拝啓、ハクスラ世界より(更新停止)   作:naow

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 作業用に最適、読み上げ対応ルビ仕様です。
 ぁゃしぃ部分が有ったら小声で教えて下さい。

文章思いつかない+思った程時間が取れないコンボ。
あと、今回のあらすじを事前にメモってた筈なのに、手違いで消して上書きしたとか、そんな事は秘密です。

追記:UA6000超えと、お気に入り80超え、有難うございます!
   UA5000超えすら信じられないのに……!

   これからも頑張れたら良いな、と思ってます。


第25話 接敵、強襲

 気がつくと、酒場(バー)の空気が変わっている。

 何処か張り詰めるような、其処彼処から、此方(こちら)を監視するような視線が投げ掛けられている。

 ふむ、少し感心したように、悪食はエールのジョッキを傾ける。

 モンテリアのギルドでは、これほどの人数に警戒されもしなかった。

 ごく数人、監視する目は有ったが、此処ほど多くはなかった。

 

 危機感を持っている、その辺りの差か。

 思えば国喰らいがこの街を襲って1月(ひとつき)経ったかどうか。

 危機感を無くすには、まだ早いと言うものか。

「なーんか、陰気なトコだね。ツマミは旨いけど」

 テーブルを挟んで向かいに腰を下ろす獣追いが、悪食の手元の芋の薄揚げ(ポテトチップス)をつまみ上げながら、無邪気に言う。

 お気に入りに手を出されて、若干苛立ちを滲ませつつも、近くを通りかかったウェイトレスに追加のツマミと、エールを2杯注文する。

「俺のお気に入りに勝手に手を出すんじゃねぇよ。まあ、気持ちは判らなくもねぇけどな」

 言うほど怒っては居ない、そんな調子で悪食は獣追いの脳天に拳骨を落とす。

 あくまで軽くだが、落とされた(ほう)はそうは思わなかった様だ。

(いった)いな! すーぐ暴力振るうんだから! 悪いのは僕じゃなくて、この美味しい芋でしょ⁉」

 頭の天辺を押さえて抗議する獣追いの様子に、ギルド内の一部で警戒の糸が緩む。

 仲の良い、兄弟のような2人パーティ、或いは先行で街に入った2人。

 事情を知らない一部はそう判断しても仕方がないほど、のどかな光景。

 それが国単位で手配を受けているお尋ね者だと知っている一部と、悪食の放つ剣呑な気配に気を緩める気になれない一部でさえ、ともすれば今までの警戒がバカバカしく思えて来る。

