魔法使いの孤独   作:飛び回る蜂

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断片3 Today we must do something very special, for it will be a glorious day.

 

「……ん……朝か……」

 

 

 

 窓から漏れる日光に目をやりながら起き上がる。

 一緒に寝た筈の父様がベッドにいない。もう起きているようだ。

 

 

 

「起きないと……ふわぁ……」

 

 

 

 大あくびをしながらリビングへと歩みを向ける。

 最近はいつも、次こそは早起きして父様の手伝いをと思うのだが……

 

 父様の懐にいると温かくって安心してしまい、ついつい眠りが深くなってしまう。

 まだまだ子供なのだから、ゆっくり寝ていいと父様は言うのだが。しかしそれでは私の気が済まない。

 

 

 

「早起きは難しいな……」

 

 

 

 どうにかして父様を驚かせてみたいのだが……なんて、ふらつきながら考えている間にリビングの戸の前に着く。

 

 

 

「おはよぉ父様……」

 

「おはよう、ラウラ」

 

 

 

 リビングに入ると、パンを焼いているいい匂い……と、父様が出迎えてくれる。

 父様はパジャマから着替え、白いカッターシャツと黒いスラックスを着ている。

 普段はその上から藍色のローブを纏っているから少し新鮮だ。

 

 

 

「用意しておくから、顔を洗っておいで」

 

「はーい……」

 

「ちゃんと目を覚ましてくるんだよ? ごはん食べたら髪を整えてあげるから」

 

 

 

 寝起きも相まってこの空間は、あまりに心地いい。

 しかしいつまでもそうしてはいられない。洗面所で顔を洗ってこなくては……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いただきます」」

 

 

 

 今日の朝食は焼き立てのフレンチトースト、蕪やキャベツ、ベーコンに人参の入った具だくさんのコンソメスープ。

 

 フレンチトーストは粉砂糖と蜂蜜がかかっていてとっても甘い。朝からこんなに美味しいものが食べられるのはこの上ない幸せ……! 

 

 スープの方は、最近父様がよく行くアイルランドの農家の老夫婦から頂いたキャベツを使っている。とても瑞々しい。

 

 アイルランドではキャベツをサラダに使うことが多いらしい。父様が前に作ってくれた「コルカノン」というのもその一つだったと思われる。

 

 

 

「ほぉさま、ひょうのよへいは……!」

 

「ふふっ、リスみたいに口いっぱい頬張って話すものじゃないよ。落ち着いて、飲み込んでから話して」

 

 

 

 むっ、私としたことが。これではまるで子供ではないか! 

 

 

 

「……んっ、今日の予定は何だったろうか」

 

「今日はフランスのオーヴェルニュまで行くよ。懇意にしてくれている老夫婦がいるからね」

 

「分かった!」

 

 

 

 オーヴェルニュはフランスの中央地域。他の地域に比べれば未開発な土地が多く、信心深い人々が住んでいる。

 

 指先一つ、果ては思考一つで最新鋭の機器を操るこのご時世に……というと失礼だろうか。

 

 ……いや、父様なら笑って肯定するだろうな。

 そもそも私は魔法使いとして、そういった方々とこそ寄り添って生きていくと決めた身。口にするのもおかしな話か。

 

 

 

「こらラウラ。ニンジンだけ除けるんじゃない」

 

「……分かった」

 

 

 

 ……スープのニンジンは柔らかいけど、やっぱり苦手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は朝食を終えて身支度を整え、フランスのオーヴェルニュへと足を運び、薬を売る。

 一見すると本当に、ただの怪しいセールスや宗教の類に思われかねないこの行商。

 父様がどれほど苦労したか、今なら分かる。

 

 

 

「───服用は朝と夜に一度ずつね。ええ、分かりました」

 

「うん、間違いないです。お大事に」

 

「体は大切にするんだぞ!」

 

 

 

 

 穏やかな町、穏やかな暮らし。

 この町は科学による時代の変遷から取り残され、しかし喧騒からも遠く離れたこの場所は、美しい。

 

 

 

「ありがとうねお嬢ちゃん。……それにしてもクローリスちゃん、この子は本当にいい子ね」

 

 

 

 お婆ちゃんがしわくちゃな手で優しく、私の頭を撫でる。

 例えるなら、歳と共に優しさと慈しみを重ねた、素敵な手だった、と思う。

 

 

 

「クローリスちゃんはね、穏やかで虫も殺せないような顔して突っ走っちゃうことがあるから。支えてあげてね?」

 

