「いらっしゃーい! ようこそ束さんの移動式ラボへ! 歓迎するよ、魔法使い諸君!」
今僕らがいるのは束が開発した研究所。
僕の家の座標を近くに寄せている為、今は僕の家もほど近い場所にある。
「今日はお招きありがとう、お邪魔するよ。ほらラウラ、ご挨拶を」
「は、はい!」
ラウラは僕の背中に隠れている。どうやらガチガチに緊張しているようだ。
「は、初めまして篠ノ之博士。ラウラ・クローリスです。この度はお招きいただきありがとうございます」
「初めましてウーちゃん♪ 篠ノ之束だよー♪ 今日はよく来てくれたね! 束さん感激だよぉ!」
対する束は元気溌剌としている。
今日という日を待ち望んでいたかのようだ。いや、実際強く待ち望んでいたはず。
ひとしきり挨拶を済ませると、表情を真面目なものにし、ラウラに目線を合わせる。
「話はアランから聞いてるよ。ごめんね、私のせいでとても苦しい思いをさせちゃった」
束は深く、深く頭を下げる。自分が出会った子供達、そして亡くなった子供達皆にこうしてだろうか。そう思うと少し、心に悲しみのような慈しみが沸き上がる。この子は本当に、人を見るようになったと思う。
「君には私に求める権利がある。君が望むなら私はあらゆる求めに応える。君は───」
「いいえ、いいえ博士。それは違う」
小さく首を振り、微かに微笑みを湛えて告げる。
「あの時、貴女を憎まなかったと言えば嘘になる」
「目に映る全てが憎いと思ったこともあったしな」
「……けれど、今は違う」
「だって貴方のお陰で、父様に会えましたから」
「全てをあなたのせいだというには少し、幸せになりすぎました」
ラウラは、僕が思っているよりずっと強い子だ。
……幸せになりすぎただなんて、嬉しいことを言ってくれる。
「……アハハ、そっか。許してくれるんだね」
「はい。それに、私と博士が仲良しじゃなかったら、きっと父様が困ってしまうからな!」
それは困る、とても困る! とラウラは腕を組んで悩むフリをする。……どこでこんな仕草を覚えたのやら。
束は目じりに涙を浮かべ、どこか嬉しそうに笑う。
「……全ての罪を背負うのは傲慢、だっけ。その通りなのかもね」
「ありがとう、ラウラ・クローリス。元軍人って聞いてたかね、君には利き腕へし折られるくらいは覚悟していたから、なんだか変な気分だよ」
「むっ、父様のご友人にそんな失礼なことはしません! それに父様がご友人になったというんですから、博士はきっととってもいい人です!」
頬を膨らませて心外だ! と言わんばかりの猛抗議、という名の褒め殺し。これには束の頬も緩む。
「ウーちゃんはとってもいい子だね。うん、私のことは呼び捨て……は気まずいだろうし、束さんでいいよ!」
「分かりました。よろしくおねがいします、束さん!」
「んじゃあ水臭い話はここまでにしよっか! さぁさぁクーちゃんも心待ちにしてるからね!」
「分かりました! 行こう、父様!」
「うん、今行くよ」
束に促されリビング(研究所なのにリビングも変だと思うがそう表現する他ない)へと向かう。
「……いや待てよ、私は束さんがいたから生まれた。そして父様は父様。つまり実質両親……!」
「ラウラ、余計なことを言うと君が失敗した調合薬の試飲をしてもらうよ」
「うっ、ごめんなさい。どう見てもあれは美味しくない……」
「分かればよろしい。ところで束、僕が父親だというクロエの誤解は解いたのかい?」
「……てへっ♪」
「……この状況でよぉくもまぁそんな憎たらしい顔が出来たものだ。せっかくだ、君にラウラの試薬の試飲をしてもらおう」
先日ラウラの咳止め薬作りの際にできた珠玉の一品、名付けるなら「喉止薬」。
咳を止めるはずなのになぜか服用してから数時間声が出なくなる副作用が現れてしまった。
