ラウラと僕は今日の日課である薬の作成を終え、一緒に午後を過ごしている。
先日束から貰い受けた資料を読み、いくつか情報を集めながら日々を過ごして早一か月。
杖作りの為にドイツ、妖精の情報確認の為にスウェーデンに行く計画を立てている最中だ。
「ルクセンブルク周辺は私のいたシュパングダーレム基地が近い。顔は隠せると思うが、万が一目撃されれば少々マズい」
「そっか。それならハーメルンはどう? 僕がいた方では文学的に有名な地域だったし、悪くないと思うんだけど」
今は机の上に地図を置いてラウラと隣合わせに座って相談している。
ラウラが軍から無断で抜けた影響もあり、万が一にもドイツの軍に補足されない、かつある程度の歴史がある街や村、地域を探している。
「確かグリム童話の舞台になっていたな。私も行ってみたい……いや待て、あちらにはヴンストルフ基地がある。私のことが軍内で公布されているかは知らないが、近づきたくはない。それに、確かこの街は地域開発の話が出ていた。この時期は人が多いかもしれない」
「となるとやっぱり、都市部やその周辺地域で杖枝探しは厳しそうかな。……中々決まらないものだね」
今回はラウラの杖作りが目的である以上、できるだけ多くのドイツの地を巡りたい。
しかし、顔が割れていた場合も考えて都市部に近づくのは得策ではない。
ただでさえこの時代にはドイツの歴史的な資料は非常に少ない。それも相まって、僕達は行き先に困っていた。
今回はラウラの為に行くということもあって前向きではあるが、実の所ドイツに行くということ自体、僕にとって気が進むものではない
ドイツはかつてゲルマン民族と呼ばれ、その実態は多くの民族が集まって成り立っていた。
現代の歴史学においても「どこまでを『ドイツ』として定義すればいいのか」という議題が学者の間で上がる程、ドイツの成り立ちという物は曖昧な部分が多い。
しかし9世紀から10世紀の間、王政であったフランク王国はオットー1世のローマ皇帝の戴冠を経て、現在のドイツの原型である「神聖ローマ帝国」として成立する。
この時代から、ドイツは「教会」側の力が非常に強い。教会側は原則として、魔法は神をも畏れぬ異端の力とし、排斥するべきであるという考えを持つのもあり、魔法使いの間では極力近づかないようにするのが常識だ。
……もっとも、時代背景こそおおよそ同じであることは確認しているが、この時代の科学力は僕のいた世界より大きく進歩している。
排斥こそされないだろうけれど、僕達のような異端者には優しくない環境なのは想像に難くない。
「……ごめんなさい、父様。私のせいで行き先が……」
ラウラはさっきまでの真剣な顔をやめ、申し訳なさそうに僕を見ている。
いけない、ドイツと魔法使いの隔意なんかでラウラを放っておくわけにはいかない。
「ラウラのせいなんてことは無いよ。慌てても仕方ないからね、ゆっくり決めるとしよう」
「ん……そうか……」
ラウラの頭に手をやり撫でつける。
眼を細めて気持ちよさそうにするラウラを見ていると、ウルタールで出会った子猫の愛らしさを思い出す。
確かに、ラウラが軍を抜けた影響は小さなものではないのだろう。
実際問題、軍を無断で抜けてからまだ二か月。こうしている今だって、彼らはラウラを探しているかもしれない。
軍を脱走したラウラ、それを補助し誘拐した僕は、弁護の余地もないくらいには悪いことをしている。
しかし、ラウラを産んだのはドイツという国であり、そのラウラが自ら軍を捨て、個人として生きることを選んだとて、誰がそれを責められるというのか。
「大丈夫だよ。時間は有限かもしれないけれど、それがいつまでかなんて誰にも分からないんだ。それに、こういうのは決めている最中が楽しいと言うしね」
「……そういうものか?」
「そういうものさ」
僕は愚かにも、疲弊しきったこの子を誑かし、あまつさえ祖国と考えを異にする異端の力まで教えてしまった。
この子に選択の余地を与えたふりをしながら、その生き方を縛った僕はそれを導く義務がある。
ふと思ったのだが、もし僕がこの子を連れて行かなければどうなっただろうか。
軍に戻れば少なくとも、命と生活という平穏は守られたはずだ。
異端者として、脱走者として追われるようなことはなく。
薄暗闇を恐れながらも、舗装された安全な道を行けただろう。
だがその先には、無力感と屈辱で満ちた、より苦しい道が待っていただろう。
息をすることすら苦しく、ただ歩くことすらままならない程暗い足元が待ち受けていただろう。
「……父様?」
薄ぼんやりと思考だけが進み続ける。
一度考え出してしまえば、自分の中で薄暗い想いが鎌首をもたげる。
(絶対に、この子を軍に引き渡すような真似はしない)
もはや僕自身、この子を傍に置くことで自らを律していると薄々自覚している。
孤独の冷たさを知ってしまった僕は、この佞悪醜穢極まるエゴを捨てられない。
じゃあ、もしも……
この子が軍に戻りたいと言ってしまったら?
この子は既に、境目を超えてしまっている。
だがそれを踏み越えて戻るつもりだったら?