「む、虫も殺せない……?」

 

「ああ、わかった」

 

 

 

 父様は優しいけど、少し自分以外の誰かに比重を置きすぎている気がする。

 その性格のお陰で今の私も、篠ノ之博士との関係性もあることは分かってる。

 でも、時折ほんの少しだが、弟子として、娘として凄く心配になる。

 

 

 

「もうラウラには、助けられっぱなしなんだけどなぁ……」

 

「それは見たら分かるわよ! 初めて会ったときに比べたらあなた、凄く柔らかい目をしてるもの!」

 

「……そんなに?」

 

「ええ、そんなに!」

 

 

 

 そうかなぁ、と父様は自分の目の周りをムニムニと揉んでいる。

 ……ちょっとだけ、その時の父様も見てみたかった気はする。

 

 

 

「それはそうと、お薬ありがとうね。クローリスちゃんのお陰で、私も旦那もだいぶ良くなったのよ」

 

「何度も言ってるけど、薬を当てにしすぎないように、ですよ?」

 

「もちろん分かってるわ。少しずつ体の調子も良くなってきたし、この調子なら息子夫婦にだって負けないわね!」

 

 

 

 そろそろ70に届きそうなお婆ちゃんとは思えない程溌剌としている。

 話していてとても楽しい方だ。

 

 

 

「さて、僕らはそろそろお暇するよ」

 

「うむ。お婆ちゃん、元気でな」

 

「お茶でもと思ったけど、あんまり時間取らせちゃ悪いわね。そうだわ、よかったらこれ持ってってちょうだい」

 

「わっ、ブドウ! 父様、ブドウだ!」

 

 

 

 ワイン用のブドウだろうか、実が張っていてとても重い。

 確かオーヴェルニュ地方はワインの名産地。

 この辺りもご多分に漏れずブドウ農家が多く、お婆ちゃんの家もそうなのだろうか。

 

 

 

「今年も良くできたから、2人で食べてね」

 

「ありがとう。帰った後の楽しみが出来たよ」

 

「ありがとう! 楽しみだ……!」

 

「ええ、楽しみにしていてちょうだい! じゃあね!」

 

 

 

 そのままお婆ちゃんと別れる。

 どこか名残惜しくて、時折振り返っててを振る。

 お婆ちゃんは「洗ってから食べるのよー!」と言いながら手を振ってくれている。

 

 

 

「この町はね、僕がこの世界に来てから間もなく訪れた町なんだ。いい街だったろう?」

 

「うむ。……正直、私達のような存在が受け入れられる地域がまだあるというのにも驚いてしまった」

 

 

 

 そう言うと父様は、少しだけ悲しそうな顔をする。

 心が締め付けられる。誓って悲しませるつもりではなかったんだ。

 

 

 

「す、すまない。嫌な思いをさせてしまった……」

 

「いや、無理もない。この町を含め、信心深い地域は本当に少ない。今もこうして生活できているのは幸運という他ないんだ」

 

 

 

 生きていることに、感謝しないとね。父様はそう言ってまた歩き出す。

 確かに私達のような、世界から見れば異端も異端のような存在が、少ないとはいえ大手を振って歩ける町があるのは幸運と呼べるだろう。

 

 

 

「なぁ、父様のいた所はもう少し、生きやすいのだろうか」

 

「……どうかな。文明レベルに違いがあるだけで、そう変わらないと思う。……でも、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

「向こうの方が少しだけ、息はしやすい、かな」

 

「……そういうものか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行商を終えて帰宅し、昼食を取った後は作業場へと移り、私の訓練が始まる。

 今日の作業は薬剤の調合。もちろん薬剤法に引っかかるような物は入っていない。

 

 

 

「そう、その調子。魔力量は変えず、そのまま維持して」

 

「うっ、うぅ……!」

 

 

 

 今作っているのはセイヨウイラクサを用いた魔除けのサシェ。

 道具の作成に携わってみて分かったことがある。

 この手の作業には相性、いや、適正という物がある。

 父様の適性は薬、鎮痛剤のような薬に適性がある。これは父様が使用する魔法に由来する。

 

 

 

「……ん、少し流れが悪いね。教えたイメージは覚えてる?」

 

「川に水が流れるように、体を魔力という水が巡るように……」

 

「その通り。流れる魔力は自身の指先だと思って。さぁもう一度」

 

 

 

 父様の使う魔法は惑わしと幻。その特性から鎮痛や抗鬱剤のような薬にとても適性がある、と聞いた。

 