喉のどこかで音を遮断する効果が生まれてしまったんだろう。
「魔力を込めすぎてしまいました。しかし安心してほしい、一時的に咳と声が出にくくなるだけで命に別状はありません!」
「ええっ!? いやいや待ってよ私何も悪いことしてないよ!? クーちゃんのは私悪くないよね!?」
「何もしない、は傍観という悪いことだよ。じゃあ行こうか」
「ぬぐぐ、いやこれは魔法薬を飲めるチャンスと捉えるべきっ! それはそれでヨシッ!」
「本当に君っていう人は……いや、科学者ってそういうものか……」
「父様のご友人らしく、一筋縄ではいきませんね!」
「類は友を、とは思いたくないねぇ……」
「いらっしゃいませ、ラウラ様、お父様。お待ちしておりました」
「おっとお茶を用意してくるねー!!」
リビングに入って開幕から、清く美しい一礼と共にとんでもない右ストレートを貰ってしまった。これは正しく不可避の速攻。僕にどうしろというんだ。束は速攻で逃げた。許しはしない。
「違う、違うよクロエ。僕は君の父親ではないよ。僕は────」
「そうだそうだっ! 父様は私の父様だ! ぜったい、ぜーったいにお前にはやらん!!」
ラウラが僕の背中からグルル……と言わんばかりに威嚇している。
取られまいと必死な様子が見てとれる。
味方だと思っていたラウラに背中をナイフで刺されてしまった。
僕には味方がいない、いやそれはいつものことだ。
今に始まったことではない。泣けてくる。
「父様! だ、だめだぞ! 父様は私の父様だ!」
「何を仰いますか! お父様は私にとってもお父様、それに何の問題があるというのですか!」
「大ありだ! お前に父様はやらん! 出直してこい!」
ぐぬぬぬ……と二人はにらみ合っている。
これ僕が収集つけないといけないのかな。
束が何とかしてくれないかな。
「お父様は私の生きる道を切り開いてくれたお方、言うなれば実質的に生みの親です! それにお母様がいるならお父様がいるのは必然! これはもう言い逃れできませんよ!」
「ハッ! それを言うなら私にとって父様は育ての親! 日本では言うらしいではないか、生みの親より育ての親と! ならば父様は間違いなく私の父様だ!」
ラウラ、博識になったね、僕も鼻が高い。
でもそのことわざは使い方が少し違うと思うよ。それは生みの親が健在であるときに使う言葉だ。
あれ? でも僕が育てているわけだし僕はラウラの父親ということになるのか? ということはラウラもいつかは一人立ちするんだろうなぁ。
その時は笑って送ってあげたいものだ。
そうだ、先日貰い受けた松の枝で杖を作るのはどうだろう。
削りはラウラ自身でやってもらい、柄は僕が請け負う。
魔法使いの伝統でもあるしきっと喜ぶだろう。
そうだな、誕生日に合わせるのがいいだろうか。
ラウラの誕生日っていつだろう、ちゃんと聞いておかないと。
……いけない、現実逃避していた。あまりにも自分の置かれている状況が特殊すぎて考えることを放棄してしまっていたらしい。
よく喋るラウラの頭を軽く叩き子猫のような喧嘩を止める。
「こらラウラ、今日は束の家に遊びに来たんじゃないか。喧嘩をしに来たわけではないよ」
「あうっ。っでも父様───」
「言われなくても、君から目を離したりはしないよ。先生として、放っておくには君は危なっかしいにも程がある」
この子の魔力の制御は未だ拙い。
好きにやらせるには当分かかるだろうね
……環境が悪いと言ってしまえばそこまでなんだけど。
「……そうか。えへへ、父様とずっと一緒にいれるのだな。よかった」
「暫くは師離れも出来なさそうだしね。気長にやるとするよ」
僕らの寿命は、人よりずっと長いのだから……
「……むー」
瞳は閉じたまま、片頬を膨らませて「私、怒ってます」と顔で語る幼いクロエ。
今の会話に怒る要素あったかな……?