 だが、完全に気を許すには悪食(あの男)の眼光は鋭すぎて、完全に気を抜くことが出来ない。

「この芋が旨いのは認めるが、悪いのは人様の食い物に手を出したお前だ」

 ふくれっ面の弟を諌める兄、とも見える2人の背後で、笑い声が上がる。

 特に気配を消していた訳でも無く、偶然背後に居ただけ。

 悪食が振り返ると、短髪で長身の男が此方(こちら)を向いて立っていた。

「いや、悪い。そんなに気に入って貰えて、嬉しくてな」

 男は悪食の前に、芋の薄揚げ(ポテトチップス)が山盛りのバスケットを置く。

「俺はウォルター。たまに此処に手伝いに()る、料理人だ」

 料理人、という単語と眼の前のバスケットに、悪食は警戒を解く。

「見かけない顔の割に、随分揚げ芋を食ってるって聞いてな? どうせなら、コイツも食ってみてくれよ」

 ウォルターと名乗った男は見た目よりも遥かに人懐こい笑顔で、バスケットの中を指差す。

 其処には、一口大の黄金色の何かが、湯気を立てつつ小山となって積み上がっていた。

「何だ? コイツは……見たこと()ぇな……?」

「なになに? これ、何かの()?」

 悪食と獣追いは改めてバスケットの中を覗き込み、仄かに立ち上る芳香に喉を鳴らす。

「コイツはカラアゲっ()ってな? ウチのクラマスの故郷の料理らしいが、まだまだ試作なもんでな? お前ら、食いっぷりも良いし、食って感想聞かせてくれよ」

 ウォルターの新しい挑戦、それは街に来たばかりの冒険者風の2人にも物珍しく、食した事どころか見た事も無い物。

 新設の「ノスタルジア」クランのマスターは変わり者だが食の(こだわ)りは本物。

 そんな噂が流れる程度には、既に冒険者ギルド(ここ)酒場(バー)には「ノスタルジア」から出たメニューが増えた。

 クランに君臨する双子のマスター、妹が主に「食」と「酒」に工夫を凝らし、姉がそれに鋭いスパイスを効かせると評判である。

 実情は8割が妹の何気ない一言が起点となっているのだが、調理方法を考えるのは姉のほうが得意である。

 その辺りの事情から、噂として流れる時には上記の様になってしまう。

 噂と言えば、「ノスタルジアの双子は姉が創造を、妹は破壊を司る」と言う物も有るが、これも上記の事情と、主に妹の仕出かした幾つかの事件との合わせ技である。

「カラアゲか……聞いた事も()ぇが、それより良いのか? こんなモン食わせて貰ってもよ?」

 悪食は記憶の引き出しを幾つか探るが、「カラアゲ」と言う単語に該当する記憶は見当たらない。

 ちらりと目をやると、獣追いの(ほう)は不審がるとかそんな様子は微塵もなく、料理人の返事も待たずに手を伸ばしている有様だ。

「あっつ! まだ熱いんだね、これ!」

 素手で摘み、熱の余韻に驚いて指を離す。

「人の話も聞かねぇでがっつくからだ、阿呆。先ずはこの料理人に礼の1つも言ってからにしろよ、せめて」

 悪食が呆れたように言うと、獣追いは不貞腐れたように頬を膨らませ、料理人(ウォルター)はカラカラと笑う。

「気にしねえでゆっくり食ってくれ、後で感想くれれば良いぜ。熱いから気ぃつけてくれよ?」

 そう言って笑うと、ウォルターは他の冒険者達に声を掛け、幾人(いくにん)かから新メニューを強請られつつ厨房へと戻っていく。

 その背中を見送りながら、悪食は珍しく声を落として呟く。

「知らねぇんだろうが……遣り(にく)いな」

 その隣で、獣追いが「カラアゲ」を口の中に放り込みながら静かに、しかし事も無げに言う。

「そうかい? どうせ知ったら他の連中と同じさ。遠慮するだけ無駄だよ」

 どうせ僕等(ぼくら)は何処に行ってもお尋ね者さ。

 復讐を果たす、その日までね。

 誰にも聞こえない様な獣追いの呟きを耳朶に収めつつ、悪食もまた「カラアゲ」を口に放り込む。

「……旨いな」

 言葉とは裏腹に、その声には苦いものが浮かんでいた。

 

 

 

 冒険者ギルドに国際手配犯が居るってんで、急いでギルドに向かってるんですがね。

 それを伝えてくれたギルド受付のアマンダさんは、ギルマスの言伝として「()んじゃねえよバーカ!(意訳)」と教えてくれた訳だが、こちとらハードなハードなハクスラ世界を識る者だ。

 リリスに至ってはまさにハクスラ世界から来たに等しい。

 そこそこ戦えるんじゃね? 的な軽い気持ちで出陣の俺です。

 

 それに今、ウォルターくんがギルドでバイト中なのよね。

 ギルドハウスでドンパチ始まるとか、そういう面倒臭いことになる前に、とっとと踏み込んでしまおうと言う魂胆も有る。

「タイラーくんよ、俺が暴れるとして、街のどっちに出た(ほう)が都合が良いんだ?」

 特に慌てて走るような事も無く、しかし、いつに無く早足で道を()きながら言葉を向ける。

「まず単身で暴れる事を前提とするな。他との連携を図れ。その上で言うなら、今なら西だな。北と同じように草原が広がっている。東は川がある関係で多少狭く、街の近くで戦闘する事になる」

 前半の小言は無視して、俺は頷く。

「北は絶対に駄目だ、ゴブリンの生き残りの集落が、やっと整った所だ」

 タイラーくんが続ける言葉に、俺はもう一度、無言で頷く。

 領主様の温情で、外壁の外では有るが集落を構えることが許されたのだ。

 彼らの安寧を乱してはイカン。

 集落の外壁作りは、俺も手伝ったのだ。

「それに今、あの集落では蒸留酒を造らせてるのよ。絶対に危険を近づけては駄目よ」

 俺の右を歩くリリスが、決然と言い切る。

 っておい、お前さん、そんなモン造らせてたの?

