魔法使いの孤独   作:飛び回る蜂

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2 A man's walking is a succession of falls.

 コポコポと真鍮のやかんから音が湧く。

 カチカチと時計が時間を奏でる。

 サラサラと恵風が僕の耳朶を打つ。

 夜になればパチパチ、と暖炉が熱を煽るだろう。

 

 この家が奏でる全ての音が、全ての物が。

 僕を優しく包むように音を奏でる。

 

 

「うん、やはり家は落ち着くな……」

 

 

 僕がこの地で活動するにあたり改めて作り上げた、今の僕にできる最高の拠点。

 竜の谷の管理者として名高いリンデル殿。そしてその先生と噂される魔法使い、海の魔物ことラハブ殿が住まうとされる潮騒の家。

 それをリスペクトして作り上げた渾身の出来だ。

 

 とは言ってもなんのことはない。エインズワース邸、その規模を小さくして独り暮らしにした程度の代物だ。

 裏表紙まで読み込んでいたからか、大まかには覚えている。

 後は二階を無くしてちょっと改装しただけ。

 

 この家は時の流れがほんの少し緩やかになる。

 ラハブ殿の様に時間の流れを感じさせないほど高等な技術ではない。おそらくは「人ならざる者」となっているからこそできる芸当なのだろう。

 所詮は妖精の悪戯程度の効果しかない物だ。

 

 僕達魔法使いは確かに時代遅れではあるが決して文明から取り残されているという訳ではない。

 最新の機種こそないが、必要な家具(冷蔵庫、オーブンレンジ、洗濯機等)はしっかりと揃えている。

 これら無くして現代の生活はできないだろう。もちろん作業用の工房もある。

 

 さしもの僕達も生活の基盤全てを魔法に頼るわけにもいかない。

 そんなことをすればいくら魔力があっても足りない。

 かと言って中世ヨーロッパ、ドイツのような生活をすることが健全かと言えばそれも違う。それはただの不便だ。

 

 使えるものは使う。その上で僕達は先人達の教えや考えは大事に現代を生きる。僕達はただ、過去より連綿と続く「魔法という技術」を受け継いだ人間なんだね。

 

 

 

 兎に角、嗚呼僕は今家に帰っている。我が家で飲むイギリスで仕入れた素晴らしき紅茶は、いつも暖かく僕を迎えてくれる。

 

 家とは魔法使いに限らず絶対の物。

 冗談ではなく、魔術師にとっては工房である事も珍しくない為無断で家に入ろうとするならとんでもないしっぺ返しを食らうこともある。

 

 恐ろしい兎に追われたまま這う這うの体で、一月近くかかったけどカーロウ州までたどり着いたんだ。

 ダブリンを経由するのはあのお嬢さんを相手取るにはあまりにリスクが大きすぎる。

 わざわざヴァージニアからキニティーを経由、カーロウまで着いてようやく転移分の魔力を稼げた。

 

 これだけの労力を割いたんだよ? しばらくはゆっくりしても罰は当たらないさ。休息は大切だ。かつての最高神も天地創造の際に7日目はお休みになられたんだ。休んでもいいだろう……。

 

 

 

 

 

 

「ウゥ、グスッ、ヒック……。お母さまぁ……! お父さまぁ……!」

 

 

 

 

 

 

 ……嗚呼、どうやら僕はまだまだ休めないらしい。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、よしよし。どうか泣かないでおくれ……」

 

 

 

 神様だって週に1度休めるのに、僕の安息日はいつ訪れるのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめいわくをおかけしてごめんなさい……」

 

「いやいや、そんなことはないとも。泣く子を導くのは大人の務めだからね」

 

 

 

 暖かい紅茶とお菓子を椅子に座って向かい合っている彼女、セシリア・オルコット嬢に差し出す。

 恰好こそつけたけど、紅茶はファートナム&メイソンの物。

 そこそこ値は張るが別に最高級品という訳ではない。

 

 聞くところによると彼女は貴族の生まれ。

 先日ご両親を事故で亡くし、海辺で泣いていたらこの家に引き寄せられてしまったらしい。

 

 感情の爆発による魔力の発露というのは決して珍しくない。

 今世にあるかは分からないが「額に傷持つ少年」や「動く城を持つ魔法使い」を礼に挙げれば分かりやすいだろうか。

 あるいはリンデル殿の唄か。

 

