アラン宅 潮騒の家
「今日はバレンタインだね。はい、ラウラ、クロエ、束。僕からささやかなプレゼントだよ」
「わーい!! アランありがとーっ!」
「ありがとうございます。大切にしますね、お父様」
「父様ー! 大好きーっ!」
「はいはい、急がず慌てずゆっくり見てね」
テーブルを挟んで、束とクロエに向けて。
そして隣に座るラウラに贈り物を手渡す。
プレゼントが終わったら今日に向けて頑張って作ったチョコレート菓子の数々を手ずから振る舞うつもりだ。
そう、今日は2月14日、バレンタインの日。
日本では義理、友、本命という風に渡す相手によって意味合いが違うとても複雑怪奇極まる風習になっている。
発祥自体はイタリアだが、その風習は世界各地で見られるようになって久しい。
イタリア、日本、アメリカは言わずもがな。イギリス、フィンランド、インド、ベルギー……。
ここ数十年のことではあるものの、世界的な行事になってきた。
日本でのバレンタインの歴史は実は100年も無いんだね。
ドイツにいたっては50年も無かったと思う。
そして、それぞれの国でそれぞれの祝い方がある。
どれもが素敵な風習で、その国に合ったイベントがある。
僕は基本的に日本の考え方を基に、渡せるときに渡したい物を渡したい人に渡している。
時にはお世話になってる職人の皆さんに、時には学院に、時にはカヴンにだって訪れた。
蟻人の子供達も、皆お菓子を喜んでくれてたから作り甲斐があったな。
……そういえばアレクサンドラ先生も元気にしてるかな。
薬……僕が帰るまでに足りるかな……
「お菓子は別に用意してあるからプレゼントは開けていいよ。魔力こそ込められているけど、大したものではないから期待しすぎないでね」
「どれどれ~……。おおっ、綺麗なピアス! この模様ってトリケトラ……なの? 四角形だし、それに束さんは宗教は信仰してないよ?」
「それは「ダラケルト」だよ。「ダラ」は樫の木って意味。四つの結び目は運命・力・知恵・導きを意味するから君にぴったりだと思ってね。内側に円があるなら三位一体、宗教的な意味合いもあるけどこの場合は単純なお守りとしての意味合いが強いかな。ちゃんと効き目は保証するよ」
ダラケルトは三角のトリケトラとは違い、全体的に丸っこい四角形をしている。
そしてそれぞれを繋ぐ四つの結び目から意味を当てはめるものとなっている。
しかし、この四角形のケルトシンボルには明確な意味は未だ解明されていないとされている。
ケルトのまじないに関する文献は非常に数が少なく、方角を示しているとも四大精霊を示しているとも解釈される。
僕がその意味を束に当てはめたのは偏に、そうあってほしいから、というのもある。
遥か先を行く彼女が、これからは行く宛の無い名も知らぬ旅人を導けるように。
そうあって欲しいという僕の我儘が少しだけ。
「なんだか力が抜けそうな名前ですね。私の方は……わぁ、とても綺麗なハンカチですね。それにこれは花の刺繍ですね。紅の花、何という名前でしょう……」
「ふふっきっと気に入ると思ったんだ。勿論悪い意味を持つ花ではないから安心して」
「ふふ、後で束さんと一緒に調べよっか! ありがとね、アラン!」
僕がハンカチに刻んだ花は「カランコエ」。花言葉には「あなたを守る」「たくさんの小さな思い出」「幸福を告げる」。この子のこれからの未来に幸福を、と願い作り上げた。
「それから二人にはこれを」
「これは……ペンダントですね。内側の宝石に刻まれているのは模様……いや、文字ですね。ひょっとしてルーン文字ですか?」
「これ、ただの装飾品じゃないよね? さっきのもそうだけど、かなり強い力が加わってる。魔力だけじゃない、願い……というより言霊? みたいなのが複雑に絡まってるんじゃないかな?」
「さすがに世界を巡っているだけあって二人とも詳しいね。というか束はなんでそこまで分かるの? ちょっと魔法に触れただけなのに……。まぁいいや。その通り、ルーン文字だよ」
束のネックレスに刻んだのは「
意味はそれぞれ意志の強さ、母の愛、友情。勿論それ以外にもエネルギーに溢れる、成長と復活、などがある。
クロエの方は「
主として、見識の広さから真実を得る、どんな逆境でも好転することを意味する。
「綺麗に透き通った蒼……。クォーツ、ブルークォーツかな、これは」
「私の方は……ピンクベリルでしょうか。こちらのもとても透明度が高いです」
なんで二人とも見ただけで分かるんだろう。
クロエにいたってはモルガナイトではなく古い方の名前を知っている。知識をつける速さが尋常ではない。
「クォーツは「迷いからの解放」。ピンクベリルは「素直な心」という意味を持つんだ。きっと君達の役に立つ」
「そのペンダントは祝福であり、願いであり、祈りでもある。もちろん、それに縛られる必要は全くないよ」
「言うなればそれは君達が行く旅路の指標、方向を示すだけ。どこに行くかは君達次第さ」
「一人の先達として。君達の歩む未来に、幸運と祝福のあらんことを願っているよ」
「……参ったなぁ。私っていろんなところで嫌われてるから、こういうのに弱いんだよねぇ。……ありがとうね、アラン。大切にするよ。ねっ、クーちゃん」
「はい……っ! ありがとうございます、お父様……!」
……喜んでくれて本当に良かった。
「どうかこの贈り物が、未来の厄を退ける力となることを願っているよ」
「……ラウラ? さっきから静かですがどうかされましたか?」
そういえば隣にいるラウラがさっきから、というよりずっと静かだ。
ラウラには、幸運、厄除け、浄化を意味する月の象徴でもある銀の指輪をあげたんだけど、ひょっとして……!?
