魔法使いの孤独   作:飛び回る蜂

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12.Home is where the heart is.

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「はいよお二人さん!ケバブ二人分ね!熱いから気をつけなよっ!」

 

「ありがとう!」

 

 

 

 今は八月。ドイツの気候は日本に比べ涼しいとはいえ、この時期の気温は20度を超える。

 そんな中ケバブ屋台をやっているご婦人の商魂の逞しさ、恐れ入る。

 

 

 

「にしても、二人はほんとに親子かい?お兄さん若いねぇ……?」

 

 

 

 じとーっと顔を見られている。

 うぅ、この人の雰囲気はアンジェリカ殿に似ていて、どうにも見られていると落ち着かないな……

 

 

 

「は、はは……よく言われます……」

 

「父様は若くて、しかも凄くかっこいんだぞ。はい、父様の分だ!」

 

「あっ、ありがとう。いただくよ」

 

 

 

 やはり親子という話で通すのは無理があっただろうか?

 しかしこのご時世、兄妹で海外に旅行というのもそれはそれで疑念のタネになる。

 夏場に顔を隠すのも怪しいし、顔を魔法で誤魔化すのも正直、かなり苦手だ。だからこそ、軍の影響が及ばない地域をわざわざ選ぶ必要があった。

 

 さて、手渡されたのはチキン・ドネルケバブ。ピタパンに肉や野菜を入れたトルコ料理だ。

ドイツはトルコからの移民が多く、その影響でドイツでも非常に一般的なファストフードと聞いている。

 

 

 

「ん、野暮ったいこと聞いて悪かったね。さっ、熱いうちに食べな!」

 

「ケバブが名物と噂には聞いてたけど、本当に美味しそうだよ」

 

「熱い!いい匂い!凄く美味しそうだ!」

 

 

 

 手元に視線を落とす。パッと見える具材は鶏肉、紫玉ねぎのスライス、トマト、レタス、キュウリだろうか。

 緑が多く、手に持った熱とは違った印象が食欲をそそる。

 

 一口齧ってみるとシャキシャキとした歯ごたえにジューシーな鶏肉が口の中で程よく混ざる。茹でた野菜と生野菜で食感が違うのも面白い。

 かかっているのはチリソースだろう。辛さと酸味が具材とよくマッチしている。国を代表する軽食として有名なのも納得できるほどに美味しい。

 

 

 

「ありがとね!しかし、娘さんの夏季休暇とはいえ、わざわざこんな辺鄙な場所に来る必要もないだろうに。今の時期、ミュンヘンやベルリンだって賑わってるだろう?」

 

 

 

 僕らが来ているのはドイツ西部、ザクセン州の州都、ドレスデン。

 この街は「陶磁器の街」と呼ばれるマイセンから程近く、エルベ川沿いにある田舎街。

 今でこそライプツィヒに並ぶ工業地域と呼ばれているが、かつては時のザクセン侯がこの地に居城を置き、繁栄した地でもある。

 

 今はそんな場所に観光がてら、杖枝を探しに来ている最中。偶然見かけたケバブの屋台からの香りに誘われ、食事を取りながら雑談に興じている。

 

 

 

「そんなことありませんよ。ドイツに来るのは初めてですが、とてもいい街です。好きですよ」

 

「そうだぞもぐ。この街はもぐ気温だけじゃなくもぐ人も温かい。もぐもぐ良い所だ」

 

「食べながらしゃべるんじゃない。まったく、君のその癖は中々直らないんだから……ほら、口元にソースがついてるよ」

 

「むー!」

 

「アッハッハッハ!まるで兄妹みたいだね!」

 

 

 

 紙ナプキンをラウラの口元に当てて拭いてやる。

 立ち食いの時にテーブルマナーなんて野暮なことを言う気はないけれど、美味しいからと言って口いっぱいにリスのように頬張る癖は中々直してくれない。

 見ている分には可愛らしいものだから和んでしまうが、人前ではあまりよろしくない。

 