 そして貴族とは過去より受け継がれる血の系譜。

 魔法使いも遺伝的な要素は強い為他人事のような気はしない。

 あるいはこの子にも本来なら「魔法使い」としての素質はあるのかもしれない。

 

 

 

 

「わ、わたくしは家を守らねばならないのです。けれど、どうしたらいいのか分からなくて」

 

「そうだったのかい。その年ではさぞ、重いだろうに。頼れる人、大人はいないのかい?」

 

「あの人たちはみんな目が怖いんです。誰もわたくしを見ていないんです。わたくしと話しているのに、目も合わせているのに、違う何かを見ている気がして怖いんです」

 

「そうか。それは、怖かったね」

 

 

 

 見たところまだジュニアスクールも出ていない年頃。にも関わらず、冷酷な貴族社会は彼女に牙を剥いたのだろう。

 この年で家を守らなくてはならないというのは、酷なことだね……

 

 

 

 

「ところで、ここはいったいどこなのですか? いえ、そもそもあなたはどなたですか?」

 

「ここは僕の家だよ。地名、というのであればそうだな、イングランドの片田舎、とでも言おうかな?」

 

「イ、イングランド!? 馬鹿なことをおっしゃらないでくださいまし! 私はさっきまでリトルハンプトン、ロンドンの南にいたのでしてよ!? それがどうして───」

 

「なに、それらしい所ってだけ。そう真面目に取らなくてもいいよ。それで僕が何者かだったね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕はアラン・クローリス。正真正銘の魔法使いさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まほう、つかい?」

 

「偏屈、頑固、臆病者の、とつけなくてはならないけどね」

 

 

 ……自分で言っててなんだけど、いくら10を超えない子だと言っても、流石に科学の時代を生きる子には不審者に映るのかな……? だとしたらあまりに悲し───

 

 

 

 

 

「す、すごいですわ!! 魔法使いさんは本当にいらっしゃるのですね! お母さまが寝る時にお話ししてくれたお話は本当だったんですわね!」

 

 

 この子少しいい子過ぎないかな? こんなにいい子あちらの世界にもそうそういなかったよ? 

 

 

「「ルーム・オン・ザ・ブルーム」? それとも「メグ&モグ」かしら? *1どちらにせよとっても素敵ですわ!」

 

「アハハ、そう言ってもらえると嬉しいよ(Magus brideっていうジャパンのコミックだよ! とは言えないな……)」

 

 

 

 ああなんだろう。かつてヒーローは実在すると信じてた頃の自分を思い出してなんだか少し、切なくなるね。

 

 

 

「でも信じてくれるのかい? 魔法も見せてないのに?」

 

「うまく言葉にはできないけれど、魔法使いさんから不思議な……におい? ふんいき? というのかしら。そんな感じがしますわ!」

 

 

 

 この子には「そういう素質」があるのかもしれないな。

 感受性豊かな子供は「あちら側」を認識することがままある。

 かつてリンデル殿、エインズワース殿が旅をしていたころにそういうエピソードがあったはず。

 

 先達として、僕はこの子を教え導いてあげるべきなんだろうか。道を外さぬよう、魔法への畏敬と恐れを教えなくてはならないんだろう。

 

 

 

 しかしそれは叶えてはならない。この世界の神秘は既に滅んだ。

 

 僕達は世界の理を変えてはいけない。この世界に神秘はあってはならない。

 

 この世界にいらぬ爪痕を立ててはならない。

 

 だから、僕はこの感情に蓋をする。

 

 

 

 ……なんて酷い運命だ。

 僕のいた世界でも魔法使いは滅多に見つからないのに、魔法が滅んだこの世界でその素質を持つものを見つけることになるなんて。

 

 

 

「───さん? 魔法使いさん? どうしたの?」

 

「ん? ああごめんね、少し考え事をしていたようだ」

 

 

 

 いけないいけない。世界を憂うよりも、今はこの子をどうするべきかの方が重要だ。

 

 

 

「ねぇ、君はこれからどうしたい? よかったらもうしばらくここにいるかい?」

 

「……お誘いは嬉しいですが、わたくしはおうちに帰らなくてはなりませんわ。お母さま、お父様との思い出が、いっぱいあそこにはあるのです。とっても大切な場所なのです」

 

 

 