「ラ、ラウラ……? そ、その、気に入らなかったかい……? 純度の高い銀から頑張って自作したんだけど嫌だったかい……?」
「えっ、自作!? ゆ、指輪自作してプレゼントは重くない? 束さんドン引き」
「お、お母様! 今は言ってはなりません!」
心が折れそう。重い、重いのか。子供にあげるものではなかったのか。僕の贈り物は余りに的外れだったんだろうか……!?
「指のサイズが合わなかったのかい? 右手の中指のつもりで作ったけどもしかしてダメだったとか……!」
「……と」
「ととととと、父様、その、お気持ちはうれしいしお受けしたく思うが私はまだ10にもならない小娘で魔法だってまだまだだし背も低いし体つきだって貧相だしいやもちろん父様が望まれるなら否やは全くないでも私たちは親子で父様はそれを望まれていていやそれはそれでありかもしれないむしろ私としては諸手を上げて迎え入れるつもりだああごめんなさい教官私は親子なのに禁断の道を歩んで──────」
「ラ、ラウラ? ラウラ!? しっかりして!」
「───きゅう」
ラウラはコテン、とソファの上で倒れてしまう。
「ま、待ってほしい。僕はそういうつもりで渡したわけじゃ───」
「いやーそうなるでしょー……。束ママ的には一発アウトどころか即退場してリンチにしたっておかしくないレベルの行いだと思うよぉ?」
「……はぁ、お父様。ドイツに限らず日本以外では一般的に男性が女性に贈り物をする日です。しかもストレートに指輪を送られれば勘違いの一つもしましょう。……日本人としての感性がお強いのかもしれませんが、ラウラ本人はどうでしょう?」
……さては言い逃れが全く出来ないほど僕が悪いな?
「ひとまずウーちゃん起こしたげて。折角のお菓子食べないまま寝かしてたら、起きてから絶対拗ねちゃうから。弁解はそのあと二人の時にでもちゃんとするんだよ?」
「……うん。分かったよ」
束の優しさが身に染みる……
ラウラ、起きてお菓子を食べよう。すごくいい出来だよ。
……ハッ! い、今のは夢……か。そ、そうだよな。うむ、その方が納得だ。
ラウラ? お父様がいっぱいお菓子を作ってくれたのですよ? いただきましょう。
う、うむ。最近はずっと家から甘い匂いがしていたからな。頑張って我慢していたからその分楽しみだ!
ふふ、お手柔らかにね。
おーいしー!! すっごいねコレ! これ市販のパイ生地じゃないでしょ!
そうだよ、一からガレット・デ・ロワなんて作ったのは久しぶりだよ
ガレット・デ・ロワ……。何か言い伝えがあったような
ラ、ラウラ! こっちのワッフルも美味しいですよ! 私も作るのを手伝ったんです!
本当か! ……おいしい! しっとりしててココアの香りが素敵だな!
……アラン、このパイって硬貨や指輪を入れる占いがあったよね? 指輪ってどういう意味だったかなぁ?
誤解だ、本当に誤解だよ。そんな気はラウラにはない。僕は先生だよ。
……うーん、1アウト!
判定が厳しい……
……これって。父様、フランクフルタークランツか?
うん、ドイツのケーキだけど……嫌だったかな?
いいや、そんなことはない! ……いや、少しだけ思うところはある。
でも美味しいのはとってもいいことだ! このケーキ、フワフワでアーモンドの香りが凄くいい! いっぱい食べれるぞ!
! ……そっか、良かった
フフフ、どうして私より皆の方が泣きそうになっているんだ、ちょっぴり嬉しくなってしまうぞ!
ふふ、ごめんね。つい、嬉しくって。ありがとう、ラウラ
ウ゛ー゛ぢゃぁん……!
お母様、お気持ちは分かります……! ラウラ、本当に良かったですね……!
わわ! なんだ三人とも! う、動けないぞ! 抱ーきー着ーくーなー!
「今日はお誘いありがとね! いやほんっと来て良かった! お菓子作りはあんまりしてなかったしいい刺激になったよ!」
「本日はありがとうございました。とっても美味しかったです、お父様!」
「二人ともありがとう。まだまだ寒い時期だからね、体に気をつけて」
「ではまたな、クロエ。束さんもまた!」
「うん、待たねー!」
「では、またお会いしましょう」
「父様」
「ラウラ」
「ちゃんと、分かってる。分かってはいるが確認させてほしい……」
「……そういう意味はないんだな?」
「……うん」
「そうか。少し、安心した」
「僕は君の先生だ。それは変わらないよ」
「フフッ、大丈夫だ。ちゃんと分かってる」
(少しだけ、心が燻っている)
(愛の告白ならよかった、と言ったら)
(……薬指にくれたのだろうか)
「その時は、ちゃんとした物を送るよ」
「……っ!」
「いつか贈る相手が現れたらね。……さぁ、もうじき夜だし家に入るよ」
「……分かった。今行くぞ、父様」
なぁ、父様。
なんだいラウラ。
大人になったら父様と結婚する。だからそれまで誰のとこにも行っちゃやだぞ
はいはい、期待せず待ってるよ。
むふふ、約束したからな。絶対だぞっ!
はいはい。早く入らないと風邪をひくよ。
(この子もいつか、いい人を連れてくるんだろうなぁ……)
(いつか束さんのようになって父様と……!)
「男は火、女は麻くず」
「魚心あれば水心」