その時僕はどうするのだろう。
(僕は、未だにこの子を信じてあげられていないのか)
(……情けない、な)
こんな考えが未だに脳裏をよぎる自分自身に、呆れと軽蔑を覚える。
ラウラが僕を父として慕っているのに。
弟子として、子として認めるとこの口で宣言したのに。
……僕は未だ、ラウラとこの世界の繋がりを疑ってしまっている。
この世界に根付く命に干渉したという負い目もそうさせているのかもしれない。
「……ダメな、親だなぁ僕は」
独りになりたくない、親でありたい、師でありたい
寂しいのは、冷たいのは、怖いのは嫌だ
そんな仄暗い感情が僕の中で渦巻いて、胸の中に重く溜まっていく……
「父様? どうしたんだ?」
「───! ああ、ごめん。なんでもないよ」
手を置いたまま身動きを取らなくなった僕を不思議に思ったのか、ラウラが手を取って僕の目を見ている。
フッと、自分の中の息苦しさが軽くなるのが分かる。
「そうか? ……父様がそう言うなら、無理には聞かないが」
「大丈夫、少し考え事をしていただけだよ」
いまさら何を悩んでいるというんだ。
たとえどう取り繕ったところで、僕のしたことは犯罪であり、言い逃れはできない。
捨て子を拾い上げ、育てていると言えば聞こえはいいが、所詮は誘拐犯の戯言でしかない。
ならばせめて、このエゴを最後まで貫こう。
「父様、ドイツ軍基地は東部に固まっている。ドイツ南西部のドレスデンやニュルンベルクはどうだろうか」
「どちらも教会が多い地域だなぁ……。とはいえ、仕方ないか。くれぐれも言っておくけど、あちら側に行く時が来たら教会に近づいてはいけないよ?」
「わ、分かってる。とても怖い人達なのだろう?」
「魔法を目の敵にしてる不寛容な人たちがね。特に気をつけなくていけないのが『狼』と呼ばれている人達でね……」
しかし何より、ラウラの杖を作らなくては。
今のままでは自衛もままならない、今のラウラになにより必要な物だ。
ドイツに行くことで何か、ラウラにとっていい変化になるといいな。
「……ん、やっと着いたのか」
電車を乗り継ぎ、ようやく実家まで帰ってくることが出来た。
昨今の技術革新により、電車も随分な進化を遂げたとはいえ、ドイツ東部から西部までは遠い。
長期休暇とはいえ、移動の時間だけで肩が凝ってしまった。
「……こんな調子で大丈夫なのか、私は」
私の預かっている部隊の機能を一時的とはいえ休止させる程に、自身の体調管理が出来ていなかったことにほとほと呆れてしまう。
最近はまともに眠ることが出来ない程、自分を追い込んでしまっていた。
「……なぁ、お前は今どこにいるんだ」
「どうして私は気づいてやれなかったんだ……」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツに拠点を構えていたIS適合移植を行っていた非合法研究所から救い出された境遇を持つ子。
自らを守れるだけの力を求めて軍に来た彼女は哀しくも、軍人としての適性はあまりにも低かった。
体格も、技量も、持ち合わせている知識も……。まだ生まれて間もない彼女には、無いものが多すぎた。
部隊を預かって日も浅い私だが、それでも出来得る限りのことはした。
軍人として戦うための術を、戦地で生き残るための術を、一人の人間として生きるための知識を。
……幼い彼女には、酷な訓練だったことだろう。
しかしある日、共同寝室にほんの僅かな痕跡を残し、ラウラは消えてしまった。
寝ている部下を叩き起こした。ISも出動させた。
子供の足ではそう遠くへはいけないだろうに、駐在していた軍の総力を持って探してもラウラは見つからなかった。
必死に、探した。
けれどラウラは、どこにもいなかった。
「どこへ、行ってしまったんだ……」
最早、何を考えても後の祭りだ。
法規則上ではラウラは行方不明扱いだが、軍内では既に死んだのだろうという意見が多くを占めている。
「……クソッ、狸共め。現場に来ないなら黙っていればいいのに……」
軍内の一部では「ドイツが非合法の研究に関わっていたというのが露見する恐れがある。脱走者なのだから見つけて口を封じるべきだ」等という意見も出ていた。
無論、どんな理由があれど、私の部下を勝手に処分などさせる気はない。
私もラウラも軍にはいられなくなるかもしれないが、少なくとも日常生活が送れるようには取り計らうつもりだ。
それがラウラの苦痛を理解してやることが出来なかった、私に出来る唯一の贖罪だろう。
……それもラウラが見つかればの話だが。
「二週間、か」
連日周辺地域に出撃し、日々やつれていく私に見かねた部隊の皆や上官が気を利かせ、私に休暇を取るように勧めてくれた。
……皆、ラウラのことを諦めていた。
確かにラウラと私達の間には壁があった。
部下は私を「姉」と慕ってくれてはいたが、他の誰よりも家族が必要だったラウラの姉でいてやることだけが、終ぞ出来なかった。
「どうか、どうか生きていてくれと願うのは」
「ラウラ、お前にとっては酷だろうか……」
手鏡に映った、疲れきった女の顔が。
どこか、私を嘲笑っているように見えた
「大切なのは、自分が何をしたいのか知っていること」
温かい感想、お気に入り、評価。本当にありがとうございます。
完結はもう少し先の話にはなりますが、何卒最後までお付き合いいただきますと幸いです。