「樹が生えた女性、ですか?」
「そうだよ。何か心当たりはない?」
「樹が生えた、かぁ。恐らくドリアードの一種だとは思うんだけど、情報が少ないな……」
うぅん、何かが引っかかるな。
黒いドレス、女性、森。森で見かけたのならドリアードの類だとは思うんだけど……
しかしいくら世界遺産だとしても、この世界で形を保った精霊がいるなんてあり得るのか……?
「心当たりがあるんだね?」
「ああ、うん。スウェーデンで見かけたというなら多分だけど、スクーグスローだと思うけど」
「スクーグスロー? 聞いたことないなぁ、何それ?」
「スウェーデンやノルウェーの民間伝承に伝わる森の精霊だよ。狩人の銃への祝福、焚火を守る精霊で、その代償に男性に愛を求める。特徴は背中の洞、だったはず……?」
多分、きっとそう。何分向こうでも知名度が低すぎて僕もうろ覚えなんだよなぁ……。
こちらではそもそも存在すら知られていないのではないだろうか。
「しかし解せないね。見かけたというなら意志を持つほどに強い力を持っているということ。火の無いところにとは言うけれど、そんな精霊が急に現れるなんて考えにくいな」
「だよね。ただのホラ話って線もあるから言うか凄く迷ったんだよ。でもひょっとしたら君の世界から来たって言う可能性もあるじゃん?」
「……そういう期待をして裏切られ続けた二年間だったからね。あまり期待はしないでおくとするよ」
スウェーデン、森の墓地。行ってみる価値はあるかもしれない。
例え何もなかったとしてもちょっとした小旅行と思えばいいだろう。ラウラも連れて行きたいところだ。
「父様、以前教えてくれた知識に「
「……なくはない、けど理由が思いつかない。少なくともこちら側の女王ではないのは確かだし、女王が何の為にこちらに来ているのかが考えがつかない。強いあちら側の存在は何を考えてるか分からないから……」
ここまで言っておいてなんだけれど、来ていないという否定もまたできない。
気まぐれか、あるいは偶然か。僕が触れた盃に触れてこちらに、という可能性も無いわけではない。
「束、教えてくれてありがとう。いずれ訪れてみようと思う」
「どういたしまして! さてこっちが束さんにとっての本題なんだけど」
そう言うと資料を……いや待って、分厚い。ちょっとした歴史書みたいな分厚さの紙束を渡されたぞ!?
「とりあえずその資料に沿って説明してくからね! 聞き逃さないように!」
「束さん! そのメガネはなんなのでしょうか!」
「気分っ!」
これは、長引く予感がするぞ……!
「───と、まぁ一通り説明が終わったね。質問は?」
「……これは、なんとも」
「誘拐の主犯は日本政府。それも一部派閥の独断専行による暴走が原因。正式な謝罪と賠償は既に対応済み。今後の不可侵の取り決め。そして……」
「ご友人である織斑千冬様の声明。これにより日本は当面の発言権を失いそうです。これに伴う諸外国からの勧誘等もありましたが、全てお断りさせていただいております」
「箒ちゃんはしばらく通院かな。ほんとは付きっ切りでいてあげたいけど、そうもいかないし……」
「大体わかったよ。当分の問題は去ったとみていいのかな」
「そーだね。……たださぁ、今水面下で企んでる結構大きな集団がいてね? それの対処に追われてるから、落ち着くのは当分先かな~……」
「大変だね、束。とはいえ、僕らからできることもあまりない……。当面の目標としてはラウラの杖を作るついでに「森の墓地」の調査に向かおうかな」
今ある松の木だけでは少し、ラウラとの関りが弱い。関りの深い枝を探すために、一度ドイツを訪れるのも悪くはない。
「おーいいんじゃない? あっ、それならこの間フィンランドに行った時の話でもしよっか! 近いから多分寄るでしょ? ちょっと待っててアルバム持ってくるから!」