「バニラエッセンスが……欲しいのよッ……!」

 あ……あー、うん、パウンドケーキも一味(ひとあじ)違うものになるし、良いんじゃないかな?

 って事はアレか、ウォッカ造らせてんのか。

「一応、ウォッカは目処が立ったわ。ウィスキーとブランデーは時間がかかるけどね」

 いつ、そんな事まで手を広げたの?

 流石に訳知り顔で受け流すなんて事も出来ず、俺は間抜け(ヅラ)をリリスに向ける。

「まあ、そういう事情までは知らんが、北も使えない。南は……貴族様方を敵に回してみるか?」

 そんな俺の後頭部に、タイラーくんの声がぶつかる。

(わる)()ぇけど、もうちっと嫌気が差してからでも遅か()ぇかな?」

 割と物騒な事を軽口に包んで返すと、俺はあんまり真面目とも言えない顔を正面に向け直す。

「んじゃあ、お客さんは西門の外にご案内、か。リリス、俺が出て良いんだよな?」

「んー。相手を見てから、かなあ。まあ、あの女と互角程度なら、私が出る必要は無さそうだけど」

 舐め腐った俺とリリスの会話だが、呆れ果てたのかタイラーくんのみならず、ウチのメンバーからは合いの手1つ無い。

「あの、あのね、イリスちゃん、リリスちゃん? 『(あだ)成す者』って、すっごく危険な相手だからね? それが2人だから、ホント、無茶は駄目よ?」

 アマンダさんがギルド職員の義務感から、俺達の注意を喚起しようと頑張っている。

 勿論、俺もリリスも、見た目ほど相手を過小評価している心算(つもり)は無い。

 倒したのはリリスとは言え、あの、何だっけ? 大喰らい?

 あの女には、俺ですら案外余裕を持って対処出来ていたのだ。

 とは言え、本当にアレと互角だなんて思っては居ない。

 アレより強いのが2匹居る、そう言う算段で対処法を練る。

 寧ろ、俺はもっと別の――最悪の相手を想定してさえ居る。

 

 それは、俺と同じ巻き込まれたもの(プレイヤー)か、リリスと同じ世界を渡った者(キャラクター)

 

 特にそれが、俺たちと同じ、ディアブロ3世界からの来訪者だったのなら。

 更に言えば、ワールドランカーだったりしたら。

 街だけは守れるように、ある程度離れて闘う必要も有る。

 

 実はこの、俺達と同じ存在の可能性には、ついさっき思い至った事だ。

 背中にイヤぁな汗が流れる。

 もしそうだったら、せめてウィザードである事を祈るしか無い。

 なにせ俺は、本気でウィザードしかプレイしたことがないのだ。

 他の(クラス)にどんなスキルが有るのか、どんなパワーをセットしているのか、セット効果はどうなのか、まるで知らないのだ。

 リリスの足を引っ張らない程度には頑張らなきゃいけないんだが、果たして「最悪」の想定がハマってしまった時、そもそも俺が何処まで対抗できるのか自信がない。

 

 レベルで言えば、カンストである70レベルに加えて、パラゴンレベルと言う、カンスト後にステータスを上げ続けられるモノは()()()()まで上げている。

 単純かつ強引に言ってしまえば、レベル1521。

 この辺の、無駄に引き上げられたステータスに期待するしか無い。

 シーズンプレイヤーだったら此処までレベル上げをすることはまず無いと思うので、そっちだったらまだ相手できるかなー、とか安易に考えを逃避させて見るが、それならそれでプレイヤースキルがハンパ()い予感も漂う。

 取り敢えず、ギルドハウスで戦闘が始まる事だけは避けなければ。

 考えた結果、最初に考えたのと同じ思考に戻った辺りで、俺はギルドハウスの前に立っていた。

 立ち止まって仲間達を見回し、俺は1つ息を吸い込むと、ギルドハウスの扉に手を掛けた。

 

 

 

 扉を(くぐ)った先は、いつもより静かで、ついでに言うなら若干空気が重かった。

 其処此処(そこここ)で会話を交わしている様子は有るのだが、どうにもこう、いつもの怒号とか笑いとか、そういった勢いのある空気は息を潜めている様だ。

 気楽に笑ってる奴も勿論居るんだが、不穏な空気を感じて周囲に気を配る、そう言う冒険者の(ほう)が多い様に思える。

 え、なに? なんか急に皆、歴戦の佇まいじゃない?