「クロエ、君には束という師がいるのだから───」
「そんな話はしておりません。私はただお父様に甘えたいだけです」
「……」
バッサリと切られてしまった。どうして? 僕はいつもそうだ。
いつも周りが話を聞いてくれない。僕が何をしたというんだ。
ただ自分にできることを精いっぱいやっただけじゃないか。なのにどうしてぇ……!
「どうぞおかけください。お二人が来るのを心待ちにしておりました」
「うむ、座らせてもらおう」
「……釈然としないけど、ありがとう」
ずっと立ち話もなんだろうと着席を促してくれている。折角だし座って束を待たせてもらおう。
「よいしょ」
「……ラウラ、膝の上ではなく隣に座った方が広いよ」
「やだっ!!」
「……そっか。なら好きにしていいよ」
「ふふーん!」
もうなんだかどうでもよくなってきた。
しかし頭の場所がいい。つい手を置いて撫でまわしてしまう。
ラウラの後頭部しか見えないがきっと、どうだ羨ましいか! と顔が語っているのだろう。
クロエのむっすりとした顔は治らない。
「むむむ……お父様、お隣を失礼します!」
そうクロエが言い放つや否やそっと隣に腰かける。なんで?
「お待たせーっ! お茶が入ったよん♪」
少し間をおいて両手にティーポットとお茶請けを乗せて束が戻ってくる。ニヤニヤした顔は今の今まで僕らを見ていたと言っているようなものだ。
「ありがとうございます、束さん」
「お母様、ありがとうございます」
「……ありがとう」
「どーいたしましてっ! いやぁいいもの見れた! クーちゃんもウーちゃんも可愛いっ! ねぇウーちゃんうちの子にならない?」
「お気持ちだけありがたく。私がいないと父様が寂しがってしまうから。なっ、父様!」
「ラウラ、やめて。そういうの言わなくていいから」
「へぇ~~~?? アランが寂しがるねぇ~~~~??」
「お父様、寂しいのですか? クロエもここにいますよ?」
ラウラには完全に見透かされているし束にもそれが知られてしまった。何とも言えない気恥ずかしい気分だよ。なんで僕は友人の家に来てまで、いい歳した大人が恥じらう姿を見せなくてはいけないんだ。
「束! 僕の話はいいだろう! 本題に入ってくれないかなぁ!?」
「……プッ! 膝にウーちゃん乗っけて、右手にクーちゃんがいたら怒っても迫力ないない! あーおっかしい! アハハハハハッ!」
「束、君という奴は……っ!」
いっそ少し痛い目見てもらうべきか……!?
「父様って見た目はお若いし、肌も凄いんだぞ。この間なんかな……!」
「ま、まぁ! なんと! やはりお父様は魔法使いなのですね……!」
「う、うむ。それだけではないぞ! 実はな……」
「な、なんと破廉恥な……! も、もう少し詳しく……!」
もう嫌だ……帰りたい……
「おっとアランの目が濁ってきたね、この辺にしとこうか。はい二人とも! お喋りはそこまでっ!」
「「はーい!」」
「いい返事っ。……さて、実は今日来てもらったのはある報告も兼ねていてね」
束の表情が引き締まる。そんなまじめな顔で話をするくらいなら最初からそうして欲しかった。僕の気苦労を返してほしい。
「今日の集まりはラウラと話したいということしか聞いていないけれど……。一体何があったんだい?」
「ごめんって、そんな顔しないでよ~。……まぁ勿論来てもらったのはウーちゃんとお話しするのもあるよ。それとは別に二つ要件があってね」
そう言うと指を一つずつ曲げて説明しだす。どうにもその表情は煮え切らない顔だ。なんというか、面倒くさそうというか、踏ん切りがつかなさそうな顔というか……
「一つ目は箒ちゃん誘拐の件についての報告。んでもう一つの方がちょーっとね……。多分、アランが対処した方がいいと思うんだよねー」
「僕が? ……どういうことだい?」
「場所はスウェーデン、森の墓地。世界遺産でもあるあの場所で、あるモノの目撃証言があったんだよ」
「
「血は水より濃い」