 では私には何が出来るのか。

 

 父様に促され、再度魔力を循環させる。

 

 

 

「さんざめけ草の踊り子 舞い踊れ茨の棘」

 

「その身を燃やし 己を()()に 不浄を穿て」

 

 

 

 心臓から全身を巡り、やがて手の平に。

 温かなものが身体を流れ、それを一点に留め、纏わせる。

 

 

 

「……よし、今度のは上出来」

 

「やっ……たぁ……」

 

 

 

 乾燥したセイヨウイラクサを入れた袋からはそれなりの魔力を感じとる。

 それと同時に、全身を強い脱力感が襲う。

 魔力を使いすぎた反動だろう、空腹感も大きい。

 

 まだまだ自覚は薄いが、私はこの手の「魔除け」や「祓い」のような、守護が得意のようだ。……皮肉なことにな。

 

 

 生きるために、自分を守れるだけの力が欲しくて。

 いつしか力が欲しくて生きているようになって。

 それらを捨てた先で得たものが、他人を守る術だなんて。

 

 

 

「ラウラ、君は凄いよ。才能がある。向こうの魔法使いにだって引けを取らない」

 

「……そん、なにか?」

 

 

 

 父様が褒めてくれるのを、机の上に突っ伏しながら聞く。

 飛び上がりたい程嬉しいが、疲労感で体が動こうとしてくれない

 この虚脱感には、いつになっても慣れそうもないな……

 

 

 

「そうとも。魔法を教え始めた頃から言っているように、魔力を自分で作るのは効率的じゃない。何故なら───」

 

「そこにあるのを、持ってくる方が、楽だから」

 

「その通り。……まぁ、他の魔法使いの受け売りなんだけど」

 

 

 

 少し気まずそうな顔で目線を宙に逸らす。

 

 

 

「……でも、この世界では周りから魔力を借りることが出来ない。君は君自身の、内側にある魔力だけで魔法を行使してる。それは決して簡単な事じゃない」

 

 

 

 誇って、僕の弟子。

 

 

 

 

 

「……ふへー」

 

 

 

 そう考えると、この疲労感も、達成感に変わって。

 

 悪くない。悪くないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───こういった時代の背景もあり、向こう側でも魔法使いと言うのは希少な存在だ。だからこそ、僕らみたいなのは旧いいきものの目を引く。そしてそういう連中は何をするにも厄介が付きまとう。妖精の王しかり、女王しかり、灰ノ目しかり……」

 

 

 

 脱力感がある程度抜け、動けるようになったら座学の時間。

 今は主に、向こう側の世界の常識、ルール、マナーを学んでいる。

 

 

 

「とはいえ、魔法使いや魔術師も例外じゃないけどね。ここまでで質問はある?」

 

 

 

 歴史的な背景はこちらとそう変わらないとするなら……特異点があるとするなら、篠ノ之博士か。

 ISの発足をAIの進化と捉えるならば、シンギュラリティと言い換えてもいいだろうか。

 

 

 

「価値観や世界観にそれほど大きな差異が無いことは分かった。……少し、個人的な質問も絡むのだが、いいだろうか?」

 

「いいよ」

 

「ありがとう。……父様もそういった、人じゃない者に目をつけられてきたのか?」

 

「うーん、僕が魔法使いとして生まれて来たって言うのもあるけど、その辺りはどうも、僕の家系にも関わるらしいんだ。でも僕自身がその辺に詳しくないからなぁ……」

 

 

 

 父様はあまり両親について語らない。

 曰く、語れるほどの交流があまり無く、多少自立出来るようになったら放任していたようだ。

 そこを自由と捉えるか、無責任と捉えるかは人に寄るだろうが、父様は前者と受け取ったらしい。

 

 

 

「時期が悪かったっていうのもあるけどね。……で、僕が生まれてから40年くらいして、また魔法使い、それも夜の愛し仔(スレイ・ベガ)が生まれたんだ」

 

夜の愛し仔(スレイ・ベガ)……ハトリ・チセ、だったか」

 

 

 

 座学で知識だけはある。いうなれば、女王バチのような存在だと。

 自然の寵愛を一身に受ける、しかし酷く短命であることも。

 

 

 

「竜の谷の管理者、リンデル曰く、ここ数百年魔法使いはほとんど生まれてこなかった。しかし、数十年という彼らにとって非常に短い期間での魔法使いの誕生は、興味を大きく引いた。……これで僕らが戻れば、君は三人目だ。否が応でも、君は関わらざるを得ないだろう」