 俺はちょっと空気に呑まれ、一旦酒場(バー)を避けて、クエストカウンターへと足を向ける。

 熊のハンスさんに加えて、ブランドンさんまで其処にいるのが見えた、って言う理由も無くは無いんだよ、一応ね。

 

「ちっす。何この雰囲気? 戦争でも始まるのん?」

 原因を知ってる癖に、わざとらしく右手を翳しながら問いかける。

「お前が来たからそうなるんだろうなって予感しかねえよ、何で来たんだこの馬鹿野郎」

 ハンスさんは溜息を、ブランドンさんはハッキリと苛立ちを俺に向けて下さっている。

 やだなぁもう、仲良くしようよ、ね?

「んで、お前は何しに来たんだ? アレにちょっかい出す気なんだったら、(つま)み出すぞ?」

 ブランドンさんのご機嫌が全力で悪いのは何でだ?

 俺は特に警戒も何も無く、ブランドンさんが眼だけを向けている(ほう)に無造作に顔を向ける。

「お前は……! 少しは慎重な行動をだな……!」

 声を押さえた怒鳴りとか、ブランドンさん器用ね。

 そんな事を思った俺がブランドンさんに視線を戻した一瞬。

 ブランドンさんが俺の肩を掴んで小さく怒鳴った一瞬。

 そんな俺達に注意を向けたハンスさんや、ウチのメンバーの視線が俺に集まった一瞬。

 

 視線を戻した俺は、いや俺達は、それが何なのかを理解出来なかった。

 

 黒髪の、目つきの(わり)ぃ男と、向かい合う何やら楽しそうな顔でバスケットに手を伸ばし、揚げ芋……あれ? あれ、違うな、なんだあれ? を(つま)む赤毛で目の細い男。

 その2人のテーブル、ちょうど2人の間に入るように、見慣れた仮面の女……。

(なに)してんのリリス(あいつ)⁉」

 俺とブランドンさんの声が綺麗にハモった。

 

 

 

 から揚げと言ったか、鶏肉か? 肉に味付けして、これは焼いてあるのか?

 揚げる、と言う調理法が今ひとつ理解(わか)らない悪食は、知っている調理法で想像するしか無い。

 だが、どうやって作るのかが理解(わか)らなくても、旨い事は理解(わか)る。

「なにこれ、こんなの食べた事無いよ!」

 向かいに陣取る獣追いがはしゃいでいるが、気持ち的には悪食も同意だ。

 ツマミが旨いと酒も進む。

 エールを呷り、ふと気配を感じて視線を向けた先に。

「あっ……!」

 獣追いの声が耳に届く。

 其処には、見慣れない仮面の女が。

「アンタ達、何なの? ()()()()()()()()()?」

 仮面に阻まれ見えない筈の目に殺気を乗せて、真っ直ぐに悪食を見下ろしていた。

 

 

 

 これは予想外な事態だ。

 俺は勿論、ギルドマスターのブランドンさんや(サブ)マスターのハンスさんでさえ、リリスの行動を読めなかった。

 っていうか、何で、いの一番にお前(リリス)が喧嘩売ってるんだよ⁉

「コレだから双子って奴は厄介なんだよ、あっちがイリスか!」

 相変わらず小声で怒鳴るブランドンさん。

 俺は驚きすぎて、ブランドンさんは器用だなー、とか呑気な感想しか浮かんでいなかったが直ぐに気を取り直し、仮面を外して顔をブランドンさんの(ほう)に向ける。

「いやいやいや、ほれ、目を見ろって。あっちはリリスだよ」

 俺とリリスの、外見上唯一の違いを見て、それでもブランドンさんは訝しげだ。

 なんでそんなに信用ないの、俺。

「普段の行いの賜物だな」

 やはり釈然としない面持ちで、タイラーくんが言う。

 なんでい、俺の普段の善行に文句でもあんのかこの野郎。

「そうすっと、お前の姉もだいぶ喧嘩っ(ぱや)いってことになって、俺の頭痛の種が増えるんだが」

 タイラーくんの(ほう)に目を向けた俺の後頭部に、ブランドンさんの声が刺さる。

「奇遇じゃないの、俺もどうしたもんか悩んでるトコだよ」

 正直、どうやってアプローチしたもんか考えていた手前、強くも言えないんだけど。

 しかし、リリスのヤツ、どういう心算(つもり)なんだ?

