

 その上でダメージカットの障壁を張ってたりするので、そこそこ殴り合いでも耐えられる。

 

 え? ダメージ差が卑怯?

 4桁(ビリオン)ダメの攻撃を10発以上食らわせても沈まないボスとかいる世界に立ってから、その台詞をもう一度お願いします。

 

 などと、夢の中で現実逃避と言う離れ業を披露してしまったが、いかん、思考を現実……じゃない、夢では有るのか、とりあえず目の前に戻そう。

 先程までの風のそよぎが戻ってきても、抉られ、焼かれた大地はおいそれと元に戻ることはない。

 俺は自分のキャラクターの装備(ビルド)状況を思い出し、そっと装備画面を開き、悩んでからスキル画面に移動する。

 

 それは「エッチングを施された印」の効果。

 特定スキルのダメージを上昇させるほか、他の特定のスキルたちをも同時に発動させる、チートですか? 以外の感想が浮かび(にく)い素敵装備だ。

 なにがチート臭いかと言えば、追加で発動するスキルはプライマリ・リソース……あー、わかりやすく言うとMPの消費がない。

 なのに威力は普通に使うのと変わらないのだ。

 スキル同時使用でMP消費がスキル1個分とか、別ゲー者に言ったらチート扱いされること請け合いである。

 その同時発動の条件だが、実に簡単である。

 先程の例で言えば、トリガーとなった魔法が「アーケイントレント」、光る(やじり)のような攻撃スキルだ。

 それがただ一発で恐らく20M、2千万前後(ぜんご)のダメージ。

 意外と低いのはデスウィッシュのスキルと同じく、発動までに1秒掛かる関係上、放ってすぐのダメージはどうしても大したことがないのだ。

 え? 2千万で低いのかって?

 さっきも説明したが、ダメージの桁がおかしいから感覚が狂うのだ。この辺は、ぜひともディアブロ3をプレイして体感して欲しい。

 そしてハクスラにハマると良いと思うよ?

 

 冷静に考えると、2千万以上のダメージを叩き出しといて低威力(カスダメ)呼ばわりとか、ホントに感覚が狂いすぎである。

 

 そして、そのアーケイントレントの後に降り注いだ7発の火球。

 今は何処から降ってきたか見てなど居なかったが、アレは「メテオ」。アーケイントレントの発動をトリガーに、自動で発動した魔法だが、ちゃんと単体でも使用出来る。

 その「メテオ」に、流星雨(りゅうせいう)という、1度の発動で複数降り注ぐ属性を付与してある隕石……と言うか火球である。

 

 本気で隕石だったら、もっとシャレにならないことになると思うので、俺はあれを火球呼ばわりだ。

 そもそもあんな至近距離に隕石とか、普通に死ぬ。

 そんなダイナミックな自殺なぞ、望む所ではない。

 とは言え俺の切り札でも有るので、威力は折り紙付きだ。

 複数個に分散されているので威力もお約束に従ってそれぞれは低い。

 しかし、もう説明も面倒になるようなアレコレの特殊能力の重なり――正直に白状すると3つのスキルの効果の重複――によって、低いとは言え1発あたり1500B~2500Bのダメージ。

 アーケイントレントの(ほう)は、どう頑張っても俺のビルドでは最大50B前後(ぜんご)のダメージ止まりなので、ソレと比べると狂気のダメージ値だ。

 そう考えただけで、トップランカー達の事を考えたく無くなる。

 兎も角、最大でそこまでの威力を叩き出す火球群は、幸いにも今はスキルダメージが乗り切らない状態だった。

 

 それでも1発あたり100B前後(ぜんご)の威力か。

 

 ゲームと違って、メテオは俺よりだいぶ前方に向かって広がるように落ちたようだ。

 俺の知ってるダメージ値が大地に与える影響というのは、正直ピンと来ていないが、それでも目の前に直径5メートル程度のクレーターとして広がって頂くと、大変解りやすい。

 一応、曲がりなりにもクレーター状態になって居るので、やはり威力は侮れない。

 これで最大威力状態だったらどうなるのか、考えただけでヒュンとしてしまう。

 今の俺には、ヒュンとするモノは無い筈なのだが。

 そんな、割とすぐ目の前の惨状に、素直な別の疑問も湧いて出る。

 

 俺はなぜ無傷なんだろう?

 

 って、そっか、これは夢だったな。

 何度目かの自己確認に、途方にくれて空を見上げた俺は、どうせ夢なんだから飛べないかと思案してみたりもしたが。

 飛べることもなければ、いつものゲームの様に、破壊された(ふう)なエフェクトの地面が修復される、なんて事もなかった。

 

 

 

 飛べない以上、歩くしか無い。

 夢だと言うのにユーザーに優しくない。

 ディアブロ3だったらマップで行き先指定で一瞬だと言うのに、ゲームの仕様に負ける夢とは一体何だというのか。

 なんとなく大地を荒らした現場に居たくなかったので――犯人だからこそ――ついでに街でも探そうと歩き出したのだが。

 

 理解(わか)ってる。おいちゃん――でもまだ27歳――これが夢だって理解(わか)ってる。

 どうせあれでしょ? この道沿いに歩いたこの先、草原の只中(ただなか)に、突然秋葉原とかの、見知った街が出てくるんでしょ?

 夢なんて、前後(ぜんご)の繋がりがメチャメチャだからね。タダの記憶の連なりだし。

 

 この景色に見覚えがない、って事実はスルーで。

 

 さて、夢の中で出るのは秋葉原かな? それとも、うちの近辺だったりして?