 

 

「まっ、そう言ってくれるんなら冥利に尽きるってもんさ。それに、近頃はどうにも客足がねぇ……」

 

 

 

 ハァ、と物憂げにご婦人がため息をつく。

 どうにも景気はあまりよくないようだ。

 

 

 

「? お客さんがあまり来ないのか?この辺りは観光の場も多いし、観光客が少ないという風には見えないが……?」

 

「目減りしたって程じゃないんだけどねぇ。でもさ、最近の若い子はかっこいいお城とか、綺麗な教会とかにあんまり興味ないだろ?このご時世お祈りをしに来る人も減ったし、活気は少なくなったねぇ……」

 

「そうなのか……。こんなにいい街なのにな、勿体ない」

 

「あんたらみたいに風景や街並みを観光するってのはすっかり珍しいのさ。うちの下の娘も最近じゃ、日本に行きたいって言いだして聞かないしさぁ……」

 

 

 

 眉根を寄せて愚痴気味に零す。その仕草はどことなくアンジェリカ殿を思わせる。

 しかし日本、日本か。成程、納得できる話だ。

 

 

 

「IS、ですか」

 

「そうなんだよ!最近、適性検査?だったかねぇ、あれでBとかだったらしくてさ。国からの援助も出るからって押しが強いのさ。最近はIS乗りやってるご近所さんから色々話聞いてるみたいだしねぇ……」

 

「……」

 

 

 

 ご婦人はやれやれ、と肩を竦ませる。

 昨今ISが台頭して以来、娘を持つ親御さんはどこも苦労しているようだ。

 

 

 

「最近ほら、女の立場ってのが強くなりがちだろ?保護者ボランティアの間でも話題さ。あたしがISに乗れるわけでなし、勝手にやっとくれって話さ。でも、娘もいつかああなっちまうんじゃないかと思うとねぇ……。今時の子の話題の種だってのは分かるんだけどさァ……」

 

「心中、お察しします。苦労されているんですね」

 

「……お、お姉さん。聞いてもいいだろうか?」

 

 

 

 ラウラがおずおずと切り出す。

 しまった、ラウラの前であまりISの話をするべきじゃなかっただろうか。

 

 

 

「あらやぁだ、お姉さんだなんて!おばさんでいいわよ!なにかしら?」

 

「……その、娘さんはISに乗りたがっているのか?ドイツだとIS操縦者の就職先は、主に研究・開発、それか……軍人が多いと聞く。そういう所で仕事をしたがっているのか?」

 

 

 

 それはラウラにとって、とても勇気がいる質問だったことだろう。

 ラウラは聞くのも申し訳なさそうに、少し、ほんの少し泣きそうな顔で言葉を投げかけていた。

 

 

 

「お嬢ちゃん、小さいのに良く知ってるわねぇ。……なーんにも考えてないだろうね。でもそれくらい、若い子にとって意味も無く目指したくなるくらいに、ISってのは魅力的なんだろうさ」

 

 

 

 歳喰ったおばちゃんには分かんないけどね!と苦笑い交じりに零す。

 この人はあまり、今の世俗の流れが好きではないようだ。

 僕としては人間的に好ましくはあるがこのご時世、生きづらい事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした。そろそろ行こうか、ラウラ。」

 

「……うむ、そうだな。お姉さんもまたな!」

 

「はいよ!またおいで!」

 

 

 

 他愛ない雑談をしつつもケバブを食べ終え、屋台の御夫人に別れを告げる。

 本当に美味しかった。ピタパンは市販の物を買うとして、自宅で再現できるだろうか……?