「私も行って参ります。お母様だけだとそのまま没頭してしまいかねません。少々お待ちくださいませ……」
ドタバタ部屋を出ていく2人のことを見ていると、どっちが親子か分からないなぁ、なんて思ってしまう。
なんだか、ハトリさんとエインズワース殿を見ているようで、少し……
「と、父様。その、私の聞き間違いか? 私の杖を作ると聞こえたが?」
ん、いけないな。物思いに更けていると注意力が散漫になっていけない。……あっ、ラウラに杖作りのこと伝え忘れてた。
「少し早いかもと思ったんだけどね。でも、ただでさえこの世界は魔法の行使が難しい。ならばせめて、自然との繋がりを持ちやすくする杖を持つのは君の為になると思ったんだ」
「ほんとか? ほんとにほんとか!? やっぱりダメは無しだぞ!?」
膝の上で起用にクルリと回り、僕の太腿に腰かけて僕に向かい合う。いやほんとに器用だね……
「そんなことは言わないよ。ただし! まだ一人前と認めたわけじゃないからね。その点は過信しないように。それとああ、仕方ない、腹を括るか……」
ラウラを僕の弟子とするなら、杖を作ることまで視野に入れるならやっておかなくてはならないことがある。
今まではラウラに選択肢があったからこそしなかったが、この子は
「? 何の話だ父様」
「……ハァ、一度しか言わないからよく聞くように」
『「我々は血を異にして同じく歩み」』
『「古きが若きを育てる」』
『「ゆえに師を父母 弟子を子と呼びならわす」』
「……魔法使いには教える側は親、学ぶ側は子として扱う慣習がある。今まで散々親じゃないと言ったのは、君がこの世界に残るという選択肢があったからでもある」
「だから、僕はこの場で誓おう。僕は君の父として。君を守り、育て、導こう」
「これは僕の、魔法使いである『アラン・クローリス』としての誓いだ。これを破ることは僕の親への裏切りを意味する」
「故に破られる時が来るなら、その時は僕の命をもってその対価とする」
「けれど、僕は人に物を教えられるほど長くを生きてはいない。正直に言うなら、自信がない。だからラウラ、僕は……」
最後の言葉を放つ間もなく、そっと背に手が回される
ラウラは強く、強く僕を離さないように
非力な力で、けれど離すことのないように強く
そっと、抱き寄せる
「私には、親がいない」
「うん」
「父様と言い続ければ、いつか父様が、本当に父様になってくれるんじゃないかって」
「気づけなかった僕の落ち度だ」
「困らせてるって、分かってた。でも父様は父様じゃないって思うのと同じくらい、父様に父様でいてほしかった」
「ごめん、不安にさせてしまったね」
「いい、いいんだ。なんだろうな、この気持ちは。自分でも分からないくらいあったかくて……」
「父様、ありがとう。……フフ、あんなに求めてやまなかったのに、いきなり手に入ってしまって。なのにそれがとても嬉しくて」
「私は幸せ者だ……父様……」
むぅ、なんというかむず痒い。
今の今まで師として認知していなかったと言外に行っているようで罪悪感もあるし、こう、居た堪れない。
それに……
「……束、クロエ。覗き見るならもう少し感情を抑えないと。ニヤついてるのが分かりやすすぎる」
「あっ、やっぱり? 匂いっていうので分かっちゃうか~」
「すみません、止めたんですが……」
ここに来てから束はこういうことばっかりする……
「さっ、旅行の話しよっ! 今日はいっぱいお話ししようね、ウーちゃん!」
「私も楽しみにしていたんですよ、ラウラ」
「はい! 束さん! クロエも! 父様も一緒に見よう!」
「ああ、もちろん。……仲良くなれそうで良かったね、ラウラ」
僕はこの子に恥じない、いい親であれるだろうか。
『……まぁ、父が夫に、母が妻になることも少なくないな。』
……僕は違うからね。絶対に。
「リンゴは木から遠いところへは落ちない」
「蛙の子は蛙」