 無責任にワクワクしながら、しかし黙々と歩く。

 

 そりゃそうだよ、独り言ブツブツ垂れ流しながら練り歩くとか、どう考えてもアレだろう。

 

 そんな事を考えながら、街道を()く。

 前後(ぜんご)に人影は無し。

 街に近づいているのか遠退いているのかもサッパリである。

 これ、街に行けないとか言う(たぐい)の夢の可能性も有るな。

 いや、いやいや。幾ら夢でもそれは性格が悪すぎる。

 信じて進むだけだ。

 うん、カッコいい。

 

 単に、引くに引けない距離を歩いちゃってる、っていうだけなんだけどね。

 それにしても、こう、行く宛の無い旅路と言うか、先の見えない道ってのは不安が募る。

 俺の夢のクセに、随分と手の込んだ嫌がらせじゃないか。

 ……どうにかしてこの嫌がらせじみた不安行軍から開放されないものだろうか。

 そんな事を思いながら空を見上げた俺は、唐突に思い付いた。

 

 きっと、現実であれば、思い付いても実行などしなかっただろう。

 それはバカバカしいから、だけではなく。

 

 可能だった場合、冗談抜きで命に関わると、子供でも理解(わか)る事だからだ。

 

 しかし、今は夢の中だ。

 寧ろ、これを切っ掛けに飛行能力なんてものに目覚めるかも知れない。

 良いじゃないか、夢は自由であるべきだ。

 謎の強気で自分を鼓舞すると、俺は……少し考えて周りを見渡し、街道から少し離れた所で、地面に向けて両手を、いや正確には右手の長剣「デスウイッシュ」と左手の魔力の源、という種別の魔法触媒「エッチングの施された印」……ええい長いな、「でーくん」と「えっちゃん」で良かろう。

 その2つを、いつもの様に、しかしいつもと違って地面に向けて構る。

 剣は切っ先を向けるのではなく、剣の腹を見せるように自分と相手――この場合は地面――とを結ぶ線に対して直角に交差するように、左手のえっちゃんは右手に添えるように、しかし触れないように絶妙な位置で。

 いつもはゲームで、ボタンひとつで繰り出す得意攻撃である。

 ソレも「アーケイントレント」と同じ様に、「メテオ」発動のキーになるスキル……魔法だ。

 だから、今度は予め「メテオ」を使用しないようにスキル準備状態を解除してしまう。

 戦闘とかになるようなら、戻せば良いのだ。

 気を取り直して、俺はソレを発動させる。

 どうやって発動させるかを考えるより先に、頭の中でコントローラーを操作する如く。

 呪文の詠唱どころか魔法名を言うこともなく、ソレは発動した。

 

 ディスインテグレイド。

 それはウィザードの代表魔法とも言えるもの。

 武器と「パワー」だけでもそこそこの威力を引き出せるため組み合わせがしやすく、俺の「悪夢の遺産」ビルドでも運用が容易な為、当然のように愛用している。

 

 それ単体でかなりの火力を見込める、主砲と言って差し支えのない、迸る火線を大地に叩きつける。

 ゲーム内で出来る挙動ではないし、遊んでいて反動が有るような様子など見受けられなかったが、きっとアレだ。

 

 凄い魔法技術で制御してるんだろう、きっと。

 

 それにこれは夢だ。

 何でも有りの夢だったら、「極太ビーム魔法を推力に飛行」とか、余裕だろう。

 言うほど極太じゃないが、代わりに火属性の「魔力拡張」スキルで、同時に2本発射のイカツイ仕様に変更済みだ。

 ちなみに、普段は「ケイオス・ネクサス」というスキルを付与してある。

 説明は、夢から覚めて覚えていたら、しようかな。

 どうでも良い事を考えてる間に、発動から1秒経過。

 急速に威力を上昇させた「ディスインテグレイド」は大地に激しく突き刺さり、特に抵抗なく俺を遥かな高空――多分俺が思ってるほど高くないんだろう、きっと――まで運んだ。

 

 正直、夢だと言うのに滅茶苦茶怖い。

 高度感がリアルで、浮遊感がリアルで。

 割と遠目になにか城壁のような物が見えた気がしたが、そんな物の確認などする余裕もなく、恐怖心から「ディスインテグレイド」を解除した俺は、引力に引かれて地面へと急速帰還を開始する。

 

 やばい、やばいっ!

 

 慌てて「ディスインテグレイド」を地面に向けて放つが、どうやら行動が遅かったらしい。

 落下に拮抗する程の出力を発揮する前に、俺は比較的やんわりと、腕を突き出した姿勢のままで大地に手荒く受け止められたのだった。

 

 

 

 激痛にのたうち回ることしばし、これは絶対に腕が折れてる、というか折れてるで済んでる気がしない、そう思いながら何とか身体(からだ)を起こしてみれば。

 痛みこそ残るものの、俺の両腕は健在であった。

 あの高さから、いくらか減速したとは言え腕からモロに落ちたと言うのに、これは……。

 

 そう真面目に考えかけた所で、はたと気が付く。

 そう、これは夢なのだ。

 途端に、身体(からだ)から力が抜ける。

 夢なんだから、どうせならさっき見えた建物? 壁? に向かって飛んでみても良かったな。

 そう思う俺だが、じゃあやって見よう、とは思わなかった。

 

 だって怖かったんだもん。

 

 幾ら夢だって言っても、怖いもんは怖いんだよ!

 そんな事しなくても、もう歩いて行けそうな距離には見えたし、きっと大丈夫。

 さっきの高さとその臨場感を思い出し、足が震えるのに任せ、少しの時間だけ、その場で立ち()く……のんびりと過ごすのであった。




ハクスラ楽しいよね!
具体的に言うと、辞め時がわからないくらいに!
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