 

 

 

「父様。ドイツはいい国だろう?」

 

「そうだね。実際に来るのは初めてだったけど、思っていたよりずっと空気が柔らかい。魔法使いとしてはこの際抜きにして、とても住みやすそうだ」

 

 

 

 そうだろう、とラウラは誇らしげに微笑む。

 

 

 

「生まれ故郷、と言うと少し違うが、少なくとも育った国ではある。だが、この機会を逃せば来ることも無くなるだろうし、満喫して損は無いと思うぞ」

 

「……寂しい?」

 

 

 

 そう問いかけるとラウラは、困ったように笑って。

 

 

 

「……どうなんだろうな。今は恩も、恨みも、一緒くたになっていて」

 

「ただ、そうだな……」

 

 

 

 

 

 

 

「少なくとも、父様に拾われてよかった、と思えているのだから、そういうことなんだろうさ……」

 

「……そっか」

 

 

 

 二人であてどもなく街を歩きながら、目についたものを口に出す。

 

 

 

「あれが聖母教会……思っていたよりずっと綺麗だね」

 

「今の聖母教会は数年前に再建されたものらしい。私も来るのは初めてだ」

 

「へぇ……良く知っているね」

 

「軍の中にも敬虔な人間はいたからな。信徒ではないが、かつて所属していた部隊の隊長も、故郷の教会が修復されたと喜んでいた、と小耳に挟んだことがある」

 

「大教会の修復ともあれば小事ではないだろうし、故郷なら尚更だろうね。さて、この辺りは地図上だと……アン・デア・フラウェンキルヒか。駅からはあんまり離れていないようだね」

 

「と、父様。ちょっと、その、急で済まないが寄り道をしてもいいか……?お、お店の施設を借りたいのだが……」

 

「え、寄り道?……あ、ああ。分かった。行っておいで。僕はそこのベンチで待ってるから」

 

「すまない!すぐ戻るぞ!」

 

 

 

 言うや否や、ラウラはすぐに近くのお店に駆け込んでいった。

 ず、随分デリカシーに欠けた発言をしてしまう所だった。人前でお手洗いに行きたいとは言えないだろうことを察するべきだった。

 

 そんなことを反省しながらベンチに向かって歩いていたからだろうか、向かいから歩いてくる人に気づかず、ドンと肩をぶつけてしまった。

 

 

 

「おっと……すみません、お怪我はありませんか?」

 

「いや、大丈夫だ。こちらこそ」

 

 

 

僕よりほんの少し背が低い、濃く青い髪。

半袖のシャツにデニムのパンツ、そして何より、眼を覆う眼帯が印象的な女性だ。

雰囲気としてはどこか生真面目そうな、日常生活でもあまり気を抜かなさそうな印象を受ける。

 

しかし、その顔は酷くやつれている。

 眠れていないのだろうか。顔には疲労が残っているし、眼帯の無い、見えている方の目元も隈がくっきりと残っている。

 

 

 

「随分若いが見た所、旅行者か?ドレスデンへ来てくれて嬉しいよ……」

 

「だ、大丈夫ですか?失礼ですが、体調が良くないようにお見受けしますが……眠れてないんですか?」

 

「ん、ああ、最近あまりな……。どうにも、夢見が悪くて困ってるんだ……ハハハ……」

 

 

 

 僕のことすらはっきりと見えているか分からない程、彼女の目の焦点がブレているように見える。

 何かにとりつかれている、という訳ではなさそうだし、心的な物だろうと推測できる。

 

 

 

「良かったら少し休んでいかれてはどうです?僕は今、娘を待っているところでして。それまで付き合うと思って……」

 

「ナンパか?……いや冗談だ、そんな顔をするな。そうだな、付き合おう」

 

 

 

 思わず顔に出てしまったが、構わずに二人ベンチに座る。

 ラウラが戻ってくるまでの間だけど、少しでも彼女の休息になればいいな……

 

 

 

 

 

 

 

「改めて……私はクラリッサ。クラリッサ・ハルフォーフだ。ドレスデンへようこそ」

 

 

 

.

 




「家は心の帰る場所」

「故郷は 遠きにありて 思うもの」
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