 ……まったく、僕も相当に未練がましいらしい。

 

 

 

「オルコットさん。きっとこれからとても辛いこと、苦しいこと、難しいことが君を悩ませるよ。ご両親が培ってきた大切なもの。それを奪おうとする人達と戦わなくてはいけないよ」

 

「分かってます。それでも、わたくしは貴族として家を守るのです」

 

 

 

 ほんの少し、手放すのが惜しくなってしまいつい誘ってしまった。

 が、同時に断るだろうとも思っていた。

 

 

 

「……分かった。君はここに迷い込んだだけだ。きっとすぐに帰ることになる。名残惜しいけど、そこで君とはお別れだ」

 

「そう、ですか。ちょっぴり寂しいですわ」

 

「そう、だから───」

 

 

 

 

 

トパーズ・タンザナイト・ベリル・ルビー

 

篭める言葉は「希望」「誇り高き人」「幸福」「優雅」

 

 

 

 

 

「これは君へ。もしかしたらあり得た同胞への贈り物だよ」

 

「どうか君の苦難の助けとなるよう」

 

「君が夜闇に惑っても、また家に帰ってこられるよう」

 

バンシー(泣き女)の声に負けぬよう」

 

ノーム(地の精)ウンディーネ(水の精)エアリアル(風の精)サラマンダー(火の精)

 

「この子にほんの少しの加護を与えておくれ───」

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……! 綺麗……!」

 

 

 

 

 

 

 

 魔法陣が淡く輝き、橙、青、緑、赤の煌めきが宙を舞う。

 

 もはや彼らは生命として、個としての形を持たず、この世に残るマナとしてしか存在し得ない。

 

 けれど彼らは間違いなくここにある。共に生きて、この子の往く道を想う。

 

 今の僕にできる彼女への最大の言祝。それを宝石に込める───

 

 

 

 

「……ようし、さぁ、仕上げだ! とくとご覧あれ!」

 

 

 

 

いざや刻め始まりの音 いざや繋げ希望の標

 

害するものにはシャクナゲを 愛するものには白百合を

 

地の光 海の涙 森の笛 聖火の焔

 

苦難を往くかの者へ 心ばかりの贈り物を

 

 

 

 

 

 

 完成したのは4色の宝石を埋め込んだマルチカラーの指輪。

 それらには妖精たちの、そして言霊による加護が施されている。

 

 

「ふぅ……久々に逃げ惑う以外の魔法使いっぽいことしたから疲れたな」

 

「すごい! とってもきらびやかで、きれいで! まるで妖精さんが楽しく踊っているようでしたわ!」

 

「そう言ってくれると彼らも喜ぶよ。彼らは褒めるとすぐ調子に乗っちゃうから。さぁ、この指輪は君の物だ。右手の人差し指につけるといい」

 

「どうしてです?」

 

「利き手の人差し指は導きの指。君が進むべき道を示し、彼らはその道を照らしてくれる。薬指はまだ早いからね」

 

「うーん? よく分かりませんが、分かりました! 指輪、大切にしますわ!」

 

 

 うんうん。子供は笑っているのが一番だね。

 

 さて、どうやらそろそろ時間のようだ。小さな同胞との邂逅もここまでだろう。

 席を立ちドアを開け、外に出る彼女を見送る。

 ここを出れば恐らく元の場所へと戻る事だろう。

 

 

「大変お世話になりました。このご恩は忘れません」

 

「いいんだよ。これから大変だろうけど、頑張るんだよ」

 

 

 

 月並みなことしか言えないが僕にできることはやった。後は彼女次第だ。

 

 

 

「できればまたいつかお会いしたいのですが……」

 

「正直何とも言えないね。ここに来るのも、僕がいるかも、ここがあるかも分からないから」

 

 

 

 所詮僕は異分子。こればかりは何とも言えないな。

 

 

 

「フフ、分かってますわ。では素敵な魔法使い、アランさん! さようなら!」

 

「うん、さようなら」

 

 

 

 そう言って走り去り、霧の向こうへと消えていく。僕は踵を返し、部屋へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の未来に幸あれ。君の旅路に幸あれ。君が良き出会いに恵まれますように……」

 

 

 

*1
イギリスの幼児向け絵本。どちらも非常に現地での知名度が高い




「歩みは転ぶことの連続である」

「七転び八起き」
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