 いつもならアイツが俺のストッパー役の……いや、そうでもないのか……?

 などと呑気に眺めてしまっていたが、()っとく訳にも行かない。

「ブランドンさんよ、ちょいと行ってくるぜ。まさか此処で暴れるたぁ思いたかねぇが、ありゃあ不味い。リリスが殺気立ち過ぎだ」

 カウンターに肘まで突いて身を預ける俺は、心底湧き上がる面倒臭さを余すこと無く全身に(まと)わせて言い放つ。

 そんな俺の暴れっぷりを「報告でしか知らない」ブランドンさんが、カウンターから身を乗り出して止めようとするが、それをハンスさんが止める。

 実際に俺が暴れている所を見たことの有る、ハンスさんが。

「出来るだけ殺すな。出来るか?」

 ブランドンさんを完全に遮って、ハンスさんが俺に目を向ける。

「相手次第だけど、俺よりもリリスがヤバいよ。アイツ、どうしたってんだ? ありゃ、完全に殺す気だぞ」

 そんな俺の言葉に、ブランドンさんがギョッとした目を俺に向けてくる。

 俺は俺で、溜息を重ねて、身体(からだ)を預けていたカウンターから離れる。

「取り敢えず、場所を変えさせる。衛兵の人らにも伝えてくれ、西門の外だ」

 言い置いて、俺はリリスの居るテーブル目掛けて駆け出す。

 衛兵の人に、とか言ったけど、正直あんなヤバいモノ(リリス)の近くに人を近寄らせちゃいけない。

 ()にも(かく)にも、あの三人をとっとと街から離さないとヤバい、そんな気がした俺は、割と本気で逃げ出したい心境だった。

 

「へぇ、唐揚げたぁ……此処で出す事にしたのか」

 どうやって(ウチの姉ことリリスが)殺気立っている現場に介入したものか考えあぐねた俺は、目に入ったそれに、思ったままの事を口にしてしまう。

 それは明らかにウォルターくんの仕事。

 醤油の目処がまだ立っていないから、リリスに教えて貰ったレシピを伝え、先日試作したばかりの塩唐揚げ。

 聞いただけである程度纏めてしまうウォルターくんの技量に、惚れ惚れしたもんだ。

「……なぁに? イリス、邪魔するつもり?」

 そんな俺のほのぼのとした現実逃避は、あっさりと身内に崩される。

 ……なんで、仲間の(ほう)がキツイ殺気をぶつけて()るんですかね?