 

 

 

 今からでも頭が痛いのだろう。父様は額に手を当て、どうしたものかと嘆いている。

 

 

 

「出来得る限りの自衛手段は、苦手だけど教えるつもりでいる。けれど、くれぐれも油断しないように。向こうには長く生きた他の魔法使いですらどうにもならない、怖い生き物はいっぱいいるんだからね」

 

「わ、分かった」

 

「さぁ、続きを始めよう。次は注意すべき魔法使い、魔術師について───」

 

 

 

 争いが嫌いな父様には、私に教えるのがまず戦いの手法というのは複雑な胸中だろう。

 

 

 

 でも、私は少しだけ誇らしい。

 

 父様は私を戦うことが出来る、一人の「人間」として見てくれている。

 

 人並というものに憧れた私には、それだけで十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、魔法に関する座学や実技を終えて時刻は夜。

 既に夕食も風呂も済ませて眠るだけ。

 

 

 

「……じゃあ、その竜の谷にはエルフが住むのか? おとぎ話の?」

 

 

 

 そして今は横になりつつ、父様の昔話を聞いている。

 寝物語と侮るなかれ、私は向こう側のことを何も知らない。

 そう、これは私が生きる上で必要な知識を、寝る間も惜しんで収集しているのだ! 

 

 

 

「ああいるとも。普段はあまり姿を見せないが、リンデル殿の歌声がすると誘われて出てくるのさ」

 

 

 

 ……まぁ、夜な夜な私が話をせがんでいるというのは否定しない。

 父様の話はとても楽しい。

 私の知らない人、知らない生き物、知らない物。

 

 いつか知ることになる、世界のこと。

 それらを、まるで目に浮かぶ程に分かりやすく、丁寧に教えてくれる。

 

 

 

「エルフ、エルフか……。やはり、悪戯好きなのだろうか」

 

「ドイツに伝わるエルフは悪いイメージが多いと聞いたことがある。病気を撒いたり、家畜を襲ったり……。北欧神話のエルフとは少しイメージが違うね」

 

 

 

 同じ名称でも地域によってその在り方が違うのは、民間伝承や神話の話ではよくあることらしい。

 それでも共通点のようなものがあるのは、場所が違えど人々が考えることは似通っていると思えて、どこか親しみを覚える。

 

 

 

「さぁ、今日のお話はここまで。寝ようか」

 

「ま、待って。まだ管理者のお話が───」

 

「だめ。君はまだ幼いんだから、いっぱい寝ておかないと。それに今日は魔法を使ったろう? 魔力は寝ている間にも作られるんだから、尚更休まないと」

 

 

 

 うぅ、確かに私は今非常に眠い……

 

 魔力という物はどうにも、体力のそれに近いように思える。

 使えば無くなり、食事や睡眠によって使う量も使える量も増えていくのだから、あながち間違った認識でもない……はず。

 

 

 

「……分かった。その代わり明日は続きを聞かせて欲しい」

 

「もちろん、いいとも。リンデル殿の話をたくさん聞かせてあげよう」

 

「その次は魔法機構の人の話だ。それが終わったら夜の愛し仔の話を。それから……」

 

 

 

 聞きたい話がいっぱいある。

 父様がどこで、誰と、どんな出会いをしてきたのか。

 なんで旅をしているかも聞きたい。

 きっと、きっと想像でしか知らない私の知識よりも、ずっとずっといろんなことがあったに違いない。

 

 

 

「いいよ。いっぱい話をしようか。きっとまだまだ時間はあるからね」

 

「うむ……そうしたら、次は……」

 

 

 

 瞼が重くなっていくのが分かる。

 きっとかつての私なら、この感覚を「冷たい」と表現しただろう。

 

 

 

 今は眠るのが、朝日を迎えるのが楽しみだ。

 温かくて、穏やかなこの場所が何よりも愛おしい。

 

 

 

「おやすみ。明日も頑張ろうね」

 

「うん……おやすみ……」

 

 

 

 そうして、私の充実した日々は終わる。

 

 明日はもっと、未知に溢れた素晴らしい一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 生きるのが、楽しい。

 

 生きていて、学んでいて、私は満たされている。

 

 

 

「ワクワクする、な……」

 

 

 

 そう、感じずにはいられない。

 




「今日は僕達は、とびっきり素敵なことをしなくちゃ!だって、素晴らしい天気になりそうなんだもの!」
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