 俺はとっくに仮面を外しているが、遅れ馳せでリリスも仮面を外し、その爛々と輝く真紅の瞳が俺を真っ直ぐに捉える。

 だからなんで俺を見てるんだよ、敵は俺じゃねぇだろ。

「双子、か」

 そんな俺の耳に、低い声が滑り込む。

「……ああ。そっちの物騒な(ほう)が姉で、俺は妹だ」

 その声の(ほう)に視線だけ向けると、そいつの、(くら)い、只々(ただただ)(くら)い瞳が俺を真っ直ぐに見据えていた。

 俺はその暗い瞳に、意識した軽い調子で、だが短めに答える。

「なるほど、双子か」

 そう言うと、男は何事か考えるように、思い出すように目を閉じる。

「で? 国喰らいを殺したのは、どっちだ?」

 その言葉を切っ掛けに、男の身体(からだ)から殺気が炎の様に立ち上り、連れと思しき男も染み出すような殺気を纏い、それを隠す事もしない。

 いやぁあ、殺気なんて大袈裟な言い回しだと、元の世界……或いは現実世界か? では思っていたモンだったけどさ。

 こうして3者3様の殺気に当てられてその圧を感じると、そういうモノは有るんだと実感させられてしまう。

 あと、平和ボケしてる俺はこの感覚には中々慣れない、って事も。

 怖いとか気圧される、じゃなくて、なんつーか……実感はするけど、やっぱりどこか他人事な感じなのだ。

 多分、危機感が足りていないんだろうなぁ。

 俺は自分の甘さというか、間抜けさに溜息を()き、軽く首を振る。

 その行為が、相手を軽く見ている、そう誤解させると知りながら。

「あのオバサンを死刑台に送ったのは俺だよ。で? 仇討ちにでも来たのかい?」

 こっそりと、獲物(武器)をデス・ウィッシュからエーテルウォーカーに持ち替え、ちょっとだけ挑発気味に言う。

 激昂して掴みかかってくるとかなら、そのままテレポートで俺ごと強制移動だ。

 そんな事を思いつつ、こっそり冷や汗を浮かべる俺の前で、黒髪の男がふんと小さく鼻を鳴らす。

「此処は、(メシ)が旨いな」

 あん?

 殺気ダダ漏れで、コイツは何を言い出すんだ?

「会計済ましてくる。やり合うにしても、此処は壊したく()ぇ。獣の、お前もそれで良いな?」

 黒髪の男の言葉に、ジクジクと殺気を垂れ流す赤毛は面倒臭そうに視線を転がす。

「えー? 移動するの? 面倒じゃん、此処で良くない?」

 瞬間、殺気の風向きが変わる。

「旨い飯屋は貴重だ。壊す事は許さん」

「……別に、死にたいんなら俺が殺しても良いんだよ? 悪食さん」

 おいおいおいおい、待て待て、お前ら仲間じゃないのか?

 一瞬で睨み合いの関係に変化している黒髪と赤毛を、俺はどうしたもんかと呆れて眺めていた。

 もう一匹、何故か堪え性の無くなった()の事を完全に意識から外して。

 

 その華奢な手が振り下ろされ、テーブルは真っ二つに圧し折れて倒壊する。

 

「馬鹿共が、お前()の相手は私だ。勝手に殺し合う前に、黙って着いて来い。死に場所に案内してやる」

 言うや否や、リリスはテーブルに一瞬気を取られた男2人の胸倉を腕1本に付き1人づつ掴み、そして消えた。

 ざわめくホール内。

 ウチの連中+αが此方(こちら)へ駆け寄ってくる気配にも気が付くが、悠長に待っても居られない。

 リリスは強引に真上へとテレポートしたのだ。

 ゲームから離れ、自由になった視界の中、その視界の届かない建物の上空。

 其処に跳んでから、西の門の外、遥か先を目指(めざし)ているのだろう。

 

 偶々(たまたま)鳥でも飛んでたら、どうする心算(つもり)だったんだ、アイツ。

 

 俺は頭を掻いてから仮面を着け直し、一度仲間達の(ほう)へ手を振ってから、リリスを真似て跳ぶ。

 障害物をすり抜け、澄み渡る空の中で視線を巡らせ、目標となる西門を確認する。

 向かうべき路が見えたなら、後は跳ぶだけだ。

 どうせ直ぐに上がるだろう戦闘痕を見逃さないように気をつけつつ、俺は連続ジャンプを敢行する。

 

 あの男達を目にしてから、妙に不機嫌というか、なんだかとても()る気に溢れたリリスに不審なモノを感じながら、俺はその違和感の正体に気付ける筈もなく。

 

 絶対、正義感とかじゃ()ぇよな?

 そんな可愛げが有るとも思え()ぇし、今までの行動を思い返して見ても、それだけは無いと言い切れる。

 だとすると、確実にロクでも無い事を考えてる気がするのだ。

 

 何を考えているにせよ、今回の行動は、幾ら何でも性急に過ぎやしないか?

 ちょっと相手の力量とか、そういった所を考えていない気がするんだ、今日のリリスは。

 

 それが慢心なら、それこそロクな事にならない気がする。

 一度意識してしまった為に少しづつ膨らむ不安から目を背けるように、俺は発生するであろう戦闘痕を探しつつ、空を駆けるのだった。




リリスさんや、何を慌てているんだい?

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